『犬とあなたの物語 いぬのえいが』:2011、日本

[あきら!]
俳優の中尾彬がオープンカフェでコーヒーを飲んでいる。それに気付いた女性店員2人は、「大人の男って感じだね」「背中で語るって、ああいうこと言うんだろうね」などと嬉しそうに話す。その声を耳にした中尾は、気分が良くなって頬を緩ませる。だが、隣のテーブルに就いた女性客が「あきら、ちゃんと座りなさい」と怒鳴ったので、中尾はビックリした。しかし、その女性は中尾に怒鳴ったのではなく、連れている犬の名前が「あきら」だったのだ。
相手が犬だと分かった中尾だが、女性が「やめなさい、あきら。ねじれるから」「いい子ねえ、あきらちゃん。あきらちゃんはブチャイクだけど、お利口さんねえ」などと、犬に呼び掛けるたびに自分の名前を言うので、気になって仕方が無い。「ダメでしょ、こんなとこでオシッコしちゃ」という怒鳴り声で、動揺した中尾はコーヒーを服にこぼしてしまう。犬のあきらをじっと見つめた中尾は、大きな声で「ワンッ」と鳴いた。

[愛犬家をたずねて。]
レポーターが全国の愛犬家を取材するTV番組『愛犬家をたずねて。』の第8回では、須藤という若い女性が登場した。須藤は「ウチのビリーは言葉や物事を教えると完璧に覚える」と自慢するが、彼女が正解の絵を自分で動かしてビリーの前足に当てているだけだった。レポーターがそれを指摘すると、須藤は真っ向から否定した。しかしビリーは、須藤と間違えてオカッパのおじさんに駆け寄った。第17回では、犬の食事にこだわっている梨田という主婦の家をリポーターが訪問した。彼女は飼い犬のキャサリンのために4人の一流シェフを雇い、自宅キッチンで高級料理を作らせていた。キャサリンが食べない場合は、それが夫の食事になった。

[DOG NAP]
柳田真一と妻・美智子の家に、複数のダンボール箱が運び込まれた。箱の中には、主任警部の渡辺と部下の刑事たちが隠れていた。その1時間前に誘拐事件が発生したため、渡辺たちは駆け付けたのだ。既に1回目の脅迫電話が掛かって来ており、夫婦は警察に連絡したのだ。「お子さんの写真か何かございますか」と渡辺が言うと、真一は娘と飼い犬が写っている写真を渡した。犯人は2度目の電話を掛け、身代金200万円を要求した。
真一が「マリは無事なのか。声を聞かせてくれ」と頼むと、受話器の向こうから犬の鳴き声が聞こえてきた。渡辺は「ふざけやがって」と憤りを示す。そこへ娘が現れて「ママ、帰って来た?」と尋ね、美智子は「お部屋にいなきゃダメでしょ」と言う。すぐに渡辺は、誘拐されたのが飼い犬のマリだと気付いた。刑事たちは「警察を何だと思ってるんですか」と呆れ果て、柳田邸を去ろうとした。すると渡辺は、「犬は家族だ。柳田夫妻の心の痛みを分からんお前らは、大バカ者だ」と彼らを叱責した。
一方、犯人グループは取り引き現場へ向かおうとするが、マリに愛着の湧いた犯人Aが「この子と離れたくない」と言い出した。犯人BはAからマリを奪い取ろうとして、揉み合いになった。マリがアジトから逃げ出したので、犯人Cが慌てて追い掛けるが、走って来た車にひかれてしまった。真一が指定された競輪場へ行くと、犯人Bが接触した。Bが金の入ったポーチを受け取った直後、客に化けていた大勢の警官たちが彼を捕まえた。
「なんで犬如きに、こんなに警察が出てくんねん」とBが言うと、渡辺は「刑が軽く済むと思ったら大間違いだ。犬をなめんなよ」と告げ、パンチを浴びせた。真一は受け取ったバッグを開けるが、そこに入っていたのはマリではなくウサギだった。1年後、ゴミ収集の仕事をしている犯人Aは、マリを見掛けて後を追った。そこへ渡辺と部下たちが現れ、「随分捜したぞ」と告げた。犯人Aは、おとなしく逮捕されようとする。しかし渡辺は「犬好きに悪い人間はいない」と微笑み、彼を抱き締めた。

