『ヴイナス戦記』:1989、日本

西暦2003年、氷の外惑星P-12は金星に激突した。これによって金星の大気のベールは剥ぎ取られ、砕け散った。氷塊は地表に酸性の海を作った。金星の地球化と移民計画が着手された。水を中和し、O2を分散するプラントが建造された。西暦2018年、移民団の第一弾が北のイシュタル大陸に送り込まれた。ヴイナス世紀は、この年に始まる。ヴイナス歴72年、西暦2089年。インディペンデント通信社のスゥはイシュタルとアフロディアの2つの自治州が争う金星を取材するため、口紅に隠した録音機を持ち込んで潜入した。バーに入った彼女は、情報屋のバーテンからビデオカメラを渡された。バーテンは前任者から預かった銃も、彼女に渡した。
バーのテレビではバイクレースが生中継されており、スゥはバーテンに質問した。バーテンはローリング・ゲームと呼ばれるレースだと教え、詳しいルールを説明した。ヒロはミランダがリーダーを務めるキラーコマンドゥズのメンバーとして、ゲームに参加していた。スゥはバーテンに煙草を渡し、イシュタル軍がマルシュリスまで侵攻していることを教えてもらった。空襲警報が鳴り響くと、スゥは店を出て現場へ向かった。空襲はローリング・ゲームが開催されているスタジアムにも影響を及ぼし、コースが崩壊した。
ミランダはメンバーのフィルに、仲間のマギーやキャシーたちをバギーに乗せて避難するよう指示した。ヒロは戦闘の様子を見に行き、バイクから振り落とされた。目の前を戦車が通過し、バイクが踏み潰された。スゥは侵攻する戦車を発見し、興奮して撮影した。フィルのバギーが通り掛かると、彼女は強引に同乗させてもらった。ヴイナス歴72年3月7日、イシュタル陸軍の精鋭第101空挺団はアフロディアの首都イオを奇襲攻撃した。スゥはジャンク屋のガリーが所有する本拠地のガリーヤードで泊めてもらい、金星支局に電話を掛けた。だが出払っていて誰もいないと言われたので、苛立ちを覚えた。
ヒロはマギーの買い物に付き合い、街に出掛けた。建物に残る爆撃の痕跡を見たマギーは、戦争は嫌だと嘆いた。テレビのニュースでは、イシュタル進駐軍のドナー准将が市長を表敬訪問したことが報じられていた。街で戦闘が勃発したため、ヒロとマギーは逃げ出した。スゥはフィルのバギーに乗り、金星支局まで送ってもらった。すると支局長は写真を記事にしないと言い、それどころか地球へ早く帰るよう促した。スゥはイシュタルの圧力に屈したのだと悟り、帰りの車で怒りを示した。
ドナーはアフロディアの行政局と軍の幹部を集め、抵抗運動を止めなければ全員を捕虜にすると通告した。ヒロは仲間のジャックに誘われ、彼が住まいに使っているマンションへ赴いた。そこはジャックの親戚の家だが、疎開したので使っているらしい。ヒロが部屋に入ると、ウィルの恋人であるキャシーの姿があった。ウィルがスゥに惚れたため、腹を立てたキャシーはジャックと仲良くしていた。インターホンが鳴るとキャシーとジャックは怯えた様子を見せ、出てくれとヒロに頼んだ。ヒロがモニターを確認すると、イシュタルの兵士たちが来ていた。「君は誰だ?」と訊かれたヒロは、「友達だよ。留守番してるんだ」と答えた。
兵士たちは強引にドアを開け、ヒロを殴り付けた。彼らは部屋に突入し、キャシーとジャックに銃を突き付けた。ヒロは隙を見て反撃し、マンションから逃走した。外出禁止時間に入ったため、ヒロは無人パトカーに追われた。ヒロはバイクを見つけ、追って来る兵士たちから逃走する。兵隊を撒いたヒロだが、バイク事故を起こして怪我を負った。彼はマギーの家に辿り着き、意識を失った。ヒロが目を覚ますと、マギーが手当てを施してくれていた。
マギーの部屋にある写真を見たヒロは、開発局に勤める彼女の父が農園を手掛けて表彰されていることを知る。ヒロは農園が実家であることをマギーに話し、「農場のミドリ藻なんて、すぐにしおれる。次の年はやり直しだ。役人は農園主が儲かりさえすれば後はどうだっていいんだ。ヴイナスが一面緑になるなんて嘘っぱちだ」と怒鳴る。彼は「戦争だってそうだろ。真っ当な理由も、敵も味方も無いよ」と声を荒らげ、イシュタルの兵隊に撃たれたことを語った。
マギーが泣いて「もう嫌、そんな話」と言うと、ヒロは抱き締めてキスをした。父が帰宅したので、マギーはヒロを隠れさせた。マギーの父は、「上手く行けば来週には疎開できる。政府はイオを見捨てた」と話す。マギーが「友達もいるし、イオを離れたくない」と言うと、彼は「友達って、あの不良たちのことだろう。世の中のことも知らず、ただ遊び狂ってるだけで、役立たずのクズばかりだ」と吐き捨てた。憤慨したヒロは、裏口から家を抜け出した。
ミランダはガリーヤードの床下に、軍の横流し品である武器が隠してあるのを発見した。彼女は興奮する仲間と共に、スタジアムを占拠したイシュタル軍の戦車を攻撃しようとする。ガリーが簡単に殺されるだけだと警告し、武器を戻すよう要求した。スゥから戦車と戦った経験はあるのかと問われた彼は、右の義足を見せた。彼は地球で戦車と戦い、多くの仲間を亡くしたことを語る。そこへヒロが戻り、なぜ当時は戦ったのかと尋ねる。ガリーが「ガキだったんだな。力と嘘を見ると腹が立った」と答えると、ヒロは「右足と一緒にそんな気持ちも無くしちまったのかよ」と苛立ちを示した。
ガリーはヒロたちに協力し、スタジアムまで向かうトレーラーを出した。ヒロたちは戦車を急襲するが、すぐに反撃を受けた。ミランダとウィルは戦車をスタジアムの外へ誘い出し、ガリーがトレーラーを突っ込ませた。トレーラーは激しく炎上するが、戦車は全くダメージを受けなかった。ミランダたちは退避し、逃げ遅れたジャックは死亡した。ヒロは大型クレーンを操縦し、戦車を攻撃する。危険だと感じたガリーは、慌てて止めに行く。戦車は潰れるがクレーンは倒壊し、ヒロとガリーは振り落とされた。
失神したヒロが意識を取り戻すと、アフロディア軍遊撃隊のカーツたちが進駐軍を攻撃していた。キラーコマンドゥズはシムスが率いる遊撃隊に救助され、戦車に対抗できる武装バイクの操縦訓練に参加させられた。ミランダとヒロは反発するが、ウィルは前向きに参加した。機密が漏れるのを防ぐため、キラーコマンドゥズもスゥもイオへの送還は認められなかった。ウィルは補給部隊の攻撃に参加し、余裕の態度で戻って来た。ヒロは「そんなに嬉しいのかい、軍隊に尻尾振るのが」と、嫌味っぽく言い放った。補給部隊の主力を叩く作戦にも、ウィルは参加した。スゥが同行取材を希望すると、ウィルはバイクにカメラを取り付けて出撃した…。

