『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』:1969、日本

大正13年秋、この物語は隔絶した灰色の部屋から始まる。東洋医大を出た人見広介は精神病院に監禁されていたが、「俺はキチガイじゃ ない」と心で漏らす。部屋にいると、どこかで聞いたことのある子守唄がどこからか響いて来た。彼は記憶を辿り、荒波と断崖の絵を描く 。そして、「確かに誰かと一緒だった。暗い土蔵に誰かと入った。不思議な少女が突然、醜い男の顔に変わる」と思い起こした。
いつも自分を見つめている坊主男の患者が気になった広介は、「なぜ俺を監視するんだ」と怒鳴る。彼は監守に取り押さえられ、医者に 注射を打たれて気を失った。意識を取り戻すと、坊主男が自分の首を絞めていた。広介は反撃して男を締め殺し、病院を抜け出した。彼は 歩きながら子守歌を歌っている少女・初代を見つけ、「その歌、どこで覚えたんだ」と問い掛ける。彼女は出生を知らずに曲馬団で育ち、 だから誰に教わったのか分からないと語った。
翌日、広介は初代の働く曲馬団を訪れた。初代は、裏方の辰三が子守歌を聞き、「裏日本の方の歌ではないか」と言ったことを話す。だが 、団長が辰三を辞めさせてしまったのだという。さらに初代は話を続けようとするが、背後から何者かにナイフで刺されて死亡した。広介 は周囲の人々に「人殺しだ」と叫ばれ、慌てて逃げ出した。初代の殺害犯に仕立て上げらた彼は、謎を解き明かすべく、裏日本へ向かう ことにした。汽車に乗っていた広介は、向かいの客が残した新聞に目を留めた。そこには菰田源三郎なる男が原因不明で急死したという 記事が掲載されていたのだが、その源三郎の写真が広介に瓜二つだった。
広介は源三郎の実家がある町で汽車を降り、按摩女に話を聞く。按摩女によると、源三郎の父・丈五郎は片輪者で、蛙のように指の間に 水かきが付いているという。人目を嫌った彼は妻・ときと結婚して1年も経たない内に、所有する島に引っ込んだ。家の方は執事の蛭川に 任せきりとなった。ときは島で源三郎を出産し、彼は3歳の時に本家へ移されて乳母の手一つで育てられた。丈五郎は無人島を改造する ために、資産を注ぎ込んでいるという。
按摩女は広介の足の裏にある卍の傷跡を見て、源三郎と同じような傷跡だと口にした。広介は源三郎の葬列を観察し、彼の妻・千代子、 遠縁の娘・静子、執事の蛭川、乳母・きん、女中の圭、みき、美枝を確認した。彼は源三郎と自分に何か関係があると確信した。そして 出生の秘密を探るため、源三郎に成り済まそうと決意した。広介は断崖から身投げしたように偽装し、棺の死体と摩り替わった。それから 死に装束で墓地に倒れ、僧侶に発見させて、源三郎が仮死状態から蘇ったように見せ掛けた。
菰田の本家に入り込んだ広介は、千代子たちに偽者だと気付かれるのではないかと不安になりながら過ごした。数日後、源三郎の全快祝い が開かれた。席を外した広介は、静子から「この頃、冷たいのね。明日の晩、千代子さんは外出するわ。待ってるから来て」と誘われた。 夜、彼は千代子から体を求められ、我慢できずに彼女を抱いた。だが、千代子が正体に気付いた様子は無かった。広介は静子の部屋へ行き 、体を求めて来る彼女と関係を持った。
夜、静子が入浴していると、そこに蝮が入って来た。悲鳴で駆け付けた広介が退治した。風呂を焚いたのは新入りの下男・新吉だったが、 人影は見なかったという。静子は広介に、2人が関係を持った際の様子を克明に記した脅迫状が枕元に置いてあったことを告げる。「誰か が見張ってるのよ。あたしたち、きっと殺される」と彼女が怖がるので、広介は「そんなことは起こさせない」と告げた。一方、千代子の 元にも、やはり同じような脅迫状が届いていた。
