『おとうと』:2010、日本

高野小春の母・吟子は大阪で生まれ育ち、東京の薬科大学に進んだ。そこで出会った男と結婚し、2人は東京郊外で薬局を営み、やがて娘 の小春が産まれた。小春が小学生の頃、体の弱かった父は亡くなった。母の弟である叔父の鉄郎が時々大阪から上京し、小春を可愛がった 。小さい頃の小春は、旅役者を自称する鉄郎のことが大好きだった。しかし成長すると共に、まるで成長しない彼のことが疎ましく思える ようになった。問題ばかり起こして親戚の鼻つまみ者になっていた鉄郎は、5年前の父の13回忌にひょっこり現れ、お酒を飲んで大暴れし 、吟子に叱られたのを最後に行方知れずとなった。
現在、吟子は娘の小春、義母の絹代の3人で暮らし、高野薬局を営んでいる。小春は大学病院勤務のエリート医師・寺山祐介との結婚が 決まっており、吟子は鉄郎にも招待状を出した。しかし結婚式の前日、招待状は宛先不明で返ってきた。同じ商店街で歯科医をやっている 遠藤先生と丸山自転車の主人が、揃って薬局にやって来た。2人は商店街を代表して、お祝いを届けに来たのだ。その夜、絹代は鉄郎が 結婚式に来ないと知って安堵し、小春に「お婆ちゃん、大嫌いなの、あの男」と告げた。
結婚式の当日、会場には吟子の兄・庄平と妻もやって来た。披露宴が和やかに進む中、羽織袴の鉄郎が会場のホテルに駆け込んできた。 ホテルの従業員から知らせを受けた吟子と庄平は、ロビーに出て鉄郎と会った。吟子に「入ってもらってもいいでしょ?」と言われた庄平 は、鉄郎に酒を飲むなと釘を刺した。鉄郎は「分かってる」と約束するが、吟子と庄平が目を離した隙に酒を飲んだ。泥酔した彼は、祐介 に話し掛けたり、他のテーブルに行って一気飲みしたり、勝手にマイクを握って浪曲を披露したりした。
披露宴が終わった後、吟子と庄平は新郎の両親に謝罪するが、さんざん文句を言われ、「ああいう変な身内のDNAをウチの孫が引き継ぐ というのは、いい気がしない」と辛辣な言葉を浴びせられた。庄平は吟子に、鉄郎と縁を切ると宣言する。吟子は「お祝いをするために 来たんだから」と鉄郎を擁護するが、怒り心頭の庄平は「こいつの身になんかやってやる必要は無い」と吐き捨てた。
翌朝、結婚式での行動をほとんど覚えていない鉄郎に、吟子は注意する。鉄太は「またやってしもたんか」と漏らす。何をやっているのか 尋ねると、大衆演劇の方はサッパリで、たこ焼きを売って稼いでいるという。鉄郎はパチンコで所持金を全て使い果たしてしまい、大阪に 帰ることも出来なくなった。夜遅くに戻った鉄郎に女がいると聞いて、吟子は喜んだ。結婚はしていないと語る鉄郎に、彼女は大衆演劇を 諦めて所帯を持つよう勧めた。翌朝、出て行く鉄郎に、吟子は電車賃を渡した。
小春と祐介の結婚生活は長く続かず、すぐに破綻を迎えた。小春が実家に戻って来ると、吟子は「貴方はもう他の家の奥さんだから、理由 も訊かず家に泊めるわけにはいかない」と言う。小春は、運転免許を取るためお金を出してもらおうと思ったら「そういうものは嫁入り 仕度としてしておくものだから、費用は実家から出してもらえ」と言われたこと、歯医者で差し歯をして保険が効かなかったら「なぜ 結婚前に手入れをしておかないのか」と叱られたことを吟子に語った。
小春が店番をしていると、工務店で働く幼馴染みの長田亨が訪れた。洗面所のドアの具合が悪いので見てくれと、吟子に頼まれたのだ。 その吟子は、祐介の病院へと出掛けていた。吟子は祐介に会い、小春と向き合って話し合う時間を作るよう促す。だが、「向き合って何の 話をするんですか。そんな暇なんてあるわけがない」と、祐介は冷淡な態度を取った。しばらくして、小春の離婚が成立した。
ある夏の日、鉄郎の恋人だという女性・大原ひとみが高野薬局にやってきた。鉄郎と4月の頭から3ヶ月も連絡が取れないという。彼女は 鉄郎に130万を貸しており、証拠として彼直筆の借用書を見せた。そこには「返さい期限六月十五日」と書かれていた。さらに彼女は、 一緒に白浜へ行った時の写真を見せた。ひとみは吟子に「全部とは言わんけど、せめて3分の1ぐらいはどなうかなりませんかなあ」と 遠慮がちに頼んだ。吟子は預金を引き出し、ひとみに渡した。
しばらくして、鉄郎が店に現れた。能天気な態度でお土産のアイスを差し出す弟を、吟子は険しい態度で招き入れる。吟子の様子から全て を察した鉄郎は、「金の貸し借りというても痴話ゲンカみたいなモンや」と悪びれることなく言い訳をする。それを聞いていた小春は、 「叔父さんのせいでお母さんは肩代わりをしたのよ。謝ったらどうなの」と怒鳴る。すると吟子は「お金のことはもういいの。私は捨てた つもりだから」と口にした。
鉄郎が「なんで、ひとみの言うこと真に受けたんや。あいつ、ちょっとアホやねん」と言うと、吟子はビンタを食らわせて絶縁を言い渡す 。続けて小春も「出て行って」と言い放った。鉄郎が「名付け親に向かって、なんちゅう口の利き方や」と告げると、小春は「付けてくれ と頼んだわけじゃないし、こんな古臭い名前は嫌だった」と言う。鉄郎はアイスの箱を投げ付けて怒鳴り付け、完全に逆ギレした態度で 「さよか、これで終わりっちゅうことか」と悪態をついて去った。
それ以来、鉄郎の消息はぷっつりと消え、歳月が過ぎる内に思い出すことも無くなっていった。そんな中、大阪の警察から、鉄郎が救急車 で病院に運ばれたという連絡が届いた。吟子は密かに、大阪の警察に捜索願を出していたのだ。最後に家に来た時に顔色が悪かったので、 病気を多く抱えているんじゃないかと心配していたのだ。小春が「どうしてそんなに心配するの。私の中ではとっくに消えてるのよ」と 大阪行きを反対すると、吟子は「貴方のお父さんが叔父さんに名付け親になってもらうと言った時、私は反対したのよ。でも、たまには 鉄郎君に花を持たせてやろうって、そう言ったの」と語った。
吟子は大阪へ行き、警官に鉄郎の元へ案内してもらう。警官によると、鉄郎はガンが転移した上に複数の病気が重なっており、何ヶ月も 持たない状態となっていた。病院では長期入院が出来ないため、民間のホスピスである「みどりのいえ」が引き取ることを承諾したという 。そこは、身寄りの無い人の最期を看取るための施設だ。所長の小宮山進によると、鉄郎は自分の死期を知っており、自分で4月7日と 決めているらしい。
小宮山の妻・千秋が吟子の元へ来て、鉄郎が会いたくないと言っていることを伝えた。それでも吟子が会いに行くと、惨めな姿を見せたく なかった鉄郎は「帰ってくんなはれ。もう堪忍や」と漏らした。吟子は、鉄郎が入所前に借りていたアパートを訪れた。大家は、鉄郎が鳥 を飼って放置していること、家賃を払っていなかったことを語り、「災難ですわ、あんなん店子にして」と愚痴った。吟子は「請求書を 作ってください、お支払いしますから」と告げた。彼女は大阪に留まり、翌日に弟の面倒を見てから東京へ戻った…。

