『映画 クロサギ』:2008、日本

詐欺師には3種類ある。人を騙して金銭を奪う「シロサギ」、異性の肉体と心をもてあそぶ「アカサギ」、シロサギやアカサギのみを 獲物にする「クロサギ」だ。クロサギとして多くの詐欺師を食ってきた黒崎は、かつて詐欺被害に遭った父が一家心中を図り、自分だけ か生き残ったという過去があった。彼の父を陥れた詐欺の計画を立てたのは、詐欺師業界のフィクサーと呼ばれる桂木敏夫だ。現在、黒崎 は桂木から情報を提供してもらい、シロサギやアカサギを騙して金を巻き上げている。
今回、桂木が黒崎に回した獲物は、贈答詐欺を仕掛けた石垣徹という男だ。チンケな詐欺だと思いつつも、黒崎は行動を開始した。石垣が 騙した相手は、桶川レイコというシングルマザーの女性だ。小学2年生の娘・桃花は心臓が悪く、ずっと入院している。社長を務める レイコに近付いた石垣は、ダイヤの付いた高価な印鑑をプレゼントした、レイコは、それを実印として登録してしまう。石垣は事前に、 その印鑑を使って契約書を作っていた。そのため、レイコは4800万円の返済を迫られることになった。
黒崎はITベンチャー企業の社長に成りすまし、石垣がカモを物色する店に赴いた。金回りの良さをアピールしていると、狙い通りに石垣 は食い付いてきた。後日、黒崎が用意した偽のオフィスに、石垣と部下の鷹尾がやって来た。黒崎は彼らに、電子マネーでの海外進出計画 を話した。彼は電子マネーのコンペに日本の共同企業体が入ったこと、そこに自分の会社も参加していることを告げ、証拠となる新聞を 見せた。黒崎は石垣に、そのマネーカードがマネーロンダリングにも利用できることを説明した。
黒崎はネット上に偽のチャージサイトを作り、そこにアクセスさせるよう話を持って行く。口座情報を入力すると、黒崎の銀行口座に金が 振り込まれる仕組みになっていた。黒崎は約2億円の振り込みがあったこと確認し、石垣を食ったと確信する。だが、鷹尾の変死体が発見 されたことから、黒崎は自分の思い違いを知ることになった。彼は桂木の部下・早瀬真紀子から、事実を知らされた。
マネーカードを使ったのは石垣ではなく、鷹尾だった。裏カジノで多額の借金があった鷹尾は、石垣のバックに付いている暴力団組長・ 蔵本俊介にマネーカードを持ち込んだ。黒崎の口座に入ったのは、暴力団の金だった。騙されたと知った蔵本が、見せしめとして鷹尾を 殺害したのだ。事件の捜査を開始した上野東署知能犯係の神志名将や桃山哲次は、黒崎が絡んでいることを知った。神志名は「黒崎は ショックでしょう。人殺しはしないというのが、クロサギとして生きる、あいつの心の拠り所ですから」と語った。
黒崎は桂木の情報により、銀座の高級クラブのホステス・さくらと会った。さくらは黒崎に、石垣が家族の仇だということを告げる。 1992年、栃本物産という中小企業の倒産をきっかけにして、多くの会社が潰れた。さくらの父が営んでいた会社も、手形の決済を承諾して いたため、多額の借金を抱えて倒産した。債権者のまとめ役を買って出た石垣だが、それは倒産詐欺の手口だった。
さくらは黒崎に、「倒産詐欺の実行犯は石垣だけど、計画を立てた人物は他にいる」と言う。すぐに黒崎は、桂木だと確信した。彼は桂木 に会い、「人間を駒にして、ゲームをやって楽しいか」と怒りをぶつける。すると桂木は「いつの世も、騙された奴の負けなんだ」と不敵 に笑った。黒崎は親しい詐欺師の白石陽一に会い、相談を持ち掛ける。白石は「お前が食わねえなら、俺が石垣を潰す。ウジウジされると 迷惑なんだよ」と黒崎に告げた。
石垣は倒産詐欺を仕掛けるために、マリンブルー・コンサルタントというフロント企業を経営していた。黒崎は警備員として会社に潜入し 、次にPCキングという会社の営業マンとして石垣の部下・岸田にセールスを掛けた。黒崎は石垣に「ウチは安いんです。4割引きに します」と言い、デジタルコピー機を搬入した。岸田は石垣に、PCキングが信用できる会社だという調査結果を報告した。
石垣は黒崎に、「会社用のパソコンを100台買い換えたいが、手形でお願いしたい」と持ち掛けた。黒崎が「半分は手形、半分は現金で どうでしょうか」と提案すると、石垣は承諾し、2人は契約を取り交わす。そんな中、黒崎はさくらから、桂木が15年前に発生した大規模 なドミノ倒産を止めようとしていたこと、彼女を石垣から救ったことを聞かされる。黒崎は、桂木が自分を裏切った石垣を潰すため、その 情報を自分に流したことを察知した。
黒崎は桂木の元へ行き、「俺は石垣を食うが、アンタのためじゃない」と言い放つ。すると桂木は落ち着き払った態度で石垣がカリブへ 高飛びしようとしていることを告げ、「間に合うかなあ、時間ないぞー」と挑発するように言う。黒崎は石垣と会い、パソコンの搬入日を 早めた。黒崎は、搬入日にホテルで彼と会う約束を取り付けた。黒崎は準備を進め、いよいよ決行の日がやって来た…。

