『嘘を愛する女』:2018、日本

2011年3月11日。地震の発生を受けて大勢の人々が地下鉄構内から出口へ向かう中、川原由加利は気分が悪くなって座り込む。すると1人の男性が「大丈夫ですか」と声を掛け、ゆっくり呼吸するよう促した。それがきっかけで、由加利はその男、小出桔平と同棲するようになった。飲料メーカーのマーケティング部で商品開発に携わる由加利は『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』を受賞し、雑誌の取材を受けるなど注目される存在だった。
母の清美が友人の見舞いで上京することになり、由加利は夕食を一緒に取ろうと誘われた。由加利は桔平に、母が会いたがっていることを話す。桔平は消極的な態度を示すが、場所と時間を説明されると同席を承知した。由加利は同僚の綾子から、恋人がバツイチで養育費を取られていることを聞かされる。綾子は叔父の海原匠が探偵をやっており、調査してもらったのだ。由加利が桔平を親に会わせることを明かすと、綾子は羨ましがった。由加利は「研究医だからバイト並みのお金しか稼いでないんだよ」と言うが、綾子は「先行投資じゃん。いいなあ」と漏らす。
だが、その夜、桔平は由加利が指定したパンケーキの店に現れなかった。桔平が携帯電話を持っていないので、由加利は連絡を取ることも出来なかった。彼女がマンションに戻ると、桔平の姿は無かった。深夜に刑事の荒木たちがマンションを訪ね、由加利を病院へ案内した。桔平は4時間ほど前に自宅前の公園で倒れているところを発見され、救急搬送されていた。彼はくも膜下出血で倒れ、意識不明の状態に陥っていた。荒木は由加利に、桔平の免許証は偽造された物であり、住所以外は全てデタラメだと教える。小出桔平という名前も住民票に記録が無いと聞かされ、由加利は困惑する。
由加利は主治医から、意識が戻るかどうかは分からないこと、仮に戻っても障害が残る可能性があることを聞かされる。帰宅した由加利は桔平の荷物を調べ、勤務先である病院の身分証を発見した。しかし病院を訪れた彼女は、小出桔平という心臓外科医が所属していないことを聞かされる。由加利は荒木に、桔平の身元を調べてほしいと要請する。しかし由加利は桔平から小さい頃に両親が死んで親戚とは疎遠になったと聞かされており、友人についても全く知らなかった。通帳やカードも持っておらず、桔平の身許を調べるための手掛かりは全くと言っていいほど無かった。
警察署を去った由加利は地下鉄の入り口に視線を向け、あの日の出来事を思い出す。地上に出た由加利は桔平に礼を言い、会社に戻ろうとした。桔平はハイヒールの由加利が徒歩で会社へ向かうつもりだと知り、自分のスニーカーを「良かったら。家、この辺なんで」と貸した。立ち去ろうとする彼は由加利から名前を訊かれ、少し考えてから「小出。小出です」と告げた。思い出にふけっていた由加利は駅から視線を上にやり、そこに「小出ビル」の文字を見つけた。帰宅した彼女は、桔平の荷物を乱暴にゴミ袋へ放り込んだ。
土手のベンチから一件の家を眺めていた海原が探偵事務所に戻ると、助手の木村が「遅いよ」と注意する。事務所には由加利が待っており、綾子に内緒で桔平の身元を調査してほしいと依頼した。海原は桔平が三流の結婚詐欺師だろうと推測し、由加利に高額の調査費を請求した。マンションに戻った由加利は、勝手にメールボックスを開ける心葉という女を目撃する。心葉は由加利に気付き、慌てて立ち去った。木村も防犯カメラの映像で心葉を確認し、海原が待ち伏せた。心葉はメールボックスに入っていたチラシ類を調べて去ろうとするが、海原が立ちはだかった。心葉は回し蹴りを浴びせて逃亡するが、海原は彼女を尾行して勤務する喫茶店を突き止めた。
海原の連絡を受けた由加利は喫茶店へ行き、心葉に桔平の写真を見せる。桔平が倒れて意識不明だと由加利が明かすと、心葉は「先生は、いつもここで、パソコンで何か書いてたです」と話す。彼女は桔平に好意を抱いたこと、「芥川先生」と呼んでいたことを語る。由加利は桔平がパソコンを持っていることを知らなかったが、心葉は「先生、いつもしまっていたです」と言う。心葉の案内でコインロッカーへ行った由加利は、ノートパソコンを発見した。
由加利は木村に「2010920」というパソコンのパスワードを突き止めてもらうが、その数字に心当たりは無かった。パソコンのフォルダには、長編小説の原稿が入っていた。それは「私」と妻子との幸せな日々を描く瀬戸内海を舞台にした小説で、未完のままになっていた。由加利は社長が来る大事な仕事に寝坊で遅刻し、上司から叱責されて「しばらく休め」と指示された。木村は小説の内容を分析し、そこに出てくる場所を詳細に調べた。彼は「子供の頃に良く遊んだ場所」として灯台が良く出て来ることを由加利に教え、小説としては面白くないと評した。彼は海原が「リア充家族日記かよ」と扱き下ろしていたこと、彼がバツイチであることを由加利に話す。
海原がベンチから見ていたのは、別れた妻と娘が暮らす家だった。由加利が病室へ行くと心葉がいたので、すぐに連れ出して「勝手なことしないで」と怒る。すると心葉は「セックスレスでしょ」と指摘し、桔平とは出会い系で知り合ったこと、彼が「時々、空っぽになりたくなる。ややこしいこと、全部忘れたくなる」と言っていたことを話す。「先生が倒れたの、アンタのせい」と心葉が口にすると、由加利は平手打ちを浴びせて立ち去った。
彼女は探偵事務所へ乗り込んで資料を勝手に持ち出し、瀬戸内へ赴いて灯台を調べ始めた。一方、海原の元には別れた妻の志保が現れて、法的DNA型父子鑑定書を差し出した。父権肯定確率が99.999%という結果を見せた志保が「これで美咲のこと、信用していただけました?それとも貴方の娘じゃない方が良かった?」と冷たく告げると、海原は「俺は美咲を信じていないわけじゃないよ」と苛立つ。「美咲には俺から謝るよ」と彼が言うと、志保は「もうそんな必要ありません」と立ち去った。
由加利はマサコという女性が営む居酒屋で悪酔いし、客の龍二に桔平のことを話す。マサコはナンパしようとする龍二を注意して帰らせ、嘔吐した由加利を自宅に泊まらせた。由加利は夢の中で、多忙な仕事のストレスで桔平に八つ当たりした出来事を思い出した。由加利が男の子を産みたい考えを口にすると、桔平は「ごめん、俺にそんな資格ない」と漏らした。翌朝、由加利は龍二から、桔平に似た男が臨時雇いで働いていたという情報を知らされる。由加利は海原に連絡を取り、協力を要請した。
海原は車で駆け付けると、由加利と合流した。2人は様々な職場で聞き込みを行うが、一向に手掛かりは得られない。そこで海原は、灯台を突き止めようとする由加利の考えを受け入れた。片っ端から灯台を当たった2人は、ついに小説に書かれている場所を発見した。由加利と海原は漁港で聞き込みを行い、桔平がトシと呼ばれていたこと、7〜8年前に「会社をクビになった」と言って漁協で働いていたことを聞く。海原は漁協へ行くが、由加利は「疲れたんで、行って来てもらえませんか」と言って車から出ようとしなかった。
海原は由加利の態度に腹を立て、「アンタに振り回される、こっちの身にもなれよ」と告げる。由加利が「海原さんには分からないですよ。そんなんだから、奥さんにも逃げられるんですよ」と声を荒らげると、彼は憤慨して「アンタと5年もいた奴の気がしれねえよ」と言う。海原は由加利の鞄を放り出し、彼女を置き去りにして車で去った。由加利は歩きながら、過去を振り返る。地震の数日後、彼女は偶然にも桔平を目撃し、慌てて後を追い掛けた。由加利は風邪をひいた桔平を家に連れ帰り、同棲を持ち掛けた。
由加利は聞き込みを続ける海原を見つけ、無言で頭を下げた。海原は黙って車に同乗させ、2人はトシが使っていた部屋を訪ねた。トシが造船会社で勤務していたという情報を入手した2人は、車で向かった。しかし、そこには桔平とは別人のトシがいた。由加利は気が抜けて思わず笑い出し、海原に「私、あの人の何を探しているんだろう」と言う。するとトシは由加利と海原に、震災の前年に広島の警察が同じ人を捜しに来たことを教える…。

