『劇場』:2020、日本

永田は「いつまで持つだろうか」と心で呟きながら、疲れた様子で昼間の街を歩いていた。渋谷画廊の前を通り掛かった彼は、飾られている猿の絵に目を留めた。そこへ沙希という女性が歩いて来て、猿の絵を見て立ち止まった。永田は彼女に気付き、振り向いて凝視した。視線を感じた沙希は戸惑い、愛想笑いで軽く会釈した。彼女が立ち去ると、すぐに永田は後を追う。怖くなった沙希は早足になるが、永田は追い掛けて「靴、同じですね」と言う。
沙希が「違いますよ」と否定して去ろうとすると、永田は「明日、遊べます?」と告げる。彼が「今日は暑いから、明日、涼しい時間から遊べるかなと思いまして」と言うと、沙希は「すいません、知らない人なので」と拒否する。永田が「ホントは今、涼しい場所で冷たい物でも一緒に飲みたいんですけど、お金が無いので、おごれないので諦めます」と語ると、彼女は「お金、貸してほしいってことですか?」と確認する。永田が「違います」と否定すると、沙希は「体調、悪いですか?」と尋ねた。
結局、2人は喫茶店へ行き、沙希は永田の注文したアイスコーヒー代も支払った。沙希は青森出身で、中学生の頃から演劇部に所属していた。知り合いに勧められたこともあり、高校卒業後に女優を目指して上京した。仕事について訊かれた永田は、無名の劇団で芝居の本を書いていると答えた。永田は高校入学から数日後に開かれたオリエンテーションに参加するが、やるのも見るのも苦痛な物ばかりだった。そんな時、彼は同じように退屈している同級生の野原と知り合った。野原は音楽や映画、文学や格闘技に詳しかった。彼がもたらす刺激的な情報に触発され、永田の創作意欲が弾けた。
永田は様々なジャンルを混ぜ合わせたシナリオの様な物を書くようになり、完成すると野原に見せて感想を貰うようになった。そして2人は、初めて東京に小劇団の演劇を見に行った。上京後、彼らは劇団「おろか」を旗揚げした。しかし客足は重く、公演を重ねる度に酷評の嵐だった。そんな状況で憂鬱を抱えている時に、永田は沙希と出会ったのだった。永田は沙希を駅まで送り、そこで別れた。彼は逃げるように走り去り、柱の陰に隠れた。
翌朝、永田はアパートで目を覚ました。沙希と連絡先は交換したが、電話を掛ける用事が無いし、掛けても出てくれないとも思った。永田はお好み焼き店へ行き、野原と劇団員の青山&辻&戸田に会った。劇団員3名が「前衛を履き違えている」「他の劇団から馬鹿にされている」などと批判しても永田は全く耳を貸さず、傲慢な態度を取った。彼は唯一の女性団員である青山を馬鹿にしてヘラヘラと笑い、戸田が「やめろよ」と怒鳴った。店を出た永田は、自転車で追って来た辻にバットで殴打された。
次の夜、永田は野原にメールを送り、「デートってどうやって誘うの?」と相談する。「家具を見に行きたいから」と誘うよう助言された彼は、「渋谷に家具を見に行くので暇だったら付いてきてくれませんか」と沙希にメールを送ってOKを貰った。翌日。永田が待ち合わせ場所に行くと、沙希はカットモデルとして勧誘されていた。一緒に歩き始めた後も、沙希は別の男性からスカウトを受けた。彼女が誰かと話す度に、永田は距離を取った。沙希は永田のペースに合わせて、一緒に歩いてくれた。
永田は新しい脚本を野原に見せ、女性の役を沙希に演じてもらう考えを明かした。沙希は永田に台本を読ませてもらい、感動して泣いた。永田は出演を依頼し、思ったより沙希の演技が上手いことに驚いた。下北沢で公演を行うと、沙希の芝居を劇場関係者が称賛した。舞台は評判になり、後半は少しだけ客足が伸びた。劇団の知名度は少しだけ上がり、定期的に公演が出来るようになった。しかし永田が沙希を役者として起用することは、二度と無かった。永田は稽古日が増えて、たまに行っていた日雇いの現場にも行けなくなった。貧乏になった彼は、他の女性とも関係を持ちながら沙希の家に転がり込んだ。永田が浮気して帰った夜、誕生日プレゼントとして財布を渡すと、沙希は嬉しくて泣き出した。
ある日、永田がTVゲームをしていると、沙希の実家から段ボール箱が届いた。彼女が「お母さんがね、小包送っても、半分は知らない男性に食べられると思ったら、嫌だって言ってた。気にしなくていいよ。ホントに嫌がったら送って来ないから」 と笑いながら言うと、永田は「俺、沙希ちゃんのオカン嫌いだわ」と吐き捨てた。沙希が「ダメだよ、そんなこと言っちゃ。お母さん悪くないよ」と悲しそうに言うと、彼は「俺が送る立場だったら、そんな嫌味、わざわざ言わんけんね」と口にする。沙希が「ごめんね。私の言い方が悪かっただけだから」と母を擁護すると、永田は家を出て行った。
沙希は徹底して永田に甘かった。永田は服飾の学校に通っている沙希に、衣装を縫ってもらうこともあった。彼は家賃も支払わずに自分の好きな物ばかりを買っており、後ろめたさはあっても我慢する気は全く無かった。同じ小説誌を沙希が自分のために買っていたことを知ると、無性に腹が立った。ある日、沙希が学校の男子から中古の原付を貰ってきた。沙希が乗るよう促すと永田は腹を立て、おどける彼女を無視して走り回る。彼がアパートに戻ると沙希は怒っていて、「たまに何を考えてるか分からなくなる」と漏らす。永田はバイクを破壊し、運転していて転んだと嘘をついた。沙希は彼に、プレゼントしてくれた友人が落ち込んでいたと話した。