ある夜、入浴していた女中たちが戸を開けると、不気味な男たちがニヤニヤしていた。女中の悲鳴を聞き付けた広介は、逃げる2人を追跡 するが、見失ってしまった。新吉が作業をしていたので「変な男を見なかったか」と訊くが、「さあ」という返事だった。翌朝、千代子が 苦悶して変死した。しかし広介は殺人犯として追われる身のため、病死として処理した。彼は障子に写った不振な人影に気付き、後を追う が、見失ってしまった。その時、きんが子守歌を歌っている声が聞こえてきた。彼女に問い掛けると、「旦那様と良く2人で歌ったじゃ ありませんか」と言う。その傍らには、源三郎が描いた断崖の絵があった。
広介は丈五郎に会うため、島へ行くことにした。蛭川は反対するが、広介の気持ちは変わらなかった。彼は静子、蛭川、新吉を連れて島へ 渡った。丈五郎は「この島のワシの夢が完全に出来上がるまで来てほしくなかったが、ほぼ完成した。ワシの理想の国を見せてやろう」と 告げる。広介たちが丈五郎に案内されて島を歩いていると、首に鎖を付けられた女たちが2人の片輪者に叩かれながら現れた。さらに足を 進めると、島のあちこちに片輪者の女たちがいた。
広介は土蔵のイメージが本物か確かめるため、一人で島を歩き回る。土蔵に入ると、秀子という娘が子守歌を歌っていた。近付いくと初代 に瓜二つだったが、猛という醜悪な男と体を結合され、シャム双生児にされていた。そこへ丈五郎が現れ、「もっと面白いものを見せて やるよ」と笑う。広介が案内された場所では、人体改造によって片輪者にされた人々が飼育されていた。丈五郎は「ワシは正常な赤ん坊や 年寄りを集めて来て、奇形人間を製造してきた」と述べた。
丈五郎の下僕である傴倭男の一人が、「この島が出来上がれば、奇形人間は王様だ。そして美しい女たちを集めて好き放題に暮らすんだ」 と言う。丈五郎は「お前はもう、この島から出られない」と告げ、傴倭男の一人が「お前だけじゃない、蛭川も静子も新吉という男も島 から出られない」と続け、もう一人の傴倭男が「そして奴隷として、死ぬまでワシら奇形人間に仕えるのだ」と口にした。
広介が「狂ってる、アンタら、キチガイだ」と声を荒げると、丈五郎は「お前らのようなマトモな体の奴らには、片輪者の苦しみが 分からんのだ。貴様も奇形人間になるんだ。そのために外科手術を学ばせに貴様の弟を東京にやっている。貴様は弟の手で奇形人間に されるんだよ」と語る。東洋医大に通わせていたと聞き、広介は自分が源三郎の弟だと気付いた。彼は丈五郎に自分が広介だと明かし、 曲馬団の初代という女からヒントを得て島へやって来たことを話した。
丈五郎は、初代は島へ呼び戻すつもりだったこと、秀子が初代の妹であることを広介に教えた。彼は広介に拳銃を向け、「ワシの願いを 聞いてくれ。25年間も、島を改造しながら待っていたのだ」と脅す。広介は秀子たちに目をやり、「この子たちを元の体にしてやって ください。そうすれば言うことを聞きます」と持ち掛けた。手術から1ヶ月、広介は土蔵の中で秀子と2人きりの生活を送っていた。そこ へ丈五郎が現れ、「お前たちの肉体は結ばれ、血が混じり合ったのだ。結婚祝いに母親に会わせてやろうか」と不敵に笑った。
丈五郎は広介、秀子、静子、蛭川を連れて、岩場の洞窟へ入った。すると子守歌が聞こえ、うつろな目の女が壁にもたれ掛かっていた。 それは、ときの変わり果てた姿だった。丈五郎は「静子、蛭川、これがあの盛大な結婚式で一緒になったワシの妻だ」と皮肉っぽく言う。 丈五郎は結婚した後、ときに頼まれて従兄だという林田を執事として雇い入れた。そして、2人の浮気現場を目撃してしまった。
やがて、ときは妊娠したが、丈五郎は彼女を手放す決心が付かなかった。丈五郎は出産直前、ときと林田を連れて無人の島へ居を移した。 ときが出産した後、洞窟に彼女と林田を監禁して放置した。やがて林田は死亡したが、ときは赤ん坊が気になって生き延びようとした。 丈五郎は醜いせむし男を雇って、ときを強姦させた。そして、ときは初代と秀子を出産した。つまり、広介と秀子は兄妹なのだ。丈五郎は 広介が近親相姦の罪を犯したことを指摘し、自分に協力するよう要求した…。

