『一礼して、キス』:2017、日本

私立藍乃宮高等学校で弓道部の部長を務める岸本杏は最後のインターハイを控え、部活の時間が終わっても1人で居残り練習に励む。その様子を2年生部員の三神曜太が、隠れて見つめていた。杏が左手首に付いた傷を押さえて痛がっていると、三神は自分の左手首を押さえた。彼はインターハイを目指す貼り紙を見つめ、「一緒に行きましょうね」と呟く。インターハイの東京都予選に出場した杏は決勝で敗れ、落胆する。彼女は同級生部員の五十嵐克己から「俺なんか予選敗退だもんな。立派だよ、岸本は」と慰められるが、「でも主将なのに」と涙をこぼした。
三神が優勝する様子を見た五十嵐は、杏の前で「なんで練習をサボっていた奴が優勝なんだよ」と漏らす。三神と目が合った杏は、慌てて視線を逸らした。携帯電話を忘れた彼女が取りに戻ると、三神が現れた。彼は杏に携帯電話を渡し、左手首の傷を確認する。「先輩って、どうして稽古に対してそんなに必死なんですか?良かったら教えてくださいよ」と三神に言われた杏は、「そんなの、優勝した三神くんに教えられるわけないじゃん」と告げて立ち去った。
杏は校務センターへ赴いて顧問を務める丸山と会い、受験も近いので次期部長を三神に任せて引退すると告げた。彼女が弓道場へ行くと、珍しく三神が1人で練習していた。杏が弓を持って去ろうとすると、三神は彼女が春の大会後に無理して弓の強さを上げたことを指摘する。三神に「腕力が無いのに、そんなことしたから負けたんですよ。毎日一人で練習して、どんどん射形を崩していって、馬鹿なんですか。カッコ悪い自分を見られたくないからですか。そんな独りよがりで秋の大会までに引退するなんて、無責任ですよ」と責められた杏は、「私の気持ちなんて分かりないくせに」と口にした。三神は「分かりませんよ。こんなに簡単に終わって、悔しくないんですか」と告げ、杏は彼に構え方を指導してもらった。
杏は南陵星学院大学の推薦入試が決まっており、五十嵐や友人の安藤理花と共に受験勉強に集中するつもりだった。しかし彼女は後輩部員の遠藤章太郎から、三神が自分を勝手に秋の大会へエントリーしていることを知らされる。弓道場へ出向いた杏は、1人でいた三神に受験があることを告げる。三神が「ただの言い訳ですよね。後悔することになってもいいんですか」と告げると、彼女は「三神くんとは違うんだから。私を振り回さないでよ」と話す。すると三神は「俺の方が、ずっと先輩に振り回されてんだよ」と言い、いきなりキスをした。彼は「分かれよ、鈍感。好きだからだよ。俺と一緒に秋の大会に出てください」と告げ、杏を押し倒した。承知しなければもっと大胆な行動を取ることを三神が匂わせると、杏は大会への参加を了解した。
翌日の放課後、杏は公園で泣いている三神の姿を目撃した。三神からのメールを受け取った彼女が早朝練習に行くと、2人しかいなかった。五十嵐は受験が近いのに大会に出ることを知って呆れるが、理花は杏が三神を好きになったのだと悟った。杏は否定するが、三神がユキという相手からの電話を受けて部活を切り上げると気になった。大会当日、杏が不安を漏らすと三神は「俺がずっと見てますから。絶対に先輩を1人にしませんから」と告げた。杏は団体戦で3位に入ると、南陵星大学の桑原嵐紫が小笠原準一と共に声を掛けて来た。桑原は杏を称賛し、「もっと伸びるから頑張って」と告げた。
杏は優勝した三神の元へ行こうとするが、どこにもいなかった。彼女は遠藤から、三神がユキから電話を貰って先に帰ったことを聞いた。会場を出た杏は三神を見つけ、後を追った。三神は総合病院へ入り、杏は病室で彼が優勝を報告している相手を密かに確認しようとする。杏は三神に気付かれ、慌てて誤魔化そうとする。患者の由木直潔が三神の幼馴染で「ユキ」の正体だと知り、彼女は安堵した。三神はすぐに杏を病室から連れ出し、病院を後にした。
