『男はつらいよ 幸福(しあわせ)の青い鳥』:1986、日本

寅さん、さくら、博、源公、満男の5人は、幸せを呼ぶ青い鳥を見つけるための旅を続けていた。しかし一向に見つからず、さくらたちは疲労困憊になっていた。みんなが柴又へ帰ろうと考える中、寅さんだけは意欲を失っておらず、「もうすぐ青い鳥は見つかるぞ」と元気に言う。そして寅さんは青い鳥を捕まえ、満男の駕籠に入れる。すると鳥籠が一行を洞窟へと誘導した。その洞窟を抜けると、美しい光景が広がっていた。それは全て、列車の中で転寝している寅さんの見た夢だった。
寅さんは1年ぶりに、とらやへ電話を入れた。店に来ていたあけみが受話器を取り、相手が寅さんだと知って大喜びした。電話を代わったさくらに、寅さんは山口県で商売をしていることを話した。寅さんは仲間のポンシュウが出し物にしているコンピューター占いの機械に近付き、軽い気持ちで占ってみた。「南の方角に素晴らしい出会いが待っている」という紙が出て来たので、寅さんは九州へ行くことにした。船に乗る時にテキ屋仲間のキュウシュウと遭遇した寅さんは、軽く会話を交わして別れた。
福岡県の嘉穂劇場に立ち寄った寅さんは、そこで働いてる用務員に声を掛け、「炭鉱が盛んだった頃、オレも良くここへ来たもんだよ」と懐かしそうに言う。寅さんが雪駄でツケ打ちをやると、男は飛び六方から大見得を切ってみせた。寅さんは、ひいきにしていた中村菊之丞という座長について彼に尋ねた。「確か筑豊の出だって聞いたんだけどな」と寅さんが言うと、男は「直方(のうがた)の生まれたい」と告げ、菊之丞が今年の夏に死んだことを告げる。彼は「葬式に人の集まらんで、ほんに寂しかった」と口にした。
菊之丞の家を訪ねた寅さんは、その娘である美保と久しぶりに再会した。寅さんは美保の案内で菊之丞の家を訪れ、思い出話を語る。美保は寅さんに、父の看病で精神的に疲弊したことを語る。寅さんは美保から、彼女がコンパニオンとして良く出向いている旅館「かどや」を紹介され、そこに泊まることにした。その夜、美保はコンパニオンとしてかどやへ赴き、団体客のいる広間で炭坑節を歌い踊った。
翌朝、寅さんが駅のホームにいると、美保が香典返しを持参して駆け付けた。寅さんが東京へ行くことを話すと、彼女は「ウチも付いて生きたか、こんまま汽車に乗って」と漏らす。寅さんが「何かオレに出来ることあるかい?欲しい物ねえのか?」と訊くと、「そうやねえ。青い鳥」と美保は答えた。そこで寅さんは、商売物の残りである鳥の笛を彼女に差し出した。寅さんは「もしな、東京へ出て来るようなことがあったら、葛飾柴又、帝釈天のとらやという店へ寄りな。もしオレがいなくても、オレの身内がきっとお前のことを親切にしてくれるから」と語り、彼女と別れた。
後日、東京へ出た美保は食堂からとらやに電話を掛けるが、まだ寅さんは旅先から戻っていなかった。食堂を出ようとした彼女は忘れ物をしそうになるが、倉田健吾という男が声を掛けて教えてくれた。店を出た健吾は、具合の悪そうな美保を見つけて声を掛ける。だが、美保は何も言わず、足早に走り去る。美保はガード下でチンピラ2人に絡まれるが、健吾が助けてやった。熱があって辛そうな美保を、健吾は「創美社」という看板屋の2階にある自分の部屋へ案内する。健吾は看板屋で働きながら、画家を目指していた。翌朝、美保は「お世話になりました」というメモを残して部屋を去った。
とらやに戻って来た寅さんは、些細なことで腹を立て、すぐに出て行こうとする。だが、そこへ美保が来たので、すぐに機嫌が良くなった。美保は東京で仕事を探したが見つからず、寅さんを頼ってとらやを訪れたのだった。寅さんはおいちゃんの許可を貰った上で、彼女をとらやの2階に住まわせてやることにした。みんなで彼女の就職先について考えていると、出前に来た上海軒の主人が従業員を探していることを話す。中華料理屋の勤務経験がある美保は即座に採用が決まり、上海軒で働くことになった。
美保が働き始めると、上海軒は長蛇の列になった。みんなが「美保は寅さんの恋人」という噂が広まったことに不快感を抱いた寅さんは、さくらや博たちをとらやの茶の間集めて「あの子に対して一点のやましさも無い」と断言する。さらに寅さんは美保の結婚相手を探してやりたいと言い出し、理想の結婚相手について相談する。寅さんは妄想を膨らませ、子供の名付け親になることまで考えた。
寅さんは上海軒を訪れ、美保の出前を手伝ってやる。その姿を目撃したおいちゃんとおばちゃんから叱られた寅さんは、美保の結婚相手を真剣に探すことにした。一方、7回連続で展覧会に落選した健吾は、「俺なんかクズなんだよ、才能のひとかけらもないクズなんだよ」と吐き捨てる。美保は自分が旅回り一座で仕事をしていた頃のことを語り、彼を元気付けた。寅さんは葛飾区役所を訪れ、結婚相談室で相談員の近藤と会う。しかし寅さんは美保の結婚相手を探しに来たはずが、自分の理想の相手について饒舌に語ってしまう。
健吾は美保を連れて自分の部屋に戻り、田舎で持ち上げられて上京したが、美術大の試験に落ちたことを話す。健吾は彼女を押し倒し、力ずくで抱こうとする。美保に突き放された健吾は、激しく怒鳴り散らした。美保は涙を浮かべ、「出て行った日から、ずっとアンタのことを思とったのに。来んけりゃ良かった」と漏らして部屋を去った。数日後、健吾がとらやに現れた。彼の様子を見た寅さんは、「人を捜してるのか」と問い掛ける。健吾は「たった一言、ごめんって謝りたいんだけど、このまんまだと一生悔いが残りそうで」と話す…。