[愛犬家をたずねて。]
TV番組『愛犬家をたずねて。』の第30回では、三浦という男性と娘、息子、そして飼い犬のジョンが登場した。三浦の顔が傷だらけで腫れ上がっているので、リポーターは困惑した。写真にこだわりがあるという三浦は、ジョンが走っている姿を撮るのが好きだと話す。三浦は自転車を息子に漕がせ、ロープでつないだスケボーに腹這いで乗る。そしてジョンを走らせ、並走しながら写真を撮影した。途中でスケボーから転落した三浦は怪我を負うが、「今日もかっこいいわあ、ジョン」と笑顔で口にした。

〔お母さんは心配症]
美知代は長男・祐二と新婦・聡美の結婚披露宴に出席していたが、家族が飼い犬のキスチョコについて「大丈夫かなあ」「そう言えば、初めてか、あいつだけで留守番って」などと言い出すので、心配になってしまう。祐二の上司が乾杯の音頭を取ろうとすると、美知代はハッとして「温度」と呟く。彼女は、キスチョコがリモコンを押してエアコンの設定温度を60度まで上昇させる妄想を膨らませ、「早く下げて!」と叫んでしまう。
聡美のOL時代の同僚がスピーチに立ち、「頭の中、空っぽになっちゃった」と言うと、それを聞いた美知代は「エサを入れ忘れたかも」と不安になる。彼女はキスチョコが食料を求めて台所へ行き、棚の包丁に駆け寄る姿を妄想して「そこには何も無いわよ」と心の中で呟く。そして聡美の同僚が「私も聡美を見習って近い内に結婚できたらいいなあ、なんて」と言った直後、彼女は大声で「無い無い無い無い」と叫んでしまった。
新郎新婦のキャンドルサービスが始まり、司会者が「2人の愛の炎のように燃え上がっております」と言うと、美知代はキスチョコが鏡を動かして太陽光を反射させ、新聞紙を燃え上がらせて火事を起こすのではないかと妄想する。彼女は「消さなきゃ」と叫び、ちょうどテーブルに来ていたキャンドルの火を吹き消した。家族の顔を見て我に返った彼女は、慌てて「いや、そういうんじゃなくてね」と言うが、式場はざわついた。
新婦の高校時代の友人3名が『てんとう虫のサンバ』を歌い出すと、美知代はキスチョコがサンバ祭りのダンサーたちに興味を示し、窓を開けて付いて行くのではないかと不安になった。彼女は歌詞の「くちづけせよと」の部分で立ち上がり、「キスー!」と泣きながら叫んだ。それまで美知代の行動を見て「結婚に反対なのでは」と気にしていた祐二と聡美は、「認めてくれたんだ」と喜んだ。家族と出席者も完全に誤解し、拍手を送った。

[愛犬家をたずねて。]
TV番組『愛犬家をたずねて。』の最終回では、リポーターが鈴木という男性を取材する。鈴木は屈強な外国人SPたちに警護されていた。その理由について彼は、「この子に何かあったらアレだから」と説明した。取材の最中、SPたちは急に叫び、犬を抱いた鈴木と取材クルーを伏せさせた。チワワを散歩させている男が通り過ぎたのを確認して、SPは「クリア」と口にした。リポーターが呆れる中で、鈴木はSPに守られながら散歩に戻った。