監督は中江和仁、脚本は中江和仁&近藤希実、脚本協力は奥寺佐渡子&清水啓太郎、製作は市川南、共同製作は崔相基&吉崎圭一&平野健一&弓矢政法&加太孝明&阿部秀司&橋誠&宮崎伸夫&広田勝己&荒波修&板東浩二&吉川英作、企画は中西一雄、エグゼクティブ・プロデューサーは阿部秀司、プロデューサーは臼井央&遠山大輔&村上公一、アソシエイトプロデューサーは西崎洋平、ラインプロデューサーは久保田傑、撮影は池内義浩、照明は斉藤徹、美術は林チナ、録音は高田伸也、編集は鈴木真一、音楽は富貴晴美。
主題歌「つなぐもの」松たか子 作詞:坂元裕二、作曲:松たか子、編曲:佐橋佳幸/山本拓夫。
出演は長澤まさみ、高橋一生、吉田鋼太郎、黒木瞳、DAIGO、川栄李奈、奥貫薫、津嘉山正種、野波麻帆、嶋田久作、初音映莉子、飯田基祐、弓削智久、横光克彦、中沢青六、水間ロン、井上音生、田中壮太郎、酒向芳、神原哲、丸山瑠真、延増静美、今藤洋子、雨音めぐみ、奥山寛、竹口龍茶、井下宜久、村田誠司、松澤智也、嶺岸惶桜、八巻美羽、佐藤風和、柳川歌音、織田浩之介ら。


