『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』:2017、日本

コーロキは中学生の頃、テレビ朝日の歌番組『ミュージックステーション』で奥田民生を初めて見た。司会のタモリからジーパンの染みを指摘された民生は、「ラーメンの汁をこぼした」と軽く告げた。その何でもないような佇まいがカッコ良く思えて、その日から奥田民生はコーロキのヒーローになった。彼は民生に憧れ、CDやインタビューが掲載された雑誌など様々な物品を集めた。民生の記事が載っているロック雑誌が好きになり、やがて雑誌編集者志望になった。
コーロキは奥田民生のように、ファッションや流行に惑わされずブレない生き方をしたいと思っていた。しかし彼は、女性向けのライフスタイル誌『マレ』編集部に異動した。編集部員の吉住や牧野たちが歓迎会を開いてくれたが、コーロキは居心地の悪さを感じた。好きな音楽について問われた彼は、奥田民生と答えた。すると、それまで盛り上がっていた一同の会話は瞬時に止まった。少し間を置いてから全員が話を合わせようとするが、情報が微妙に違っていた。そんな中で編集長の木下は「俺も好きだなあ」と言い、民生にインタビューした経験を語る。彼が民生のレコードを掛けて合図を送ったので、コーロキは頑張れそうな気がした。
コーロキは来週からロンドン出張へ行く吉住に、アパレル会社『GOFFIN&KINGS』とのタイアップ仕事を引き継ぐよう指示された。吉住と共に『GOFFIN&KINGS』を訪ねたコーロキは、プレスの天海あかりに一目惚れした。あかりは2人に、社長の江藤美希子が最後のページにコラムかエッセイを入れたいと言っていることを明かす。彼女は江藤が村上春樹や又吉直樹を希望していることを語り、「そんなの無理に決まってるじゃないですか」と告げる。彼女に好かれたいコーロキは、「とりあえずオファーは出してみます。知り合いの編集者を辿れば、繋がると思うんで」と述べた。
吉住はコーロキがあかりに惚れたと見抜き、「手強い相手だぞ」と言う。彼はコーロキに、江藤が指定した知り合いのライターと会うよう指示した。フリーライターの倖田シュウは最終ページにエッセイが掲載されると知り、自分が書くと言い出した。コーロキは困惑するが、倖田が「江藤ちゃんには、俺が言っとくから」と告げたので承諾した。しかし翌日、あかりと会ったコーロキは、江藤に話が通っていないことを知る。あかりは約束が違うことに不満を示し、「吉住さんなら、こんなことは無かったはずです」と告げた。
落ち込んでアパートへ戻ったコーロキの元に、倖田からエッセイが完成したという連絡が届く。ミニシアターや志村けんについて書かれたエッセイだったので、コーロキは呆れ果てる。しかし倖田は自信満々で、江藤を説得して掲載するよう要求した。コーロキが断ると、倖田は激しい怒りを示した。翌日、出勤したコーロキはあかりから電話を受け、倖田がネットで『マレ』と『GOFFIN&KINGS』を批判して炎上していることを知らされた。コーロキは狼狽するが、木下や先輩編集者たちは「良くあること」と放置するよう告げた。
コーロキは木下と共に菓子折りを持って『GOFFIN&KINGS』へ謝罪に出向くが、江藤は全く気にしていなかった。あかりはコーロキを食事に誘い、自分の態度を謝罪した。あかりは何度も届くLINEを無視し、彼氏の異常な束縛に悩んでいることを打ち明けた。コーロキは泣き顔になる彼女に同情し、両手を握って「付き合ってください」と言う。あかりは快諾し、コーロキは彼女を部屋に連れ帰ってセックスした。コーロキはあかりとデートを繰り返し、人前でも平気で何度もキスを交わした。
吉住が出張から戻ると、コーロキはあかりと付き合い始めたことを楽しげに語る。すると吉住が険しい表情に豹変し、電話を掛けて怒鳴り散らした。その様子を見たコーロキは、あかりのDV彼氏が吉住だと気付いて焦った。吉住はコーロキを責めることもなく、無言で編集部を去った。仕事を終えたコーロキはあかりにLINEを送るが、いつまで経っても返事が無かった。彼はあかりが吉住と会っている姿を妄想し、何度もLINEを送る。電話を掛けると留守電になっており、コーロキは声を荒らげた。
