『犬神家の一族』:2006、日本

昭和22年2月、信州。製薬王と呼ばれた犬神製薬の創始者・犬神佐兵衛が亡くなった。彼は死の間際、遺言状を顧問弁護士の古館恭三に 預けたことを遺族に告げていた。遺言状は、血縁の者が全て揃った時に明かされることになっている。佐兵衛の長女である松子の息子・ 佐清が戦地から戻っていないため、遺言状の内容は明かされないまま古館の事務所の金庫に保管されていた。
東京の私立探偵・金田一耕肋は古館の助手・若林から依頼を受け、那須を訪れた。はるという若い女性と出会った金田一は、彼女が女中 をしている那須ホテルに宿泊した。窓から湖を眺めていた金田一は、ボートに乗っている美しい女を見つけた。はるによると、彼女は 犬神家で暮らす野々宮珠世だという。血縁者ではないが、佐兵衛の恩人である野々宮大式の孫娘なのだという。珠世がボートごと沈みそう になったため、慌てて金田一は救出に駆け付けた。金田一は、何者かがボートに穴を開けたと気付いた。
金田一が宿に戻ると、会いに来た若林が殺されていた。等々力署長に容疑者として逮捕された金田一の元に、古舘がやって来た。古舘は 若林が遺言書を盗み見て不安を覚えたのだと察知し、金田一に調査を依頼した。同じ頃、犬神家には松子が頭巾を被った佐清を連れて屋敷 に戻っていた。佐清は戦争で顔を負傷し、それを隠すためにゴムの仮面を着けていた。
金田一は古舘と共に犬神家を訪れ、遺言状が開封される現場に同席した。屋敷には珠世の他、犬神家の血縁者が全て揃っていた。松子と 佐清。佐兵衛の次女・竹子と夫・寅之助、その息子・佐武に娘・小夜子。三女・梅子と夫・幸吉、その息子・佐智といった面々だ。佐智は 財産目当ての両親の意思を受けて、少しでも取り分が多くなるよう小夜子と交際している。
遺言状には、犬神家の家宝である斧(よき)、琴、菊と共に、財産の相続権を全て珠世に譲ると書かれていた。ただし、それは珠世が佐清、 佐武、佐智の誰かと結婚した場合だ。結婚が不成立だった場合は、青沼静馬が財産の5分の2を相続するとも書かれていた。青沼静馬は 佐兵衛が愛人・青沼菊乃に生ませた子供で、行方知れずになっていた。
同じ頃、顔を隠した復員者風の男が柏屋に現れた。男は宿帳への署名を嫌がり、夜中に外出した。一方、犬神家では佐清が偽者ではないか と怪しんだ佐武らが、手形を押して奉納手形と比べることを要求していた。金田一が大山神官に尋ねると、そのことを言い出したのは珠世 だという。皆から手形の比較を要求された松子だが、怒って拒絶した。珠世は佐清に思い出の懐中時計を渡し、修理を依頼した。だが、 佐清は「気が乗らないから、また今度」と告げて返却し、逃げるように去った。
その夜、復員者風の男は相変わらず顔を隠したまま、どこかへ出掛けた。翌朝、犬神家の庭で菊人形に紛れ込ませた佐武の生首が発見 された。警察の等々力署長や仙波刑事が捜査に乗り出し、間もなく殺害現場が展望台だと判明した。金田一は、そこで珠世のブローチを 発見した。一方、佐清は手形の比較を承諾し、皆の前で手形を押した。警察の尋問に対し、珠世は佐武に会って懐中時計の指紋を調べる よう勧めていたこと、彼に襲われたが使用人の猿蔵に助けられたことを説明した。
駐在所の巡査が、湖の北端にある岬で胴体を運んだと思われる犬神家のボートを発見した。ボートハウスを管理しているのは猿蔵だった。 金田一は古舘から、猿蔵は佐兵衛が犬神家に連れて来た身許不明の男であること、生前の佐兵衛から命に代えても珠世を守れと命じられて いることを聞いた。金田一や等々力らは、柏屋の主人から妙な客のことを聞き込んだ。その客は昨夜10時に出掛けて12時頃に戻り、今朝の 5時頃に発ったという。
藤崎鑑識課員の鑑定によって、佐清が押した手形と奉納手形が一致すると確認された。その夜、佐武の葬儀の席で、金田一は佐兵衛の娘が 3人とも煙草を吸う事実を確認した。珠世が部屋に戻ると、復員者風の男が侵入していた。男は珠世を突き飛ばし、逃走した。直後、庭で 男の悲鳴が上がった。金田一らが駆け付けると、ゴムマスクを外された佐清が気を失って倒れていた。
珠世は佐智に薬を嗅がされ、空き屋敷に連れ込まれた。佐智は珠世を手篭めにしようとするが、そこへ復員者風の男が現れた。猿蔵が ボートハウスにいると、復員者風の男から電話が掛かり、珠世の居場所を告げられた。その夜、琴の稽古をしていた松子は中座し、再び 盲目の師匠の元へ戻って演奏を始めた。大雨の振り出す中、小夜子は屋根の上で死体となっている佐智を発見した。佐智の首には、琴糸が 括り付けられていた。
竹子は金田一や等々力らに、今まで隠していた出来事を明かした。佐兵衛の娘3人は、それぞれ母親が違っていた。ある時、佐兵衛は娘たち よりも若い青沼菊乃を愛人にした。彼女が男児を出産すると、佐兵衛は犬神家の三種の神器である斧(よき)、琴、菊を与えた。これに 憤慨した3姉妹は、菊乃親子が隠れている農家を急襲した。姉妹は菊乃を折檻し、神器を奪い返した。菊乃は「斧(よき)、琴、菊で 復讐する」と言っていたのだという。
菊乃は既に病死しており、息子の静馬は戦地に行って行方不明となっていた。等々力は復員者風の男が静馬だと確信し、指名手配した。 一方、金田一は神社の大山神官に会い、佐兵衛と大弐の妻・春世が男女の関係だったことを知った。珠世は佐兵衛の実の孫だったのだ。 同じ夜、珠世は松子から、佐清との結婚を迫られた。だが、珠世はマスクの男が佐清ではないと断言した。
マスクの男は松子と2人きりになり、自分が青沼静馬だと明かす。静馬はビルマの戦線で佐清と一緒になったこと、佐清の部隊が全滅した ことを語った。犬神家への恨みを抱き続けていた静馬は、佐清と入れ替わって戻ってきたのだ。翌朝、湖で静馬の死体が発見された。一方、 珠世の元には復員者風の男が現れ、佐清だと明かした。彼は、佐武も佐智も自分が殺したと語った。空き屋敷に赴いた佐清は、駆け付けた 等々力らに逮捕された。だが、金田一は彼が犯人ではないと睨んでいた…。