杏は三神に、ユキが女だと思って嫉妬していたことを明かした。「どうして?」と訊かれた彼女は、「三神くんのことが好きだからだよ」と答える。「その好きって、彼女になりたい好きですか」という質問に、杏は「彼女になりたい」と認めた。すると三神は彼女を抱き締め、「帰したくないと言う。彼は両親が不在だと告げ、杏を家に連れて行く。杏は飾ってある写真を見て両親だと思うが、三神は伯父夫婦だと説明した。両親は5歳の頃にドイツへ渡り、伯父夫婦と暮らしているのだと彼は告げた。
杏は三神に背後から抱き締められるが、自宅から電話が掛かって来た。三神は杏を途中まで送り、好きという証明のキスをせがんだ。杏は困惑し、「やっぱまだ無理」と断った。南陵星大学のオープンキャンパスに参加した杏は、桑原が2年で新人戦を総なめにしたホープだと知った。杏が桑原に指導してもらったことをデートで話すと、三神は不機嫌になった。杏が五十嵐&理花と学校で話していると遠藤が現れ、三神が2年生の村上に告白されていることを知らせる。杏たちが科学室を覗くと、三神は村上からメアドを教えてほしいと言われていた。「好きな人がいるんだ。その人のこと以外は考えられないから」という三神の言葉に、杏の頬は緩んだ。
杏は練習へ行く三神を待ち受け、好きな証拠としてキスをする。「もっとちゃんと俺の物になって。もっと俺だけのことを好きになって」と言われた彼女は、「なってるよ」と告げる。三神は彼女にキスをして「先輩のこと、全部、俺の物にしたい」と述べると、体育倉庫に連れ込んでセックスに及ぼうとする。杏は受け入れるつもりだったが、三神の電話が入って未遂に終わった。三神は電話の相手が父親だと知ると無視し、「間違い電話」と杏に嘘をついた。
三神は杏に練習を見てもらい、試験が終わるまで会わないようにすると告げる。彼は杏にお守りを渡し、お互いに頑張ろうと述べた。三神は由木から「高校生になったらどうするか、親と話したのか」と問われ、暗い顔で黙り込んだ。帰宅しようとした彼の前に、父親の要が姿を見せた。休みが取れて会いに来たと話す要に、三神は「今さら何話すんだよ」と不快感を見せる。「お前がグズグズ悩んでる将来のことだよ。一緒に暮らそう」と言われた三神は、「行かないよ。大学なら、たぶん推薦を貰えるし」と告げた。
要は馬鹿にしたように軽く笑い、「弓道なんか、由木くんの代わりにやってるだけだろ。どうするんだ、由木くんが死んだら」と口にする。三神が「勝手に殺すなよ」と反発すると、彼は「無理だよ、あの子は、そういう病気なんだから」と冷静に指摘する。「何でもかんでも自分の思い通りにしようとするなよ」と三神が声を荒らげると、要は落ち着き払って「それの何が悪いんだ?」と言う。彼が「お前だって、そっくりじゃないか」と語ると、三神は黙って立ち去った。
杏が推薦入試に臨んだのは、三神が東京都新人大会に出場する日だった。しかし三神は遠藤にメールを送り、会場に行かなかった。試験を終えた杏は遠藤からの電話を受け、三神を捜索する。彼は由木の病室にもおらず、家にも帰っていなかった。以前に三神が泣いていた公園のことを思い出した杏が行ってみると、彼の姿があった。何かあったのかと杏が尋ねると、三神は帰国した父親と揉めていることを明かす。「この公園って特別な場所なの?」という杏の質問に、彼は「そんなんじゃないです」と否定した。
杏は三神の手首に傷があるのを見つけ、何があったのかと心配して問い掛ける。三神は「何でもありませんよ」と告げ、弓を引く時に何を考えているのか教えてほしいと頼む。杏は弓を引く動きを彼に見せながら、詳細に説明した。三神は礼を言い、「これで少しだけ、先輩が俺の物になりました」と言う。「私は三神くんのことが大好きだよ」と杏がキスすると、三神は「これで俺、もう1人で大丈夫です。先輩は本当は、俺のこと好きじゃないんです。もう別れましょう」と一方的に別れを告げて立ち去った…。

