『糸』:2020、日本
平成元年1月8日、高橋漣は北海道の美瑛で産まれた。平成13年、ある夜。中学生の漣は竹原直樹と自転車を飛ばし、花火大会の会場へと急いだ。中学生の園田葵は、友人の後藤弓と会場で花火を見ていた。花火が終わっても、彼女は「もう少しだけ、ここにいたい」と言う。会場に着いた漣は飛び出した少年を避けようとして、自転車から投げ出された。坂道を転がり落ちた彼は右肘に擦り傷を負い、その様子を見た葵は絆創膏を差し出した。葵の左腕に巻いてある包帯に気付いた漣は、「大丈夫?」と問い掛ける。葵は返答せず、絆創膏を貼った。漣は彼女に一目惚れし、家で絆創膏を眺めてニヤニヤした。
漣は葵と一緒に下校し、実家が整備工場であることやサッカー部の1年で時分だけ試合に出場していることを話す。彼から質問された葵は、個人的なことを全く話そうとしなかった。葵はサッカーの試合を見に行き、漣のために作った弁当を差し出した。2人の様子を見た弓は、「葵のあんな嬉しそうな顔、初めて見た」と自分を口説こうとする直樹に告げた。漣は弁当を包んでいた風呂敷を縛る紐に気付き、それを拾い上げて「これ、貰ってもいい、ミサンガにする」と自分の腕に巻き付けた。
漣は葵と美瑛の丘へ行き、将来は世界で活躍するサッカー選手になりたいという夢を語った。将来の目標を問われた葵は、「普通の生活がしたい」と答えた。漣が恥ずかしがりがら「葵ちゃんが好きだ」と叫ぶと、葵は「嬉しい」と笑顔を浮かべた。漣が帰宅しようとすると、葵は「帰りたくない」と言い出した。漣が「明日、また会えるから。お父さんとお母さんが心配するよ」と言うと、葵は無言で走り去る。彼女の後し姿に向かって、漣は「明日、美瑛の丘で会おう」と呼び掛けた。
次の日、漣は美瑛の丘へ行くが、葵は現れなかった。漣が葵の家へ向かうと、弓の姿があった。彼女は葵が学校に来なかったこと、家には誰もいないことを話す。さらに彼女は、葵の父が亡くなっていること、家のことを話したがらなかったことも語る。漣は葵に連れられ、葵が食事を食べさせてもらっていた食堂へ赴いた。すると店主の村田節子は、今朝早くに葵の一家が逃げるように去ったことを2人に教える。彼女は若い男の怒鳴り声が聞こえていたこと、何度か役場に掛け合ったが母親の真由美が男を庇ったことを話した。
平成20年、漣は美瑛のチーズ工房で働いていたが、工場長の富田幸太郎か叱責される。休憩時間、彼はミサンガが切れて、困惑の表情を浮かべた。彼は先輩の桐野香から、いつもムスッとしていることを指摘された。チーズ工房を選んだ理由を問われた漣は、「美瑛で仕事を探した」と答える。だが、なぜ美瑛なのかと問われると、明確な返答は避けた。そこへ東京で働いている直樹からメールが届き、弓と結婚することを知らされた漣は喜んだ。漣は初めて東京へ行き、直樹と再会した。葵が来ることを聞かされた漣が驚くと、弓は渋谷で偶然にも遭遇したのだと説明した。
平成13年、漣は弓の協力で葵の居場所を突き止め、札幌のアパートを訪れた。すると部屋には誰もおらず、窓から覗くと部屋は散らかっていた。そこへ右目を腫らして眼帯を付けている葵が帰宅し、「中学を卒業したら働く。それまでは耐える。どんな目に遭ったとしても」と口にした。葵は若い男に暴力を振るわれており、真由美は彼女を助けず冷たく無視していた。漣は「行こう」と彼女の手を取り、「こんな所にいちゃダメだ」と一緒に逃げ出すよう促した。
漣は葵と電車に乗り、かつてキャンプで利用したロッジへ連れて行く。彼は青森でリンゴ農家をしている叔父に助けてもらう考えを語り、「俺が葵ちゃんを守る」と約束してキスをした。翌朝、葵は「ありがとう。もういいよ」と告げ、札幌へ戻ろうとする。漣は受け入れずに彼女を連れて青森へ向かおうとするが、パトカーに包囲されてしまう。パトカーで駆け付けた真由美は心配する芝居で葵に抱き付き、顔の痣について耳元で「転んだことにしなさいよ」と脅した。葵は漣と逃げ出そうとするが、すぐに警官たちが取り押さえた。