翌朝、出勤したコーロキは『GOFFIN&KINGS』に電話を掛け、あかりを出してもらう。あかりは接客中だと説明するが、コーロキは構わず「なんでLINE見ないの?」などど執拗に問い詰める。あかりが「大声出さないで。なんか怖い」と電話を切ると、コーロキはマズい行動を取ってしまったと感じる。彼は長文のLINEを送るが返事は無く、『GOFFIN&KINGS』の前であかりの仕事終わりを待つことにした。あかりはコーロキを見つけると、不機嫌そうな様子で居酒屋へ連れて行った。
あかりはコーロキに、iPhoneを会社に忘れてLINEを読んでいないことを説明した。「怒る人、大嫌い」と言われ、コーロキは謝罪した。吉住のことを気にするコーロキだが、あかりに「明日、休みだから泊まれるよ」と言われて喜ぶ。彼はあかりを部屋に連れ帰り、セックスに及んだ。次の日、木下は吉住がしばらく休むことになったと言い、コーロキに美上ゆうのコラム担当を引き継ぐよう告げる。以前に担当だった牧野は、「大変だよ。死ぬほど原稿が遅いから」とコーロキに話す。コーロキが会いに行くと、美上は何匹もの猫を飼っている情緒不安定な女性だった。
コーロキはあかりの買い物に付き合い、高級スーパーへ赴いた。オーガニック野菜を選んでいたあかりは、コーロキの何気ない言葉に腹を立てた。コーロキは謝るがあかりの怒りは収まらず、アパートへ行くことを拒否して立ち去った。コーロキは木下に声を掛けられ、飲みに出掛けた。コーロキがあかりのことを相談すると、木下は若い頃に同じような経験があると話した。彼は猫特集を企画していることを語り、その担当をコーロキに任せた。
コーロキはあかりから「さっきはごめん。今から行っていい?」というLINEのメッセージを読み、浮かれて木下に見せた。木下に「早く行ってやれよ」と促され、彼は自宅へ戻ってあかりとセックスする。翌朝、コーロキは郵便受け壊されて血が付着しているのを見て、怖くなった。あかりが週末に新規店のオープニングで京都へ行くとこを話すと、コーロキは羨ましがる。「日曜日に京都デートしようよ」と誘われたコーロキは、土曜の夜までに仕事を終わらせると告げて快諾した。
コーロキは仕事を迅速に片付け、美上の執筆も絶好調だと聞いて安心する。しかし金曜日に電話を掛けると、美上は猫のドログバがいなくなって焦っていた。「原稿は送れない」と言われ、コーロキは困惑する。あかりから電話を受けた彼は事情を説明するが、「なんで今になって、そういうこと言うの?」と責められた。コーロキは彼女の機嫌を取るため、「明日の夜には絶対に行く」と約束する。彼が編集部で深夜まで待っていると、美上はツイッターでドログバを捜索していることに触れていた。コーロキが「書けよ」と苛立つと、編集部に残っていた木下が「お前の都合に合わせたいなら、どんな手を使っても原稿を取ってこい」と叱責した。
コーロキは美上がいる公園へ行き、一緒にドログバを捜索すると告げる。ようやくドログバを見つけたコーロキは、顔を引っ掻かれながらも捕まえた。既に朝が訪れていたが、美上はコラムを書き直したいと言い出した。今回の出来事を「奥田民生になりたいボーイ、夜明けのキャットファイト」というタイトルでコラムにしたいと言われ、コーロキは夕方6時までに完成させる条件で承知した。コーロキも仕事を手伝うが、完成は夜8時近くになっていた。しかしコラムの出来栄えは素晴らしく、コーロキは満足した。
コーロキが編集部に戻って仕事を終わらせようとしていると、吉住が現れた。彼は美上のコラムを読むと、「もう用事は済んだ」と告げる。彼は「そのイラスト、大丈夫?」と言い、編集部を去った。コーロキがイラストを確認すると、奥田民生が被っている野球帽のマークが広島カープなのに「C」ではなく「O」になっていた。コーロキは美上に連絡を入れ、修正してもらった。品川駅へ急いだコーロキだが、最終の新幹線に間に合わなかった。彼はあかりに電話を掛けて謝罪するが、不機嫌そうに「いいよ、もう来なくて。私の気持ちとか全然考えてくれないよね」と非難されて別れを告げられた…。

