『いつか誰かが殺される』:1984、日本

財閥の永山家では、家長である志津の誕生日に子供たちが集まるのが毎年の恒例となっている。志津が70歳を迎えた今年も、4人の子供たちと 長男・次男・長女の配偶者が豪邸へ集まった。志津のお抱えの私立探偵・橘進之介も同席し、恒例の行事に関する説明を始めた。一族は 2週間の夏休みをとってファミリー・パーティーを催し、部外者1人を招待客として選ぶことになっている。
志津は今回、実在が分からない人物を招待しようと提案した。彼女は子供たちの名前の一文字を取り、「モリヤアツコ」という女性を招待 しようと言う。さらに夫の死後18年ということで、年齢は18歳と設定した。それに該当する人物を橘と探偵事務所の人間が捜索し、実在 するか否かを賭けるのだ。志津は、実在する方に1千万円を賭けた。
高校3年生の守屋敦子は母を亡くし、新聞記者の父・陽一と2人で暮らしている。しかし陽一は仕事で忙しく、その日も1週間ぶりに ようやく会った。陽一は敦子に、「お前が大学に入ったら少し仕事を休もうかと思っている」と告げた。そして、自分が生まれた国へ一緒 に旅行しようと誘った。陽一は福井の敦賀生まれになっているが、それは戸籍上のことだけなのだという。
敦子は陽一とブティックに出掛け、服を買ってもらう。敦子が試着室に入っている間に、陽一はポケベルへの連絡を受け、電話ボックスへ 向かった。彼が電話を掛けていると、2人の男が近付いて来た。なかなか陽一が戻らないので、敦子は「どうしてもお金を支払いたい」と 店長の高良和夫に告げ、家まで来るよう頼んだ。敦子は高良のオートバイに乗せてもらい、家に戻った。夜、眠りに就いた彼女は、 見知らぬ場所に夕陽が浮かぶ光景を夢で見た。朝になっても、陽一は戻らなかった。
敦子は父が勤める極東流通経済新聞社へ赴き、編集長の山形に会った。陽一のことを尋ねると、山形は出張中だという。敦子が父に会った ことを告げると、山形は「何か預からなかったか」と尋ねてきた。新聞社を立ち去った敦子は、バッグにコンピュータ・ディスクが入って いることのを発見し、父が入れたものだと察知した。敦子はそのことを山形に告げず、コンピュータに詳しい同級生・渡壁正太の元を 訪れた。ディスクの中身は、乱数表の暗号だった。敦子は正太にディスクを預け、解読を依頼した。
敦子が帰宅すると室内が荒らされており、男女の2人連れが逃げて行った。陽一から電話があり、ディスクは無事かと尋ねてきた。陽一は 、ディスクを誰にも渡さぬよう指示した。敦子が再び新聞社を訪れると会社更生法の貼り紙があり、もぬけの殻だった。そこへ橘が現われ 、守屋陽一という人を知らないかと尋ねてきた。敦子は怖くなり、バイクで逃げ出した。敦子が落とした学生証を見て、橘は自分が探して いた相手が彼女だと知った。
バイクを走らせた敦子は、昨日の2人組に追跡された。逃走した敦子は、高良と店員の趙烈豪に遭遇した。敦子は銃を持った相手に 追い掛けられたと説明するが、信じてもらえない。高良と趙は、敦子をアジトへ連れて行った。そこには高良の恋人・梨花と幼い娘・百合、 それに何人もの外国人がいた。彼らは偽ブランド商品を売って生業にするグループだった。
翌日、敦子は高良のバイクで家まで送ってもらう。敦子が家に入った直後、高良は張り込んでいた橘を見つけ、彼女を襲った相手だと 勘違いして詰め寄った。一方、敦子は家の中にいた山形に声を掛けられ、車に乗せられた。それを見た高良は、車を尾行した。山形は敦子 をビル屋上へ連れて行き、ディスクのありかを尋ねる。敦子は知らないと答え、その場を去った。
高良は敦子から詳しい話を聞き、陽一はスパイに違いないと告げた。一方、ホテルに身を隠していた陽一は、敦子を襲った男女に発見 された。高良は山形が車に乗り込むのを確認し、後を追った。山形は豪邸へ赴き、そこに身柄を確保されていた陽一を車に乗せて出発した。 偽ブランド団のアジトは警察に手入れを受け、敦子らは別の場所に移った。敦子は梨花から、百合が高良の娘ではなく前の男との間に 出来た子供だと聞かされた。敦子の元に正太から電話があり、暗号が解読できたと告げられた。
ある地下室に連行された陽一を、彼が所属するスパイ組織のボスである芥川が待ち受けていた。同席した山形は、なぜディスクを自分に 渡さなかったのかと陽一に尋ねた。陽一は芥川に、「山形は敵対するCとKに通じている。だから自分の手で貴方に渡したかった」と説明 した。すると芥川は、今回の仕事で山形に「CとKに接触して撹乱せよ」と命じたことを明かした。芥川は「日本人にはなりきれなかった ようだね」と陽一に告げ、立ち去った。陽一は組織の連中により、始末されることとなった。
敦子は正太の元を訪れ、解読されたディスクの中身を知った。そこには、日本に潜伏する諸外国の諜報部員の名前と部署が全て記されて いた。敦子は高良から父の居場所が分かったと連絡を受け、急いで向かった。だが、敦子や高良が組織の隠れ家に到着した時、そこには 誰もいなかった。翌日、陽一は広場で死体となって発見され、孤独死として処理された…。