原作 監督は山田洋次、脚本は山田洋次&朝間義隆、製作は島津清&中川滋弘、企画は小林俊一、撮影は高羽哲夫、美術は出川三男、録音は鈴木功、照明は青木好文、編集は石井巖、音楽は山本直純。
主題歌『男はつらいよ』作詞:星野哲郎、作曲:山本直純、歌:渥美清。
出演は渥美清、倍賞千恵子、志穂美悦子、長渕剛、下条正巳、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、美保純、有森也実、すまけい、太宰久雄、佐藤蛾次郎、吉岡秀隆、関敬六、桜井センリ、じん弘、イッセー尾形、笹野高史、坂本長利、不破万作、笠井一彦、星野浩司、村上記代、川井みどり、田中リカ(現・田中利花)、石川るみ子、マキノ佐夜子ら。


“男はつらいよ”シリーズの第37作。
このシリーズは第9作以降、盆と年末の年2回に公開されてきたが、1986年は山田洋次監督の『キネマの天地』が盆の公開になったため、年末の1回だけになった。
寅さん役の渥美清、さくら役の倍賞千恵子、あけみ役の美保純、御前様役の笠智衆、おいちゃん役の下条正巳、おばちゃん役の三崎千恵子、博役の前田吟、タコ社長役の太宰久雄、源公役の佐藤蛾次郎、満男役の吉岡秀隆はレギュラー陣。 たぶん、満男は今回まで中学生の設定。

