『あゝ野麦峠 新緑篇』:1982、日本

1920年春(大正九年)、金丸林組製糸工場の工女である中谷タケは、川岸駅の近くまで逃亡した。彼女は走って来る汽車に飛び込んで自殺しようとするが、捜索に来た主任検番の今井丈吉に捕まった。今井は「俺を頼ってりゃいい。もうじき百円工女にしてやる」と余裕の笑みを浮かべ、タケを犯した。タケは睾丸を掴んで今井を失神させると、その場から逃げ出そうとする。しかし動かなくなった今井を見た彼女は殺してしまったと誤解し、警察に自首した。
警官が金丸林組製糸工場に現れ、タケと同じ村の出身である宮田常治を詰問した。常治は笑い出し、タケは死にたかったのだと告げた。工女の河合アイは「タケは辛かったのだ」と同情するが、吉田勝代は「淫乱だから今井の気を引いたのだ」と嫌悪感を示した。景気が悪化したため、社長の金丸大介は成績の悪い工女を解雇することにした。勝代を始めとする二百五十名が解雇され、五百名が残った。常治は倉庫で今井がタケを強姦する様子を目撃するが、何もせずに立ち去った。
関東大震災が起き、最上等の輸出用生糸は横浜の倉庫で全焼した。東京で初めてメーデーに参加した紡績女工は、八十万婦人労働者の解放を叫んだ。市川房枝たちの結成した婦選獲得同盟は参政権を要求し、政府に迫った。1926年春(大正十五年)、生田朝子が働く業界最大手の高倉製糸は二条繰の多条繰糸機を開発し、近代化に向かって大きな一歩を踏み出していた。金丸林組でも新しい多条繰糸機を導入するが、慣れない作業に工女の塚本トシは苛立った。
勝代は沖名梅太郎が営む沖名製糸で働き、娘のように可愛がられていた。勝代は自殺を図った時に沖名に救われ、仕事まで与えてもらったことに感謝していた。常治は朝子と交際し、高倉製糸を辞めて金丸林組へ来るよう誘っていた。彼は指導役が必要であること、上に認めてもらって見番になるには優等工女を引き抜くのが一番であることを説明した。仲間と一緒に映画館へ出掛けたトシは、勝代と再会した。常治は朝子が「高倉製糸と契約している」と難色を示すと、別れを匂わせた。
トシや勝代たちはうどん屋に立ち寄り、印刷工で組合役員の加山努と出会った。勝代たちが結婚について語っていると、女将は「この中で決まった人がいるのはトシだけ」と指摘した。トシは微笑し、恋人の津川祥夫と祭りに出掛けた時のことを思い出す。朝子は常治を連れて実家に戻り、父の達治と母の市子に金丸林組へ移る考えを伝えた。「高倉製糸が黙っていない」と両親が懸念すると、朝子と常治は説得した。朝子が結婚するつもりだと明かすと、市子は「もっと働いてもらわないと困る」と怒った。
トシの妹のチヨは、自分が姉の分まで働くと言い出した。常治が歓迎すると、達治は「小学校も出ていない子供を働かせたら罰を食う」と言う。すると常治は何食わぬ表情で、「どこの工場もやってることだ」と告げた。常治の弟分である久保田清司は、夫婦約束で工女を騙すやり方について今井に反発した。しかし今井は「会社のためなら何をやってもいい」と一蹴し、朝子とチヨを連れて工場に戻った常治を笑顔で迎えた。常治は清司から「悪いことはしないでほしい」と頼まれ、「俺は主任見番の言う通りに動くだけだ」と告げた。
能力の高い朝子は他の工女の倍額の日給を取り、アイに優しく指導した。その様子を見たタケは、激しい対抗心を燃やした。監督官が工場へ視察に来たため、北見見番たちはチヨを始めとする少女の面々を慌てて消毒袋に隠れさせた。金丸は佐々総務部長や見番たちを集めて会議を開き、新しい繰糸機の導入で当分は黒字が出ないと部下から説明を受けた。彼は激しく苛立ち、20%の増産体制を作れと今井に命令した。今井は金丸から、交際費を勝手に使い込んだことを指摘された。
タケが怠ける態度を示すと北見は激怒して殴ろうとするが、今井が来て一喝した。常治は今井から、朝子に指導させるよう命じられた。勤務時間が終わって工女たちが去ろうとすると、常治は「もう30分、講習させる」と言い出した。タケが無視して立ち去ろうとすると、彼は朝子の指導を手伝うよう頼む。タケは朝子と常治に平手打ちを浴びせ、駆け付けた今井に「帰るんじゃ」と怒鳴って工場を飛び出した。慌てて今井が追い掛けようとすると、アイが「主任さんが行きゃタケは死ぬで。オレが行く」と説得した。アイはおでん屋台で酔い潰れているタケを発見し、工場に連れ戻った。
金丸は会議を開き、「55銭の日給を45銭に下げ、浮いた10銭は工女衆の成績に準じて分配する。見番にも月50銭ずつ供出してもらい、その月に最も成績の良かった班に一括して渡す」という方針を発表した。意見を求められた見番たちは、彼を恐れて一斉に賛同した。そんな中、常治が「どうせやるんなら1円取ることにして下さい」と告げると、金丸は喜んで承諾した。朝子は連続で1位になり、タケは2位から3位に落ちた。最下位の平井スミは焦りを見せるが、1つ順位が上のトシは全く動じずに笑みを浮かべた。
工女たちは過酷な労働を強いられ、倒れると見番が容赦なく暴力を振るった。彼女たちは体に幾つもの傷を負うが、医者は真っ当な治療をしてくれなかった。アイやトシら5人の工女は、加山から「状況を変えるには勉強して考えるしかない」と言われる。加山が「母之家に東京から偉い先生が来ているので話を聞いてみないか」と提案すると、トシは前向きな態度を示した。アイもトシに誘われる形で同行した。一方、アイに好意を寄せる清司は、お盆に祥夫が来ることを知った。
常治は増田君江という工女と関係を持ち、金丸林組に引き抜いて連れ帰った。彼は「工女は甘やかすべき」という報告書を提出し、金丸に褒められた。金丸が例年通りに盆踊りを開催するかどうか会議で問い掛けた時も、常治の意見が採用された。盆踊りの日、祥夫がアイの元に来るが、妊娠中の妻の伴っていた。祥夫が詫びるとアイは涙を流しながら無理に笑顔を作り、自分が悪かったのだと述べた。常治は君江が呼んだ天満組のヤクザたちに連行され、引き抜きの件で暴行を受けた。タケが警官を呼び、天満組の連中と君江は逮捕された。しかし署長は面倒を避けるため、数日で釈放するよう部下に命じた…。