沙希は朝から洋服屋で働き、夜は近所の居酒屋「アダプター」でバイトする生活を始めた。永田の生活は何も変わらず、「今後のことも考えて、光熱費だけ払ってもらえないかな」と言われると「でも、サキちゃんの家だし、人の家の光熱費を払う理由が分からん」と拒否した。年が明けると永田は野原に誘われ、小峰ダイという男が主宰する人気劇団「まだ死んでないよ」の公演を見に出掛けた。下北沢の会場には大勢の客が来ており、萩尾瞳やケラリーノ・サンドロヴィッチ、吹越満の姿もあった。劇団員の田所たちが熱演する姿を見た永田は、生まれて初めて芝居で涙を流した。
芝居が終わると観客は一斉に立ち上がり、拍手を送った。野原は永田に、小峰は自分たちと同い年だと教えた。劇団を辞めて舞台雑誌のライターに転進した青山も、舞台の観劇に来ていた。永田は青山から喫茶店に呼び出され、どうやって生活してるんですか」と訊かれて「彼女と住んでる」と答えた。文章を書く仕事を手伝ってほしいと頼まれた永田は、「俺でいいなら」と承諾した。沙希は広い部屋に引っ越そうと考えるが、永田は乗り気になれなかった。彼は借金をして、一人暮らしを始めることにした。創作を最優先したい彼は、沙希の存在を疎ましく感じるようになっていたのだ。
永田は高円寺のアパートに布団だけを持ち込み、暮らすようになった。もう1つの居場所を見つけたことで、彼は安堵を覚えた。永田は青山に呼び出され、演劇や出版の関係者が集まる飲み会にも参加するようになった。評論家が「人は努力をやめたら終わる。才能があると思って何も勉強しない馬鹿が多い」と青山に向かって得意げに語る中、永田は退屈そうにしていた。「分かる、永田くん?」と評論家から問い掛けられた彼は、具体的に何を努力しているのかと質問する。評論家が「必ず朝6時に起床して、ニュースを見る」と答えると、永田は「それぐらいだったら努力と思わず、日常でやってるんで大丈夫です」と告げた。店を出た永田は、青山から「一応、仕事なんで。劇団の飲み会じゃないんで」と注意された。
沙希の顔が見たくなった永田は、夜中に彼女のアパートへ赴いた。部屋に入ると沙希は就寝していたが、永田は「起きて」と声を掛けて彼女の体を揺さぶった。それでも沙希は全く怒らず、優しく「疲れたでしょ」と言う。永田が「ここは安全か?」と訊くと、彼女は「ここが一番安全です」と答えた。ある日、演劇雑誌を見た沙希が小峰の特集記事を見て「ああ、小峰さんだ」と言う。「知り合いなの?」と永田が聞くと、彼女は居酒屋「アダプター」に良く来る客だと答えた。沙希は過去に店長が演劇をやっていたこと、「まだ死んでないよ」の劇団員も働いていることを語った。
永田は青山と仕事の打ち合わせをしている時、恋人が沙希だと指摘される。青山は「アダプター」の常連で、「まだ死んでないよ」の面々と良く飲んでいるのだと語る。青山と劇団員は、沙希から彼氏がいると聞いていた。沙希は彼氏を褒めていたが、皆で話を聞いて「最低じゃねえか」という意見で合致したと青山は話す。「それが永田さんだと分かっておかしくて」と、彼女は笑い出した。その後、青山は「でも、なんで沙希ちゃんは彼氏が演劇やってるって言わなかったんだろう?」と口にした。
永田は沙希の元へ行き、「俺を馬鹿にしてんの?」と怒りをぶつける。「なんでそうなるか分かんないよ」と沙希が怯えると、彼は「自分がそう思ってなくても、傷付けることがあるから」と声を荒らげる。沙希は「絶対に馬鹿にしてないよ。一番凄いって分かってるから」と訴えるが、永田は「そんなわけねえだろ」と怒鳴る。沙希は呼吸が苦しくなるが、永田は放っておいて部屋を出て行った。それ以来、彼は沙希の家にほとんど行かなくなった。それでも酒を飲んで気が大きくなった時だけは、アパートに押し掛けた。夜中にベッドへ潜り込み、朝になると寝たフリをして沙希を無視した。
最初は永田を受け入れていた沙希だが、ついに「私、お人形じゃないんだよ」と冷たく呟いた。それ以降、永田が夜中に行くと、彼女は家を空けていることもあった。そして家にいても、酒に酔っていることが多くなった。沙希が店長と一緒に「まだ死んでないよ」の公演を見に行ったと知り、永田は腹を立てた。すると沙希は、「私が他の人の芝居を褒めたら嫌な気分になるでしょ。だから私だって、ずっと気を遣ってたんだよ。ナガくん、私のこと、一度も褒めてくれたことないんだよ」と告げた。
沙希が「いいでしょ、お芝居とか見に行ったって」と反発すると、永田は「おもろくなかったでしょ」とふてぶてしい態度で。「すっごい面白かったよ」と沙希が怒鳴ると、騒がしいので隣人が壁を叩いた。永田が「殺すぞ」と物を投げて暴れると、沙希は「私、27歳になるんだよ」と漏らす。彼女は「地元の友達、みんな結婚してさ。私だけだよ。こんなの。次は一緒に住めるかなあとか思って頑張ったけど、1人で住んじゃうしさ。適当に遊んでてもいいよ。でも、ここに帰って来るから許せてたんだよ。もう何考えてるか分かんないよ」と感情を吐露し、涙を流した…。