今回のマドンナは美保役の志穂美悦子で、健吾を長渕剛が演じている。
2人は本作品が公開された1986年のTVドラマ『親子ゲーム』の共演がきっかけで交際を開始し、翌年に結婚した。
志穂美は結婚して芸能界を引退したため、これが最後の映画出演となった。
『キネマの天地』でヒロインに抜擢された有森也実が、ラストシーンに船着き場の近くで商売をしている寅さんと話す娘として出演している。彼女の友人の中には、後のお笑い芸人、エドはるみもいる。
他に、嘉穂劇場の男をすまけい、ポンシュウを関敬六、上海軒の主人を桜井センリ、近藤を笹野高史が演じている。

アンクレジットだが、この作品から第41作までの5本で、まだ売れる前の出川哲朗がチョイ役として出演している。
今回は、美保が上海軒で働き始めた際、「ニュースだ、ニュース。上海軒に寅さんの恋人がいるぞ」と参道を走りながら人々に言い回る役を演じている。
5作品とも鉢巻を頭に巻いているのだが、同じ人物を演じているわけではなく、作品ごとに別のキャラクターを担当しているようだ。

夢のシーンでは、タイトルそのまんまの内容が描かれる。
夢の中で寅さんが桃源郷へ行こうとすると、車掌のイッセー尾形が追い掛けて来て、切符を見せるよう求める。で、そこで寅さんが夢から覚めると、彼は列車の中にいて、車掌から声を掛けられる。
乗り越し料金を支払った寅さんは、お釣りを受け取らずに「ほんの気持ちだ」と渡そうとする。車掌が困惑して逃げると、寅さんはしつこく追い掛け、そこからオープニング・クレジットへ突入していく。
今回のオープニング・クレジットではミニコントが無く、寅さんが仲間のポンシュウと山口県で商売をして、それを終えて歩いて行く様子が描かれる。

今回の寅さんは、表面的にはマドンナに惚れるのではなく、美保の保護者的な役割をやっているように見える。
美保が恋人だという噂が広まった時には、「あの子に対して一点のやましさも無い」と否定している。
しかし、それは嘘だ。今回の寅さんが美保に対して恋心を抱いていることは確実だ。
それは、子供の名付け親になることを妄想した際、うっかり漏らした「父親の名前はさ、寅次郎だから」という言葉で明らかになる。

でもねえ、その恋心は、いかがなものかと思うよ。
「もう恋をする年齢じゃないだろ」とは言わないけど、相手が以前に面倒を見た一座の娘ってことを考えると、そこに恋心を抱くのはマズいんじゃないかと。
まだ少女だった時代から、寅さんは美保のことを知っているわけだし。
そこで「相手が相手だから恋心を抱いちゃいけない」と自分にブレーキを掛けて、それでも惹かれてしまうので葛藤したり苦悩したりするとか、そんな心理ドラマでもあれば話は別だが、そういうことじゃないしね。

今回、マドンナと恋仲になる健吾は、前半の内から登場し、彼女と親しくなっている。
そのように、マドンナの相手役である男性の存在が大きく扱われる場合、これまでの作品では寅さんとも関わりを持っていた。そして、寅さんが恋愛指南役を務めることも多かった。
しかし今回、美保と健吾の恋愛劇は、寅さんが全く関与しないところで進行している。
その恋愛劇において、寅さんは不必要な存在だ。

第32作『口笛を吹く寅次郎』でも、若いカップルの恋愛劇は寅さんの関与しないところで進行していた。
ただし、あの時は若いカップルの女性がマドンナではなく、寅さんが一目惚れする相手が他にいた。だから寅さんには、マドンナへの恋愛で夢中になるという役割が用意されていた。
しかし今回は、そういうことが無い。
そのため、この映画の寅さんは、すっかり脇役のような状態になっている。

終盤、健吾は美保に婚約指輪を贈り、「結婚したら画家の夢を諦めて看板屋になる」と約束している。
そんな彼のことを、美保はさくらに「なんだか気の毒で。だって、あの人の夢なんだもの、絵描きになるのは」と相談する。さくらは「大丈夫よ。健吾さんは簡単に自分の夢を捨てたりするような人じゃないわよ」と告げ、美保は安心している。
その後、満男の部屋でハーモニカを吹いている健吾の様子が写るが、ちっとも幸せそうではない。さくらの言う通り、いずれは「やっぱり夢は諦めきれない」ということで、また画家を目指すようになる可能性が高い。
ただ、そういう形で締め括られると、ちっともハッピーエンドじゃないわけで。
だから、その2人の婚約を、素直に祝福できなくなってしまうんだよな。

