『あしたのジョー』:1970、日本

ドヤ街に暮らす丹下段平は、殴られ屋稼業で飲み代を稼いでいた。そこへ矢吹丈という青年が現れ、丹下に殴らせるよう要求した。ジョーのパンチを受けて倒れ込んだ丹下は、その素質を見込んで「俺と組んでボクシングやらねえか」と持ち掛ける。相手にしないジョーだが、丹下は彼を食堂へ連れて行って食事を御馳走した。そこへチンピラ集団の鬼姫会が現れ、丹下を外へ連れ出す。縄張りで挨拶も無しに商売を始めた丹下に、彼らはリンチを加えた。そこへジョーが割って入り、鬼姫会の連中を叩きのめした。
喧嘩を売られたのはジョーと丹下の方だが、2人は駆け付けた警察に捕まった。丹下は鉄格子の中で、ジョーに自分の経歴を語る。かつてプロボクサーだった丹下はタイトル戦まで漕ぎ付けたが、目をやられて引退した。小さなジムを始めた丹下だが、門下生はトレーニングの激しさに付いて行けず、みんな逃げ出したという。釈放されたジョーは、丹下と契約することを承諾した。しかし本気でトレーニングするつもりは無く、丹下が用意する食事と小遣いが目当てだった。
ジョーは丹下から小遣いを受け取ると、その足でパチンコに出掛けた。ジョーはドヤ街の子供たちを集め、手に入れた景品を定価の3割で売って来るよう命じた。ジョーは恐喝や窃盗で金を稼ぎ、全くトレーニングせずに遊び歩いた。そんなことを全く知らない丹下は、食事も取らずに建設現場で朝から晩まで働いた。ある日、白木ジムのトレーナーを務める若山がジョーの元にやって来た。鬼姫会の連中を倒した噂を耳にした若山は、ジョーのスカウトに来たのだ。
ジョーが契約金として10万円を要求すると、車で待機していた白木財閥の令嬢・葉子が20万円を差し出した。ジョーは金を受け取ったが、契約する気など全く無かった。丹下は刑事たちの訪問を受け、ジョーが恐喝や窃盗など数々の犯罪に手を染めていることを聞かされた。刑事たちが去った後、ドヤ街の少女・サチが丹下の元に現れ、ジョーが町を出ようとしていることを教える。ジョーは金を持って逃げようと目論んでいたのだ。丹下はジョーを叩きのめして失神させ、刑事を呼んで連行してもらった。
鑑別所に入ったジョーは反抗的な態度を取り、喧嘩騒ぎを起こした。鑑別所を訪れた丹下は、ジョーが鎮静房に入れられて面会禁止、差し入れ禁止となっており、通信物以外は許可されないことを聞かされる。そこで丹下は、ジャブの打ち方を記した葉書をジョーに送る。ジョーの隣の鎮静房には、西寛一という男が入っていた。鬼姫会の連中の兄貴分である彼から脅しを掛けられたジョーは、「いつだって相手になってやるぜ」と息巻いた。
ジョーと西は、東光特等少年院へ移送されることになった。西は「この世の地獄や」と震え上がった。特等少年院でも生意気な態度を取ったジョーは、同室の先輩たちからリンチを受けた。翌朝、すぐにジョーは仕返しに出た。ジョーと西は豚の飼育係を命じられ、他の連中から陰湿なイジメを受けた。ジョーは豚を放して騒ぎを起こし、その隙に脱走を図る。しかし力石徹という男が立ちはだかり、脱走を阻止する。ジョーはジャブを浴びせるが、力石に軽くノックアウトされてしまった。
力石はウェルター級6回戦のプロボクサーで、デビューから13戦連続でKO勝利を収めていた。しかし汚いヤジを飛ばした客を殴って瀕死の重傷を負わせ、無期限出場停止となった。その後、彼は数回の暴力事件を起こし、特等少年院に入れられていたのだ。反省房に収容されたジョーは、力石を倒したい一心で、丹下からの葉書で右ストレートの練習を積む。そんな中、ジョーは院長室に呼ばれた。そこには力石、丹下、葉子の姿があった。院長によれば、白木ジムが青少年更生のためにボクシング用具一式を寄付し、丹下が院生たちを指導することになったのだという。力石はプロボクサー時代、白木ジムの所属だった。
