『映画 さよなら私のクラマー ファーストタッチ』:2021、日本

小学生の恩田希は南さいたま少年サッカー大会に参加し、ドリブルで男子選手を次々に抜いた。彼女はジュニア選抜のセンターバックも軽やかに抜き、チームメイトの山田鉄二にパスを繋いだ。竹井薫のポストプレーから再びボールを受けた希は、ゴールキーパーもかわしてシュートを決めた。彼女の大活躍に、観戦に来ていた親友の越前佐和、控えに回った弟の順平や小柄な谷安昭は興奮した。希を「親分」と慕う安昭が引っ越すことになり、仲間は見送りに赴いた。希と安昭は、またサッカーをやろうと約束した。
藤第一中学校に入学した希は、鉄二&薫とサッカー部に入った。希は1年で1人だけユニフォームを貰い、新人戦に後半から出場した。彼女は鮫島監督の指示を無視してドリブル突破に固執し、5人目のディフェンダーに止められた。クロスボールにゴール前で合わせようとした希はジャンプするが、相手ディフェンダーと激突して吹き飛ばされた。彼女は倒れ込んで意識を失い、右腕を打撲した。保健室に来た鮫島は「大事な話がある」と希を呼び出した。次の試合で希はメンバーから外され、応援に回った。
中学2年初夏。希は戸田西中学との試合でもメンバーに入れず、応援に回った。途中交代で順平が出場する姿を見て、希は驚いた。練習の時、彼女はドリブルで鉄二をかわそうとするが、タックルを受けて倒れ込んだ。希はファールだと抗議するが、鉄二は正当なタックルだと告げた。鉄二や順平から馬鹿にされ、希は腹を立てた。彼女は鮫島に頼むが、「もう公式戦には出さない」と改めて通告された。それでも希は諦めず、「必ず新人戦の公式メンバーに入る」と意欲を燃やした。
希は鉄二から、「女と男ではフィジカルが違い過ぎる」と指摘される。彼女は佐和に、「筋肉がスピード、キック力、当たりの強さを生み出す。ただ、それだけで男の方がレベルが高いって顔されると、違うよと大声で言いたくなる」と話す。彼女が「フィジカルが全てじゃない。でもフィジカルは全ての中の1つなのよね。私にはたぶん、時間が無いんだよ。テツやタケが成長して、私だげか取り残されていくみたい」と口にすると、佐和は「フィジカルが何よ。ノンちゃんは誰よりも練習して、誰にも負けない技術とファンタジーを作り上げた。ノンちゃんのフットボールには夢がある」と励ました。
街を歩いていた希と佐和は、すっかり成長した安昭と遭遇した。安昭は江上西のキャプテンで不動のセンターバックになっており、後輩の加藤と下村を連れていた。安昭は希を「恩田」と呼び、生意気な態度を取った。希が腹を立てると、「俺はもう恩田より上手くなったんだ。サッカーはフィジカルだ。女のお前に敵うわけがない」と彼は言い放った。希が反発すると、安昭は「じゃあお前は何が出来る」と問い掛けた。見下された希は激怒し、必ず新人戦に出て潰してやると決意した。
厳しい練習を終えて帰宅した安昭は、幼少期の出来事を回想した。臆病で小柄な彼はイジメを受けていた時、希に助けてもらった。彼は希に誘われてサッカーを始め、ずっと彼女に憧れていた。安昭は久々に再会した時の自身の態度を後悔し、「馬鹿だ、俺は」と漏らした。希は買収や脅迫で鮫島にメンバー登録させようと企むが、作戦は全て失敗に終わった。彼女は佐和に誘われ、江上西の練習を密かに視察した。安昭が練習に励む様子を見た希は、佐和に「私、試合がしたい。そのためには、もっと練習しなきゃ」と告げた。
希は佐和のサポートを受けながら、練習に励んだ。紅白戦でサブ組のトップ下になった彼女は、チームの小松たちに「ボールを奪ったら私に渡して」と指示した。彼女はドリブルでゴールに迫り、最後は鉄二を抜いて見事なシュートを決めた。しかし鮫島は鉄二が手を抜いたと気付いており、試合後に「公式戦なら、もう半歩、体を当ててただろ」と指摘した。夜、安昭は希と遭遇し、前回の態度を謝罪した。希が「新人戦ではアンタに勝つから」と言うと、彼は「新人戦に出れるのか?監督が許さないだろ」と告げる。すると希は反発し、「絶対に出る。負けないから」と宣言して走り去った。
希は早朝から学校へ行ってボールを蹴り、放課後も個人練習に励んだ。その姿を見た薫は、江上西は堅守速攻なので前線に希のような選手が必要だと鉄二に話す。希が部室で眠り込んだため、鉄二が背負って家まで送ることにした。彼が「俺はボロボロになっていく恩田なんか見たくないだけだ」と言うと、薫は「そんなタマじゃねえよ」と返す。その後も希は練習に励み、ベンチ入りメンバー発表の前日になった。鉄二と薫は、彼女のために江上西を倒そうと誓った。
翌日、新人戦を3日後に控え、サッカー部員が集められた。鮫島は次々に登録メンバーを発表してユニフォームを渡すが、やはり希の名前は呼ばれなかった。希が抗議すると、鮫島は「お前の能力は認める。何度も言っただろ。女子の未成熟な体で試合に出れば怪我する」と説明する。希は「怪我したって構いません。今じゃないとダメなんです」と訴えるが、鮫島の決定は覆らなかった。希は佐和の前で気丈に振る舞っていたが、抱き締められると悔し涙を流した。
新人戦の当日、希は佐和の仕事を手伝った。整列の時、鉄二と薫は安昭の大きさに驚いた。2人は希と拳を合わせ、勝利を誓った。試合が始まると、藤第一はポゼッションを高めて相手ゴールに迫る。しかし激しいコンタクトで阻止され、安昭も体を張ったプレーでピンチの芽を摘んだ。希は安昭のプレーを見て、努力を重ねて成長したのだと実感した。前半が終了すると、希は順平をトイレに監禁した。彼女は髪を短く切って弟に成り済まし、後半からピッチに立った。希は安昭にドリブルで突っ掛け、正体を明かして宣戦布告した。
驚いた安昭が「怪我してもしらねえぞ」と警告すると、希は自信に満ちた態度を示す。しかし江上西の選手は紅白戦とは桁違いの当たりの強さを見せ、希は何度もボールを奪われる。苛立った彼女は味方からボールを奪い、安昭にドリブルを仕掛ける。安昭はタックルでボールを奪い、ロングパスで速攻に出た。ゴールキーパーがシュートを弾くと、駆け上がった安昭が拾って再びゴール前に送った。彼は希を弾き飛ばし、打点の高いヘディングで先制点を決めた…。

