『クローバー』:2014、日本
鈴木沙耶は友人の谷上一葉&松沢里李香と出掛けた神社で、占い師の女性から「ジェットコースターのような恋愛。霧が晴れた時に中から一人の男性が現れる。それが貴方にとって最低で最高の運命の人」と告げられる。しかし沙耶は恋愛に対して、あまり積極的な気持ちを抱いていなかった。中学時代、彼女は同級生の樋野ハルキと付き合っていた。しかし駆け落ち先で警官に見つかり、2人は引き離されていた。そのハルキは現在、人気俳優として活躍していた。
沙耶はホテル東洋のイベント企画課で働く入社2年目のOLだ。ホテル東洋創業一家による同族経営の大型ホテルチェーンで、従業員は7千人もいる。実質的なトップは専務の筒井義道で、妹の栞は名ばかりの取締役だ。沙耶は上司である柘植暁から事あるごとに注意を受けており、その冷徹な言動に反感を抱いていた。日米合作アニメ『バックカッパー』製作発表パーティーが開かれた会場で、沙耶は招待客の外国人から「野菜は全てオーガニックですか」と質問される。柘植は事前に確認しなかった沙耶の不手際を指摘し、「君の脳の容量は犬以下だな」と告げた。
沙耶は有機野菜を扱っている店を柘植から教えてもらい、慌てて調達した。沙耶は柘植から呼び出しを受けるが、注意されると思っていたら「僕と付き合わないか」と告げられる。困惑する沙耶は、「私を好きだってことですか」と質問する。柘植は「そうは言ってない。今は好きじゃなくとも、付き合ってみてお互いに悪くないと思えば結婚の可能性もあるってことだ。無駄なことに時間を割きたくない。海外研究の希望を出している。妻帯者の方が希望が通りやすい。一緒に仕事をしてみて分かったんだが、君は呆れるほど要領が悪いが、打たれ強いし忍耐力がある」と語った。
沙耶が「上司ですから、好きとか嫌いとか意識したことが」と言うと、柘植は「じゃあ意識してみろ」と述べた。沙耶から話を聞いた里李香は、「優良物件じゃん」と付き合うよう勧める。早稲田の政経学部を出て最初から本社勤務の柘植は、確実にエリートコースを歩んでいた。沙耶は先輩の如月桜子から、ゲストとして来ていた人気女優・雫蜜美の忘れ物をロイヤルスイートまで届けるよう頼まれる。蜜美の部屋を訪れた沙耶は、バスローブ姿のハルキを見てショックを受けた。
仕事を終えた沙耶は柘植を見つけて声を掛け、飲みに付き合ってほしいと誘う。バーを訪れた沙耶は、ハルキとの過去を柘植に話した。中学時代に2人は付き合っていたが、ハルキの父親がアメリカへ転勤することになった。別れるのが嫌だった2人は軽井沢へ駆け落ちしたが、すぐ大人に捕まった。ハルキは「いつか沙耶を迎えに行くよ」と泣きながら約束し、その言葉を今でも沙耶は信じていたのだった。沙耶が「どうせ柘植さんには分からないでしょう」と言うと、柘植は「こうしよう。君が恋愛できる体質になるまで、俺とリハビリをしよう」と告げた。
翌日に沙耶が出勤すると、柘植は今までと同じように冷淡な口調でミスを注意した。バレンタイン・キャンペーンのゲストがハルキとタレントの久保田リナに決まり、沙耶は総務部広報課の松下課長から事務所対応を任された。沙耶は担当社員たちに、客の手作りチョコを抽選でハルキにプレゼントする企画を提案した。チケットは完売するが、リナの事務所から夜7時までしかイベントに出られないという連絡が入る。イベントは9時までであり、事前の対応では終日のスケジュールを確保してもらっているはずだった。
沙耶は事務所の小松社長と会うが、「もう決まったことだから」と冷たく告げられる。しかし部下から呼ばれた小松は戻って来ると態度を豹変させ、「何とかしましょう」と笑顔で述べた。イベント当日、沙耶が内緒でハルキ宛てのメッセージを書いていると、彼がやって来た。ハルキはホテルで沙耶に気付いたことを話し、「別に付き合ってないし」と軽く言う。恋人の存在を問われた沙耶は、「いますよ、私にも付き合ってる人ぐらい」と口にする。「やめろよ、そうやって他人みたいに避けんの。友達だろ」と言われた沙耶は、「友達」という表現を寂しく感じた。
