『映画ドラえもん のび太と奇跡の島 〜アニマル アドベンチャー〜』:2012、日本

悪の商人シャーマンは手下のロック、スネイク、スカイを伴い、3人の男たちにモニターを通じて「我々はついに重大な手掛かりを発見しました。見つけ出すのは時間の問題でしょう」と語った。自分が買い取りたいと揉める3人の男たちに、シャーマンは島の映像を見せて「一番高い値を付けた方にお譲りしましょう。奇跡の島に住んでいる黄金のカブトムシ、ゴールデンヘラクレスを」と述べた。
のび太はデパートでパパにカブトムシを買ってもらい、大喜びした。するとパパは「今度はちゃんとやるんだぞ。一年前に買ってやった金魚だってそうだ。お前が面倒を見ると言ったのに、結局はママとドラえもんに任せっきりじゃないか。お前はいつもママとドラえもんに頼ってばかりだ。人に頼ってばかりでは、いつまで経っても一人前になれんぞ。まずは守れない約束をしないこと。そう思わないか」と諭した。のび太は力強く、「大事に育てるよ。約束する」と告げた。
のび太がカブトムシにカブ太と名付けて家に戻ろうと歩いていると、空き地に集まったジャイアンたちが虫相撲をしていた。のび太はカブ太で参加するが、ジャイアンのカブトムシに惨敗した。パパも挑戦してみるが、やはり簡単に負けてしまう。パパは「やっぱりサイズが小さいから」と言い、その場を去る。のび太はジャイアンとスネ夫からバカにされ、悔しい気持ちで帰宅した。彼はドラえもんに、「もっとデカくて強いのが欲しいんだ」と泣き付く。ドラえもんは「そういうのってパパに頼めば」と言って金魚鉢に目を向け、「それに約束は守らなきゃ」と告げた。
ドラえもん、のび太、パパとママ、ドラミは、テレビの『絶命動物スペシャル』を一緒に見た。その番組が終わった後、パパは子供の頃に大きなカブトムシを見たことがあると言い出した。彼はスケッチブックをドラえもんとのび太に見せる。そこには、光るカブトムシの絵が描かれていた。だが、どこで見たのかは覚えていないという。のび太は部屋に戻り、ドラえもんに「さっきのみたいなカブトムシが欲しいよお」とせがんだ。そこでドラえもんは、タイムホールとタイムトリモチを取り出した。
のび太のリクエストを受けたドラえもんとドラミは、約500年前のニュージーランドを捜索する。ドラえもんが誤ってジャイアントモアを捕まえたので、ドラミが桃太郎印のきびだんごで手懐けた。のび太が「元の世界に戻しても絶滅するんだよね。可哀想だよ。どこかにずっと暮らせる場所は無いかなあ」と言うので、ドラミが探しに出掛ける。ドラえもんはスモールライトを使い、モアを小さくして四次元ポケットに入れた。
ドラミはドラえもんとのび太に連絡を入れ、絶滅動物を保護している奇跡の島“ベレーガモンド島”を発見したことを知らせる。およそ6500万年前、地球にたくさんの隕石が落下した時に出来た島だ。ベレーガモンド島は、隕石と共に降り注いだ宇宙パワーによって、不思議な力で守られるようになった。あらゆる生物の生命パワーを高める力があるという。それに目を付けた科学者たちが、タイムマシンで絶滅動物を連れて来て保護するようになった。ドラミはドラえもんたちに「連絡しておくわ」と告げた。
ベレーガモンド島の責任者であるケリー博士の指示を受け、助手を務めるロボットのゴンスケがドラえもんの元へタイムマシンで向かう。しかし彼は時代を間違えてしまい、30年前の野比家に到着した。子供時代ののび太のパパ・のび助をドラえもんと思い込んだゴンスケは、いきなりタイムマシンに連れ込んだ。ゴンスケが仮眠を取っている間に、適当にボタンを押したのび助はタイムトンネルへ落下してしまう。目を覚ましたゴンスケは、時代を間違えたことに気付く。しかし、のび助がいなくなったことに関しては、「積み忘れた」と思い込んだ。ゴンスケはドラえもんとのび太の元へ行き、2人をタイムマシンに乗せた。
ドラえもんとのび太はベレーガモンド島に到着し、ケリーと挨拶を交わす。その島では、多くの絶滅動物が暮らしていた。ゴンスケからタイムトンネルの様子が変だったと聞かされたケリーは、調査のために研究所へ戻った。モアがドラえもんのワスレンボーを奪って逃走したので、のび太は急いで後を追うが、ジャングルの中で見失った。ドラえもんとのび太は、諦めて現代へ戻ることにした。のび太はドラえもんに内緒で、ジャングルで見つけた大きなカブトムシを連れ帰っていた。
