『宇宙でいちばんあかるい屋根』:2020、日本

2005年。星山中学に通う3年生の大石つばめは、夜の学校の屋上で手紙を書いた。自転車で帰宅した彼女は、隣の郵便受けに手紙を入れた。翌朝、隣人の浅倉亨が演奏するバンジョーの音で目を覚ましたつばめは、窓から様子を窺った。昨夜の行動が恥ずかしくなった彼女は、両親に挨拶もせず自宅を飛び出した。つばめは隣家の郵便受けから手紙を取り出そうとするが、2階から亨に声を掛けられて逃げるように立ち去った。家に帰ったつばめは、父の敏雄&母の麻子と朝食を取る。麻子は妊娠中で、敏雄は子供が男だったら自分が名前を付けると決めている。彼は今日が亨の誕生日だと思い出し、つばめの行動が関係あると感じて冷やかした。つばめは慌てて否定し、学校へ向かった。途中で自転車ごと転倒した彼女は、土手に寝転がったまま空を見上げた。

[夜の侵入者]
学校に着いたつばめは、友人のナミ&ユウコ&ハナから星山中学校の裏掲示板に陰口が書き込まれていたことを知らされる。それは、彼女がA組の笹川誠と遊びで付き合ってゴミのように捨てたクソビッチという内容だった。そこへ誠が通り掛かると、「クソビッチ」とつばめを罵った。放課後、つばめは書道教室で「後悔」と書き、講師の牛山から「悔やんでる割に、やたら元気がいい」と評された。牛山は彼女に、「時間が経てば経つほど、後悔は大きくなりますからね」と述べた。
つばめは書道教室が入っているビルの屋上へ行き、キックボードが置いてあるのを見つけた。彼女がキックボードで遊んでいると、屋上で寝ていた老女が目を覚まして「何やってんだ。手癖が悪い女だねえ」と嫌味っぽく言う。つばめが「すいません」と愛想笑いを浮かべると、老女は「若い内からそんなモン身に付けて、しょうがねえなあ」と吐き捨てた。つばめが立ち去ろうとすると、老女はキックボードの乗り方を教えるよう要求した。
つばめに簡単な操作方法を教わった老女は、キックボードに乗って遊び始めた。その間に去ろうとしたつばめは地面に目をやり、水たまりに映る老女が空を飛んでいるのを見て驚いた。すぐに空へ視線を向けると老女の姿は無く、屋上に戻っていた。つばめは「星ばあ」と呟き、老女に聞かれて星空に舞うお婆ちゃんの意味だと説明した。すると老女は、星野トヨという名前があると告げた。「空飛びましたよね」とつばめが確かめると、彼女は何食わぬ顔で「まあ得意だね。年取ったら何だって出来るようになるんだ」と述べた。
つばめが「あの」と言い掛けて「やっぱりいいです」と去ろうとすると、星ばあは「言いなよ。こっちが気になるじゃないか」と促した。つばめは「好きな人に手紙を書きました。夜のせいで」と語り、後悔していると明かした。星ばあが「夜のせいにしやがって」と笑うと、彼女は「何でもないです」と誤魔化して去ろうとする。しかし星ばあが「取り戻しゃいいんだな?」と口にしたので、「出来るの?」とつばめは驚いた。キックボードの乗り方を教えてもらったお礼として、彼女は協力を約束した。
翌朝。つばめが学校へ行こうとすると、亨の姉のいずみが朝帰りしていた。彼女は恋人の森島雄一郎に車で送ってもらい、キスを交わして別れた。いずみはつばめに気付き、「おはよう」と挨拶する。つばめが「なんかイメージ変わったね」と言うと、彼女は「そう?」と気にしなかった。家から飛び出してきた亨は、ウンザリした様子で姉を見た。書道教室で「変化」と書いたつばめは、牛山に「変わることへの揺れっていうか。繊細でいいですね」と評された。
このビルに派手で態度の悪い老女が住んでいるかとつばめが尋ねると、牛山はいないと答えた。牛山はつばめに「素敵だと思いませんか」と言い、10歳の少女が描いた水墨画を見せた。少女の師匠は自分も教わった山上ひばりだと話した牛山は、「確かつばめさんも山上先生の書画、好きでしたよね」と水墨画にチャレンジするよう勧めた。つばめが屋上へ上がると星ばあが現れ、取り戻した誕生日カードを渡した。彼女は気になったから中を見たと明かし、「いつまでも私のヒーローでいてください」という文面を馬鹿にして笑った。
なぜ亨が好きなのかと星ばあが質問すると、つばめは「ずっと昔から優しくしてくれてたし、小学校の時とか登校班が一緒で」と答える。星ばあは「ガキだなあ」と呆れたように言い、「過去の思い出を自分の中で綺麗に作り変えてんだなあ。時間ってのは、止めちゃダメなんだよ。時間ってのは、もっと気持ち良く使え」と説く。「今度は自分の気持ちを自分の口で言え」と言われたつばめは、「言えないからカードに書いたんでしょ」と反発する。つばめは約束を果たした見返りとして、約束していた食料を渡した。星ばあはきゅうりを頬張り、「自分で言う勇気が無いだけだろうけど、後悔ってのは、行動してからしろ」と述べた。帰宅したつばめは、スタジオでの練習からカブで戻って来た亨と遭遇する。亨は1ヶ月後にライブがあると言い、「良かったらおいでよ」と誘う。つばめが「絶対行く」と言うと、彼はチケットを用意しておくと約束した。つばめは「誕生日、おめでとう」と告げ、亨は「ありがとう」と笑顔で返した。