監督は行定勲、原作は又吉直樹『劇場』(新潮文庫刊)、脚本は蓬莱竜太、製作は岡本昭彦、製作総指揮は藤原寛&岩上敦宏&藤田浩幸&吉澤貴洋&飯田雅裕&吉村和文、エグゼクティブプロデューサーは坂本直彦、チーフプロデューサーは古賀俊輔、プロデューサーは谷垣和歌子&新野安行、撮影は槇憲治、照明は中村裕樹、美術は相馬直樹、録音は伊藤裕規、編集は今井剛、音楽は曽我部恵一、音楽プロデューサーは田井モトヨシ。
出演は山ア賢人、松岡茉優、寛一郎、伊藤沙莉、井口理(King Gnu)、三浦誠己、浅香航大、上川周作、大友律、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、吹越満、白石和彌、笠井信輔、萩尾瞳、生越千晴、入江甚儀、古山憲太郎、田中穂先、吉田ボイス、田嶋真弓、赤松童夢、ぎぃ子、市川刺身、ジェントル、村上由規乃、片山享、縣豪紀、吉田奏佑、伊藤悠成、立川季湖、塚本安屋子、石志望、小椋毅、長友郁真、メガマスミ、渡邉一平、永田実、松本美樹、井並テン、奥田洋平、葉丸あすか、内田倭史(劇団スポーツ)、田島実紘(劇団スポーツ)、竹内蓮(劇団スポーツ)、石川和大、大中喜裕、甲野萌絵、タナカエミ、三宅もめ、上野佑輔、染川翔ら。