監督は崔洋一、原作は赤川次郎、脚本は高田純、製作は角川春樹、プロデューサーは紫垣達郎&伊藤亮爾& 黒澤満、助監督は成田裕介、撮影は浜田毅、編集は鈴木晄、録音は小野寺修、照明は井上幸男、美術は小川富美夫、音楽は梅林茂、 音楽プロデューサーは高桑忠男&石川光。
主題歌「いつか誰かが…」作詞は阿木燿子、作曲は宇崎竜童、編曲は萩田光雄、唄は渡辺典子。
挿入歌「Summer Time」作詞はDubose Heyward、作曲はGeorge Gershwin、編曲は梅林茂、唄は渡辺典子&白竜。
「Mysterious」作詞は崔洋一、作・編曲は梅林茂、唄は白竜。
主演は渡辺典子、共演は古尾谷雅人、加藤治子、橋爪功、石橋蓮司、松原千明、尾美としのり、白竜、斎藤晴彦、清水昭博、 今野雄二、小林勝彦、河原崎長一郎、真木洋子、白川和子、音無真喜子、小川亜佐美、直島由有子、岡本麗、片桐竜次、 津村隆(現・津村鷹志)、清水宏、友金敏雄、山西道広、藍物房子、松本真季、戸塚珠緒、有栖川淑子、木村恵子、的場良次、酒井晴人、 岡美由紀、小林香代子、Wylci Fables、Jore Park、Marty Bracey、Gerard Lannesら。


赤川次郎の同名小説を基にした作品。
敦子を渡辺典子、高良を古尾谷雅人、志津を加藤治子、山形を橋爪功、橘を石橋蓮司、梨花を松原千明、正太を尾美としのり、趙を白竜、 陽一を斎藤晴彦が演じている。
1983年に『十階のモスキート』でデビューしたばかりの崔洋一が、監督として起用されている。
この頃の角川アイドル映画は、若手の監督を積極的に起用していたのだ。
ちなみに他の例を挙げると、1977年の『HOUSE ハウス』でデビューした大林宣彦を1979年の『金田一耕助の冒険』に起用。1980年の 『翔んだカップル』でデビューした相米慎二を1981年の『セーラー服と機関銃』で、1981年の『遠雷』で一般映画デビューした根岸吉太郎 を1983年の『探偵物語』で、1981年の『ガキ帝国』でデビューした井筒和幸を1984年の『晴れ、ときどき殺人』で、1984年の『人魚伝説』 で一般映画デビューした池田敏春を同年の『湯殿山麓呪い村』で、1981年に『の・ようなもの』でデビューした森田芳光を1984年の 『メイン・テーマ』で、といった具合。