のび助はタイムマシンから落下した後、ベレーガモンド島のジャングルを彷徨っていた。そこへモアが現れたので、彼は驚いて悲鳴を上げた。ワスレンボーが頭に触れたため、のび助は記憶を失った。銃声を耳にした彼が現場へ向かうと、ロックとスネイクがロッコロ族の少女コロン、青年フルモ、アルコ、ドーゴを脅してゴールデンヘラクレスの居場所を聞き出そうとしていた。崖から落下したのび助は、サーベルタイガーの背中に着地した。サーペルタイガーが飛び出してロックとスネイクを退散させたので、のび助はコロンたちから勇者として歓迎される。のび助はコロンに話し掛けられるが、言葉が分からない。コロンが名前を訊いていることは理解できたが、自分の名前が思い出せない。「なんだっけ?」と口にしたので、コロンたちはのび助を「ダッケ」と呼ぶことにした。
のび太はベレーガモンド島で捕まえたカブトムシを使ってジャイアンに虫相撲で勝利し、大喜びする。そこへドラえもんが駆け付け、「保護地区から勝手に動物を持ち出したらダメじゃないか」と注意した。その時、タイムホールが出現し、空き地にいたドラえもん、のび太、しずか、ジャイアン、スネ夫はタイムマシンに乗せられた。一行はケリー博士の研究所に連行され、のび太は「島の規制は守って下さいね」と叱られた。
ケリーはドラえもんたちに、「島には6500万年前から生き続けている黄金のカブトムシ、ゴールデンヘラクレスの力があると言われている。ゴールデンヘラクレスは永遠の命を持っており、周りにいる全ての生物の生命パワーを高める力を持っていると言われている。一度は出会ってみたいけど、どこにいるのかは分からない」と語る。ケリーはタイムトンネルの調査に行くが、スカイの襲撃を受けた。一方、島を散策していたドラえもんたちは、のび太にそっくりのダッケと遭遇した。
ドラえもんたちがダッケと話していると、ロッコロ族の族長オーロや孫娘であるコロンたちがやって来た。ドラえもんは翻訳コンニャクを使い、彼らと会話を交わす。ドードーの子供クラージョがしずかに懐いたのを見たオーロは、危険人物ではないと考え、村に招いた。同じ頃、ケリーはシャーマンの飛行船に捕まっていた。ケリーがゴールデンヘラクレスの居場所を知らなかったので、スカイはオーロの孫娘コロンを人質に取る作戦をシャーマンに提案した。
ドラえもんたちはオーロから、祖先が描いたゴールデンヘラクレスの壁画を見せてもらう。オーロは「もしゴールデンヘラクレスがいなくなれば、島の生物は全て滅びてしまう」と語る。ゴールデンヘラクレスを見たことがあるのは、一族でコロンだけだという。コロンはドラえもんたちを、目撃場所である命の泉へ案内した。そこは、傷付いた動物たちが水を飲みに来る場所だという。コロンも傷付いた時、その場所に赴いた。すると空からゴールデンヘラクレスが現れ、気が付くとコロンは元気になっていたのだという。
ドラえもんたちは、スカイが森を破壊しながら村へ向かう姿を目撃した。一行が急いで村へ戻ると、ロックとも村を攻撃していた。戦いを恐れたスネ夫は、コロンを避難させる役目を買って出た。のび太とジャイアンはコエカタマリンを使い、スカイたちを退散させる。だが、その間にスネイクがスネ夫とコロン、クラジョを連れ去っていた。シャーマンは空中に出現させたスクリーンを使い、「こいつらを返してほしければ、タイガーロックにゴールデンヘラクレスを連れて来い」と要求する。さらに彼は「人質はもう一人いるぞ」と言い放って映像を切り替え、監禁されているケリーの姿を見せた。
のび太は「スネ夫たちを助けに行こう」と言い、ドラえもんの秘密道具に期待する。しかしドラえもんは、大半の道具を修理に出していた。困ったのび太は、ロッコロ族に「何か戦う武器は無いの?」と問い掛ける。しかしシャーマン一味が来るまでの島は平和だったため、ロッコロ族は戦うための道具など何も持っていなかった。のび太は「どうやってスネ夫たちを助けるの?」と頭を抱えてしまう…。