翌日、リナの事務所を訪れた沙耶は、社員の会話を盗み聞きする。その結果、彼女は小松がリナとの不倫を指摘されて態度を豹変させたこと、人気キャスターの伊集院久子が柘植の元カノであることを知った。沙耶は柘植の元へ行き、「最低ですね。仕事のためなら、元カノでも何でも利用するんですね」と嫌味っぽく告げる。社員旅行に出掛けた山中湖の旅館でも、沙耶は柘植への嫌味を並べ立てる。柘植は沙耶を連れ出し、「ようするに何が言いたいんだ」と問い掛けた。
「なんで私なんかと付き合おうと思ったんですか。馬鹿にしてるんですか」と沙耶が訊くと、柘植は「馬鹿にしてない。僕は君でいいから付き合おうと言ったんだ」と話す。沙耶は「全然分かんないんです、柘植さんが私のことどう思ってるのか」と言うが、柘植は明確な答えを口にしなかった。次の日、柘植はOLの柏原るみや上田かおるから積極的なアプローチを受ける。その様子を見た沙耶が腹を立てていると、一葉が声を掛けて来た。彼女はバレンタインのイベントでミスを犯した沙耶を北海道へ転勤させる話が出ていたこと、それを柘植が止めたことを教えた。
沙耶が「でも、なんかムカつく。あんなプライド高い人が自分から別れた女の人に会いに行くなんて」と漏らすと、一葉は「それって沙耶のためじゃん」と指摘する。双眼鏡を覗いた沙耶は、るみがボートで柘植の隙を見てキスする様子を目撃した。湖に落ちた沙耶は、柘植に救助された。沙耶が「他の子が、柘植さんの傍にいるのは嫌なんです。特に、目の前でキスなんかされると」と口にすると、柘植に「君はホントにバカだな」と言う。彼は沙耶にキスをして、「気持ちが入ってなきゃキスとは言わない」と述べた。
社員旅行から戻った沙耶は気持ちが盛り上がって妄想を膨らませるが、柘植は相変わらず冷たい態度を取った。しかし夜桜デートに誘われ、沙耶は喜んで出掛ける。彼女は初めて「沙耶」と下の名前で呼ばれ、柘植と一夜を共にした。沙耶が昼間の遊園地デートを希望すると、柘植は困惑しながらも承諾した。ジェットコースターに乗った沙耶は、彼が高所恐怖症であることを知った。柘植は義道に、日本の旅館を海外展開するプランを提案した。すると義道は、パリに出すホテルのプロジェクトリーダーを柘植に指名した。
来月からパリへ行くよう言われた柘植は沙耶のことを考えるが、すぐに了承した。義道と共に駐車場へ移動した柘植は、松下が運転手をしているので驚いた。すると義道は、松下が娘の受験を理由にシドニーへの転勤を断ったのだと話した。義道は新東京銀行の田崎守と見合いしている栞を見掛けて、柘植を紹介した。以前から柘植を知っていた栞は、見合いを放り出して2人の会食に参加した。義道が用事で退席すると、栞は立ち去ろうとする柘植を呼び止めた。
栞が「父は私を会社を大きくすると道具としか見てない」と愚痴をこぼすと、柘植は冷淡な態度で「だったら最初から見合いを断ればいい。中途半端な気持ちで人任せにしてるから、いい人に出会えないんじゃないですか」と述べた。栞は腹を立てて帰ろうとするが、店員とぶつかって熱いスープを太腿に浴びてしまう。すると柘植はタオルを冷やして太腿を押さえ、病院へ連れて行く。栞は柘植に好意を抱き、彼と近付く目的でパリのホテルのスペシャルアドバイザーに就任した。
栞は仕事を理由に柘植を呼び出し、買い物に付き合わせた。沙耶は柘植が栞と一緒にいたという目撃談を桜子から聞かされるが、本人には確認できなかった。ハルキから「明日、誕生日だな」というメールを貰った彼女は、馴染みの居酒屋で彼と会った。沙耶は柘植の誕生日が2週間後だと知り、一葉とのダブルデートを抜け出してプレゼントを買いに行く。しかし戻ってみると心配した柘植から注意されてしまい、「私たちって先生と生徒みたいですよね。私、柘植さんの考えてることが分からない」と不満を漏らした。
