『ゲゲゲの鬼太郎』:2007、日本

団地に住む少年・三浦健太は妖怪に脅かされ、鬼太郎に助けを求めるため妖怪ポストに手紙を投函した。団地の近くでは、茶谷建設が レジャー施設“あのよランド”の建設を進めている。近隣住民は反対運動を起こしており、建設現場ではお稲荷様の祟りとも思える現象が 発生していたが、社長は意に介さない。ねずみ男は社長から報酬を受け取り、住民の立ち退き活動を行っていた。
ねずみ男は団地を訪れて立ち退き交渉をするが上手く行かず、妖怪を差し向けて脅かした。そこへ鬼太郎が現れ、妖怪を追い払った。その 様子を健太は目撃し、鬼太郎に会えたことを喜んだ。弟を捜していた健太の姉・実花も鬼太郎と会うが、こちらは警戒する態度を示した。 鬼太郎に邪魔されたねずみ男は、帰り道に廃墟へ転落した。そこで彼は、光り輝く謎の石を発見した。
実花と健太の父・晴彦は生活に困窮し、亡き妻の指輪を売ろうと質屋の珍宝堂へ赴いた。ちょうど珍宝堂には、ねずみ男が石を売りに来て いた。ただの石ころだと店主に言われ、彼は5千円で石を売り払った。ねずみ男が去った後、晴彦はが店に入った。店主が席を外している 時、その石は光を放った。その光に魅入られるように、晴彦は石を盗んで立ち去った。
実は、その石は邪悪な妖怪や人間の怨念が凝縮された妖怪石だった。石を管理していた妖狐一族の空狐は、世界征服を企んでいた。その ためには、妖怪石が絶対に必要だった。妖怪石が失われたとの情報は、鬼太郎や猫娘、子泣き爺や砂かけ婆らの耳にも届いた。「妖怪石が あれば、人心を惑わす富と力が手に入る」という話を、ねずみ男は鬼太郎の家の外で聞いていた。店主に騙されたと思った彼は珍宝堂に 怒鳴り込み、妖怪石が盗まれたことを知った。
晴彦は妖怪石を入れた袋を健太に手渡し、「仕事でしばらく帰れない。それを隠しておけ。2人だけの秘密だ」と告げた。その直後、彼は 駆け付けた警官に窃盗容疑で逮捕された。ねずみ男が蕎麦屋にいると、鬼太郎が現れ、立ち退き工作に関与していることを咎めた。鬼太郎 は健太に会いに行き、実花の態度は酷すぎると愚痴った。鬼太郎は、晴彦が窃盗で逮捕されたことを知った。
刑事は三浦姉弟のマンションに現れ、家宅捜索を行った。刑事は実花と健太に脅しまがいの態度を見せ、盗んだ石のありかを吐くよう要求 した。そこへ、母方の叔父だという男が現れ、刑事を追い払った。それは空狐が人間に化けた姿だった。空狐は姉弟に御馳走して安心させ、 石のありかを聞き出そうとする。張り込んでいたねずみ男は、空狐の手下である気狐たちに叩きのめされた。晴彦は警察署で刑事の 取り調べを受けていた。取り調べの最中、晴彦は急に吐血した。
ねずみ男は鬼太郎に、健太が石を持っていることを教えた。空狐は健太の機嫌を取ろうとするが、本物の叔父じゃないと察知された。健太 が逃げ出したため、空狐は本性を現して追い掛ける。鬼太郎は一反木綿に乗って健太を捜すが見つからず、実花にも協力を頼んだ。健太は 工場で捕まるが、そこへ鬼太郎が駆け付けた。彼は猫娘の手助けを得て健太を救出し、工場から脱出した。
実花の携帯電話に、父が死んだとの知らせが入った。だが、彼女は健太に事実を伏せた。鬼太郎の元に天狗ポリスが現れ、石を盗んだ犯人 として裁判所に連行した。泥棒は鬼太郎だという密告があったのだ。ねずみ男は証人として出廷するが、鬼太郎が犯人だと偽証した。 大天狗裁判長から釜茹で500年の判決を下された鬼太郎は、目玉おやじや砂かけ婆ら仲間の協力で脱出した。
健太は鬼太郎から石のことを聞かれるが、何も知らないと嘘をついた。父との約束を頑なに守る健太に、実花は事実を伝えた。だが、健太 は父の死を信じようとしない。鬼太郎は猫娘から、目玉おやじと砂かけ婆が自分の身代わりとなったことを知らされた。明日の夜までに 妖怪石を持って行かないと、2人は釜茹でにされてしまう。健太は鬼太郎に、晴彦に会いたい気持ちを告げた。鬼太郎は実花と健太を 連れて輪入道の元を訪れ、夜見の世界へ連れて行ってもらうことにした…。