監督は石井康晴、原作は黒丸&夏原武(原案)『クロサギ』(小学館『週刊ヤングサンデー』連載中)、脚本は篠崎絵里子、 製作は加藤嘉&藤島ジュリーK.&亀井修&島谷能成、エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉、プロデューサーは伊與田英徳、 アソシエイトプロデューサーは三城真一&大岡大介&中沢敏明、ライン・プロデューサーは吉田浩二、プロデューサー補は菅野真由美、 撮影は原田幸治&森哲郎、編集は松尾茂樹、録音は妹川英明、照明は林明仁、映像は荒井秀訓、美術プロデューサーは中嶋美津夫、美術 デザインは永田周太郎、VFXスーパーバイザーは田中浩征、法律監修は野元学二、音楽は山下康介。
主題歌は「太陽のナミダ」NEWS、作詞・作曲:カワノミチオ、編曲:m・takashi。
挿入歌は「抱いてセニョリータ」山下智久、作詞:zopp、作曲:渡辺未来&真崎修、編曲:前嶋康明。
出演は山下智久、堀北真希、山崎努、哀川翔、石橋蓮司、峰岸徹、加藤浩次、市川由衣、大地真央、竹中直人、飯島直子、笑福亭鶴瓶、 田山涼成、奥貫薫、岸部シロー、杉本哲太、北村有起哉、西村清孝、杉田かおる、佐々木すみ江、曽根悠多、我修院達也、ミッキー・ カーチス、穂のか(現・石橋穂乃香)、松山まみ、吉田里琴、小須田康人、清水昭博、魁三太郎、野元学二、田鍋謙一郎、松波寛、 佐伯新、森下能幸、岡田正典、アンドレ、もてぎ弘二、Velo武田、津野岳彦、友光小太郎、城明男、中野裕斗、木村優介、吉家明仁、 丸山麗、松澤仁晶、芳岡謙二、英由佳、ますあきこ、山田ひとみ、樋口綾、石原絵理、のむらゆみ、浅野昭子、小林愛里香、福嶋理生、 那波一寿、広重玲子(TBSアナウンサー)ら。


週刊ヤングサンデーに連載されていた漫画『クロサギ』を基にしたTVドラマの劇場版。
コミック12巻掲載の「FILE.33 贈答詐欺」と「FILE.34 倒産詐欺」をベースにした内容となっている。
黒崎役の山下智久、黒崎が所有するアパートの店子・吉川氷柱役の堀北真希、 桂木役の山崎努、神志名役の哀川翔、白石役の加藤浩次、氷柱の友人・三島ゆかり役の市川由衣、桃山役の田山涼成、早瀬役の奥貫薫は、 TVシリーズのレギュラー。
他に、さくらを大地真央、石垣を竹中直人、レイコを飯島直子が演じている。

氷柱&ゆかりの存在意義は皆無だ。
原作では氷柱が全く関与しないエピソードもあるんだが、ドラマ版のヒロインだから、登場させないわけにはいかないということなん だろう。
その考えは否定しないが、だったら彼女が上手くメインの物語に絡んでくるように脚色すべきなのに、そこで手抜きをしてしまっている。 まるで無関係な、「ゆかりの演劇の手伝いをする」という役回りにしてある。
ゆかりが上演しようとしているのはシェークスピアの『ジュリアス・シーザー』で、それをメインの物語に絡めようとしているのだが、 無理がありすぎる。
黒崎や桂木には、まるでシーザーやブルータスと重なる部分を感じないぞ。
桂木が公演のある舞台に現れて芝居の台詞を口にするのも、何がやりたいんだかワケが分からない。黒崎に向かって「ブルータス、お前も か」と言ったりするけど、そのタイミングで、その台詞を口にするのが意味不明だし。

