『億男』:2018、日本

大倉一男は大学時代の同級生である古河九十九に誘われ、東京タワーの見える高級マンションの自宅で彼が開いたパーティーに赴いた。九十九の家には大勢の客が集まり、派手に盛り上がっていた。一男が戸惑っていると、あきらという若い女が来てスマホを奪い取る。彼女は一男の指紋を使ってセキュリティーを解除し、自分のLINEグループに彼を追加した。勝手な行動に腹を立てた一男がスマホを奪い返すと、あきらは「消したら殺すかんね。スルーは未読も既読も殺す」と告げて立ち去った。
九十九は一男に声を掛け、「今日はお祝いだ」と告げる。ステージに上がった彼は、ハイヒールに注がれたシャンパンを一気に飲み干して一男を指名した。ステージに立った一男はハイヒールのシャンパンを飲み干し、パーティー客の喝采を浴びた。九十九は「ようこそ」と彼をハグし、客に大量の紙幣を撒いた。一男は九十九の真似をして金を撒いた後、酒を飲んでパーティーを楽しんだ。その様子を見ていた九十九は奥の部屋に引っ込み、金庫の大金をスーツケースに詰めた。
翌朝、泥酔して眠り込んでいた一男が目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。彼は九十九が自分の3億円を持って姿を消したことを知り、慌てて電話を掛けるが番号は使われていなかった。一男はLINEであきらに連絡を取るが、誘われてパーティーに参加しただけで九十九の居場所は知らないと言われる。あきらは九十九がフリマアプリ「バイカム」の人間だと知り、元CTOの百瀬栄一なら繋がっていると告げる。彼女は一男を競馬場へ連れて行き、ギャンブルに熱中する百瀬に会わせた。あきらは一男に、百瀬はバイカムを作ったスーパーエンジニアで、今は3つも会社を経営していると説明した。
一男は百瀬から事情を教えるよう求められ、少し迷ってから話し始めた。2週間前。一男は昼間に図書館司書として働き、深夜はパン工場でアルバイトをしている。合わせて37万円の収入があるが、ここから妻と娘を含めた家族3人の生活費を引いた残り15万円を借金の返済に充てている。借金の総額は3千万円で、利子も含めての完済は30年以上先になる。妻の万左子が幼い娘のまどかを連れて出て行ったため、一男はアパートで独り暮らしをしている。
一男にはまどかとの面会日が指定されており、娘と会うことは唯一の安らぎとなっている。万左子は「まどかにお金の話はしないでね」と一男に釘を刺し、娘の前では笑顔を見せるよう要求した。一男はまどかに「いつになったら一緒に住めるの?借金が無くなったら、一緒に住めるんだよね?」と訊かれ、返答に困った。商店街を歩いている時、2人は福引き大会の会場の前を通り掛かった。まどかは3等の景品の自転車を物欲しそうに眺めるが、一男が「自転車、欲しいの?」と尋ねると「ううん、大丈夫」と告げた。すると老婆が「良かったら、どうぞ」と言い、2人に福引券を差し出した。
一男は福引きで宝くじ10枚を当てるが、自転車ではないので喜べなかった。しかし後日、テレビ番組を見た一男は宝くじの番号を調べて、3億円が当選していると知った。換金のために銀行を訪れた彼は、担当者から詳しい説明を受ける。行員たちは一男に、いきなり高額の買い物をするのではなく、落ち着いて家族と相談するよう助言した。貰った冊子を自宅で読んだ彼は、不安に見舞われた。アルバムに目を留めた一男は、九十九のことを思い出した。
一男はバイカムの本社ビルを訪れ、約11年ぶりに九十九と再会した。九十九は自分の住まいに一男を案内し、会社の打ち合わせや接待用に借りた場所だと説明する。彼は銀行に3億円を預けておくのは勧めないと言い、すぐに卸すよう促した。「見てから使い道を考えた方がいい」という助言に従い、一男は3億円を銀行口座から引き出した。彼が部屋に戻って来ると、九十九は鞄から3億円を取り出して並べる。「みんなお金のことを知らない。だからお金に振り回される」と彼が話すと、一男は「お前がいてくれて助かったよ。兄貴が借金してさ。深く考えないで保証人引き受けちゃって、後悔してるよ」と述べた。
一男は九十九に「借金さえ返せば万左子とまどかは戻って来る。残った金を間違いなく使う方法を知りたい」と言い、「君は起業して成功し、総資産は百億以上だっけ」と確認する。九十九は「お金の正しい使い方なんて僕にも分からない。僕に出来ることは、お金という物を君に理解してもらうことだけだ。そのためにはまず、使ってみよう」と告げ、あのパーティーを開いたのだ。そして一男は九十九に3億円を持ち逃げされ、困り果てたというわけだ。
一男の話を聞いた百瀬は「時間を無駄にした」と言い、面倒そうな態度を取った。彼はあきらに「賭けよか」と持ち掛け、一男と彼女に100万円ずつ貸してレースに賭けるよう促す。困惑した一男は断るが、百瀬が執拗に要求するので仕方なく承知した。彼が娘の誕生日から7番に賭けると、見事に的中した。百瀬は1億円が当たったと言い、最終レースにも賭けるよう要求する。自分の馬が出るから必ず勝てると彼は言い、「まだ2億足らんねやろ」と言う。渋る一男だが、百瀬が「人生いうんはな、いつどこで、どんなリスクを取るかや。どう考えても今やろ」などと訴えると最終レースに1億円を投入した。
