『いなくなれ、群青』:2019、日本

[プロローグ]
「約束しよう、七草。私たちは、またどこかで会うよ」という声を聞いた七草が目を開けると、見知らぬ場所に立っていた。振り向くと少女がいたので、彼は「ここは、どこですか?」と訊く。すると少女は、「階段島。ここは捨てられた人たちの島です。この島を出るには、無くした物を見つけなければいけません」と告げた。階段島の人口は約2千人。七草はごく普通に寮で生活し、それぞれの部屋が用意され、食事を作ってくれる管理人のハルもいた。島に一つだけある郵便局が、人々を繋いでいる。ただ、どうして島にやって来たのか知る人はいない。誰もが、その時の記憶を失っている。
七草はクラスメイトの佐々岡と共に、高校に通っている。その朝、女子生徒がクラスメイトの小暮がいないことを指摘すると、トクメ先生は「心配いりませんよ。彼はもう、ここには来ません」と静かに告げた。七草は下校する時、郵便局員の時任と出会って手紙を渡された。どこからか「探し物は見つかりましたか?」という男の声が聞こえて、七草は道路の向こうに目をやった。客を乗せたタクシーが走り出す様子を見た七草だが、気にせず歩き出した。少年時代の自分が出て来る夢で、七草は早朝に目を覚ました。彼は島について仮説を持っているが、誰にも話したことが無い。彼が海辺へ行くと、空を眺めている真辺由宇がいた。

[第1章 真辺由宇]
その朝、トクメは真辺を連れて教室に現れ、新しい仲間として生徒たちに紹介した。真辺が「やっぱり納得できません」と言うと、彼女は「納得してこの島に来る人はいません。貴方はこれから時間を掛けて、ここでの生活で、少しずつ納得を見つけていくのです」と述べた。「階段島ってなんですか?」と真辺が尋ねると、トクメは「その答えは誰も知りませんよ、魔女の他には」と返した。この島は魔女に管理されているとトクメが説明すると、真辺は激しく抗議した。
七草は我慢できなくなり、立ち上がって「この学校に通いながら、島から出る方法を探せばいいじゃないか」と言う。「僕は久しぶりに君と授業を受けたいよ」と彼が告げると、真辺は「なら、私と一緒にこの島を出るって約束してくれる?」と問い掛ける。彼女が島に来たことを許せない七草は、答えようとしなかった。昼休み、彼は真辺に、今後は島を出ることを話題にするのは避けるよう注意した。彼が「ここの人たとは階段島を受け入れてる」と話すと、真辺は「目標を口に出すのは間違ったことじゃないと思う」と反論する。「あらゆる言葉は誰かを傷付ける可能性がある」と、七草は彼女を注意した。
七草は女子生徒で委員長の水谷に、真辺に校内を案内するよう頼む。水谷から音楽祭の手伝いに参加してほしいと言われた真辺は、「約束は出来ない。私は島を出るつもりだから」と告げる。男子生徒の佐々岡は「俺はいいと思うぜ、島から出るの」と声を掛け、真辺への協力を快諾した。堀という女子生徒の視線に気付いた真辺は、話し掛けて握手を求めた。七草は佐々岡から真辺との関係を訊かれ、小学校と中学校が一緒だったと答えた。
ネットが使えることを知った真辺が「助けを呼べるよね?これって誘拐だもん。警察に通報しよ」と語ると、水谷が「メールは全てエラーになります。掲示板への書き込みも出来ません。この島のインターネットは情報を受け取るだけです」と説明した。真辺が「納得いかない。私たちの意思は踏みにじられてる。私たちは強制的に閉じ込められてる」と不満を吐露すると、七草は「私たちじゃない、君だ」と修正した。七草は同級生のナドから真辺の特徴を訊かれ、「真っ直ぐなんだよ。理想主義者なんだ」と答えた。中等部に通う女子生徒の豊川はバイオリンを演奏していたが、弦が切れて泣き出した。弦の予備が無いため、音楽祭に出ることを勧めた水谷は心配する。島に弦は売っていないが、佐々岡は「見つけて来てやるよ」と約束した。豊川が逃げるように教室を走り去った時、真辺は「お母さんへ」と書かれた彼女の手紙を拾った。