ジョーは生意気な態度で悪態をつき、葉子に対して侮蔑的な言葉を浴びせた。腹を立てた力石はジョーを外に連れ出し、対決を要求する。喜んで勝負しようとしたジョーだが、職員たちに制止された。ジョーは寮対抗のボクシング大会で力石に勝つため、丹下に教えを乞う。しかし丹下が「防御をみっちり教え込んでやる」と言うと、ジョーは断った。そこで丹下はジョーを無視し、雨天体操場で院生の青山たちの指導を行った。ジョーは独自でスナップを鍛えるトレーニングを積んだ。
ボクシング大会が始まり、ジョーと力石は準決勝まで勝ち進んだ。準決勝で青山と対戦したジョーは、苦戦しながらも勝利した。丹下はジョーに、青山を稽古台にして、試合を通じてフットワークとカバーリングを教えたことを打ち明けた。彼は来週の決勝戦に向けて、クロスカウンターをジョーに教えた。試合の4日前、力石はジョーを呼び出し、脱走を食い止めたおかげで刑期が縮んだこと、明日には出所することを告げる。「ケリだけは付けておこうぜ」と彼は言い、互いにボクシンググローブを装着して対戦する。力石の右ストレートにジョーがクロスカウンターを合わせて、両者は同時に倒れ込んだ。
出所した力石はプロボクシングの世界に戻り、復帰戦を華々しいKO劇で飾った。その試合をテレビで観戦したジョーは興奮し、自分が必ず力石を倒すと心に誓った。やがてジョーが出所すると、丹下は木造小屋を丹下拳斗ジムに改装して待っていた。先に出所した西は「マンモス西」というリングネームを貰い、ジムの門下生となっていた。ジョーはジムで寝泊まりしながら、トレーニングを開始した。丹下はボクシング協会を訪れ、ライセンス発行を懇願する。しかし理事たちは、3年前に丹下が判定に不服を持ってレフェリーと相手選手を殴り倒す事件を起こしていることから、その申請を冷たく却下した。
丹下は悪酔いして騒ぎを起こし、警察署に連行された。西と共に警察署へ駆け付けたジョーは、捨て鉢な態度を取る丹下に激怒してパンチを食らわせた。そこへ若山が現れ、白木ジムの会長である葉子の祖父・幹之介が会いたがっていることを告げた。ジョー、丹下、西が白木プロモーションの事務所へ赴くと、幹之介と葉子が待ち受けていた。幹之介はジョーたちに、白木ジムの一員になってほしいと提案する。丹下には公式トレーナーのライセンスを与え、ジョーのコーチに専念してもらうという。
ジョーは力石と戦いたい気持ちから、幹之介の申し出を断った。しかし現状ではライセンスが下りず、試合をすることは出来ない。だが、ジョーには作戦があった。彼は新人王決定戦の会場へ出向き、バンタム級新人王を取ったウルフ金串と所属ジムの大高会長が取材を受けている場所に現れた。ジョーは金串を挑発してパンチを繰り出させ、クロスカウンターを合わせた。これによって現場に居合わせた記者たちの注目が集まり、コミッショナーから丹下にライセンスが下りた。
ジョーはバンタム級に体重を上げ、プロテストに合格した。そのことを葉子から知らされた力石は、バンタム級に階級を下げようと考える。ジョーは8回戦で金串と対戦するが、ダブル・クロスカウンターを食らってダウンする。観戦に来ていた力石はリングサイドへ走り、「俺とハッキリ決着が付けたかったら、立つんだ、ジョー」と叫んだ。立ち上がったジョーは、トリプル・クロスカウンターで金串をノックアウトした。ジョーは丹下から力石との対戦が決まったことを知らされ、トレーニングに励んだ。一方、力石はトレーニングと並行して、過酷な減量に挑む。そして、ついに2人が対戦する日がやって来た…。

