『九月の恋と出会うまで』:2019、日本

北村志織は公園へ出掛け、走っている少女の写真を撮って微笑んだ。少女と一緒にいる少年がボールを取りに噴水へ入ろうとすると、志織は「危ないよ」と慌てて駆け寄った。志織がボールを取ってあげる様子を、1人の男が見つめていた。平野進はカーテンを閉めるとノートパソコンに向かい、小説の執筆作業に戻った。アパートに戻った志織は少女の写真を壁に飾り、チェロの音を耳にして窓の外を見た。彼女は中庭に出て、住人の倉が演奏するチェロを聴いた。オーナーの権藤や住人の祖父江も、ベンチに座って演奏を聴いていた。
倉はB棟4号室の住人だと自己紹介し、志織は2Bに引っ越してきたことを告げた。倉は志織に、祖父江が4Aの住人で女優だと教えた。祖父江は志織の部屋に引っ越したかったこと、権藤に却下されたことを残念そうに語る。権藤は志織に、死んだ妻が「部屋が人を選ぶのよ。人が部屋を選ぶんじゃない」と言っていたことを話した。平野が出て来ると、倉は志織が隣に引っ越してきたことを教える。志織が挨拶すると、平野は無言で軽く会釈するだけで外出した。
志織は受付事務として勤務する写真旅行代理店へ行き、後輩の香穂にアパートのことを話した。志織は趣味で写真をやっているだけだが、アパートには漫画家や彫刻家も住んでおり、権藤も元々は画家でパリのサロンをイメージしていた。帰宅した志織は夕食を取り、入浴を済ませた。夜の9時になった時、志織は奇妙な風を感じた。直後に男の声が聞こえたので彼女が困惑すると、「志織さん?北村志織さんですか?」と質問される。エアコンの穴を開けて覗き込むと、そこから声が聞こえてることが判明した。
男は「本当に良かった」と感激の声を漏らし、志織は「どちら様、ですか?」と訊く。「ヒラノです」と男は言うが、ハッキリ聞き取れなかったので志織は「シラノさん?」と確認する。「違います。平野です」という言葉に、志織は「2Aの平野さん?」と質問する。相手が「そうです、2Aの平野です」と言うので、志織は「どこから話してるんですか?」と尋ねる。「そちらは今、何年ですか?」と日付を尋ねられた彼女は、戸惑いつつも2018年9月14日金曜日だと教えた。すると相手は安堵した様子で「間に合った」と言い、自分がいるのは1年後の未来だと告げた。
まるで信じようとしない志織に、未来の平野はエアコンの穴が時間を隔てて部屋を繋いでいると説明する。彼は「他の人には言わないでください。特に、そちらの僕には」と告げ、助けてほしいと言う。未来の平野は「信じてもらわないと始まらない」と述べ、翌日の天気を教える。次の朝、志織がニュース番組を見ると、その情報は的中していた。その夜、未来の平野から連絡が来ると、彼女は「天気を予想しただけだし」と信じない。そこで未来の平野は他にも複数のニュースを教え、それも全て的中した。
ようやく話を聞く気持ちになった志織に、未来の平野は「そちらの平野を尾行してほしい」と依頼した。志織が理由を尋ねると、彼は「今は話せません」と言う。志織が「何か事件に巻き込まれるんですか」と訊くと、未来の平野は「危険な目に遭うことは絶対にありません。どうか僕を助けてください」と懇願した。仕方なく引き受けた志織は、未来の平野から貰った情報を参考にして、現在の彼を尾行する。会社を出て営業に出る平野の後を追い、出来る限り写真を撮影した。
志織は夜になると未来の平野の報告し、連日の尾行を続けた。ずっと観察する内に、彼女は現在の平野に好感を抱くようになった。現在の平野が大きなパフェを食べる写真を見て笑う志織に、未来の平野は「北村さんが笑ってくれるだけで、なんだかとても嬉しいです」と言う。「もし会うことが出来たら、お礼に、町で一番のレストランで御馳走させてくれませんか」と誘われた志織は、「はい」と答えた。彼女は会社で様子が変なので、香穂から「男だな」と疑われる。「まさか、あの元カレ?それとも新しい恋?」と追及された志織は、「そんなわけないでしょ」と慌てて否定した。
その夜も平野を尾行した志織は、いつもと違う道を進むので少し動揺した。彼女が後を追うと、平野はガード下で石を壁にぶつける動きを繰り返す様子を見る。アパートに戻った志織は祖父江に声を掛けられ、「平野さんって、どんな人なんですか?」と尋ねた。すると祖父江は「あんまり関わらない方がいいのかも」と前置きし、倉から聞いた話として「平野が夜中に室内で包丁を振り回しては首をかしげている様子を見たらしい」と教えた。
9時になって未来の平野から話し掛けられた志織は、警戒心を示して「誰なんですか?貴方、平野さんじゃないでしょ?尾行の目的は何なんですか」と質問した。どうして自分の尾行をさせるのか説明を要求した彼女に、未来の平野は「今はまだ」と言う。「だったら、これ以上は何も出来ません」と志織が告げると、彼は「明日が終わったら話します」と口にする。「9月27日だけ、一日中、尾行してほしい」と頼まれ、志織は承諾した。
翌朝、志織が起床すると熱があったが、約束を守るために仕方なく尾行に向かった。昼の3時、彼女は奇妙な風を感じる。戸惑いつつも尾行を続けた彼女が夜になって帰宅すると、玄関の鍵が開いていた。彼女が中に入ると、室内が荒らされていた。通報で駆け付けた刑事は、ピッキングの痕跡があったので連続している空き巣と同一犯だろうと述べた。その夜は、9時になっても未来の平野から連絡が無かった。志織がエアコンの穴に呼び掛けても、返事は無かった。
窓を開けた志織は、平野がエアコンを付けたことを知った。志織は思わず「なんでエアコン付けちゃったんですか」と責めるように言い、事情を知らない平野は「何か問題ですか?」と困惑する。志織は「声が違う」と呟き、「ごめんなさい、気にしないでください」と慌てて窓を閉めた。室外機に異常が無いことを確かめた平野は、志織の部屋へ赴いて事情を尋ねようとする。しかし風邪で高熱のある志織が意識を失ったため、平野は体を支えてベッドまで運んだ。
平野は買い物に出掛け、熱を冷ますシートを志織の額に貼った。目を覚ました志織が驚いて「何してるんですか」と言うと、平野は「勝手にすいません」と謝罪して立ち去ろうとする。平野は「貴方は不用心すぎます。男性に対してチェーンも掛けずに鍵を開けるし、そんなに風邪をひいて熱があるのに室内とは言え、薄着ですし。とにかく、僕が帰ったらチェーンも掛けて、ここにある物で栄養を取って、服を着て、ちゃんと寝てください」と話し、部屋を出て行った。机の上を見た志織は、平野が複数の風邪薬を買い、雑炊まで作ってくれていたことを知った。