監督は楠葉宏三、原作は藤子・F・不二雄、脚本は清水東、企画・原案協力は むぎわらしんたろう、プロデューサーは川北桃子&大倉俊輔&藤森匠&鶴崎りか&斎藤敦&高橋麗奈、チーフプロデューサーは増子相二郎&杉山登、総作画監督は栗尾昌宏、キャラクターデザインは大城勝、絵コンテは楠葉宏三、演出は山岡実、作画監督は大城勝&桝田浩史&井上鋭&岩崎たいすけ&岸野美智&加来哲郎、美術監督は古賀徹、撮影監督は岸克芳、編集は小島俊彦、録音監督は田中章喜、色彩設計は松谷早苗&蛯名佳代子、効果は糸川幸良、音楽は沢田完。
オープニングテーマ「夢をかなえてドラえもん」 作詞・作曲:黒須克彦、編曲:大久保薫、歌:mao、コーラス:ひまわりキッズ。
エンディングテーマ 福山雅治「生きてる生きてく」 作詞・作曲:福山雅治、編曲:福山雅治/井上鑑。
声の出演は水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、松本保典、三石琴乃、千秋、萩野志保子、野沢雅子、山寺宏一、水樹奈々、田中敦子、龍田直樹、島香裕、二又一成、愛河里花子、藤本譲、伊藤美紀、鈴木福、小栗旬、私市淳、西凛太朗、仲村水希、大下容子、松尾由美子、久保田直子、大木優紀、石沢綾子、横田真理子、喜多ゆかり、石木碧ら。


新しい声優陣になってから7作目となる『ドラえもん』の劇場版。通算ではシリーズ第32作。
ドラえもん役の水田わさび、のび太役の大原めぐみといったTV版のレギュラー声優陣の他、のび助(ダッケ)の声を野沢雅子、シャーマンを山寺宏一、コロンを水樹奈々、ケリーを田中敦子、ゴンスケを龍田直樹、ロックを島香裕、スネイクを二又一成、スカイを愛河里花子が担当している。
脚本は前作『新・のび太と鉄人兵団』に続いて清水東、監督は前々作『のび太の人魚大海戦』の楠葉宏三。
今回は旧シリーズのリメイクではなく、てんとう虫コミックス17巻に収録されている『モアよドードーよ、永遠に』を原案とするシナリオになっている。

序盤、のび太はパパから、1年前に買ってもらった近所の世話を全くしていないことを諌められる。
ここ、ちょっと引っ掛かる。
のび太って、劇場版1作目『のび太の恐竜』からそうなんだけど、「生き物を育てる」「生き物の面倒を見る」ということに関しては、まるで飽きっぽさを見せず、熱心に取り組む奴という印象があるんだよね。
リニューアルしてからのTV版は見ていないけど、少なくとも劇場版に関しては、そういう印象がある。
だから、のび太が金魚の世話を放棄しているってのは、ちょっと引っ掛かった。

