『海猫』:2004、日本

野田美輝はフィアンセの高山修介から、唐突に「君は汚いよ。なぜ隠してた」と激しく責められた。彼女が困惑していると、修介は「君の お母さんのことだ。事故で亡くなったと言ってたけど、事件だった。調べたんだ。君だって他にも男がいるんだろ。あのお母さんの娘だ もんな」と罵る。彼は「婚約は解消する」と言い、美輝を突き飛ばしてアパートを出て行った。美輝は故郷の函館にいる妹・美哉に電話を 掛けるが、嗚咽するだけで声が出ない。心意性の失声症になってしまったのだ。
函館で入院した美輝を、ロシア家庭料理の店を営む祖母のタミが見舞った。美輝は母・薫のことが知りたくて、「お母さんに何があったの 。なぜ死んだの」と紙に書いた。タミは「そんなこと聞いてどうなる」と言うが、「答えが知りたい」と懇願され、語り始める。20年前、 薫は函館から峠ひとつ隔てた漁村・南茅部へ嫁に行った。結婚相手は昆布漁の漁師・赤木邦一だ。タミはバスを貸し切り、薫の弟・孝志や 親族を乗せて娘を送った。邦一は宴の場で、函館の工場で臨時働きしている弟・広次を薫に紹介した。
邦一は昆布漁が解禁される前に仕事を教えるため、薫を漁船に乗せた。彼は「夫婦で出来るのは昆布漁だけだ」と言う。薫は「初めて 会った日、私に何て言ったか覚えてる?」と問い掛ける。函館の信用金庫で働いてた時、ロシア人の血を引く薫は2人の男性客から「青い 目のくせして」と難癖を付けられた。そこへ助けに入ったのが邦一だった。薫が信用金庫を去ろうとする邦一に礼を述べに行くと、彼は 「アンタに俺の海、見せてやりてえな」と口にした。
薫は邦一の母・みさ子から温かく受け入れられ、一日も早く浜の女になりたいと考えて生活する。一方、孝志は広次の元を訪れ、「今日は 帰りたくない」と言う。広次は彼を旅館へ連れて行き、女将の太田に女をあてがうよう頼む。幸子という商売女が部屋に来て、孝志は彼女 と関係を持った。広次の家へ赴いた孝志は、彼が絵を描いていることを知った。布を被せてある絵があったので、孝志は広次が離れている 間に、それを見た。すると赤ん坊を抱く女が描かれており、それは薫にそっくりだった。
薫は浜で邦一と一緒に昼食を取りながら、「私は早く赤ちゃんが欲しいの」と言う。邦一は「ここらじゃ夏には赤ん坊は産めねえ。漁師 には厄介者だ」と言うが、彼女を納屋に連れ込んでセックスした。昆布漁が解禁になり、薫は頑張って手伝うが、船に慣れなくて疲れて しまう。薫が陸に戻って仕事を手伝っていると、孝志がやって来た。彼は邦一とみさ子に内緒で、酔い止めの薬を薫に渡した。
翌朝、孝志は邦一に、「薫はやっぱり使い物にならないみたいだし、俺が代わりに行くから許してくれねえかな」と提案する。しかし邦一 は「昆布の漁は夫婦でやると決まってる。それが嫌なら薫は要らねえってことになる」と冷たく言う。広次は教会へ行き、ニコライ神父に マリアのイコンを見せてもらった。孝志は邦一から態度や行動を批判され、嫌味っぽい言葉を返す。邦一が殴り掛かったので、薫は孝志を 制止して謝罪するよう求める。孝志が「こんな生活、ホントに楽しいのか」と尋ねると、彼女は泣きながらビンタした。
孝志は函館の旅館へ行き、幸子と会って服をプレゼントした。薫が酔い止めの薬を持っているのを見つけた邦一は、腹を立てる。それから 彼は、「これだけは俺に嫌だって言わないでくれ」と言って体を求めた。久々に広次が帰郷したので、みさ子は薫に、港にいる邦一を呼び に行くよう促した。広次は「俺も一緒に行く」と同行し、「アンタに買って来た。ボーナス出たから」とペンダントを渡す。2人が港に 到着すると、邦一は「函館さ行ってくる。面倒な子ことになった」と言い、仲間と一緒に去った。
薫は広次と一緒に崖から海猫を眺め、「海猫はいいなあ。どこでも飛んでいけて」と呟いた。広次は「ずっと昔、アンタに会ったことが ある。村に来たロシアの宣教師から、マリアのイコンを貰った。アンタの目も海猫そっくりだ」と述べた。薫が「もう帰ろう」と言うと、 広次は彼女の腕を掴んで「アンタのことは俺が守ってやっから。兄貴にはアンタは守れねえ」と真剣な表情で告げる。薫が急に倒れたので 、広次は慌てて抱き止める。薫は妊娠していた。
薫の腹が大きくなる中、南茅部と黒川村の漁師たちの間では対立が激しくなっていた。薫の陣痛が起きるが、邦一は黒川村の連中が港に 来たという知らせを受け、仲間たちと共に出掛けていった。港で喧嘩が勃発し、邦一は大怪我を負った。その頃、みさ子が産婆のタエを 呼び、薫は無事に娘を授かった。一方、孝志は仕事を辞めた幸子と暮らすため、不動産屋・伏見の紹介で新居を探し始めていた。
函館で入院している邦一に、薫は赤ん坊を見せに行く。同行した広次が「どうして姉さんを1人にした?」と邦一に言うと、薫が「もう、 いいの」となだめた。邦一は娘に美輝と名付けた。病院からの帰り、広次は薫に「ちょっと寄り道してええかな」と言い、教会へ連れて 行く。「初めて来たのに懐かしいわ。なんでかしら」と薫が口にすると、彼は「ここは俺たちの場所だから」と言う。「出ましょう」と薫 が告げると、広次は後ろから抱き締めた。
邦一は仲間たちに、「子供が出来たから、新しく船作るぞ」と宣言する。その夜、邦一が薫とセックスしている間、広次は家の外に出て いた。広次が戻ると、薫が廊下に出ていた。広次は「俺は嫌だよ。兄貴がアンタを抱いた。ここを出て行く。二度と戻らない」と告げ、 早朝に立ち去った。その頃から、邦一は仕事を理由に函館へ行き、顔馴染みの看護婦・啓子と密会を繰り返すようになった。
広次のことが気になった薫は、「久しぶりに母の所へ行かせてください」と邦一に嘘をついて函館へ行く。彼女は広次と会い、肉体関係を 持った。翌朝、薫は「一度だけ、貴方に抱かれに来たの」と言い、引き止める広次に別れを告げて村に戻る。それから1年後、薫は次女の 美哉を出産した。邦一は啓子から、薫が函館の深堀町の産院に検診に来ていたことを知らされる。啓子に「なんで、わざわざ函館まで 来たんだろうね」と言われ、不審を抱いた邦一は「美哉は誰の子だ」と薫を問い詰めた…。

