『いぬやしき』:2018、日本

犬屋敷壱郎は一戸建てを購入し、妻の万理江、娘の麻理、息子の剛史とともに引っ越した。しかし奥まった場所に建つ日当たりの悪い家に、万理江と子供たちは不満を漏らした。犬屋敷は冷蔵庫に入れておいたパックの寿司を家族で食べようとするが、万理江と子供たちは近くのファミレスへ出掛けてしまった。出勤した犬屋敷は、上司から仕事のミスを叱責された。帰宅途中でオヤジ狩りを目撃した彼は、その場から逃げ出そうとする。麻理に気付いた彼は、慌てて「警察に連絡しようとしてた」と言い訳した。すると麻理は冷淡な口調で、「別に強い父親なんて期待してないから」と告げた。
帰宅した犬屋敷が庭先で佇んでいると、1匹の犬が迷い込んで来た。首輪には紙が結び付けてあり、「はな子です。飼ってあげて下さい」と書かれていた。犬屋敷は犬を飼おうと考えるが、万理江から捨てて来るよう命じられた。万理江は冷たい視線を向け、健康診断の封筒を渡した。C判定で再検査が必要だと書いてあったため、犬屋敷は大和台中央病院へ赴いた。すると主治医は、癌が全身に転移していることを説明した。犬屋敷は主治医が看護師に余命3ヶ月と話しているのを聞いてしまい、ショックを受けた。
犬屋敷は事実を伝えるため、家族に電話を掛ける。しかしスーパーでパートの仕事をしていた万里江も、同級生にカツアゲされていた剛史も、教室にいた麻理も、電話に出ようとしなかった。夜、犬屋敷は麻理から、来週の授業参観には絶対に来ないよう要求された。さらに麻理は、洗濯物も一緒に洗わないよう要求した。はな子が庭にいるのを見た万理江は、早く捨てて来るよう犬屋敷に指示した。犬屋敷は仕方なく外出して捨てようとするが、はな子は彼が公園に逃げても付いて来た。
犬屋敷が公園のベンチに座っている獅子神皓という若者に気付いた直後、上空に異常な光が出現した。はな子が驚いた逃げ出した後、その光に包まれた犬屋敷と獅子神は意識を失った。翌朝、犬屋敷が目を覚ますと獅子神の姿は無かった。犬屋敷は近くにいたはな子を連れて、自宅に戻った。万理江に文句を言われながら朝食の席に着いた犬屋敷は味噌汁をすするが、味がしなかった。異常な喉の渇きを感じた彼は、蛇口を捻って水をガブ飲みした。自室に入った犬屋敷は、肉体が機械化されていることを知って激しく動揺した。
登校した麻理と同じクラスには、獅子神の姿があった。彼は昨晩のことなど全く気にしていない様子で、淡々としていた。同じクラスには安堂直行という生徒もいたが、イジメを受けて不登校になっていた。放課後、獅子神は安堂の家へ行き、面白い物を見せてやると告げる。彼は飛んでいる鳩に指を向け、発砲する動きを見せた。実際に鳩が撃ち落とされたので、安堂は驚いた。獅子神は安堂を連れて地下駐車場へ行き、手をかざして何台もの車を操った。獅子神が機械化された肉体を披露して「もう人間じゃないんだよね。スーパーヒーローだ」と言うと、安堂は大いに興奮した。
出勤した犬屋敷は上司からクビを匂わされ、土下座して「定年まで働かせてください。家のローンが残ってるんです」と懇願する。上司は蔑むような視線を向け、「人間として恥ずかしいとか無いの?」と言い放った。会社を出た犬屋敷は瀕死の鳩を発見し、両手で拾い上げた。すると体内の機械が勝手に作動し、鳩が元気になって飛び去った。遠くの声を耳にした犬屋敷は病院へ赴き、恵太という少年は意識不明で主治医から助からないと宣告されていることを知る。犬屋敷は病室に侵入し、恵太に触れて病気を治した。犬屋敷は駆け付けた医師たちに、不審者扱いされる。しかし恵太が元気になっていることに医師たちが驚いている間に、彼は病室から逃亡した。自分が少年を救ったことに、犬屋敷は大きな喜びを感じた。
翌朝、獅子神が安堂を連れて教室に入ると、いじめっ子グループはすぐに反応した。グループのリーダーは安堂にニヤニヤしながら絡み、割って入った獅子神を威嚇した。獅子神は冷たい視線を向けて相手の腕を捻り、二度と安堂に近付かず金も返すと約束させた。獅子神が彼を殺そうとしたので、安堂は慌てて制止した。獅子神が教室を出ると、クラスメイトの渡辺しおんが声を掛けた。しおんは遠慮がちな態度で、「前から好きでした」と告白した。彼女が「迷惑ですよね」と謝ると、獅子神は「ありがとう、嬉しいよ」と告げた。
獅子神は仕事中の優子に電話を掛け、今から帰宅すると伝える。しかし離婚した父との面会日だったため、優子は予定通り会いに行くよう促した。父は他の女を作って家を出ており、獅子神は快く思っていなかった。彼が訪問すると、父は今月分の金を渡した。新しい家庭には2人の子供が生まれており、獅子神を慕っていた。獅子神は腹違いの妹&弟と遊び、一緒に夕食を取った。獅子神は父親に指を向けて殺意を示すが、殺さずに立ち去った。帰り道、彼は幸せそうに暮らす3人家族の家へ侵入し、父親と母親を次々に殺害した。
