『極道の妻(つま)たち Neo』:2013、日本

鬼場組組長の妻・鬼場琴音が経営するブティックに、女子高生の西澤サクラが逃げ込んできた。ヤクザに追われているから隠れさせてほしいと頼まれ、琴音は彼女を匿った。加藤組のヤクザ3人組がサクラを捜しに来るが、琴音は「知りませんけど」と告げた。ヤクザたちが威嚇しても、琴音は全く怯まなかった。そこへ加藤組組長の妻・加藤アザミが現れた。アザミは店を調べようとするが、琴音は拒絶する。しかしサクラが不用意に姿を見せたため、すぐに気付かれてしまった。
サクラは父親が莫大な借金を残して死んだため、加藤組から体を張って返済するよう迫られていた。琴音はアザミに、相続を放棄すれば支払う義務は無いこと、警察に連絡すれば未成年者略取誘拐で逮捕されることを告げる。アザミは琴音を睨み付け、「この落とし前はキッチリ付けさせてもらうで」と凄んだ。サクラの父は自殺し、母は彼女が赤ん坊の頃に家出していた。琴音がヤクザの妻だと知ると、彼女は「ヤクザの世話になんかなりたくない」と告げる。琴音は「そう思うんやったら逃げたらエエ。逃げるんか、ウチを信じるんか、どっちか決め」と迫った。
琴音は弁護士の林俊明に連絡し、相続放棄の手続きをしてもらう。組員の笠井明が迎えに来たので、琴音は行く当ての無いサクラを鬼場組の事務所へ同行させる。琴音は事務所の2階に暮らしており、サクラを一泊させることにした。アザミは夫の加藤修平を連れて、組事務所に乗り込んで来た。組長の鬼島満は不在で、アザミは若頭の藤森義一に落とし前として縄張りを寄越せと要求した。アザミが組長をコケにする言葉を口にしたので、藤森と組員たちは喧嘩腰になった。
そこへ満が帰り、組員たちを制した。生意気な態度を崩さないアザミに、彼は「戦争ならいつでも買うたるで」と告げた。アザミが激昂して殴り掛かろうとするので、慌てて修平が制止した。鬼場組と加藤組は同じ西京連合の傘下であり、会長の岸辺宗一郎から身内で喧嘩するなと言われていたからだ。アザミたちが去った後、琴音は自分がサクラを匿ったことが原因だと満に釈明した。満は激怒して平手打ちを浴びせ、何余計なことしくさっとるんじゃ。あいつらが乗り込んで来たのはウチのシマを狙とるからじゃ。お前がそのきっかけ作ってどないすんじゃ」と罵った。
琴音は白川楼へ赴いてアザミと会い、サクラの相続放棄を済ませたことを告げた。「あての気持ちはどうなる?アンタが落とし前付けてくれんのか」とアザミは言い、指を詰めるよう要求した。彼女は琴音に、かつて自分が愛した矢島晃司を満に殺されたことを明かした。加藤組若頭だった矢島は、西京連合を相手にデカい花火を上げようと企てた。しかし満とタイマンで戦って殺された後、修平は報復せずに手打ちを選んで西京連合傘下に入った。復讐を果たすため、アザミは修平の妻になったのだった。
琴音が「アンタの気持ち、ウチが指詰めて済むような安っぽいもんとちゃいますやろ」と言うと、アザミは不敵に笑い、「小娘のことは忘れたる」と告げた。サクラは琴音に、しばらく置いてほしいと頼んだ。「親戚とか近所の人とか、もう会いたくないんだ。行くとこ、どこにも無いんだ。そんならとことん汚れてやろうと」と彼女が話すと、琴音は平手打ちを浴びせて「なんも知らんくせに偉そうな口利くんやない。親戚も近所の人も関係ない。アンタの行く道や。逃げとったらなんも先へ進まん」と諭した。サクラが泣いて抱き付くと、琴音は「さみしいのは分かる。でもヤケになったらアカン」と説いた。
サクラが自分の道を決めるまでという条件で、琴音は彼女を住まわせてやることにした。早朝、サクラは明に叩き起こされ、朝食の準備をしている部屋積みの若い組員たちを手伝うよう指示された。何も出来ずにオロオロしていると琴音が来て、「最初は見とったらええ。その内、動けるようになる」と告げた。琴音がサクラを連れて買い物に出掛け、組からは一銭も貰ってないこと、事務所の家賃も全て自分が支払っていることを話した。