監督は森田芳光、原作は谷村志穂(新潮文庫刊)、脚本は筒井ともみ、企画は坂上順&早河洋、プロデューサーは野村敏哉&小島吉弘& 三沢和子&木村純一&石井徹、音楽は大島ミチル、撮影は石山稔、録音は橋本文雄、照明は渡辺三雄、美術は山崎秀満、編集は田中愼二、 音楽プロデューサーは津島玄一。
主題歌はMISIA「冬のエトランジェ」作詞・作曲:TAKURO[GLAY]。
出演は伊東美咲、佐藤浩市、仲村トオル、三田佳子、ミムラ、小島聖、白石加代子、蒼井優、角田ともみ、深水元基、宮下順子、伊藤克信 、鳥羽潤、菅原大吉、永倉大輔、武野功雄、三上大和、中村祐樹、吉田智則、吉田朝、小林トシエ、吉本選江、 佐藤恒治、岸本一人、 山崎満、泉よし子、須藤晴美、森みつえ、樋口史、金子藍、浅見小四郎、佐藤二朗、ラッセル、三好杏依、門脇亨、西沢智治、江藤大我、 関根裕介、依田真一、酒井博史、九島洋一、浜田大介、藤田清二、徳井広基、三好竜誠、平野泰成、田窪もえ、マキシム・コレニクス、 孫田智弘、小松慶子、細井芳治、中山沙織ら。


谷村志穂の同名小説を基にした作品。
監督の森田芳光と脚本の筒井ともみは、『失楽園』『阿修羅のごとく』のコンビ。
薫を映画初主演の伊東美咲、邦一を佐藤浩市、広次を仲村トオル、タミを三田佳子、美輝を映画デビューとなるミムラ、啓子を小島聖、 みさ子を白石加代子、美哉を蒼井優、幸子を角田ともみ、孝志を深水元基、太田を宮下順子、伏見を伊藤克信、修介を鳥羽潤が演じて いる。
たぶん配給した東映としては、『失楽園』チックなモノを期待したんだろう。
でも結果としては、完全にコケた。