監督は山田洋次、脚本は平松恵美子&山田洋次、製作代表は大谷信義&加藤進&上松道夫&佐藤孝&久松猛朗&千佐隆智&古屋文明& 冨木田道臣&喜多埜裕明&大月f&水野文英&吉田鏡&木下直哉、製作総指揮は迫木淳一、製作は野田助嗣、プロデューサーは深澤宏& 山本一郎&田村健一、撮影は近森眞史、編集は石井巌、録音は岸田和美、照明は渡邊孝一、美術は出川三男、音楽は冨田勲、 音楽プロデューサーは小野寺重之。
出演は吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優、加瀬亮、小林稔侍、森本レオ、芽島成美、田中壮太郎、キムラ緑子、笹野高史、小日向文世、 横山あきお、近藤公園、石田ゆり子、加藤治子、ラサール石井、佐藤蛾次郎、池乃めだか、中居正広、佐藤泰、北山雅康、石塚義之、 那須佐代子、藤田宗久、遠藤剛、筒井巧、横森文、松野太紀、立花一男、 中寛三、井口恭子、青山眉子、高橋ひろ子、しまぞう、松浦金作、二橋進、ほりじ、平井真美子、小野香織、森下千帆、橋葉幸恵、 渡辺寛二、高義治、三谷侑未、井上夏葉、高松潤、八柳豪、渡邊泰人、久保田雪月、成瀬労、菅登未男、加藤四朗、五頭岳夫、近澤可也、 西井隆詞、大塚麻恵、葉月しの、江口真帆、きの屋精章、大庭利恵、小森麻由、椋野修一、静勇次郎、竹田一彦、吉川八重子、山本美恵、 キャロル・サック他。