又吉直樹の同名小説を基にした作品。
監督は『ナラタージュ』『リバーズ・エッジ』の行定勲。
脚本は『ピアノの森』『ピンクとグレー』の蓬莱竜太。
永田を山ア賢人、沙希を松岡茉優、野原を寛一郎、青山を伊藤沙莉、小峰を井口理(King Gnu)、評論家を三浦誠己、田所を浅香航大、辻を上川周作、戸田を大友律が演じている。ケラリーノ・サンドロヴィッチ、吹越満、白石和彌、笠井信輔、萩尾瞳が、本人役で出演している。

もちろん意図的なんだろうけど、永田のクズっぷりが最初から最後まで徹底されている。
冒頭シーン、沙希をナンパするシーンから早くも不快指数の高さを強烈にアピールしてくれる。なぜか沙希は受け入れて一緒にカフェへ行くけど、ただの気持ち悪い男、不気味な男でしかない。
あんな方法でナンパが成功するのは、ほぼ奇跡に近いと言っていいだろう。
しかも沙希は、単に仕方なく受け入れるということじゃなくて、デートの誘いは喜んでOKしちゃうんだよね。
あれで永田に好感を抱くって、どんだけ変わり者なのかと。

飲み会のシーンだけで、いかに永田がクズなのかってのはハッキリと示されている。このシーンだけで、彼のキャラ設定が明確に表れている。
その態度や暴言を後から「言い過ぎた」と後悔することも無いし、もちろん青山に謝罪することも無い。彼は自分の言動を何ら悪いと思っていないし、周囲の人間を馬鹿にしている。
永田って「芝居への思いが強いせいで周囲に強く当たってしまう」とか「自分に厳しいから他人にも厳しく接してしまう」とかじゃなくて、単に性格が歪んでいるクズ野郎ってだけなのよね。
芝居が云々とか、そういうのは何の関係も無いのよ。例え芝居で成功していようと、芝居以外の道を選んでいようと、根本的にクズなんだろうと強く感じる。

永田は自分の都合で沙希を芝居に出演させておいて、彼女が称賛を浴びると嫉妬して出さなくなる。
それ以外でも些細なことで腹を立て、露骨に不機嫌な態度を取るだけでなく暴言を吐いたり身勝手な行動を取ったりする。
嫉妬心でバイクを壊すシーンでは「彼女の純粋で無垢な性格が憎かったのかもしれなかった。その優しさに触れると、自分の醜さが強調され、いつも以上に劣等感が刺激され、苦しみが増すことがあった」とモノローグが入るけど、そんな告白が同情心を誘うことなど微塵も無い。

沙希は典型的な「都合のいい女」であり、身勝手な男を永田を擁護して常に支えてくれる。
女神様のような存在だが、もちろん永田は感謝して改心することなど無く、それどころか疎ましさを覚えるようになる酷い奴だ。
沙希の実家から段ボール箱が届いた時の永田の態度も、ホントに不愉快極まりない。
ここでも後から謝罪するようなことは無いからね。「笑って謝るべきだった」というモノローグは入るけど、「理屈では分かっているけど、それは僕にとって簡単なことではなかった」と言い訳して正当化しちゃうからね。

永田の何を愛せばいいのか、全く分からない。ひょっとすると「演劇をやっている人間なら永田の気持ちが分かるでしょ」ってことなのか。だとしたら、永遠に分からなくても結構だ。
っていうか、演劇をやっている人間が、全て永田みたいな奴ってわけじゃないでしょうに。むしろ、こんな奴は演劇の世界でもクズだろ。
「そりゃあ、売れなくて当然だよ」と言いたくなる。「売れていないから根性が腐った」みたいな言い訳も成立しないぐらい、それで擁護できるレベルは遥かに超越している。
何しろ、売れていないことに対する永田の焦燥や苦悩、葛藤ってのは、まるで見えて来ないのだ。
だから、ただ傲慢で横暴なだけにしか見えない。