この映画、公開される前は、「伊東美咲が濡れ場で大胆に露出する」という風に宣伝されていたように記憶している。
しかし実際には、まるで脱いでいない。セミヌード的アプローチはあるけど、ヌードは無い。
本人はOKだったのに、出演していたCMスポンサーの圧力でヌードがカットされたという噂も聞いたが、どういう事情であれ、それが 本作品を失敗作にする決定打になったということは確かだ。
正直、伊東美咲のヌード以外に、本作品のセールスポイントに出来るモノって無いのよ。

ヌードを見せないのなら、初夜のシーンなんて全く不要ってことになる。
そこで2人の愛の強さを表現しているわけでもなくて、ただ単に「濡れ場」という現象を写しているだけなんだから。
そんなのは、むしろカットしちゃった方がテンポ良く進むぞ。ストーリー上での意味は無いんだから。
その後も、やたらと濡れ場が用意されているけど、どれも似たような感じだし、絶対に伊東美咲の裸は見せないので、だんだん飽きて 来る。ちっとも官能的じゃないし。
濡れ場が売りのはずなのに、そこが邪魔に思えるって、かなりヤバいでしょ。

冒頭、美輝と修介の関係描写が無くて、いきなり婚約解消シーンから入るので、どれぐらいの深い関係だったのかが良く分からない。
婚約していたと言っても、薫のことが判明するまでは幸せな恋人関係だったのか、「ずっと仲が良くて、深い愛があったのに、急に婚約 解消」ということなのかどうか、分かりにくい。
だから、その程度で失声症になるとか、どんだけ心が弱いのかと言いたくなってしまう。
そのショックの強さを、こちらが感じることが出来ないのだ。

っていうか、母親が事件を起こしていたからと言って、それだけで「お前も他に男がいるんだろ」と婚約解消を言い渡すような男って、 もう完全にクズじゃねえか。なんちゅう単細胞なのかと。
そんな男に婚約解消されても、それを悲劇とは思えないよな。
その段階では、薫がどんな事件を起こしたのか、観客は分かっていない。でも、いきなり婚約解消を言い渡し、有無を言わさず突き 飛ばして出て行くような奴、何のためらいも苦悩も無く一方的に言い切るような奴なので、詳しい事情が分からなくても、「そりゃ美輝に とって良かっただろ」としか感じられない。
でもホントは、そこは「悲劇」に見えなきゃいけないはずなんだよね。女を不憫に思えなきゃいけないはずだよね。
ってことは、失敗ってことだよな。

あと、そこで美輝が言葉を失ってしまうことの意味って、何かあるのか。別に喋れるままでも、全く影響が無いように思えるんだけど。 失声症って、なんか良く分からない内に治ってるし。
そもそも、美輝のエピソードって要らないでしょ。それって薫の物語と全く繋がってないよ。何のために美輝のエピソードで挟んで いるのか。
愚かしい行動で終わった薫の物語を、「彼女は大きな愛に包まれていたんだよ」ということで感動的な物語に転換させるための仕掛けと して用意されているのかもしれないけど、それは無理だわ。
砂漠で落としたダイヤを捜せば、かなり可能性は低いけど、発見できるかもしれない。
でも、この映画で感動を見つけるのは、絶対に無理。
だって、最初から落ちてないんだから。

薫がホントに邦一に惚れて結婚したのか、そこからして疑問が沸いた。
結婚の宴でも、ちっとも嬉しそうじゃないし。彼女は笑顔一つ見せないんだよな。緊張しているという風にも見えない。
その後、出会った時の回想が入るので、薫がホントに惚れて結婚したってことは理解できる。ただし出会いのシーンしか無いので、 「すげえ安易に結婚したんだな」という印象を受けてしまう。
体が弱いのに、乗り物酔いも酷いのに、なんで漁師に嫁いだのかと。
そこへの強い覚悟も感じられないし。