犬屋敷は病院で子供たちを救おうとしていたが、助けを求める声を耳にして調布市の邸宅へ駆け付けた。彼が邸内に侵入すると、ちょうど獅子神が一家の娘を殺害するところだった。獅子神は犬屋敷を攻撃し、その場を後にした。翌朝、獅子神は銀行の預金残高を操作して大金を手に入れ、一部を安堂に差し出した。安堂は受け取りを断り、調布市で発生した一家惨殺事件の犯人が獅子神ではないかと指摘した。彼は「俺、神になったんだ」と言い出す獅子神に恐怖を感じ、「もう友達を続けるのは無理だから」と告げて立ち去った。
帰宅した獅子神は、優子からすい臓癌を患ったことを知らされる。肺に転移して手の施しようが無いことを聞かされた獅子神は、「なんで母さんばっかりこんな目に遭うんだ。母さんを絶対に死なせない」と口にした。一方、帰宅した犬屋敷は、剛史が財布から金を盗もうとしたこと、麻理が学校を休んだことを万里江から聞かされる。麻理が父も会社を休んでいると指摘したため、万里江は犬屋敷を問い詰めた。「大丈夫、この家は僕が守るよ」と犬屋敷が言うと、麻理は剛史が同級生から金を脅し取られていること、万里江が投資詐欺に遭ったことを暴露した。
麻理は「こんな家を守れるの?」と犬屋敷に言い、「お父さんなんかに何にも守れないよ。私はお父さんみたいにだけはなりたくないの」と声を荒らげた。犬屋敷が1人になると、どこからか「このままだと、また友達が人を殺してしまいます。ヒロを止めてください」と神に祈る声が聞こえた。はな子を抱き締めた犬屋敷は「僕にも出来る。彼が人を殺すために使った力で、僕は人を救う」と力強く宣言した。彼は空を飛んで公園へ行き、ベンチに座っている直行の元に現れた。
犬屋敷は直行から機械化人間の弱点について質問されるが、味噌汁を飲んで吐いたことぐらいしか思い浮かばなかった。直行は犬屋敷にも獅子神と同じ戦闘能力があると確信し、特訓を始めることにした。犬屋敷は直行の指導を受け、指鉄砲による攻撃方法を覚えた。一方、優子は主治医の診察を受け、癌が完全に無くなっていると知らされた。獅子神は喜ぶが、刑事の萩原たちが現れた。調布の事件で任意同行を求められた獅子神は、追って来る警官3名を殺害して逃亡した。麻理たちのクラスでは授業が行われていたが、スマホを見ていた生徒が事件のことを教師に知らせた。
獅子神は18歳だが、警官3名を殺害したことで名前と顔写真が公開された。しおんは彼を発見し、祖母と2人で暮らすアパートに匿った。しおんは両親を病気で亡くしていることを話し、「だから私も長生きできないね」と口にした。特訓を続ける犬屋敷はスポーツドリンクを飲もうとするが、気持ち悪くなって吐き出した。直行は味噌汁に関する発言を思い出し、機械化人間は塩分が弱点なのだと推理した。麻理は2人が話す様子を目撃して不審を抱き、直行を待ち伏せた。彼女が父との関係を追及すると、直行はオンラインゲームで知り合ったと適当な嘘をついて走り去った。
優子は大勢のリポーターや記者に包囲され、獅子神の事件について問い詰められた。優子が弱々しく謝罪する映像がテレビで流れていたが、彼女が自殺したことが速報として報じられた。ネットの掲示板では、優子の死を嘲笑する書き込みやマスコミに自宅の情報を流したことを自慢する書き込みがあった。獅子神はパソコンの画面に出現し、掲示板に書き込んだ連中を次々に殺害した。さらに彼は、母を追及したレポーターも殺害した。
獅子神はしおんの「早く犯人捕まればいいのにね」という言葉を聞き、自分が犯人であることを悪びれた様子もなく明かした。しおんが「嘘よ、信じない」と言うと、彼は機械化された体を見せた。獅子神は「全世界が俺の敵だ」と宣言し、しおんを連れて上空を飛んだ。しおんが「置いて行かないで」と叫ぶと、彼は「ずっと一緒にいてやるよ」と言う。犬屋敷は麻理から直行との関係を問われ、激しく狼狽した。直行と交信していた彼は、逃げるように家を出た。
萩原は獅子神の居場所を突き止め、しおんのアパートに特殊部隊を突入させる。獅子神はしおんを守りながら、特殊部隊の銃撃に対抗する。彼は特殊部隊を全滅させるが、しおんと祖母は死亡した。獅子神はアパートを飛び出し、この国の人間全員を殺すと誓った。犬屋敷は家族が危険だと感じ、スマホを使わず外出も避けるよう頼む。しかし誰も相手にせず、冷たい態度で外出する。麻理は都庁の展望台へ行き、友人たちと合流した。
獅子神は新宿の巨大モニターをジャックし、報じられているアパートの事件について「先に殺したのは警察です」と訂正した。その上で彼は「この国がある限り、俺は追われ続けます、これは日本と僕との戦争です」と語り、1人残らず殺すと宣言した。彼が指を鉄砲の形にして「バン」と繰り返すと、モニターを見ていた通行人が次々に死亡した。人々はパニック状態に陥って逃げ惑うが、避けることは不可能だった。獅子神はワイドショーの司会者であるミヤノに電話を掛け、彼も始末した。直行は犬屋敷と協力し、携帯電話やスマホの電源をオフにするよう人々に訴える。獅子神がミサイルの乱射を始めると、犬屋敷が駆け付けて攻撃を中止するよう説く…。

