『嘘八百』:2018、日本
古美術商“獺”を営む小池則夫は、別れた妻と暮らす娘の大原いまりを車に乗せて絹田という男の屋敷へ赴いた。則夫は元妻の陽子から、いまりが自分の仕事に興味を持ったので見学させてほしいと頼まれていた。則夫は屋敷へ行き、現れた男に名刺を渡して蔵を見せてほしいと持ち掛けた。男は箱に入った茶碗を見せ、その1つで1千万になると父が言っていたことを話した。樋渡開花堂という近所では有名な小道具屋で購入したので、間違いの無い茶碗だと彼は言う。しかし則夫は贋作だと断定し、2万5千円で買い取った。
則夫は外国人収集家のピエールと接触し、幾らなら茶碗を買うか尋ねた。彼はいまりを連れて樋渡開花堂へ行き、店員に「素人を騙すのは詐欺です」と口にした。そこへ店主の樋渡忠康が現れ、「お客さんにイチャモン付けて安う買い叩いて、ウチにもイチャモン付けて高う売ろういう腹積もりでっか」と言う。則夫は困っていると、テレビ番組にも出演している鑑定家の棚橋清一郎がやって来た。彼は樋渡から茶碗の鑑定を頼まれ、5千円だと告げる。箱はいいと彼が言うので、樋渡は2万5千5百円で買い取った。
則夫はいまりと外食に行き、棚橋や樋渡への怒りを吐露する。いまりに詐欺師呼ばわりされた彼は、「あんな奴らと一緒にするな」と言う。「あんな奴らって、何かあったの?」と問われた則夫は、話題を逸らした。「西に吉あり」というネットの占いを見た彼は翌日、男に呼ばれて再び屋敷へ出向いた。すると男は蔵を探して見つけたと言い、書状を差し出す。それは千利休が形見の茶碗を通仙院に譲ることを記した譲り状で、則夫は驚愕する。しかし彼は、百姓一揆の決起文で大した価値は無いと嘘をついた。
則夫は男に頼み、改めて蔵を調べさせてもらう。男は庭でジオラマを作っている息子の誠治を見て、「そんなんで金になるんか」と呆れる。いまりはジオラマに興味を示し、誠治に話し掛ける。則夫は幻の茶碗である長次郎の黒楽を発見するが、男には全て贋作だったと説明する。売り物にはなると彼は言い、百万円で全て引き取ることを申し出た。すぐに黒楽を持ち帰りたい則夫だが、「明日にしましょう」と男は蔵の電気を消した。
次の日、則夫が屋敷へ行くと、男は蔵の茶碗を全て持ち運べるよう準備していた。則夫は茶碗の入った箱を車に積み、喜んで屋敷を去る。しかしラジオの「油断大敵」という占いを聞いた彼が慌てて箱の中身を確かめると、それは贋作だった。彼が急いで屋敷に戻ると、老人が食事を取っていた。困惑した則夫が問い詰めると、その老人こそが絹田だった。則夫が会っていたのは野田佐輔という男で、多忙な絹田が留守番を頼んでいる人物だった。
佐輔は仲間の西田が営む寿司屋へ行き、よっちゃん&材木屋と話す。そこへ則夫が来ると、西田は自分が書いた藤山寛美を渡そうとする。それを見た則夫は、譲り状の文字を書いたのが西田だと悟った。さらに彼は西田の説明を受け、紙職人のよっちゃんが譲り状、材木屋が箱を作ったことも知った。佐輔が逃げ出したので、則夫は後を追った。佐輔が自宅に逃げ込むと、則夫は強引に上り込む。すると、いまりが誠治と共に、佐輔の妻である康子が作ったすき焼きを食べていた。いまりは誠治と惹かれ合う関係になっており、則夫が一緒に帰ろうと言っても拒否した。
そのまま一泊した則夫が翌朝になって目を覚ますと、康子は荷物をまとめて家を出て行った。佐輔は則夫に、茶碗は最初から贋作だったと教えた。かつて佐輔は、現代陶芸美術展で奨励賞を受賞した陶芸家だった。棚橋と樋渡は彼に複製を作らせて店で扱い、本物として高額で販売した。佐輔は彼に利用され、冷たく捨てられた。それを聞いた則夫は、「悔しかったら、やり返せよ。俺みたいな、しがない古具屋を騙してどうするんだよ」と言う。彼は若い頃、棚橋と樋渡に贋作に掴まされて店を手放していた。
