『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』:1997、日本

満男はセールスの仕事で地方都市を訪ね歩いており、旅先で安いビジネスホテルに泊まることもある。そんな時、彼は決まって伯父である寅さんのことを思い出す。その日も彼は、地方の駅で列車を待つ間、「今頃、何をしているんだろう。僕と同じようにトランクを提げて旅をしているのだろうか」と寅さんのことを思っていた。彼が「会いたいなあ」と心で思っていると、向かいのホームに寅さんが現れた。驚いた満男だが、列車が通過すると、寅さんの姿は消えていた。
寅さんは年中、女の人に恋をして、そして必ず振られる。満男が物心付いた時からも、寅さんはたくさんの女性を柴又へ連れて来た。満男が最初に記憶しているのはリリーだ。寅さんは旅先でリリーと出会い、仲良くなった。良く喧嘩もしたが、満男は2人が愛し合っていたんじゃないかと思っている。満男の母・さくらが「冗談よ」と前置きしたうえで、リリーに「お兄ちゃんの奥さんになってくれたらどんなに素敵だろうなって」と告げたこともあった。
印刷したポスターを届けるために小岩のキャバレーへ出向いた博は、リリーと遭遇する。博が声を掛けると、リリーは嬉しそうな表情を浮かべた。リリーから寅さんのことを訊かれた博は、「相変わらずです」と答える。リリーは今もドサ周りの歌手を続けており、今夜も近くのキャバレーに出演するという。博は「良かったら、終わってからでも来ませんか」と誘った。リリーは喜ぶが、「今夜、自動車で大阪に行くの。その仕事が終わったら、今度は九州」と言う。
リリーは「皆さんによろしくね」と告げて立ち去ろうとするが、振り返って「たまには帰ってくる?寅さん」と訊く。博が「ええ、思い出したように」と言うと、彼女は「リリーが逢いたいって、とっても逢いたいって、そう言ってたって言って」と述べた。とらやに戻った博が、おいちゃんたちにリリーのことを話していると、寅さんから電話が掛かって来た。さくらが受話器を取ると、寅さんは上州の食堂にいて、これから仲間と旅に出るという。さくらがリリーの言葉を伝えると、寅さんは「上手いこと言うなよお前。どうせあいつはいい男捕まえて、幸せにやってんだろ」と言う。話を続けようとした寅さんだが、十円玉が足りずに電話が切れてしまった。
1ヶ月後、さくらと博、おいちゃんとおばちゃん、そして満男は、とらやを休業して出掛ける準備をしている。水元公園の菖蒲が綺麗だというので、弁当を持って見に行くのだ。だが、寅さんが戻って来るのを見つけた一同は、休業の張り紙を慌てて剥がし、弁当や水筒を隠す。寅さんがとらやに到着したところへ、速達の封筒が届いた。寅さんは封筒を受け取り、さくらたちに挨拶する。タコ社長が来て「まだ行かなかったのかい、水元公園」と口にしたので、寅さんにピクニックのことがバレてしまった。
さくらが事情を説明すると、寅さんは「みんなで水元公園へ出掛けようって矢先に、厄介者がバカ面下げて帰って来たってわけか」と不快そうに言う。さくらが「せっかく帰って来たお兄ちゃんに、留守番しててくれなんて言えないでしょう?」と話すと、寅さんは「どうしてそういう気の遣い方するんだよ。素直に頼まれりゃあ、気持ち良くお前たちのことを送り出してやれるんだよ」と文句を言った。
寅さんが拗ねた態度を取るので、さくらは説教する。不貞腐れた寅さんは、速達を投げて出て行こうとする。速達の宛名を見たさくらは、「これ、お兄ちゃん宛よ」と告げる。寅さんは差出人がリリーだと知り、文面を読むよう促す。さくらが手紙を読むと、リリーが歌っている途中で吐血して病院に運ばれたこと、病気を患っていることが記されていた。リリーは「先生は気の持ち方で必ず良くなるってそう言うけど、生きてたってあんまりいいことなんか無いしね。別に未練は無いの。ただ一つだけ、もう一遍、寅さんに会いたかった。寅さんの面白い冗談を聞きたかった、それだけが心残りよ」と綴っていた。
寅さんはリリーの所へ行こうと店を飛び出すが、病院の場所さえ分かっていない。さくらは彼を追い掛け、病院が沖縄県那覇市にあることを教える。「どうやって行くんだ」と狼狽する寅さんに、さくらは「立ち話じゃ無理よ。とにかく、みんなで相談しなきゃ」と告げる。寅さんはとらやに戻り、博たちが沖縄へ行く方法を考える。船で行く方法を提案された寅さんは、「もっとなんか早く行ける方法さあ、誰かねえかよ。リリーが死んじまうよ」と焦る。しかしタコ社長が「飛行機で行きゃあいいじゃないか、羽田から」と言うと、寅さんは「飛行機はダメ」と拒否する。おいちゃんは「高い所が恐いんだよ、ガキの時分から」と理由を説明した。
近所の人たちが来て寅さんを説得し、博が那覇行きの航空券を購入した。しかし翌朝、さくらと博が羽田空港まで送って行くと、寅さんは搭乗を拒んだ。博が説得しても、彼は柱にしがみついて離れようとしない。しかしスチュワーデスが通り掛かると、寅さんは声を掛け、鞄を持って付いて行く。とらやに戻ったさくらと博は、通り掛かったスチュワーデスが事情を聞いて「私なんか毎日乗ってるんですよ、一緒に行きましょう」と誘うと、寅さんが二つ返事で付いて行ったことをおいちゃんたちに話した。
