『イル ベント エ レ ローゼ 愛するということ』:2009、日本
ローマの北西にある田舎町のアングイッラーラ。花売り娘のジョルジャは幼い頃に母が家を出て以来、敬虔なクリスチャンである祖母と2人で暮らしている。ある日、ジョルジャが花を売っていると、一台のリムジンがやって来た。ジョルジャが視線を向けると、後部座席の窓が開いた。サングラスを掛けたココという女性の唇に、ジョルジャは目を奪われた。運転手は車を停め、ジョルジャに「薔薇を届けてほしい」と告げて住所の書かれた名刺を渡した。
ココは豪華なヴィラへ行き、彼女を待ち望んでいた紳士と会った。紳士は「信じられない。僕の夢が叶った」と喜び、ココを抱き締めた。ジョルジャは薔薇を持参して指定されたヴィラを訪れ、従業員の案内でココの部屋へ通された。ココは不在で、ジョルジャはバルコニーに出て広大な庭を眺めた。ココが金髪の男と愛し合う様子をジョルジャが見ていると、執事が部屋に来た。「何をしている?」と問われた彼女は、「薔薇を飾ろうかと」と説明した。
「このヴィラはあの女性の?」とジョルジャが訊くと、執事は「違う」と否定する。「じゃあ彼の?」という問い掛けに、執事は「あれはベビーシッターだ」と答えた。執事はジョルジャに、隣の部屋で待つよう指示した。ココは室内に戻り、金髪の男とセックスした。夜の会食で、紳士はココに「あの金髪の彼を気に入ってくれたようだね」と告げる。「明後日には僕もビジネスから解放される。君が退屈して帰るのは耐えられない。君のためなら何でもするよ」と彼は言うが、ココの興味は会食に参加した黒髪の男に向いていた。
ココは周囲に気付かれないよう黒髪の男を誘惑し、動揺する様子を見て妖艶な笑みを浮かべた。ココが食堂を去ると男は後を追い、2人は階段の踊り場で体を密着させた。就寝していたジョルジャは、ココと金髪男の情事を思い出して目を覚ました。ココは寝室へ移動し、黒髪の男と激しい情事に及んだ。次の日、18歳を迎えたジョルジャは祖母から「お前も結婚した方がいい」と言われ、農場を持つアンドレアとの結婚を勧められる。ジョルジャは祖母の言葉が正しいと思いながらも、ココのことが頭から離れなかった。アンドレアが家に来たので、ジョルジャは一緒に夕食を取る。しかしアンドレアの粗野な振る舞いに耐えられず、料理を切り上げて寝室に入った。
翌日、ジョルジャはヴィラへ行き、ココの寝室へ忍び込んだ。ジョルジャは寝ているココの傍らに一輪の薔薇を置き、彼女に接吻して走り去った。アンドレアと遭遇したジョルジャは、強引にキスされて嫌がった。黒髪の男はココと抱き合い、「君無しでは生きていけない」と言う。その様子を目にした紳士は、「なぜ金髪の彼とは別の男なんだ?」と呟く。ジョルジャは紳士が来て薔薇を買い求めた時、「お届けなら出来ます」と告げた。
帰宅したジョルジャは祖母から、「また花を届けに行くのかい」と訊かれる。ジョルジャが黙っていると、祖母はアンドレアが正式に結婚を申し込みに来たことを告げて「お前は恵まれてる。神の教えに背くんじゃないよ。お前には夫を捨てて男に走った母親の血が流れてる」と語った。紳士はココに「君を失いたくない。完全降伏だよ」と言い、彼女を求めた。黒髪の男がココを訪ねると、執事が「昨晩、お発ちになりました。もうお会いしたくないと」と告げて追い払った。
ジョルジャが花を届けると、執事は中へ招き入れた。紳士はミミに「君を悦ばせる贈り物があるんだ」と言い、目隠しを付けさせて別の部屋に案内する。そこには仮面を付けた3人の女性が待っており、ベッドに横たわるココの体を愛撫した。その様子を目撃したジョルジャは薔薇を落とし、ヴィラから逃げ出した。ジョルジャはアンドレアに納屋へ連れ込まれて強姦されそうになるが、隙を見て逃亡した。翌日、ジョルジャが花を売っていると、ココがやって来た。ココはヴィラにジョルジャを連れ帰り、肌を重ねた…。監督はエリーザ・ボロニーニ、原作は叶恭子『トリオリズム』(小学館刊)、脚本はジュンコ・サカモト、製作総指揮は古川陽子、撮影はマウラ・モラーレス・ヘルガマン、美術はマルタ・ザーニ、衣装はアレシア・コンドー、音楽は書上奈朋子。
出演は叶恭子、マリア・コッキャレッラ・アリスメンディー、ラファエッラ・パニーキ、アントニオ・マテシッチ、アレッシオ・シーカ、パリデ・モッチャ、アレッサンドロ・カラブロ、ヴィンセント・パーパ、ロマーノ・フォーチュナ、マリア・ロアナ・グロリアーニ、ジェニー・ジョヴァネット、ダミアーナ・フィアメンギ、アンジェロ・アモレッティー他。
叶恭子のエッセイ『トリオリズム』を基にした作品。
叶恭子がココ役で主演を務めるだけでなく、「acting and script supervisor」や「hair & maku up for Kyoko Kano」、「costume for Kyoko Kano」も担当している。