次の夜、平野が仕事から戻ると熱の下がった志織が外で待ち受けており、昨夜の礼を言う。彼女は「未来の貴方と話したんです」と告げ、平野を部屋に招いて詳細を説明した。「信じられないですよね、こんな話」と志織が告げると、平野は「信じますよ、僕は。貴方は嘘をつくような人じゃない」と口にした。彼はタイムトラベルへの話が大好物なのだと言った上で、「ただし、その人は嘘つきだと思います」と補足した。
平野は未来から呼び掛けた声の主を仮に「シラノ」と呼び、「その人は僕じゃないと思います」と言う。志織が「それは何となく私もそう思います」と同意すると、「自分の部屋から話し掛けていたというのも嘘でしょう。時間がズレるんだとしたら、同じ場所でズレるのが自然です」と彼は語る。平野が未来の志織の部屋から話していたはずだと説明すると、志織は「引っ越して来たばかりなので、1年後も住んでいるはず」と否定的な見解を示した。彼女は声の主に頼まれて尾行していたと打ち明け、平野に謝罪した。
志織は「もし犯罪を犯すほど思い詰めているとしたら」と言い、平野がガード下で壁を殴っている写真を見せた。平野が「あれは」と顔を強張らせていると、志織の部屋を2人の刑事が訪ねて来た。彼らは犯人が逮捕されたこと、ただの空き巣ではなく強盗殺人で逃亡中の男だったことを教えた。刑事は犯人が15時に侵入したことを話し、「家にいらっしゃらなくて、本当に良かったですよ」と告げた。刑事たちが去った後、平野は写真の行動について「実は小説家を目指していまして。犯罪を扱ったSF小説を書いてまして。自分で凶器の検証をしたりして」と説明した。
平野は憶測だと前置きした上で、「シラノは北村さんに部屋にいてほしくなかっただけなんじゃないでしょうか」と言う。部屋にいれば強盗に殺されることを知っており、そのために尾行させたのではないかと彼は語った。平野は「シラノは北村さんの命を救うことに成功した。だからタイムリープの必要性は無くなり、声も聞こえなくなった」と言い、部屋を去った。次の日、権藤は交換した鍵を志織に渡し、「時間に身を任せてください。時と共に自然に忘れるように」と話す。それから彼は、志織と同年代の孫が急に帰国して、しばらく居候することになったと告げた。
平野は志織を部屋に呼び、どうしても話したいことがあると言う。彼はタイムパラドックスについて調べており、「シラノは北村さんを助けた。このまま北村さんが生き続けていると、1年後は助ける理由が無い。ここに矛盾が生じてる」と話す。「どうなるんですか?」と志織が質問すると、平野は3つの説があると言う。1つ目は、どこかの時間に何度も戻って矛盾を繰り返すループ説。2つ目は、志織が殺された世界と殺されなかった世界が同時に存在するパラレルワールド。最悪なのは歴史の修正で、本来の歴史の流れを取り戻そうとする力が働き、志織の存在が消し去られてしまうと平野は説明する。
歴史が修正されると周囲の人間の記憶も全て消え、存在しなかった人物にされてしまうと平野は語る。彼は回避する方法が1つだけあると言い、辻褄を合わせればいいのだと教える。矛盾が始まるのは2019年9月27日であり、それまでにシラノを見つけ出し、1年前の志織を助けてもらえばいいと彼は説明した。志織が最初に話し掛けられのは9月14日で、平野はシラノと話した内容を出来るだけ思い出して再現する必要があると告げた。
翌朝、平野は志織と一緒にアパートを出て、シラノを捜すための協力を買って出た。そこまで力になってくれる理由を志織が尋ねると、彼は「殺人が起きたアパートに住みたくないし、小説の題材になる」と答えた。平野は志織に、過去を変えてまで助けたいと思うような人物に心当たりは無いかと問い掛けた。出勤した志織は、自分が事故死したり消滅したりする幻覚を見て焦った。香穂とレストランを訪れた志織は、シラノの言葉を思い出し、そこから大学時代に交際していた森秋真一を連想した。
夜、志織は平野の部屋を訪れ、もしかしたらシラノの正体は森秋でないかと告げる。交際している頃に森秋から「町一番のレストランで御馳走する」と誘われたことがあり、シラノにも同じことを言われたのだと彼女は話した。しかし森秋はアメリカの大学院に進学し、携帯も解約しているので連絡する方法は無かった。平野はネットで森秋を捜索しようとするが、該当者はいなかった。そこで平野は志織に提案し、大学へ行って調べることにした。
聖羅外国語大学へ向かう途中、平野は過去を変えたことによる不具合は起きていないか質問した。志織は彼に、自分が死んだり消えたりする生々しい夢を見るようになったと明かした。大学に着いた2人は、同窓会名簿を見せてもらった。そこに記載されている森秋の住所と電話番号は、大学時代から更新されていなかった。平野は志織に「僕は諦めませんよ」と言い、不動産屋を当たれば実家の住所が分かるかもしれないと述べた。
平野は帰りに美しい景色が見える場所へ志織を案内し、誕生日プレゼントとしてキーケースを渡した。志織が礼を言って微笑むと、平野は「北村さんが笑ってくれると、なんだかとても嬉しいです」と口にした。「最後の誕生日かもしれないのに忘れていた」と志織が言うと、彼は「最後になんかさせません。来年も再来年も、必ず誕生日が来ます」と力強く告げる。2人がアパートに戻ると、森秋がいた。権藤の孫は彼だったのだ。森秋が嬉しそうに志織と話す様子を見た平野は、先に部屋へ戻る。彼は志織に、「見つかって良かったですね。シラノのことを正確に再現してもらってください。僕は小説に集中します」とメールを送った。
志織は上司から、茅ヶ崎支店にチーフとして異動する話を提案された。引っ越す必要はあるが、なるべく早めに返事が欲しいと志織は上司に告げられた。志織は森秋に電話で呼び出され、レストランへディナーに行く。店へ向かう2人の姿を、平野は目撃した。森秋からヨリを戻そうと誘われた志織は、約束を覚えているかと問い掛けた。彼女は平野と公園で会い、異動の話が来ていることを明かす。受ければ引っ越すことになると彼女が言うと、平野は「条件は揃いましたね」と口にした。志織が引っ越して、その部屋に森秋が入り、シラノとして救うことになるのだと彼は説明した。
志織は平野に、「まだ茅ヶ崎に行くかどうか迷ってるんです。あの部屋が好きだし、あのアパートも住人も、それに」と言う。「私は自分の気持ちに正直に行きたい。自分の好きな場所で、好きな人と暮らしたい。1年後に何があるとしても」と彼女が語ると、平野は「馬鹿なこと言わないでください。正確に再現しないと、貴方は死んでしまうんだ」と声を荒らげる。「平野さんがシラノになって、私を助けてはくれないんですか」と志織が言うと、彼は「ダメです。僕には、その資格は無い」と断る。彼は負担ばかり大きくて小説を書く暇が無いと言い、「僕は過去を変えられるほど貴方を大切には思っていない。だから資格が無いと言ったんです」と感情的になる…。

