『オオカミ少女と黒王子』:2016、日本

私立八田高等学校1年生の篠原エリカは、「高校生活は1学期で決まる。どのグループに入るかが問題」と考えていた。彼女は手塚愛姫、立花マリン、結城ナミエ、七瀬マユという女子のグループに入っており、全員に彼氏がいた。両腕を縛るプレーを求められて断ったという話題になった時、エリカは平然とした態度で自分は経験済みだと話す。しかし真っ赤な嘘であり、彼氏もいなかった。ダーリンと呼ぶ電話の相手も、中学時代からの親友である三田亜由美だった。他の高校に通う亜由美は、エリカに頼まれて協力していた。
エリカは愛姫とマリンの会話を盗み聞きし、彼氏がいることを疑われていると知る。カフェで亜由美と会った彼女は、正直に白状するよう促される。しかしエリカは「ぼっち」の高校生活が嫌なので、断固として拒否した。彼女は恋人がいるという芝居を続けるため、せめて写真だけでも用意できないかと考えていた。そんな中、店外の女子たちがカッコイイと騒ぐ男子を見掛けたエリカは後を追い、いきなりスマホで写真を撮って逃走した。
翌日、エリカは学校で愛姫たちに男子の写真を見せ、彼氏だと嘘をつく。だが、それは学校一のイケメンである佐田恭也だったため、すぐに愛姫たちは彼のいる8組へ向かう。慌てて後を追ったエリカはその場を取り繕い、恭也を連れ出して2人きりになった。恭也から優しい口調で「何かワケありなんでしょ。俺で良かったら話くらい聞くよ」と言われた彼女は、事情を説明した。すると恭也は、彼氏のフリをすることを承諾した。
エリカが感謝すると、恭也は態度を豹変させて「じゃあ3回周って、お手からワンだな」と言う。エリカが困惑していると、「お前が俺の犬になるんだ」と彼は言う。バラされたくないエリカは、仕方なく要求に応じた。恭也は「いい暇潰しになりそうだ」と軽く笑い、その場を去った。翌日、恭也は昼休みのパンを買って来るよう要求し、エリカは急いで従った。愛姫たちが食堂へ来て2人の様子を観察すると、恭也は恋人のフリをした。拘束プレイについて指摘された彼は、エリカの嘘が露呈しないよう話を合わせた。
雨が降り出した放課後、恭也はエリカに傘を渡して自分が濡れないように差すよう命じた。すぐに恭也が走り出したので、エリカは急いで後を追った。恭也は親友の日比谷健がバイトしている店へ入り、エリカを冷たく追い払った。その態度に腹を立てたエリカから相談された亜由美は、恋愛を意識して周囲を見回してみるよう助言した。次の日、エリカが恭也のファンだという女子3人組に絡まれていると、その様子を見た神谷望という男子が助けてくれた。エリカが礼を言うと、神谷は以前から気になっていたのだと告白した。
エリカが神谷と連絡を取り合っていると知った恭也は「俺以外の男に尻尾振ってんじゃねーよ」と声を荒らげ、もう彼とは会わないよう約束させた。しかしエリカは約束を破り、神谷とデートする。楽しい時間を過ごしたエリカは、恭也と付き合っていないことを明かした。すると恭也は突如として態度を変え、「佐田の女じゃねえなら意味ねーし」と冷淡に告げる。そこへ最初から神谷の魂胆を見抜いていた恭也が現れ、エリカを連れて去ろうとする。神谷がエリカを侮辱する言葉を吐くと、恭也は彼を殴り付けた。
翌日、神谷は恭也に声を掛け、女子からの注目を集めるために2人で組もうと持ち掛ける。神谷は2人が同じタイプだと認識していたが、恭也は全く興味を示さずに断った。冬休みに入り、愛姫たちは彼氏と旅行に出掛けた。LINEに送られてくる写真を羨ましく思うエリカは、無理だろうと思いながらも恭也をデートに誘う。すると恭也は意外にもOKし、水族館デートに付き合ってくれた。いつもより素直な態度を不思議に思ったエリカだが、それを指摘すると恭也は「うるせえな」と怒鳴った。
翌日、登校したエリカは、デートの証拠となる写真を愛姫たちに見せた。恭也の姿が見えないので気になったエリカが8組へ行くと、彼は風邪で休んでいた。無理をしてデートに付き合ってくれたのだと悟ったエリカは、彼のマンションへお見舞いに出掛けた。恭也は「帰れ」と無愛想に言うが、エリカは「弱ってる時は無条件に人に甘えなきゃダメなの。それに、私ぐらいには気を許してもいいと思うよ」と口にする。彼女はおかゆを作り、置手紙を残して立ち去った。
翌日、エリカが放課後にマンションへ行くと、恭也の熱は下がっていた。エリカが帰ろうとすると、恭也は「ありがとな」と礼を言う。困惑したエリカは、恭也と顔が接近して緊張する。エリカは亜由美に指摘されて、本気で恭也を好きになったことを打ち明けた。告白するよう促されたエリカは悩むが、勇気を出して恭也に思いを打ち明けた。すると恭也は「勘違いして盛り上がってるだけだから」と軽く言い、まるで相手にしなかった。
どんな手を使っても振り向かせようと心を燃やしたエリカは、健に相談を持ち掛けた。健が協力を快諾していると、恭也の姉である怜香が帰郷した。恭也に輪を掛けてドSキャラの怜香に、健はエリカを紹介する。エリカから事情を聞いた怜香は、「いい暇潰しになりそう」と不敵な笑みを浮かべた。彼女は本気を見せるよう要求し、ケーキの大食い対決を提案した。エリカは承諾するが、食べ過ぎて気分が悪くなってしまった。連絡を受けてエリカを迎えに来た恭也は呆れ果て、「俺のこと本気で落としたかったら、こじ開けるつもりで正面から入って来い」と要求した。
神戸へ研修旅行へ行く日が近付き、エリカは自由時間を恭也と2人で過ごしたいと考える。断られるかもしれないと思ったエリカだが、恭也は快諾してくれた。エリカは日下部憂と共に研修旅行委員を務めているため、放課後も作業で忙しくなった。2人が一緒にいる様子を目撃した神谷は、それを利用して恭也を動揺させようとするが、まるで相手にされなかった。エリカが自由時間の計画を考えていると、亜由美は「そんな計画より、今は恭也くんの気持ちを確かめることが大切なんじゃないの?」と説く。勇気を振り絞ったエリカは改めて恭也に告白し、「恭也くんにとって、私はただの暇潰し?」と問い掛けた。恭也が軽く笑ってバカにする態度を取ったので、エリカは彼との関係を断つことにした…。