監督は佐藤信介、原作は奥浩哉「いぬやしき」(講談社「イブニング」所蔵)、脚本は橋本裕志、製作は石原隆&市川南&吉羽治、エグゼクティブプロデューサーは臼井裕詞、プロデューサーは梶本圭&甘木モリオ、撮影監督は河津太郎、美術監督は斎藤岩男、録音は横野一氏工、編集は今井剛、ラインプロデューサーは宿崎恵造、アソシエイトプロデューサーは片山怜子、CGプロデューサーは豊嶋勇作&鈴木伸広、VFXスーパーバイザーは神谷誠&土井淳、コンセプトデザインは田島光二、犬屋敷特殊メイクデザイン・特殊造型は藤原カクセイ、アクションコーディネーターは下村勇二、音楽は やまだ豊、主題歌「Take Me Under」はMAN WITH A MISSION。
出演は木梨憲武、佐藤健、伊勢谷友介、本郷奏多、二階堂ふみ、三吉彩花、濱田マリ、斉藤由貴、石丸謙二郎、生瀬勝久、福崎那由他、渋川清彦、野間口徹、大塚ヒロタ、河井青葉、池上紗理依、田口巧輝、大高洋夫、山本浩司、信太昌之、中村綾、五味多恵子、飯田基祐、相島一之、ウダタカキ、安藤美優、佐野祐徠、滝川ひとみ、今藤洋子、三谷麟太郎、秋場千鶴子、御船健、ぼくもとさきこ、BOB、田所ちさ、高木直子、北上史欧、河合恭嗣、五十嵐令子、稲村春日、倉田大誠、鈴木芳彦、木下康太郎、奥寺健、水石亜飛夢、大西礼芳、志波清斗、小槙まこ、水瀬慧人、今泉彩良、中川光男、あらかわわこ、亀田侑樹、島ゆいか、若林時英、飯田來麗、川合諒、片山友希ら。


『イブニング』で連載された奥浩哉の同名漫画を基にした作品。
監督は『アイアムアヒーロー』『デスノート Light up the NEW world』の佐藤信介。
脚本は『テルマエ・ロマエ』『映画 ビリギャル』の橋本裕志。
犬屋敷を木梨憲武、獅子神を佐藤健、萩原を伊勢谷友介、安堂を本郷奏多、しおんを二階堂ふみ、麻理を三吉彩花、万理江を濱田マリ、優子を斉藤由貴、土方警視総監を石丸謙二郎、ミヤノを生瀬勝久、剛史を福崎那由他、獅子神の父を渋川清彦が演じている。