琴音が帰宅すると、満が金を漁っていた。満は博打で金を使い果たし、本家への上納金である2千万が払えなくなったのだ。琴音は競艇に400万円を投入し、2千万を工面した。琴音はサクラに問われ、満と出会った時のことを話す。20歳の頃、看護師だった琴音は怪我をして倒れている満を見つけた。助けようとして声を掛けると襲い掛かって来たので、彼女は棒で殴り付けて逃亡した。翌日から満は、琴音の帰りを待つようになった。「警察を呼ぶ」と脅したら来なくなったが、寂しい気持ちになった。1ヶ月後、老婆が落としたリンゴを拾い、文句を付けているトラック運転手を殴り付ける満の姿を琴音は目撃した。琴音が声を掛けると、満は「カッコ付けて身を引くつもりやったけど、やめた。俺の嫁になれ」と強引にキスした。琴音は反対する家族と縁を切り、満と結婚して揃いの刺青を入れた。
琴音は満の母親が危ないという電話を受け、彼に知らせる。しかし満は「これから緊急幹部会や」と告げ、車で岸辺の屋敷へ向かった。西京連合会長補佐の金子道彦は、会長邸が放火された事件について語る。証拠は残っておらず、金子はプロの仕業という見解を口にした。幸いにもボヤで済んだが、他にも西京連合の縄張りで同様の事件が連続していた。金子は幹部たちに、事件の黒幕が中国マフィアの銀竜会ではないかという推測を述べた。
銀竜会とのパイプがある修平は、穏便に済ませる方向なら窓口があることを告げる。岸辺から意見を求められた満は、戦争を主張した。幹部の次原繁や一場宗源は賛同するが、修平は「警察に検挙されたら、それこそ銀竜会の思う壺だ」と反対する。満と修平は言い争いになり、金子が注意する。満が「シャブ捌いて稼いだパイプ野郎か」と罵ると、岸辺は「シャブのバイは即破門やで」と釘を刺す。「シャブになんか手え出してまへんで」と修平が釈明すると、岸辺は「この件は鬼場に任す」と告げた。
満が琴音から電話を受けて病院へ赴くと、既に母は死去していた。琴音が彼を置いて立ち去った後、刺客が病室に忍び込んだ。満は不意を突かれ、ほぼ無抵抗で腹を刺される。刺客が去った後、病室に戻った琴音は倒れ込む夫に駆け寄った。「やったんは銀竜会や。心配すな。俺はまだ死なん。派手にやったんで」と彼は言うが、琴音に看取られて息を引き取った。藤森も街中で撃たれ、絶命した。現場へ向かった明は、アザミが男から何かを受け取っている様子を目撃した。明は知らなかったが、その男は満を殺した刺客だった。
アザミはベッドで体を求めて来る修平の左膝にドスを突き刺し、「ちょっと入院しとってんか。次の幹部会、アンタには任せられん。あてが仕切る」と告げた。琴音は組員たちから、銀竜会と戦争する音頭を取るよう求められる。そこに刑事が現れ、戦争を仕掛けないよう警告した。琴音が悩む中、岸辺も刺客に殺された。そのことを明から知らされた琴音は、「幹部会の決定を待つしかない」と告げる。明は琴音に、「アザミが変な男から何かを受け取っているのを見たんです」と報告した。
緊急幹部会が開かれ、琴音とアザミも出席する。アザミは修平の入院について、銀竜会に襲われたと嘘をついていた。金子は「組織を潰すような軽率な行動は避けるべき」と言い、修平を若頭に昇進させること、彼のパイプを使って事を穏便に済ませることを通達した。琴音は「それでは鬼場が浮かばれません」と反発し、「おなごが極道の世界に口出しすな」と怒鳴る金子を「おなごが不浄なモンやと言うんなら、男が作った極道世界がナンボのモンやいうんですか」と一喝して立ち去った。
明は銀竜会の殺し屋を捕まえて拷問し、目撃したのが満を刺したドスをアザミに返す現場だったことを白状させた。明は一味がアザミに雇われたことだけでなく、金子もグルであることを聞き出した。明は琴音に、「加藤組と金子で西京連合を乗っ取るため、アザミが絵を描いたんです」と話す。琴音は復讐心を燃やす明に足を洗うよう命じ、「つくづく嫌になったんや、この極道社会が」と告げる。夫の墓参を済ませた琴音は明たちに「旅に出る」と告げるが、たった独りで仇討ちを果たそうと決意していた…。