結婚式で葵を見た漣は、パーティー会場に1人きりで立っている彼女に声を掛けた。彼はチーズ工房で働いていること、サッカーは高校で辞めたことを話し、「あの時のミサンガ」と口にする。葵が「覚えてる」と言うと、漣は「どこ行っちゃったのかなあ」と嘘をついた。彼が「園田は?」と近況を尋ねると、葵は「大学生。経営学部」と答えた。メールを受け取った彼女が「行かなきゃ」と会場を去ると、漣は後を追い掛けた。彼は葵に、ミサンガが最近になって切れたことを打ち明けた。葵は「漣くんに会えて良かった」と言い残し、迎えに来た水島大介の車に乗って去った。
1年前、葵はキャバクラで働き、迷惑な客に絡まれた。先輩の高木玲子が助け船を出しても客がしつこく絡み、葵は場を収めるために無理して酒を煽る。投資ファンド会社の社長である水島は部下の佐々木と店に来ており、そんな葵の様子を目撃した。彼は葵を自分の隣に呼び、「必要に迫られて金を稼いでる。誰も助けてくれなかった」と指摘する。葵は水島に好意を抱き、交際を始めた。うなされて夜中に目を覚ました時、水島は「俺も同じだった」と言い、一緒に暮らそうと持ち掛けた。
平成21年1月21日、水島は佐々木からの電話で投資家の解約要請が続いていることを報告され、大丈夫だと告げる。葵は水島に大学の学費を払ってもらっていたが、「自分の分は自分で稼ぐから」と受け取りを遠慮しようとする。しかし水島は「またあの頃に戻りたいのか」と告げ、金の入った袋を渡した。香は工房を去ろうとする漣を強引に呼び止めて一緒にワインを飲み、中学時代から10年も交際していた彼氏に振られたことを吐露した。漣は「中学生の時の恋がいつまでも続くわけないじゃないですか」と苛立った口調で言い、「何泣いてんだ。しっかりしろよ、桐野香」と怒鳴った。
葵は佐々木からの電話で、水島が消えたことを知らされる。急いでマンションへ戻ると部屋は散らかった状態で放置されており、佐々木は会社が潰れて水島が逃げたことを葵に教えた。葵は沖縄へ飛んで水島を発見し、「今度は私が貴方の面倒を見る」と告げた。平成22年、漣は直樹から、弓が1年で男を作って離婚したこと、会社の事務員である山田利子と付き合い始めたことを聞かされた。漣は彼に、付き合い始めた香を紹介した。
漣は香と同棲するため、町役場へ行って住民異動届を書く。すると葵が真由美の捜索に来ており、「生活保護の通知が来たが何年も会っていない」などと担当者に説明していた。漣は葵を工房の車に乗せて生家へ行くが、誰も住んでいなかった。彼が節子に話を聞こうとすると、葵は「行こう。ここにいると色々なことを思い出しちゃうから」と告げた。美瑛の丘へ移動した葵は、一度でいいから謝ってほしかっただけで、母に会いたくて戻って来たわけではないと述べた。
葵から伯父の矢野清が函館にいることを聞いた漣は、車で送って行く。葵は漣に、引き離されてからの経緯を話した。あの後、男は真由美にも暴力を振るうようになった。真由美は葵を連れて東京へ逃げたが、新しい男を作って家に帰って来なくなった。葵は進学費を稼ぐため、年齢を誤魔化してキャバクラで働いた。彼女は漣に、今は沖縄で水島と暮らしていることを語った。彼女は矢野の元を訪れ、母が肝臓を悪くして亡くなったことを知らされた。
葵が「一度でいいから母に抱き締めてほしかった」と泣くと、漣は優しく抱き締めた。漣は空港まで葵を送り、ずっとあの町で生きていくと告げる。葵は笑顔を見せ、「じゃあ私は世界中を飛び回ろうかな」と口にした。彼女が沖縄に戻ると、水島は手紙と大金を残して姿を消していた。水島の手紙には、「もう1人で生きていけるな。君のいる場所も、そこじゃない」と書かれていた。葵は札束が散乱する家で、「なぜ最後もお金なのよ」と嘆いた。