監督は安彦良和、原作は安彦良和(学研『月刊コミックノーラ NORA』連載)、脚本は笹本祐一&安彦良和、製作は吉岡滉、企画は児山敬一&今井健一郎、ゼネラルプロデューサーは倉田幸雄、プロデューサーは金子泰生&森島恒行、アソシエイトプロデューサーは大西邦明、作画監督は神村幸子、メカニック作画監督は佐野浩敏、メカニックデザインは小林誠&横山宏、キャラクターデザインは安彦良和、美術監督は小林七郎、撮影監督は玉川芳行、音響監督は千葉耕市、作画監督補は仲盛文&川元利浩、色指定は水田信子、編集は瀬山武司、演出は千明孝一、アドバイザーは川又千秋、音楽監督は久石譲、主題歌『明日への風』は柳ジョージ。
声の出演は植草克秀、水谷優子、原えりこ、佐々木優子、納谷悟朗、大塚芳忠、吉田古奈美、菊池正美、梁田清之、河口宏、池田秀一、塩沢兼人、藤本譲、玄田哲章、仁内建之、秋元羊介、沢木郁也、逢坂秀実、稲葉実、郷里大輔、山寺宏一、柏倉つとむ、巻島直樹、星野充昭、橋本博、鈴木宏之、山岡慶子ら。