監督は山本薩夫、原作は山本茂實 −続・あゝ野麦峠 角川文庫版−、脚本は山内久、製作は馬場和夫&山岸豊吉&宮古とく子、協力は第1作『あゝ野麦峠』製作者 持丸寛二(新日本映画株式会社)、協力製作は針生宏、撮影は小林節雄、美術は間野重雄、録音は田中信行、照明は栗木原毅、編集は鍋島惇、音楽は佐藤勝。
出演は三原じゅん子、岡田奈々、中井貴恵、江藤潤、石田えり、影山仁美、風間杜夫、なべおさみ、神山繁、宮崎達也、浅利香津代、木村夏江、下條正巳、高城淳一、原康義、樋浦勉、武内文平、伊藤敏孝、冷泉公裕、辻萬長、井上夏葉、伊藤公子、松村和美、江川真理子(江川眞理子)、斉藤ゆかり、難波香織、岡本プク、橋本晶子、石井富子(現・石井トミ子)、高山千草、早瀬みどり、宇田川智子、小笠原慶子、久遠利三、金親保雄、園田裕久、奥村公延、日野道夫ら。
ナレーションは鈴木瑞穂。


山本茂實の小説『続・あゝ野麦峠』を基にした作品。1979年の映画『あゝ野麦峠』の続編に当たる。
監督は前作に引き続いて、山本薩夫が担当している。
脚本は『聖職の碑』『アッシイたちの街』の山内久。
出演者は総入れ替えとなっている。タケを三原じゅん子、アイを岡田奈々、朝子を中井貴恵、常治を江藤潤、トシを石田えり、勝代を影山仁美、祥夫を風間杜夫、今井をなべおさみ、金丸を神山繁、清司を宮崎達也、沖名を下條正巳、佐々を高城淳一、加山を原康義が演じている。