平成23年、葵は玲子に誘われてシンガポールへ行き、運転手兼事務の冴島亮太を紹介される。玲子は派遣ネイリストとして働いており、葵も同じ仕事を始めた。漣はネットでチーズ国際コンクールの存在を知り、工房の面々に応募すると宣言した。玲子は注文と違うと客に文句を言われて殴られるが、社長は彼女を責めて解雇した。葵は「和歌山へ帰る」と言い出す玲子を引き留め、一緒に起業しようと持ち掛けた。2人は開業資金を稼ぐため、ホテルのメイドや観光ガイドとして働いた。
葵は玲子と冴島の3人でネイリスト派遣会社「AOI&REI」を設立し、社長に就任した。事務所の開設準備を進めている時、3人はテレビのニュースで東日本大震災を知った。妊娠中の香を心配していた漣は直樹から電話を受け、実家の岩手へ戻っていた利子が無事だったとことを知らされた。香は漣に、検査で腫瘍が見つかったことを打ち明けた。香は出産する決意を明かすが、両親の昭三&春子も漣も反対する。しかし香は医者と相談したことを話し、「抗癌剤治療して、出産後に腫瘍を摘出する」と説明した。
香は娘の結を産むが、平成26年に癌が再発して入院した。漣はチーズ国際コンクールに落選し、香は結のことを託して息を引き取った。次の年のコンクールでも、漣は落選した。AOI&REIは順調に業績を伸ばし、平成30年に創立7周年パーティーが盛大に開かれた。しかし玲子は会社の金を勝手に注ぎ込んだ不動産投資で騙され、勝手に銀行から借金までもしていた。AOI&REIは倒産の危機を迎え、葵は逃亡を図る玲子を見つけるが、「どこまでも行きたかった。私一人で」という言葉を聞くと引き留めずに見送った…。監督は瀬々敬久、脚本は林民夫、原案・企画プロデュースは平野隆、企画は森川真行、プロデューサーは辻本珠子&下田淳行、Inspired by 中島みゆき『糸』、共同プロデューサーは星野秀樹&大脇拓郎、撮影は斉藤幸一、照明は豊見山明長、美術は井上心平、録音は高田伸也、編集は早野亮、音楽は亀田誠治、音楽プロデューサーは溝口大悟、主題歌『糸』は中島みゆき。
出演は菅田将暉、小松菜奈、斎藤工、榮倉奈々、成田凌、高杉真宙、馬場ふみか、竹原ピストル、二階堂ふみ、倍賞美津子、松重豊、山本美月、片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)、石崎ひゅーい、永島敏行、田中美佐子、山口紗弥加、南出凌嘉、植原星空、稲垣来泉、中野翠咲、小倉一郎、吉岡睦雄、最上もが、奥野瑛太、橋里恩、古舘伊知郎(声の出演)、池田優斗、住友沙来、二ノ宮隆太郎、鈴木晋介、和田光沙、山上賢治、奥かおる、クロード・パトリック、じっこ、飯田芳ら。
映画プロデューサーの平野隆が、中島みゆきの同名楽曲から着想を得て原案と企画プロデュースを担当した作品。
監督は『菊とギロチン』『楽園』の瀬々敬久。脚本は『ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜』『空飛ぶタイヤ』の林民夫。
漣を菅田将暉、葵を小松菜奈、水島を斎藤工、香を榮倉奈々、竹原を成田凌、冴島を高杉真宙、弓を馬場ふみか、矢野を竹原ピストル、節子を倍賞美津子、富田を松重豊、玲子を山本美月、昭三を永島敏行、春子を田中美佐子、真由美を山口紗弥加が演じている。
他に、利子役で二階堂ふみ、佐々木役で片寄涼太が友情出演している。冒頭で赤ん坊の漣が映し出されて平成元年生まれであることが示されるが、まるで必要性を感じない。「平成元年生まれ」ってことを重視するのなら、根本的にシナリオの方向性を間違えている。
まず漣の両親を登場して「出産」を描くべきだし、そこの親子関係も重視した方がいい。その後、自転車を走らせる漣の姿に切り替わるが、それが「現在」ならともかく平成20年のシーンなので要らない。
あと、時代を行ったり来たりする構成になっているけど、これによって得られるプラスの効果は何も感じない。