監督は山本透、原作は松尾由美『九月の恋と出会うまで』(双葉文庫)、脚本は草野翔吾&山田麻以&山本透、製作は今村司&戸塚源久&瀬井哲也&池田宏之&谷和男&山本浩&田中祐介&吉川英作&中西一雄&佐竹一美、エグゼグティブ・プロデューサーは伊藤響、プロデューサーは星野恵&宇田川寧、撮影は飯田佳之、照明は岩切弘治、録音は岩丸恒、美術は倉本愛子、編集は相良直一郎、音楽はEvan Call、主題歌『Koi』はandrop。
出演は高橋一生、川口春奈、ミッキー・カーチス、浜野謙太、中村優子、川栄李奈、古舘佑太郎、玉置孝匡、森本のぶ、田山由起、福田温子、堺小春、久野静香(日本テレビアナウンサー)、知久杏朱、星流、荒井レイラ、尾形穂菜美、長友郁真、荒井聖、舞木ひと美、永田直人、湯田宗登、泉山花練、幸咲茉歩、中倉健太郎、塩崎竜海、星直実、天野アンドリュー真吾、志田美由紀、南菜乃香、小川智弘、石田亮介、山本啓之、小野田せっかく、渥美麗、大久保颯輝、星耕介、江藤あや、友咲まどか、屋良学、隈乃倉ひとみ他。