[屋根とほおずき]
休日、敏雄は産まれてくる赤ん坊のためにベビーベッドを作り始めた。つばめは牛山から水墨画もやってみないかと言われたことを話し、両親に意見を求めた。敏雄は「つばめがやってみたいなら、いいんじゃないか」と言い、麻子も賛成した。つばめが書店へ赴いてひばりの画集を見ていると、牛山に声を掛けられた。牛山は画集をプレゼントし、つばめをファミレスに誘った。彼はひばりから教わった水墨画の良さを熱く語り、来週から東京で展覧会があるのて家族と行くよう勧めた。
つばめが帰宅すると、亨が家を出て行くいずみから「裏切り者」と責められていた。亨が森島のことを母に話したため、父に伝わったのだ。亨はいずみが森島に騙されていると確信しており、働かずに金を出させていると指摘する。「真剣に付き合ってるなら、どうしても挨拶に来ないんだよ」と彼が苛立つと、いずみは「私が来ないでいいって言ったの」と告げた。彼女は「あの人と結婚するの。みっともない男なの。私がいないとダメなの」と言い、車で去った。
亨はつばめに気付き、「嫌な予感がしたんだよね。姉さんって、ちょっと騙されやすいって言うか。昔、酷い目に遭ったからさ」と言う。つばめが「私に出来ることあったら何でも言ってね」と告げると、彼は「ありがとう」と家に入った。つばめは星ばあに弁当とパンを渡し、亨の役に立ちたいのだと言って協力を頼む。星ばあは「まずは屋根を見る所から始めなきゃだな」と告げ、町の方へ視線を向ける。彼女はつばめに、「自分がどんな屋根の下に住んでるか知ってる人は強いよな。自分を分かってるってことだからな」と話した。 つばめが黙り込むと、星ばあは「壮大な話に頭がパニック起こしたか」と笑う。つばめが「私はどんな屋根の下に生まれたのかなって」と口にすると、彼女は「あれは駄目だ。安っぽい赤、あれは素人だ」と言う。つばめは「そうじゃなくて、今の家族になる前の屋根」と述べ、2歳の時に実母が家を出て行ったことを打ち明けた。すると星ばあは、「アンタの頼みを聞く代わりに、私もアンタに頼みがあるんだ」と語る。彼女は翌日を空けておくよう指示し、連れて行ってもらいたい所があると告げた。
翌日、星ばあはつばめと合流し、行き先も知らせずバスに乗せた。彼女は水族館へ行って御揃いのキーホルダーを購入させ、クラゲを見る。つばめが「泳いでるって言うより、空を飛んでないじゃない?」と語ると、星ばあは「私にそっくりだろ」と言う。「夏が終わる頃に、お姉ちゃんになるんだ」とつばめは言い、麻子に子供が生まれることを話す。「私もちゃんと家族になれるかな」と彼女が不安を漏らすと、「血が繋がってるとかって、そんなに重要なことでもないぞ。夫婦って元々は他人だからな。屋根の下で色々と時間を積み重ねて、それで家族になるんだろ」と星ばあは語った。星ばあは前に一度だけ水族館で孫の誠と会わせてもらったことを打ち明け、「こんな可愛い物と過ごす時間を無くしたと気付いた。その時だけは後悔した」と述べた。
帰宅したつばめは、スーツケースを持って家を出て行くいずみと遭遇した。つばめが「旅行?」と尋ねると、いずみは「旅行みたいなモン。先に何があるか分からないところがね」と答える。彼女が別れを告げて去ろうとすると、つばめは「家の中にいるだけじゃなくて、屋根も一緒に眺められるような関係がいいんだって」と星ばあが言っていた言葉を伝えた。翌日、つばめが学校にいると、誠がウイスキーを持ち込んで授業中に飲んで退学になることを友人たちが教えた。つばめが友人たちに誘われて様子を見に行くと、生徒指導室から出て来た誠は「何見てんだよ」と睨む。つばめは彼に、「言いたいことがあるんだったら、自分の口で言えば?」と告げた。
つばめが帰宅すると、両親がエコー写真を見せて女の子だと教えた。つばめは自室に戻り、鍵を掛けてある机の引き出しからひばりの画集を取り出した。彼女は画集を開き、ひばりの写真を見た。夜、つばめはビルの屋上で星ばあと会い、なぜキックボードに乗っているか訊く。星ばあは誠が好きだからだと答え、「アンタは空を飛べたら、あの王子様の部屋に忍び込んで覗き見とかするんだろ」と言う。つばめは否定し、亨の部屋と繋いで糸電話がしたいと話した。星ばあは「夢見る夢子ちゃんなんだから」と笑い飛ばすが、「携帯やメールだけでは伝わらないこともあるでしょ」とつばめが言うと「いいこと言うねえ」と感心した。星ばあはつばめにほおずきを渡し、森島のアパートのベランダから拝借して来たと話す。彼女が「綺麗な実だろ。2人でそれを大事に育て続けられれば、まあ大丈夫なんじゃないか」と語ると、つばめは「会いたい人に会いに行く」と口にした。