[第二章 魔女]
七草は真辺に「捨てられた人たちってどういうこと?私たちは誰に捨てられたの?」と質問され、「知らないよ」と冷淡に答えた。彼は真辺をタクシーに乗せて、運転手の野中に遺失物係へ行くよう頼んだ。野中に「探し物は見つかりましたか?」と訊かれた七草は、真辺の案内だと告げた。島を出たいので魔女のことを教えてほしいと真辺が頼むと、「可愛そうな人ですよ。この島を管理しなければならない」と野中は口にした。
無くした物を見つける以外に島を出る方法は無いと野中が話すと、真辺は「無くした物?3ヶ月分の記憶かな」と呟いた。七草と真辺は「遺失物係」と書かれた灯台に到着するが、扉には鍵が掛かっていた。そこへ時任が現れ、2人を郵便局へ連れて行く。真辺に質問された時任は、「島の外に手紙を送ることは出来ない」「定期便に乗ることは出来ない」と答える。その上で彼女は、「魔女に手紙を届けることは出来る。学校の裏に山へ続く階段があり、魔女の館へ続けている」と教えた。
真辺が学校裏の山へ続く階段へ出向くと、同行した七草は「誰にも登り切れないって言われてる」と告げる。真辺は「それを確かめる」と登ろうとするが、七草が「もう日が暮れる」と言うので、その日は諦めた。真辺は彼に、「2年前、七草にサヨナラを言った時、また君と歩くなんて想像も付かなかった」と述べた。七草が家に帰ると、堀からの手紙が届いていた。彼が手紙を開くと、「真辺さんは危険。」と書かれていた。七草が真辺と初めて会ったのは、小学4年生の頃だった。ある日、学校の前に子犬が血を流して倒れていた。「可愛そう」と誰かが呟き、七草も同じ気持ちだった。真辺は子犬に駆け寄り、躊躇無く抱き上げた。制服が血に染まり、生徒が「汚い」と漏らす中、真辺は「大丈夫、絶対に」と真っ直ぐ前だけを見て走り出した。

[第三章 落書き]
寮の食堂で手紙を書いていた七草は、いつの間にか転寝して学校に遅刻した。職員室でトクメに遅刻の理由を説明した彼は、学校の裏手にある階段に落書きがあったことを知らされる。その落書きは「魔女はこの島に過去ばかりを閉じ込めた 未来はどこにある?」という文字と、拳銃と星の絵だった。七草が教室に戻ると、真辺たちは討論の最中だった。「島から出るために、島の外で無くした物を見つけないといけないの?」真辺はとルールのおかしさを指摘し、水谷は情報の整理を持ち掛けた。2人の意見は対立し、佐々岡は和解案として落書きの犯人を見つけ出すことを提案した。
他の面々が捜索に出る中、興味の無い七草は「堀と行く所があるから後から合流する」と告げて教室を出た。七草は堀に手紙を読んだことを打ち明け、真辺は危険だという意見に賛同した。七草が堀を送って女子寮に着くと、玄関前に佐々岡がいた。休んでいた豊川に話を聞くため、真辺と水谷が来ていることを彼は教えた。真辺は豊川に手紙を差し出し、寮を去った。慌てて追いかけようとした水谷は七草の質問を受け、豊川が急に泣き出したことを教えた。
七草は真辺が豊川を泣かせたと思い込んで責めるが、「私が泣かせたわけじゃないよ」と否定される。真辺は豊川が元の場所で母に宛てたコンクールへの招待状を拾ったこと、コンクールが3日後にあることを語り、「島を出たいか訊いたら彼女は泣いたの」と説明した。彼女が「根本的な問題を解決しないと」と言うと、七草は「島を出るかどうかは本人が決めることだ」と反論する。真辺は「階段島は決める機会さえ奪ってる」と主張し、魔女に会わなきゃいけないと告げた。
先を急ぐ真辺の姿を見た七草は、2年前のように彼女が跡形も無くいなくなればといいと思った。2年前、真辺は公園で七草と会い、遠くに行くことになったことを悲しげに打ち明けた。七草が笑みを浮かべたので、真辺は「笑ったよね?」と指摘する。彼女に「君といられて良かったよ。七草は迷惑だったの?」と問われた七草は、慌てて「そんなつもりじゃ」と否定した。真辺は「どこかで会った時は、笑った理由を教えて」と言い、その場を立ち去った。