監督は長谷部安春、原作は高森朝雄&ちばてつや(講談社・週刊少年マガジン連載)、脚本は馬場当、製作は望月利雄&守田康司、企画は高木豊&桧明哉&時枝明哉、撮影は上田宗男、照明は森年男、美術は佐谷晃能、録音は片桐登司美、助監督は白井伸明、編集は鈴木晄、音楽は渡辺岳夫。
主題歌「あしたの俺は」作詞:白鳥朝詠、作曲:和田香苗、唄:石橋正次。
出演は石橋正次、亀石征一郎、辰巳柳太郎、見明凡太朗、武藤英司、中山昭二、小松政夫、スピーディー早瀬、高樹蓉子、山本正明、市村博、浜口竜哉、木下陽夫(現・川島一平)、杉山元、太刀川寛、伊吹聰太朗、杉山俊夫、東大二朗、島田太郎、亀井三郎、片山滉、大谷淳、青木富夫、長弘、小島克巳、田畑善彦、北上忠行、若原初子、平塚仁郎、高瀬敏光、細川智、小沼和延、加藤正之、伊藤正博、芥川洋、亀田秀樹、ピーターみのわ、半藤浩一、軽部香織、溜呂木寿々江、石渡雄幸ら。


週刊少年マガジン連載の同名漫画を基にした作品。ビデオ化の際には『あしたのジョー 実写版』という題名に変更された。
新国劇映画が日活と組んで製作し、ダイニチ映配が配給した。
監督は『女番長 野良猫ロック』の長谷部安春。
ジョーを石橋正次、力石を亀石征一郎、丹下を辰巳柳太郎、幹之介を見明凡太朗、大高を武藤英司、若山を中山昭二、青山を小松政夫、金串を元プロボクサーのスピーディー早瀬、葉子を高樹蓉子、西を山本正明が演じている。

新国劇は本作品の前に、『あしたのジョー』を舞台化している。
それまでは主に時代劇を上演していた新国劇が、若者に見てもらえる芝居をやろうということで『あしたのジョー』を題材に選び、1970年6月3日から26日まで渋谷の東横劇場で上演したのだ。
その舞台版で主演に抜擢されたのが、当時は新国劇の研究生だった石橋正次。
そして力石役には、舞台版で協力した松竹芸能に所属していた亀石征一郎が起用された(でも映画版では松竹じゃなくて日活が協力しているのね)。
この2人が、そのまま映画版にも出演している。

石橋正次は、もちろん原作のジョーとは似ても似つかない。
だが、そもそも原作ファンの大半を納得させられるような俳優なんて世の中に存在しないだろう(あの髪型を再現するのは難しいし、無理に再現したらギャグみたいになってしまう可能性が高い)。
しかし、そんなにミスキャストだとは感じなかった。
むしろ外見はともかく中身に関しては、力石編までにおけるジョーのキャラクターを、かなり掴んでいるんじゃないかと思う。

それよりも、亀石征一郎の方が明らかにミスキャスト。
空手やボクシング経験があるということも踏まえての起用なんだろうけど、特に体格面での違和感が強い。
終盤のシーンでも、過酷な減量をやったようには全く見えない。ジョーはリングに上がった彼を見て「ガリガリだ」と驚いているけど、まるで痩せこけているようには見えないし。
っていうか、なんでリングに上がってからガリガリだと気付くんだよ。試合の前に、計量をやってないのか。

明らかに原作漫画の人気に便乗しただけの安直な企画であり、ものすごく安っぽくて粗い作りになっている。
そもそも力石編のラストまでの内容を84分の上映時間で全て描き切ろうなんて、あまりにも無謀だ。っていうか、原作の構成に手を加え、ゼロから物語を組み立て直すぐらいのことをやらないと、絶対に無理だ。
どうやら舞台版は、原作と大幅に異なる構成になっていたらしいが、この映画版では、大枠として、かなり忠実に原作の内容をなぞろうとしている。
だから当然のことながら、ものすごく駆け足になっている。

とにかくノルマを消化することで精一杯になっており、何から何まで淡白極まりない。
メリハリとか起伏とか、そんなことに意識を向ける余裕なんて全く無い。
例えば、丹下にスカウトされたジョーが立ち去ろうとして、シーンが切り替わると2人が食堂にして、そこから20秒ほど経つと、もう黒姫会の連中が声を掛けて来て、外へ連れ出される。
ジョーが鑑別所に入ったら、1分ほどで喧嘩騒ぎを起こし、鎮静房にぶち込まれる。

とにかく、最初から最後まで一貫して慌ただしく、落ち着く暇が全く無い。
それはジェットコースター・ムービーとか、畳み掛けるようにテンポが良いとか、もちろん、そういうことではない。
また、少年院に入れられたジョーがリンチを受けるシーンでは、暗闇の中で「ビシッ」「ズバッ」「ドカッ」「バキッ」「ぎゅう〜」「し〜ん」といったオノマトペが表示されるという演出になっているが、何のつもりなのかと。
おバカなコメディー映画じゃないんだからさ。

ジョーの脱走シーンは、原作ではスタンピート状態の豚にまたがって逃げようとする。
だが、ここでは「豚を放して騒ぎが起きている間に、裏から逃げ出す」という内容に改変されている。
それだとショッパイし、あと、この映画の見せ方だと、力石の凄さが全く伝わらない。せいぜい丹下と同レベルにしか見えない。
もっと圧倒的な強さ、そしてジョーとの体格差が伝わるように描くべきじゃないかと。

