『岳 -ガク-』:2011、日本

長野県警北部警察署の山岳遭難救助隊に、新しく配属された椎名久美がやって来た。中に入ろうとすると、隊長の野田正人と隊員の阿久津敏夫、座間洋平、安藤俊一、守屋鉄志、関勇たちは出動するところだった。奥穂高岳で登山者が足を滑らせてクレバスに落ち、救助要請が入ったからだ。だが、別件で緊急用のヘリが出動していたため、隊員たちは「間に合わない」と愕然とする。その時、山の地図に目をやった野田が、「いる。三歩がいる」と口にした。
遭難場所の近くで登山していた島崎三歩は野田から連絡を受け、明るく「行って来る」と告げる。久美は阿久津を呼び止めて「私に何か出来ることは?」と言い、自己紹介した。彼女は昴エアレスキューの牧英紀が操縦するヘリコプターに、野田たちと一緒に乗せてもらった。三歩はクレバスに到着し、遭難者の無事を確認して「良く頑張った」と声を掛けた。彼は遭難者を背負ってクレバスから脱出し、そこにヘリがやって来た。「すみません」と謝る遭難者に、三歩は「ありがとう。感動した、生きてた君に」と爽やかに告げた。
飛び立ったヘリの中で、久美は野田に三歩のことを尋ねる。すると野田は親しみを込めて「ただの山バカだ」と告げた。久美の歓迎会が開かれ、阿久津は「女子なのに、どうして遭難救助隊?」と質問する。久美は「ミニスカートの制服に決別したかっただけです」と軽く言い、「それより三歩さんって何者なんですか」と訊く。阿久津が「あの人は、ただの山岳ボランティア。隊長の後輩で」と説明していると野田が割り込み、「この北アルプスを庭に育って、世界中の巨峰を登り歩いて来た。まあ暇人だ」と言う。
久美は野田の指導の下、クライミング・ウォールで訓練を受ける。谷村山荘で三歩と会った彼女は、「私は生きた山の訓練に来たんであって」と不満を漏らした。すると女将の谷村文子は「力を付けないと。山で怪我人しょったら、訓練の何倍も重くなる」と言い、三歩は「意識が無いと重いんだよね」と告げる。三歩は久美を雪山へ連れて行き、歩き方や斜面の滑り方を教える。彼は「クイズ。絶対に山に捨てちゃいけない物は?ゴミと、もう1つ。宿題にしておくね」と告げた。
山荘に戻った三歩は、久美に山へ持って行く道具を説明する。そこへ横井ナオタという8歳の少年が連れられてきた。山で父の修治とはぐれたのだという。ナオタから父の捜索を懇願された三歩は救助隊に連絡を入れ、山に入った。崖から落ちて重傷を負った修治を発見した三歩は応急手当てを施すが、彼は意識を失ってしまう。山荘で待っていたナオタは、三歩や野田が父を連れ帰ったので喜んだ。だが、駆け寄ると、既に修治は息を引き取っていた。
しばらくして、三歩は小学校に通うナオタを訪ねた。「父ちゃん、痛かったかな」と漏らすナオタに、三歩は「ああ。痛くて痛くて、すごく苦しんだと思う。けど、お父さんは凄い。崖を落ちて足を折った。それでも這い登っては、ずり落ちて。這い登っては、ずり落ちて。あの状況だったら俺でも諦める。でも、お父さんはナオタくんの所に戻ろうとした。良く頑張った。ナオタも頑張れるよな。父ちゃんに負けないように」と励ました。
休暇中に崖を登っていた久美は、落石による遭難者を発見する。遭難救助隊に連絡を入れると、野田は待機するよう指示した。久美は反発するが、「お前にはまだ無理だ」と言われる。久美は納得できず、勝手に救助へ向かう。だが、背負った遭難者が死んだため、彼女は泣き出してしまう。そこへ駆け付けた三歩は、優しく声を掛けた。久美がヘリに連絡を入れると、牧は「死んだのなら、フォールしろ」と告げる。久美は反発するが、牧は「怪我人と死人を一緒にするな」と厳しい口調で告げる。
三歩は遺体の顔が傷付かないように処置を施し、「これで顔は傷付かない。早く帰ろう。家族が待ってる」と言って崖から投げ落とした。回収された死体を見た父親は、「タケシは生きてたはずだ。お前が殺したんだ。土下座しろ。俺の息子を返せ」と三歩に掴み掛かる。久美が事情を説明しようとすると、野田が制止した。三歩は何も釈明せずに土下座し、「申し訳ありませんでした」と謝罪した。
三歩と久美が山荘に行くと、ナオタが遊びに来ていた。文子は久美に、ナオタが三歩と会うために時々、一人で遊びに来ていることを教える。元気にスパゲティーを食べる三歩に、久美は「北アルプスで毎年たくさんの人が亡くなっていることは理解しています。でも、みんな人の死に慣れ過ぎなんじゃないですか」と憤りを示す。すると三歩は「初めての遭難救助でスパゲティーのことばかり考えていた。その前の晩にスパゲティーを食べてさ。山に入る前に食べてて良かった、遭難者を背負える力があって良かったって」と語る。
スニーカーで山に入った老人の救助に赴いた久美は、足を挫いただけの彼に「そんなスニーカーで足を挫くのは当たり前です。どこだと思ってるんですか。救助隊はタクシーじゃないんです」と怒鳴り付ける。三歩が「よっぽど怖かったんだよ。一人でさ。良く頑張ったよ、あの人も」と言うと、久美は「あんな格好で登って、不注意で怪我して、何を頑張ったんですか」と反発した。しかし自分も不注意で崖から足を滑らせて転落してしまう。
久美は三歩から教わったことを思い出し、ライトを点滅させて救難信号を出す。三歩の連絡を受けた野田たちが駆け付け、久美は救助される。久美はヘリを出してくれた牧に「すいませんでした」と詫びるが、「次も三歩がいると思うなよ」と厳しく告げられた。3日も欠勤した久美の部屋を野田が訪れ、外に連れ出す。「残酷じゃないですか。山の死って。三歩さんは、なんであんな涼しい顔で」と口にした彼女に、野田は「三歩が初めて背負った死体は、あいつの親友だ」と教えた。
9年前、三歩と親友は大絶壁の頂上を目指した。その途中、親友が滑落してしまった。三歩は必死に手を伸ばしたが、届かなかった。地面に叩き付けられた親友を見て、三歩は絶叫した。野田は久美に、「それが、あいつが山で失った初めての命だ。その後、親友を背負って麓まで2日間も歩き続けた。山で泣いたのは、あれが最初で最後だ。悲しみを背負って、あいつは笑う。三歩の笑顔の奥には、たくさんの命が詰まってる」と語った。
三歩がテントで寝ていると、久美がやって来た。久美は「私の父も山バカです」と言い、父の恭二も山岳救助隊員だったことを明かす。「入園式もすっぽかされました。そのまま18年前に、この北アルプスで死んじゃいました。父が嫌いでした。でも17回忌の時、母が父宛てに届いた手紙を見せてくれて」と彼女は言う。母が見せてくれたのは、恭二に救助された登山者たちから届いた感謝の手紙だった。
その時、久美は父が遭難した時に録音していた音声テープも渡されていた。そこには、久美に対する深い愛情が吹き込まれていた。そのテープを聴いた三歩は、「すんごいお父さんだね。でも、お父さんは一つだけ間違えていることがある。クイズ。山に捨てちゃいけない物は?それは命。久美ちゃんは生きよう。お父さんに負けないように」と告げた。彼は落とし物のマフラーを久美の首に巻き、「これ、あげる。山で遭難した時に見つけやすいからね」と優しく告げる。
冬になり、野田は隊員たちに「身勝手な行動は二重遭難を生みかねない。必要なのは無謀に突き進むことより、撤退する勇気だ」と説いた。負傷者搬送訓練を終えてた久美が山荘に赴くと、三歩は店の手伝いをしていた。山荘には、梶一郎と陽子の親子が登山に来ていた。三歩が話し掛けると、娘が来月に結婚を控えており、その前に山にしか興味の無い父のため、2人で登頂したかったのだという。
ナオタの授業参観があるので、三歩は小学校へ向かう。町に出ると方向音痴になってしまう三歩は、必死に走って何とか辿り着いた。校庭の風車を見た彼は、山の天気に不安を感じる。その時、無線機に野田の声が入った。山頂の天候が急激に悪化し、3名が遭難したという。山荘の久美は、野田から「お前はそこに待機して、登山者に速やかな下山を案内しろ」と命令される。さらに9名の遭難者が出たため、野田は他県にも応援要請を出した。猛吹雪の中で救助に赴いた阿久津は、梶親子が登頂したことを野田に告げる。だが、もう救助に割くことの出来る人員は久美しか残っていなかった。久美は牧のヘリコプターに乗り、梶親子の救助へ向かう…。

