『ICHI』:2008、日本
離れ瞽女の市は男に襲われるが、仕込み杖で指を切り落として追い払った。別の離れ瞽女・美津は、男と通じてはならぬという瞽女の掟を 破り、お堂に男を連れ込んだ。だが、男が金を支払わずに去ろうとするので、「なめんじゃないよ。と金払いな」と喚く。すると男は2人 の仲間と共に、美津に暴力を振るった。市はそれを無視して佇んでいたが、男たちは彼女を見つけて連れて行こうとする。
市が仕込み杖に手を伸ばした時、一人の浪人、藤平十馬が走ってきた。男たちが刀を抜くと、十馬は十両の手形で解決しようとする。だが 、男たちは十馬を斬って女も金も頂こうとする。十馬は刀に手を掛けるが、抜くことが出来ない。そこへ市が立ちはだかり、男たちを始末 した。十馬は血で手形が台無しになったと言って市に同行し、「そなたが斬らずとも、拙者一人で成敗できた」と強がった。
宿場町に辿り着いた市と十馬は、小太郎という少年の案内で賭場へ赴いた。そこでは宿場を荒らす野党・万鬼党の邪光たちが大儲けをして おり、白河組の若頭・虎次が忌々しげに見ていた。半に賭けようとする十馬に、市が「丁」と囁く。壷が上がると、丁だった。市は音で 丁半を聞き分け、その後もピタリと言い当てた。邪光たちが負け続ける一方、十馬は市のおかげで十両を稼いだ。
市たちが賭場を去ると、邪光たちが追い掛けてきた。十馬は「金を返せ」と要求されて拒絶し、「欲しけりゃ力ずくで取れ」と強気に言う 。だが、また刀を抜くことが出来ず、市が邪光たちを倒した。そこへ虎次が現れ、十馬が斬ったと勘違いして「用心棒として雇いてえ」と 申し入れた。十馬と別れた市は、小太郎から「家においでよ」と誘われるが、それを拒む。しかし「父ちゃんが目の見えない居合使いを 知ってるって言ってた」と小太郎が言うので、彼の家へ行くことにした。
小太郎の父・喜八は、3日後に八州取締役の片岡様が宿場に来ること、上手くいけば万鬼党を退治してくれるということで白河組が接待に 力を入れていること、そのために呼び寄せたのがドサ回りの歌舞伎役者と盲目の居合の達人であることを語った。一方、万鬼党の頭目・ 万鬼や腹心・伊蔵の元へ、邪光たちの死体が運ばれてきた。全員が逆手一文字で殺されていることを知り、万鬼は「その使い手は一人しか いねえと思ってた」と不敵に笑った。
十馬を接待している宴会に連れて来られた市は、虎次に促されて三味線を演奏した。万鬼党に呼ばれた女郎は、伊蔵から「目隠しをしろ、 間違っても顔に触るんじゃねえぜ」と警告された。女郎は万鬼の相手をするが、その最中に目隠しが外れた。眼帯を外した万鬼の顔を見て 悲鳴を上げた彼女は、その場で殺された。十馬は白河組の女中・お浜から、万鬼たちが来てから宿場が寂れたこと、親分の長兵衛が元気 だった頃は華やかだったことを聞かされた。
虎次は万鬼党を討とうと考えていたが、長兵衛は「無駄な血を流すだけだ」と反対する。彼が「八州様に討伐隊を送ってもらうべきだ」と 告げると、虎次は「役人なんかアテになんねえだろ」と反発した。十馬は長兵衛から、万鬼がただの悪党ではなく、かつては幕府の指南役 に推挙されたほどの腕前だと教えられる。顔が酷く焼けていて、その容姿のせいで役職を追われることになったという。
森の中の池で市が佇んでいると、そこへ十馬が釣りに来る。「随分と小太郎に懐かれているようだけど、子供が好きなのか」と訊かれ、市 は「嫌いです。面倒だし。だけど汚れてない分、大人よりも信用できる」と答えた。どうして人との関わりを避けたがるのかと尋ねられ、 「目の見えない私らには、今が昼か夜かも分からない。誰が悪くて誰が良いのか、その境目が分からない」と告げた。