まだ広い空き地の状態だったお台場が、メインの舞台となっている。どうやら、原作とは大幅に内容が異なっているらしい。
ロマンスとサスペンスを両立させようとしているようだが、全く出来ていない。敦子と高良が惹かれ合うようになる経緯は、ギクシャク感 ありまくり。そのくせ、そっちに時間を割くものだから、サスペンスもモタついてしまう。
まず、「実在が不明な人物を思い付きで設定して招待する」という遊びを永山家の面々が始める段階で、ものずごくバカバカしいと思って しまうのがツラい。
ここは、永山財閥の浮世離れした暮らしぶり、ゴージャスなブルジョアのイメージを、もっとアピールしておく必要があったのではないか 。もしくは思い切って、「モリヤアツコ」を探すに至る設定を大幅に変更するとか。
あと、「モリヤアツコ」が実在するかどうかって、そりゃ実在するでしょ、特に珍しい名前でも無いんだしさ。
それって賭けとして成立しないぞ。

敦子は父親が店を去ったまま姿を消したのに、ものすごく落ち着いている。
演出としても「バイクで送ってもらう→夕陽の夢→目を覚ます」という風になっているので、父のことを心配する様子は皆無だ。
翌朝になっても戻らないのに、それでも彼女は警察に相談しようともしない。
どういう感覚なんだ、この子は。
ディスクを見つけても山形に渡さず、「やっぱりやめた」と言う感覚も良く分からない。山形に何か不審を抱いたというわけでもないし、 好奇心が沸いたというわけでもなさそうだし。
掴みどころの無いキャラだなあ。

橘は新聞社に行くが、なぜ敦子を探すのが目的なのに陽一の仕事場を訪れるのかが分からない。
普通に家へ行けばいいでしょ。
部屋を荒らした男女は、なぜ敦子が帰宅した時に彼女を捕まえてディスクのありかを聞こうとせず、さっさと逃げ出したのか。
後になって敦子を襲うぐらいなら、その時に捕まえて尋問しろよ。
で、男2人組も動いているが、こちらは敦子に全く興味を示さない。

高良は偽ブランドを売るという不法行為に手を染めているのに、そのアジトに平然と出会ったばかりの部外者である敦子を連れて行く。
アジトは目立っちゃマズいだろうに、バンドの演奏でパーティーを始める(ちなみにバンドのメンバーは、“もんた&ブラザーズ”の ドラム奏者マーティー・ブレイシーなど)。
唐突に高良は「キスしようぜ」と敦子に言って迫り、ビンタされる。
他の面々が静かになり、「場が白けた、どうする」と言われると、敦子はギターを手にして歌い始める。
なんてバカバカしい展開だろうか。
しかも歌うのはガーシュウィンの『サマータイム』って、よりによって難しい曲をチョイスしちゃってる。
予想通り、ヒドいもんだ。
アイドル映画として歌唱シーンを用意したかったのかもしれんが、せめて他の曲にしようよ。

山形は敦子を家から連れ出し、ビル屋上で「ディスクはどこか」と尋ねる。
でも、「知らない」と言って敦子が立ち去ると、山形は何もせずに見送る。
だったら、わざわざ別の場所に移動した意味が無い。家で待ち受けていたなら、そこで質問すれば事足りる。
わざわざ外へ連れ出すなら、監禁して尋問するぐらいのことをしろよ。
せめて「見知らぬ連中が家にいて、そいつらに連行された先に山形が待っていた」という形なら、まだ分かるけどさ。

敦子が山形と別れた後、高良が彼女との会話で「新聞記者を装った国家公務員」という言葉を口にするので、どうやら山形は国家公務員 らしい。
ってことは、あのビルは官公庁か何かという設定なのか。
説明が無いから、サッパリ分からん。
っていうか、なんで敦子は山形に渡そうとはしなかったディスクの存在を、出会って間もない高良には簡単に明かしているのかと。