一男の予想が外れると、百瀬は最初から馬券など買っていなかったことを明かした。彼は3億円について、「自分の能力でゲットしたもんちゃうやろ。持ち逃げされるぐらいがちょうどええねんて」と話す。「借金を返して家族と暮らしたいんです」と一男が告げると、百瀬は「金で家族が戻ってくるなんか、幻想もええとこやで」と述べた。百瀬は楽しませてもらった代わりにフェイスブックで繋がろうと一男に持ち掛け、そこで九十九を捜せばいいと告げた。
競馬場から去った後、あきらは一男に、百瀬がバイカムを売却した金で会社を始めたが上手く行っていないらしいと教えた。九十九と友達だったのかと問われた一男は、14年前のことを振り返った。一男は大学で落語研究会に入り、九十九と親しくなった。吃音で普段は上手く話せない九十九だが、落語だと流暢に喋ることが出来た。飲み会で嘔吐したのを一男が送って行った時も、彼は『芝浜』の一部分を急に話し始めた。学園祭の発表会では九十九がトリを務め、得意の『芝浜』で観客の笑いを誘った。
バイカム元CFOの千住清人はマネーアドバイザーとして活動し、「夢実現セミナー」を主宰していた。一男は千住を訪ねるが、九十九とはバイカムを売却してから連絡を取っていないと言われる。千住は一男に、九十九はバイカム売却に関わった人間と絶対に会いたがらないと話す。2年前、百瀬や千住たちバイカムの売却を進めるが、九十九だけは最後まで反対した。売却後は経営陣として残れないことに、彼は納得できなかったのだ。九十九はバイカムに可能性があると信じていたが、最後は折れた。
千住はカツラとヒゲで見た目を変え、「ミリオネアニューワールド」のセミナー会場に現れた。彼は集まった人々に向かって演説し、お金か無限にあったら何がしたいかを1分間で全て書き出すよう指示した。指名された中年男性は「借金を返して家族と一緒に暮らしたい」という願望を語り、7千万の借金があること、妻子と2年も会っていないことを明かした。千住は「貴方の夢は絶対に叶います」と彼を抱き締め、1万円を渡した。
「これは幾らですか」と問われた中年男性が「1万円です」と答えると、千住は「貴方はお金という概念にとらわれている。ダダで手に入れたそのお金は、0円です」と言う。彼は紙幣を破り捨てるよう指示し、男が従うと「お金なんて人間が作り上げた幻だ。借金がある。家族と暮らしたい。もっと大きな夢を描きませんか?」と語る。彼はお金から解放されるよう訴え、持っている紙幣を撒いた。真似をするよう促された客は一斉に立ち上がり、自分の財布から紙幣を取り出して投げ捨てた。
一男がパーティーの光景を重ね合わせていると、千住は「これで貴方たちの夢は絶対に叶います」と語る。彼は参加者に夢を尋ねていき、「絶対に叶います」と太鼓判を押す。指名された一男が「お金を使える人間になりたいです。お金に振り回されるんじゃなく」と言うと、千住は「絶対に叶います」と告げた。セミナーが終わって参加者が去った後、スタッフは会場に散乱した紙幣を回収した。一男は千住に改めて九十九のことを質問し、彼の実質的な秘書で元バイカムの広報IR担当だった安田十和子を訪ねてみるよう告げられた。
一男はまどかが通っているバレエ教室の見学に行き、万左子と合流した。「この間の話、何だったの?3億円があるから借金も大丈夫だとか。夢でも見たの?」と問われた彼は、宝くじで3億円が当たったのだと話す。今は手元に無いが届くことになっていると語った彼は、「また一緒に暮らさないか」と誘う。万左子が「覚えてる?あの子が初めて自分からやりたいって言った日のこと。心配だったけど3年も続いてる」と言うと、一男は「まだ怒ってんのか。バレエやめさせろって言ったこと」と問い掛けた。「仕方ないよ、お金なかったし」と万左子が告げると、彼は「お金はもう大丈夫なんだ。借金を返して、また一緒に暮らそう」と告げる。しかし万左子は同意せず、渡してある離婚届に署名するよう求めた。「どうして?もうお金は大丈夫なんだ」と一男が困惑すると、彼女は「重すぎたね。貴方という人を変えるぐらい」と言って立ち去った。
一男が十和子を訪ねると、売却益で10億円を手に入れたはずの彼女は公営住宅で地味な生活を送っていた。彼女は10億円を手に入れた時に周囲の人間から「ずるい」としか言われなかったこと、男が何でも金で手に入れようとすることを語る。十和子はお金に全く興味が無い夫と出会い、すぐに結婚を決めたと話す。「3億円が戻って来たら、どうするの?」と彼女に訊かれた一男は、「使います」と答える。「何に?」と質問されると、彼は「分かりません。ずっと考えてるんです」と述べた。十和子は「特別に見せてあげる」と言い、隠してある10億円を見せた。
「九十九から友達の話を聞いたのは、貴方だけ。モロッコ旅行、一緒だったんでしょ?モロッコでバイカムのサービスを思い付いたって話してました」という彼女の言葉に、一男は九十九と出掛けたモロッコ旅行を振り返る。ホテルを探していた2人は、カタコトの日本語を話す現地の男に声を掛けられた。男は「連れて行ってあげるよ、お金は要らない」と言い、ホテルへ案内する。しかしホテルに着いた途端、男は「少しだけお金をください」と言い出した。一男は金を渡そうとするが、九十九は彼を制止した。九十九が金の支払いを拒否すると、男は態度を豹変させて悪態をついた。翌日、2人は市場へ出掛けるが、一男は急に体調が悪くなってしまう。彼が倒れ込んだせいで店の陶器が割れてしまい、店主は激怒して喚き散らした。九十九は店主の要求する金額を支払い、一男を病院へ運んだ…。