監督・脚本は大根仁、原作は『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』渋谷直角(扶桑社刊)、製作は市川南&中山道彦、共同製作は堀義貴&井上肇&吉崎圭一&長坂信人&久保田榮一&高橋誠&村山俊彦&吉川英作&荒波修、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘&金吉唯彦&津嶋敬介、企画は鈴木俊明&福冨薫、プロデューサーは平部隆明&市山竜次、協力プロデューサーは馬場千晃、撮影は宮本亘、美術は都築雄二、照明は冨川英伸、録音は渡辺真司、編集は大関泰幸、音楽は岩崎太整、音楽プロデューサーは北原京子。
出演は妻夫木聡、水原希子、新井浩文、安藤サクラ、江口のりこ、天海祐希、リリー・フランキー、松尾スズキ、李千鶴、中村無何有、川島潤哉、Kai Hoshino Sandy、益山寛司、松本まりか、森由佳、熊谷弥香、久保陽香、飯田孝男、山根和馬、石橋菜津美、二見悠、水原佑果、COY、Victoria、安宅葉奈、LAURA、山本雄生、松林寛太、益山UG、前田智光、本山順子、清水晴香、須藤勇介、多田周平、有田賢史、後藤美弥、小林レイミ、栗林義彦、キキ花香、渡辺ヨーコ、みなみ、吉野陽大、中村有、山西竜矢、micari、ミネ ユキ、奈良裕也、LETICIA、REINA、misato、鈴木英治、小松勇司、オクイシュージ、しまおみほ他。


渋谷直角の漫画『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』を基にした作品(映画とは微妙にタイトルが違っている)。
監督&脚本は『バクマン。』『SCOOP!』の大根仁。
コーロキを妻夫木聡、あかりを水原希子、吉住を新井浩文、美上を安藤サクラ、牧野を江口のりこ、江藤を天海祐希、倖田をリリー・フランキー、木下を松尾スズキが演じている。
水原希子の妹でモデルの水原佑果も出演しているが、どこにいたのかは分からなかった。

中学時代のコーロキが奥田民生に憧れるきっかけとなった出来事が、冒頭で示される。しかし、奥田民生が『ミュージックステーション』に出演した時の実際の映像が使われることはなく、イラストによって表現されている。
本物の映像を使えないってのは、もちろん仕方の無いことではある。
ただ、そこが実際の映像じゃなくてイラストによる処理になっていることで、「こんなことがありました」ってのをナレーションで説明されても「なるほど、分かるわ」と共感することが難しくなる。
本物の説得力を欠いていることが、大きなマイナスとなっているのだ。

その後に表示されるCDや雑誌は本物だが、そこで「コーロキの奥田民生に対する強い憧れと愛」をアピールできる力など、些細なモノだ。歓迎会では民生に関するマニアックな知識も披露しているし、もちろん「コーロキは奥田民生が大好き」ってのは本当だろう。
しかし、強い思い入れとか深い愛ってのが、あまり感じられない。歓迎会のシーン以外では、民生への熱を感じさせる描写も無いし。
そのため、薄っぺらい奴が軽いノリで好きだと言っているようにも見えてしまう。
コーロキが薄っぺらい奴なのは事実なのだか、奥田民生への愛だけは本物じゃないとダメだろう。
そうじゃないと、「奥田民生を熱烈に愛し、奥田民生のようになりたいと思っているが、色んな物が足りていないので彼のようになれない男」という図式が完全に破綻してしまう。

コーロキは落ち込んだ時、奥田民生を聴いて元気を取り戻すわけではない。悩みを抱えた時、奥田民生の過去の発言を思い出して道標にするわけでもない。
何かに付けてコーロキの生き方に奥田民生を絡ませようという意識は、微塵も見えない。
もちろん、奥田民生のファンが、誰でも必ず「人生で悩んだ時は奥田民生に頼る」ということではないだろう。
だけど映画の仕掛けとしては、わざわざタイトルにしていることを鑑みても、「コーロキの人生に奥田民生は必要不可欠」ってのを分かりやすくアピールすべきじゃないかと。

コーロキが好きなミュージャンは奥田民生だと告げると、『マレ』の編集部員は沈黙して微妙な空気が漂う。
このシーンには、違和感を覚えてしまう。
そりゃあ編集部員がユニコーンのリアル世代じゃなかったり、奥田民生にハマっていなかったりということはあるだろう。
ただ、だからといって、オシャレ雑誌の編集者が拒否反応を示すような対象でもないように思えるのだ。
少なくとも、「奥田民生が好きだなんて信じられない」「奥田民生なんてダサい」みたいな反応を示す対象ではないはずで。