[犬の名前]
多田野一郎は少年時代、父に「今日からお前に弟が出来る」と告げられる。母が妊娠したのかと思った一郎だが、父は彼に柴犬のジローを見せた。多田野家ではジローを飼い始めるが、一郎は噛まれることを怖がり、なかなか近付けない。鎖の外れたジローに追い掛けられた時には、熱を出して寝込んでしまうほどだった。その夜、一郎は巨大なジローが前足を額に当てる夢を見た。怯えていた一郎だが、ジローの前足は冷たくて気持ちが良かった。
翌朝、一郎が目を覚ますと、ジローは彼に添い寝していた。母親が来て一郎の体温を確かめると、熱はすっかり下がっていた。一郎は母から、「ジローね、一郎があげないとご飯食べないのよ」と聞かされる。一郎はジローに歩み寄り、笑顔でエサを与えた。その日から、一郎はジローを可愛がるようになった。学校から帰ると、ジローを散歩に連れて行くのが日課になった。一郎が「ただいま」と言うと、必ずジローは駆け寄って来た。
ある日、一郎が下校すると、ジローの姿が無かった。母は一郎に「ジロー、どこか逃げちゃったの」と告げるが、その目には涙が滲んでいた。一郎は日が暮れるまで捜し回るが、ジローを見つけることは出来なかった。彼が公園で佇んでいると父がやって来て、ジローが車にひかれて死んでしまったことを話した。泣き出した一郎は、父から「また犬、飼うか」と問われ、「嫌だ、死ぬから」と答えた。
大人になった一郎は翻訳家と働き、妻の美里と2人で暮らしていた。新居に引っ越した一郎は、美里から「中野先生のとこも引っ越して犬が飼えないから、貰ってくれないかって」と言われる。1歳のラブラドールレトリバーで、ラッキーという名前だという。一郎は美里に、「俺、犬、嫌いなんだ。ダメなんだ、犬って」と告げる。美里は「分かった」と言うが、続けて「エサやりも散歩も私がやるわ。一郎は何もしなくていいからね」と口にする。
美里が仕事で出勤した後、一郎は自宅で作業をする。ラッキーは吠えることも無く、まるで空気のような存在として、家にいる。一郎が外出する時は、散歩に連れて行って欲しがるような目で彼を見つめる。しかし一郎は「散歩は美里と行きな」と頭を撫で、1人で出掛ける。締め切りを忘れていた一郎は、電話で担当者から叱責される。ラッキーの吠える声で、一郎は雨が降り出したことに気付いた。
帰宅した美里は、一郎がパソコンに英単語と日本語訳を記したメモを幾つも貼り付けているのに気付いた。「それ、何?」と彼女が訊くと、一郎は「最近、良く単語を忘れるんだよね」と答えた。一郎は年齢のせいだと軽く考えていたが、そうではなかった。あまりに物忘れが酷くなった彼は病院で検査を受け、若年性アルツハイマー病と診断された。治療法は無く、進行を遅らせることしか出来ない病気だ。医師から「一緒に頑張りましょう」と言われた一郎と美里だが、ショックを隠せなかった。
ある日、マヨネーズが切れていることを美里から聞かされた一郎は、「俺が買って来るよ」と言う。美里は心配するが、一郎は「大丈夫。まだそれぐらい出来るって。毎日、ラッキーの散歩だって行ってるんだし」と自信を見せる。一郎はラッキーの散歩がてら、スーパーに立ち寄ろうとする。しかしラッキーに木に繋いでスーパーに入ろうとした彼は、通行人とぶつかって用事を書いたメモを落とした途端、何をするために外出したのか分からなくなってしまう。そのまま彼は、ラッキーを置いて立ち去ってしまった。
美里は一郎に電話を掛けるが、出ないので不安になった。ラッキーは木からロープを外し、一郎を追って走り出した。一郎が公園で頭を抱えていると、ラッキーがやって来た。一郎は自分の家も分からなくなっていたのだ。一郎からの電話連絡で、美里が迎えに来た。美里は一郎の面倒を見るために会社を辞めようとするが、上司に説得され、とりあえず有給休暇を消化することにした。一郎の病状はどんどん悪化していき、師走に入った頃には、たまに美里の名前も忘れてしまうほどになっていた。
3月に入ると、一郎は夜中に何度も目を覚ますようになった。一郎は夜中に手鏡を割り、駆け付けた美里に「みんな忘れちゃうんだ」と言う。彼は恐怖や不安を吐露し、嗚咽を漏らした。美里は一郎を寝室へ連れて行き、ベッドで眠らせた。しばらくして目を覚ました一郎は、自分が先程の出来事を完全に忘れ去っていた。仕事と夫の看病で精神的に追い込まれた美里は、ラッキーを動物管理センターへ連れて行き、処分してもらうことにした。
一郎はラッキーのことを覚えており、エサを与えようとして捜し回った。その様子を見た美里は動物管理センターへ行き、職員に頼んでラッキーを返してもらった。美里がラッキーを連れて帰宅すると、一郎の姿が見えなかった。ラッキーと共に外を捜し回った美里は、公園のベンチに座っている一郎を見つけた。ラッキーを目にした一郎は、「ジロー」と呼び掛けた。美里がラッキーだと教えても、一郎は虚ろな目で「ジロー」と呼び続けた。するとラッキーは、「ジロー」と呼ばれても一郎に歩み寄った。