その意味についてはひとまず置いておくとして、「新感覚ポップエンターテインメント」としての出来栄えはお世辞にも芳しくない。
まず香芝が歌う最初のシーンからして、「それは違うだろ」と言いたくなる。彼が歌い出すと、すぐに王寺も加わるのだ。
そこは香芝が左遷されて田舎に来た暗い気持ちを歌に乗せると、王寺が田舎の良さを歌にする。そうやって、それぞれの全く異なる気持ちを交互に形にしてあるのだ。
だけど、そこは絶対に、香芝の心情だけを歌に乗せるべきシーンでしょ。

根本的な問題として、「永田ってホントに演劇への愛や情熱はあるのか」と疑いたくなる奴なのよね。
モノローグでは「自分は何のために演劇をやっているのか。演劇である必要性はあるのか。あるという感触が、ほとんど確信としてある」などと語っているけど、心の内から沸き出すようなモノが感じられない。
ただ何となく惰性でやっているだけなんじゃないかとさえ疑いたくなる。
途中で「誰かを楽しませる能力が自分には無いのだ」と認めちゃってるし。

それでも、例えば「才能が無いことには気付いているが、好きだから簡単には離れられないし、離れたくない」という思いが溢れていれば、それはそれで「凡才の悲哀」として共感できる部分があったかもしれない。
でも、徹底してクズっぷりを露呈するだけなのよね。身勝手極まりない自堕落な私生活の様子が大半で、演劇人としての苦悩や葛藤がほとんど描かれていない。
永田が演劇と向き合っているシーンは、ものすごく少ない。稽古と本番のシーン、観劇のシーンなどが申し訳程度に挟まれて、「永田は演劇界の人間です」ってのを表面的にアピールするだけなのだ。
シンプルに恋愛劇としての色が濃いので、余計にクズってことが目立つ。

永田の傲慢さや横暴さを、「芸術家の捜索活動のためなら許される。温かい目で見てあげるべき」ってことにしたいのかもしれない。
でも、前述したように演劇関連のシーンが少ないため、永田の酷い言動と演劇活動での焦燥が上手く連動していない。
それに、そもそも「芸のためなら女房も泣かす」ってのは、旧時代的な男尊女卑丸出しの考え方だ。「男が頑張ってるんだから、女は優しく愛してやるべきだ」という、身勝手な男の主張に過ぎない。
そこをノスタルジーに包んで擁護しようとしても、無理があるのだ。

「なんて身勝手なんだろう。沙希が不憫に思えて来た」というモノローグも入るが、完全に他人事としての感想であり、心底から不憫に思っている人間の言葉ではない。
沙希の生活が荒れるようになっても、永田は相変わらず身勝手で傲慢だ。
今まで蓄積していた不満を沙希が爆発させると機嫌を取るようになるけど、彼女を解放してあげようという気は全く無い。
だから沙希は実家に戻って、ようやく永田から解放される。
しかし永田は彼女を放っておかず、演劇を利用して縛り続けようとするのだ。

最終的に沙希は、「勝手に年を取って、焦ったのは私の方だから。だからどんどん自分が嫌いになっていく」と漏らす。だけど、なぜ彼女が永田への罪悪感を吐露しなきゃいけないのか。
しかも、それを永田は臆面も無く受け入れちゃうし。最後に彼が「演劇で出来ることは、現実でも出来る。だから演劇がある限り、絶望することは無いんだ」と語っても、心に響くモノなんて何も無いぞ。
完全ネタバレを書くと、映画のラストには「屋台崩し」の仕掛けが用意されている。2人が話しているアパートの壁が倒れ、芝居小屋になるのだ。
でも、そんな仕掛けも結局は「男にとって都合のいい結末」を描いているに過ぎないので、何の効果も無いのだ。
この映画で、永田にハッピーエンドを与えちゃダメでしょ。それこそ沙希が不憫だよ。

(観賞日:2022年9月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会