監督は大友啓史、原作は川村元気『億男』(文春文庫刊)、脚本は渡部辰城&大友啓史、製作は市川南、共同製作は今村司&畠中達郎&稲葉貢一&谷和男&高橋誠&舛田淳&渡辺章仁&板東浩二&田中祐介、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘、プロデューサーは佐藤善宏&守屋圭一郎、落語指導は立川志らく、撮影は山本英夫、照明は小野晃、録音は湯脇房雄、美術は三浦真澄、編集は早野亮、衣装デザイン・キャラクターデザインは澤田石和寛、プロダクション統括は佐藤毅、音楽は佐藤直紀、主題歌「話がしたいよ」はBUMP OF CHICKEN。
出演は佐藤健、高橋一生、黒木華、北村一輝、沢尻エリカ、藤原竜也、池田エライザ、川瀬陽太、尾上寛之、菅野真比奈、本田大輔、小久保丈二、松田るか、藤原季節、前原滉、大津尋葵、大窪人衛、立川志ら門、佐藤玲、師岡広明、木村了、君嶋麻耶、今井隆文、小多田直樹、伊藤雄太、今田健太郎、山谷花純、松浦祐也、芦原健介、小池澄子、平田薫、倉田大輔、山城秀之、谷村海紗、池浪玄八、河野達郎、村本明久、柴田鷹雄、中川光男、船崎良、山岸健太、重野滉人、佐々木史帆、葛堂里奈、今泉玲奈、大田恵里佳、高瀬アラタ、日中泰景、廣瀬菜都美、蔵原健、松葉乃子、細田喜子、影山真子、安藤広郎、日下部慶久ら。