佐輔は則夫と共に西田の店へ行き、どんな名品を模倣しようか考える。すると則夫は、本物よりも凄い贋物を作るよう勧める。譲り状と箱は本物を使うつもりだった則夫だが、話を聞いた西田は「本物を手元に置いといたら何遍でも騙せる」と言う。ヒントを得るために美術館を訪れた則夫と佐輔が熱心に利休の掛け軸を見ていると、学芸員の田中四郎が嬉しそうに話し掛けた。帰宅した佐輔は、若い頃に妻が貯金をはたいて百万円の茶碗を買ってくれたことを思い出した。
佐輔は誰も見たことの無い利休の茶碗を生み出すため、作業に取り掛かった。則夫は佐輔の家に寝泊まりし、その作業を見守った。佐輔は寝る間も惜しんで仕事を続け、見事な茶碗を完成させた。彼が眠りに落ちている間に康子が家へ戻り、その茶碗を眺めた。よっちゃんが紙を用意し、西田が譲り状を書いた。則夫はオークション会場で棚橋と樋渡に接触し、素人から預かった掘り出し物があると告げる。利休が切腹する時に堺の医師に預けた茶碗なので、見に来てほしいと彼は語った…。監督は武正晴、脚本は足立紳&今井雅子、製作は間宮登良松&依田巽&井上肇&河野洋範&鈴木聡&柳川勝則&橋淳、企画は大木達哉&百武弘二、エグゼクティブプロデューサーは佐藤現、プロデューサーは永田博康、Coプロデューサーは田中義章、撮影は西村博光、照明は宮西孝明、美術は新田隆之、録音は吉田憲義、衣裳は浜井貴子、編集は洲崎千恵子、脚本・演出協力は小川絵美、音楽は富貴晴美、主題歌「イチゴイチエ」は佐藤広大。 出演は中井貴一、佐々木蔵之介、近藤正臣、芦屋小雁、寺田農、友近、森川葵、前野朋哉、堀内敬子、坂田利夫、木下ほうか、宇野祥平、ブレイク・クロフォード、塚地武雅、桂雀々、井岡弘樹、川合つと、森本のぶ、松元水希、妹尾ゆかり、山下徳久、久谷茂樹、岩田渉吾、五馬さとし、高畑敬樹、岩崎恵子、小出優子、大西ユースケ、酒井高陽、鴨鈴女、竹下眞、成瀬徹、桜山優、福村賢一、菱田不二三、山崎まり子、永田由美子、美智子、佐渡山順久、多井一晃、桜まゆみ、西原康彰、平宅亮、鈴木美弥子、大谷洋司、寺下真生、松本橙貴、浅雛拓、古賀勇希、山野さゆり、田川あゆみ、矢裂大士ら。
声の出演は浜村淳。
『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』の武正晴が監督を務めた作品。
脚本は『百円の恋』『デメキン』の足立紳と『風の絨毯』『ぼくとママの黄色い自転車』の今井雅子による共同。
則夫を中井貴一、佐輔を佐々木蔵之介、棚橋を近藤正臣、樋渡を芦屋小雁、絹田を寺田農、康子を友近、いまりを森川葵、誠治を前野朋哉、陽子を堀内敬子、よっちゃんを坂田利夫、西田を木下ほうか、材木屋を宇野祥平、ピエールをブレイク・クロフォード、田中を塚地武雅、文化財部長を桂雀々が演じている。いまりが則夫の仕事に興味を持った理由は、まるで分からない。そんなに古い物に興味を抱くタイプには見えない。蔵へ行く車内では退屈そうにしているし、蔵や樋渡開花堂でも「興味津々で目を輝かせている」という様子は無い。
則夫に対しては「親みたいなこと言うな」と反発もしているから、「父親のことを知りたくて」というわけでもないだろう。
後述する終盤の仕掛けを考えると、「実はいまりと誠治が最初から全て企んでいた」みたいな設定でも良かったんじゃないか。
出会ったばかりなのに、あっという間に相思相愛になって結婚にまで至るのは無理がありまくりだし。則夫は樋渡開花堂の店員と会う時、贋作の茶碗を高く売り付けようとしている。この時、彼は「素人を騙すのは詐欺です」と自信ありげで強気に出ている。ところが樋渡と交代した途端、則夫はすっかり弱気になってオドオドしてしまう。