ホテルに潜伏している陽一は自宅に電話を掛け、敦子と連絡を取ろうとする。
だが、その前の電話で、既に娘が危険な目に遭ったことは知らされている。
なのに、未だに家で無事にいられると思っているのか。いたとしても、盗聴されている可能性があるとは思わないのか。
諜報部員にしては、あまりにも甘すぎるぞ。そんなことだから始末されちゃうんだよ。ディスクの暗号を解くパスワードも、娘の名前に しちゃってるしさ。そんな簡単なパスワードだと、簡単に解読されちゃうってば。
もっとスゴいのは、わざわざディスクに「これは諸外国の諜報部員の名前と部署が列記されている」ということを、わざわざ文字で説明 してあるんだよな。アホすぎる。

芥川の元へ連行された陽一は「山形がCとKに通じている」などと語るが、なんだよ、CとKって。それが組織なのか個人名なのかさえ、 分からないぞ。普通にCIAとKGBって言えよ。もはや、そこを観客に対して秘密にしておく意味も効果も無いぞ。
敦子を追っている連中が山形の組織なのか、あるいは別組織なのかも、これまた分かりにくい(かなり後になって同一組織の面々だと 分かる)。
あと、陽一が男2人組や男女の接触を受けた後、捕まらずに逃げおおせていることも分かりにくい。
で、芥川は山形を両組織に接触させたことを説明するが、なんで陽一は知らされてないのよ。陽一が知っていれば、彼はディスクを素直に 山形に渡していたはずで、そうなれば殺されずに死んだわけでしょ。しかもCIAやKGBもディスクを奪おうと動いたらしいし。実際の 描写は無くてセリフの説明のみだけど。だから男2人組や男女ペアがその組織なのかと勘違いしそうになるのよ。
それはともかく、自分たちの連絡の悪さで、厄介なことになってるじゃん。
陽一だけじゃなくて、組織そのものがアホなんだな。

そんで陽一は孤独死として偽装されるんだが、映画の展開としては、何も殺さなくても良かったんじゃないの。父親が死んだことによる 敦子のショック、それによる変化なんて大して(というか全く)描かれないし、彼を殺すことの効果なんて何も見当たらないんだけど。
無理に不幸な展開にしなくても、敦子や高良の行動によって救出される形でいいと思うんだけどなあ。
それと、山形は悪役みたいに描かれているけど、別に悪いことをしているわけじゃないのよ。
諜報組織として当然のことをやっているだけで、陽一が勝手に勘違いしたから追われたわけよ。

父親が殺された後、敦子と高良はホテルのフロントに山形と諜報部員の面々を呼び出す。
すると、なぜか何の警戒心も無く、全員がノコノコと現われる。そして、フロントで一緒に待っている。
いやいや、どういう感覚なんだよ、お前らは。
で、敦子は「こんな物、隠しておくからいけないのよ」と言ってディスクをコピーして全員に配る。
いやいや、それじゃあ何も解決していないぞ。
隠しておくからいけないと思うのなら、むしろ全員の前で廃棄しろよ。

そして全てが終わった後、敦子が橘の仲介で志津と面会する場面になり、実は志津が陽一を知っていたことが明らかになる。
「若い頃、志津は友人と共にモンゴルへ渡り、2人とも馬賊の長に惹かれた。志津の友人は彼の子供を妊娠し、残留孤児として日本に戻った 。それが陽一だった」といういうことが語られるが、「だから何なの?」という感想しか出て来ない。
そういう陽一の出生の秘密が語られたところで、そんなのはメインのサスペンスと何の関係も無いんだよね。
敦子が夢で見ていた謎の夕陽が、祖母が見ていたのと同じ光景だったとか明かされても、どうでもいいよ。
しかも「モンゴル」と言わず「中国の東北地方」と言うから分かりにくいし、映像によるフォローも無くセリフによる説明だけだし。
あと、最後まで永山家の一族の存在も無意味だし。彼らが志津の遺産を狙っているという設定も、何の意味も無いじゃん。

 

*ポンコツ映画愛護協会