監督は香月秀之、原作は家田荘子 『新・極道の妻たち』(青志社刊)、脚本は米村正二、製作は間宮登良松、企画は日達長夫、エグゼクティブプロデューサーは加藤和夫、プロデューサーは嶋津毅彦&矢後義和、キャスティングプロデューサーは福岡康裕、撮影は朝倉義人、照明は杉本崇、美術は平田俊昭、録音は日比和久、VEは今西貴充、編集は藤田和延、擬斗は清家三彦、題字は家田朱蓬、音楽プロデューサーは津島玄一、音楽はMOKU。
出演は黒谷友香、原田夏希、長嶋一茂、石橋蓮司、大杉漣、今井雅之、袴田吉彦、渡部豪太、小池里奈、嶋尾康史、黒田アーサー、天龍源一郎、田谷野亮、納見俊三千、藤村聡、銀次郎、北島美香、峰蘭太郎、星野美恵子、宮永淳子、伊庭剛、入江毅、西村匡生、加藤重樹、いわすとおる、山田永二、内藤邦秋、浜田隆広、野々村仁、恒松勇輝ら。


家田荘子のルポルタージュ 『新・極道の妻たち』を基にした作品。
監督は『君が踊る、夏』『明日に架ける愛』の香月秀之。脚本を担当したのは、『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』やTVシリーズ『スマイルプリキュア!』など、普段は特撮とアニメの分野で活動している米村正二。
琴音を黒谷友香、アザミを原田夏希、満を長嶋一茂、岸辺を石橋蓮司、金子を大杉漣、修平を今井雅之、矢島を袴田吉彦、明を渡部豪太、サクラを小池里奈、藤森を嶋尾康史、次原を黒田アーサー、一場を天龍源一郎が演じている。
原作者の家田荘子が、マッサージ師としてアンクレジットで1シーンだけ出演している。

いわゆる「極妻」シリーズは東映が1986年から1998年に掛けて10本を製作し、その後に東映ビデオが高島礼子主演の新シリーズを開始した。
高島礼子版は2005年の第5作で終了していたが、久々に復活させたのが本作品である(今回も製作は東映ではなく東映ビデオ)。
これまでのシリーズは「妻たち」の部分を「おんなたち」と読ませていたが、今回は原作と同様に「つまたち」と読ませる。
当然のことながら、今回もシリーズ化を想定して製作されているようだ。

キャスティングに関しては、どうしようもない部分もあるんだろうけど、明らかに東映が作っていた頃のシリーズからは大きく格が落ちている。
ヒロインが黒谷友香というのは置いておくとしても、彼女の夫である鬼場組組長が長嶋一茂で、対立する加藤組の組長が今井雅之というのは、どう考えても弱い。岩下姐御の頃のシリーズだったら、2人とも組員役だったんじゃないか。
長嶋一茂なんかは慣れない関西弁の台詞回しが上手くないし、「狂犬」としての芝居も全く馴染んでいない。「無理をしている」ってのが露骨に伝わって来て、痛々しさまで感じる。むしろ、長嶋一茂と今井雅之の配役を交換した方が、もう少し何とかなったんじゃないかと。
あと、天龍源一郎はあまりにも滑舌が酷くて、何を喋っているのかサッパリ聞き取れないぞ。それでも、存在感がゼロに等しい黒田アーサーに比べれば、ある意味では存在感をアピールしているけどさ。

冒頭、「この映画は極道の男を愛してしまった女たちの悲しい愛の物語である」という文字が出る。
最初に文字で説明するのではなく、映画の内容だけでそのことが伝わるようにしておくべきじゃないかと思ったりもするが、それはひとまず置いておくとして、ともかく冒頭で文字にしてアピールするぐらい、製作サイドは「女たちの愛の物語」として観客に見て欲しがっているわけだ。
で、見終わった時には、最初に前述したテロップを出した意味が良く分かる。
最初に文字で伝えておかないと、内容を見ただけで「女たちの悲しい愛の物語」と感じ取れる観客なんて、たぶん皆無に等しいと思われるからだ。