「生きたいとも思っていない」と口にする市に、十馬は木の棒を渡し、「これで俺と勝負しろ」と要求した。十馬は堂々とした態度で市の 太刀筋をかわし、彼女の篭手を打ち据えた。十馬は、真剣を抜くことが出来ないことを打ち明けた。彼は武術指南役の家に生まれたが、 少年時代に真剣で稽古をしていた際、誤って母の両目を失明に追いやってしまった。それ以来、刀を抜くことが出来なくなった。彼が病気 になっても生きようとしていた母のことを話すと、市は「私は私ですから」と告げて去った。
宿場に片岡が来たので白河組の面々は出迎えた。盲目の達人は、市が捜している男ではなかった。片岡が白河組と共に歌舞伎を観覧中、 万鬼党の伊蔵たちが襲撃した。十馬はやはり刀を抜くことが出来ず、万鬼党に殴り倒された。伊蔵は片岡を捕まえ、「何も見なかったんだ 。何事もなくお役目を終えたけれど、俺たちに構うな」と脅す。長兵衛は斬られそうになった伊蔵を庇い、命を落とした。
伊蔵たちが十馬を連れて行こうとしたところへ市が現れ、「あたしを万鬼の所へ連れて行け。万鬼は、この剣の使い手を知ってるんだろ」 と告げて逆手一文字の構えを見せた。捕まってアジトへ連行された市は、勝負を挑んできた数名を斬った。万鬼が相手に名乗りを挙げると 、市は全く歯が立たなかった。万鬼は「同じ太刀筋を見たことがある。そいつは見えねえくせに滅法強かったぜ」と告げた。
万鬼は市にトドメを刺さず、「あの男は流行の病に掛かってあっけなく死んだ」と告げて市を監禁した。十馬はアジトに忍び込み、喜八の 協力を得て市を救出した。市は十馬の前で初めて感情を露にして、涙を流した。そんな彼女を十馬は強く抱き締め、「死んではならない」 と告げた。翌日、白河組は仕度を整え、宿場で万鬼党を待ち受けた。白河組と万鬼党は、全面戦争を開始した…。監督は曽利文彦、原作は子母沢寛『座頭市物語』より、脚本は浅野妙子、製作は気賀純夫&小岩井宏悦&島本雄二&山岡武史&入江祥雄& 當麻佳成&堀義貴&後藤尚雄&遠藤和夫、プロデューサーは東信弘&吉田浩二&梅村安、アソシエイトプロデューサーは藤原弓子、 製作統括は加藤嘉一、企画は中沢敏明、エグゼクティブプロデューサーは遠谷信幸、撮影は橋本桂二、編集は日下部元孝、録音は中村淳、 照明は石田健司、美術は佐々木尚、VFXスーパーバイザーは松野忠雄、殺陣指導は久世浩、 音楽はリサ・ジェラルド&マイケル・エドワーズ。
主題歌:『Will』作詞は小林夏海、作曲はRyosuke "DR.R" Sakai、編曲は柿崎洋一郎、歌はSunMin。
出演は綾瀬はるか、大沢たかお、中村獅童、窪塚洋介、竹内力、柄本明、杉本哲太、横山めぐみ、渡辺えり、利重剛、佐田真由美、 山下徹大、斎藤歩、手塚とおる、土屋久美子、並木史朗、虎牙光揮、北岡龍貴、山口祥行、中野裕斗、増本庄一郎、島綾佑、勝矢、 アンドレ、もてぎ弘二、夏坂祐輝、友光小太郎、谷口公一、芳岡謙二、沖原一生、佐野泰臣、幡南子、 田中輝彦、大岩匡、河野うさぎ、木村彩由実、柏幸奈、千葉一磨、宴堂裕子、松坂わかこ、西田裕子、芹沢礼多、高瀬直紀、増田俊樹ら。
子母沢寛の掌編小説『座頭市物語』に登場するキャラクター、座頭市をモチーフにした作品。
市の性別を女性に変更し、綾瀬はるかが主演を務めている。
他に、十馬を大沢たかお、万鬼を中村獅童、虎次を窪塚洋介、伊蔵を竹内力、長兵衛を柄本明、喜八を利重剛、美津を 佐田真由美、市の父を杉本哲太、十馬の母を横山めぐみ、お浜を渡辺えりが演じている。
監督は『ピンポン』の曽利文彦。座頭市の映画と言えば、勝新太郎が主演したシリーズがある。
で、そんな座頭市を綾瀬はるか主演でリメイクって、その時点で負け戦と決まっているようなもんじゃないか。誰か止める奴はいなかった のか。