東宝の映画企画部映画企画室室長として数々のヒット作を送り出してきた、川村元気の同名小説を基にした作品。
監督は『秘密 THE TOP SECRET』『ミュージアム』の大友啓史。
大友と共同で脚本を担当したのは、スクウェア・エニックスのゲームプロデューサーやDeNAのゲーム事業担当執行役員を歴任してきた渡部辰城。
一男を佐藤健、九十九を高橋一生、万左子を黒木華、百瀬を北村一輝、十和子を沢尻エリカ、千住を藤原竜也、あきらを池田エライザ、まどかを菅野真比奈が演じている。

時系列をシャッフルし、最初に「パーティーで酔い潰れた一男が目覚めると九十九が3億円を持ち逃げしていた」という展開を持ってきている。
最初に「驚きの展開」を配置して、観客を引き付けようとした狙いは良く分かる。
ただし、この映画の場合、その構成は完全に失敗と言わざるを得ない。
その理由は、あまりにも疑問点が多すぎるからだ。「驚きの展開」が訪れるまでの段階で、肝心の部分以外でも色々と引っ掛かる問題が多すぎるからだ。

「九十九が3億円を持ち逃げする」と出来事が起きた時、まず当然のことながら「なぜ九十九は親友の金を持ち逃げしたのか」という謎が生じる。これは何の問題も無い。
ただ、他にも「地味で冴えない感じの一男が、なぜ派手なパーティーに参加していたのか」「なぜ一男はヤンエグっぽい九十九と仲良しなのか」「あきらが強引に一男をLINE登録した理由は何なのか」「なぜ一男は3億円という大金を持っていたのか」など幾つもの疑問が湧く。
本来ならば、ここは「なぜ親友の金を持ち逃げしたのか」という部分にミステリーが集約されるべきじゃないかと思うんだよね。
そうじゃないから、のっけから話が整理されず散らかっている印象を受けるのだ。そのため、サプライズとしての仕掛けが全く入ってこないのだ。

回想シーンが始まり、一男が宝くじで3億円を当てたことが明かされる。この時の一男の対応には、大いに違和感がある。
そこまでに彼が3千万円の借金を抱えていること、完済は30年以上先になることを説明している。そして、彼が借金のために仕事を掛け持ちしていること、娘に自転車も買ってやれないことが描かれている。
だったら、3億円を当てた時点で、まず思い付くのは「これで借金が返済できる」ってことじゃないのか。
なぜ「借金返済」ってのが微塵も浮かばず、いきなり「不安になる」という段階に入るのか。
せめて、まずは娘のために自転車を買ってやれよ。

不安に見舞われた一男が最初に取るのは、「九十九に電話を掛ける」という行動だ。これも違和感しか無いぞ。
「アルバムを見て九十九を思い出す」という手順は経ているけど、それで納得するのは無理。
「九十九なら教えてくれるかもしれない。お金の先にある答えを」というモノローグが入るけど、だからさ、まずは借金の完済を考えろよ。
「大金を手にして生じる家庭崩壊や孤独」ってのは、まず借金を完済してから考えるべきことだろ。借金を返すまでは、まだ3億円が自分の物になったとは言い切れないんだから。

お金の先にある答えなんてのは、借金を返してから見つければいいだろ。
「それは人を幸せにするか、それとも」なんてのは、3千万円の借金を抱えている状態で考えるべきことじゃねえよ。
製作サイドが「3千万円の借金を抱えて返済に苦しんでいる男」についてリアルな感覚を持っていないのは仕方がないかもしれないけど、それがモロに出ちゃってるんだよね。
だから、一男の言動は何から何までヘンテコで、ツッコミ所が満載のボンクラ仕様になっちゃってんのよ。

一男は九十九から3億円を卸すよう促され、「見てから使い道を考えた方がいい」と言われる。この違和感たっぷりな助言に、一男は何の迷いもなく従う。
繰り返しになるけどさ、「見てから使い道を考えた方がいい」ってことじゃなくて、まず3千万円に関して使い道が最初から確定しているはずでしょ。
まずは借金を返済して、それから残りの使い道を考えるってことなら分かるよ。だけど一男の頭の中からは、そのことが完全に抜け落ちているんだよね。
ただ、そのくせ「これでまたあいつらと暮らせる」とは言うんだよね。
それって借金を完済しないと叶えられない望みでしょ。なのに、まだ借金を返す前から「残りの金を間違いなく使う方法を知りたい」とか言い出すのは、どう考えても変だよ。

