『カオス』:2000、日本

右手に包帯を巻いた会社員・小宮山隆幸は、レストランで女と昼食を取った。小宮山が支払いをしている間に、先に店を出た彼女は姿を 消していた。会社に戻った小宮山は、妻から電話があったかどうかを女性社員に尋ねた。仕事をしていた小宮山に、銀行員の佐藤と名乗る 男から電話が掛かってきた。男は「奥さんを誘拐した」と告げ、明日の正午までに3千万円を用意するよう要求した。
小宮山は警察に通報し、浜口警部や三浦刑事が自宅にやって来た。翌日、犯人から連絡があった。犯人は逆探知を避けるため、会社に電話 を掛け、小宮山に伝言ダイヤルの番号を教えるという手順を取った。犯人の指示に従い、小宮山はタクシーで東北自動車道に乗った。犯人 の黒田五郎は、小宮山の妻・佐緒里の姉である栗原冴子に電話を掛け、金を持って駅へ行くよう脅した。黒田は駅で5百万円の入った バッグを奪い取り、電車に飛び乗った。黒田は停めてあった車に戻り、金を確認した。
物語は、時間を遡る。佐緒里はレストランを去った後、服を着替えて代行サービス業を営む黒田の家にやって来た。前日に、2人は会って いる。佐緒里は百万円を渡し、「やってもらえますよね、誘拐」と確認する。彼女は黒田に、隠れる場所も決めてきたと語る。アメリカに 留学している友人・相馬留美の部屋の鍵を預かっているのだという。
黒田は佐緒里に、解放後に狂言誘拐だとバレないようにするためには、リアリティーが必要だと告げる。黒田と佐緒里は、留美の部屋 であるハイツの303号室に向かう。黒田は、部屋に存在証明を残さない、外出してはいけない、熱帯魚の世話もいけない、入浴もいけない といった注意事項を述べた。黒田はリアリティーを出すためと称し、佐緒里の手足をロープで縛る。黒田は彼女を押し倒し、レイプする 素振りを見せる。しかし佐緒里が泣いて抵抗したところで動きを止め、小宮山に電話を掛けた。
再び、時間は黒田が金を手に入れた日に戻る。夜、黒田は303号室へ向かう。しかし暗がりの中、彼は手足を縛られた状態で佐緒里が 死んでいるのを発見する。その時、部屋の電話が鳴った。黒田が電話を取ると、相手は佐緒里を殺害したことを語り、死体を捨てるよう 要求した。このままでは自分が殺人犯にされてしまうため、黒田は仕方なく引き受けた。
家に戻った黒田は、離婚した妻・美佐子の元にいる息子・ノボルを家の前で見つける。イジメを受けたというノボルを家に入れ、黒田は 新聞をチェックする。美佐子から電話があったため、黒田はノボルを車で送っていく。その途中、黒田は佐緒里の姿を目撃した。彼は車を 降りて追い掛けようとするが、それを咎めた男に殴られている間に見失ってしまった。その夜、黒田は埋めた死体を掘り起こす。顔を確認 すると、それは佐緒里ではなかった。小宮山は浜口警部から公開捜査に切り替えることを提案され、承知した。
黒田は刑事に成り済まして不動産屋に赴き、ハイツの契約書を見せてもらう。ハイツはアクト・プロモーションというモデル事務所が 買い上げ、社宅として使っていた。相馬留美は302号室の住人であり、303号室に住んでいるのは津島さと美という女性だった。黒田は テレビのニュースで、誘拐事件が公開捜査になったことを知った。黒田は代理店の人間に成り済まして相馬留美と会い、話を聞く。留美は ハイツにはほとんど帰っておらず、さと美とは最近会っていないという。
カフェのポスターに写る佐緒里の顔を見た黒田は、あることを思い出した。以前、黒田はアパートに暮らす彼女に水道の故障で呼ばれ、 会っていたのだ。つまり黒田に狂言誘拐を依頼した女性は、佐緒里ではなかったのだ。その女・さと美は、小宮山の元を訪れていた。 小宮山とさと美は不倫関係にあった。マンションに美佐子が包丁を持って現われたため、小宮山は首を絞めて殺害した。そして、さと美は 殺人を隠蔽するために計画を企て、黒田に狂言誘拐を持ち掛けて利用したのだった…。

監督は中田秀夫、原作は歌野晶午、脚本は斎藤久志、プロデューサーは神野智&原公男、協力プロデューサーは小寺剛雄、エクゼクティブ ・プロデューサーは甲斐真樹、助監督は李相国、撮影は喜久村徳章、編集は菊池純一、録音は郡弘道、照明は豊見山明長、美術は丸尾知行、 衣裳は古藤博&杉山敦子、音楽は川井憲次。
出演は萩原聖人、中谷美紀、光石研、國村隼、菜木のり子、夏生ゆうな、山村美智子、新恵みどり、MIKI、田中哲司、浜田学、諏訪太朗、 古井榮一、大塚ちか、田村貴彦、高島由佳、香川拓海、根岸清子、いぐち武志、石橋正治、山下しいな、中田哲郎、古谷裕美、金山孝之ら。


