『アルキメデスの大戦』:2019、日本

昭和20年4月7日、坊ノ岬沖。日本の巨大戦艦「大和」は米軍の爆撃機に攻撃されて沈み、3000名余りの乗組員の命が失われた。その12年前。日本は国際連盟を脱退し、世界の中で孤立を深めていた。第一航空戦隊司令官の山本五十六は、海軍第一航空戦隊旗艦「赤城」で航空機の発艦を見つめていた。彼は参謀の蒲瀬和足たちに、「もはや巨大戦艦など要らない。一隻でも多くの航空母艦が必要な時代が来る」という考えを語った。山本は造船少将の藤岡喜男から新しい航空母艦の模型を見せられ、その出来栄えに満足した。
山本は米英と戦争になる可能性もあると睨み、確実に必要な物に予算を割きたいと考えていた。しかし予算を握る委員は保守派が多く、特に厄介なのは海軍中将の嶋田繁太郎だった。そこで山本と藤岡は、海軍大将の永野修身に協力を要請した。第一回新造艦検討会議に出席した山本たちが航空母艦を提案すると、嶋田は真っ向から反対した。海軍大臣の大角岑生も、否定的な見解を示す。造船中将の平山忠道が自分にも案があると告げて巨大戦艦の模型を見せると、嶋田と大角は興奮した。
結論は半月後に出されることになり、山本たちは料亭で対応を相談する。彼らは芸者を呼ぼうとするが、女将は別の座敷に全員が出ていると告げる。櫂直という若者が自分の座敷に全ての芸者を集め、様々な物をメジャーで計測していた。そこへ山本たちが赴き、何人か芸者を連れて行きたいと持ち掛けた。櫂は冷たく拒絶し、軍人は大嫌いだ」と告げた。山本が理由を訊くと、彼は「貴方たちのやっていることは美しくない」と一刀両断した。
櫂は山本たちに、自分が尾崎財閥の家庭教師をしながら書生として帝大に通わせてもらっていたこと、財閥総帥である留吉の逆鱗に触れて退学にさせられたこと、貰った金を散財するため料亭に来たことを語った。自分の座敷に戻った山本は、戦艦の見積書を永野に見せた。藤岡案の建造費は9300万円で、平山案は8900万円だ。しかし山本は平山が提示した軍艦の大きさからして、その数字は嘘ではないかと推理していた。彼は永野に、「こちらで計算をやり直して不正を糾弾すれば、大臣も拒否せざるを得ない」と述べた。しかし山本から計算のやり直しを命じられた藤岡は、2週間では不可能だと告げた。
山本は経理局の田中正二郎に櫂を調査させ、数学の天才だという報告を受けた。しかし櫂は尾崎家の関わった軍事産業を批判し、娘の鏡子に手を出して退学になっていると田中は告げる。それでも山本は田中を伴って櫂を尋ね、事情を説明して協力を要請した。しかし櫂は翌日に渡米してプリンストン大学に入ることが決まっており、即座に断った。山本がアメリカと戦争になる可能性を口にすると、彼は呆れて「勝てるわけがない」と言う。山本は櫂に、「彼らの戦艦は戦争への一本道だ。断ち切らねばならん」と告げた。
櫂は港へ赴いて乗船するが、人々が戦火に見舞われる幻覚を見た、そこへ鏡子が現れ、父を説得して理解してもらう考えを語る。櫂は絶対に無理だと言い、別れを告げて船に乗ろうとする。しかし思い直した彼は、山本の元へ赴いた。次の会議まで2週間で見積もりの計算をやり直してくれと言われ、櫂は驚いた。山本が少佐の階級を与えると告げると、彼は「外部嘱託ではないのですか」と嫌悪感を示す。山本は「軍隊では位の高さが無いと耳を貸してもらえない」と説明し、櫂は仕方なく承諾した。
山本は田中に、櫂の世話役を命じた。彼は櫂を海軍省へ連れて行き、永野に紹介した。山本は経理局に特別会計監査課を設置し、櫂を課長に就任させた。薄暗い個室を用意された櫂は、田中に平山案の計画書を見せるよう求めた。田中が渡した書類は2枚で内容も薄く、櫂は困惑した。すると田中は、書類の内容は藤岡の記憶を頼りに記述した物であり、本物の計画書は軍事機密なので見られないと告げた。櫂は憤慨して何とか計画書を見ようとするが、それは無理な要求だった。
嶋田は山本が不正を暴くために櫂を引き入れたと知り、平山に連絡を入れた。平山は「2週間で計算するのは不可能」と自信を見せるが、念のために関係書類は決して見せないよう釘を刺した。櫂は本物の軍艦を見るため、田中に案内してもらって港へ行く。停泊中の長門を目にした彼は、乗船許可を取るよう田中に要求した。永野が艦長の宇野積蔵と親友だったため、櫂と田中は乗船を許可された。櫂は田中に、宇野を艦長室から連れ出すよう指示した。その間に彼は長門の設計図を開き、手帳に情報を書き写した。
櫂は長門のあちこちを巻尺で計測し、熱心にメモした。夕刻の下船時間までに全てを計測することは出来なかったが、田中は独自に歩幅で測っておいた情報を渡した。櫂は参考書の内容を一晩で頭に叩き込み、長門の図面を描き始めた。嶋田は櫂の動きについて平山と相談し、大角に決断を求めて快諾を得た。嶋田の腹心である高任久仁彦は尾崎家を訪ね、櫂が海軍に入ったことを鏡子に教えて反応を探った。彼は使用人のセツに金を渡し、櫂と鏡子の関係を聞き出した。
櫂は長門の図面を完成させるが、平山案の再現には持っている数字が少なすぎた。田中は藤岡に連絡を入れ、詳細な資料の提出を求めるが却下された。櫂はメンツを気にして詳しい数字を出さないだろうと最初から予想しており、独力でやり遂げる覚悟を決めた。次の朝、櫂と田中は部屋の前に醜聞のビラが何枚も張られているのを見つけた。それは櫂が鏡子と姦通し、それが原因で帝大を退学になったと中傷する内容だった。永野に呼び出された櫂は、留吉が姦通だと思い込んで帝大に圧力を掛けたのだと説明した。
平山案の図面を描いていた櫂は、美しくない数字が出たので釈然としない物を感じた。それでも図面を完成させた櫂は、からくりを暴くために価格表が必要だと考える。海軍で価格表を見ることは無理だが、田中は民間の下請け会社なら情報を持っているかもしれないと話す。2人は民間会社を次々に回るが、嶋田が圧力を掛けていたため門前払いの連続だった。櫂は田中に頼んで鏡子を呼び出してもらい、協力を要請した。すると鏡子は、海軍と父のやり方に異議を唱えて出入り禁止になった大里清という男の存在を教えた。
櫂と田中は大阪へ行き、大里が営む小さな造船会社を訪れた。2人は鏡子の紹介状を見せて手助けを頼むが、大里は冷たく拒否した。櫂は諦めずに会社へ何度も足を運ぶが、大里は会おうとしなかった。鏡子が大阪へ駆け付けて、大里は櫂への協力を承知した。軍艦の価格表を見た櫂は、平山案の建造費を割り出すことにした。尾崎造船が大損害を被る価格設定への疑問を彼が呈すると、大里は抱き合わせの巡洋艦を高額で受注しているのだろうと告げた。そこへ電報が届き、櫂たちは最終決定が翌日の午前11時に前倒しされたことを知る。あと14時間しか無い上に、東京行きの最終列車は1時間後の出発だった…。