「栞さんと付き合ってるんですか」と沙耶が訊くと、柘植は「専務の命令でお守りをしてるだけだ」と答える。沙耶は「専務の命令には逆らえないんですか。立場ってそんなに大事ですか」と、激しく反発して立ち去った。翌日、沙耶は一葉から、柘植がパリに転勤することを知らされる。柘植は沙耶からパリ行きのことを問われ、「言えなかったんだ」と言う。彼は「ホントは君としばらく付き合ってから行くつもりだった。俺は間が悪いんだよな」と釈明し、沙耶の誕生日プレゼントを差し出した。それは沙耶が欲しがっていたオリジナルのデザインリングだった。
柘植は沙耶を自宅に招き入れ、小学6年の時に父の借金で差し押さえを受けたことを明かす。彼が「恐がりなんだよ。走り続けてないと、倒れそうな気がする」と漏らすと、沙耶は「倒れても大丈夫です。私がこうしてるから」と手を握ってキスをした。やがて柘植はパリへ旅立ち、沙耶との遠距離恋愛が始まった。沙耶は積極的にLINEを送るが、既読スルーが続くので寂しさを感じる。しかも一時帰国の予定が急なトラブルでキャンセルになり、沙耶はガッカリする。沙耶はハルキに恋愛相談をするが、その現場が写真週刊誌に熱愛スクープとして掲載されてしまう。一方、一葉の結婚式に合わせて帰国した柘植は、栞との結婚話が勝手に進んでいることを知る…。監督は古澤健、原作は稚野鳥子『クローバー』(集英社マーガレットコミックス)、脚本は浅野妙子、企画プロデュースは平野隆、プロデューサーは幾野明子&辻本珠子&渡邉義行、共同プロデューサーは山田昌伸、アソシエイトプロデューサーは渡辺信也&辻有一、撮影は小宮山充、照明は保坂温、美術は黒瀧きみえ、録音は小原善哉、編集は李英美、音楽は山下康介。
主題歌は関ジャニ∞『CloveR』作詞・作曲:GAKU、編曲:Peach。
出演は武井咲、大倉忠義、永山絢斗、上地雄輔、夏菜、西村雅彦(現・西村まさ彦)、木南晴夏、水沢エレナ、柴田理恵、宍戸開、名高達男、光浦靖子、今野杏南、内藤理沙、村上健志(フルーツポンチ)、ホラン千秋、松本莉緒、鈴木拓(ドランクドラゴン)、盛隆二、菊田大輔、美優、田中利花、川瀬陽太、森川真衣、青木英孝、藤田昌宏、虫狩愉司、鬼塚庸介、神谷大輔、伊藤陽平、安田亜矢、今原恵美子、板垣璃生、谷岸玲那、城戸恵斗、龍野りな、椎名香織、小野里桃子、潮美華(現・潮みか)、木本美咲、園田ゆき、増山浩一、小夏ゆみこ、加藤まゆ美、骨川道夫、富岡大地、田中清貴、高林昌伸、牧佳子、田久保宗稔、有田桜花、佐々麻梨江ら。
稚野鳥子の同名少女漫画を基にした作品。
監督の古澤健と脚本の浅野妙子は、『今日、恋をはじめます』に続いてのコンビとなる。
沙耶を武井咲、柘植を大倉忠義、ハルキを永山絢斗、義道を上地雄輔、栞を夏菜、松下を西村雅彦、一葉を木南晴夏、里李香を水沢エレナ、桜子を光浦靖子、るみを今野杏南、かおるを内藤理沙、一葉の恋人の合田を村上健志(フルーツポンチ)、久子をホラン千秋、蜜美を松本莉緒、田崎を鈴木拓(ドランクドラゴン)が演じている。
占い師役で柴田理恵、小松役で宍戸開、筒井役で名高達男が出演している。少年漫画に男子の憧れが詰まっているのと同様に、少女漫画には女子の憧れが詰まっている。
男子であれば「人々を守って活躍する」とか「ある競技でトップに立つ」といった憧れが多いかもしれないが、やはり少女漫画の場合は「イケてる男に惚れられる」ってのが多くなる。
少年漫画でも恋愛をメインに据えた作品はあるが、全体の作品数からすれば、その割合は低い。少女漫画における恋愛モノの割合は、比較にならないほど多い。