一方、力石は初めて拳を交えたジョーについて「ジャブだけはプロ並みで、後は子供騙し」とコメントしているが、それもピンと来ない。
「ジョーのジャブだけは鋭い」ということが、映像として上手くアピールされていないからだ。
そこは例えば、「力石は余裕の態度でジョーと対峙するが、鋭いジャブが命中したので驚く。しかし、落ち着き払ってジョーをノックアウトする」といった様子を、もっと間を取ったりタメを作ったりして、丁寧に描くべきだろう。
しかし時間が無いので、淡々と事務的に処理する。

ジョーと力石が初めて拳を交わした時点で、もう30分ほど経過している。
そこから「少年院での試合」「出所したジョーがトレーニングを積む」「丹下がライセンスを許可してもらう」「ジョーがプロになって試合を重ねる」「力石との対戦が決まってトレーニング」「力石の過酷な減量」「ジョーと力石の試合」といった手順が必要になる。
どう考えても、時間が足りないことは明らかだろう。

丹下が青山を稽古台にしてジョーにフットワークとカバーリングを教えるエピソードなんて、原作を読んでいなかったら、まるでピンと来ないのではないか。
そもそも、対戦前に、青山が大きな役割を担うキャラクターであるというアピールが出来ていない。そこまでの勝ち上がりを示すダイジェストの中でも、ジョーが相手のパンチを食らって倒されるシーンがあったしね。
青山だけがジョーをダウンさせたわけではないのよ。そして青山との試合も、それが特別な意味を持つ試合だという描かれ方ではない。
それに、「青山は弱い相手と思っていたのに、苦戦してしまうのでジョーが動揺する」とか、そういう形にもなっていない。
そもそも青山というキャラクターの存在感が薄くて、どういう奴なのか良く分からない状態だし。

原作だと、金串との対戦までに6回戦で5試合をこなしており、そこでジョーがノーガード戦法&クロスカウンターを得意としていることがアピールされていた。
そこを省略しているため、金串がクロスカウンター封じの作戦を取って来たことに対する違和感が生じる。
なぜ金串は、ジョーの得意技がクロスカウンターしか無いと分かったのか。
挑発された時にパンチを受けただけでは、それが得意技なのかどうかは分からないはず。だから、それだけに決め付けて対策を練るのは危険でしょ。

ジョーがバンタム級でプロテストに合格したと知った力石は、バンタム級に落とすと言い出す。
でも、そもそも2人の体重差について全く言及していなかったので、そこで唐突にそんなことを言われてもピンと来ない。「体重差があるから普通では対戦できない」という事情も、まるで説明が無かったし。
で、いよいよ対戦が決まるのが、なんと2週間前。メチャクチャだよ。
そんで、そこから力石は過酷な減量に入るんだぜ。ライト級(61.235kg以下)からバンタム級(53.524kg以下)に落とすんだぜ。
原作の力石は少年院時代にウェルター級(66.678kg以下)、出所した後にフェザー級(57.153kg以下)まで落とし、さらにジョーとの試合に向けてバンタム級まで落としており、それも凄いけど、たった2週間でライト級でバンタム級まで落とす方が凄いんじゃないかと。

ジョーが少年院を出るのが、映画開始から約50分頃。どう考えたって、そこから力石との対戦まで漕ぎ付けるのは無茶だ。
それでも何とか漕ぎ付けなきゃいけないので、ジョーはプロテストに合格したら、すぐに8回戦で金串との試合を行い、そして力石戦に突入している。「金串との対戦までに何試合かこなしました」というのを、ダイジェストや新聞記事などでダイジェスト処理することも無い。
で、少年院を出てから15分程度で訪れる力石戦は、何の盛り上がりも無いまま、3分程度で終わってしまう。
ジョーが力石にノックアウされるシーンでさえ、何のインパクトも無い。

登場人物の心理描写なんて、まるで掘り下げていない。ドラマの盛り上がりなんて、どこにも見当たらない。
力石の減量シーンにしても、まるで心に訴え掛けてくるモノが無い。
試合シーンの演出も、ドラマ部分と同様に淡白で、メリハリなんて皆無。スピード感も、重厚さも、迫力も、緊迫感も、高揚感も、微塵も感じさせてくれない。
トリプル・クロスカウンターにしても、まあ見事なほどインパクトが無い。
これを見て、改めて、TVアニメ版『あしたのジョー』の演出がいかに素晴らしかったかってのを認識することが出来た。

(観賞日:2013年6月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会