監督は廣木隆一、原作は八田鮎子『オオカミ少女と黒王子』(集英社『別冊マーガレット』連載)、脚本は まなべゆきこ、製作は福田太一&中山良夫&井上肇&渡辺直樹&薮下維也&荒波修&高橋誠&本田晋一郎、ゼネラルプロデューサーは奥田誠治、エグゼクティブプロデューサーは小岩井宏悦&門屋大輔、プロデューサーは松橋真三&北島直明、アソシエイトプロデューサーは平野宏治、ラインプロデューサーは榊田茂樹、撮影は花村也寸志、照明は北岡孝文、美術は丸尾知行&松本知恵、録音は深田晃、編集は菊池純一、衣装は坂井央里英、音楽は世武裕子、音楽プロデューサーは安井輝。
主題歌はback number『僕の名前を』word by:清水依与吏、music by:清水依与吏、performed by:back number、arranged by:back number&蔦谷好位置。
出演は二階堂ふみ、山崎賢人、菜々緒、鈴木伸之、門脇麦、横浜流星、山田裕貴、吉沢亮、池田エライザ、玉城ティナ、小島梨里杏、武田玲奈、久松郁実、塗木莉緒、安倍萌生、山田朝華、片桐紫音、若林瑠海、高木勇真、山崎あみ、加藤廣貴、山口リカ、中村栞、池和歌子、菜畑有加里、古谷佳也、橋本将照、尾山憲一、本野大輔、荒牧龍星、久保直之、久保川友佑、古賀樹一、古賀將嗣、高浜海斗、永渕啓太、原丈一郎、松岡伸哉、宮崎駿、宮崎大志、森田太陽、八神仁、荒井莉沙、今村美海、金城美乃里、郷式江美、高松朱里、田中友子、樋口瑞夏、本田瞳、松浦みる、松林真央、眞名子寧々、水瀬瞳、山岸奈緒ら。