一男が「(借金を返して)残った金を間違いなく使う方法を知りたい。もう金で失敗したくないんだ」と告げると、九十九は「僕に出来ることは、お金という物を君に理解してもらうことだけだ」と話す。ここまでは、会話として筋が通っている。
ところが、その後に九十九は「そのためにはまず、使ってみよう」と3億円の中から札束を1つ掴んで一男に差し出すのだ。
ここで途端に破綻しちゃってる。
「お金を理解してもらうために使ってみる」という理屈は百歩譲って受け入れるにしても、なんで一男の金を使わせるんだよ。
そして、それを何の反対もせず受け入れちゃう一男もどうかしてるぞ。

一男が競馬で1億円を当てた時、百瀬は最終レースにも賭けるよう要求する。そう何回も勝てるわけがないと考えた一男が断ると、百瀬は自分が馬が出るから必ず勝つと断言する。
そこまでは別にいいけど、「まだ2億足らんねやろ」という言葉は何の説得材料にもならないぞ。一男が持っていた3億円は宝くじで当選した物であって、「会社の金を持ち逃げされた」とか「稼いだ金を盗まれた」というわけではないからね。なので、1億円をゲットした時点で、もう充分なのよ。
「あと2億を何が何でも取り戻さないと」というモチベーションは、一男の中には無いはずで。だから一男が渋るのは当然なのだが、「人生いうんはな、いつどこで、どんなリスクを取るかや。どう考えても今やろ」などと熱く語られると賭けちゃうんだよね。それは変だわ。
彼にとって「借金完済」ってのは何を置いても優先すべき事項のはずなのに、なんで乗せられちゃってんだよ。
予想が外れた後の百瀬の台詞によって、そこで何を伝えたかったのかは分かるよ。でも、それを伝えるための方法やキャラの動かし方に、無理があり過ぎるのよ。

14年前の回想シーンで「九十九が大学の落研で『芝浜』を得意にしていた」という設定が出て来ると、この映画のオチが何となく見えてくる。
『芝浜』を出すのは、ほぼネタバレと言ってもいい。そして実際、大まかなオチとしては予想通りになる。
ただ、「オチが見える」ということに関しては、そんなに大きなマイナスではない。
問題は、細部まで見た時に「それは違うだろ」と強く言いたくなるようなオチになっていることだ。

百瀬は初めて会った一男に競馬への参加を強要し、「人生いうんはな、いつどこで、どんなリスクを取るかや」など金に関わるメッセージ的な台詞を色々と喋る。やや不自然な部分はあるが、まだ百瀬のパートは許容できる。
しかし次の千住のパートは、完全に仕掛けの裏側が見えてしまっている。
千住は一男と話しながら変装し、ミリオネアニューワールドの教祖として信者から金を巻き上げる様子を見せている。
だけど、それって彼にとっては部外者に絶対に見せちゃダメなトコでしょ。
それを初対面の一男に堂々と明かすなんて、普通に考えれば絶対に有り得ない。十和子が隠し持っている10億円を一男に見せるのも、やはり不自然すぎる行動だ。

ただ、あまりにも露骨に不自然さをアピールしているので、「百瀬と千住と十和子はグルで、九十九が一男にお金の意味を考えさせるために協力してもらった」ということなんだろうと思っていた。
千住のパートでは、客の1人が「借金を返して家族と一緒に暮らしたい」という願望を掲げ、ご丁寧に一男と同じく妻と娘がいることを話すしね。
そこで一男の状況と重なる男がいるってのは、あまりにも都合の良すぎる偶然でしょ。
だから、種明かしに向けての伏線が、分かりやすく見えちゃってるんだろうと思っていた。

ところが、なんと百瀬たちは「実は」という種明かしには何の関係も無いのだ。
九十九が連絡を取っていないのも、バイカム売却を巡って確執が生じたままなのも、全て事実なのだ。
つまり「百瀬と千住と十和子の言動が不自然」ってのは、「計画の協力者ってことの見せ方が下手すぎる」ってことじゃなくて、「製作サイドが観客にメッセージを伝えるやり方が下手すぎる」ってことだったのだ。
どっちにしろ下手なのは変わりないけど、後者の方が欠陥としては遥かに大きいぞ。