松尾由美による同名小説を基にした作品。松尾由美は数多くのSF小説やミステリー小説を執筆しているが、映画化されるのは初めてだ。
監督は『猫なんかよんでもこない。』『わたしに××しなさい!』の山本透。
脚本は『にがくてあまい』『世界でいちばん長い写真』の草野翔吾、これがデビューの山田麻以、山本透監督による共同。
平野を高橋一生、志織を川口春奈、権藤をミッキー・カーチス、倉を浜野謙太、祖父江を中村優子、香穂を川栄李奈、森秋を古舘佑太郎が演じている。

序盤、未来から志織に呼び掛けた人物は、「2Aの平野」」と明言している。ここをミステリーとして使いたいのなら、「志織がシラノと思い込む」か、あるいは「声の主が名乗らないかと偽名を使う」という形で進めた方が絶対にいい。
っていうか、それ以外の手は無いはず。そして「2Aの平野」と明言させるのなら、そこをミステリーとして使う気は無いと解釈せざるを得ない。
ところが、その後には「平野じゃなくて別人なので正体を突き止めようとする」という展開が用意されているのだ。
「いや阿呆ですか」と。

最初に「2Aの平野です」と言わせた時点で、どう考えても実質的には「その正体は平野です」とバラしちゃってるようなモンでしょ。そして実際、その通りなんだし。
これが「そう思わせておいて別人」ということならともかく、そうじゃないからね。
「限りなくクロだと思わせておいて、実際に犯人でした」って、何の捻りも無いじゃねえか。それは単に、ドイヒーな底抜けミステリーでしかないでしょうに。
どういうつもりなのか、サッパリ分からないのよ。

何の役にも立っていないけど、一応は「声が違う」ってことで、ミスリードを図っているんだろう。
だけど実際のところ、声もそんなに違わないんだよね。「エアコンの穴で反響しているだけでしょ」と感じるのよ。そして、間違いなく高橋一生だと最初から強く感じるのよ。
さらに困ったことに、最終的に「やっぱり平野」と判明した後、「では声が違っていた理由は何なのか」という種明かしは何も用意されていないのだ。
いやいや、どういうつもりだよ。