のび太が虫相撲に負けた後、ドラえもんに「もっとデカくて強いのが欲しい」とせがむのも、やはり違和感が否めない。
彼はパパに買ってもらったカブトムシに「カブ太」という名前まで付けて、愛着が沸いていたはず。しかもパパに力強く「大事に育てるよ」と約束したはず。
それなのに、すぐに他のカブトムシを欲しがるのかと。
そこは「カブ太を勝てるようにしてほしい」の方がスムーズじゃないか。

のび太に限らず、物語を都合よく進めるためだけに、登場人物の性格を捻じ曲げているように感じる箇所が幾つかある。
例えば、のび太が虫相撲でジャイアンに挑戦するシーンの出木杉くん。
しずかが応援すると、彼は「無理だよ、この体力差はいかんともし難い。カブ太に勝ち目は無い」と、のび太をバカにするような態度で言い放つ。のび太のパパが挑戦して情けない負け方をすると、ジャイアンたちと一緒になって笑っている。
出木杉くんって、そんな意地悪なキャラじゃなかったはずでしょ。
で、そのくせ、ジャイアンとスネ夫がのび太をバカにすると、「2人とも、もうやめないか」とマジな顔で注意する。
その態度の急変ぶりは、どういうことなのかと。

シャーマン一味に捕まったスネ夫は、「心配しなくてもドラえもんが助けに来てくれる。ダッケ、しずかちゃん、ジャイアン、のび太だって。のび太はいつもダメな奴なんだけど、やる時はやる奴なんだ」と言う。
だけど、そんなに仲間、特にのび太のことを信用しているようなキャラじゃないはずだろ。
一味のロボットに攻撃されてもコロンに「絶対に(ゴールデンヘラクレスの居場所を)言っちゃダメだ。みんなでこの島を守るんだ」と言うけど、だからさ、そんなに頑張るキャラじゃないだろうに。
今回に限って、やけにスネ夫が男らしい振る舞いを見せるのは、どういうつもりなのか。

のび太は終盤まで他人に頼ってばかりで、「スネ夫を助けに行こう」と言い出したものの、何の武器も無いと分かると、すっかり弱気になって消極的な態度になる。
冒頭の「いつも人に頼ってばかり」というところからの流れで、そういうキャラにしていることは分かる。だから、彼が本作品で初登場したキャラなら、それでもいい。
だけど、のび太って少なくとも劇場版では、何の勝ち目も無さそうでも、周囲の人間が無謀だと反対しても、仲間を救うためなら立ち上がる勇敢な奴なのよ。普段は弱虫だけど、いざと言う時は勇ましい奴なのよ。
それなのに、筋書きのためにキャラを捻じ曲げるのは、シリーズのファンに対して不誠実じゃないかと。

で、そんな風に人に頼ってばかりで弱気だったのび太だが、他のみんながタイガーロックへ行く気になり、ドラえもんが「これから何が起こるにしても、僕たちはずっと一緒だよ」と声を掛けると、あっさりと前向きな態度に変わっている。
そんなにあっけなく気持ちが変化しちゃうから、せっかくのネタ振りも全く活きない。
さんざん「のび太は人に頼ってばかり」というネタを振って来たのに、「ずっと人に頼っていた彼が、大事な仲間を救うため、人に頼らず困難に立ち向かおうとする」というドラマが全く見えない。
しかも、それまで生物と交流もせず、人に頼ってばかりだったのび太は、戦う気になってからも、そんなに活躍しないし。

ドラミ&のび太のママがドラえもん&のび太を呼んで一緒に『絶滅動物スペシャル』を見るってのは、ものすごく強引な展開だ。
で、その流れから、光るカブトムシをせがまれたドラえもんはタイムホールとタイムトリモチを使い、のび太の指示で約500年前のニュージーランドを捜索する。さっきは「デカくて強いカブトムシを見つけるために山奥へ行きたい」と言っていたのに、過去を捜索することになっている。
ただ、それにしても、なんで約500年前のニュージーランドなのか。パパがそれを見たのは、子供の頃なんでしょうに。
だったら、捜索するのは、30年ほど前にパパが生活していた場所にすべきじゃないのか。