少女漫画は、ほぼ「恋愛モノ」とイコールで繋がれていると言ってもいいぐらいだ。これは少年漫画でも少女漫画でも変わらないが、そこで描かれる恋愛劇は基本的に非現実的なモノだ。ちょっと意地の悪い表現を使うなら、都合のいい妄想だ。
少女漫画であれば、「モテモテの男子が冴えないヒロインに惚れる」とか、「イケてる男子たちがヒロインに惚れて奪い合う」とか、「性格の悪い男子がヒロインの前でだけ優しさを見せる」とか、そういう「女子の憧れを具現化してくれるのが少女漫画である。
少女漫画発信で有名になった「壁ドン」とか「顎クイ」なんて、実際の男子がやったら大半の女子は引いちゃうだろう。
あれは少女漫画に出て来るような美男子がやるからこそ、女子をキュンキュンさせるのである。なかなか映画の批評に入らず、「少女漫画とは」みたいな解説から入ったのには、ちゃんと理由がある。
それは、この映画を見る上で、「これは少女漫画の映画化作品である」という心構えが必要だったことだ。そのために、そういう解説をしているのだ。
前述したように、これは女子の「あんなこといいな、出来たらいいな」という妄想を具現化した話なので、マジに捉えてはいけない。
「全ては女子の妄想なのだ」という捉え方で、温かい目で見てあげることが必要なのだ。さて、前置きが長くなったが、ようやく中身の批評に入ろう。
冒頭、占い師の言葉を受けた沙耶は、大型スクリーンに写るハルキの姿を目にする。そこで中学時代の回想シーンが入り、2人が警官によって引き離されたことが描かれる。その上で、ハルキが作品の中で「必ず迎えに行くから」と言っているセリフが入る。
そういう導入部にしてあるのなら、「沙耶とハルキが再会して云々」という恋愛劇が進行するのかと思いきや、そうではない。
この映画のメインは、沙耶と柘植の恋愛劇だ。
ハルキも絡んで来るが、彼はヒロインの本命ではない。どうせバレバレだろうから最初に書いてしまうが、沙耶が選ぶのは柘植なのだ。それを考えると、最初に「かつて沙耶はハルキと恋人同士だったが、引き離されてしまった」ってのを示すのは、得策とは言い難い。
沙耶が恋愛に消極的であることだけを示しておいて、その理由は隠したまま状態で柘植との関係を描き、しばらく経過した辺りで「実は過去にハルキと付き合っていて」ということを明かす流れにした方が望ましい。
序盤の回想シーンでも、全てを説明しているわけではないのだが、それでも「2人が付き合っていたけど引き離された」ってのは分かるわけで、それだけでもマイナスが大きい。っていうか、そもそもハルキの存在意義からして、かなり薄弱なモノになっている。
ハルキが沙耶への恋心を示すのは後半に入ってからであり、おまけに沙耶が揺れ動くことは皆無に等しいので、三角関係さえマトモには成立していない。ハルキなんてバッサリと削り落としてしまった方が、スッキリするんじゃないかと思うぐらいだ。
しかし、そういう構成や計算のマズさについてマジに考えても、実はあまり意味が無い。
女子からすれば、「2人のイケメンが自分を好きになってくれる」という状況が嬉しいわけで、そこさえあれば細かいことは気にしなくていいのである。この映画は、少女漫画では1つの潮流となっている「ドS男子」をヒロインの相手役に配置している。
だが、この作品に限らず、少女漫画に登場するドS男子は、ちっともドSではない。
いつの間にか、ちょっと荒っぽい言葉を口にしたり冷淡だったりするだけで「ドS」と称するようになってしまったが、そんなのは「ドS」どころか「S」とさえ呼べない。
そういうのは、単に「口が悪い」とか「冷たい」という表現で済ませるべきだろう。正直なところ、SMプレイから逸脱した所で軽々しくSだのMだの言う風潮に対して、個人的には否定的な考えを持っている。しかし、そういうことを置いておくとしても、少女漫画における「ドS男子」のヌルさには呆れ果てる。
しかも本作品の場合、さらに問題が大きい。