監督は石井輝男、原作は江戸川乱歩 講談社刊「パノラマ島奇談」より、脚本は石井輝男&掛札昌裕、企画は岡田茂&天尾完次、撮影は 赤塚滋、編集は神田忠男、録音は野津裕男、照明は増田悦章、美術は吉村晟、擬斗は三好郁夫、協力は木下サーカス、音楽は鏑木創。
出演は吉田輝雄、大木実、賀川雪絵、由美てる子、葵三津子、土方巽、小池朝雄、高英男、笈田敏夫、沢彰謙、大泉滉、由利徹、 上田吉二郎、小畑通子、片山由美子、木山佳、三笠れい子、尾花ユキ、桜京美、田仲美智、加藤欣子、金森あさの、 小山陽子、岡田千代、英美枝、小沢澄江、近藤正臣、河崎操、宮城幸生、土橋勇、阿由葉秀男、ジョージ・岡部、唐柔太、奥野保、 村田天作、山下義明、土方巽暗黒舞踏塾ら。


石井輝男監督の異常性愛シリーズ第9作にして最終作。
江戸川乱歩の『孤島の鬼』と『パノラマ島奇談』を下敷きにして、『蜘蛛男』『屋根裏の散歩者』『人間椅子』といった乱歩作品の要素も 盛り込まれている。
広介&源三郎を吉田輝雄、新吉を大木実、静子を賀川雪絵 、秀子&初代を由美てる子、ときを葵三津子、丈五郎を土方巽、蛭川を小池朝雄、千代子を小畑通子、圭を木山佳、きんを田仲美智、みき を小山陽子、美枝を英美枝が演じている。
複数の作品を組み合わせて、登場人物の名前はそのまま使っているので、丈五郎は長男に源三郎、次男に広介という名前を付けるという、 妙なネーミング・センスの持ち主になっている。

冒頭、広介は檻で仕切られた部屋の中にいる。
そこは大勢の女性患者たちがいる部屋で、ケタケタと笑いながらオモチャのナイフで広介を突き刺す女の他、飛び跳ねる女、踊っている女 、フラフラと歩いている女、檻に張り付く女など、キチガイだらけの光景である。中にはオッパイをポロンと出している女たちもいる。
そういうオープニングの描写から、狂気と悪夢の世界に観客を力ずくで巻き込む。
さらに、広介が記憶を辿る中で、白装束の土方巽が断崖で暗黒舞踊を踊る様子が描かれ、悪夢的な印象を強めている。
ただし残念ながら、そこから期待するほど、狂気や悪夢の世界がエスカレートしていくことは無い。
そこがピークだ。

序盤、広介は殺人犯に仕立て上げられて逃げ出した後、電車に乗っているシーンで左目に眼帯をしている。
その前に左目を負傷するようなシーンは無かったのに、急に眼帯をしている。
だが、按摩の女に話を聞く時は眼帯が無く、左目に異常も見られない。
葬列を観察する際は再び眼帯を着用し、源三郎に成り済ます際には無くなっている。
たぶん、撮影中に吉田輝雄の目に異常が起きて、すぐに治ったということなんだろうけど、何の説明も無いので、とても不可思議なことに なっている。

前述のように異常性愛シリーズの1本なのだが、「異常性愛」という枠組みからは大きく外れる。
乱歩作品の中には『淫獣』や『盲獣』のように「異常性愛」のテーマに合致するような作品もあるが、今回はその手の作品のエッセンスを 盛り込んでいない。
劇中では女性が裸になるシーンもあるが、エロティックな濡れ場があるわけでもないし、男女の変態プレーがあるわけでもない。
フリークスが出ているので「異常」という言葉は当てはまるだろうが、「性愛」という要素は皆無に等しい。

広介が出生の秘密を探るため、新聞記事で見つけた源三郎に成り済ますってのはメチャクチャな行動だ。
大体、何の下調べもせずに別人に成り済ましても、全く怪しまれずに馴染むというのは不可能だだろう。
顔が瓜二つと言うだけで、喋り方も仕草も性格も全く違うのだから。
しかし、蛭川が少し不審を抱くものの、源三郎の妻である千代子は、広介が別人であることに全く気付かないのであった。

広介が菰田家に入り込むと、「源三郎のアルバムを見た広介が、左利きだと知って『危なかった』と感じる」とか、「眼鏡無しで新聞を 読もうとして女中に眼鏡を渡される」とか、「飼い犬に吠えられて襲われる」とか、そのように「偽者と気付かれるかもしれないピンチ」 が色々と描かれる。
しかし、そこにスリルは薄い。
そのくせ、屋敷に入り込んでから、島へ向かうまでの尺が無駄に長い。
広介の正体がバレるかどうかなんて、どうでもいいことなのよ。
それより、さっさとキチガイ沙汰を見せてくれと言いたくなる。

菰田家では、静子と千代子に脅迫状が送られたり、風呂場に蝮が現れたりする。
そして、広介が「何者の仕業なのか」と考えるような展開になる。
途中で広介が新吉を怪しむシーンもあるが、彼が犯人じゃないことは分かり切っている。
それは何のミスディレクションにもなっていない。
っていうか、そもそも、屋敷でのシーンをミステリーとして展開させていくような必要性を感じないんだよな。

