『映画ドラえもん のび太の人魚大海戦』:2010、日本

ママから買い物を頼まれたのび太は、「空き地で海賊ごっこをする約束がある」と言って走り去った。彼が空き地へ行くと、スネ夫が パラオの海でダイビングを楽しんだことを自慢し、その時に撮った写真をジャイアンとしずかに見せていた。のび太も見たがるが、スネ夫 は見せてくれない。スネ夫は「家に行こう、ビデオもある」と、ジャイアンとしずかを誘う。海賊ごっこをやろうと言い出したのは ジャイアンなのだが、「そんな子供っぽい遊びをするわけがない」と口にする。のび太は空き地に置き去りにされた。
のび太は悔しがり、ドラえもんに泣き付いた。そこでドラえもんは架空水面シミュレーター・ポンプと架空水体感メガネという2つの道具 を出した。それを使えば、陸上に架空の海を作り出すことが出来るのだ。水を溜めるには夜まで掛かるので、のび太とドラえもんは魚の 調達に向かった。2人は空き地へ行き、魚を集めるためにトトスキーを撒く。そして空き地にお座敷釣り堀を置いて海と繋げ、水中に 架空海水まきぞえガスを沈めた。そうすることで、架空水の中でも魚が泳ぐことが出来るのだ。
怪魚族の王ブイキンは、指揮官のトラギスたちと共に地球へやって来た。トラギスたちは海に潜って剣を発見するが、それは探していた物 ではなかった。ブイキンはトラギスに、人魚族を見つけて剣を入手するよう命じていた。夜になり、のび太はドラえもんに金づち用足ヒレ を貸してもらい、窓から外に出た。彼の部屋だけでなく、町中、いや世界中が架空水に満たされた状態となっていた。
空き地へ赴いたのび太は、お座敷釣り堀から人魚らしき生物が飛び出すのを目撃したが、ドラえもんには信じてもらえない。パパの声が したため、2人は急行する。パパは巡回の警官に、「サメが空を泳いでいた」と言っていた。ドラえもんは「のび太くんが見たのはサメ だったんだ。捕まえて海に戻さなきゃ」と焦った。のび太はドラえもんはサメと魚を海に戻し、架空水面シミュレーター・ポンプの システムを切った。その時、人魚が庭に落下して気に引っ掛かったが、2人は全く気付かなかった。
翌朝、のび太は庭で木から何かが落下する音を耳にした。彼はヒレを見たような気がしたが、飛び出してきたのは女の子だった。のび太と ドラえもんはほんやくコンニャクを食べ、彼女の言葉を理解する。彼女はソフィアと名乗った。2人はソフィアを連れて外に出た。空き地 へ赴くと、ジャイアンとスネ夫は美しいソフィアにメロメロになった。しずかも含めた5人は、ソフィアに町を案内した。
ソフィアはドラえもんのタケコプターに関心を示し、「それで空が泳げるの?」と尋ねる。のび太たちはタケコプターで空を飛ぶが、太陽 に近付きすぎたソフィアは具合が悪くなり、「水の中に入りたい」と漏らす。のび太たちは彼女をしずかの家に運び、風呂に入れた。 しずかが浴室に残り、のび太たちは部屋で待つことにした。そこへドラミがやって来た。ドラえもんが、人魚に関する調査を依頼していた からだ。ドラミは人魚の伝説を語った。
ドラミが去った直後、ソフィアの服のバックルに触れたしずかが悲鳴を上げた。のび太たちが行くと、しずかはソフィアの服に身を包み、 人魚の姿になっていた。ソフィアは自分が海の底から来たことを打ち明け、その服が海で快適に暮らすための人魚スーツだと説明した。 彼女は架空海水まきぞえガスのせいで、架空水の中に迷い出てしまったのだ。彼女は、自分が人魚族であること、5千年ほど前に先祖が 地球に来たこと、海の底に町を作って暮らし始めたことを語った。
人魚族の伝説によれば、地球と良く似たアクア星という場所で暮らしていたが、海が汚染されて暮らせなくなり、移住してきたらしい。 ソフィアは「本当は、陸地に上がることは禁じられている。でも、どうしても私たちの故郷の星を探したくて、海の底からやって来た」と 言う。アクア星と4つの月を結ぶと五角形になるらしい。するとスネ夫が、五角形なら、ぎょしゃ座が有名だと言う。
みんなはぎょしゃ座を見るため、どこでもドアで夜の南半球に移動した。しかしスネ夫は、どれがぎょしゃ座か知らなかった。のび太たち は非難するが、ソフィアは「たくさんの星が見られて幸せだった」と満足そうに言う。ソフィアは「海の宮殿に帰るわ」と言い、自分が お姫様であることを明かす。のび太たちが「行ってみたい」と口にすると、ソフィアは「喜んで招待するわ」と告げた。
トラギスはソフィアを捜索している人魚族を発見し、ブイキンから監視の続行を命じられていた。ブイキンは、先祖が人魚族から奪った 人魚の鎧を所持していた。彼は人魚の剣を手に入れ、その2つを合わせることで全宇宙を手中に収めようと企んでいた。ドラえもんは フエールミラーで人魚スーツを増やし、テキオー灯を照射した。海の底へ向かう途中、秘密道具を使って不思議な現象を起こすドラえもん を見て、ソフィアは「伝説の海の王様、マナティアみたい」と口にした。
ソフィアは、人魚族が危険にさらされた時、マナティアが人魚の剣を使って助けてくれるという伝説を語った。しかし、その人魚の剣の ありかは分からないのだという。のび太が「その剣を探そうよ」と言い出し、ドラえもんが宝さがしペーパーとあぶり出し暖炉を出した。 するとペーパーには「王家の祈りが捧げられる時、五つの光集まりて願いは叶えられん」という文字が出た。その横にはアクア星の古い 文字が出るが、ソフィアにも読むことは出来なかった。
翌朝、しずかはソフィアのティアラを羨ましそうに眺めた。するとソフィアは、ティアラをしずかに着けさせ、自分は彼女のカチューシャ を着けた。のび太たちは出発するが、トラギスが巨大化させて操るウツボに襲撃される。そこへハリ坊が率いる人魚族の近衛兵隊が現れ、 ウツボを退治した。不安を覚えたしずかは、洞穴から出て行こうとしない。ソフィアが先に去った後、ハリ坊はのび太たちを姫の誘拐罪で 拘束した。取り残されたしずかは、トラギス一味に拉致された。
ソフィアはのび太たちが捕まっているのを知り、ハリ坊に解放を命じた。のび太たちは、しずかがいないことに気付いた。そこへ、女王の オンディーヌがソフィアを呼んでいるという知らせが届いた。ジャイアンは「しずかちゃんを探すのは、俺とスネ夫に任せておけ」と言い 、のび太とドラえもんはソフィアに同行するよう促す。ジャイアンたちは近衛兵隊に手伝ってもらい、しずかの捜索に赴いた。
オンディーヌはソフィアの身勝手な行動を戒め、「貴方は全ての人魚族の未来を担っているのです」と注意した。ハリ坊はトラギスが ウツボを操るために使っていた機械と黒い液体を発見し、急いで宮殿に戻った。彼はオンディーヌに「奴らの仕業です」と報告するが、 何者なのかとジャイアンが尋ねても、教えようとしなかった。ハリ坊が持ち帰った機械と液体を調べたメジーナ博士は、怪魚族が地球に 来たことをのび太たちに告げた。
オンディーヌはのび太たちに、「遥か昔、怪魚族はアクア星の海を汚染して乗っ取った」と語る。しずかはティアラのせいで人魚族の姫と 間違われ、捕まっていた。ブイキンはのび太やオンディーヌたちの前に映像で出現し、「人魚の剣を渡さないと姫を殺す」と脅した。 のび太たちはしずかを救うため、ドラミの協力で偽物の人魚の剣を作った。取引現場へ向かうことにしたドラえもんは、ソフィアに残る よう告げる。しかしソフィアは「私たちの友達を助けるために、行きましょう」と同行を申し出た…。