フラフラの状態で那覇空港に到着した寅さんは、バスに乗り込み、たがみ病院へ向かった。病室に入った彼は、リリーの差し出した腕を握る。リリーは嬉し涙をこぼし、寅さんに抱き付いた。寅さんは「よしよし、寂しかったんだろう、一人ぼっちでな。もうオレが付いてるから大丈夫だ」と彼女を励ます。彼はリリーに、さくらたちから預かったお見舞いの品物を見せた。寅さんは夕方までリリーに付き添い、食事を食べさせてやった。面会の終了時間が近付くと、彼は看護婦に「また明日の朝早く来ますから。リリーのこと、一つよろしくお願いします」と告げ、病院を後にした。
寅さんは安い宿に泊まり、商売をしながらリリーの病室に通った。やがてリリーは退院し、寅さんは本部(もとぶ)の町の海岸沿いにある国頭家の離れを借りて、彼女と一緒に暮らし始める。国頭家の母屋には、母のフミ、長男の高志、その妹・富子が住んでいる。ある日、リリーは寅さんに、富子から「2人は夫婦か」と訊かれたことを話す。「それでお前、何て言ったの?」と寅さんが尋ねると、リリーは「まだ式は挙げてないよって、そう答えた」と言う。
寅さんが動揺しながら「その物の言い方は誤解を招くんじゃないかなあ」と口にすると、リリーは「一度聞きたかったんだけど、今までに誰かと所帯持ったことある?」と問い掛ける。寅さんが「そういう過去は触れない方がいいんじゃねえの」と誤魔化すと、リリーは「私はあるよ、所帯持ったこと。寅さん、どうなのさ」と改めて質問する。寅さんは「こっちがいいなあって思っても、向こうが良くないなあと思う事があるしさ。ようするに、いつも振られっ放しっていうことだよ」と述べた。
翌朝、寅さんはリリーに何も言わず、一人で外出した。暑さに参った彼は、車で通り掛かった高志に声を掛けられた。海洋博へ仕事に行くという彼に、寅さんは「そこ涼しいか」と訊く。「ああ、水族館なら涼しいけど」と高志が言うと、彼は「その涼しいとこ、ちょっと連れてってくれや」と車に乗り込んだ。国営沖縄海洋博覧会記念公園に到着した寅さんは、イルカの調教師・山里かおりに目を奪われ、彼女と親しくなった。
次の日、寅さんは漁港へ行き、高志を捜す。フミに尋ねると、「仕事休んでよ、リリーさん病院連れて行くと言って出掛けた」という答えだった。リリーは高志に車で歓楽街を巡ってもらい、歌わせてくれるキャバレーを探す。しかし不景気のせいで、仕事は見つからない。一方、寅さんはかおりに会うため、海洋博覧会記念公園へ出掛けた。その日は休みだったので、かおりは仲間と一緒に水槽を掃除していた。作業が終わった後、寅さんはかおりたちとオクマ・ビーチへ行き、一緒に楽しく踊った。
その夜、寅さんはかおりと話しながら、国頭家へ戻って来た。かおりが連絡船に乗るために去った後、寅さんは離れに入った。リリーから「誰、今の女の子?」と問われた彼は、「ああ、その辺でちょっと会ってさ、うん、冷たい物か何かおごってやったら喜んでた」と嘘をついた。寅さんが「今日、病院行ったんだろ、医者、何だって?」と訊くと、リリーは「だいぶ良くなったって。だからね、明日から働くことにした」と話す。寅さんは「そんなことしたら元も子も無くなっちゃうぞ」と反対する。
寅さんが「よせよ。それよりお前はね、この庭でさ、花でも眺めてブラブラしてればいいんだよ」と言うと、リリーは「もうお金無いの。どうやって食べてくの?」と口にする。「オレが何とかしてやるよ」と寅さんが告げると、リリーは「嫌だね。男に食わしてもらうなんて真っ平」と言う。寅さんが「水臭いこと言うなよ。お前とオレとの仲じゃねえか」と述べると、彼女は「でも夫婦じゃないだろ。夫婦だったら別よ。でも違うでしょう」と語った。
寅さんが狼狽しながら「バカだねえ、お前。お互いに所帯なんか持つ柄かよ。真面目な面して変なこと言うなよ」と言うと、リリーは「アンタ、女の気持なんか分かんないのね」と漏らし、目に涙を浮かべる。そこへ高志が来て、リリーに渡し忘れていた薬を差し出した。「寅さん、今日も水族館に行ったんですか」と高志が訊くと、寅さんは嬉しそうに「せっかく行ったのに休みでよ。娘たちにね、海水浴引っぱり回されてさ、大散財だよ」と言う。リリーは「結構だねえ。私たちが仕事探してあちこち歩いている間に、アンタは娘っ子といちゃついてたのか。男なんて身勝手なもんだ」と不愉快そうに告げる。
寅さんが「嫉いてんのか」と苛立ちを示すと、リリーは「嫉くほどの男か」と言い返す。2人が言い争いを始めたので、高志は寅さんに「リリーさんは病気が治ったばかりじゃないか。なんでもっといたわってあげんのだ」と批判の言葉を告げる。寅さんは「てめえ、リリーに惚れてんな」と言い、高志に殴り掛かる。リリーが止めに入り、高志は走り去った。「私のために来てくれたんじゃなかったの」とリリーが言うと、寅さんは無言で出て行った。翌朝、寅さんが目を覚ますと、リリーは置き手紙を残して姿を消していた…。