万左子から一緒に暮らすことを拒否された一男の「俺たちに足りなかったのはお金だけだ」と台詞が飛び出した時点で、この夫婦の描写を通じて何を伝えたいのかは分かるよ。
ようするに「家族に大切なのはお金じゃなくて」ってのを描きたいんでしょ。
でもさ、それは生活に不自由の無いお金を持っている奴が、安全な場所から偉そうに言っているだけの空虚なお説教に過ぎないのよ。
莫大な借金を背負って返済に追われている奴に「家族に大切なのはお金じゃない」とか言うのは、恵まれた人間のおごりでしかないのよ。

後半にはモロッコ旅行のパートが入るが、こんなの丸ごとカットでいいでしょ。
せめて「道案内の男に金を払わなかった九十九が、一男を病院へ運ぶためなら大金を支払う」ってのを描いた時点で終わりにすればいい。
かなり不格好な内容ってのはひとまず置いておくとして、とにかくモロッコのパートで描きたいことは、そこで終了している。
その後の「九十九がバイカムのアイデアを思い付く」というシーンなんて、まるで要らない。

なぜか九十九がモロッコで落語を始めるシーンは、もっと要らない。ただ違和感を覚えるだけだし、また『芝浜』を披露されても「だから何なのか」としか思えない。
とどのつまり、モロッコ旅行のパートって、「遅れて来た観光映画」みたいになっちゃってんのよね。バブル時代の映画みたいに、何の必要性も無い海外ロケを盛り込んでいるんだよね。
そういうトコ、お金の使い方を間違えているとしか思えない。
お金に関するメッセージを訴えようとする映画で、お金の使い方を大きく間違えているんだから、どうしようもないわ。

万左子は一男に離婚を要求し、復縁を懇願する彼に「やっぱり貴方は変わってしまった。昼も夜も借金を返すことばかり考え続けて」と批判の言葉を浴びせる。
だけど、兄貴のせいで多額の謝金を背負う羽目になったら、そりゃ金を返すことばかり考えるようになるのは当然でしょ。
それを批判して離婚を要求するって、まるで愛を感じないぞ。
「離婚を要求するのは建て前で、一男に考えを変えてもらうことが目的」みたいな裏でもあればともかく、そういう設定は見えて来ないし。

万左子は一男に、「どんなに借金まみれでも耐えていけると思った。年に一度、貴方と一緒にまどかの発表会を見ることが出来れば」と言う。
つまり彼女は、娘のバレエ教室について「辞めさせない?」と持ち掛けたことを、離婚の原因として挙げているのだ。
ただ、そのくせ一男が「まだ怒ってんのか、バレエ辞めさせろって言ったこと?」と尋ねた時は、「仕方ないよ。お金無かったし」と言っているのよ。
そう否定しておいて、後になって「それが離婚の原因です」みたいなことを言い出すんだから、なんて卑怯なんだよ。

そもそも、一男はお金が無いから、まどかのバレエ教室を辞めさせようと切り出しているわけで。借金の返済で必死なのに、その費用はどこから捻出するのか。
そういうことを万左子は何も考えず、一男が「辞めさせない?」と提案した時は即座に「続けるよ」と冷たく切り捨てているんだよね。
「お金が無いんだよ」という彼の主張に対しては、何のアイデアも提示しないくせにさ。
批判するだけじゃなくて、「こうしたら何とかなる」という現実的な案を出せよ。

製作サイドは、落語『芝浜』の本質を理解しているんだろうか。
ちゃんと理解した上で物語の下敷きとして使っているのなら、主人公の妻をこんな性格にしておくことなんて絶対に出来ないはず。
これだと完全なる悪妻じゃねえか。全く愛せない女じゃねえか。
落語家によって女房の表現は異なるけど、「身を持ち崩した夫を立ち直らせようとする妻」ってのは共通している。
だけど万左子って、ちっとも一男への思いやりが見えない妻になっちゃってるのよ。

『芝浜』の奥さんの役割を九十九が担当する設定だけど、そこで完全に失敗しているんだよね。
そのせいで万左子を上手く扱えなくなっているし、九十九は「泥棒のくせに偉そうなことを言う奴」にしか見えないし。
同じような話でもさ、例えば「九十九が万左子から頼まれて手を貸した」みたいな設定にして、2人とも「一男を欺くことへの罪悪感は抱いている」という描写にすれば、それだけでも随分と印象は違ったんじゃないかと思うぞ。
もちろん、他にも改変しなきゃいけない点が幾つもあるけどさ。

(観賞日:2020年9月2日)

 

*ポンコツ映画愛護協会