[バニラのかけら]
バスを降りた奈津子は、「引っ張らないの」という女の子の声を耳にした。そちらに目をやると、茉奈という幼女が散歩させている飼い犬に引っ張られていた。奈津子は後を追い掛け、公園で茉奈と犬がボール遊びをする様子を眺めた。その犬は、奈津子が飼っていたバニラと瓜二つだった。バニラを1年前に亡くしている奈津子は、犬を見つめながら涙をこぼした。茉奈から声を掛けられた奈津子は事情を話し、「分かってるんだけどね、この子がバニラじゃないって」と言う。そんなに奈津子に、茉奈は「一緒に散歩する?」と持ち掛けた…。

プロデューサーは一瀬隆重、エグゼクティブ・プロデューサーは濱名一哉&中尾勇一&小谷靖、コー・プロデューサーは宮田公夫&西前俊典、アソシエイト・プロデューサーは辻本珠子、協力プロデューサーは三木裕明。
主題歌:『願い』JUJU 作詞:岩城由美、作曲:木村篤史&Taisho、編曲:島田昌典。

[あきら!]
監督は水落豊、脚本は山田慶太、撮影は明田川大介、照明は吉田敦、美術は正田俊一郎、音楽プロデューサーは川越浩、録音は新妻聡&星野厚、編集はマツトケンジ。
出演は中尾彬、天海祐希、近藤春菜(ハリセンボン)、箕輪はるか(ハリセンボン)、三枝奈都紀など。

[愛犬家をたずねて。]
監督は中西尚人、脚本は山田慶太、撮影は長谷川圭二&岡林昭宏&田中智仁、照明は山崎公彦&松山嘉人&吉田敦、美術は小泉博康&三枝晃子&河島康、音楽は茂野雅道、録音は豊田隆嗣、編集は西野憲司。
出演は篠田麻里子、堀内敬子、生瀬勝久、小倉智昭、青木裕子(TBSアナウンサー)など。

[DOG NAP]
監督・脚本は川西純、撮影は岡林昭宏、照明はやきしんいち、美術は都築雄二、音楽は茂野雅道、録音は豊田隆嗣、編集は西野憲司。
出演は内野聖陽、鶴見辰吾、戸田菜穂、藤原一裕(ライセンス)、藤本敏史(FUJIWARA)、原西孝幸(FUJIWARA)など。

[お母さんは心配症]
監督は石井聡一、脚本は山田慶太、撮影は山本哲也、照明は武田淳一、美術は吉嶺直樹、音楽は横山克、音楽プロデューサーは山田勝也、録音は関根光晶、編集は上條孝之。
出演は高畑淳子、大林健二(モンスターエンジン)、鈴木ちなみなど。

[犬の名前]
監督は長崎俊一、脚本は太田愛、撮影は柳島克己、照明は鈴木康介、美術は金田克美、音楽はREMEDIOS、音楽プロデューサーは慶田次徳、録音は柿沢潔、編集は阿部亙英。
出演は大森南朋、松嶋菜々子、坂井真紀、矢柴俊博など。

[バニラのかけら]
監督は江藤尚志、脚本は山田慶太、撮影は志田貴之、照明はサイトウトオル、美術は稲田堅次、録音は関根光晶、音楽プロデューサーは山田勝也、編集は深沢佳文&瀬谷さくら。
出演は北乃きい、芦田愛菜、ちはる、古賀清など。


2005年に公開された映画『いぬのえいが』の続編。
[あきら!]では中尾彬が本人役で出演しており、カフェの女性を天海祐希、店員をお笑いコンビ“ハリセンボン”の2人が演じている。
[愛犬家をたずねて。]の須藤を篠田麻里子、梨田を堀内敬子、三浦を生瀬勝久、鈴木を小倉智昭、[DOG NAP]の渡辺を内野聖陽、真一を鶴見辰吾、美智子を戸田菜穂が演じている。
[お母さんは心配症]の美知代を高畑淳子、祐二を大林健二(モンスターエンジン)、聡美を鈴木ちなみが演じている。
[犬の名前]の一郎を大森南朋、美里を松嶋菜々子、[バニラのかけら]の奈津子を北乃きい、茉奈を芦田愛菜が演じている。