そもそも座頭市のリメイクという時点で無謀な挑戦だからね。
だって、誰が演じても、あの勝新の超絶な殺陣と比較されるわけで。そこは絶対に触れちゃいけないトコだと思うのよ。
『男はつらいよ』をリメイクしようとするようなモンだぞ。で、よりにもよって、そんな座頭市を女性でリメイクするという企画だ。
しかも、梶芽衣子のようなクール・ビューティーな女優や、志穂美悦子のようなアクション女優じゃなくて、ポワンとしていてアクション には明らかに不向きなタイプの綾瀬はるかを起用するとは、正気の沙汰じゃない。
製作サイドは、みんな強いドラッグでもやっていたのか。あるいは、みんなキチガイなのか。
っていうか、女版の座頭市なら、それは棚下照生原作の『めくらのお市』シリーズのリメイクになるんじゃないのか。この内容で、しかも女性が主役なら、わざわざ座頭市のリメイクとして作る必要性が無いでしょ。
主人公は座頭じゃないし。
おまけに、実は盲目設定でさえ、そんなに意味が無いんじゃないかと思えるんだよな。
「過去に裏切られたことがあるので心を閉ざしている」という設定でも、成立するんじゃないかと。
「盲目なのに剣の達人」というところにアイデンティティーを感じないし。オリジナルの時代劇として作れば、それだけで随分と印象は 違っていただろうに、自分たちで無駄にハードルを上げてどうすんのよ。冒頭、市は襲ってきた男の指を仕込み杖で切り落としてクールに決め、「なに斬るかわかんないよ、見えないんだからさ。」という、 キャッチコピーにもなっているセリフを言うんだが、綾瀬はるかに凄味や迫力が皆無なので、まあ見事に脱力させられる。
次のシーンで登場する佐田真由美女もまた芝居が稚拙なので、序盤で観客を惹き付けることには見事に失敗している。
市は、着ているのはボロだが、髪の毛も顔も、すげえキレイに整っている。
そんな市を助けようと駆け付けた十馬は、チンピラたちの前で刀に手を掛けるが、まるでアロンアルファで接着されてしまったかのように 腕がブルブルと震えて抜けない。
その後も何度か「刀に手を掛けるが抜けない」というシーンがあるのだが、その際の芝居が、全て「抜こうと力を入れて引っ張るのに、刀 が抜けない」というモノなのだ。精神的な問題じゃなくて、物理的な問題で刀が抜けないようにしか見えないのだ。あと、人を斬れないなら峰打ちにすりゃいいだろ。
もしくは、とにかく真剣が抜けないというんだったら、代わりに木刀なり竹光なりを所持して、それで戦えよ。
相手を殺さなきゃいいわけだから。木の棒で市と戦って篭手を打ち据えるシーンがあるが、チンピラやヤクザと戦う時も、木の棒や木刀で 戦えば良かったじゃねえか。
っていうか、そんなに簡単にやられる市もどうなのかと。市はチンピラどもを斬るんだが、まずスローモーションって時点で冴えないのに、一撃で仕留めるべきところを、チンピラの腕にかすり傷 を付けただけ。
アホかと。
居合術って、一発で決めないとダメでしょ。
で、その後も市のチャンバラは、ほとんどスローで処理している。そうしないと殺陣の拙さが露呈してしまうから、誤魔化そうとして いるんだろうが、残念ながら、ちっとも誤魔化しきれていないぞ。賭場を去った十馬を、「よくもカモにしてくれたな」と邪光たちが追ってくる展開があるが、これは変でしょ。
仮に十馬がイカサマをやったとしても、それで怒るべきは賭場を開いた白河組であって、十馬は邪光たちと勝負をして金を巻き上げたわけ ではない。
邪光たちは勝手に負けただけなのだ。
まさか、製作サイドが丁半博打の根本的なルールを分かっていないわけでもあるまいに。虎次がただの生意気なチンピラになってるのは、キャラ造形として失敗でしょ。