現在から入って回想パートを時系列順に並べるか、最初から全て時系列順にするか、どっちかにしておいた方がいい。花火大会のシーンで、少年を避けようとした漣が運転を誤ると、「座っている葵の頭上を自転車が飛んで行く」という様子が映し出される。これで葵は漣に気付くのだが、その映像が陳腐。
そんな形じゃなくても、漣と葵の出会いのシーンなんて描けるでしょうに。なんで変に引っ掛かるような内容にしちゃったのかね。
それと、葵が「もう少し、ここにいたい」と言うので漣を待っているのかと思ったら、そこが初対面なのね。そこも無駄に引っ掛かるな。
っていうか同じ学校で同級生だけど、今まで互いに知らなかったってことなのね。いや大きな学校なら無い話じゃないけど、そこはハッキリしないなあ。葵は花火大会で「もう少し、ここにいたい」と言うし、腕には包帯を巻いている。家庭環境について何も話そうとしないし、「帰りたくない」と口にする。
何のヒントも無かったわけではないが、「母親の恋人に虐待され、母親に無視されている」という答えに繋がる情報は少なすぎる。だから節子が漣に話すシーンが訪れても、葵の不幸な境遇が今一つ伝わらない。
あと、そこまで悲惨な境遇なんて要らないよ。
『糸』って結婚式でも歌われるような歌であり、終幕の時には幸せな気持ちになりたいのよ。でも、そこまでの道のりに不幸が多すぎて、ちっとも幸せな気持ちになれないのよ。漣は美瑛の丘に葵が来なかった時、彼女の家へ行く。ってことは、家の場所を知っていたんだよね。
だったら、なぜ前日は家まで送り届けなかったのか。
っていうか家を知っているなら、それ以前も訪問したことがあるんじゃないのか。そして、その時に何か違和感を覚えたりしなかったのか。
あと弓が「学校にも来ていなくて」と言うんだけど、ってことは漣とは別の学校に通っているのか。だから学校のシーンが無かったってことなのか。
その辺りもボンヤリしているなあ。節子の話によれば、葵は逃げるように去ったらしい。だけど、なぜ逃げる必要があったのかサッパリ分からない。
これが「真由美も恋人に暴力を振るわれていて、葵を連れて逃げ出した」ってことなら分かるのよ。でも彼女は、恋人と仲良くやっているわけで。
そうなると、何も逃げ出す理由なんて無いはずでしょ。
その時点で分からない時点で大きなマイナスだけど、せめて後から「実は」と説明するなら、まだ何とかならなくもない。でも、後から説明が入ることも無いのよね。葵が「中学を卒業したら働く。それまでは耐える。どんな目に遭ったとしても」と話すタイミングで、彼女が男に暴力を振るわれて真由美が冷たく無視している様子が挿入される。
でも、これは漣が知らない出来事なので、意味の薄い回想になっている。
あと、漣は直接的に葵がDVを受ける様子を見たわけでもないのに連れて逃げるのは、違和感が強い。あと、あまりにも軽率で愚かしいとしか思えない。
なので2人が引き離されて連れ戻されても、同情心よりも漣に対する腹立たしさばかりが生じるのよ。
「テメエのせいで、葵が余計に辛い立場になってんじゃねえか」と言いたくなるのよ。漣と葵がロッジでキスをすると、『糸』が聞こえてくる。その後、ロッジの前を通り掛かったショベルカーのラジオがアップになるので、どうやら「そのラジオから『糸』が流れている」という設定のようだ。
でも、この演出は上手く物語の流れにハマっていない。
あと、このタイミングで流すのも早すぎやしないか。極端に言えば、エンディングまで引っ張ってもいいぐらいなのに。
タイミング繋がりで言うと、漣と葵が警官に捕まって引き離されるトコでタイトルを入れるのは絶対に違うだろ。水島の車に乗り込む葵が寂しそうな表情を浮かべるのは、どういうことかサッパリ分からない。
彼女は水島に惹かれ、今は幸せに暮らしているはずでしょ。でも、その反応だと「今も不幸で、漣と一緒にいた頃に戻りたい」ってな気持ちに見えちゃうのよ。