原作&監督は山田洋次、脚本は山田洋次&朝間義隆、製作は島津清、企画は高島幸夫&小林俊一、撮影は高羽哲夫、美術は出川三男、録音は鈴木功、照明は青木好文、編集は石井巖、音楽は山本直純。
主題歌『男はつらいよ』作詞:星野哲郎、作曲:山本直純、唄:八代亜紀。
出演は渥美清、浅丘ルリ子、倍賞千恵子、吉岡秀隆、笠智衆、江藤潤、下条正巳三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、中村はやと、佐藤蛾次郎、新垣すずこ、比嘉山美也子、金城富美江、間好子、伊舎堂正子、伊舎堂千恵子、津嘉山正種、笠井一彦、羽生昭彦、木村賢治、篠原靖夫、喜田晋平、一氏ゆかり、光石研、土田桂司、高木信夫、秩父晴子、谷よしの、後藤やつこ、酒井栄子、川井みどり他。


『男はつらいよ』シリーズの特別篇。
寅さんを渥美清、リリーを浅丘ルリ子、さくらを倍賞千恵子、現在の満男を吉岡秀隆、御前様を笠智衆、高志を江藤潤、おいちゃんを下条正巳、おばちゃんを三崎千恵子、博を前田吟、タコ社長を太宰久雄、源公を佐藤蛾次郎、かおりを新垣すずこ、イルカスタジオのアナウンサーを比嘉山美也子、富子を金城富美江、フミを間好子、病院の老婆を伊舎堂正子、看護婦を伊舎堂千恵子、知念を津嘉山正種が演じている。
渥美清が歌っていた主題歌は八代亜紀が担当しており、アレンジも違う。

渥美清が1996年8月に死去したため、シリーズは第48作で終了となったが、その翌年に49作目の映画として公開された。
これまでの作品の内、マドンナの中で最も人気の高いリリーと寅さんの関係に的を絞った総集編的な内容として作られている。
『寅次郎ハイビスカスの花』はシリーズ第25作のタイトルだが、それ以外にも第11作『寅次郎忘れな草』と第15作『寅次郎相合い傘』の映像が使われる。
満男が寅さんを回想する形式となっており、新撮シーンも盛り込まれている。