今回の作品は、配役の段階で拒絶反応が出てしまう。
その配役とは、マドンナの部分だ。
マドンナ役が都はるみだった時にも「それは違うんじゃないか」と思ったが、その比ではない。
都はるみの時は、本人を重ね合わせたような人物を演じさせ、「スター歌手をゲストに呼んで、出演してもらいました」という印象が強くなりすぎていることに対して否定的な感想を抱いたのだが、今回は、そういう問題ではない。
志穂美悦子は本人を重ね合わせた役柄を演じているわけじゃないし、本職が役者以外ってこともないが、まるでダメだ。

なぜダメなのかというと、それは志穂美悦子が演じているのが、かつて「大空小百合」という芸名で旅回り一座の娘として何度も登場し、シリーズのファンには御馴染みのキャラクターだからだ。
これまで第8作『寅次郎恋歌』、第18作『寅次郎純情詩集』、第20作『寅次郎頑張れ!』、第24作『寅次郎春の夢』の4作で登場している。
何度も登場していたってことは、それを演じていた女優がいる。
そう、つまり大空小百合を再登場させるなら、なぜ以前に演じていた岡本茉利じゃないのかってことだ。

もちろんマドンナだから、知名度の低い岡本茉利じゃなくて、志穂美悦子を起用するってのは、製作サイドの考え方としては充分に理解できる。
でもね、だったら、大空小百合をマドンナにすべきではない。
彼女を久々に登場させるのなら、絶対に岡本茉利じゃないとダメだ。それがシリーズのファンに対する誠意ってものでしょ。
山田監督は、以前の作品の内容を忘れたようなセリフを登場人物に言わせたり、脇役の名前を急に変えたりってことを平気でやっているが、それに関してはツッコミを入れるだけで済ませることも出来る。
だけど、大空小百合を別の女優に演じさせるってのは、受け入れられない。

おまけに、美保(この呼び方も嫌なんだよな。やっぱり小百合と呼びたいんだよなあ)は寅さんのことを「寅さん」って呼ぶんだぜ。
そんなの有り得ないよ。こいつは偽者の大空小百合だよ。
本物なら、寅さんのことは「車センセ」と呼ぶはずだ。何年も経って久々に再会したからって、相手の呼び方が急に変わるってのは変でしょ。
彼女は寅さんと会っても思い出せない様子なんだけど、それも有り得ない。
9年ぶりであろうとも、小百合ちゃんなら絶対に寅さんのことは忘れないよ。

あと、他の女優を使うにしても、志穂美悦子と大空小百合って、イメージが全く合わないぞ。
小百合ちゃんって、もっと「純朴な田舎娘」というイメージだぞ。
その辺りも、まるでシリーズのファンに対する誠意が感じられない、雑な作りなんだよな。
小百合ちゃんの父親も、ホントは坂東鶴八郎という座長だったのに、ここでは「中村菊之丞」という別の名前にされちゃってるし。
「だったら別の一座という設定なんじゃないか」と思うかもしれないが、そうではない。

かつて何度も登場していた坂東鶴八郎一座の娘と美保が別人だという言い訳は、絶対に成立しない。
劇中で寅さんがハッキリ「もしかして、大空小百合っていう芸名で、可愛い声で歌を歌ってたんじゃねえか」と美保に問い掛けている。それに寅さんが語る思い出話も、第8作での出会いのシーンと同じなんだから。
シリーズの中で、作品によって出来の良し悪しはある。
しかし、この作品に関しては、そういう問題ではなく、「嫌いな作品」と断言しておく。

(観賞日:2013年8月3日)

 

*ポンコツ映画愛護協会