監督は片山修、原作は石塚真一『岳』小学館「ビッグコミックオリジナル」連載、脚本は吉田智子、製作は島谷能成&神山郁雄&亀井修&佐藤政治&熊谷玄典、雨宮俊武&小林昭夫&堂馬隆之&石田耕二&菊地誠一、エグゼクティブプロデューサーは市川南&平城隆司&大西豊、Co.エグゼクティブプロデューサーは本間英行&桑田潔&梅澤道彦&白井康介、企画・プロデュースは臼井央、共同プロデュースは大村信&高野渉、プロデューサーは遠藤学&前田光治、ラインプロデューサーは傳野貴之、プロダクション統括は金澤清美、撮影は藤石修、美術は新田隆之、録音は湯脇房雄、照明は川辺隆之、編集は松尾茂樹、VFXスーパーバイザーは石井教雄、山岳コーディネートは大森義昭、プロデュース協力は山田兼司&高瀬一郎、音楽は佐藤直紀、音楽プロデューサーは北原京子。
主題歌はコブクロ「あの太陽が、この世界を照らし続けるように。」作詞:小渕健太郎、作曲:小渕健太郎、編曲:コブクロ。
出演は小栗旬、長澤まさみ、佐々木蔵之介、渡部篤郎、石黒賢、市毛良枝、石田卓也、矢柴俊博、やべきょうすけ、鈴之助、浜田学、ベンガル、宇梶剛士、森廉、小林海人、光石研、中越典子、尾上寛之、波岡一喜、三谷侑未、岡部尚、雲雀大輔、有福正志、久保貫太郎、渡辺寛二、永幡洋、名取幸政、松元夢子、星優斗、廣崎莉々愛、顔田顔彦、神谷功、江口哲路、上野大樹、酒匂優輔、川名幸男、平山ユージ他。