[第四章 傷跡]
「君たちは鏡の中にいる。君たちはなんだ?」という落書きが見つかり、学校の話題になった。豊川が廊下を歩いているとピアノの音が聞こえ、音楽室に入ると真辺が弾いていた。豊川は逃げるように去ろうとするが、真辺は気付いて声を掛けた。彼女は豊川に、「私は必ず魔女に会う。豊川さんも元いた場所に戻れるようにする。もちろん、戻るかどうかは貴方が決めればいい」と述べた。すると豊川は真辺に「私、この島に来た時、ちょっとだけホッとしたんです。もう頑張らなくてもいいんだって」と言い、その場を後にした。
ナドは七草に、落書きのマークが気になっていると告げる。「ピストルスター。知ってるか?」という彼の言葉に、「僕の好きな星だよ」と七草は答える。「君の好きな星は?」と彼が訊くと、ナドは「ネメシスが好きだな」と言う。七草が「知らないな」と告げると、ナドは「まだ見つかってないからね」と話す。七草が「君は誰かを庇ってるんじゃないのか?」と指摘すると、彼は何も答えなかった。豊川は水谷に「相談があるんです」と声を掛け、自分で弦を切ったことを告白して謝罪した。
寮に戻った七草は、真辺から電話があって海に行くと伝えてほしいと頼まれたことをハルに告げられる。浜辺を通り掛かった堀は、ボートを漕いでいる真辺を目撃した。真辺がバランスを崩したので、堀は駆け寄った。海に落ちて濡れた真辺に、彼女はハンカチを貸す。真辺は「どこまで行けるのか確かめたかった。ホントだった。沖に漕いでたはずなのに、いつの間にか浜辺に着いてる」と言い、「それに島を出ようとすれば魔女が現れるんじゃないかって」と付け加える。堀は「違う」と鋭く言い、「七草くんに迷惑を掛けてるとは思わないんですか。真辺さんといると、七草くんが七草くんでなくなってしまう」と述べた。
佐々岡は弦のことで時任に相談するが、用意するのは無理だと断られる。「魔女じゃあるまいし」という時任の言葉で、佐々岡は魔女に頼ろうと考える。浜辺で真辺が佇んでいると、七草がやって来る。「人と人が出会って考えが変わることって当たり前じゃない?それが嫌なら山にでも籠って独りで生きていくしかないんだよ。でも、それが正しいとは思えない」と真辺が話すと、七草は「分かるよ。でも君は極端なんだ。正しいことの正しさを信じすぎてる」と語った。
佐々岡が学校裏の階段を登ろうとすると、目撃した水谷が呼び止めた。佐々岡が魔女に手紙を渡すつもりだと知った水谷は、「いつまでヒーロー気取りでいるんですか。貴方は親切だと思っていても、豊川さんはそうは思っていない」と告げる。佐々岡は腹を立て、「委員長ってさ、自分がいい人でいたいだけだろ」と手紙を捨てて去った。七草と真辺は雨に降られ、トンネルに逃げ込んだ。真辺が思い出話をすると、七草は良く覚えていなかった。「2年前にした約束、覚えてる?どうして笑ったか、教えて」と真辺が口にすると、「違うよ真辺。僕たちは、何の約束もしなかった」と七草は静かに告げた。水谷は佐々岡の手紙に「ヴァイオリンの弦をください」と書かれているのを見ると、階段に置いて祈った。彼女が去った後、白いワンピースの女性が現れて手紙を拾い上げた。