なぜなら、柘植は大半の状況において、ごく当たり前のことを言っているだけだからだ。
社長が来た時に無言で頭を下げる位置を修正するとか、発注ミスを注意されるとか、電話の応対が間違っていることを指摘されるとか、そういうのは「上司として部下を指導する」という当然の行為であり、それを「ドS」と表現してしまうのは、「大間違い」と断言できる。しかし、「冷たい」とか「口が悪い」という程度の男子を「ドS」と認定することによって、女子が入り込みやすくしているのだ。「ドS男子がヒロインに惚れる」という状況を設定することで、話の輪郭が鮮明になる。
ヒロインは女子が自己投影する対象なので、つまり「読者(この作品の場合は映画なので観客)がドS男子から惚れられる」ということになる。
普通の男子ではなく、イケメンというだけでなく、そこに「ドS」という要素が乗っかることで、さらに女子のハートをキュンキュンさせることに繋がる。
それこそが何よりも必要なのであり、だからドSというカテゴライズの解釈も、女子の妄想に合わせてヌルく設定してあるわけだ。沙耶は「お前は学校の先生か」と柘植への苛立ちを吐露しているが、学校の先生のように何度も注意して間違いを指摘してくれるのだから、むしろ親切な上司だと言ってもいいぐらいだ。
頭ごなしに怒鳴り付けたり、理不尽な仕事を要求したりしているわけではなく、柘植が沙耶を注意する時は必ず真っ当な理由がある。
沙耶が間違ったりミスを犯したりするから、柘植は注意したり修正したりしているのだ。裏を返せば、あまりにも沙耶はヘマが多すぎるってことだ。
だが、妄想女子からすると、そこは「可愛いドジ」として捉えるべきであり、「本来なら叱責すべきではない事柄」という認定になるのだ。一方で、柘植の言動が「単なる上司としての注意や叱責」に留まっているわけではなく、問題もある。
「君はバカなのか」という発言は、それが静かな口調であろうとも、何度も繰り返されていることを考えれば、パワハラ認定される可能性は充分に考えられる。「君の脳の容量は犬以下だな」という言葉も同様で、ただミスを指摘するだけならともかく、そこまで言うと単なる悪口でしかない。
しかし、その後に「有機野菜を扱っている店を教える」という行動を取らせることで、女子に「ツンデレ」という印象を与えているのだ。
それによって、「犬以下」という発言の問題を打ち消しているのである。沙耶が心底から柘植を嫌っていれば、幾ら蜜美とハルキが一緒にいるのを見てショックを受けたからといっても、飲みに誘って「過去にハルキと付き合っていた」とか「こういう事情で別れた」という秘密を打ち明けることなんて絶対に無い。
そういう大事な秘密を簡単に明かしているってことは、つまり「嫌よ嫌よも好きの内」で、最初から沙耶が柘植を意識していたってことの表れである。
しかも、飲みに誘われた柘植がOKすることで、「私にだけ優しい」という満足感を女子に与えることにも繋がっている。「やたらと叱責されて、悪口を言われていたのに、沙耶は柘植のどこを、いつ頃から好きになったのか」などと考えるのは愚かなことだ。そもそも最初から、2人が惹かれ合うことは決まっているのだ。
だから、そこに身を委ねるべきであり、細かいことは考えちゃいけない。
あえて「好きになった理由」を挙げるとすれば、「イケメンだから」ってことだ。
っていうか、他に理由など無い。
「可愛い」は正義だが、「イケメン」は無敵なのである。いきなり柘植が沙耶に交際を持ち掛けるのは、互いの立場を考えればパワハラになる可能性がある。
しかし妄想女子の解釈だと、そこにパワハラなんて要素は微塵も入り込まない。
理由は簡単で、「キュンキュンさせてくれるイケメンだから」である。
ハラスメントってのは受ける側の気持ちで決定するモノなので、女子が嫌がらなければパワハラは認定されない。