その豹変ぶりは、何なのかと。
これが例えば、「予想していなかった相手が出て来たので狼狽した」ってことなら、まだ分からなくもない。ただ、樋渡開花堂へ行ったんだから、店主が出て来るのは普通のことでしょ。
だから、そこで急に弱気になるのは変だよ。則夫は贋作を安く買い叩いて高く売り付けようとしているが、どう考えても初めてではなく常習犯だ。そういう商売のやり方を、今までもやって来た人なんだろう。
だったら、まず最初は成功例を見せた方が良くないか。そっちの方が、則夫のキャラクター紹介という意味では有効だ。
いきなり失敗するケースから見せると、「安く買って高く売る商売をしている奴」という部分よりも「商売の下手な奴」という部分が勝ってしまう。
いや、「商売の下手な奴」ってのが見えるのは悪くないけど、先に「どういう仕事をやっている奴なのか」ってのを示しておいた方がいいでしょ。そこの手間と時間は惜しまなくてもいいでしょ。佐輔がジオラマを作る誠治と話すシーンがあったり、則夫がいまりと回転寿司を食べる時には分割部面で佐輔&誠治が寿司を食べる様子も写し出したりする。
でも、そうやって序盤から佐輔のサイドからも描くのは避けた方がいい。
「佐輔が贋作で則夫を騙した」と発覚するまでは、「則夫の物語」という形で進めた方がいい。
佐輔はあくまでも脇役というポジションに留めておかないと、「実は屋敷の主人ではないし、贋作を用意して騙していた」ってことを明らかにした時の効果が弱まる。則夫は「油断大敵」というラジオの占いを聞いた瞬間、焦って書状と箱の中身を確認する。
でも、それは不自然な行動じゃないかと感じる。
そりゃあ、「西に吉あり」というネットの占いを見ているシーンはあったよ。ただ、「占いに依存しまくっている」というほどの設定をアピールできていたかというと、そうではないからね。
そこは例えば、占いを聞いて「まさかね」と軽く捉えて、念のために確認しようという感じで書状と箱を見る流れの方がいいんじゃないか。則夫が寿司屋へ乗り込むと、西田は贋作のサイン色紙を渡し、自分たちがグルになって騙したことを明かしている。
なので、最初から佐輔は詐欺行為がバレることを前提にして則夫を騙したのかと思ったら、そうでもないんだよね。その証拠に、則夫が来て焦っているし、隙を見て逃げ出しているのだ。
でも、絹田から自分の情報が洩れることは確実なのに、なぜ馴染みの寿司屋で仲間と一緒にいるのか。なぜ自分の素性や居場所がバレないような工夫をしておかないのか。
あと、西田が全て説明して「グルになって騙していた」と明かすのは、なんか不格好だぞ。そこは、もっと粋な感じで処理すべきトコだろ。則夫が佐輔の家へ上がり込むと、いまりと誠治が出会って間もないのにベタ惚れの関係になっている。まだ日も暮れていない内から、2人はすき焼きを食べている。康子は勤続20年で、売り物にならない高級肉を貰って来たことを語る。そこでは楽しそうにしていた康子だが、翌朝になると荷物をまとめて家を出て行く。いまりは則夫を、「嘘つき」と批判する。「イルカだよ。ピンクのイルカ」と彼女が言うと、則夫は黙り込む。
短い時間で、かなり多くの情報が詰め込まれている。
でも、そこは「被害者と加害者の関係だったはずの則夫と佐輔が、共通の敵に復讐するため手を組むようになる」という展開に向けた重要なポイントのはずなんだよね。それを考えると、まるで関係の無い余計な情報が多すぎる。
特に要らないのは、双方の子供たちに関連する情報だ。「ピンクのイルカ」なんて何のことかサッパリ分からないし、最後まで答えは明かされないままなのだ。