監督・脚本・VFXは山崎貴、原作は三田紀房『アルキメデスの大戦』(講談社「ヤングマガジン」連載)、製作は市川南、共同製作は今村司&藤田浩幸&谷和男&加太孝明&島村達雄&森田圭&角田真敏&阿部秀司&林誠&安井邦好&板東浩二&広田勝己&宮崎伸夫&渡辺章仁&田中祐介&東実森夫&中西一雄&木下直哉&牧田英之&井戸義郎、エグゼクティブ・プロデューサーは阿部秀司&山内章弘、プロデューサーは佐藤善宏&守屋圭一郎、ラインプロデューサーは阿部豪、プロダクション統括は佐藤毅、撮影は柴崎幸三、照明は上田なりゆき、美術は上條安里、録音は藤本賢一、VFXディレクターは渋谷紀世子、編集は宮島竜治、音楽は佐藤直紀。
出演は菅田将暉、柄本佑、舘ひろし、田中泯、橋爪功、橋爪功、浜辺美波、山崎一、矢島健一、宇野を小日向文世、小林克也、笑福亭鶴瓶、奥野瑛太、飯田基祐、波岡一喜、木南晴夏、角替和枝、池谷のぶえ、天野ひろゆき、石田法嗣、大津尋葵、小野孝弘、小久保丈二、佐々木一平、大迫一平、関ヒロユキ、橋本禎之、日下部千太郎、石井テルユキ、瑞木健太郎、清田智彦、川畑広和、助川嘉隆、柴田祐一、中野剛、立花伸一、佐々木心音、木崎ゆりあ、小野瀬侑子、ぎぃ子、溝口奈菜、末岡いずみ、原優理子、守啓伊子ら。
ナレーションは窪田等。