前作は11の短編を繋いで構成されたオムニバス映画だったが、今回は6編のエピソードで構成されている。
当初は2006年の夏に『いぬのえいが2』として公開される予定だったが、2011年1月に延期され、タイトルも変更となった。
その理由は、前作が思ったほどヒットしなかったからじゃないかと推測される。
「だったら無理に続編を作らなくてもいいのに」と思った人がいるかもしれないが、私も同じ意見である。
ただし、そもそも公開時期が大幅に延期されてタイトルまで変更になったのが前述の理由だというのは、私の勝手な推測にすぎないからね。

まず全体の構成や編集から触れておくと、エピソードの繋ぎ方が良くない。
[あきら!]から間髪入れずに[愛犬家をたずねて。]の第8回に写るのは構わないが、その次に第17回が連続して配置されると、こっちとしては[愛犬家をたずねて。]を一気に片付けてしまうのだろうと予想する。
だから、第17回が終わった後、画面が切り替わると大型トラックから複数のダンボール箱が邸内に運び込まれ、そこから刑事たちが飛び出してくるという展開に、戸惑ってしまう。
それは[DOG NAP]の導入部なんだけど、オムニバス映画の場合、やはり最初に「これから別の話が始まりますよ」というハッキリとした合図のようなモノがあった方が、頭を切り替えやすい。
この映画、〔バニラのかけら〕以外はタイトルが表示されないんだよな。だから[DOG NAP]だけでなく、[お母さんは心配症]の時も、やはり『愛犬家をたずねて。』第30回から切り替わると式場のシーンに突入してしまう。でも、最初にタイトルを出して「これから別のエピソードに移ります」というのを示した方がいい。
あと[愛犬家をたずねて。]を分割するのであれば、第8回と第17回の間にも別のエピソードを入れた方がいい。

では1つずつのエピソードに触れて行こう。
[あきら!]は、「犬に対する呼び掛けに、同じ名前である中尾彬が反応してしまう」というワン・アイデアだけで作られた3分程度のショートコント。ハリゼンボンもチラッと出演しているが、ほとんど中尾彬の一人芝居のようなモンだ。犬を連れている女性客は天海祐希だが、背中を向けていて顔は見えないし、ほぼ背景に近い扱いだ。
で、これって「犬の映画」じゃないよね。
犬は道具として利用されているだけであって、完全に中尾彬を楽しむための映画だよね。

[愛犬家をたずねて。]も、やっぱり犬はコントのための道具でしかないよね。
ここでは4つのコントが描かれているけど、いずれも「犬」を描くでもなく、「犬と人間の絆」を描くでもなく、「犬を飼っている人間の滑稽な姿」を描いているだけであり、犬の必要性をあまり感じないんだよな。
いや、そりゃあコメディー(っていうかショートコント)としては、それなりにちゃんとしたクオリティーで作られているよ(微妙な言い回しだが、ようするに喜劇のパターンを守って作られてはいるが、そんなに面白くないってこと)。
だけど、これが果たして「共に生きる幸せを積み重ねる、“犬”と“あなた”の物語」(キャッチコピーより)のエピソードとしてふさわしい内容なのかと考えた時に、ちょっと違うんじゃないかと思うんだよな。

[DOG NAP]に関しては、細かいことかもしれないが、渡辺が「お子さんが誘拐された時の状況を詳しくお聞かせ願えますか」と夫婦に質問した時の手順が引っ掛かる。
車から飛び出した覆面3人組が犬を抱いている娘に襲い掛かる1時間前のシーンが写り、現在に戻って渡辺が「なるほど」と言うのだが、そういう流れだと、犬が拉致された時に夫婦が目撃していたってことになっちゃうでしょ。
でも、そうじゃないはずで。
だから、渡辺の質問に対して、夫婦の返答の代わりに犬が拉致された時の回想シーンを入れるってのは、おかしい。

それと、「実は誘拐されたのが娘じゃなくて犬」というオチを明かすまでに引っ張り過ぎている。
ハッキリ言って、「声を聞かせてくれ」に対して受話器の向こうから犬の鳴き声が聞こえて来た時点で、もう娘じゃなくて犬が誘拐されたってのはバレバレだ。
それなのに、まだ渡辺は気付いておらず、娘が部屋に現れて、ようやく渡辺と観客に対する「実は」という説明があるんだよね。それだと、「いや、とっくに知ってるから」という感情になってるのよ、こっちは。
っていうか、もっと言っちゃうと、真一が渡辺に「お子さんの写真か何かございますか」と訊かれて娘と犬が写っている写真を渡した後、犯人Aがカメラに向かって「可愛い」と漏らしている時点で、もうバレてるんだよな。
「可愛い」と言っている対象を写さないってのは明らかに不自然であり、だから「つまり観客には娘だと思わせておいて、犬を見ているんだな」ってのが分かっちゃうんだよな。