監督は本木克英、原作は水木しげる、脚本は羽原大介、製作は松本輝起&亀山千広、企画は北川淳一&清水賢治、プロデューサーは 石塚慶生&上原寿一、エグゼクティブ・プロデューサーは榎望、撮影は佐々木原保志、編集は川瀬功、録音は弦巻裕、照明は牛場賢二、 美術は稲垣尚夫、特殊メイクは江川悦子、VFXスーパーバイザーは長谷川靖、アクションコーディネイトは諸鍛冶裕太、音楽は中野雄太 &TUCKER、音楽プロデューサーは安井輝、主題歌『Awaking Emotion 8/5』はウエンツ瑛士、挿入歌『ゲゲゲの鬼太郎』は小池徹平。
出演はウエンツ瑛士、井上真央、田中麗奈、大泉洋、西田敏行、室井滋、間寛平、利重剛、橋本さとし、内田流果、小雪、中村獅童、 谷啓、YOU、神戸浩、藤井隆、松沢一之、広岡由里子、鈴木かすみ、六平直政、芦屋小雁、谷口高史、猪野学、日野陽仁、北島義明、 湯川崇、大石昭弘、川越美和、土井よしお、植松真美、藤みずき、中川絵美、田村ツトム、前田航基、小山浩暉、笠井信輔、鶴田忍、 モト冬樹、竹中直人ら。
声の出演は田の中勇、柳沢慎吾、伊集院光、石原良純、デーブ・スペクター、きたろう、立川志の輔、石井一久、安田顕ら。


水木しげるの同名漫画を基にした実写映画。
これまで実写ドラマはあったが、実写映画化は本作品が初めてだ。
鬼太郎をウエンツ瑛士、実花を井上真央、猫娘を田中麗奈、ねずみ男を大泉洋、子泣き爺を間寛平、晴彦を利重剛、空狐を橋本さとし、 健太を内田流果が演じている。
目玉おやじの声は、アニメ版と同じく田の中勇が担当。
妖怪役では、他に輪入道を西田敏行、砂かけ婆を室井滋、天狐を小雪、モノワスレを谷啓、大天狗裁判長を中村獅童、ろくろ首をYOUが演じている。

登場キャラクターは全て、「その妖怪の衣装やメイクをした役者」となっている。
ここにいるのは鬼太郎のコスプレをしたウエンツ瑛士であり、ねずみのコスプレをした大泉洋である。つまり、これは有名人がコスプレを 楽しんだお楽しみ会だ。
かつてはテレビの『オールスター新春かくし芸大会』でパロディー・ドラマをやっていたが、あんな感じだと思えばいい。

そもそも鬼太郎を演じるのがウエンツ瑛士という段階で、「ああ、この映画はマジで作られていないんだな」という製作サイドのスタンス を読み取らなければいけないだろう。
そのウエンツ瑛士は期待に違わず、見事なほどの大根役者ぶりを披露している。
ミスキャストか否かという以前に、そもそもマトモな製作者であれば、全国公開のメジャー大作で彼を主演に据えるわけがない。
ようするに、子供向けか否かというテイストの問題じゃなく、鬼太郎に思い入れのある奴らが真摯な気持ちで作ったわけじゃないってことよ。

完全に子供向けに特化して作られた映画である。だから、おどろおどろしい妖怪の畏怖を表現するとか、人間の醜悪な部分を暴き出すとか 、そういったことは無い。
そもそもTVアニメ版は、かなり子供向けの味付けになっていた。だから本作品を子供向けに作ろうとするのは、それだけで否定される べきものではない。そこでのヴァージョン違いは、原作への冒涜とは言えないだろう。
ただし、1つだけ大きな過ちがある。
それは、子供向けではなく、子供騙しになっているということだ。
恐怖を和らげたり、陰湿な部分を取り除いて単純に楽しめる娯楽作品に仕上げたりするのは大いに結構だ。
でも、適当に、雑に作るってのは違うだろ。
時間的な余裕が無くて突貫工事で作ったのかもしれないが(だとしても情状酌量の余地は無いが)、話が粗すぎる。

それと、原作とキャラクターや舞台設定を変更するのは、ある程度は構わないだろう。
だが、越えてはいけない一線というものがある。
その部分を、この映画は平然と越えてしまった。
なんと鬼太郎に両目があるのだ。
原作だと、目玉おやじが鬼太郎の左目の空洞に入り、目の代わりを務めることもあるのに(ただし鬼太郎の左目が父親というわけ ではない)。
子供向け映画だから主人公が隻眼だとマズいという判断だったのかもしれないが、それは原作に対する冒涜だぞ。
絶対にやっちゃいけない改変だ。