石塚真一の漫画『岳 みんなの山』(単行本での題は『岳』)を基にした作品。
三歩を小栗旬、久美を長澤まさみ、野田を佐々木蔵之介、牧を渡部篤郎、恭二を石黒賢、文子を市毛良枝、阿久津を石田卓也、座間を矢柴俊博、安藤をやべきょうすけ、守屋を鈴之助、関を浜田学、タケシの父をベンガル、修治を宇梶剛士、ナオタを小林海人、一郎を光石研、陽子を中越典子、冒頭の遭難者を尾上寛之が演じている。
監督は『ヒート アイランド』の片山修、脚本は『Life 天国で君に逢えたら』『ウルルの森の物語』の吉田智子。

冒頭の遭難シーンの見せ方が下手。頭から滑り落ちる遭難者のアップは、なんかマヌケに見える。その一方、クレバスに落下する時にはロングの映像で、そこには迫力も緊迫感も全く感じられない。
何をどういう風に見せるのかというセンスに疑問を抱かざるを得ない。
そこから続いての、救助シーンの見せ方もマズい。
クレバスの中で限界を感じた遭難者が目を閉じた後、到着した三歩が準備をしている様子が描かれる。で、次に遭難者の顔がアップになるとライトが付けられ、三歩が来たことが描かれる。
つまり、三歩がクレバスを降りて遭難者の元へ到着するまでの経緯が省略されているのだ。
それは、どこを省略し、どこを描くかというチョイスが違うんじゃないかと。

三歩がクレバスを降りる部分を省略するのなら、彼がクレバスに到着したり、準備したりという部分も省略した方がいい。
ずっと遭難者がクレバスで必死に耐えるが滑り落ちてしまい、もう限界だと諦めたところへ三歩が来る、という形にした方がいい。
そこをカットバックで描いたのは得策とは思えない。
三歩が軽やかに雪道を移動する様子を描くと、「ああ、こりゃ余裕で間に合うな」と感じるし。

それと、その救助シーンも、やはり緊迫感に欠けているんだよな。
まず、地理的状況が良く分からないし、三歩の位置から40分掛かると言っているけど、距離はどれぐらいなのか、実際にはどれぐらいの時間で到着したのかも分からない。そこはタイムリミットが存在しているはずなのに、そういう緊迫感も無い。
聞き逃しやすいけど、隊員の「30分で凍死だな」という言葉もあったんだから、40分も掛かっていたらアウトのはずだよね。
ヘリの野田や阿久津に「何分で到着しないと危険だ」とか言わせて、時計を見るカットを入れて、あと何分なのかということを示しておけば良かったんじゃないか。

買い物をしながら携帯で親友と話している久美の登場シーンや、「ミニスカートの制服に決別したかっただけです」という説明からすると、彼女が積極的な理由で山岳救助隊になったようには思えない。
だから、久美が「私は生きた山の訓練に来たんであって」などと言い、山岳救助の仕事に対して積極的な姿勢を見せることには、ちょっと違和感がある。
後半に入って父のことが語られると、そりゃ積極的で当然だと納得できるけど、それなら最初から父が山岳遭難救助隊だったことは明かしていても良かったんじゃないかと。
詳しい事情は後半まで引っ張ってもいいけど、山岳遭難救助隊だったことだけは最初から明かしていいんじゃないかと。

