『おろしや国酔夢譚』:1992、日本

天明二年年(1782年)、まだ鎖国の最中にある日本。船頭の大黒屋光太夫を始めとする17名が乗り込んだ神昌丸は、伊勢の白子浦から江戸に向かって出航した。だが、航海の途中で激しい暴風雨に襲われ、遭難してしまう。彼らはそのまま、8ヶ月にも渡って漂流した。
ようやく彼らは陸地に辿り着いたが、そこで出会った人々は全く言葉が通じなかった。彼らに案内された集落で、光太夫達は次第に言葉を覚え始める。光太夫達が出会ったのはヤーコフを始めとするロシア人で、国を離れてアムチトカ島に働きに来ているらしい。
光太夫はヤーコフ達がロシアに戻る船に同乗させてもらい、オホーツクで日本に戻る方法を聞こうと考える。しかし、迎えの船が難破してしまい、次の船は何年先になるか分からないという。光太夫は自分達で船を作り、ヤーコフ達も乗せてオホーツクへ向かった。
しかしオホーツクに着くと、漂流民の処置はイルクーツクの総督府が管轄していりため、そこに帰国嘆願書を出すように言われる。しかも、返事が来るのは1年後だという。そこで光太夫達は900里もの道のりを進み、イルクーツクへ向かうことにした。
しかし、イルクーツクでは総督が任期を終えて都のペテルブルグに戻ったばかりだった。その上、新しい総督も未定だと言われてしまう。光太夫達はイルクーツクでしばらく生活することになった。やがて光太夫達は、王立アカデミー会員のキリル・ラックスマンと出会う。
ラックスマンは、光太夫達が日本に戻るための協力を申し出てくれた。しかし、さんざん待たされてようやく得られた総督府からの返答は、帰国を諦めろというものだった。光太夫は女帝エカテリーナ2世に直訴するため、ラックスマンと共にペテルブルグへと向かった…。

監督は佐藤純彌、原作は井上靖、脚本は野上龍雄&神波史男&佐藤純彌、プロデューサーは土川勉&桜井勉&アンドレイ・ゼルツァーロフ、撮影は長沼六男、編集は鈴木晄、録音は橋本泰夫、照明は熊谷秀夫、美術は徳田博&ワレーリー・ユルケヴィチ、衣裳デザイナーは田代洋子&エカテリーナ・シャプカイツ&マリーナ・カイシャウリ、音楽は星勝、音楽プロデューサーは三浦光紀&及川善博&アンドレイ・ルカヴィチニコフ。
主演は緒形拳、共演はオレグ・ヤンコフスキー、西田敏行、川谷拓三、三谷昇、沖田浩之、米山望文、マリナ・ヴラディ、ユーリー・ソローミン、江守徹、ユヴゲニー・ユフスチグネーエフ、ヴィクトル・ステバーノフ、ヴィターリー・ソローミン、アナスターシャ・ネモリャーエワ、ウラジミール・エリョーミン、タチヤナ・ミハリョーフキナ、ボリス・クリェーエフ、タチヤナ・ベードワ他。


井上靖の歴史小説を映画化した作品。
江戸時代にロシアに漂着した大黒屋光太夫の実話を基にしている。
緒形拳が光太夫、彼の仲間を西田敏行や川谷拓三が演じている。
役者は厳しい自然の中でロシアの言葉を話したりして頑張っている。
だが、物語のスケールに映画が負けている感じだ。

山のふもとから一歩ずつ登っていくのではなく、いきなり頂上に到着しようとする。
感動させるのがイヤなのか、全ての事柄が淡白に描かれている。
例えばアムチトカ島では、「冬になると海が凍って魚も鳥も獲れなくなる」と言った次の瞬間には、もう冬になっている。

光太夫達は「獣の肉でも食べなければ死ぬ」とか「魚を盗む」とか言い合う。
しかし、そこまで追い込まれていく様子が描写されていない。
なので、セリフや態度の説得力が非常に弱い。
で、そんなことを言っていた次の瞬間には、もう春が来てしまっている。

そしてすぐに迎えの船が難破するが、どれだけその船を待っていたかということも描写していないから、ヤーコフ達の哀しみも焦りも伝わらない。
光太夫達はすぐに船を作り始めるが、あっという間に2年の歳月が経つ。

船を作るまでの道程や作っている途中の苦労は全く描かれない。
なので、出航シーンには何の感動も無い。
オホーツクからイルクーツクへ向かう道程にしても、「地獄のような5ヶ月が終わった」と言うが、1人が途中で脱落しそうになった程度で、あっさり着いてしまっている。

普通の感覚で考えれば、船を作ろうと決意するまでに1時間は欲しいところだ。
しかし、実際には映画が始まって30分も経っていない。
とにかく消化しなければならないことが多すぎるので、やたらと先を急ぐ。
最初から最後まで、延々とダイジェストのような映画なのだ。

全てを同じ割合で詰め込もうとしたのかもしれないが、それが失敗なのだ。
だから、感動できるような素材が感動できない料理になってしまっている。
幾つかのエピソードはナレーションか何かで省略しても構わないから、もう少し描くエピソードを絞った方が良かったのではないだろうか。

イルクーツクに到着してからは停滞してしまうことを考えると、そこまでの部分はもう少し削っても良かったのではないだろうか。
ただし、壮大なアドベンチャー・ロマンを描くならば、イルクーツクに到着してからの展開は退屈であり、そこまでの道程の方が要素としては面白いものがあるのだが。

 

*ポンコツ映画愛護協会