犬屋敷役に木梨憲武を起用したことは、大きな失敗じゃないだろうか。
この人は『みなさんのおかげです』でドラマ仕立ての長尺コントをやっていたし、それを見ていた人も多いだろう。それを踏まえて本作品を見た時、肉体が機械化されたことに驚くシーンなどは、何となくコントに見えちゃうんだよね。
役柄や演じるキャラによっては、まるで気にならなかったかもしれない。でも本作品の場合は、どうしてもコントの匂いを感じてしまうんだよね。
アニメ版で犬屋敷の声を担当した小日向文世の評価が高くて「実写でも彼に任せれば」という声も多かったはずだし、なんで彼を起用しなかったんだろう。

あと、これは佐藤健にも言えることなんだけど、最初から肉体が出来上がっちゃってるんだよね。
犬屋敷にしろ、獅子神にしろ、初めて裸になった時(上半身だけね)、それなりに鍛えている感じがしちゃうのよ。
犬屋敷は冴えない中年男で、老人に見えるような奴という設定のはず。それにしては、肉体のヨボヨボっぷりは全く足りていない。
一方、獅子神の方は高校生だけど、運動能力の高い男という設定があったようには思えないし、犬屋敷よりはマシだけど少なからず違和感はある。

冒頭、万理江と剛史は引っ越し先の家を間違え、別の建物を見て「凄い、カッコイイ」と感心する。そして実際の引っ越し先を見て、一気に落胆する。
でも、まず間違えた建物が、「凄い」とも「カッコイイ」とも思えない。
そして引っ越し先の方も、そんなにガッカリするほどの家には思えない。中に入ってから日当たりの悪さに不満を漏らすのは分かるけど、外観の時点でガッカリしているからね。
「犬屋敷が家族から冷たくされている」ってのを見せたいのは分かるけど、掴みとしては弱いかなと。

犬屋敷が家族から蔑まれたり冷たくされたりしている明確な理由は、全く示されていない。「理由が何であろうと意味は無い」ってことなんだろうし、ホントは少しぐらい事情説明があってもいいんじゃないかとは思うが、そこは大した問題じゃない。
それより気になるのは、会社のシーンだ。
犬屋敷は上司から、何度もミスを重ねていることを叱責される。そうなると、犬屋敷は単に「うだつの上がらない男」ってことじゃなくて、ホントに役立たずの無能な男ってことになってしまう。それは全く意味が違うんだよなあ。
冴えない男にするのはいいし、小心者の情けない奴なのも構わないけど、仕事のミスを繰り返している設定は避けた方がいいんじゃないかと。
これが「若い連中に付いていけない」ってことなら、全く問題は無いんだけどね。

前述したように、家族は犬屋敷を蔑んで、すっかり邪魔者扱いしている。そこには「ホントは愛しているけど」という気持ちが全く見えず、心底から本気で嫌っているようにしか見えない。
そうなると、「犬屋敷が家族を守るために敵と戦う」という物語にすることは難しい。犬屋敷が命懸けで守ろうとする価値を、家族に見出せないからだ。
もちろん犬屋敷は幾ら嫌われていようと家族を守ろうとするだろうけど、観客は家族を救う話に入り込みにくいってことだ。
むしろ、「死ねばいいのに」とさえ思ってしまうかもしれない。

なので、「犬屋敷が世間の人々を救う」という要素を重視した方がいい。
家族との関係については、「それまでは家族に認めてもらえないことで辛い思いをしていた犬屋敷が、多くの人々を救うことに存在意義を見出して解放される」という形で使えばいい。そして、犬屋敷が世間の人々を救う活動をしていることを知り、家族の対応が変化するという流れにすればいい。
そもそも、万理江と剛史は途中から完全に消えてしまうんだよね。どっちにしろ扱いとしては失敗している。
剛史は序盤で「同級生のイジメを受けている」という様子が描かれているんだから、そこに犬屋敷を上手く絡ませるべきだろうに、すっかり忘れ去ったかのように放り出されている。

