『一杯のかけそば』:1992、日本

時は昭和47年頃、札幌の時計台横丁。北海亭は味の良さで評判の高い手打ちそば屋だ。大晦日、店には常連客が集まっていた。地方新聞記者の熊井、タウン情報誌の編集長である秋山女史、市役所に務める服部、もうすぐ短大を卒業する昌代といった面々だ。
夜も更けて全ての客が帰り、北海亭の女将がのれんを下げて店を閉めようとした時、1組の親子が遠慮がちに顔を出した。2人の息子を連れた母親は、「かけそば1杯だけなのですが、よろしいですか」と尋ねてくる。北海亭の主人が作った1杯のかけそばを、親子3人は分け合って食べた。
その親子は貧しい生活をしなければならない理由があった。トラック運転手をしていた父親が事故を起こして他界してしまい、彼の残した借金を返さなければならなかったのだ。北海亭の夫婦は、その親子の次男を見て、交通事故で失った自分達の息子の姿を思い出す。
翌年の大晦日、その親子は再び姿を見せ、また1杯のかけそばを親子3人は分け合って食べた。その翌年、親子はまた来店するが、今度は2杯のかけそばを注文した。しかし、年明けに熊井が親子のことを勝手に記事にしてしまう。その年の大晦日から、その親子は来なくなってしまった…。

監督は西河克己、原作は栗良平、脚本は永井愛、企画は高橋松男、プロデューサーは野坂忠彦、エクゼクティブ・プロデューサーは上田彦二&高橋松男&富原薫&中川真次&入江雄三、撮影は高村倉太郎、編集は鈴木晄、録音は木村瑛二、照明は大西美津男、美術は佐谷晃能、音楽は渡辺俊幸、音楽プロデューサーは酒井政則。
出演は渡瀬恒彦、市毛良枝、泉ピン子、鶴見辰吾、佐藤弘、小尾昌也、滝口秀嗣、奥村公延、レオナルド熊、柳沢慎吾、池波志乃、可愛かずみ、四方堂旦、玉置宏、国生さゆり、金沢碧、斉藤拓美、藤谷里菜子、木下ゆず子、三村勝和(三村マサカズ)、木下智貴、藤本真弓、榎田逸美、村山里奈ら。


日本中に感動の渦を巻き起こした栗良平の原作(後に原作者は愚行をやらかして一気に評判を貶めるのだが)に、オリジナルのエピソードを加えて映画化した作品。
北海亭の夫婦を渡瀬恒彦と市毛良枝、かけそば1杯を注文する親子の母を泉ピン子、成長した長男を鶴見辰吾、次男を佐藤弘が演じている。
他に熊井を柳沢慎吾、秋山を池波志乃、昌代を可愛かずみが演じている。また、2代目アルバイトのマーボーを演じているのは、現さまぁ〜ずの三村マサカズである。

映画は人間の言葉を喋る犬の登場するアニメーションから始まる。犬の声を担当するのは『サザエさん』でタラちゃんの声を当てている貴家堂子。
そして、映像はアニメーションから実写へと変わる。
ここでナレーションを担当するのは市原悦子。
基本的に、彼女が状況の変化を全て説明してくれる。

この映画、人々の優しさに満ち溢れた温かい作品にしようとして、見事に失敗している。感動させようとすればするほど、その白々しさに見ている者の心は引いていく。
「人間は自由だが他人に迷惑を掛けてはいけない」とか「過ちを犯したら償いをしなければならない」といった説教臭いセリフが多用される。
原作からして偽善的な匂いが漂っていたわけだが、この映画は原作を遥かに上回る偽善的なムードに包まれている。
原作も安っぽいが、映画は輪を掛けて安っぽい。

1年目に北海亭を訪れた親子が、3人で1杯しか頼まないのは許そう。
しかし、2年目も1杯しか頼まないというのは、嫌がらせにしか思えない。
最初から、「年末に北海亭に行く」ということは決まっているのだ。
だったら、3人分の金ぐらい貯めておけ。

かけそば3人杯も注文できないのだから、かなり貧乏なのだと思うだろう。
しかし普通にアパートで暮らせるぐらいの金はあるようだし、服もマトモだ。
かけそばなんて、それほど高くないのだから、3人分ぐらいは捻出できるだろうに。
しかも、3年連続で閉店寸前に来るってのも、嫌がらせに近いものがあるし。

その嫌がらせ親子3人は北海亭に来て、「ようやく借金を返し終えた」とか、「これからも新聞配達は続ける」とか、貧乏生活をアピールすることを語り合う。
さ次男は、北海亭について書いた作文を参観日に読み、皆が泣いたことも語る。
わざわざ店に来て喋らずに、そういうことは家で話し合え。
北海亭の夫婦に聞かせたいのか。

他の面々だが、正義感に燃えていた熊井は悪徳不動産屋の手下になり、秋山の務めていたタウン情報誌は潰れてしまい、短大生だった昌代はホステスになって夫と子供を残して客と駆け落ちし、出世した服部は自慢したがりの男になる。
彼らの変化は本筋と全く関係が無いし、放置されたままで映画は終わる。

終盤になると、久しぶりに親子3人が姿を見せ、これまでの経緯が回想される。
母親の兄夫婦や子供達と険悪な関係になり、長男は大学受験に失敗し、次男は不良になってしまう。何の救いの無い生活を語るのである。
しかし、その後で「でも今は頑張ってます」と強引に締めて、映画は終わる。

そばを作る工程を、ワイプを使って省略するのが非常に安っぽい。
子役の芝居はヘタでワザとらしい。
オイルショックなど当時の情勢も盛り込んでいるが、中途半端。
「で、結局は何が言いたいの?」という疑問だけが残る映画。

 

*ポンコツ映画愛護協会