『別冊マーガレット』で連載された八田鮎子の同名少女漫画を基にした作品。
監督は『100回泣くこと』『ストロボ・エッジ』の廣木隆一、脚本は『ジンクス!!!』『近キョリ恋愛』のまなべゆきこ。
エリカを二階堂ふみ、恭也を山崎賢人、怜香を菜々緒、望を鈴木伸之、亜由美を門脇麦、健を横浜流星、怜香を口説くナンパ男を山田裕貴、日下部を吉沢亮、愛姫を池田エライザ、マリンを玉城ティナ、ナミエを小島梨里杏、マユを武田玲奈が演じている。

二階堂ふみのフィルモグラフィーを見てみると、役所広司が初監督を務めた『ガマの油』で抜擢されて映画デビューし、『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』で初主演。
『ヒミズ』でヴェネツィア国際映画祭 マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞し、以降は『地獄でなぜ悪い』『四十九日のレシピ』『私の男』『渇き。』『味園ユニバース』などに出演している。
こうやって見た時に、いわゆるベタベタの恋愛映画ってのは無い。
なので少女漫画が原作の本作品に主演したってのは、かなり意外だった。

それは門脇麦に対しても思ったことで、こちらも「こういう映画にも出るのね」と思った。
2人とも精神的&肉体的疲労を強いられる作品が少なくないので、「たまには気軽にできる楽な仕事も」ってことなのかな。
それはともかく、この映画にとってはプラス面が多くて、「二階堂ふみや門脇麦が少女漫画モノに出ている」という意外性だけでもセールス・ポイントになる。
っていうか、この映画で好意的に評価できるポイントは、そこだけだと言い切ってしまってもいい。

この映画の内容は、約3ヶ月前に公開された『黒崎くんの言いなりになんてならない』とネタが被っている。
『黒崎くんの〜』はヒロインがドSの男子から絶対服従を要求され、従わざるを得なくなる映画だった。ヒロインは優しい男からアプローチされるが、もちろん言うまでもなく最終的にはドS男子を選ぶ。
これって、たまたま類似した2つの作品が同じ時期に公開されたというわけではない。そもそも少女漫画の世界では、「ヒロインがドS男子に振り回されるけど惚れる」というパターンが多いってことだ。
振り返ってみれば、大ヒットした『花より男子』だって、そのパターンだったでしょ。

「偉そうで身勝手な奴だけど、たまに優しい」「いつも無愛想で冷たいけど、ヒロインにだけ別の一面を見せることがある」「性格がネジ曲がってしまったのには、何かしらの事情がある」ってのは、少女漫画のヒロインが惚れる男子に良くあるパターンだ。
「事情があって性格が歪んだ」という部分で同情を誘い、「たまに優しい」という部分でギャップを付ける。
「たまに優しい」という部分に惚れるのは、DV男に依存する女と同じ感覚でしかないけど、そういうのが少女漫画ではベーシックな恋愛の形なのだ。

少女漫画で安易に使われる「ドS」というキャラ設定は、世の乙女たちをキュンキュンさせる。ホントのドSってのは全く違うんだけど、もはや「S」「M」という言葉の使い方を間違えている連中ばかりだから仕方が無い。
どういう理由があろうと、その冷淡で身勝手な言動は単なるクズ野郎でしかないのだが、少女漫画の中では許される。なぜなら、どんなに性格の悪い奴として登場しても、最終的にヒロインとカップルになることが初めから分かっているからだ。
そしてヒロインとカップルになるってことは、そいつは「根っこから腐った唾棄すべき人間」じゃないってことも分かっている。
だから夢見る乙女たちは、安心して恋愛劇を味わうことが出来るのだ。