不可解なのは、満男が冒頭で田舎の駅におり、「僕の仕事はセールスだ。サンプルを詰めた鞄を担いで、鈍行列車に乗り、地方都市を訪ねて歩く」というナレーションが入ること。
いやいや、満男ってそんな仕事じゃなかったはずでしょ。
満男は光陽商事という靴会社の営業マンだけど、東京のデパートなんかに靴を売り込んだり運んだりするのが仕事であり、第47作で就職して以降、その作品でも第48作でも、地方回りなんてやっていなかったでしょうに。
「旅先で安いビジネスホテルに泊まることもある。そんな時、僕は決まって伯父さんのことを思い出す」というところへ繋げたいからって、急に仕事の中身を変更するなよ。

シリーズで初めてCGが導入されており、それも公開された当時はセールス・ポイントの1つとなっていた。
満男が国府津駅にいる時、向かいのホームに寅さんの幻影が現れて語り掛けるというシーンが、それに該当する。
でも、これってCGと呼べるのかな。ただの合成にしか思えないが。
それはともかく、わずか十数秒で終わるし、特に大きな意味があるシーンにもなっていないし、少なくともセールス・ポイントに出来るようなモノではないなあ。

表向きは「熱烈なファンの要望を受けて作られた」ということになっているが、まあ松竹が「もう一稼ぎ」と考えて製作したんだろうな。
こんなモノがファンのための作品とは到底思えない。
むしろ、ファンをバカにしたような映画である。
松竹が『男はつらいよ』シリーズのファンを心底から大切に思っているのであれば、こんな無意味で無価値な映画(と言い切ってしまおう)など作らないはずだ。

第11作や第15作の映像も使われているとか、新撮シーンもあるとか、そんな風に上述したが、中身の大半は『寅次郎ハイビスカスの花』で、『寅次郎ハイビスカスの花 音響リニューアル版』と言ってもいい。
だけど、リリーの出演作の中でファンからの人気が最も高いのは『寅次郎ハイビスカスの花』じゃなくて『寅次郎相合い傘』だと思うんだが。
山田洋次監督が最も好きなのが『寅次郎ハイビスカスの花』だから、それをメインに据えた総集編にしたらしいけど、その時点でファンのことなんて無視していると言えるんじゃないか。
大体さ、満男が寅さんのことを回想するところから始まっているのに、描かれているのは彼が知らない出来事が大半なんだよな。 満男は寅さんがリリーと旅先で会った時の出来事も、沖縄でリリーと暮らしていた時の出来事も、全く見ていないはずでしょうに。

っていうか、実際は「満男が寅さんとリリーを回想する」という流れじゃないんだよな。
冒頭では満男が寅さんとリリーのことを語るが、オープニング・クレジットが終わると、いきなり『寅次郎ハイビスカスの花』の本編に突入する。だから、それが過去の出来事だということさえ分かりにくい。
さくらがとらや(くるまや)へ赴いた時、最初は「現在の柴又」ってことかと思ったんだけど、そうじゃないんだよな。
で、再び満男のいる「現在のシーン」に戻るのは、最後の1分程度。
それは構成として、いかがなものかと思うぞ。

それに、ファンが寅さんとリリーのことを振り返りたければ、2人の思い出に浸りたければ、それこそ『寅次郎ハイビスカスの花』や『寅次郎忘れな草』、『寅次郎相合い傘』、それに最終作となった『寅次郎紅の花』を観賞すればいいだけのことだ。
この映画をわざわざ観賞する意味など、どこにあるのか。
意味があるとすれば、それは新撮シーンに見出すしか無いだろう。
だが、そこに何か「この映画を見なければならない」「この映画を是非とも見たい」と思わせるモノがあるだろうか。
そんなモノは、何も無いのである。

「これまで『男はつらいよ』シリーズを見たことが無い初心者向きとして、総集編的な作品があれば便利ではないか」と思う人がいるかもしれない。
しかし初心者がいきなり本作品を観賞してしまったら、ほぼ間違いなくシリーズの本質を見誤るだろう。
なぜなら、本作品は「シリーズ全体の総集編」ではないからだ。
リリーとの関係に絞っているので、寅さんがモテている部分しか描かれていないのだ。
ちなみに、『男はつらいよ』シリーズの初心者に対して真っ先に観賞をオススメする作品は、そりゃあ絶対に第1作だよ。

(観賞日:2013年8月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会