「乱歩作品が原作だからミステリーとして膨らませない」という、妙に真面目な考えがあったのかもしれんけど、ベースの2作品って、 どっちも探偵小説じゃないはずなのよね。
そんなことより、もっとクレイジーなパワーを出してくれと。
エログロが無いのは受け入れるけど、もっと悪夢的な光景を見せてくれと。
広介が菰田家に入り込んでからは、ごく普通のミステリー映画に成り下がっている(この映画の場合、それは「成り下がっている」と表現 すべきだろう)。

広介たちが島へ渡ると丈五郎が登場するが、そこでは序盤のフィルムが使い回しされている。
予算が少ないのは分かるけど、そこは別の映像にしないとダメでしょ。
初めて広介が丈五郎を見るという大事なシーンなんだから、「異様な男に圧倒される」というシーンにすべきじゃないのか。
ただ、そこに限らず、異様な人、異様な光景を見た際の広介たちのリアクションって、すげえ薄いんだよな。
そもそも、カメラワークからして、リアクションを捉えようという意識が薄いし。

広介たちが島を歩いて行くと首に鎖を付けられた女たちが肌色の全身タイツでうなっているんだけど、ありゃ何なのだろうか。
ただの全身タイツの女たちにしか見えないんだが、フリークスという設定なのかな。だとしたら、どういう設定なのか説明してくれないと 、何のことやらワケが分からない。
続いて森では全身を銀色に塗った女が案内するが、これまた特に触れないまま。船に寝そべっている金色の女も同様。
川を泳いで投げられたエサ(?)を口にする全裸の女たちも、水辺に走って来てポーズを取る女たちも同様だ。

体が山羊とくっ付いている女たちが登場したところで、ようやく「ああ、ひょっとすると、島にいる連中は全てフリークスっていう設定 なのかもしれないな」と理解できる。
ただし残念ながら、そいつらが登場すると、狂気や悪夢というより、ヘンテコなコスプレ大会にしか見えない。
すげえ陳腐なんだよな。
あと、編集が粗っぽくて、シーンとシーンの繋がりがガタガタになっているのもマイナスだ。

丈五郎は自分が片輪者であることから、「人間改造によって大勢の片輪者を作って健常者に復讐する」という企みを持っているのだが、 その復讐心よりも、妻と林田を洞窟に閉じ込めて放置し、死んだ林田の肉に群がるカニを妻に食わせる行動の方が(そして妻が食べると いう行動の方が)、「狂気」として伝わって来るモノが遥かに大きいんだよな。
そのシーンの方が、全身タイツの面々が「フリークス」として登場するシーンよりも悪夢的だし。
あと、そっちの狂気の方があるもんだから、「実は広介と秀子近親相姦だった」と明かされても、ショッキングでも何でもない。
しかも、それを聞かされても、広介たちには衝撃を受けている様子が見えないし。

終盤、実は明智小五郎だった新吉が、「実は蛭川が東京で偽バイト募集によって女たちを精神病院に集め、手下に広介を殺させようとして 失敗し、静子は財産を手に入れるために蛭川と結託し、千代子を始末するため自分にも脅迫状を送って云々」という謎解きを語り出すが、 ものすごく唐突で、取って付けた感たっぷり。
何の伏線も無いまま、千代子の椅子に仕掛けがあって中に蛭川が入っていたことや、屋根裏へ通じる抜け穴があったことなどが説明される が、メチャクチャだし、辻褄も合わない。
静子が財産目当てで邪魔な奴らを殺そうとしていたのなら、蘇った源三郎を殺そうとしなかったことの説明が付かないよな。

その謎解きの中で、そこまでは存在価値の薄かった蛭川が、騙して精神病院に連れ込んだ女の中で気に入った奴を捕まえ、女装した姿で 包丁を握り、その女の肉体を傷付けて喜んでいたということが示されるが、なんじゃ、そりゃ。
あと、その謎解きって、丈五郎が島でフリークスを生み出していた行動とは何の関係も無いんだよな。だから、ぶっちゃけ、どうでも いいんだよ。
ラスト、丈五郎が急に改心したり、広介と秀子が心中したりするが、全てが唐突でデタラメ。
カルト映画として一部には人気のある作品だけど、バカ映画としてのパワーも、あまり強くないなあ。
最後、心中した広介と秀子の肉体が花火と共にバラバラに吹っ飛ぶ中、「おかあさーん」という叫びが聞こえてくる描写は、まあ面白い けど。

(観賞日:2011年10月31日)

 

*ポンコツ映画愛護協会