ドラえもんはのび太から「もっとデカくて強いのが欲しいんだ」と泣き付かれた時、「そういうのってパパに頼めば」と言って冷たく却下する。
ところが、パパのスケッチブックの絵を見たのび太から「さっきのみたいなカブトムシが欲しいよお」とせがまれると、今度は簡単に秘密道具を用意する。
なんで今度は引き受けちゃうんだよ。
ついさっきの「それに(パパとの)約束は守らなきゃ」っていう言葉は、どの口が言ったのか。

のび太はコロンからカブ太と自分のカブトムシを交換してほしいと言われた時、「絶対にダメ」とキッパリと断り、「パパが買ってくれたカブトなんだ。その時に大切に育てるって約束したんだ。だからあげられない」と説明している。
それにしては、そのシーンまでカブ太を大切にしている素振りは皆無だったぞ。
カブ太の虫篭はドラえもんに預けているし、他のカブトを欲しがっていたじゃねえか。大切にしていないどころの話じゃなくて、それまではカブ太の存在なんて完全に忘れ去っていたじゃねえか。
ロッコロ村でカブ太に食事を与えるのも、ドラえもんがやっているし。

のび太が物語の最初にカブ太を買ってもらい、「大切に育てる」とパパに約束したんだから、その導入部からすると、カブ太はもっと重要な役割を与えられ、のび太とカブ太の関係を軸に据えて、「父と子の約束」というのも、意味のある扱い方をすべきだろう。
ところが、導入部のネタ振りをすっかり忘れたかのような内容になっている。
物語が始まってすぐに、カブ太は背景同然の存在と化している。
後半に入って、取って付けたように、意味を持たせる使われ方はしているけれど、のび太との関係性は全く構築されていない。

シャーマン一味は「コロンを人質に取ってオーロからゴールデンヘラクレスの居場所を聞き出す」という作戦を立てていたはずなのに、村を真正面から攻撃する。
たまたまコロンが村に戻り、スネ夫共に避難したからスネイクが拉致しているけど、それって「たまたま」だよね。
っていうか、村を攻撃するのなら、最初から「村を攻撃し、村民を殺されたくなかったら命令に従え」とオーロを脅せばいいでしょ。
のび太たちがいなければ、ロッコロ族には戦う武器も無かったわけで、何の抵抗も出来なかったんだからさ。

シャーマンはコロンを拉致した後、ケリーも人質にしていることを見せるが、それって何の意味も無いでしょ。オーロたちからすると、コロンを助けたいとは思うだろうが、ケリーに関しては「良く知らない女」でしょ。
っていうか、そもそもシャーマンたちがケリーを人質にしている意味が全く無いぞ。
で、一味は捕まえたコロンを脅してゴールデンヘラクレスの居場所を聞き出そうとするのだが、「コロンを人質にしてオーロから ゴールデンヘラクレスの居場所を聞き出す」という計画は、どうなったのか。
だったら最初から「村を襲撃し、村人を殺されたくなかったらゴールデンヘラクレスの居場所を教えるようコロンを脅す」という計画で良かったじゃねえか。
こいつらの行動、行き当たりばったりにも程があるだろ。

ママが「全くもう、甘いのよ、貴方はのび太に」と言い、パパが「そうかもしれないねえ」と返す会話シーンがある。
そもそも、その会話が入るタイミングも違和感があるのだが、そこからパパが「覚えてるかい、のび太が産まれた日のことを」と問い掛け、なぜかママが頬を赤らめて「ええ、良く覚えてるわ」と答え、回想シーンが挿入され、急に感動させようとする演出は、さらに違和感たっぷりだ。
そこからパパが「のび太のことを考えると、いつもここがあったかくなるんだ」と胸を押さえ、ママも同意するんだが、何か昔を思い出すような特別なきっかけがあったわけでもない。
すげえ変だよ、そのタイミングで、その会話は。