監督は楠葉宏三、原作は藤子・F・不二雄、脚本は真保裕一、プロデューサーは小倉久美&隅田麻衣子&藤森匠&山崎立士&大倉俊輔、 チーフプロデューサーは増子相二郎&杉山登、絵コンテは楠葉宏三、演出は木村延景、総作画監督は浅野直之、キャラクターデザインは 金子志津枝、作画監督は栗尾昌宏&千葉ゆみ&高津理&たかのあや&やぐちひろこ、美術監督は古賀徹、色彩設計は松谷早苗、 3DCGスーパーバイザーは木船徳光、特殊効果は千場豊、撮影監督は岸克芳、編集は小島俊彦、録音監督は田中章喜、効果は糸川幸良、音楽 は沢田完。
オープニングテーマ『夢をかなえてドラえもん』作詞・作曲:黒須克彦、編曲:大久保薫、コーラス:ひまわりキッズ 歌:mao。
エンディングテーマ『帰る場所』作詞・作曲:SoulJa、歌:青山テルマ。
挿入歌『遠い海から来たあなた』作詞・歌:武田鉄矢、作曲:佐孝康夫、編曲:小西貴雄。
声の出演は水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、真矢みき、温水洋一、ケンドーコバヤシ、さかなクン、三石琴乃、 松本保典、千秋、萩野志保子、まるたまり、田中理恵、飯塚雅弓、山野史人、宇垣秀成、楠見尚己、長嶝高士、高戸靖広、岸尾だいすけ 他。