[雨、空のクラゲ]
つばめはひばりの個展へ行き、鳥の絵を眺めた。するとひばりが声を掛け、10年ぐらい前に描いたと作品だと教える。彼女は来てくれたお礼として、絵ハガキをプレゼントした。つばめは真実を打ち明けようとするが、ひばりに幼い娘がいると知って驚いた。彼女は何も言い出せなくなり、その場を後にした。つばめは大雨の中で傘も差さず、ずぶ濡れで帰宅した。一方、亨はカブを飛ばして森島の車を追跡していた。キックボードで遊んでいた誠実が横断歩道に出て来たので、亨は避けようとして激しく転倒した。
つばめは両親に、実母のひばりに会ってきたことを打ち明けた。彼女が「東京で新しい家族と幸せに暮らしてたよ」と言うと、敏雄は笑顔を作って「元気にやってるなら良かった」と告げる。つばめが「それだけ?なんか他に言うことあるでしょ」と苛立つと、麻子は「はい、おしまい」と終わらせようとする。つばめが「良かったね、本当の子供が出来て。これからは本当の家族3人で幸せに暮らせるんだから、もう私の面倒なんか見なくていい」と声を荒らげると、敏雄は麻子に謝罪するよう要求した。つばめは無言のまま自室に駆け込み、ベッドに横たわって眠りに就いた。
つばめは夢の中で、クラゲにぶら下がって空を飛んだ。両親や牛山、ナミや誠、亨たちを見下ろした彼女は、星ばあもクラゲを掴んで空に浮かんでいるのを見つけた。つばめは「どんな屋根の下で暮らして来たの?」と呼び掛けるが、星ばあは気付かない様子で去った。翌日、つばめが学校を出ると、星ばあが待ち受けていた。つばめが他人を装って通り過ぎようとすると、「私と一緒のトコ、友達に見られるのが恥ずかしいんか」と星ばあが告げる。つばめが「別に」と言うと、星ばあは「大丈夫なんだよ。見たい奴には見えるし、見たくない奴には見えねえんだよ」と告げた。
星ばあが「行くんだろ?人の弱みに付け込むのが、色恋の手っ取り早いやり方なんだ」と話すと、つばめは否定する。彼女は病院へ行くが、亨に会うことは尻込みする。星ばあは「一生後悔するぞ」と言い、つばめは病院に足を踏み入れた。彼女が面会受付に行くと、顔に痣を作ったいずみが廊下を歩いて来た。彼女はつばめに気付くと、無言のまま早足で立ち去った。つばめが面会に行くと、亨は右足と頭に包帯を巻かれて車椅子に乗っていた。
亨はつばめに、「こうなって良かったかなって思ってるんだ。もし車に追い付いていたら、相手の男を殺してたと思う」と語った。彼は町で偶然にいずみと遭遇した時に、顔の痣を見て激怒していたのだと説明した。亨は来週のライブが出来なくなったと話し、「つばめちゃんは家族、悲しませちゃダメだよ」と話す。つばめは星ばあの元へ戻ると、体を預けて号泣した。彼女が「パパとママに酷いこと言った」と漏らすと、星ばあは「大丈夫、まだ繋がってるんだから」と慰めた。