当初、この続編は『あゝ野麦峠』と同じく、持丸寛二が創設した独立プロダクションの新日本映画が製作する予定だった。山本薩夫が前作に続いてメガホンを執り、山一争議を扱う内容にすることが決まっていた。山一争議とは、1927年に岡谷の製糸会社である山一林組で工女たちが起こしたストライキのことだ。
しかし持丸が急に興味を失い、製作の中止を発表した。そこで前作を配給した東宝映画は自社での製作に切り替え、企画を続行した。
東宝としては『あゝ野麦峠』が大ヒットしたので、確実に当たる企画だと確信したのだろう。
しかし二匹目のドジョウはおらず、完全にコケた。

「1926年春(大正十五年)」のテロップが出ると「業界最大手の高倉製糸は二条繰の多条繰糸機を開発して云々」とナレーションが入る。
この時に画面では作業中の朝子が映し出されているが、そこが高倉製糸なのか金丸林組なのかが分かりにくい。
実際には高倉製糸なのだが、そこからカットが切り替わるとトシたちの作業風景が映る。なので、これも高倉製糸なのかと思ったら、ここは金丸林組。
その後には勝代の現場が映るが、いつの間にか金丸林組に戻ったのかと思ったら初登場の沖名製糸。
そもそも、高倉製糸や沖名製糸の工場を見せる必要なんか無いのよ。朝子は常治とのデートで初登場させればいいし、トシはアイと遭遇するシーンで再登場させればいい。

トシが不慣れな繰糸機の仕事に苛立つシーンで、その現場にアイはあるけど、タケの姿は見当たらない。アイたちが映画を見に行く時も、タケはいない。
その後も主人公とは思えないほど、出番が控え目だし存在感も今一つだ。
群像劇と言えば聞こえはいいけど、実際は焦点が上手く絞り切れていないだけにしか思えない。
複数の人物のドラマを並行して描くにしても、その中心にいるのはメインヒロインのタケであるべきだと思うのよ。だけど、その芯になるべき部分が、あまりにも脆弱なのよ。

タケが「帰るんじゃ」と飛び出し、アイが追い掛けようとする今井を説得した後、カットが切り替わると吹雪の中で野麦峠を歩く工女たちの姿が映し出される。これは何の映像なのかと思ったら、タケが見ている夢という設定だ。
彼女はアイに起こされて「夢見とった」と言い、その内容を詳しく喋る。すると彼女の台詞に合わせて、峠を歩いて工場に来た時の様子が再び映し出される。そしてタケは「ホントに幸せになれると思ったもんや。10年、何のために糸を引いてきたんじゃろ」と漏らして嘆き、アイは泣く。
でも残念ながら、そこで同情できるほど上手い語り口じゃないし、充分なドラマも紡ぎ出せていない。
あと、今さら吹雪の野麦峠を越える様子を挿入されても、それよりも遥かに酷い目に遭っている様子が描かれているからね。

ものすごく大まかに言っちゃうと、これは「工女たちが過酷な労働を強いられ、男たちから酷い目に遭わされる話」である。理不尽な暴力を受けても、女たちは他に行く場所も無いので我慢を余儀なくされる。
景気が悪化する中、ますます女たちの労働環境は酷くなるし、暴力もエスカレートする。女たちは何の救いも無く、不幸になっていく一方だ。
そんな内容は、ザックリ言うと前作と同じだ。
もちろん細かい筋書きは違うけど、「焼き直し」「劣化版」という印象は否めない。

前作とは登場人物が異なるし、物語としても全く繋がりは無いのかと思った。しかし後半に入り、意外なトコで前作に結び付けている。
うどん屋で組合活動に関する話し合いが行われている時、店の女将が「アネマは扱き使われて肺炎になり、歩けなくなって会社に捨てられ、野麦峠で死んだ」と語る。
その際、前作で主人公の政井みねが死んだ時の映像が挿入されるのだ。
なので「アネマ」ってのが姉の意味かと思ったら、そうじゃなくて「姉のように慕う工女」ってことなのね。
つまり、女将は「そんな出来事が過去にありました」と語っているだけで、みねとの関係性は薄い。

いつの間にか朝子やチヨが沖名製糸に移っているが、そこは何の説明も無い。タケが工女を辞めてカフェの女給になっているのも、いつの間にかの出来事だ。
終盤に入ると組合活動が活発化し、会社との対立が激化していく。しかしタケはカフェの女給になっているので参加せず、完全にカヤの外である。もちろん、おのずと出番も少なくなっている。
そして組合は金丸林組との戦いに敗れ、ある者は逮捕され、ある者は怪我を負い、ある者は命を落とす。
そして最終的には全員が散り散りになるので、今回も女たちは救われない。

(観賞日:2025年3月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会