まずセリフ回しがちっとも時代劇っぽくないけど、それは他の出演者も同様だから、そこは目を瞑るとしよう。いや、ホントは目を瞑って 容認すべきポイントじゃないんだけどさ、しょうがないし。
で、それを百歩譲って受け入れるにしても、そこは好青年にしておかないとダメでしょ。
血気盛んなのは別にいいけどさ。歩き始めた市に十馬が話し掛けるシーンとか、お浜と十馬が会話を交わすシーンとか、その辺りはかなりユーモラスに演出しているが、 全てを拒絶する鉄火面の市が醸し出すシリアスな空気と、まるで融合していない。
市サイドの雰囲気に合わせた方が良かったんじゃないか。
明るさはあってもいいけど、コミカルなのは違うわ。
ただ場違いな感じを出しているだけだ。どうも「市が十馬に心を開いて惹かれていく」という流れがあるようなんだが、十馬のどこに惚れる要素があったのかサッパリだ。
もっと理解し難いのは、実は市じゃなくて、完全に十馬が主役になっているってことだ。
明らかに彼を中心にして物語を進めている。
白河組と万鬼党の対立の話にも、十馬は関与しているけど、市は離れた場所で小太郎と触れ合っているだけだ。市を拒絶の世界から連れ出す役目を、虎次のポジションに担わせた方が良かったんじゃないのか。
そうすれば、白河組と万鬼党の対立の構図に、もっと市を深く関与させることが出来るし。
あと、十馬のトラウマという邪魔でしかないネタも削除できるし。
そのネタ、やたら引っ張っていて、それが話のメインになってしまっているんだけど、ただ十馬にイライラさせられるだけなんだよね。市は「あたしを万鬼の所へ連れて行け。万鬼は、この剣の使い手を知ってるんだろ」と言い、何人もの万鬼党を斬っているので、そのまま アジトへ乗り込むのかと思ったら、なんと次のシーンでは、捕まって連行されている。
ってことは、伊蔵より弱いってことだろ。
なんだよ、そのパワーバランスは。
そのくせ、そこにいた万鬼党の連中には、あっさりと勝っている。
どないやねん。歌舞伎の観覧を襲撃した際は、「白河組を潰したら意味がねえ」と言って虎次を殺さずに立ち去ったのに、宿場での対決シーンでは「この 宿場も白河組が無くなった。お前も親父と同じ目に遭わせてやる」と万鬼が言っている。
その短い間に、何か状況が変化したのかよ。ワケが分からん。
っていうか、宿場を潰したら万鬼だって困るはずだろうに。
いったい何が目的なんだよ、お前らは。構成として何よりダメなのが、大事なクライマックスに市がいないこと。
白河組と万鬼党が戦っている間、市はずっと寝込んでいるのよ。市を捕まえた伊蔵を倒すのは虎次だし。
で、大勢が殺される間、相変わらず十馬は刀を抜けず、ビビって身を隠している。
そのくせ、万鬼が乗り出してくると相手を買って出て、なぜか急に刀をスッと抜く。
どういう理由でトラウマが解消されたんだよ。サッパリ分からないぞ。そんなきっかけ、どこにも無かったじゃねえか。しかも、その トラウマの解消に、市は全く関与していないし。
で、万鬼が重傷を負ったところへ市が来て、最後のトドメを刺すだけ。
要らないわ、そんなの。その程度なら、市じゃなくても出来るし。 今回の市、ショボすぎるぞ。(観賞日:2010年10月8日)
第2回(2008年度)HIHOはくさい映画賞
・最低主演男優賞:大沢たかお
<*『築地魚河岸三代目』『ICHI』の2作での受賞>
・最低脚本賞:浅野妙子
・特別賞:ワーナー・ブラザーズ映画
<*『L change the WorLd』『Sweet Rain 死神の精度』『銀幕版 スシ王子! 〜ニューヨークへ行く〜』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『ICHI』『252 生存者あり』の配給>