三田紀房の同名漫画を基にした作品。
監督・脚本・VFXは『海賊とよばれた男』『DESTINY 鎌倉ものがたり』の山崎貴。
櫂を菅田将暉、田中を柄本佑、山本を舘ひろし、平山を田中泯、嶋田を橋爪功、永野を國村隼、鏡子を浜辺美波、藤岡を山崎一、留吉を矢島健一、宇野を小日向文世、大角を小林克也、大里を笑福亭鶴瓶、高任を奥野瑛太、蒲瀬を飯田基祐、大里商船の事務員を波岡一喜、セツを木南晴夏、料亭の女将を角替和枝、下宿の大家を池谷のぶえ、造船会社の部長を天野ひろゆきが演じている。

冒頭に大和が攻撃を受けて沈没するシーンがあるが、たぶん山崎貴監督が何より描きたいのって、そういうシーンなんだろう。
この人は監督デビューした頃から一貫して、人間ドラマに対する興味が乏しいか、もしくは演出するセンスが乏しい。
そもそもVFX畑の出身だから、「自分の見たい映像をVFXで表現する」という部分に何よりも力を入れていて、それが終わると「ほぼ仕事は完了」って感じなんじゃないかと邪推したくなるほどだ。
本人にそういう意識が無いとしても、結果としては、そんな感じになっているし。

人間ドラマに対する意識の乏しさは、早い段階から分かりやすく出ている。
例えば櫂が料亭で山本たちと話すシーン。山本たちを座敷から追い払おうとしていた櫂だが、急に「僕も貴方たちと同類か」と言い、そこから「自分は尾崎財閥の家庭教師で書生で云々」ってことを詳しく語り始めるのだ。
そんなの、どう考えたって不自然でしょ。とてもじゃないけど、スムーズに櫂のプロフィールを紹介しているとは言い難い。
そこは例えば、「山本が数学の能力を見込んで櫂をスカウトし、部下に彼を調査させて報告を受ける」という形にでもした方が、少なくとも本作品の処理に比べれば遥かにマシだ。

櫂は何でもかんでも計測したがる男だが、では「物事を全てロジカルに判断する」という性格なのかというと、そういうわけでもない。
そもそも登場シーンからして「軍人は大嫌い」と拒絶するなど、かなり感情的に物事を判断している。
でも、それって彼のキャラを面白く描く上で、あまり上手いやり方には思えない。
「常にロジカルに物事を判断していた櫂だが、終盤における大事な決断だけは感情で答えを出す」という流れにした方が、ドラマとして面白くなるんじゃないかと思うんだけどね。

櫂は計算能力の高い男だが、だからと言って「何事も数字で考え、常にクールな態度を取る」という男ではない。クールどころか、かなり喜怒哀楽の激しい男だ。
それも、計算が絡む時だけ感情的になって興奮したり喜んだりするわけでもない。
むしろ、「冷静な計算によって判断する」というケースは皆無に等しく、常に感情で動いている。
たぶん原作がそういうキャラなんだろうけど、それが作品の面白さを削いでしまい、凡庸に傾けているようにしか思えないのよ。

山本は櫂と出会って計算能力が高いことを見た後、自分の座敷に戻って「平山案の計算をやり直して不正を糾弾する」という考えを語る。そこからシーンが切り替わると、彼は田中から櫂の調査結果について報告を受けている。
でも、ここの手順って、逆の方が良くないか。
具体的には、先に山本が「見積書を永野に見せ、計算をやり直して不正を糾弾する」という考えを明かした後、櫂と会って計算能力の高さを知るという順番にするってことだ。
そっちの方が、流れとしてスムーズじゃないかという気がするんだよね。どっちにしても「計算能力の高い人材を探していた山本が偶然にも櫂と出会う」という御都合主義は変わらないし。

過剰にBGMを流して雰囲気を高めようとしているが、その大半は失敗している。完全に邪魔になっていたり、もう少し静かな曲で緊迫感を出した方が良かったりする。
乗船した櫂が戦火の幻覚を見る表現も要らない。ただVFXを使いたいだけにしか思えない。
そういう演出に頼らず、「戦争になった時のことを想像し、気持ちが揺らぐ」という櫂の心の内を表現した方がいい。
だけど、そういうことが出来る手腕は山崎監督には無いし、そういう方面への意識も乏しいんだろう。