新しい声優陣になってから5作目となる『ドラえもん』の劇場版。通算するとシリーズ第30作。映画ドラえもん30周年記念作品であり、 漫画連載開始40周年・テレビアニメ30周年記念作品でもある。
衣替えしてからの5作では、2作目の『のび太と緑の巨人伝』に続く2本目のオリジナル脚本。リニューアルしたTV版『ドラえもん』の 総監督で、これまでの映画も総監督だった楠葉宏三が、今回は監督を務めている。脚本は前作に引き続き、作家の真保裕一。
ドラえもん役の水田わさび、のび太の大原めぐみ、しずかのかかずゆみ、ジャイアンの木村昴、スネ夫の関智一、のび太ママの三石琴乃、 のび太パパの松本保典、ドラミの千秋、出木杉の萩野志保子は、TV版の声優陣。ミーちゃんの声をまるたまり、ソフィアを田中理恵、 ハリ坊を飯塚雅弓、ブイキンを山野史人が担当している。
特別出演として、オンディーヌの声を真矢みき、メジーナ博士を温水洋一、トラギス司令官をケンドーコバヤシ、メジーナの助手 サッカーナをさかなクンが担当している。

空き地に置いてけぼりを食らったのび太が泣いた時、ドラえもんは「ここは温かい目で見てやろう」と言い、温かい目をする。
温かい目というのは劇場版1作目からやってるんだけど、これってファンの間では御馴染みのギャグみたいになってんのかな。吉本新喜劇 の定番ギャグみたいな感じなのかな。
だとしても、安易に使いすぎている印象を受けるんだけど。
っていうか、笑えないし。

トラギスが海で単なる剣を発見するシーンで、怪魚族が人魚族を見つけて人魚の剣を見つけようとしていることが明らかにされる。
でも、その段階で、トラギスは剣を発見しているよね。ってことは、「人魚族を見つけないと剣が入手できない」というわけじゃ ないのね。
そりゃダメでしょ。
冒頭で「奴らを見つける」と言ってるんだし、その奴らってのは人魚族のことでしょ。だったら、「剣を手に入れるために人魚族を 見つけ出す」という目的を忘れちゃイカンよ。人魚族を見つけない内に、剣を見つけちゃイカンよ。

あと、冒頭でも、その剣を発見したシーンでも、ブイキンは人魚族のことを「奴ら」としか言わないのよね。決して人魚族とは 呼ばない。
だったら、トラギスが「人魚族を見つけ出して、剣を手に入れます」と言ってしまうのはデリカシーが無いんじゃないのか。そこは探して いる対象を隠しておくべきなんじゃないのか。
明かしてもいいってことなら、ブイキンに「奴ら」としか言わせないのは、変に引っ掛かる。そこは「人魚族」と言わせるべきだ。
剣に関しても同様で、そこでバラすのなら、冒頭シーンで明かしてしまえばいい。

パパはサメや魚が空を泳いでいる姿を目撃するが、なぜメガネを掛けていないのに見えるのかと思ったら、ドラえもんが「メガネは架空水 を見えるようにするためのもので、魚やサメはメガネを掛けなくても見える」と説明する。
だけど、幾ら夜中であっても、世界中の人々が、普通に空を泳ぐ魚たちを目撃するような状態を作っちゃマズいんじゃないのか。なぜ のび太の部屋だけに限定せず、外の空間全てを架空水に沈めてしまったのか。
あと、海の生き物を架空水の中に出したのなら、サメが来ることは想定内のはずなのに、なぜ焦るのか。そういう事態を避けたいのなら、 最初からサメは出てこないような対策を取っておくべきじゃないのか。
っていうか、もっと根本的なことを言ってしまうと、ダイビングを経験したいわけだから、どこでもドアを使ってパラオへ行けばいい でしょ。それで、あっという間に問題は解決だよな。これが例えば、「普通に海へ行っても、のび太はダイビングが出来ないから、代替 手段を用意する」ということなら話は別だけど。