尺の都合もあるんだろうけど、獅子神は機械化された初日から、もう自分の能力を把握して充分に使いこなしている。それは不自然だろう。
一方、犬屋敷の方も、治癒能力を知るシーンが不自然。瀕死の鳩を見つけた彼は、「ホントの僕はもう死んでんのかな」と漏らしながら両手で包むように拾い上げて見つめる。これって、かなり変な動きに見えるんだよね。
そして、こっちも尺の都合なのか、鳩を助けた直後に声を聞き、病気の少年の命を救っている。これは拙速だなあ。
まだ自分の能力を正確に把握しているわけではなく、どこまでの治癒能力があるのか確信は持てていないはず。まだ自分でも「ホントに治癒能力があるのか」と疑念を抱いてもおかしくない状態のはず。
小心者である犬屋敷が、病室へ乗り込んで少年を治そうとするという大胆な行動に出るのは、かなり不自然だ。下手すりゃ少年を救えないだけでなく、警察の厄介になることも考えられるのに。

たぶん尺の問題だろうと感じる不満点は、他にもある。
例えば、機械化される以前の獅子神はどんな人間だったのか、クラスでの立ち位置はどういう感じだったのかは、分かるようになっている方がいいだろう。
しおんの初登場は獅子神がいじめっ子のリーダーを服従させた直後のシーンだが、それより前の方が望ましい。
犬屋敷は調布市の事件現場へ駆け付ける直前、病院で「今日はもう少し救えるかな」と言っているシーンがあるが、たぶん恵太の後も病院を訪れて何人か救っていたんだろう。だったら、それを見せた方がいい。

尺があれば全ての問題が解決されるのかというと、そうとは言えないだろう。
例えば、獅子神が機械化された直後から暴力や殺人に全ての意識を向けているのは、あまりにも動機が薄弱だ。
父親に指を向けて殺意を見せるのも、段取りとしては分からなくもないが、かなりの強引さを感じる。
傍らには獅子神を慕って仲良くしている腹違いの妹と弟がいるわけで、そいつらの存在を完全に無視しているってのは、どういうキャラ設定なのかと。

何の関係もない一家3人を無慈悲に惨殺するのも、「その動機を書きなさい」という問題が出たら答えは思い付くが、そこにバカバカしさを感じてしまう。
「獅子神の悪人としての魅力」という観点から見ても、「恐ろしい力は持っているけど、中身はペラッペラで魅力ゼロ」というキャラになってしまう。
そんな状態になってしまうぐらいなら、いっそのこと最初から獅子神の背景なんて全く用意せず、ただ「サイコパスな凶悪犯」として描いた方がマシだったんじゃないかと。

優子が自殺するシーンでは、厳しく糾弾するリポーターや嘲笑するネット民の存在を強調することで、獅子神への同情心を集めようとしているんだろう。
だけど残念ながら、1ミクロンも同情心など湧かない。
そもそも、自分の身勝手で理不尽な殺人が、全ての発端なのだ。
それなのに「母が自殺したのはマスコミやネット民のせいだ」と全ての責任を他の連中に押し付けて恨みを抱くのは、「自分のことは棚に上げて」の典型的な例だ。

しおんが殺されて獅子神が怒りや憎しみを抱くのは、流れとしては分かる。
ただ、そこは警察の行動に無理があり過ぎて、「幾ら相手が人間離れした能力の持ち主でも、そこに一般人がいると分かっていながら容赦なく一斉射撃ってのは有り得ないだろ」とバカバカしくなる。
あと、それによって獅子神が警察に恨みを抱き、「警察の人間を皆殺しにする」という方向に怒りを向けるのなら分かるけど、無差別殺人を始めちゃうので「しおんを殺された恨みとか関係なくなってんじゃん」と言いたくなるし。

終盤、いよいよ犬屋敷と獅子神の対決が始まるが、すぐに「助けを求める麻理の声を聞いた犬屋敷が駆け付けようとする」という展開へと突入してしまう。そこは犬屋敷と獅子神が直接対決する唯一のシーンなのに、麻理が邪魔な存在になっている。
あと、戦いの中で犬屋敷が獅子神の攻撃から救ってやったカメラマンが、彼を悪人扱いするという描写は要らんよ。戦いの中で犬屋敷が助ける唯一の部外者なんだし、「最初は怯えていたけど命を救われて感謝する」という形でいいでしょ。
っていうか、そこは麻理を排除して、「犬屋敷が獅子神と戦う中でも、周囲の人々を救おうとする」というヒロイズムを描けばいいんじゃないかと。
実際は、戦いが続く中で犬屋敷は目の前で次々に人を殺されているので、それは主人公の見せ方としてどうなのかと思っちゃうのよね。

(観賞日:2019年7月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会