妄想女子にとって、イケメンってのは全てを受け入れさせてくれる存在なのである。「有機野菜を扱っている店を教える」という行動の後も、もちろん柘植は沙耶に対する優しさを何度も見せている。
仕事のミスを密かに助けたり、湖に飛び込んで救助したりする。
もはや柘植のドS設定など実質的には死んでおり(そもそもドSではないという事実は置いておくとして)、「クールだけど優しい」という部分だけが強調される。
それこそが女子をキュンキュンさせる恋愛劇であり、そうやって女子を満足させれば他は何も要らないのだ。「沙耶は柘植のどこを、いつ頃から好きになったのか」を考えるのは愚かなことだと前述したが、一方で柘植が沙耶を好きになった理由も映画を見ているだけではサッパリ分からない人が少なくないだろう。
っていうか、むしろ分かる人の方が珍しいと言ってもいい。何しろ、映画の中では「柘植が沙耶になった理由」の説明なんて何も無いからだ。
交際を持ち掛けてから好きになったわけではなく、たぶん交際を持ち掛けた時点では既に恋愛感情があったものだと思われるから、それなら後から「実は、こういうことで好きになった」と明かす手順を入れても良さそうなモノだが、そんなのは何も無い。
しかし、そこを手落ちと考えるのも、やはり愚かなことだ。
柘植が沙耶を好きになった理由は明白で、それは「ヒロインだから」である。
ヒロインがイケメンに惚れられることに、明確な理由なんて必要ない。それは少女漫画では、「そういうモノだ」と無条件に受け入れるべき事柄なのだ。この映画、1つのエピソードが終わると、そこで流れがブツッと無残に切れる。1つ1つのエピソードの積み重ねが、沙耶と柘植の恋愛劇を高めたり、2人の関係を深めたりというドラマを形成するような作りになっていない。いや、もっと言ってしまえば、そもそも1つのエピソードの中でさえ流れが上手く作られていない。
仕事方面の話も大雑把で、安っぽさ満開だ。蜜美や久子が1シーンだけで出番を終えるなど、脇役キャラの使い方も雑だ。
しかし、そういう諸々も、どうだっていい。
イケメンが理想のキャラを演じてくれれば、それだけで女子はハッピーなのだ。物語の方は脳内補完したり、もしくは都合良く受け取ったりするので、テキトーでも構わない。
とにかくイケメンの理想的なキャラだけを満喫し、ディオ・ブランドーを取り巻きの連中が崇拝するように、「そこにシビれる!あこがれるゥ!」という気持ちになるべきなのだ。実のところ、ファンタジーであっても本来ならば「ファンタジーとしてのリアリティー」は用意すべきだ。
ファンタジーであっても、何をやってもいいと許されるというわけではない。ある一定のルールは必要だ。
しかし本作品は、そんな考え方を何食わぬ顔で否定する。ファンタジーとしてのリアリティーなんて無視して、軽やかに自由気ままなステップを踏むのである。
それは一見するとデタラメなようだが、実際にデタラメだ。でも、そのデタラメっぷりも含めて、「だって妄想だもの」と受け入れてあげる寛容さを我々は持つべきなのだ。
なぜなら、ファンタジーにはルールが必要だが、妄想にはルールなんて要らないのだから。ここまでの批評を読んで何となく気付いた人もいるかもしれないが、実は随分と女子をバカにしたような内容になっている。
「この程度で女子は満足するんでしょ、こんなモンで女子は喜ぶんでしょ」という、かなり失礼な意識に基づいたコメントになっている。
しかし勘違いしてほしくないのは、それが私の意見ではないってことだ。あくまでも映画の出来栄えを見た時に、そうとでも捉えなければ納得できないようなボンクラぶりだったってことなのだ。
つまり、私の批評を読んで「女子をバカにしている」と感じた人がいるならば、それは「この映画の製作サイドが女子を舐めていた」ってことなのである。(観賞日:2016年6月28日)