[第五章 告白]
高校で音楽祭が開催される日、生徒たちは朝早くから準備を進めている。真辺は魔女の情報を集めるため、生徒たちにビラを配っている。佐々岡は学校に行かず、寮に残っていた。そこへ時任が現れ、ヴァイオリンの弦を渡した。豊川が学校に来ると、真辺は「私はまだ諦めてないから」と話し掛ける。豊川が「やめてください。私はもう諦めましたから」と去るのを真辺が追い掛けようとすると、水谷が制止した。水谷が「もう少し思いやりを持った方がいいと思います。まずは相手に合わせようとしてみてください」と諌めると、真辺は「分かった。でも、人に合わせてばかりだと、自分に出来ることが分からなくなるよ」と語った。
真辺と水谷の前に佐々岡が現れ、得意げに弦を見せた。水谷は仕方なく、豊川が自分の意思で弦を切ったことを教えた。佐々岡は「みんな無意味だったのか」とショックを受け、その場を去った。七草は屋上でナドと会い、真辺のビラを見せた。ナドは彼に、「ここからは階段が良く見える」と話す。何か知っているのかと七草が尋ねると、彼は「誰も階段を使わない。人も魔女も郵便局員も」と話す。視線を移動させた七草は、時任が学校へ来るのを目にした。
落ち込んでいる佐々岡の元へ、真辺がやって来た。彼女は苛立つ佐々岡に、「弦が切れた時、どうして豊川さん泣いてたのかな」と訊く。「嘘つかなきゃいけないほど追い詰められてたんだよ」と佐々岡が答えると、真辺は「でも、まだ何か出来ることがあるかもしれないよ」と言う。佐々岡が「もっと傷付くだろ」と反発すると、彼女は「それはいけないことなの?嘘は見破られた方が楽だよ」と述べた。罪悪感を抱く水谷の元には堀が現れ、「私は誰よりも水谷さんが人を思いやる人だって知ってる」と慰める。すると水谷は、「そんなことない。私はみんなに良く思われたいだけの、ただの偽善者です」と泣き出した。
豊川が教室で佇んでいると、佐々岡が来て「どうして弾きたくない?答えによっては、ここから黙って去る」と口にした。豊川は大事なコンクールで演奏中に弦が切れてしまい、人前で弾くのが怖くなったのだと泣いて吐露した。さらに彼女は、母から「もうやめていいよ」と言われて見捨てられたような気がしたこと、大丈夫だと自分に言い聞かせて演奏してみたが怖くて逃げ出したことを語る。佐々岡は「誰だって逃げ出したくなる時はあるよ。俺なんてずっと逃げてるよ、平凡な日常から。でも、そのままじゃダメなんだよ」と熱く語り、豊川のヴァイオリンを聞いた時に何か始まるんじゃないかと感じたことを告げる。「あの時の音、すっげえ良かった。もう一度だけ聴かせてほしい。俺も変われそうな気がする」と彼が言うと、豊川は演奏する気持ちになって体育館へ向かった。
時任が学校に着いて休んでいると、七草が現れた。彼が「僕の手紙は届けてくれましたか」と質問すると、時任は「なんで聞きたいの?」と訊く。「貴方が魔女ですか?」という七草に、彼女は「まさか」と軽く笑う。そこへ真辺が来て、「演奏始まるよ」と七草に告げた。体育館に入った七草は、堀が去るのを見ると「すぐ戻る」と真辺に言い残して後を追った。豊川は緊張しながら壇上に立ち、演奏を始めた。七草に「中で聴かないの?」と問われた堀は、「七草くんに会いたくなかった」と答えた。「なぜ?」という質問に、彼女は「真辺さんと話した。勝手に七草くんの話をした」と答えた。七草は彼女に、「僕は気にしてないよ」と告げた。
堀に「七草くんは、どうしていつも真辺さんと一緒にいるの?」と訊かれた七草は、「理由なんて何も無いよ」と答えた。豊川は演奏を途中で止めてしまい、騒がしくなった体育館で顔を強張らせた。すると真辺がピアノの前に座り、「大丈夫、絶対」と豊川を励ます。豊川は真辺のピアノ伴奏で、再びヴァイオリンを弾き始めた。七草は堀に、「ピストルスターを知ってるかな。ピストルスターは発見された時、銀河で最も大きな星だった。でも地球から遠く離れてるから、僕らが見る輝きはささやかだ。その光が僕を照らしてくれなくてもいい。ただ、この広い空のどこかに、強く気高い星が浮かんでるんだって信じていられれば、それでいい。それだけで僕は幸せだ。僕は、真辺の隣にいたいわけじゃない。ただ、彼女が彼女のままでいてくくれば、それでいいんだ」と語った。
七草は「僕はね、少しでも彼女が欠ける所を見たくないんだ」と語るが、堀に「真辺さんが好きなんだ」に指摘されると黙り込んだ。豊川の演奏が終わると、佐々岡は彼女と真辺を絶賛した。豊川は真辺に感謝し、真辺は「一緒に出来て良かった」と笑顔を見せた。彼女は水谷に、まずは人に合わせるよう助言してくれたことへの礼を告げた。佐々岡は水谷に、魔女からの手紙を渡した。そこには「水谷さんから手紙受け取りました」と書いてあり、佐々岡は「委員長って、見えない所で支えてくれてたんだな」と自身の態度を謝罪した。堀は豊川に歩み寄り、耳元で囁いた。その夜、豊川の姿が見えなくなり、七草、真辺、佐々岡、水谷が捜索していると、時任がいた。七草たちが豊川の行方を尋ねると、彼女は「この島では時々、人が消える。それだけのこと」と告げて去った…。