邦一が孝志を「ロクに働きもしない奴」と批判するシーンがあるが、浜の仕事は手伝っていたでしょ。
それと、孝志は薫に「こんな生活、楽しいのか」と言うけど、その段階では、薫が大変な目に遭っている、辛い生活を送っている描写が 不足している。
孝志はせいぜい、薫が好きな本を読む時間も無いこと、慣れない船の仕事をしていることを見ただけだ。
その程度は、そんなに批判するようなことでもない。
薫だって、最初から相手が漁師で、その仕事を手伝わなきゃいけないことぐらい分かって結婚しているはずなんだし。

広次は「ずっと昔、アンタに会ったことがある」と言うけど、いつ彼女と会っていたのかは教えてくれない。
その後の「村に来たロシアの宣教師から、マリアのイコンを貰った。アンタの目も海猫そっくりだ」という説明は、薫と会った時の出来事 を語っているわけじゃないし。
ひょっとすると、彼が「会った」と言っているのは、マリアのイコンのことなのか。で、それに似ているから、薫を好きになったという 設定だったりするのか。
だとすれば、「バカバカしい」という言葉しか浮かばない。

薫が急に広次のことを気にするのは、かなり不自然。
流れに沿っていないんだよな。
薫がみさ子から邦一が良く函館へ行くようになったことで説教されるシーンがあって、その邦一の浮気シーンがあって、その次に薫が広次 を思い浮かべるシーンがある。
そういう構成だと、「邦一が浮気している」ってのを、薫が広次の元へ行くことの免罪符として使っているように見えるけど、そういう 作為がモロに見えてしまうってのは、上手に構成できてないってことになるんじゃないか。

っていうか、薫は広次を訪ねて何のためらいも無く抱かれているんだけど、いつ頃から彼に対する気持ちが高まっていたのか。
どの辺りで、夫を裏切ることへの迷いが完全に断ち切られたのか。
そういう心情の変化は、全く伝わって来なかったぞ。
それとさ、抱かれるのはともかく、ちゃんと避妊ぐらいしろよ。なんで平気で旦那以外の子供を孕むかね。
そんで、それを夫には知らせずに育てようとしていたんだから、すげえ悪女じゃねえか。

薫、邦一、広次というメイン3人の誰にも共感できないってのは、大きな問題だよな。
みんな自分本位で身勝手すぎる奴らなのだ。
まず邦一から行くと、たぶん「セックス以外に女を愛する方法を知らない男」という設定にしているつもりなんだろうけど、こっちから すると、単に女を道具扱いしているだけに見える。
それは不器用なんじゃなくて、「間違っている」のよ。
性欲と愛情は全く別物だからね。
彼は女を性欲の対象か、漁を手伝わせる相手か、家政婦か、そんな風にしか見ていないってことよ。

啓子との浮気も、「薫との関係が上手くいかなくなったから」とか、「なかなか薫が漁師の暮らしに慣れないので苛立って」とか、そう いうことでもないんだよな。
ホントに、ただの浮気心なのだ。
そりゃあ夫婦生活が上手くいかなくなったとか、薫に苛立つようになったとか、そういう理由があれば浮気に賛同できるのかと言われたら 、そんなことはないよ。
だけど、やっぱり理由は用意すべきじゃないかと。
それが無いと、最初から女に手の早い、浮気癖のある男にしか見えないのよ。

次に広次だが、彼は邦一に隠れて薫にプレゼントするなど、兄嫁を平気で口説いている。
そこには、「どうして兄の奥さんを好きになってしまったんだろう」という苦悩や葛藤が全く見えない。相手は兄の奥さんだからという ことで、気持ちを必死で抑えているような様子も見えない。
最初からガツガツと感情をぶつけているわけではないが、だからと言って抑えているわけではない。
実際、彼は久々に帰郷した時、何のためらいも無く堂々と告白しているし。

しんがりは薫だ。
最初の内は、とにかく陰気な奴だなあという印象が強い。
あと、繰り返しになるが、漁師の嫁になることへの覚悟が感じられない。
ただし彼女は男2人と違って、終盤になって一気に不快指数が上昇する。
完全ネタバレだが、邦一と広次が激しい争いを始めたのを見た彼女は、「もうやめてください」と叫んで崖から飛び降りるのだ。
殺し合いを止めに入るならともかく、自殺って。ただのメンヘラじゃねえか。
幼い子供2人を置いて衝動的に自害するとか、サイテーだぞ。
母親としての自覚が全く無いんだよな。

(観賞日:2012年3月15日)


第1回(2004年度)蛇いちご賞

・女優賞:伊東美咲


2004年度 文春きいちご賞:第3位

 

*ポンコツ映画愛護協会