『クラッシャージョウ』『アリオン』の安彦良和が、自らの原作漫画をアニメーション映画化した作品。原作の第一部「ヒロ編」を基にしている。
ヒロの声を植草克秀(少年隊)、マギーを水谷優子、スゥを原えりこ、ミランダを佐々木優子、ガリーを納谷悟朗、ウィルを大塚芳忠、キャシーを吉田古奈美、ロブを菊池正美、ジャックを梁田清之、タオを河口宏、カーツを池田秀一、ドナーを塩沢兼人、将軍を藤本譲が担当している。
わざわざ説明しなくても分かるとは思うが、もちろん植草克秀は分かりやすく下手だ。
主役が下手なので、それだけでも映画の質を大きく下げることに繋がっている。

ヒロにしてもスゥにしても、最初の空襲シーンにおける危機感や深刻さか全く無い。
ヒロは戦場までノコノコと出掛け、ミランダが無線で注意すると「うっせえなあ」と吐き捨てて無線機を外す。目の前を戦車が通ってバイクが潰されても、それに対するリアクションも無い。
だから「戦争を甘く考えていたが、現実を知って衝撃を受ける」みたいなことでもない。
スゥは戦闘を見て興奮し、嬉しそうにカメラを回す。砲撃で危うく死にそうになっても、その軽い態度は変わらず、戦車に向かって怒鳴り散らす。

ヒロたちが戦争に慣れているとか、感覚が麻痺しているとか、そういうことでもない。
ヒロだけでなくキラーコマンドゥズのメンバーも、スゥが撮影した映像を見て呑気に楽しんでいる。
だったら徹底してそういうノリで進めるのかというと、マギーが攻撃を受けた建物に呆然として「嫌、戦争なんて」と悲しそうに嘆くシーンもある。このシーンでは急に緊張感を漂わせ、戦争の恐ろしさをアピールする。
その辺りのバランス感覚を、上手く調整できていない。

登場人物が敵に襲われたり追われたりする時、どことなく軽妙さを感じる表情を見せることが何度もある。
その表情は安彦漫画では良く見られるし、作品の特徴と言ってもいいだろう。
ただ、その状況や雰囲気に全く合っていないと感じるんだよね。
全体的にコミカルなノリの作品だったり、状況に余裕があったりすれば別にいいのよ。でも、シリアスな雰囲気に包まれていたり、命を脅かされるような危険な状況だったりするので、どうしても違和感を覚えるんだよね。

ヒロが「実家の農園で作るミドリ藻は簡単に枯れるし、役人は小作農家のことなど全く考えてない」と怒りを吐露するシーンがあるけど、それは余計な情報だなあ。
彼の実家がどうであろうと、今回の話には何の関係も無いからね。
「そういうことも含めてヒロが政府や役人に大して強い怒りを抱いている」ってことかもしれないけど、充分に表現できているとは到底言い難い。
反体制や反権力の若者として描いているんだろうけど、感情移入させるには説得力を欠いたキャラになっちゃってんのよね。

あと1989年という時代を考えても、もはや「反体制や反権力の若者」という主人公が、ちょっと古くなってないか。もはや日本はバブルに突入していたわけだし。
それを考えても、ヒロのキャラクター描写は丁寧に作り込む必要があるはずだけど、そこが疎かになっている。
憎まれ役として登場するマギーの父が言う「世の中のことも知らず、ただ遊び狂ってるだけで、役立たずのクズばかりだ」という批評に、「口は悪いけど、そう間違ったことも言ってないよな」と感じてしまう。
ガリーの批判も、その通りだと感じてしまう。