映像クリエイターの新しい才能を発掘して制作を支援する「TSUTAYA CREATORS’PROGRAM FILM」の第1回グランプリ作品を映像化した作品。
監督の中江和仁は短編作品で幾つかの映画賞を受賞した経歴を持つCMディレクターで、これが長編映画デビュー作。
脚本の近藤希実は日本映画大学の出身で、第25回新人シナリオコンクールで最高賞となる佳作を受賞した経歴がある。
由加利を長澤まさみ、桔平を高橋一生、海原を吉田鋼太郎、マサコを黒木瞳、木村をDAIGO、心葉を川栄李奈が演じている。

まず気になるのは、2011年3月11日から物語が始まっていること。つまり、東日本大震災を話に絡ませているわけだ。
東日本大震災が発生して以降、この出来事を盛り込む映画は多く作られている。
中には震災そのものをテーマにしているような映画もあるが、それについては特にどうこう言うつもりはない。問題は、震災と直接的な関係性が全く見られない作品だ。
そういう映画を見て感じるのは、「ホントに震災の要素を持ち込む意味はあったのか」ってことだ。その疑問を、この映画にも感じるのだ。

ハッキリ言うけど、「東日本大震災」という大きな出来事を持ち込んだことが、余計なノイズでしかないのよね。
それが以降の展開にも大きな意味を持って来るのなら一向に構わないけど、そうじゃないのよ。ただ「由加利が桔平と出会う」というために使っているだけだ。
だったら、そこは別のトラブルで由加利が困っている状況でも成立するわけでね。つまり東日本大震災という要素を完全に排除しちゃった方が、絶対に得策なのよ。
もうね、安易&適当に震災を利用しようなんて思わない方がいいって。よっぽど上手く取り扱わないとしないと、ロクなことにならないんだからさ。

冒頭、地下鉄構内で気分の悪くなった由加利は、桔平に声を掛けられる。呼吸するよう促された辺りでシーンが切り替わると、由加利がタクシーに乗ってマンションへ戻る様子が描かれる。
つまりシーンが切り替わると、「由加利が桔平と同棲している」という状態になっているわけだ。
それは見ていれば理解できるが、冒頭シーンから同棲シーンまで、どれぐらいの月日が経過しているのかは全く分からない。
そこは台詞で「あれから何年」みたいなことを言わせるとか、あるいは「*年後」と文字を出すとか、何かしらの配慮を用意すべきだろう。ちょっとしたことだけど、その有無によって随分と進行のスムーズさが変わって来るぞ。

っていうかさ、冒頭シーンでの描写をその程度で済ませていることからして、どうなのかと思うのよ。後から桔平が自分のスニーカーを貸したことや、由加利が彼の名前を尋ねたことが回想シーンで挿入されるんだけど、冒頭の段階で描いておいてもいいんじゃないかと。
何もかも最初の段階で描いておけって言いたいわけじゃないのよ。同棲生活が始まってからのエピソードについては、後から「こんなこともあった」と挿入する形で全く問題は無い。でも、出会った時の出来事については、最初に見せちゃった方が得策だろう。
たぶん、「そこで回想した後、由加利が小出ビルに気付く」という流れにしたかったんだろうとは思うのよ。
ただ、冒頭で描いておいても、「駅の前を通り掛かった由加利が当時を思い出していたら小出ビルに気付く」という流れは作れるわけで。

由加利が桔平の荷物をゴミ袋へ放り込むシーンの後、カットが切り替わると「土手のベンチに座っている海原が近くの家を気にしている」という様子が描かれる。そして「彼が事務所へ戻ると由加利が待っている」というシーンに繋いでいる。
つまり、先に海原を登場させるだけでなく、彼自身にも何かしらのエピソードがあることを最初の時点で匂わせているわけだ。
実際、海原にも個人的な問題があるのだが、これは邪魔だと断言できる。
「由加利に依頼された調査を進める中で、海原の家族に関わる個人的な問題も解決に至る」という形で関連させたいのは、もちろん分かる。ドラマに厚みを持たせるために海原にも「家庭の事情」を用意したことも分かる。
でも、由加利の話とは上手く連動していないだけでなく、海原の問題が無駄にデカすぎてメインイベントの障害になっている。