監督は市川崑、原作は横溝正史、脚本は市川崑&日高真也&長田紀生、製作は黒井和男、プロデューサーは一瀬隆重、企画は椿宜和& 濱名一哉&北川直樹&喜多埜裕明、製作統括は信国一朗&榎本和友&井上雅博、監督補佐は手塚昌明、撮影は五十畑幸勇、編集は 長田千鶴子、録音は斉藤禎一、照明は斉藤薫、美術は櫻木晶、視覚効果は橋本満明、音楽は谷川賢作、テーマ曲は大野雄二。
出演は石坂浩二、松嶋菜々子、尾上菊之助(五代目)、仲代達矢、中村敦夫、富司純子、松坂慶子、萬田久子、深田恭子、奥菜恵、 岸部一徳、大滝秀治、草笛光子、中村玉緒、加藤武、葛山信吾、池内万作、蛍雪次朗、永澤俊矢、石倉三郎、尾藤イサオ、三條美紀、 三谷幸喜、林家木久蔵(初代。現・林家木久扇)、松本美奈子、嶋田豪、清末裕之、松田正悟、木本秀一、石田直也、野村信次、蓮佛美沙子、星春希、 保木本竜也ら。


1976年に公開された横溝正史原作の映画『犬神家の一族』を、市川崑監督がセルフリメイクした作品。
プロデューサーはJホラー・ブームの生みの親である一瀬隆重。
金田一役の石坂浩二、大山神官役の大滝秀治はオリジナル版と同じ役で出演。
加藤武も役名こそ違えど、旧作と同じ警察署長の役で登場する。
旧作で竹子を演じた三條美紀と梅子を演じた草笛光子が、それぞれ松子の母・お園と琴の師匠を演じている。
珠代を松嶋菜々子、佐清&静馬を尾上菊之助、佐兵衛を仲代達矢、古舘を中村敦夫、松子を富司純子、竹子を松坂慶子、梅子を萬田久子、 はるを深田恭子、小夜子を奥菜恵、寅之助を岸部一徳、柏屋の女房を中村玉緒、佐武を葛山信吾、佐智を池内万作、幸吉を蛍雪次朗、 猿蔵を永澤俊矢、藤崎を石倉三郎、仙波刑事を尾藤イサオ、那須ホテル主人を三谷幸喜、柏屋の主人を林家木久蔵が演じている。