それと、娘が部屋に現れた時、すぐに渡辺は状況を理解し、夫婦に「誘拐されたのは、このワンちゃんですね」と尋ねているんだよね。
いやいや、こいつは「どういうことなのか」と戸惑い、誘拐されたのが犬だと聞かされたら驚くというポジションにいるべきじゃないのか。なんで簡単に理解し、受け入れているんだよ。
そういうキャラにしておくのなら、もっと早い段階で誘拐されたのが娘じゃなくて犬だってのをバラすべきだ。
そこに重点が置かれているわけじゃないんだし。

終盤、犯人Aが仕事中にマリを見掛けて後を追うと、木陰にはマリと3匹の子供たちがいる。それを嬉しそうに見つめた犯人Aを、渡辺は逮捕せずに抱き締め、刑事たちは拍手を送る。
いやいや、それはダメだろ。
渡辺は「絶対に逮捕する。いや退治する」と言っていたわけで、犯人Aはマリを見て愛着が湧いたかもしれんが、誘拐犯であることに違いは無い。
それも仕方なく誘拐に加わったわけじゃなくて、自らの意思でマリを拉致したのだ。
「犬好きに悪い奴はいない」と思うのは構わんけど、それでも逮捕すべきだぞ。

それと、真一がバッグを開けた時には、ウサギしか入っていなかったのよね。でも、犯人Aは仕事中にマリを見掛けて後を追うってことは、その後も彼が飼い続けているわけではないのね。
知らないところで、柳田家に返していたということなのか。そこは説明が無いと、ちと分かりにくいぞ。
それと、柳田家の娘が「わあ、可愛い」と漏らし、自宅で飼っている3匹のウサギが写るのがラストカットなんだけど、それって、どういう意味なの?
いや、もちろん、真一が受け取ったバッグに入っていたウサギをそのまま飼っているってことなんだろうけど、そこにオチとしてどういう意味があるのか良く分からん。
あと、もう1年前から飼っているはずなのに、今さら初めて見たように「可愛い」と漏らすのは変だし。

[お母さんは心配症]も[あきら!]や[愛犬家をたずねて。]と同様、犬は心配性な美知代の滑稽さを描くための道具に過ぎない。犬の存在価値という意味では、[あきら!]や[愛犬家をたずねて。]より低いと言ってもいいだろう。
というのも、これは「美知代が異常なほど心配性なせいで妄想を膨らませ、式場で誤解されるような変な行動を取ってしまう」という可笑しさを描くコントであり、心配する対象が犬じゃなくても、同じように成立してしまうのだ。例えば、「玄関に鍵を掛けたかしら。忘れていて、泥棒が入ったらどうしよう」とか、「ガスの人を止めたかしら。忘れていて、火事が起きたらどうしよう」とか、そういうことでも別にいいんだよね。
それと、美知代は妄想に入り込んだままで、式場で場違いな行動を取ることで周囲を動揺させても全く視界に入っていないんだけど、そうじゃなくて、いちいちハッと我に返る手順を踏ませた方がいいと思うんだけどなあ。キャンドルの火を消した時だけ我に返っているけど、それは中途半端だわ。
あと、美知代が「キスー!」と叫んだら、それが「夫婦の結婚を認めた」という意味に誤解され、周囲が感動するってのは、ものすごく無理があるぞ。

[犬の名前]は、まず構成が悪い。最初に少年時代の一郎の話が10分以上も続くのだが、それなら、少年と犬の物語として全体を構成した方がいいんじゃないかと思ってしまう。
だけど実際には大人になった一郎の物語がメインなわけで、だったら最初に大人の一郎を登場させて、そこから回想として少年時代の様子を挿入する構成にした方がいい。美里から「犬を貰ってくれないか」という話があることを聞かされた一郎が難色を示し、その後で回想シーンを入れて「彼が犬を飼いたがらない理由」を説明するという流れにした方がいい。
この話だと、一郎が「犬、嫌いなんだ」と言っている時点で、こっちは「ホントは嫌いじゃなくて、過去に愛犬を亡くしているから犬を二度と飼いたくないだけ」ということを分かっているんだよね。
それは上手くないでしょ。