〔夏休み歩行計画〕
終業式を済ませたつばめが帰宅すると、両親は夏休みの箱根旅行を提案した。つばめは亨のリハビリの手伝いをすると言い、その話を断る彼女は病院へ行き、先週から習い始めた水墨画を亨に見せた。もうすぐ松葉杖になると聞いて、つばめは喜んだ。彼女は亨がバンジョーを弾く水墨画を描いて、星ばあに見せた。つばめが「最近、元気無いじゃん」と指摘すると、星ばあは「アンタみたいなのと付き合ってたら、あちこち疲れてガタが出る」と述べた。
つばめは星ばあに、亨と仲良くなれたからお礼がしたいと言う。孫に会いたいなら捜すと申し出ると、星ばあは「そんなことしなくていいから。大事だから近付かないってこともあるんだよ。近付いて無くすぐらいなら、このままの方がいい」と告げる。つばめが「ちゃんと会って気持ち伝えろって言ってたじゃん」と反論すると、彼女は「アンタみたいなガキには分かんないことがあるんだよ」と言う。つばめは「時間は気持ち良く使わなきゃ」と説得し、「えんじ色の陶器瓦の屋根」という唯一の手掛かりを貰った。つばめは亨に事情を説明し、恩返しのために捜索する考えを明かす。彼女が一緒に来るよう誘うと、亨は「いいね」と手伝いを買って出た。つばめは地図を広げて該当する家に印を付け、一軒ずつ訪問して星ばあの息子を捜索する…。

脚本・監督は藤井道人、原作は野中ともそ『宇宙でいちばんあかるい屋根』(光文社文庫刊)、製作は松井智&堀内大示&五老剛&前田浩子&山本正典&森田圭&前信介&安部順一&武田真士男&鈴木貴幸、企画・プロデュースは前田浩子、プロデューサーは金井隆治、共同プロデューサーは高口聖世巨&飯田雅裕、ラインプロデューサーは森太郎、アソシエイトプロデューサーは筒井史子、撮影は上野千蔵、照明は西田まさちお、録音は岡本立洋、美術は部谷京子、編集は古川達馬、音楽は大間々昂、主題歌は清原果耶『今とあの頃の僕ら』。
出演は清原果耶、桃井かおり、伊藤健太郎、吉岡秀隆、坂井真紀、水野美紀、山中崇、醍醐虎汰朗、清水くるみ、笠松将、富山えり子、奥森皐月、奥山琴夏、井東紗椰、福澤重文、袴田健太、新津正人、岩田佳朗、村田唯、太哉、富本惣昭、柳和夫、大路葵、武田麻椰、大谷迎、三津江敏之、松田しほな他。