歌野晶午の小説『さらわれたい女』を基にした作品。
黒田を萩原聖人、さと美を中谷美紀、小宮山を光石研、浜口を國村隼、美佐子を菜木のり子、留美を夏生ゆうな、冴子を山村美智子、佐緒里を新恵みどりが演じている。
『フレンチドレッシング』『サンデイ ドライブ』の斎藤久志監督が脚本を担当し、『リング』『ガラスの脳』の中田秀夫がメガホンを執っている。

黒田はニセモノ佐緒里に「部屋に痕跡を残さないように」と注意しているが、指紋をベタベタと残している。
そこまでの完全犯罪をやり遂げるだけのオツムは無かったのだと解釈しておこう。
ラスト近く、黒田が携帯で小宮山に電話を掛けた直後に刑事が乗り込むようにして死体を発見させているのは、携帯の着信記録が残るから マズいような気がするが、それもオツムが回らなかったのだと解釈しておこう(もしくは携帯が本人名義じゃないのだと解釈しておこう)。

萩原聖人はスクリーン・サイズの芝居(ここではスケール感のある芝居とか大仰な芝居という意味ではない)が出来る人だし、適役だと思う。
一方、中谷美紀は、普通っぽさがあるので「黒田を普通の主婦として騙す」という部分ではいいのだが、男を誘い込むファム・ファタール としての妖艶さは感じない。
ただ、これは撮り方にも問題があると思う。
中田秀夫監督ってロマンポルノ出身なのに、エロスを出そうという意識は薄いのね。
エロスよりもラブに重点を置いてしまったということなんだろうか。

所々、何を表現しようとしているのかが分かりにくいシーンがある。
例えば黒田が部屋で死体を発見するシーン。萩原の驚く芝居で「ああ、死んでいるんだな」と推測できるが、転がっている女は引いた絵 だし、良く分からない。
そりゃあアップで映すと別人なのが観客に分かるから、仕方が無い部分もあるんだろうけどさ。
あと、死体を掘り起こすシーンでは、すぐに黒田が嘔吐してしまうので、そこで女が別人だと彼が気付いたのかどうかが分かりにくい。

黒田が死体を発見したり、電話で死体を捨てるよう命じられたりする辺りは、本当ならスリリングなモノになっているべきなんだろうが、 怖さがあまり伝わってこない。
中田監督はホラー映画における「得体の知れない不気味さ」を表現するのは得意でも、サスペンスとしての恐怖描写は不得手なんだろうか。
というか、そもそも「殺人事件に巻き込まれる」というサスペンスへの興味が薄そうなんだよな。前述した死体処理の場面でも、描写が 淡白だもんな。

首を絞める小宮山を手伝うさと美の顔が佐緒里の持つ包丁に映るカットとか、幾つかホラー的に光るカットはある。
しかし、暗転によってシークエンスを区切り、時間軸を遡って種明かしをしていくという構成が、ミステリーとしては厳しいものとなって いる。というのも、種明かしに入っていく最初の段階で、これから明かされる内容の大半が分かるようになっているのだ。
残り30分ぐらいで、さと美が黒田に狂言誘拐を依頼する場面に遡るのだが、これは構成としては上手くない。
「そんなこと、今さら描かなくても、ほとんど分かっていることだぞ」と思ってしまう。新しい情報としては、せいぜい「なぜ狂言誘拐を 頼むのかを説明する際にさと美が語った内容」ぐらいだ。そんなの、どうだっていいようなことだ。

どうやら中田監督は、恋愛要素を多く含んだサスペンスとして描いたつもりのようだ。
で、黒田に発見されたさと美は、「私のことを見つけると思っていた」「また会いたかった」などと言い出す。
だが、それを男女の駆け引きとして成立させるには、そこまでにもさと美が黒田を翻弄するとか、黒田がさと美に引き込まれるとか、 そういった描写を少なくとも1回は入れておくべきだろう。
さと美が黒田に次第に惹かれていくのではなく揺れ動いているなら、それでもいいから、その揺れ動きを描写してくれないと困る。
さと美の心理の移り変わりを全く描いていないから、ただのキテレツな女にしか見えない。
ホラーの殺人鬼なら得体の知れない存在でもいいけど、ラブ・サスペンスのヒロインがそれじゃダメだろ。

心理が見えないから、黒田に見つかって必死に逃げたさと美が公園で捕まると急に笑い出すのは、ただのキチガイにしか見えない。
最後にさと美が泣き喚いて車を飛び出し、黒田に「一緒に行こう」と呼び掛けて崖から飛び降りるのも、ただ気が触れたようにしか見えない。
あと、飛び降りる直前、急に雨が降り出す演出には参った。
怖いシーンで雷を鳴らすのと同じぐらい古臭い演出だな。

大体、ラブ・サスペンスっぽくなるのって、もう終盤に入ってからだしなあ。
そこまでに、例えば黒田がさと美を探す理由の中に「もう一度会いたい」という気持ちが含まれているという描写があるでもなし、さと美 が小宮山と会っている時に黒田のことを気にする素振りを見せるようなことがあるでもなし、ラブ・サスペンスのテイスト、恋愛の 駆け引きのドラマって皆無だったぞ。
もしかすると中田監督は、『リング』で終わっちゃったのかもしれない(いや大半は脚本が悪いんだけどさ)。

 

*ポンコツ映画愛護協会