監督は柳明菜、原作は河野裕『いなくなれ、群青』(新潮文庫nex刊)、脚本は高野水登、製作は勝股英夫&清水武善&堀内大示&中野伸二&稲葉貢一&川城和実&鈴木孝明、エグゼクティブプロデューサーは寺島ヨシキ、企画/プロデュースは菅原大樹、プロデューサーは浦野大輔、撮影監督は安藤広樹、照明は太田宏幸、録音/音響効果は丹雄二、美術は宮守由衣、衣装は高橋美咲、編集は難波智佳子、音楽は神前暁(MONACA)、主題歌はSalyu『僕らの出会った場所』、挿入歌は柳ひろみ『いつか』。
出演は横浜流星、飯豊まりえ、黒羽麻璃央、矢作穂香、松岡広大、松本妃代、中村里帆、、伊藤ゆみ、片山萌美、君沢ユウキ、岩井拳士朗、奥田康太郎、石山えこ、金谷鞠杏、天野泰我、青山胡心、石井さな、小山星流、新野尾七奈、鈴木大晴、鈴木蓮、不破弘貴、長谷川晏巳、花山瑠理、板倉龍平、澤田大季ら。


河野裕の同名小説を基にした作品。
監督の柳明菜は、これがメジャー長編デビュー作。大学時代に自主制作で長編を1本手掛けて以降は、カメラマンやエキストラなど様々な形で映画製作の現場に参加していたそうだ。
脚本は『映画 賭ケグルイ』『3D彼女 リアルガール』の高野水登。
七草を横浜流星、真辺を飯豊まりえ、ナドを黒羽麻璃央、堀を矢作穂香、佐々岡を松岡広大、水谷を松本妃代、豊川を中村里帆、トクメを伊藤ゆみ、時任を片山萌美、野中を君沢ユウキ、ハルを岩井拳士朗が演じている。

冒頭、七草は目を開けると見知らぬ場所に立っているのに、そんなに驚いていない。そして謎の少女から説明を聞いても、やはり全く驚きも戸惑いも見せない。
感情が欠落しているのかと言いたくなるほど、ノーリアクションだ。その少女に、正体を尋ねることも無い。
そして彼は「あまりに現実味の無い言葉だった。でも、ここが、僕の居場所なんだと素直に思えた」と、モノローグを語る。なぜそう思えるのかは、サッパリ分からない。
「この島の秘密なんて物を、解き明かしたいとは思わない」とも語るが、その理由も分からない。

七草はモノローグで、「どうして島にやって来たのか知る人はいない。誰もが、その時の記憶を失っている」と語る。それなのに、なぜ島の人は普通に生活しているのか。なぜ島を抜け出そうと試みたりしないのか。
「島を出るには、無くした物を見つけなければいけません」という言葉に、なぜ素直に従うのか。そして、それに従うにしても、なぜ誰も必死になって見つけ出そうとしていないのか。
それに対する焦りや苛立ちを見せる者も皆無なのは、どういう感覚なのか。
島について話し合ったり、出る方法を相談したりという様子も無い。
これは「ファンタジーだから」とか、そういう適当な理屈で納得できる類のモノではない。

七草が「階段島では、しばしば奇妙なことが起きる。みんな、この島を受け入れているのか」というモノローグも語る。
だけど、そんなアンタも受け入れているでしょうに。あと、「しばしば奇妙なことが起きる」と言うけど、階段島へ急に移動している時点で奇妙なことであって。
で、そんな風に島民は全てを受け入れて納得している様子だが、真辺だけが島への疑問を口にする。島民の中で、本気で疑問を抱き、抜け出そうとするのは彼女だけだ。
そうなると、今度は逆に「なぜ真辺だけが他の島民と違うのか」という疑問も湧くぞ。だけど、その答えは最後まで明らかにされないままで終わるのよね。