野中ともその同名小説を基にした作品。
脚本・監督は『デイアンドナイト』『新聞記者』の藤井道人。
つばめを清原果耶、星ばあを桃井かおり、亨を伊藤健太郎、敏雄を吉岡秀隆、麻子を坂井真紀、ひばりを水野美紀、牛山を山中崇、誠を醍醐虎汰朗、いずみを清水くるみ、森島を笠松将、書道教室の生徒の和子を富山えり子、ナミを奥森皐月、ユウコを奥山琴夏、ハナを井東紗椰、担任教師を福澤重文が演じている。
主題歌の『今とあの頃の僕ら』は、主演の清原果耶が歌っている。

星ばあがキックボードで空を飛ぶシーンに、観客を引き込むようなセンス・オブ・ワンダーが全く感じられない。
「つばめが水たまりを見ると星ばあが空を飛ぶ姿が小さく映っている」という形で表現しているのだが、これだとヒロインの驚きが観客に伝わる力は著しく減退するのよ。
そりゃあ、「空を飛ぶ星ばあ」をダイレクトに描こうとしたら特殊視覚効果に頼らなきゃいけなくなるし、陳腐な印象になる恐れはあるだろう。でも、だからって本作品みたいな表現に留めてしまっても、結局はマイナスになっているからね。
あと、あえてチープで古臭い特撮にして、ファンタジーの味わいにしちゃう手も無くはないんだよね。

「これはファンタジーの要素を含む映画ですよ」ってのを観客に知らせる大事なトコなんだから、キッチリとした玄関を用意する必要があるはずなのよ。そこでのマイナスは、ボディー・ブローのように後になって効いてくるぞ。
ただ、それ以外でファンタジーって全く出て来ないんだよね。なので逆に、空を飛ぶ設定を排除しても良かったのではないかと。
「空を飛んだように思えたけど錯覚かも」という程度に済ませるとか、いっそのことホントに空を飛ぶ能力を排除してしまうとかね。
それだと原作から逸脱するから、ファンには反感を抱かれるかもしれないけどさ。

つばめは亨にホントの気持ちを言えないだけでなく、両親の前でも素直な気持ちを出していない様子だ。誠に「クソビッチ」と罵られても、怒る友人たちを「大丈夫」となだめて自分では何も言わない。姉や書道教室でも遠慮がちな態度だ。
なのに星ばあには会って二度目でも、「星ばあに何が分かるの」と声を荒らげる。本名を知った後も「星ばあ」と勝手に付けたあだ名で呼び、「言えないから、こうやってカードに書いたんでしょ。星ばあみたいな無神経な年寄りはさ、何でも言いたいこと言えるんだろうけど、私は違うの」とズケズケと物を言う。
それは違和感が強いわ。なんで星ばあだけには、そんなに遠慮の無い堂々たる態度で素直に感情をぶつけることが出来るのかと。
なんか星ばあと話す時だけ、中の人が入れ替わっているかのような感覚だわ。

星ばあはつばめに、「過去の思い出を自分の中で綺麗に作り変えてんだなあ。時間ってのは、止めちゃダメなんだよ。男ってのは、前に前にと生きて行く生き物なんだよ。時間ってのは、もっと気持ち良く使え」とか、「自分がどんな屋根の下に住んでるか知ってる人は強いよな。自分を分かってるってことだからな」とか、様々な助言をする。
彼女を「精神的に未熟で不安定な少女を導く人生哲学を説く人物」として配置しているのは間違いないだろう。
でも、「これはヒロインを導くための哲学的な言葉ですよ」という台詞が、あまりにも露骨で押し付けがましいモノになっている。
しかも、そんなに深いとは思えないような凡庸さに満ちた台詞が多いし、「うるせえよ」と言いたくなるわ。
ごく普通の言葉でも、サラッと言ってくれれば抵抗なく受け入れられたかもしれないけど、「いいことを言ってるからワシの話を聞け」という口調だからね。

星ばあが「まずは屋根を見る所から始めなきゃだな。私はさ、色んな屋根を一杯見て来ただろ。屋根を見ると、どんな人間が住んでるかも分かるんだ」と言うシーンでは、カメラがゆっくりと少しだけ上にパンし、屋上から見える町の風景が向こうに写し出される。
でも、ここも全く引き込む力が無い。
ここはホントなら「たくさんの屋根がある」、つまり「町の景色が向こうに広がっている」というイメージが必要なはずなのよ。でも、景色としての「広がりや奥行きが全く感じられない映像になっている。
この映画って、そういう「広い画面」の時の映像に説得力が無いのが、致命的な欠陥になっている。