日下部のように優しくて性格のいい男がヒロインに惚れるってのも、少女漫画では定番だ。
そして、そんな男が噛ませ犬に過ぎず、所詮は「ヒロインが性格の悪い男への恋心を再確認する」という手順のために都合良く利用されてポイ捨てされるってのも、これまた定番だ。
少女漫画を多く読んでいる人、少女漫画を原作とする映画を多く観賞している人なら、「どこかで見たことがあるパターン、っていうか何度も見ているパターン」と感じるかもしれないが、諦めて付き合うしかない。

恭也の「ドSキャラ」という設定の表現は、かなりヌルくなっている。
彼はエリカと付き合っているフリを承諾した直後から、既に優しさを分かりやすく振り撒いている。
何しろ拘束プレイについて指摘された時にはエリカに話を合わせてやり、詫びる彼女にデコピンして「お前は俺の彼女なんだから、黙って守られてりゃいいんだよ」と言うのだ。
それは話の進め方やキャラ造形を考えると失敗だが、それで女子がキュンキュンするんだから別にいいのだ。そこが本作品において、何よりも優先されるべき事項なのだ。

この映画は現実社会が舞台だが、中身は完全にファンタジーだ。何しろ、大人が1人も登場しないのだ。
学校が舞台になっている時間は長いが授業のシーンは無く、教師は1人も登場しない。
エリカとの亜由美が自宅にいるシーンはあるが、両親は登場しない。それどころか、存在している気配さえ無い。
健のバイト先にも、彼しか見当たらない。
徹底的に大人の存在を排除し、ファンタジーとしての世界観を作り上げている。

エリカが「彼氏がいる」という嘘を貫こうとするのは、「ぼっちの高校生活が嫌だから」ってのが理由だ。「中学時代にイケてなかったから、高校ではキラキラした生活が送りたかった」とか、そういう事情は用意されていない。「ぼっちが嫌だから」という台詞だけで観客を納得させようとしている。
同じティーンズなら学校のヒエラルキーは体験しているだろうから、色々と説明しなくても分かるはずってことかもしれない。
それは別にいいのだが、コメディーとしての見せ方が弱いせいで厳しくなっている。
ハッキリ言って、勢いとハッタリさえあれば、これといった事情を用意しなくても突破できちゃうのよね。
ただ、どうやら廣木隆一監督は、そういうコメディーのノリがあまり得意ではないようだ。

驚いたのは、エリカが亜由美と共にカフェから目撃した恭也の後を追い掛け、スマホで写真を撮るシーン。
サラッと片付けてしまえばいい出来事のはずだが、なぜか「カフェを飛び出し、途中で隠れたりしながらバレないように後を追い、写真を撮影して逃亡する」という一連の行動を、2分ほど費やして1カット長回しで撮っているのだ。
そこだけ相米慎二監督みたいな撮り方をするのだが、違和感しか無いよ。
そこを粒立てる意味が分からん。

愛姫たちが写真の男は恭也だと気付いて8組へ走り、エリカが慌てて後を追うシーンは、やけに長い尺を使い、カメラが彼女らを追う形で表現する。
これもまた、意図が不明な演出だ。
監督が長回しを使いたい気分だったのかもしれないが、効果的に作用していないのは確かだ。それどころか、むしろマイナスだと感じる。
エリカが写真を撮って逃亡するとタイトルが表示され、その直後に愛姫たちが8組へ走るシーンが描かれるのだが、ここでBGMを流して盛り上げ、「勢いよく疾走する少女たち」を見せるのは構成としてマイナスだ。そこは、しばらく落ち着かせるべきだろう。