監督は古澤健、原作は加賀やっこ「一礼して、キス」(小学館「ベツコミフラワーコミックス」)、脚本は浅野晋康、製作は安井邦好&鶴谷武親&久保雅一、プロデューサーは川端基夫&片山武志、ラインプロデューサーは坂上也寸志、撮影は清久素延、照明は浜田研一、録音は小松崎永行、美術は寺尾淳、編集は張本征治&板倉直美、音楽は林祐介、音楽プロデューサーは和田亨、主題歌「think of you」はlol -エルオーエル。
出演は池田エライザ、中尾暢樹、松尾太陽、鈴木勝大、眞島秀和、佐藤友祐(lol -エルオーエル-)、前山剛久、萩原みのり、結木滉星、押田岳、牧田哲也、吉岡睦雄、金森啓斗、奥仲麻琴、三谷輝也、向井拓海、斎藤夕夏、福田桃子、中村浩太郎、植田浩嵩、高山範彦、夏嶋カーラ、中村琉葦、山本杏珠ら。


加賀やっこの同名少女漫画を基にした作品。
監督は『今日、恋をはじめます』『クローバー』の古澤健。
脚本は『A DAY IN THE LIFE』『いかれたベイビー』の浅野晋康。
杏を池田エライザ、三神を中尾暢樹、由木を松尾太陽、桑原を鈴木勝大、要を眞島秀和、五十嵐を前山剛久、理花を萩原みのり、遠藤を結木滉星、弓道部顧問を吉岡睦雄が演じている。
主題歌を担当したlol(エルオーエル)の佐藤友祐が、3年生になった三神がインターハイ決勝で対戦する白石役で特別出演している。

冒頭、三神は杏の居残り練習を隠れて眺めながら、「一緒に行きましょう、インターハイ」と呟く。でも、そんな思いを持っているなら、お前も一緒に居残り練習すればいいじゃねえか。
後で分かるけど、杏と一緒にインターハイへ行きたい気持ちを強く持っているくせに部活をサボりまくっているって、どういうつもりなのか。
っていうかさ、居残りで練習するのって杏だけなのよね。長くやればいいってもんじゃないけど、その程度の熱量しか無い連中なんだなと感じるぞ。
そんな奴らしかいないのに、「部長なのに優勝できなかった」と責任を感じる必要なんて全く無いわ。

五十嵐が三神のインターハイ優勝を見て、「なんで練習をサボっていた奴が優勝なんだよ」と漏らすシーンがある。
だが、そこまで「曜太が練習をサボっている」ってことを示す描写は全く無い。
それが手落ちであることは、言うまでもないだろう。
冒頭で彼が弓道場に行かずに去るシーンを見せるとか、誰かに「また三神が来ていない」と言わせるとか、ちょっとした手順を入れるだけで済むことなのに、その程度のことさえサボっているのだ。

序盤、インターハイのシーンで、杏は三神と目が合うと慌てて視線を逸らしている。それは明らかに、男に惚れている女としての態度だ。そして三神が杏に惚れていることは、冒頭シーンで明らかにされている。
つまり杏と三神は、最初から両思いってことだ。
それが恋愛劇としてダメってわけではない。
ただ、最初から両思いってことが見えている上、恋のライバルも見当たらないし、障害となる要素もこれといって用意されていない。なので、それでドラマを盛り上げるのは簡単じゃない。

少女漫画を原作とする恋愛映画はコミカルな要素を含むケースが多い印象があるのだが、この作品は軽妙さが皆無だ。やたらと陰気で暗い雰囲気が、映画が始まった瞬間から漂っている。そのため、青春の輝きとか瑞々しさとか、そういう物が全く感じられない。
まるで悲恋物や難病物のようにも思えるほど沈んだ空気に満ち溢れているが、そういうジャンルではない。純粋に、高校生の男女の恋愛を描く青春物のはずなのだ。
だから、単純に雰囲気作りを間違えて、無駄に重苦しくしているだけである。由木が不治の病を抱えているとか、三神が両親との関係に苦しんでいるという設定はあるけど、それにしても暗すぎる。
っていうか、そういう陰を三神が抱えていることを効果的に描くためにも、むしろ「そんな秘密がありまして」と明かす前は爽やかさ満開で進めた方が得策じゃないのか。

三神の「先輩って、どうして稽古に対してそんなに必死なんですか?良かったら教えてくださいよ」という台詞は、どう捉えればいいのか分かりにくい。
文面だけを取ると、神経を逆撫でするような生意気な台詞だ。しかし、その言い回しは、本気で教えを求めているようにも聞こえる。
また、前述したように、三神が杏に惚れていることは最初に示されている。ってことは本気で教えを求めているのだろうと推測できるが、だとしたら、それがハッキリと分かるような台詞に変えた方がいい。逆に、挑発的な台詞だと思わせたいのなら、そのための芝居が全く足りていない。
また、三神が杏に惚れていることを示す冒頭のシーンは邪魔だ。また、そのシーンは杏が彼に惚れている反応を先に見せていることも悪影響を及ぼしていて、そこのリアクションがボンヤリしてしまう。

秋の大会のエントリーを知った杏が弓道場へ出向くシーンでは、ただ三神が淡々と台詞を喋っているだけ。杏の反応も薄い。っていうか、しばらくは後ろ姿しか写さないので、そもそも表情が分からないという問題があるし。
そのため、どういうシーンとして見せたいのかが、サッパリ分からない。
シンプルに考えれば、三神の発言を聞いたら、杏は腹を立てるのが普通だろう。ところが、なぜか練習を見てもらう。
まだ「反発心を抱き、稽古を見てもらう」という流れなら分からんでもないが、そうではない。それどころか、体に触れられてドキドキしたり、ジョークに笑ったりしているのだ。
どういうことなのかと。