山田洋次監督が『十五才 学校IV』以来、10年ぶりに手掛けた現代劇。
クロージング・クレジットの最後に「市川崑監督『おとうと』に捧げる」という文字が出るように、1960年の映画『おとうと』に オマージュが捧げられている。
吟子を演じるのは、山田監督の前作『母べえ』に続いての出演となる吉永小百合。鉄郎を笑福亭鶴瓶、小春を蒼井優、亨を加瀬亮が演じて いる。
他に、庄平を小林稔侍、遠藤を森本レオ、庄平の妻を芽島成美、祐介を田中壮太郎、ひとみをキムラ緑子、丸山を笹野高史、小宮山を 小日向文世、鉄郎のホスピス仲間を横山あきお、ホスピスの医師を近藤公園、千秋を石田ゆり子、絹代を加藤治子、丸山の息子・健太を 石塚義之が演じている。また、鉄郎に披露宴会場を尋ねられるホテルの従業員役で、中居正広が出演している。

吟子は関西弁を全く喋らないし、兄の庄平も設定が東京暮らしなのかどうか知らないが、たまに関西弁のイントネーションが混じるものの 、基本的には標準語だ。
2人とも鉄郎と喋る時だけ、関西弁になる。
なぜ大阪出身の設定にしたのか、理解に苦しむ。
それは「笑福亭鶴瓶が関西弁なので」ということなんだろうけど、鶴瓶の起用が最優先だったのなら、ヒロインも関西弁を喋らせるべきだ 。
吉永小百合を主演に据えるのなら、弟役を標準語の話せる俳優に変更すべきだ。
ただ、吉永小百合って関西出身じゃないけど、実は若い頃に出演した日活映画で上手に関西弁を話していたりするんだよね。だから、彼女 を起用しても、その気になれば関西弁を喋らせることは出来たはずなんだよな。

鉄郎は問題ばかり起こして親戚の鼻つまみ者になっている設定なので、小春の結婚式でどんな暴れっぷりを見せるのかと思ったら、スープ の飲み方が下品だとか、いきなり新郎に話し掛けるとか、他のテーブルに行って一気飲みするとか、友人たちの応援パフォーマンスに参加 するとか、勝手にマイクを握って浪曲を披露するとか、泥酔して眠り込んだ時にテーブルを引っくり返すとか、その程度だ。
その程度のこと、そんなにボロクソに言われることもないだろ。
絶縁を言い渡すほどメチャクチャってわけでもない。あんなの、笑い話で済むレベルであり、それを深刻に受け止めるのは、新郎サイドの 対応が固すぎる。
この時の新郎が亨だったら、たぶん笑って済ませていただろうし、それで離婚することも無かっただろう。
その新郎サイドもそうだし、商店街の面々もそうだが、かなり現実離れした世界観を感じる。
現代劇のはずなのに、昭和の時代、古き懐かしき時代のような匂いを感じる。