トクメは「この島は魔女に管理されています」と語るが、そういう情報は多くの島民が持っているのね。
でも、トクメだって外部から島に来た人間のはずでしょ。それなのに、いつの間に、どういう経緯で「島民を指導し、管理する側」に近い立場になったのか。
あと、「この島のインターネットは情報を受け取るだけです」と水谷が説明するけど、だったらネットが使えない状態にしちゃえば良くねえか。なんで中途半端にネット環境があるのか、その理由が良く分からない。
インターネットで外部の情報を知れば知るほど、島民は逃げ出したいと渇望しちゃうでしょうに。

真辺は不満を漏らした時、「生活には困らない」と口にする。彼女の不満に反論した七草は、その後で「幸福からは遠い場所にあるのかもしれない。でも同時に、不幸からも遠い場所にある」とモノローグを語る。
だが、その直後、バイオリンの弦が切れて豊川が泣くシーンが描かれる。弦を売っている場所が島に無いので、代わりが見つからないから泣いているのだ。
ここで「必要な物が簡単に手に入るわけじゃない」ということが示されているし、音楽祭で演奏するのも「生活」の一部でしょ。それに豊川が泣くのは、間違いなく「不幸」と言っていいはずで。
なので、早くも七草の主張は破綻していることになる。

七草は「人が幸せを求める権利を持ってるのと同じように、不幸を受け入れる権利だって持ってるんだよ」などと、やたらと意味ありげな感じで台詞を喋る。
したり顔で「ここで意味のある言葉を喋ってます」「重要なポイントです。ここテストに出ます」みたいな態度を示す。
そんな台詞を口にする度に、ものすごくウザさを感じるのよね。
それが伏線として上手く機能し、ちゃんと回収されるのならともかく、そのまま放り出されて終わっちゃうんだし。

七草が「違うよ真辺。僕たちは、何の約束もしなかった」と口にすると、挿入歌が流れる。だけど、まるで心に響くモノが無い。
だって、そのシーンには、盛り上がるための要素がカケラさえ見つからない状況なんだから。
「何の約束もしなかった」という言葉を決め台詞のように配置してるけど、まるで決まってないからね。
で、そこから音楽祭に切り替わるとアーチに「柏原第二高等学校」と書いているので、ってことは第一高校もあるのね。そんなに広い島でもないと思うんだけどね。

音楽祭のシーンで、豊川は演奏を途中で止めてしまう。でも弦が切れたわけでもないし、何かトラブルが発生して集中が途切れたわけでもない。
だから、急に演奏が止まった理由がサッパリ分からない。「真辺が励まして伴奏する」という手順を消化するための仕掛けが無い。
そんな演奏が終わると豊川は堀から耳打ちされ、その夜には姿を消す。でも、理由はサッパリ分からない。
無くした物を見つけたのかもしれないけど、だとしても彼女が無くした物が何なのかは分からない。そして堀が何を囁いたのかも不明のままだ。

粗筋の後は、[第六章 交渉][最終章 約束][エピローグ]という構成になる。そして第六章では、落書きの犯人は七草だと明らかにされる。
七草はタクシーに乗り、野中に「無くした物は見つかりましたか」と尋ねられると「初めから答えは分かっていました」と答える。
遺失物係がある灯台の扉は開いており、そこに置いてある公衆電話が鳴る。七草が電話に出ると、「無くした物は見つかった?」と女性の声がする。
すると七草は、「いいえ、僕は何も無くしてません。ただ、七草が無くした物は知っています」と答える。

七草は電話の女性に、「この島の人々は、現実世界で自分自身に捨てられた人たち。僕は七草に捨てられたんですよね。人が成長し、大人になっていく段階で、要らなくなった人格が集まった場所が、階段島。七草は自分自身の悲観的な人格を、嫌いな部分を、この島に捨てていった。それが僕なんでしょ?」と語る。
それは正解なのだが、何の手掛かりも無いまま主人公が正解を言い当てるので、ミステリーとしての面白さは皆無だ。
そして、あまりにも唐突過ぎて「突拍子も無い設定だな」としか感じられないので、「そんな真相だったのか」という衝撃も感じない。
あと結局、ナドって何だったのか。意味ありげなだけで、まるで無意味な奴になってるぞ。

(観賞日:2022年2月1日)

 

*ポンコツ映画愛護協会