エリカの撮った写真を見せられた愛姫たちは、「どっかで見たことがあるんだよな」と言い、少し経ってから恭也だと気付く。
だけど、その反応は変でしょ。
何しろ恭也は、学校一のイケメンと言われているような男なんだぜ。それなのに、パッと見て恭也だと分からないはずがない。
しかも、演出やストーリー展開の都合で、わざわざ「どっかで見たような」と少し間を取る意味があるのかというと、それも特に無いのよ。
だから、なぜ「どっかで見たことがある」と無駄な台詞を言わせたのか、意味が分からない。

エリカから事情を知らされた恭也が彼氏のフリを承諾した途端、急に態度を変貌させるのは不自然極まりない。
そういう性格の男だったら、それまでと同じような優しい口ぶりで、酷いことを要求するんじゃないかと。
わざとらしく態度を豹変させるのは、漫画なら有りかもしれないけど、実写だと無理が生じる。
そこをクリアするには、よっぽどの策を講じないと難しいだろう。ちなみに私は、良いアイデアが何も思い浮かばないわ。

恭也がわざとらしく態度を豹変させる分かりやすさは、「キャラクターの記号化」と解釈すべきだろう。
他にも、エリカか恋愛を意識するよう促された直後のシーンで神谷が初登場して彼女に接触する展開などは、やはり記号化の一環だ。
そんな神谷と、エリカはすぐにLINEでやり取りするようになる。すると、その直後に恭也が気付き、神谷と関わらないよう要求する。
この映画は出来る限り手順を簡略化して、1つ1つのシーンに厚みを持たせることを拒絶している。

雨の中で走り出すシーンやエリカと神谷のデートシーンでは曲を流し、薄っぺらい印象に仕上げている。エリカと怜香のケーキ大食い対決でも、やはり歌を流している。
ただし大食い対決に関しては、そのシーン自体がそもそも要らない。コメディーとしても全く面白さは無いし、単なる時間の無駄遣いになっている。
もっと根本的な問題を指摘してしまうと、怜香のキャラが要らない。
ただし、それを言い出すと、実は神谷や健も要らない。愛姫たちにしても、中身の無い駒でしかない。メインの2人以外は、その場その場で適当に利用される程度の存在に過ぎない。まさに記号なのだ。

前半でチョロッとだけエリカと絡んでいた日下部が、後半に入ると恋愛劇の参加者として動き始める。
だが、これも取って付けたような印象しか無い。まるで使いこなせておらず、原作の主要キャラだから、とりあえず出しているという感じだ。
こいつの存在がエリカの心を揺り動かすことは全く無いし、恭也の講堂に影響を与えることも無い。
日下部を排除しても、ストーリー展開には何の変化も起きない。エリカと恭也の距離が離れている間の、ちょっとした場繋ぎみたいな存在に過ぎない。

とにかく本作品の削ぎ落とし作業は徹底しており、表面的な事象だけを羅列し、そこに女子をキュンキュンさせる恭也の台詞を散りばめている。
様々な要素を削除してシェイプアップを図った結果として浮かび上がるのは、「結局のところ、顔が全て」という現実だ。
恭也がモテモテなのも、エリカが惚れるのも、決して「ドSだから」でも「本当は優しいから」でもない。イケメンだからだ。
「色の白いは七難隠す」ということわざがあるが、顔が良ければ性格なんて関係ないのだ。

この映画で何より許し難いのが、研修旅行の最中に阪神・淡路大震災の資料館を訪れるシーン。
震災を経験した女性が「私が住んでいた所は大震災の時、大きな被害に遭いました。高速道路の倒れた傍に住んでいました」ってな感じで詳しく語るのを、エリカや恭也たちが静かに聴いている様子が描かれる。
それ以外は全て「色んな意味で甘いファンタジーの世界」として描いていたのに、そこだけ急に現実社会の色を持ち込むのだ。
そういう形で「我々は震災を忘れていませんよ」みたいな変なアピールをするのは、とても醜悪で愚かしいぞ。

(観賞日:2017年8月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会