ただし、結婚式での鉄郎の態度は「それほどでもない」という程度だったが、だからといって彼に好感が持てるかというと、そうではない 。
むしろ、もっとハチャメチャに暴れてくれた方がマシだったかもしれない。
彼は絶妙な按配で、「単に不愉快な人」になっている。
鉄郎だけでなく、そんな弟を甘やかし、「ひとみさんのことでケンカしたけど、根に持っているなら勘弁してちょうだい」と自分から 謝ってしまうような吟子にも全く共感できない。
とにかく、この映画は魅力的な人物が真ん中に位置していないってのが痛い。

吟子が「夫から言われたことがある。上の2人は鉄郎を踏み付けにして成長してきたんじゃないか。彼は子供の頃から一度も誉められた ことが無いんじゃないかと。それ以来、鉄郎には負い目を感じている」と語るシーンがあるが、そんなセリフを用意されても、鉄郎に同情 しようという気持ちは生じない。
「酒と博打狂いで嘘つきで言い訳番長で何一つ良いところの無かった男が死にました」という話で、どこに感動すればいいのか 分からない。
何となく山田監督は、鉄郎というキャラに『男はつらいよ』の寅さんを投影しているように思えるのだが、しかし寅さんは迷惑がられる こともあったが、人情味に溢れる男だった。
それに対して鉄郎は、単純に不愉快なだけだ。「この映画を通じて寅さんの最期を描く」という裏目的があったのかもしれんが、「寅さん がホスピスで看取られる」という『男はつらいよ』の最終話をイメージしたら、そんなのイヤすぎる。

小春は「叔父さんの起こした騒ぎが、私たちの結婚生活に影を落としたことは否定できない」とナレーションするが、そうは 思えない。
あの程度の騒ぎを甘受できないような連中なら、最初から結婚生活が上手くいかなかったであろう。
小春か受けた仕打ちの説明を聞いても、それは「育ってきた環境が違うから上手くいかない」とか、「価値観が違う」とか、そういう問題 じゃない。
ただ単純に、祐介の性格が悪いのだ。
で、そうなると、「小春、そんな性格の悪い男を見抜けずに結婚を選んだのか」ということになってしまう。

小春の結婚の破綻は、「夫が忙しくてすれ違いの生活になってしまう」とか、そういう風に「どちらが悪いわけでもない」という設定に しておけばいいのに、山田監督は、祐介を悪玉として描く。
そこを善悪に言論で明確に色分けするのは理解に苦しむ。
それは手法が古臭いとか、そういうことでもない。
そこには「小春の相手を悪者にする」ということではなく、「医者を悪玉として描く」という意識がある。
山田監督の左翼的な考え方が出ているということなんだろう。

終盤に入ると「みどりのいえ」という施設が登場するが、大阪にあるはずなのに、所長夫婦も医者も、みんな標準語だ。 そこに関西弁を喋る俳優を配置しないのは、完全に手抜きだぞ。
しかし、その一方で、ホスピスの説明は詳細に行われる。
正直、本筋からすればどうでもいいようなこと、全く無意味なことの説明に時間が割かれている。
なぜか終盤に入って、本作品は民間ホスピスの啓蒙番組へと変貌を遂げている。
前半で大病院の医者を悪玉にしているのも、そのためのネタ振りだったのだ。

みどりのいえは、「居心地の良い場所であり、働いている人々は親切で、金銭面でも入居者や家族に負担が掛からない」という、とても 素晴らしい施設として描かれている。
帰宅した吟子は、小春の前でみどりのいえを絶賛する。
エリート医者は悪人で、民間のNPOは善人という、呆れるような分け方になっている。
しかし個人的には、この民間ホスピスの描写は、ちょっと気持ちが悪かったぞ。

(観賞日:2010年11月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会