市川崑監督は、旧作を出来る限り忠実にトレースしようと試みている。
脚本は旧作の使い回しであり、撮影中はモニターで旧作と比較をしながら確認するぐらいカメラワークも再現しようとしている。
それでも再現不可能なことがある。
それは一部を除き、同じ俳優を起用できないということだ。
シナリオと演出が旧作のトレースを志していることによって、役者の違いが作品の差として露骨に出る。
そして旧作と比較した場合、圧倒的な惨敗と言わざるを得ない。

最も大きなダメージとなるのは、やはりヒロインの違いだ。
松嶋菜々子を珠世に据えたのは一瀬プロデューサーのゴリ押しだったらしいが、その時点で失敗は半ば決まったようなものだ。
旧作のヒロインは全盛期の島田陽子であり、妖艶な魅力を持つ浮世離れした美女としての存在感を放っていた。
このポジションは、「隣に住んでいるキレイなお姉さん」ではダメなのだ。
松嶋菜々子では軽くて薄すぎる。
また、タッパがあるのもマイナスだ。

キーパーソンと言ってもいいのが、女中・はるというキャラクターだ。
旧作では坂口良子が演じ、それほど出番は多くないものの、見事な存在感を見せていた。
今回の深田恭子は、ある意味では存在感がある。
ただし、それは「完全に浮いている」という意味だ。
彼女は特異なテイストの作品、特異なキャラクターじゃないとハマらないという幅の狭い女優であり、少なくとも市川崑監督の様式美 の世界にはフィットしない。
そんな彼女が最初に金田一と出会う役割を担っているのだから、そこで客を掴むのに失敗している。

深田恭子の雇い主として売れっ子脚本家の三谷幸喜が出演しているが、タチの悪い冗談にしか思えない。
そして本作品に、そんな悪ふざけは要らない。
そりゃあ旧作でも角川春樹が刑事役でカメオ出演したりしていたが、そんなに気にならなかった。
三谷幸喜は、不必要に存在がアピールされすぎ。
今の芸能界に名ばかりで実の無い役者が多いとは言え、もうちょっと何とかなっただろ、キャスティング。
ベテラン勢と若手の差がありすぎるぞ。

前述したように市川崑監督は旧作の再現を試みているが、役者以外は全て同じというわけではなく、幾つか違いも見受けられる。
通常、リメイクする場合にはオリジナル版の「そのまんま」ではなく、新たなモノを加えることが望ましいはずだ。
本作品にしても、トレースするだけならガス・ヴァン・サント監督の『サイコ』と同様、作る意味など無い。
しかし残念ながら本作品では、旧作との違いが全てマイナスに作用しているという皮肉な事態が発生している。

回想シーンやダイアローグを幾つかカットしたことで、話が分かりにくくなっている。
また、ライティングが明るすぎるために、本来は醸し出されるべきであろう「因習の持つおどろおどろしさ」が薄まっている。
時代の変化に伴ってセット撮影を増やさざるを得なかったようで(ふさわしいロケ場所が失われたのだろう)、それも質の低下に繋がっている。
市川崑監督はコピー&ペースト演出を基本にしているはずなのだが、やはり改訂したい部分もあったようで、演出にも幾つか変更点がある。
だが、それもやはり質の低下を招いている。
具体的に例を挙げると、旧作では言葉を発しないよう努めていたゴムマスク男が(ミステリーとして絶対にそうすべきなのだ)、時計を 渡されて簡単に「気が乗らないから、また今度」と言ってしまうとか。
ただのトレースじゃ無意味、でも変更点が全てマイナスでは、どうしようもない。

旧作も本作品も両方とも見たことが無いという人には、こちらではなく旧作をDVDで見ることをオススメする。
旧作を見たことがあり、そして高く評価してているという人には、こちらを見るぐらいなら旧作を改めて観賞することをオススメする。
旧作を見て、それほど高い評価をしていないという人は、どちらを見る必要性も無い。
ようするに、この映画をオススメできる対象は存在しないってことだ。

(観賞日:2008年2月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会