櫂は登場シーンで色んな物を計測しており、計算能力の高さも示している。でも、その天才ぶりも変態ぶりも、そんなに強烈には伝わってこないんだよね。
ホントなら「かなり風変りな奴だけど、異常なほど計算能力に優れている」という「奇才ぶり」の凄さを感じなきゃダメなはずで。ってことは、見せ方が下手なんだろう。
VFXで色んな物を描くことに力を入れるより、むしろ「櫂の奇才ぶり」を示すシーンのケレン味に力を入れたほうがいいんじゃないかと思うんだけどね。
良くも悪くも、そういうトコでは凝ったことをやろうとせず、何の誇張も無く、ものすごく普通に演出しているんだよね。

軍艦の図面を描いた経験など無い櫂だが、参考書を一晩で頭に叩き込み、たった1日でが長門の図面を完成させる。田中は驚き、そして感心する。
だけど、その様子を見ているこっちには、櫂の凄さが全く伝わって来ない。
比較対象は無いし、そもそも図面を完成させるのに必要な時間がどれぐらいなのかってのも分からないから、その凄さを表現するのが簡単じゃないってのは分かる。
でも、だからって田中の台詞とリアクションに全てを委ねるのは、演出の怠慢ではないか。

櫂は誹謗中傷の貼り紙を見た時、激しい苛立ちを示している。でも、ここはクールに受け流した方がキャラとして魅力的だろう。
そこに限らず櫂は簡単に動揺を示しまくっているのだが、それは彼の大物ぶりが感じられない原因の1つになっている。
もちろん原作のキャラがそういう性格になっていて、だから仕方がないんだろうとは思うのよ。そこを大きく改変したら、原作を使っている意味が無くなるからね。
でも、そこがマイナスに作用していると感じるのも、紛れも無い事実だからね。

あと、誹謗中傷の貼り紙に櫂が動揺して作業に大きな影響が出るのかというと、それは全く無いんだよね。シーンが切り替わると、もう彼は落ち着き払って元の状態に戻っているんだよね。
だったら、やたらと感情を揺り動かされちゃうキャラ設定って、ますますマイナスしか無いでしょ。
それと、田中が「これで我々は海軍の中で完全に孤立した」と言うけど、それまでだって櫂と2人だけで動いていたわけで。
貼り紙のせいで今までと取り巻く環境が大きく変化したことを示す描写も無いし、だから貼り紙があっても物語の進行には微塵も影響が出ていないんだよね。

ザックリ言うと、これは「風変わりな孤高の天才が、海軍という強大な組織に数字で戦いを挑む」という話のはずだ。しかし、そういった図式の輪郭が、いつまで経ってもクッキリと見えてこない。
その原因がどこにあるのかというと、「ほぼ全て」と言ってもいいだろう。櫂の変人ぶりも、天才ぶりも、海軍の強大さも、どの面でアピールが不足している。
あと、菅田将暉の演技が、ものすごくわざとらしいモノに見えるんだよね。
何となく『帝一の國』と似たようなアプローチに思えるので、ひょっとすると「漫画が原作の映画だから」ってことで選んだ演技スタイルなのかもしれない。
『帝一の國』は荒唐無稽でコミカルな作風だから、その大仰な芝居も合っていた。でも、この映画はシリアスなテイストが強いので、それが合っていないように感じる。ハッキリ言って、軽すぎるんだよね。

終盤、櫂が見積もりのカラクリを暴くと、平山は不正を認める。その上で彼は、「他国が巨大戦艦の正しい情報を掴んだら、対抗するために超巨大戦艦を建造する。だから敵を欺くために見積り額を低く装った」と説明する。これを受けて大角が平山案の採用を決定すると、なぜか山本や永野たちも反論せずに沈黙してしまう。
いやいや、なんでだよ。
どういう理由があろうとも不正は不正だし、しかも山本は「巨大戦艦は不要。一隻でも多くの航空母艦が必要な時代が来る」という考え持ち主でしょうに。
だったら、「敵を驚かせるために極秘で巨大戦艦を建造する」というアイデアであろうと、ともかく巨大戦艦という時点で反対すべきじゃないのか。

平山案が採用された直後、櫂は大きな欠陥があることを指摘する。平山は欠陥を認めて自身の案を引っ込めるが、1ヶ月後に櫂を呼び出し、彼が巨大戦艦の本物を見たがっていることを指摘する。そして平山は、「どうせ日本は戦争に向かうし、敗北する。その時に国の象徴となる巨大戦艦が沈められたら、絶望感が目覚めさせる」と説明し、沈没させるための巨大戦艦を建造する考えを明かす。
で、「これが大和の建造された理由です」ってことにしてあるんだけど、「いや無理筋だろ」とツッコミを入れたくなるわ。
あと、そんな平山の説明を受け、櫂が数式を渡して協力することを承知するのも「なんでだよ」と言いたくなるぞ。
話の畳み方が強引すぎるわ。

(観賞日:2020年11月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会