ソフィアがのび太たちの前に出現した時、彼女は人魚の姿ではなく、脚部がある普通の女の子の姿をしている。しかし、その時点で観客は 、ソフィアが人魚だと知っている。
それはどうかなあ。
あと、のび太とドラえもんは、ソフィアが何者なのか全く知らないのに、気にせずに町案内をするけど、それも不可解。
「君は誰?どこから来たの?」と質問した上で、ソフィアが明確に返答せず、「別にいいや」ということで、町を案内するわけでは ないのよね。
そこは、もうちょっと素性を気にした方が良くないか。
っていうか、どうせソフィアは、しずかの家で簡単に人魚だと明かすのだから、のび太たちと出会った段階で「君は誰?」「私は海の底 から来たの」というやり取りで、さっさと人魚だと明かしてしまってもいいんじゃないか。そう頑なに、素性を隠そうという気も 無さそうだし。

パパがサメを目撃してしまう場面でも引っ掛かったのだが、一般人の目を気にせず、簡単に秘密道具を使っている印象を受ける。
ソフィアが車にひかれそうになった時、ドラえもんはタケコプターで救出するのだが、当然のことながら大勢の人々が目撃している のよね。
ドラえもんは平気で道具を使い、それを見ても人々は全く驚かない。
そういう世界観だったっけ、『ドラえもん』って?
ドラえもんを見ても人々が驚かないのは全く気にならないけど、人目を気にしない道具の使い方は、ちょっと気になってしまったなあ。

ソフィアは「ホントは陸地に上がることも禁じられているの。でも、どうしても私たちの故郷の星を探したくて、海の底からやって来た」 と言う。
その説明だと、まるで彼女が自らの意志で陸地に上がったかのようだ。
でも実際は違うでしょ。架空海水まきぞえガスのせいで架空水の中に迷い出てしまい、ドラえもんがシステムを切ったから陸地に取り 残されただけだ。
そこは説明がおかしいぞ。

どれがぎょしゃ座かスネ夫が分からなかった時、のび太たちは激しく非難するが、そこは不自然だなあ。
大体さ、なんで「ドラえもん、何とかならないの」と、誰も言い出さないのか。
っていうか、そこでの「みんなで満天の星を眺める」という行動は、何の意味があるのかサッパリ分からない。後の展開に繋がるわけでも 無いし。
ただ満点の星を描きたかったというだけでもあるまいし。

ドラえもんはフエールミラーで人魚スーツを増やすが、そんな物を使わなくても、水中で呼吸して自由に移動するための道具はあるはずだ 。
「海の底へ行くのなら、人魚スーツが便利だと思ってね」という説明は、理由付けとして不自然さを感じる。
「人魚族に警戒されないよう、人魚の姿になるため」ということなら分かるけど。

マナティアの伝説を聞いた時、のび太が「その剣を探そうよ」と言い出すが、お前ら、当初の目的を忘れてないか。
そこも展開として無理を感じるなあ。
宝さがしペーパーとあぶり出し暖炉を使って「王家の祈りが捧げられる時、五つの光集まりて願いは叶えられん」という暗号文をゲット するけど、そんなのは最初から人魚族が巻物か何かとして保持している設定にでもすればいいんだよ。

のび太たちが誘拐罪で拘束される時、ソフィアがいなくなっているのは不自然。しずかが不安を感じて、近衛兵隊に見つからないよう身を 隠しているのも不自然。
どうせ宮殿に到着したら、すぐに解放されるんだから、そこでのび太たちが捕まる手順は必要なのかと。
そこは「しずかがいないことに、のび太たちは彼女が拉致された直後ではなく、宮殿で気付く」という状況を作るための無理を 感じる。
そこはしずかが拉致される前に、みんなで宮殿を訪れるべきじゃないのか。そんで、そこでのび太たちが人魚族と知り合い、彼らの歴史や 生活に触れた後、しずかがソフィアのティアラをしていたせいでトラギス一味に拉致されるという展開にした方がいいんじゃないか。宮殿 へ向かう途中の休憩ポイントで時間を使っているが、そこは削ってさ。
大体さ、ジャイアンに「俺たちに任せておけ」と言われたからって、のび太とドラえもんがしずかの捜索より女王との面会を優先するのも 不自然だし。