「偽の親同士」ってことでシンパシーを感じたというトコに繋げたいのかもしれないが、そんなの無くても「棚橋と樋渡のせいで人生を台無しにされた同士」ということで結束させられるでしょ。則夫と佐輔が棚橋と樋渡に騙されたことを描く部分が、ものすごく薄いってのも大きなマイナスだ。そのせいで、棚橋と樋渡の卑劣さも、則夫と佐輔の悔しさも、そんなに伝わって来ないんだよね。
っていうか則夫に関しては台詞だけで済ませてしまい、回想シーンすら無いし。
現在進行形のシーンで、棚橋と樋渡が誰かを騙すエピソードがあるならいいけど、それは無いわけで。
だったら則夫と佐輔が騙されて酷い目に遭ったことを強くアピールしておかないと、「詐欺師を騙して復讐する」というカタルシスに大きな影響が出る。この映画って、絶対にコン・ゲームとしての面白さが必要なはずだ。だけど、それがほとんど感じられない。
例えば偽の茶碗や譲り状を作るシーンでは、それを淡々と描くだけ。笑いは持ち込んでいるけど、そういうことじゃないのよ。
いや笑いを入れるのはいいんだけど、具体的な解説が欲しいのよ。どういう作業をやっているのか、どんな特徴を付ければ本物らしく見えるのか、どこを失敗したから作業をやり直すのか、そういう説明が欲しいのよ。
デタラメでも構わないからウンチクを盛り込めば、それによって詐欺計画として引き付ける力が一気に強まるはず。利休の茶碗と譲り状が完成すると、則夫は棚橋と樋渡に接触する。
でも、少し前に則夫は樋渡開花堂へ行き、贋作を高値で売り付けようとしていたような男だ。そんな奴から「利休の茶碗がある」と言われても、棚橋と樋渡が簡単に信じるとは思えない。
明らかに怪しい話だ。なので、そこは則夫が怪しまれることを前提にして彼らに接触し、その先にも罠を仕掛けておく必要があるはずだ。
ところが、そういうことが全く見えないのだ。利休の贋作を競りに掛けるシーンでは、そこに関わる面々の大仰な芝居が目立つ。
それも含めて喜劇として演出しているつもりなのかもしれないが、コン・ゲームとしての面白さは弱くしている。
また、則夫が「茶碗は本物」とアピールする言葉は佐輔の思いを込めたモノとなっており、そこは「佐輔の心に響く台詞」として感動的に描こうとしているため、喜劇としての徹底を阻害している。
笑わせようとしているのか、ちゃんとコン・ゲームを描こうとしているのか、感動させたいのか、方向性が定まっていない。競りのシーンで棚橋が「贋作だ」と言い出すのは、「競りを不成立にさせて自分か手に入れるための戦略」ってのがバレバレだ。
ところが則夫たちは本当に作戦が失敗したと思い込んでいるので、「いや気付けよ」と呆れてしまう。
ここは普通に則夫たちの作戦が成功する形で進めるべきだよ。「失敗したと思ったら成功だった」という内容だと、コン・ゲームの面白さや爽快感は全く味わえないぞ。
逆転の展開を用意するなら、「観客には則夫たちの作戦が失敗したと思わせておいて、実は二重の罠を仕掛けていたので成功」とか、そんな感じの趣向にでもしておくべきだよ。棚橋と樋渡が贋作に騙されて1億円を支払った後、いまりと誠治の関係を使ったエピソードが描かれる。でも、これは完全に蛇足でしかないぞ。
しかも、ここで「則夫の作戦が成功したと思っていたが、向こうが一枚上で出し抜かれる」という仕掛けを用意してあるんだよね。
そういうのは、贋作の茶碗を巡るエピソードでやるような仕掛けでしょ。なんでメインと関係ないトコで、変に凝ったことをやるんだよ。
そこはエピソードごと丸ごとカットでもいいようなトコなのに、重点を置くポイントを完全に間違えてるぞ。(観賞日:2020年10月16日)