久美はクライミング・ウォールでの訓練の後、山荘で三歩と会っているが、いつ、どこで連絡先を知ったのか。山荘に行ったら、たまたま彼と会うことが出来たのか。
そもそも不満を漏らすのが早い。まだ1つしか訓練をやってないじゃねえか。それに、人工壁の訓練が気に食わないからって、勝手に三歩に教えてもらうってのはどうなのかと。
で、そんなことを思ったら、どうやら野田たちは久美が三歩の訓練を受けていることを知っているんだよね。
でも、まだ久美が山に入るのは早いってことで、クライミング・ウォールで練習していたんじゃないのかよ。もう山に入って訓練してもいいのなら、そうすりゃ良かったじゃないか。
なんで山の歩き方や斜面の滑り方を教えるのは自分たちでやらず、三歩に任せているのかと。

久美が三歩に歩き方を教わったり道具の説明を受けたりした後、修治を救助するエピソードになるのは構成がマズすぎる。
この映画って、三歩が主役になっているけど、実質的には久美の成長物語なんだよね。だから彼女が三歩と一緒に行動したり、彼の考えに触れたりする中で、反発を覚えたり、色んなことを教わったりして、救助隊員として成長していくドラマに、もっと絞り込むべきだと思うのよ。
でも、修治の救助シーンって、久美は全く関与しないのよ。
ナオタに「大丈夫、お父さん、きっと見つかるから」と言っているので、それを修治が死んだ後でナオタに責められるとか、野田から「安易なことを言うな」とたしなめられるとか、そういうことでもあるのかと思ったら、何も無いし。
そこでの彼女は、ただの傍観者に過ぎない。
彼女が深く関与しないようなエピソードを序盤(まあ中盤であってもダメだけど)に持って来るって、どういうつもりなのかと。

わざわざ日を改めて、三歩がナオタを励ましに行くシーンも描いているけど、そういうのは久美のいる前でやってくれないとさ。
彼女がいないところで三歩のキャラやナオタとの交流を描いても、意味が無いのよ。
それと、感動劇にしようとしているけど、三歩とナオタ親子の関係も、ナオタ&修治の関係描写も薄っぺらいし、まるで感動なんかしないよ。壮大な音楽で盛り上げようとしているけど、逆に気持ちが冷めるだけだ。
ただし全体的には、伴奏音楽は雰囲気を盛り上げていて良かったと思うけどね。

休暇中の久美が崖を登っているシーン(休暇中だということも、彼女が言うまでき分からない)があるが、ここで野田に反発して救助に行くというのも、流れや繋がりが無いから、唐突に思える。
そういうエピソードを用意するなら、そこまでに彼女が「野田から一人前として認めてもらっていないことに反発する」というシーンを用意しておくべきだ。
せっかく横井親子のエピソードがあるんだから、そこで自分も救助活動に行きたいと言ったけど野田から「まだ無理だ」と言われて反発し、だから休暇中に崖を登って技術を上げようとする、ということなら、流れや繋がりが生じるでしょ。
そういう作業が、この映画には感じられない。

野田が「二重遭難を防ぐために大切なのは無謀に突き進むより撤退する勇気だ」と説いているのに、久美はクライマックスのミッションでそれを無視し、ヘリに戻らずに雪山へ降下してしまう。
そんで雪山に留まったのはいいけど、じゃあ何をやったかっていうと、二重遭難しているだけだからね。
ただの阿呆じゃねえか。
一郎を生き延びさせるために足を切断するという決断は下しているけど、誰かが「無謀な行動」で救助に来てくれなかったら、そのまま2人とも死んでいたことは確実だからね。

で、そんな久美を、それを三歩が助けに行く。
彼は「山で捨てちゃいけないものは命」というモットーの持ち主だから、野田の訓示に従わなくても、そりゃ構わないんだけどさ。っていうか、そりゃ映画として「遭難した人を見捨てて撤退する」というストーリーテリングを避けたいってのは分かるけどさ。
ただ、そこは引っ掛かるんだよなあ。
実際、三歩は無謀な行動を取ったせいで、雪崩に飲み込まれているし。
彼が死なずに済んだのは、「デウス・エクス・マキナが介在したから」でしかないよ。
あと、クライマックスで久美が無謀な行動を取って二重遭難し、三歩に救われるという形だと、彼女が成長したようには見えないんだよね。それでいいのかね。

(観賞日:2012年7月11日)


第8回(2011年度)蛇いちご賞

・男優賞:小栗旬

 

*ポンコツ映画愛護協会