そもそも、黒崎が桂木に対して怒りや憎しみの矛先を向けるという展開そのものが、邪魔に思えるんだよなあ。
実際に親の仇ではあるし、設定からすると、恨みがあるのは理解できる。ただ、映画としては、「石垣という卑劣で強大な悪党に対し、 黒崎が詐欺を仕掛ける」という図式に意識を集中した方が良かったんじゃないかな。
なんか石垣が巨悪に見えないんだよな。
それは、石垣の巨悪としての描写が不足しているというのもあるし、桂木がデカすぎるから石垣が小物にしか見えないという問題もある。

黒崎が「電子マネーはマネーロンダリングに利用できる」と石垣に語ると、画面が切り替わり、マネーロンダリングについて説明する ユーモラスなシーンになる。
それ以外のシーンはシリアスなテイストにしてあるため、その軽さは浮き上がっている。
っていうか、ある意味では、その軽薄さがピッタリなんだけど。
ただ、それがピッタリだと思わせてしまったら、それはそれでアウトだよな。

鷹尾の死を知った黒崎は、どうやら強いショックを受けたらしい。
だけど、黒崎が相手を死に追い込もうとしていたわけじゃなくて、勝手に動いた鷹尾が、勝手に死んだだけなのよね。
大体さ、「黒崎が意図しなかったところで、彼に騙された詐欺師が死ぬ」ということは、それまでにも可能性がありそうなモンでしょ。
白石との会話から推測すると、どうやら黒崎は石垣を食う意欲まで失うほどショックを受けたようだけど、それは違和感があるなあ。
っていうか、そこまで落ち込んでいるようには見えなかったし。

さくらの回想シーンは、無駄に長い。
正直、さくらというキャラクター自体が要らないと感じるぐらいだ。
その回想シーンでは石垣の巧妙さや悪辣ぶりは、それほど伝わって来ないし。
むしろ、さくらの回想は、「実は桂木は倒産詐欺の黒幕ではなく、さくらを助けた恩人だった」ということを示すために用意されている ようなモノだ。だとすれば、ますます回想シーンは要らない。
そもそも、黒崎が桂木を憎む箇所が無ければ、それは必要とされないモノだ。だから、黒崎が桂木を憎む部分からして、バッサリと削れば いい。

TVシリーズは見ていないから、どういう内容、どういうテイストだったのかは知らない。
ただ、少なくとも映画版に関しては、完全にアイドル映画である。
山下智久の演技力が低いので、どう頑張っても陳腐になった可能性は濃厚だが、それにしても薄くて浅い。
原作には高度な頭脳戦、丁々発止の駆け引き、巧妙なコン・ゲームがあったはずなのに、そういったモノが全く見えてこない。

まず贈答詐欺のシーンは、「石垣が巧妙で狡猾」と言うよりも、レイコが阿呆にしか見えない。
出会ったばかりの石垣がダイヤ付きの高額な印鑑をプレゼントした時点で、いかにも胡散臭いのに、「印鑑によって会社の値打ちが 変わってくる」というバカな言葉に騙される。
「お子さんのためにも頑張らないと」と言われ、それを簡単に実印として登録してしまう。
ただのボンクラとしか思えないぞ。

黒崎が警備員としてビルに潜入すると、山下智久の歌う『抱いてセニョリータ』が挿入される。
そのシーンとも、映画の内容とも全く合っていない楽曲だ。
そこでムチャをするぐらいなら、思い切って開き直り、もっと徹底してアイドル映画にすれば良かったのだ。
この映画は前述したように、明らかにアイドル映画なのに、アイドル映画としてヌルい作りになってしまっている。

黒崎の変装なんて、特殊メイクをしているわけでもなく、そのまんま黒崎なのに、なぜか石垣には正体がバレない。
そういう荒唐無稽なことは平気でやっているんだから、もっとケレン味たっぷりに、山Pの魅力をアピールすることだけに集中しても 良かったのではないか。
いっそのこと、黒崎が正体を明かすシーンではCGで背景が加工され、彼が特撮ヒーロー的な決め台詞を吐くとかさ。

後半に待っている「警察が停止させたエレベーターから黒崎が脱出する」というシーンは、明らかに山Pのために用意された、強引な展開 だ。
黒崎は詐欺師なんだから、本来なら頭脳労働以外の部分で活躍する必要は無いのだが、山Pのアクションでファンの御機嫌を窺おうと いうことなんだろう。
だったら、もっと「山Pの映画」として割り切るべきだった。
ただ、どうであれ確実に言えることは、山Pの熱烈なファン以外の人にとっては、映画にする価値の無い作品だということだ。

(観賞日:2011年4月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会