たぶん、「杏は三神にベタ惚れだから全て受け入れられる」「三神に杏を挑発する気は無い」ってことなんだろう。
だけど、池田エライザも中尾暢樹も芝居が不安定なので、どういう恋愛劇として見ればいいのかハッキリしないのだ。
しかも、2人の演技力の稚拙さを補うべき脚本と演出も、レベルを合わせたのかと思うぐらいラジーなことになっている。
だから何一つとしてスムーズに進まないし、何から何までギクシャク三昧となっている。

無駄に陰気なムードの中で、いきなりのキスシーンがやって来る。
本来ならキュンキュンしたりドキドキしたりするシーンのはずだが、まるで盛り上がらない。
BGMも、もちろん監督の意向に沿って作られているんだろうが、全て間違えているとしか感じない。
さすがに杏と三神が付き合い始めると、無意味に物悲しさを漂わせた湿っぽい雰囲気は一気に薄まる。
ただし、それに伴って青春恋愛劇としての輝きが見えるようになるかというと、答えはノーである。

五十嵐の「三神は杏のことなと何も考えていない」という指摘は正しく、三神は自分のエゴを通しているだけだ。「杏が引退を望んでいるわけではなく、ただ逃げ出しただけだ。秋の大会に出ないと後悔する」と考えて、勝手にエントリーしたわけではない。自分が一緒に出場したかっただけだ。
しかも、弓道は冷静さや集中力が必要な競技なのに、彼は杏の気持ちを乱すような言動ばかりを繰り返す。
ひょっとするとツンデレ的なキャラ、少女漫画にありがちな「生意気だけど、たまに優しい」というDV男のようなキャラを狙ったのかもしれないが、芝居と脚本と演出が三位一体で低品質のため、まるで表現できていない。
これは杏の方も似たようなモノで、ただ弱気で臆病な性格という部分しか見えない。男も女も魅力ゼロで、恋路を応援したい気持ちを微塵も喚起しない。

杏も三神も、その言動がヘンテコなケースが多いのよね。
三神が病室から杏を連れ出す時には怒っているような雰囲気だったけど、そうではない。「その好きって、彼女になりたい好きですか」という問い掛けは冷淡に聞こえるので、告白されても拒絶するのかと思ったら、喜んで抱き締めている。
三神の感情の動きが、まるで分からない。こいつの言動は、ホントに理解に苦しむことが多いのだ。
たぶん原作のシーンをそのまま使っているんだろうは思うが、それはキャラをちゃんと描写するからこそ成立するのだ。
でも映画だと三神のキャラが確立されていないため、捉え所の無い奴になっている。

っていうか、もうハッキリ言ってしまうと、中尾暢樹の芝居がシャレにならないぐらい酷いのだ。
それは彼だけでなく、池田エライザも似たようなモノだ。この人は他の映画で見た時にはそんなに演技力が酷いとは感じなかったが、この作品では酷い。
ひょっとすると周囲を固める若手の演技力も低いのかもしれないが、メインの2人が酷すぎて気にならない。
少女漫画を原作とする映画は何本も作られているが、ここまでメイン2人の演技の下手さが目立つケースは、そんなに多くないんじゃないか。

後半、三神は杏に別れを切り出すが、理由はサッパリ分からない。
桑原が杏に「三神は君の射の真似をしている」と教える理由も不明。彼が三神の前で杏にキスをするのも、「君の歪んだ愛情が彼女を傷付けている」と指摘するのも理由は不明。
恋のライバルとして描こうとしているのかもしれないが、作業が全く足りていないから違和感だけが残る。
由木が「三神が射の真似するのは愛の告白の意味」と説明するが、これまた意味不明でバカバカしいだけ。

三神には「不治の病を患った由木の代わりに弓道をやっている」という要素と「両親との確執がある」という要素があり、その2つで苦悩を抱えている設定だ。
しかし、この2つの問題は何の答えも見えないまま、中途半端なまま放り出されている。
そして最終的には、三神の「先輩の体も心も全部欲しい。生きている時間の全てが欲しい」という身勝手極まりなくて重すぎる要求を、杏が喜んで受け入れる形でハッピーエンドにしている。
でも、それをハッピーエンドとして受け入れるだけの感性が、残念ながら私には無かった。
むしろ、恐ろしさすら感じるようなエンディングだった。

(観賞日:2019年4月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会