監督のエリーザ・ボロニーニ、脚本のジュンコ・サカモトは、いずれも全くデータが無いので謎の人になっている。
製作総指揮の古川陽子は主にアニメ作品を手掛けてきた人物で、当時はポニー・キャニオン執行役員だった。
音楽の書上奈朋子は、ジ・エキセントリック・オペラのメンバーだった人物だ。一言でいえば、「恭子様の、恭子様による、恭子様のための映画」である。
前述したように、彼女は主演以外の仕事も担当している。
まだ自身のメイクや衣装に関しては、他人に任せず自分がやるってのも分からんではない。スクリプト・スーパーバイザーの仕事も、自分のエッセイが原作なので、そこに関わりたいってのは理解できる。
しかし、アクティング・スーパーバイザーまで担当するんだから、まさに女王様だなと。
彼女は女優としてはズブの素人なのに、演技の監修まで務めているのだ。では、そんな恭子様がどんな演技を本作品で披露しているのかというと、「ほとんど演技をしていない」ってのが正解だろう。
彼女は序盤から登場しているし、そんなに出番が少ないわけでもない。しかし、演技が必要なシーン、演技を求められているシーンがどのぐらいかと考えると、たぶんゼロに近い。
普段通りの恭子様として、グッド・ルッキング・ガイと楽しく過ごしているだけだ。
男とキスしたり、抱き合ったりってのも、一応は「そういう演技」という形だけど、いつもの恭子様と何も変わらないからね。恭子様は台詞も少なく、始まってから1時間ほどは何も喋らない。そういうキャラ設定ではなくて、単に台詞が無いだけだ。
残り時間が少なくなってから、ようやく「薔薇をいただけるかしら?」「死になさい、貴方が望むのならる。貴方の人生は、全て貴方の選択なのよ」という2つの台詞を喋る。
そもそも、恭子様は主演女優として表記されているが、それは形だけのことだ。
実質的には、特別出演に近い扱いだ。
実質的なヒロインは、ジョルジャを演じるマリア・コッキャレッラ・アリスメンディーだ。上映時間は73分なので、長編映画としては短めだ。だが、それでも尺を埋め切るだけのシナリオを用意できなかったのか、「捨てゴマ」としての映像が何度も挿入される。
幾つかあるが、最も目立つのは「雲が流れて時間が経過して」という空を映し出すシーンだ。
一応、それは「翌日になりまして」ということを示す映像としての意味がある。しかし、そもそも「翌日」を示すのに「雲が流れる空の絵」を何度も挿入している時点でカッコ悪いし、無駄に長くてダラダラしているし。
そこに限らず、73分の作品なのに「やたらとダラダラしている」という印象を抱かせるんだから、どんだけ中身がスッカスカなのかってことだよね。ものすごく好意的に解釈すると、これは「信仰心が篤くて厳格な祖母に育てられたヒロインが、ココと出会って性的に解放される物語」を描いた作品である。
ヒロインは祖母が正しいと思って生きて来たが、ココに出会ったことで自身の生き方に疑問を抱くようになる。ずっと幻夢に悩まされてきたヒロインは、ココに対して初めての強い性的欲求を抱く。葛藤しながらも、彼女はココへの気持ちが抑え切れない。そしてココと関係を持つことで、呪縛から解けて自由になれるのだ。
かつてのソフト・ポルノを、安易に模倣しただけの作品ではない。恭子様の濡れ場だけを売りにした、抜けないソフト・ポルノではないのだ。
ものすごく好意的に解釈するとね。ハリウッドの大作映画が好きな人も、『アベンジャーズ』シリーズのようなアメコミ映画が好きな人も、この作品を見て満足感を抱くとは思えない。
SF映画が好きな人も、コメディー映画が好きな人も、やはり本作品が気に入るとは思えない。
ハッピーな恋愛映画が好きな人も、悲しい恋愛劇が好きな人も、楽しめるとは思えない。
スタローンやシュワルツェネッガーが主演するようなムキムキ系アクション映画が好きな人も、ドニー・イェンが主演するような格闘アクション映画が好きな人も、この作品には向いていない。
ヨーロッパの芸術系映画が好きな人も、アジアの素朴な映画が好きな人も、この映画に合っているとは思えない。では、この映画がピッタリの観客はどういう人なのかというと、それは間違いなく恭子様の熱烈なファンである。あるいは信者と言ってもいいだろうか。彼女のことが大好きならば、この映画を見て間違いなく楽しめるはずだ。
「それだと観客層が狭すぎやしないか」と思うかもしれないが、そもそも企画の段階で、そこに観客層が限定されてしまっているようなモノなのだ。
前述したように、これは恭子様の、恭子様による、恭子様のための映画なのだ。だから観客が楽しめるかどうかは、そんなに大きな意味が無いことだ。
だから言ってみれば、大神源太の『ブレイド・オブ・ザ・サン』みたいなモンだと思えばいいんじゃないかな。
その例えが正解かどうかは分からないけど、そう言われたら見たくなってきた人もいるんじゃないかな。(観賞日:2019年12月15日)