つばめが星ばあに素直な気持ちや秘密を打ち明けるってのは、裏を返せば他に信頼して心を開ける相手がいないってことでもある。
両親にも友人にも牛山にも、大事な本音は明かせない。表面的な仲良くしている相手はいるけど、実は孤独や寂しさを抱えているってことだ。
でも、そういう彼女の状態を、上手く表現できているとは到底言い難い。
つばめが初対面の星ばあにだけ素直な態度で接するトコで違和感を覚えるのは、そういう「土台を整える作業が足りていない」ってのも大きく影響している。

亨が事故を起こした翌朝、つばめは星ばあから「行くんだろ?」と言われる。
それは「亨が入院した病院へ行くんだろ?」ってことだけど、つばめが事故を知らされるシーンは無かったんだよね。
つばめが星ばあと話す前に事故現場を訪れているシーンがあるので、誰かから知らされたんだろうってのは分かるよ。誰かから事故を知らされるシーンが無くても、「ちゃんと伝わる」という意味での支障は無いよ。
でも、そこは「誰かから知らされる」というトコでリアクションを描いた方が良くないか。

もっと言っちゃうと、ホントは実母のことで両親と揉めるエピソードと亨の事故って、完全に切り分けて描いた方が得策でしょ。
それを考えると、亨が事故を起こすシーンで、「つばめが両親と揉めた夜、一方で事故が起きていた」という見せ方をしない方が良かったんじゃないかな。
たぶん、「つばめが両親から事故を知らされる」というシーンをカットしたのは、昨晩の一件で気まずい関係になっているので、そっちがノイズになることを恐れたんじゃないかと思うのよね。
でも前夜の内に事故のシーンを描かずに済ませれば、そんなにノイズにならなかったんじゃないかと。で、つばめが知らされた後、事故の様子を挿入する形にすれば良かったんじゃないかと。

つばめが星ばあに、「最近、元気無いじゃん」と言うシーンがある。
だけど、「最近の星ばあは元気が無い」という風には全く見えないんだよね。だって、その直前まで、星ばあは絵を見て大笑いしていたわけで。
その後に声を出しながら寝転んで、それを受けてつばめが元気が無いと指摘する流れになっている。だけど、それは「年寄りだから疲れやすい」ってだけにしか見えないのよ。
星ばあの年齢だと、その程度の反応は「ごく普通のこと」にしか見えないのよね。だから「星ばあは病気で余命わずかになっており、実は病院を抜け出していた」という種明かしへの伏線として「最近は元気が無い」と示されても、上手く機能していないのよ。

星ばあの孫が誠なのは、最初からバレバレだ。何しろ、誠が登場する時にスマホに「笹川マコト」とフルネームが出ているし、ナミも台詞で「笹川誠」と言っているからね。
つばめには「笹川」と苗字で呼ばせているけど、それで隠しているつもりなら「いや出来てないから」と言いたくなる。
っていうか、それが無くても、星ばあの孫が誠なのって何となく分かるよね。
なので、「つばめが頑張って捜索し、誠の情報で星ばあの息子と判明」という流れを見せられても、「とっくに分かってましたけど」と言いたくなるなあ。

冒頭で「2005年」と出るのだが、その設定にどういう意味があるのかサッパリ分からない。
まず、その年に起きた出来事とリンクさせているわけではない。映画が公開された2020年から遡ると15年前だが、そこにも重要な意味があるとは思えない。
ネタバレを書くと、映画の最後は2020年に飛んでいる。牛山が水墨画の個展会場を訪れると、つばめと星ばあがビルの屋上から屋根を見下ろす絵が展示されている。
つまり「つばめは水墨画家になり、思い出を絵に描いた」ってことを示しているわけだ。
でも、「だから何なのか」としか思わないのよ。その構成で「現在から過去を振り返った物語」という形にして、何のプラスが生じたのか。私には何も見出せなかったぞ。

(観賞日:2022年4月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会