志織が平野の不審な行動を知る辺りで、「ちょっとヤバそうな奴」とミスリードも狙っているんだろう。だけど、それも無理があるでしょ。
もちろん「何か事情があるんだろう」とは感じるけど、それが殺人や犯罪に関係していないことはバレバレだ。
それなのにBGMも使い、不安や疑念を煽ろうと頑張るので、その空回りが痛々しいことになっている。
あと、すぐに「空き巣が捕まった」とか「不審な行動は小説のため」と明かすので、ミスリードが早々と全くの無意味になっちゃうし。

志織がシラノから「明日だけ一日中、尾行してほしい」と懇願されて約束を守った夜、帰宅すると部屋が荒らされている。
この段階で、その犯人との鉢合わせを避けるために尾行を依頼していたことは簡単に予想できる。実際、その通りだしね。
ただ、「それなら何日も尾行させなくてよくね?とは言いたくなるぞ。
「その日だけ頼んでも守ってくれるかどうか分からないから様子を見たい」ってことがあったとしても、2週間も前から連続で尾行させる必要は無いでしょ。

平野と志織は「シラノが未来の平野じゃない」と決め付けるので、その相手を捜索する展開に入る。でも、こっちはシラノが平野だと確信しているので、無駄で無意味な時間だなあとしか感じない。
そもそも、平野が「シラノは自分じゃない」と断言する根拠が何も無い。
それに、シラノが未来の平野じゃないのなら、なぜ平野だと嘘をつくのか。そして志織を犯人と会わせないようにする作戦に、なぜ平野の尾行という方法を選ぶのか。そこの謎が生じるでしょ。
だけど、そういうことに関して、なぜか平野も志織も疑問を抱かないし。

粗筋では公園の志織を見ている人物の正体を明かしていない、映像としても姿は見せていない。ただ、それが平野なのはバレバレになっている。
だからアパートで志織に挨拶された時の平野の態度がそっけないのも、「たぶん恥ずかしがっているんだろう」ってのは何となく予想できる。
それは終盤の展開にも大きく関係している。平野が頑張って志織を救おうとする理由はSF的なモノかと思ったら、「公園で一目惚れした相手だから」ってだけなのだ。
「なんじゃそりゃ」と言いたくなるが、ある意味では正解なのだ。
何しろ、タイムリープもミステリーも、恋愛劇を描くための仕掛けに過ぎないからだ。

平野は志織から愛を告白されると、「僕はシラノじゃない。過去を変えられるほど、貴方を大切には思っていない。だから資格が無いと言ったんです」と言う。
だけど実際は志織に惚れているんだから、そこで嘘をついてまで拒絶するのは何なのかと。
幾ら平野が臆病で素直に気持ちを明かせないにしても、「それはさすがに」と感じるぞ。
そこを納得させるだけの平野に関する描写は、まるで足りていないからね。恋愛劇には重きを置いているみたいだけど、そういうトコは薄味だからね。

平野はシラノであることを否定し、志織がアパートから引っ越して1年後になって、ようやく彼女に電話して「僕がシラノです」と認める。
この間に彼は権藤の言葉で小説を完成させ、新人賞を受賞している。そして志織の部屋に入り、シラノとして1年前の彼女と話している。
でも、「だからさ、最初から自分がシラノだと認めておけば良かったじゃねえか」と言いたくなる。
シラノであることを否定し、志織の告白を拒絶し、声を荒らげて別れた意味は何だったのかと。

「小説家デビューで自信が持てるようになり、ようやく自分がシラノだと認められるようになった」ってことを、描きたいんだろうとは思うのよ。だけど、その手順、超が付くほど無駄だわ。要らないわ。
じゃあ小説家としてデビューできなかったら、テメエは志織を助けることを諦めていたのかと。違うだろうに。
だから小説とか関係なく、彼女を救うために必死になるべきなのよ。そこを必須条件みたいしてあるのは、ものすごくカッコ悪い言い訳にしか見えないのよ。
それで再会するシーンを感動のシーンとしてBGMを大きく鳴らして盛り上げても、こっちの気持ちは冷めまくっているぞ。

(観賞日:2022年3月11日)

 

*ポンコツ映画愛護協会