最初に健太が鬼太郎宛ての手紙を投函しているが、その行動の意味が無い。
それが無くても「妖怪が人間を脅かしているので、鬼太郎が懲らしめに現れた」というだけで話として成立しているし、むしろスッキリと 整理される。
その手紙を出したことと、マンションの立ち退き交渉の関係も上手く説明できていない。健太が妖怪に脅かされていることが、ねずみ男の 立ち退き工作とは別問題に見えてしまうのだ。滑り出しの手順からして、ミスを犯しているのではないか。
大体さ、あのよランド建設の話はどこへ行ったのよ。それが後の展開に繋がらず、立ち退き工作に絡んで鬼太郎と健太を会わせるためだけ に用意されたモノなら、あのよランド建設なんて要らないよ。
あのよランド建設から始めるのなら、空狐を関与させるべきでしょ。終盤まで引っ張らず序盤でカタを付けるにしても、少なくとも フォローはしようぜ。放り出したままってのは無いぞ。

鬼太郎は蕎麦屋へ赴き、ねずみ男に「立ち退き工作に関与するな」と怒る。
だけど、その前のシーン、妖怪ハウスの前にねずみ男がいたでしょ。あの場面で叱責させれば済むことだ。蕎麦屋の場面は、店主の 竹中直人を登場させるためだけのモノだ。
その後、鬼太郎が健太に会いに行って「お前の姉ちゃん、ちょっとヒドくねえか」と言うが、わざわざそれを言うためだけに行くのかと。
鬼太郎が晴彦の逮捕を知るために用意された場面ってのは分かるが、彼が街に出た意味が無さ過ぎる。
鬼太郎が猫娘に誘われて妖怪ディスコに出掛けるのも、まず「妖怪ディスコで妖怪バンドが演奏し、ろくろ首がいる」というのを見せたい という意識が先にあって、後からハメ込んだのが丸分かり。
もう少しスムーズにやろうよ。ギクシャク感が甚だしいぞ。
健太を捜索していた鬼太郎が実花の学校に現れ、彼女を一反木綿に乗せる展開もギクシャクしていて、もはや御都合主義とさえ呼べない。
他に上手いやり方は無かったものか。
っていうか、そんな場面はカットして、一反木綿で妖怪ハウスを出発した後は、健太が包囲されている場面まで鬼太郎を登場させない方が いいのに。

ただでさえ「もっと動きがあってもいいのに」と思っているところへ、鬼太郎が捕まって裁判に掛けられるという展開に入ってしまう。
いやいや、今さら法廷劇って、んなアホな。
もう流れとしては、完全に空狐の一味との対決に集中するような感じになっていたのに、その連中が関わらないエピソードを持って来る のだ。
空狐との対立の図式が浮かび上がったところで、そんな余計な道草は要らないよ。今さら天狗ポリスとかも要らないし。
しかも「満月の夜までに妖怪石を持って行かないといけない」という展開になった時点で、妖怪石は健太が所持している。つまり、その気 になれば(つまり脅しを掛けたり卑劣な手段を使っても構わないのであれば)、簡単に石は手に入ってしまうのだ。
そうじゃなくて、その段階で妖怪石は敵側、つまり空狐に奪われており、奪還しなきゃいけないという形になっているべきでしょうに。
そういう部分が上手くストーリーテリングできていないから、「一刻も早く妖怪石を手に入れなければならない」という目的があるのに、 実際の行動は「健太を父親に会わせる」ということになり、そこにズレが生じてしまう。
ちっとも盛り上がらない、しかも流れに沿わない展開に入って行くのだ。
あと「父の死を信じない」と言っていた健太が、「夜見の世界にいる父親の元へ連れて行く」と言われて、なんか嬉しそうなのも どうなのよ。

夜見の世界へ向かう際にウエンツの挿入歌が流れるが、全く合わない。
で、そこに空狐の一味が襲ってきて、一応はアクションになるわけだが、クライマックスだというのに見せ場としての力が無いったら ありゃしない。
しかも鬼太郎が空狐を退治するわけではなく、そこだけ登場する天狐というキャラが片付けている。
正直に言って、鬼太郎は何の役にも立っていないんじゃないか。
そんなトコだけ水木しげるイズムを受け継いでどうすんのさ。

晴彦が血を吐いて死ぬのは、ワケが分からない。妖怪石を盗んだ人間には、そんな呪いが発動するということなのか。
だとしても、そんな設定は劇中で一言も説明されていないぞ。
しかも、その死ぬシーンはマトモに描かずボカしてあるし。
子供向けであろうとも、人の死を盛り込むのであれば、それをキッチリと描こうよ。その覚悟が無いなら、安易に殺すなよ。
もっとヒドいのは、安易に殺した晴彦を、これまた安易に生き返らせることだ。
夜見の世界に来た子供達は、晴彦から「これから2人で生きていくに際しての教え」を告げられ、健太は約束だったキャッチボールを 果たす。
なのに、あっさりと晴彦を蘇らせる。
せっかく涙の再会と別れのシーンを演出しておきながら、全てを台無しにしてしまうのだ。
もうね、アホかと。

(観賞日:2008年7月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会