由加利が海原と同じ旅館に宿泊することになって嫌そうな態度を示すとか、そんなのも全く要らないよね。
それを「由加利の身勝手な一面が出ている」という意味で持ちこんでいるのかもしれないけど、だとしたら描くエピソードを間違えている。
その後には「漁協へ行こうとしない由加利が海原と口論になる」という展開もあって、ここは「由加利の身勝手な性格」を表現する意味では大きく間違っちゃいない。
でも、「アンタと5年もいた奴の気がしれねえよ」と言う海原に関しても、「お前が由加利を堂々と非難できる立場かよ」と指摘したくなるけどね。

何しろ、海原のクズっぷりに比べれば、由加利なんて可愛いモンだからね。ずっと昔の妻の浮気を知った彼は娘が自分の子じゃないかもしれないと疑い、泣きながら喧嘩を止めようとした娘に「お父さんなんて言うんじゃねえ」と怒鳴り付けたんだぜ。
そりゃあ衝動的な発言だったとは思うけど、それは娘の心を完全に壊しちゃうような言葉だからね。どれだけ謝っても許されないぐらいの発言だ。
最終的に和解して娘との関係は修復されたようだけど、それは甘すぎるだろうと。
海原が大いに反省するのは当然だけど、娘との関係は元に戻らなくていいんじゃないかと。

それと、由加利を身勝手な性格設定にしたために大きな問題が生じており、それは「そのせいで由加利が魅力的に見えない」ってことだ。
「由加利が桔平の身許を調べる中で過去を反省する」という展開を持ち込みたかったのは、良く分かる。
そんな要素を持ち込んだ理由は、「由加利にも問題があったという設定にすることで、嘘をついて同棲していた桔平の罪を軽減する」という狙いがあるのだろうと思われる。由加利を「何の落ち度も無い、優しくて一途で魅力的な女性」にしてしまったら、そんな女性を騙していた桔平を肯定するのは難しくなるからだ。
だけど残念ながら、その仕掛けは完全に失敗している。
由加利から「応援したくなる好感度」を奪い取っただけでなく、それによって得られるはずの「桔平の罪を薄める」という効果も発揮されていない。

海原に関しては、まだキャラ造形さえ変更すれば、その存在自体は必要性がある。何しろ、彼が調査してくれないと、由加利だけで桔平の身許を突き止める展開に持ち込むのは難しいだろう。
ただ、心葉に関しては、もはやキャラ自体が邪魔だ。
こいつは「ゴスロリファションで喋り方にも特徴があり、格闘能力が高い」という設定なのだが、それって明らかに余計なノイズでしょ。
そんなクセの強いキャラをそこに配置して、どういう意図があったのかと。脇のキャラにクドめの設定を用意して、そういう面白さで引っ張っていくタイプの作品じゃないでしょうに。

心葉は「桔平との関係性」という部分においても、やはり余計なノイズを放っている。「出会い系で知り合い、ストーカー化するほど心酔してしまった」という設定なのだが、そこまでの要素が本当に必要なのかと。
そりゃあ、彼女から得られる桔平の情報はあるし、彼女を利用することで「由加利が桔平との生活を振り返る」というトコに繋げる意味もある。
でも、それらは全て、心葉のクセが強すぎる設定が無かったとしても消化できちゃうことなんだよね。
桔平の情報に関しては、海原の調査で判明したことにすればいい。由加利が桔平との生活を振り返る手順にしても、他の誰かの台詞をきっかけとして使えば済むことだ。

完全ネタバレだが、かつて桔平は仕事で忙しく、妻が育児ノイローゼになったのに全く気付かなかった。妻は幼い娘を殺し、走って来るトラックに飛び込んで自殺した。
そんな桔平が書いた小説は妻子への罪滅ぼしの意味ではなく、「由加利との間に息子が産まれた未来」について書いた物だ。それを知ったことで由加利は感動し、桔平を全面的に受け入れる。
だけどさ、何もかも嘘をついていた男がそんな小説を書いていただけで、感動できるもんかね。
しかも、騙されていた側なのに謝罪しているし。
それは結婚詐欺師に騙された女が「彼は何も悪くない」と擁護するのと、そんなに大差が無い感覚のようにも思えてしまうんだよな。

(観賞日:2019年8月1日)

 

*ポンコツ映画愛護協会