寂しそうな表情を見せるなら、水島を酷い奴にして「暴力を振るわれている」みたいな設定にしておかないと。
っていうか漣にしろ葵にしろ途中で本気で惹かれ合う相手との関係を築けたのなら、「そこで幸せにしてやれよ」と言いたくなるわ。それによって、互いに漣と葵の存在を思い出して未練を抱くようなことも無くなっているんだし。
でも「漣と葵が最終的に結ばれる」という結末は確定事項なので、それぞれに不幸を与えて漣と葵をパートナーと別れさせる。香は漣から直樹&利子に紹介されて中島みゆきの『ファイト』をカラオケで熱唱した後、しばらく出て来ない。漣が葵を矢野の元へ連れて行った後も、やはり登場しない。
彼女が再び登場するのは、東日本大震災のシーン。そして、その時には妊娠している。
ってことは、いつの間にか漣と香は結婚しているのだ。
一方、利子も漣が紹介されるシーンの後、ずっと姿を見せなくなる。存在感が薄いので、直樹が漣に電話を掛けて「岩手で無事だった」と安堵するシーンが訪れても、そんなに彼の感情には寄り添えない。他にも色々と間違っていると感じる箇所、引っ掛かる箇所があるので幾つか箇条書きにしておく。
葵を結婚式に呼んでおいて、声も掛けずにポツンと独りぼっちにさせている弓は薄情な奴に見える。
ミサンガが切れたことを最初は葵に話さず、「どこに行ったかなあ」と嘘をつく漣の心情は謎。
葵は水島が去った後、彼への思いを引きずる様子も無くシンガポールで仕事を始める。水島だけでなく、漣を思い出すようなことも無い。
香の別れ話に漣が苛立って怒鳴り付け、「桐野香」とフルネームで呼ぶのは唐突で変な行動に見える。
ヒロインの友人である弓を、「結婚1年で浮気して直樹と別れる」という悪者にしているセンスは最低だ。しかも葵の新たな親友になるのかと思った玲子は、裏切って多額の借金を残して逃亡するし。漣と葵は中学時代の平成13年に引き離された後、平成20年まで再会しない。平成22年に再び会うが、葵がシンガポールへ移住し、そこから全く会わない日々が続く。
映画開始から1時間ぐらいで空港での別れのシーンが描かれ、次に2人が再会するまでに1時間以上が経過している。
2人の人生は、ほとんどの時間では交差せず、ずっと別の場所を歩いている。漣と葵が別のパートナーと幸せに暮らしている時期もあるし、互いの存在を全く思い出さない時期も長い。
『糸』の歌詞と物語の内容が、上手くリンクしているとは思えないのよね。ロッジのシーンで漣と葵は『糸』を聴いていないので、玲子に裏切られた葵が食堂で流れる『糸』を耳にするシーンも上手く機能しない。
だって、彼女にとって『糸』は、思い出の曲でも何でもないわけでね。
むしろ『糸』よりも『ファイト』の方が、主題歌に合ってるんじゃないか。カラオケで香と直樹が1度ずつ熱唱するシーンがあるし、だから漣と葵にとっても「思い出の曲」と言えるはずだし。
そっちの方が、よっぽど作品に寄り添った歌だと思うぞ。どうやら「平成を総括する物語」という壮大なスケールで映画を作ろうという目論みだったみたいだけど、そのテーマ曲が『糸』ってのは「なぜ?」と言いたくなる。
そりゃあ『命の別名』と両A面のシングルCDがリリースされたのは平成だし、Bank Bandのカヴァーなどで広く知られるようになったのも平成だ。
だけど「平成を象徴する歌は?」というアンケートを取ったとして、『糸』が上位に入るイメージは全く湧かないんだよね。あとさ、「そもそも『糸』が主題歌として合っていない」としいう問題を置いておくとするならば、どう考えてもオリジナル版の『糸』で流すべきでしょ。
でも、その前の段階、つまり漣と葵が再会を果たすラストシーンで中島みゆきの『糸』が流れる。だったらエンディングは、曲を流さないで済ませた方がいい。
ところが、そこでは菅田将暉&石崎ひゅーいによる『糸』が流れるのだ。
いや、それは絶対に違う。そんなことしたら、色んなことが台無しになるぞ。(観賞日:2022年4月25日)