ハリ坊は「奴ら」が何者なのかとジャイアンに問われても「地上人には関係ないです」と冷たく言い、「どうして仲良く出来ないの」と ソフィアに言われると「地上人は世界を支配し、キレイな水を汚し続けている」と拒否反応を示す。
だけど、ジャイアンたちのしずか捜索には、素直に協力してるじゃないか。それは変だろ。
地上人に対して敵対心を抱いているのなら、そこは「協力を嫌がるが、ソフィアの命令で仕方なく」という形にしておくべきだろう。
あと、ハリ坊が地上人を嫌っているのなら、のび太たちが誘拐罪で捕まる時も、人魚の姿じゃなくて人間の姿をしている方がいいんじゃ ないのか。
そうすれば、単にハリ坊が「ソフィアを誘拐した犯人だと思い込んで捕まえる」ということじゃなくて、「のび太たちが地上人だから、 きっと悪い奴に決まっているという偏見があり、だから問答無用で捕まえる」という意味合いになるでしょ。そして、そこでも地上人に 対する彼の拒否反応を表現することが出来る。

終盤、「ティアラと剣と鎧の3つを身に着けられるのはマナティアに裏ばれた者だけ。かつて、その3つで戦った戦士と同じ名前を持つ ソフィアだけ」という説明があったのに、ブイキンは人魚の剣を手に入れて戦う。
お前も持つことが出来るのかよ。3つを同時に持つのは無理だけど、1つだけならOKってことなのか。
あと、鎧も手に入れているはずなのに、なぜ鎧は使おうとしないのか。
っていうかさ、「世界を手中に収める」とか言ってたけど、人魚の剣の威力って、せいぜい海中で渦巻きを起こす程度なんだよな。海中で しか使えないし。
そもそも、それを使って戦った人魚族の戦士を、怪魚族はアクア星から追い出しているんでしょうに。
つまり、怪魚族には敵わない程度の力しか無いってことじゃねえか。
そんな武器と鎧で、なぜ全宇宙を支配できると思ったのか。

のび太とソフィアの交流は、ほとんど描かれていない。のび太はソフィアを「カッコ良くて便りになる」と評しているが、その段階で、 ソフィアは頼りになるような言動など全く見せていないぞ。
だから、なぜ憧れるのか、良く分からない。
彼女が勇ましく頼りになる態度を示すのは、その後なんだよな。
一方、ソフィアは「のび太くんたちは、きっと地球を守ってくれる」と言うが、そう彼女が信じるような言動を、のび太は何一つとして 見せていない。
こちらも、なぜソフィアが彼を高く評価するのか良く分からない。
この2人が通じ合い、信じ合い、認め合うようになるためのドラマが、まるで見当たらないのだ。

のび太が特別な存在になっていないのは厳しい。
ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずかを含めた5人で行動していても、やはり主役はのび太であるべきなのだ。彼が5人の アンサンブルに埋没しているようでは困る、
何しろ、タイトルからして「のび太の」と付いているわけだし。
ところが今回、のび太は全く活躍しない。
終盤の展開では、のび太が率先して「何かを守る」とか「敵と戦う」という行動を促すべきなのに、その役目をソフィアが担当して いるのである。

しずかがブイキンたちに拉致され、のび太たちは彼女を救うために行動する。
だけど、そうじゃなくて、「友達になったソフィアを助けるため、あるいは「友達になったソフィアの大切な何かを守るため」に、行動 する展開にすべきじゃないのか。
しずかを助けに行く際、ソフィアは「私たちの友達を助けるために、行きましょう」と勇ましく言うが、まるで彼女が主人公のように なっている。
これじゃあ『ソフィアの人魚大海戦』である。

のび太たちは後半に入ると完全に物語の主導権を失っており、人魚族と怪魚族の戦いの中で、最後まで「お客様」のままだ。
マナティアを蘇らせて人魚の剣を出現させる時も、ソフィアの祈りによって現象が発生しており、のび太たちは全く関与して いない。
のび太の金づちという設定も、まるで有効活用されない。ただ足手まといになるために使われるだけ。
「金づちで迷惑を掛けていたのび太が、ソフィアを助けるために頑張る」という場面は無い。
彼がやったことと言えば、弱気になるソフィアを励ましたことぐらいだ。最後の戦いでも、のび太は全く活躍していない。
正直、「要らない子」だぞ。

(観賞日:2011年2月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会