ただし、それは「女たちの愛とは異なる物語や、別のテーマが伝わって来てしまう」という意味ではない。そういうことなら、まだマシだ。
この映画は、愛が云々とか、テーマが云々ということではなく、単純に、ものすごく出来が悪すぎて、何も伝わってくるモノが無いのだ。
過去の極妻シリーズが傑作だったとは思わないし、むしろ出来栄えの悪い作品もあったが、比較にならないポンコツぶりだ。
あえて伝わってくるモノを挙げるなら、それは「このスタッフ&キャストでリメイクすべきではなかった」ということである。

そもそも、最初に「女子高生がヤクザたちに追われている」というシーンから始めている時点で、「んっ?」という気持ちにさせられる。
「極妻」の世界観と女子高生がマッチするようには、思えないからである。
「極妻」における女性は、ヤクザの身内や恋人、妻や情婦など、極道社会と密接な関係にあることが望ましい。そうでなければ、物語の中核で動かすことは難しいからだ。
その女子高生がヤクザの身内であったり、ヤクザを愛してしまった女だったりすればともかく、そうではないのだから、存在が浮いている。

「父親が莫大な借金を背負って死亡し、娘である女子高生が体で返すよう迫られる」というのは、アナクロ感満載の設定だ。
まさか2013年にもなって、そういう設定を普通に持ち込むとは、恐れ入谷の鬼子母神である。
それと、相続を放棄すれば支払う義務は無いこと、警察に連絡すれば未成年者略取誘拐で逮捕されることを告げた琴音に対し、アザミは「アンタ、それでも極道の女か」と告げるが、「お前こそ、ホントに極道の女か」と言いたくなる。
いや、これが1980年代なら、「いかにも」な外見や台詞回しではあるのだが、2013年という時代だと違和感しか無い。

そりゃあ日本全国を見渡せば、アザミのような極妻がいないとは断言できない。しかし映画の世界においては、かなり時代遅れのキャラにしか見えない。
鉄製の長煙管を常に持ち歩いているという設定なんて、もはや漫画の世界である。琴音に指を詰めろと脅すのも同様だ。
もはや、そこにバカバカしさしか感じないのよ。
たぶん意図的に、かなり誇張したキャラクター造形にしてある部分はあるとは思うのよ。しかし残念ながら、この誇張は完全に裏目に出ている。

そういった諸々を考えると、そもそも極妻シリーズをリメイクしようとしている時点で、それが時代遅れの感覚じゃないかという気がしないでもない。
どうしてもリメイクしたいのであれば、時代設定を過去にすべきではなかったか。この映画のように、現代の設定で極妻を描くとなると、かつて岩下志麻が演じていたようなタイプのキャラクターは虚構性が強くなる。
そもそも極妻シリーズってのは一種のファンタジーではあるのだが、「ヤクザ映画のリアリティー」からも大きく外れてしまうと、それはマズい。
そして極妻のフォーマットというのは、現代の極道社会を描くには不向きではないかと思うのだ。

サクラがブティックに逃げ込み、琴音が登場した時点で、「鬼場組組長の妻・鬼場琴音」というスーパーインポーズが出るのは、とても愚かしい演出だ。
映画では登場人物のステータスや名前が分からなくて困ることも良くあるし、そういうのを文字で表記してくれることで助かるケースもある。ただし、そこは親切設計ではなく、余計な演出になっている。
サクラを追って来たヤクザたちが「どっかで見た顔やなあ」と言っているんだし、最初は単なるブティック経営者だと思わせておいて、後から「実は組長の妻」と観客に明かした方が効果的でしょうに。
だからスーパーインポーズを出すにしても、名前だけに留めるべきだったのよ。

琴音が「逃げるんか、ウチを信じるんか、どっちか決め」とサクラに迫った後、「これが琴音さんとの出会いだった」というサクラのモノローグが入る演出は、ただ呆れるしかない。女子高生を主要キャラとして登場させている時点で「扱いが難しいなあ」と感じるのに、そいつを語り手として使うのだ。
前述したように、ヤクザの身内でも何でもない女子高生であるのだから、ヤクザ社会の深いトコロまで介入することは困難だ。
しかし語り手なら、ヤクザ社会で様々な出来事が起きる時に、その場に居合わせたり、情報を知ったりしておく必要がある。
つまり、彼女は本作品の語り手としては、明らかに不適合者なのである。