監督は宅野誠起、原作は新川直司『さよならフットボール』 『さよなら私のクラマー』(講談社KC刊)、脚本は高橋ナツコ、脚本協力は大草芳樹&リンリン、製作は松本智&村松秀信&藤田浩幸&鶴田直一&平田秀夫&松浦裕暁&瀧元俊和&北澤晋一郎&安藤晃義&前田吉輝、エグゼクティブプロデューサーは高見洋平&紀伊宗之&稲葉貢一、プロデューサーは古川慎&小杉宝、プロデュースは斎藤俊輔、アニメーションプロデューサーは柴宏和、キャラクターデザインは伊藤依織子、プロップデザインは伊藤依織子&佐賀野桜子、絵コンテは宅野誠起、サッカー絵コンテは石井輝、演出は臼井文明&宇和野歩&宅野誠起、サッカー演出は石井輝、総作画監督は伊藤依織子&佐賀野桜子&松岡謙治&石崎裕子、メカ作画監督は江上夏樹、サッカー作画監督は増田俊介、色彩設計は野地弘納、美術監督は齋藤幸洋、美術設定は青木智由紀&イノセユキエ、画面設計は田村仁、撮影監督は棚田耕平&後藤晴香、編集は吉武将人、音響監督は鶴岡陽太、音響効果は森川永子、録音は椎原操志、サッカー考証は大草芳樹、音楽は横山克、主題歌『空は誰かのものじゃない』は小林愛香。
声の出演は島袋美由利、若山詩音、内山昂輝、逢坂良太、土屋神葉、白石涼子、遊佐浩二、甲斐田裕子、黒田崇矢、悠木碧、黒澤ともよ、矢部浩之、嶋村侑、小市眞琴、古城門志帆、須田拓也、木村亜希子、前田玲奈、中博史、きそひろこ、小林愛香、寸石和弘、小野友樹、大塚剛央、増田俊樹、市川蒼、川原慶久、佐々木寿治、宮下栄治、浜添伸也、岩澤俊樹、矢野奨吾、梶田大嗣、ソンド、川島零士、猪股慧士、加藤渉、土岐隼一、伊藤節生、伊藤雄貴、梶原岳人、新倉健太ら。