一郎は「犬が嫌いだ」と言っているのに、美里は「エサやりも散歩も私がやるから」と、飼うことを決めてしまう。
これって、ほとんどコメディーの流れだよね。だけど、これはコメディーではないんだよな。
しかも、美里が犬を飼うことを勝手に決定したのに、一郎はそれを受け入れちゃうんだよね。そこは引っ掛かる。
引っ掛かると言えば、美里が犬を飼うことを決めた後、「犬はいつも待っている。貴方の優しい眼差しを」などと彼女のナレーションが入るのも引っ掛かるぞ。なんで途中から出て来た彼女が語り手なのかと。
彼女を語り手に据えるのであれば、最初に登場させるべきだよ。

「犬は嫌いだ、ダメなんだ」と言っていた一郎だが、最初からラッキーに優しく話し掛けたり、頭を撫でたりしている。
もちろん、本当は犬嫌いじゃないので、そういう態度を取るのは不自然ではない。
ただ、「犬を二度と飼いたくないと思っていた一郎が、犬を飼うことになってしまう」という状況の中で、「また悲しい思いをしたくないので、最初はラッキーに対して距離を置こうとしていたが、愛着が湧いて来て、少しずつ可愛がるようになっていく」という経緯の描写が相当に大雑把なのは、いかがなものかと思う。
時間的な制約があるから仕方が無いんだろうが、一郎が「良く単語を忘れるようになった」と言った次のシーンでは、もう彼は膨大な単語のメモを部屋中に貼り付けている。「そんなことになるんだったら、少年時代のシーンに10分以上も費やしている場合じゃなかっただろ」と言いたくなってしまう。
っていうか、そもそも、オムニバス映画の一編として処理できる内容量じゃないと思うんだけどなあ。

一郎が若年性アルツハイマー病と診断されてからは、ラッキーは、いてもいなくても別に構わない程度の存在だ。
それどころか、「一郎は少年時代に愛犬を事故で失い、二度と犬を飼わないと決めていた」という設定さえ、何の意味も無いものと化ししまう。
劇中では、「ラッキーが一郎を追い掛ける」とか、「一郎がラッキーに弱音を吐いて一緒にタイ焼きを食べる」とか、そんな風に絡むシーンを用意しているけど、「別に要らなくねえか」と思っちゃう。
そういうところで一郎と絡む役割って、全て美里に振ってしまった方が、まとまりがいいんだよな。

それに、一郎が「ラッキーとどんなに仲良くなっても、お前の方が先にいっちゃうんだと思ってた。けど、俺の方が先に消えちゃうなんてな。もっとお前と色んなことしとけば良かったなあ」とラッキーに話し掛けても、そこには何の感動も無いし。
なぜなら、そこまでに描かれた「一郎とラッキーのドラマ」は、ものすごく薄っぺらいからだ。
「過去のトラウマで犬を飼わないと決めていた一郎が、家にやって来たラッキーと最初は距離を置くが、少しずつ心を開いて行き、やがてトラウマが解消される」というところに着地する話にしておけばいいものを、一郎が難病を患うという要素を欲張って盛り込んだせいで、完全に処理能力を超過しちゃってるのだ。
いや、超過しているということが問題なんじゃないな。その要素を盛り込んでしまったせいで、「人間と犬の交流を描くドラマ」ではなく、完全に「難病を患った夫と、彼を支える妻の物語」になっていることが問題なのだ。

[バニラのかけら]はペットロスを描いたエピソードであり、6つの中では最も「人間と犬の関係」を重視した中身になっている。
ただし、そのエピソードには大きな問題があって、それは「奈津子がバニラにそっくりの犬と触れ合うことでペットロスから抜け出す」という展開ではなく、「茉奈の言葉によって救われる」という形になっていること。
だから、「茉奈と出会えば話は成立するわけで、バニラに瓜二つの犬なんて要らないでしょ」ってことになってしまう。その犬は、2人を出会わせるきっかけ過ぎない。
それと、その茉奈が犬より可愛く感じられるってのも問題で、そこに「可愛い」という対象になる幼女を配置するのは避けた方が良かったんじゃないかと。

(観賞日:2013年9月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会