映画開始から20分程度でアザミが「小娘のことは忘れたろ」と言い、ここでサクラが加藤組に追われる心配は消える。その後も加藤組がサクラを狙うのならともかく、それは無い。
ってことは、もはやサクラがヤクザ社会と関わり続ける必要性は無くなるわけだ。
20分程度で必要性の消滅するようなキャラクターなら、わざわざ女子高生を登場させた意味が無い。
「鬼場組と加藤組の対立を煽るきっかけ」の駒としても、それほど必要性が高いわけではない。彼女を使わなくても、そこの対立を煽る方法は幾らだって考えられる。
実際、相続放棄で問題が解決した後、サクラの存在意義は完全に消えているんだし、ホントに要らないキャラでしかない。

琴音の部屋に入ったサクラが「極道の妻らしくない、普通の部屋だった」というモノローグを語るが、部屋に限らず、琴音のキャラクター造形は昔の極妻シリーズのヒロインと大きく異なっており、あまり「極妻」としてのアクの強さが無い。しかし、それは「現代の極妻」としてのリアリティーを感じさせるモノになっている。
ただし、ここで問題になるのは、「現代の極妻としてのリアリティーは感じさせるが、極妻シリーズの主人公としては味付けが薄すぎる」ってことだ。極妻シリーズの主人公には、もっと強烈なアクが欲しいのだ。
この映画は、リアリティーを重視すると薄味になり、ヒロインとしての存在感やアクの強さを重視するとアザミのように違和感たっぷりになってしまうという、とても解決の難しいジレンマを抱えている。
そして、それを解消しようとするなら、消極的な対処法になるかもしれないが、「時代設定を過去にする」という以外に無いんじゃないかと思う。

満と琴音の「夫婦の形」の作り方も、やはりアナクロだと感じる。
満はサクラを匿ったことを釈明する琴音を殴り付け、さらに殴ろうとした時に仲裁した藤森をボコボコにする。博打で2千万を失い、琴音の部屋で金を漁る。
過去のエピソードとして、「バカラで1千万を失い、琴音が自分の体を担保して1千万を取り返したが、満がその金を持ってバカラに行った」ということが語られる。琴音は「鬼場は3千万にして帰ってきた。不思議なもんで、ウチも鬼場が負ける気がせんかった。その時からや。ウチと鬼場が動物的な何かで繋がってると感じたんは」と語っており、夫婦の強い絆があることをアピールする。
だけど、そこに共感したり、そんな夫婦に感情移入できたりする観客が、果たしてどれぐらい存在するだろうか。

2人の出会いにしても、「怪我して倒れているのを助けようとしたらレイプしようと覆い被さってきたので、木の棒で殴り付けて逃げた」という内容なんだぜ。もうメチャクチャじゃねえか。
そんで、翌日から満が帰りを待ち続けるようになり、消えたら寂しくなり、強引にキスされたら陥落した」ってことだぜ。
つまり「ヤクザが嫌いだった女が、自分をレイプしようとした男からストーカー行為を受けたのに、惚れて一緒になりました」ってことなんだぜ。
「こういう愛もある」と琴音は言うが、その通りなんだろうけど、その愛に共感するのは無理だなあ。

後半に入ると、銀竜会が西京連合の縄張りで放火を繰り返しており、満が対決姿勢を示して陣頭指揮を命じられる展開がある。
序盤でアザミの復讐心が明示されており、それを使うなら「鬼場組と加藤組の対立」という絵図を描くべきなので、中国人ギャングを絡めるとピントがズレることになる。
その後、満、藤森、岸辺が次々に殺され、アザミが銀竜会の殺し屋を雇っていたことが明らかになるので、話としてピントがズレることは無い。
ただし、それとは別の問題が生じる。それは「アザミの目的って何よ」ということだ。

アザミは前半の内に、「矢島の仇討ち」という目的意識をハッキリと示している。それならば、鬼場を殺した時点で目的は果たされている。ところが、その後に藤森と岸辺も始末させており、「加藤組と金子で西京連合を乗っ取るため、アザミが絵を描いた」という説明が入る。
それはおかしいでしょ。なぜアザミは、そんな野心を抱くようになったのか。
それと、連続放火は何だったのよ。その後の殺しを銀竜会の仕業に見せ掛けるために伏線を張ったということなのか。
だとしたら、銀竜会はアザミの策略に利用され、罪を全て負わさせるだけってことになる。それはアザミに雇われた時点で分かるだろうに、なぜ殺しを引き受けたのか。
金を貰う以外にメリットが無いし、デメリットの方がデカいだろ。

(観賞日:2015年1月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会