『マレ』編集部の面々はコーロキの歓迎会で、ディアンジェロ(D'Angelo)やジ・インターネット(The Internet)の話題で盛り上がっている。
だけど「オシャレ雑誌の編集者は洋楽しか聴かない」という描き方って、かなりズレたスタレオタイプ、もしくは少し古いイメージのように思えるんだよね。
「間違ったステレオタイプ」の面白さとか、「オシャレを気取っているけど本当にオシャレな人間ではない」という愚かしさを、皮肉を込めて描くというやり方もあるだろう。
ただ、そういうのを狙うなら、もっと誇張しないと効果は出ない。それに、たぶんそういうのは狙っていないだろうし。

コーロキはあかりからLINEの返事が少し来なかっただけで苛立ち、留守電に「何してんだよ。なんで連絡して来ないの?」と責めるように吹き込む。
吉住の異常な束縛を「そんな奴、許せない」と言っていたコーロキが、自分も同じような行動を取ってしまうというのを描写したいのは良く分かる。
吉住のことで、よからぬ妄想を膨らませているという事情があるのも分かる。
ただ、それにしても苛立って束縛男に変貌するのが拙速じゃないかと。
尺の都合があるにしても、そこは違和感を抱いてしまう。

コーロキはあかりから「怒る人、大嫌い」と責められて謝罪した後、心の中で「そんなに悪いことしたかな?」と漏らす。
だけど、留守電に怒鳴り散らすメッセージを吹き込んだり、何度も連続でLINEを送り付けたり、しまいには会社に電話を掛けて接客中なのに執拗に詰め寄ったりしているのだ。それは「悪いこと」と取られても仕方が無いでしょ。
ただ、映画の内容を考えると、そこは「コーロキはそんなに悪いことをしてないのに、あかりに責められて謝る」という形じゃないとマズいのだ。それ以降は、「あかりが理不尽なことで腹を立て、コーロキが謝る」ということが繰り返されるんだし。
だから、そこは統一感を持たせておくべきでしょ。

「コーロキが京都デートの約束を破ってあかりの怒りを買い、別れを告げられる」という展開にしても、本来なら「あかりが理不尽に腹を立てた。コーロキに非は無い」という形になっているべきだ。
しかしコーロキに大きな落ち度があるため、その条件が成立していない。
何しろコーロキは、愛猫がいなくなった美上から「見つかるまで原稿を送れない」と連絡を受けたのに、木下に叱責されるまでは何もせず編集部で待つだけなのだ。
でもライフスタイル誌の経験は少なくても、編集者としては新人じゃないんでしょ。なぜ「とりあえず美上の元へ行く」という行動を取らないのか。理解に苦しむ。どんだけボンクラなのかと。

美上はドログバが見つかった後、今回の出来事をコラムに書きたいと言う。それは分かるのだが、タイトルが「奥田民生になりたいボーイ、夜明けのキャットファイト」ってのは引っ掛かる。
コーロキが奥田民生になりたいボーイであることを、どうして彼女は知っているのか。
それまでに美上は、コーロキと一度しか会っていないはず。電話で話すシーンもあるが、その中でコーロキが奥田民生への憧れを語ったことなんて無かったはずでしょ。
そりゃあ「劇中で触れていないだけで、実は喋っていた」という設定なんだろうけどさ、そこは観客に見えるトコで触れないとダメなんじゃないかと。

この映画って、役者のステレオタイプなイメージに頼っている部分がものすごく大きい。
軽薄で情けない男を演じる妻夫木聡、無自覚に男を翻弄するビッチな水原希子、不気味なDV男の新井浩文、神経質な不思議ちゃんの安藤サクラ、チャラい業界人のリリー・フランキー、静かな狂気を秘めている松尾スズキ。
出演者を想定して台本を当て書きする映画だってあるんだし、そういうのが悪いとは言わないよ。ただ、ほとんどそれだけで成立しているような映画なのよね。
あと、これは大根仁に何の責任も無い問題だけど、新井浩文に関しては完全にシャレにならない事態になっちゃったね。

(観賞日:2019年2月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会