スタジアムの戦車に戦いを挑むのは、殺し合いをするという意味だ。しかしキラーコマンドゥズの面々には、人を殺す覚悟も、殺されるかもしれないという覚悟も、まるで感じられない。
その戦いでは確実に敵兵が死んでいるが、そのことを誰も気にしていない。たぶん人を殺した経験など無かったはずだけど、それに対する恐怖も苦悩も皆無だ。
そして仲間のジャックやガリーが命を落としたことも、まるで引きずる様子が無い。
ヒロが死ぬ間際のガリーを回想するシーンがチラッとあるが、その程度で終わっている。

前半からシーンを切り替えるタイミングや編集には、引っ掛かる部分が多い。「繋がりがおかしくないか」とか、「その次の展開まで描くべきじゃないか」とか、感じるケースが何度もある。
その引っ掛かりに止めを刺すのが、スタジアムの戦闘シーン。
ヒロがカーツを見た後、シーンが切り替わるとキラーコマンドゥズが遊撃隊と一緒に移動している。そしてヒロとミランダは、武装バイクに乗っている。
つまり、そこの経緯がバッサリとカットされているのだ。
そこの省略は、あまりにも雑じゃないかと。

しかも、そういう構成によって、キラーコマンドゥズが遊撃隊に組み込まれるまでの物語が長いプロローグのようになってしまう。遊撃隊に参加してからの物語が、本番のように見えてしまう。
軍に組み込まれることで、本格的に「戦争」に参加する形になるからだ。
「一般の少年が成り行きで軍と行動を共にすることに」って、『機動戦士ガンダム』だったら第1話と第2話で描いていたような展開なんだよね。
それを考えても、この構成はいかがなものかと思ってしまう。
しかもヒロは遊撃隊と一緒に移動しているだけで、しばらくは作戦には参加しない時間が続く。これによって、主人公のポジションさえも危うくなっている。

ウィルは戦闘で命を落とすが、それもヒロたちは大して引きずらない。そしてウィルが死ぬとヒロたちは町に帰ると主張するのだが、これをカーツが却下するのは当然の対応だ。
ところがカーツはヒロを挑発し、自分とのレース対決で勝てば許可すると言い出すのだ。
この展開は、あまりにもバカバカしい。
あと、カーツに激しく反発しているヒロが、10秒のハンデは素直に貰うのね。
そこは「ハンデは要らない」と反発した方が、キャラとしての統一感は取れるだろ。

カーツはヒロのバイクのタイヤを飛ばし、リタイアに追い込む。つまり勝利するのだが、なぜか「タイヤだけでは勝ったとは言えんな」と言い出し、ヒロ以外の面々は町に帰ることを許可する。
でも、それは扱うのが面倒になったキャラを物語の外へ追いやっているだけだ。
で、ミランダたちが離脱すると場面が切り替わり、「総攻撃が開始された」と文字が出る。
これによって、ダイジェスト感が強く伝わるようになっている。

ヒロがカーツたちに救われるまでの時間を長く使い過ぎている。おまけに、カーツたちと行動するようになった後も、ヒロは文句を言うだけで何もしていない時間が続く。
ヒロが戦士として戦争に身を投じるのは、終盤の10分足らずに過ぎない。しかも最初の戦闘が最終決戦になっている。
「3部作の第1作」とかじゃないんだから、構成の計算能力が低すぎるでしょ。全体の戦況の変化も満足に追えていないから、圧倒的に劣勢だったはずのアフロディア軍が、いつの間にか形勢逆転しているのもピンと来ないし。
あと、ヒロが最後まで全く成長しないままなので、反抗期に入っているだけの甘っちょろいガキにしか見えないんだよね。
チェッカーズの歌じゃないけど、触る物を全て傷付けるかのように、やたらと突っ掛かっているだけだろ。

(観賞日:2023年9月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会