新川直司の漫画『さよならフットボール』と『さよなら私のクラマー』を基にした長編アニメーション漫画。
監督はTVアニメ『山田くんと7人の魔女』『恋と嘘』の宅野誠起。
脚本は『ういらぶ。』『映画 おしりたんてい カレーなる じけん』の高橋ナツコ。
希の声を島袋美由利、佐和を若山詩音、鉄二を内山昂輝、薫を逢坂良太、安昭を土屋神葉、順平を白石涼子、鮫島を遊佐浩二が担当している。TVシリーズ『さよなら私のクラマー』の登場人物である曽志崎役の悠木碧、周防役の黒澤ともよ、能登役の甲斐田裕子も参加している。また、矢部浩之が矢部先生として1シーンだけ出演している。

原作は中学時代の恩田希を描く『さよならフットボール』が先に連載され、その続編として高校時代を描く『さよなら私のクラマー』が連載された。しかしアニメ版では先に『さよなら私のクラマー』がTVシリーズで放送され、その前日譚という形で中学時代を描く本作品が劇場公開された。
どういう意図があったのかは知らないが結果としては失敗だったと言わざるを得ない。
私はTVシリーズから見ているが、「中学時代にあんなことがあった」ってのを知っている前提で物語が進むのだ。
だけど大半の視聴者は、中学時代を知らないわけで。だから、ただ不親切なだけになっているのだ。

試合で打撲を負った希は、鮫島から「大事な話がある」と言われる。なので指示を無視してドリブル突破に固執したのを咎められるのかと思いきや、今後は公式戦に出場させないことを通告されている。
ただ、その時点では話の内容が明かされないため、次の試合で外された理由も判然としない。試合を見た男子が「あんなに派手に吹っ飛ばされたんじゃあ、さすがに監督も出さないんじゃないの」とと言っているが、それが本当の理由かどうかは確定していない。
なぜ鮫島が希に大事な話をするシーンを省略したのか、狙いが全く分からないぞ。そこは普通に描写すればいいでしょ。
しかも、後から回想として描くことも無いのよね。

外された試合で、応援に回った希が拳を強く握る様子が描かれる。
ただ、この時点では、単純に「試合に出られなかった悔しさ」としか見えない。
鮫島から「今後は公式戦に出さない」と通告されたことが観客に伝わっていれば、そこで受ける印象も違ってくるだろう。何をどう考えても、鮫島が希に話すシーンをカットするメリットが見えない。
「公式戦に出さない」と通告された希は反発するだろうし、抗議もするだろう。そういう彼女の様子を省略するのも、やっぱりデメリットしか感じないし。

そして外された試合の後、何の説明も無いままで中学2年初夏まで飛んでしまう。
だけど「公式戦に出さない」と言われたのに、その後も希は元気に練習を続けているんだよね。
でも、どれだけ練習で頑張っても公式戦に出られないことは確定しているのに、それでも続ける理由は何なのか、元気に練習できるモチベーションは何なのかと思っちゃうんだよね。
いや、もちろん「負けず嫌い」とか「必ず見返してやる」とか、そういうことなんだろうけど、「サッカーを続けるだけなら他の選択肢は無いのかな」とか思ったりするぞ。

鮫島が希を公式戦に出さないと決めたのは、女性差別ではなくて、「男とは身体差があるのでコンタクトは危険だから」ってのが理由だ。もしも大怪我をしたらサッカー部だけじゃなくて学校も責任を問われかねないし、出場させないと決めるのも理解できる。
ただ、その辺りも、「公式戦に出さない」と通告した時に理由を説明するような描写が無いんだよね。
この映画って、実は重大なテーマを扱っているはずなのに、ちゃんと掘り下げて答えを出したり、解決方法を提案したりすることは無いのよね。
それだけじゃなくて、観客に考えてもらうための、充分な材料を提示することも無いのだ。

いきなり中学2年初夏までシーンが飛ぶのは、ものすごく雑な構成だと言わざるを得ない。
いっそのこと、「希は女子というだけで公式戦には出してもらえず、弟は控えとして出場している」という中学2年の頃から話を始めれば良かったんじゃないかと。で、そこまでの経緯は、回想シーンとして挿入する形にすれば良かったんじゃないかと。
小学生時代も描かなきゃいけないので回想だらけになる恐れはあるし、幾つかの問題を処理する必要はあるだろう。
でも全体としては、そっちの方がスムーズな展開だったんじゃないかと思うぞ。