コロンの「パパってどんな人?」という質問から、のび太が両親の愚痴をこぼし、しずかたちも自分の親の文句を言っていくシーンがある。
で、スネ夫が文句を言い終わった途端、のび太は「それでもね、パパとママとドラえもんと一緒にラーメンを食べに行った時は、とても嬉しかった」と言い出す。
ついさっきは文句を言っていたのに、なんちゅう素早い変化だ。
で、さらに「パパとママのことを考えると、いっつもここがあったかくなるんだ」と胸を押さえ、「パパとママが一番大好きで、大切な人なんだよ」という言葉にしずかたちも同調するが、ここもパパ&ママが胸を押さえるシーンと同様、不自然極まりない。

「親子の絆」が本作品のテーマになっているのだが、それを描くにしても、もう少し上手い流れの中でやれなかったのか。
アピールの手口が、わざとらしすぎる。
しかも、そのテーマが物語の内容と全く合っていないのは、どうしたことなのかと。
最初は別のテーマが用意されていて、後から主題を「親子の絆」に変更したのかと思ったら、そうじゃないのよね。最初から、そのテーマは決まっていたらしい。
だったら、どうしてテーマと内容が全く合っていないのか。

のび太がカブ太を買ってもらったところから話が始まって、ジャイアントモアを保護してあげようということになって、絶滅動物が多く暮らす島が舞台になるのだから、その島でのセンス・オブ・ワンダーを描いて行けば良かったんじゃないのか。
ところが、絶滅動物との交流は、ものすごく淡白に処理されている。
ジャイアントモアにしろ、クラージョにしろ、どうでもいいような扱いになっている。
のび太は今までの劇場版であれば、色んな生物と積極的に交流していたのに、そういう様子が全く見られない。

ドラえもんやのび太たちがダッケ(のび助)と遭遇する展開は、もちろん「親子の絆」というテーマを描くためのものだろう。
のび助を投入するのは反則っぽいが、投入した以上は、ちゃんと意味のある使い方をしてあげるべきだ。
ところが、そのポジションにのび太のパパがいる必要性が、ほとんど感じられない。のび太とダッケの交流が厚く描かれるわけでもないし。
「単なる友情では片付けられないような心の繋がりを感じる」とか、そういうことが描かれるのかと思ったら、そもそも2人の交流自体が薄い。

シャーマンのロボットにのび太が襲われた時、ダッケが助けに入って「何があっても僕から離れるな。のび太のことは僕が守る」と力強く宣言している。
だけど、そこまでに2人の交流が全く描かれていないから、そのシーンが異様に浮き上がってしまう。
ラスト近くになって、、のび太はダッケが少年時代のパパだと知るが、「パパだったのか」というところで止まっている。
「だから特別なモノを感じたのか」と思ったり、「あの時のアレは、そういうことだったのか」と伏線が回収されたりするようなことも無い。

のび助を投入したのなら、彼とのび太の関係描写を軸に据えることで「親子の絆」というテーマを浮き彫りにしなきゃ意味が無いはずだが、「普通のゲストキャラでも大して変わらない」というキャラになっちゃってる。
っていうか、いっそダッケを外してのび太とコロンの交流を厚く描き、テーマにしても、ベタだけど「自然保護」ということにしてしまった方が、よっぽどスッキリしちゃうんだよね。
肝心の「親子の絆」というテーマが何よりも邪魔になっているって、どういうことよ。
そんで、冒頭で丁寧に「パパとの約束を守る」というネタを振っているのに、それがキッチリと回収されないまま映画は終わっているし。
冒険が終了した後、のび太の中でパパへの接し方が変わるとか、そういうフォローも無いし。

(観賞日:2013年1月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会