希が男子とのフィジカル差に関して弱気な発言をした時、佐和は「ノンちゃんは誰よりも練習して、誰にも負けない技術とファンタジーを作り上げた」と励ます。
だけど、強引なドリブル突破に固執するような奴のプレースタイルを「ノンちゃんのフットボールには夢がある」と評するのは違うよ。
ドリブル突破が悪いとは言わないけど、周りを見ないでワンマンプレーに走るのはダメでしょ。快速ドリブラーとして有名なギグスやロッベンだって、いつも強引な突破に固執していたわけじゃないからね。状況を判断して、ちゃんとパスとドリブルを使い分けていたからね。
希は自分が気持ち良くなるためにしかプレーしておらず、チームスポーツとしての意識が著しく欠如しているように感じるのよ。
監督も、フィジカルの問題を指摘する前に、独りよがりのプレースタイルを注意する方が先なんじゃないかと。

あと、男子と女子でサッカーのレベルの大きな差があることは、紛れも無い事実なのよね。これは単にフィジカルだけじゃなくて、技術面でも差があるのだ。だから、例えば女子代表は練習試合で男子高校生のチームと対戦することも多い。それぐらいじゃないと、対等の戦いが出来ないのだ。
それと、佐和は「フィジカルごり押しのサッカーなんてつまらない」と言うけど、フィジカルの伴わない技術なんて試合じゃ何の役にも立たないからね。
安昭に「サッカーはフィジカルだ。女のお前に敵うわけがない」と言わせているし、たぶん作品としてはフィジカル至上主義を否定したいんだろう。だけど現代サッカーにおいて優れた技術とファンタジーを見せている一流の選手は、みんな強いフィジカルの持ち主なのよ。
「フィジカルでゴリゴリに押すサッカーはつまらない。華麗なフットボールを見せたい」ってのが希の考え方みたいだけど、それはフィジカルが足りない奴の言い訳にしか聞こえないのよ。

希も男女のフィジカル差という問題は実感していて、だからこそ「今の間に何とか勝負したい」という強い思いがあるんだろう。だけど、もう中学生の段階でも、女子が男子に勝つのは難しいと思うんだよねえ。
「女でも男に負けない」ってのを描きたいんだろうけど、どこかリアリティーの欠如を感じずにはいられない。それこそファンタジーじゃないかなと。
自分より下手だった男たちにサイズや筋肉の差で勝てなくなり、悔しい気持ちになるのは分かる。ただ、現実を受け入れなきゃいけなくなる時もある。
希は「怪我したって構いません」と言うけど、部活って学校教育の一環だし、何かあったら監督責任を問われるので、テメエが良ければOKって問題じゃねえのよ。

希は「必ず新人戦に出て安昭を潰してやる」と心に誓い、練習に熱を入れる。そんな彼女の頑張りを見た佐和は全力でサポートし、鉄二と薫も出場させてやりたいと思うようになる。
だけど鮫島が公式戦に出さない理由は既に説明されており、その決定が覆らないことは分かり切っているわけで。なので、それでも希が「新人戦の登録メンバーに入ってやる」と頑張る様子を見せられても、「いや無駄だから」と冷めた気持ちになっちゃうんだよね。フィジカルで男子に対抗できるぐらいに変貌するわけじゃないんだし。
だから紅白戦でドリブル突破しようが、得点を決めようが、関係ないわけで。
メンバーから外され、悔しくて泣く姿を描いて、同情させようとしているんだろうとは思うよ。
でも冷たいかもしれないけど、「いや外されるのは分かってたから」としか思わないのよ。

希は新人戦で安昭と戦う目的を果たすため、順平をトイレに閉じ込めて彼に成り済ます。
だけど、順平だって新人戦に出て活躍したい思いは持っていたはずで。そんな彼の出場機会を監禁という方法で奪い、代わりに自分が試合に出るってのは、ただの卑劣な奴でしかないぞ。そんな形で目標を実現しても、ちっとも応援できないぞ。
自分が出るためなら弟を平気で犠牲にするって、どんだけ身勝手なんだよ。
そういう行動を取っちゃうと、もはや「男女差別が云々」という問題は完全に消えるぞ。

あと、鮫島は後半に入ってすぐに希が出ていると気付いて交代選手も用意させたんだから、さっさとピッチから下げろよ。なんでゴール前の競り合いで倒れて意識を失ったのに、そのまま出場させるんだよ。
テメエが「公式戦と紅白戦は違う」と当たりの強さを説明し、危険性を話していたのに、なんで交代させないんだよ。
しかも、もはや単に「女子だから」ってことじゃなくて、飛ばされて頭を打ち、一時的に意識を失っているんだぞ。それは男子だとしても交代させるべき状態じゃないのかよ。
怪我を負ったままプレーを続けることも正当化しているし、この映画が手放しで称賛するサッカー論は何から何まで賛同できないことばかりだぞ。

(観賞日:2022年3月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会