『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』:2012、日本

市ノ宮行(コウ)は、市ノ宮グループの代表を務める父の積から「他人に借りを作るべからず」という家訓を叩き込まれて育って来た。積は行に、国との共同事業として荒川河川敷開発事業計画を市ノ宮グループが請け負ったことを話す。そして彼はグループ傘下の株式会社GOESで取締役社長をしている行に対し、開発ポイント周辺を不法占拠している人々を着工の七夕までに立ち退かせる仕事を命じた。それは行が父から任される初めての仕事だった。
行は第1秘書の高井と第2秘書の島崎を同行させず、1人で荒川へ乗り込むことにした。しかし橋でヤンキー風の少女と鉄仮面の子供たちに脅され、ズボンとスーツを脱がされてしまった。行が放置されたズボンを回収しようとしていると、ジャージ姿のニノという少女が「手伝おうか」と声を掛けて来た。借りを作りたくない行は遠慮するが、バランスを崩して川へ落下してしまう。ニノは川へ飛び込んで行を救助し、彼が大切にしているスーパーホールも無事に回収した。
行はニノに「マンションでも一軒家でもプレゼントさせて頂きます。何でも言って下さい」と申し出るが、「特に無い」という答えが返って来る。ニノが「この星では欲しい物があると人を助けるのか。無ければ助けないのか」と言うので、「貴方もこの星の人間でしょ」と行は告げる。するとニノは「私は金星人だ。でも七夕になったら帰れるんだ。ここにボタンが出るからな」と額を指差した。もちろん行は彼女が金星人だという話を信じなかったが、「そういう設定のキャラに成り切っている」と解釈して受け入れた。
先程まで女性誌に掲載されている恋愛大特集の記事を読んでいたニノは、「やっぱり1つある。私に恋をさせてくれないか」と持ち掛けた。見とれた行が「イエス」と答えると、ニノは荒川の河川敷で同居するよう求める。恋愛大特集の記事を読んで、彼女は「恋人は常に一緒にいるもの」と認識していたからだ。困惑した行は「今日の所は、もう帰りますと告げ、その場を去った。しかし思い直した彼は荷物をまとめ、河川敷で暮らすことに決めた。
翌日、行が荒川へ赴くと、ニノは河川敷を仕切っている“村長”のの元へ案内した。村長は河童のキグルミを着ている男で、自分が河童だと主張した。明らかに人間がキグルミを着ているだけだが、どうやらニノは本気で河童だと信じている様子だった。そこへ修道女の格好をした背の高い男が現れ、マシンガンを行に突き付けた。「シスター」と呼ばれるその男も、河川敷の住人だった。村で住むには今までの名前を捨てる必要があるということで、村長は行に「リク」という名前を与えた。
河川敷には小さな村が作られており、風変わりな人々が暮らしていた。元売れっ子ミュージシャンの星、サディスティックな美女のマリア、シスターに恋する不思議系女子のP子、ちょんまげ姿で刀を持っているラストサムライ、オウムの被り物を被ったビリー、ビリーの恋人である女王蜂姿のジャクリーン、いつも白線を引いているシロ。リクが橋で出会った3人も河川敷村の住人で、少女はステラ、鉄仮面の2人は鉄雄と鉄郎という名の兄弟だった。
夜になり、リクの歓迎パーティーが開かれた。リクを「ロックの分かる友人」として歓迎していた星だが、ニノの恋人だと知った途端、嫉妬心を剥き出しにした。会社に戻ったリクが疲れた様子を見せていると、島崎が漢方薬を飲ませた。河川敷村を訪れたリクが、村長にパーティー費用として金を渡そうとした。すると村長は受け取りを拒み、「ここは自給自足だぜ」と言う。彼は村を案内し、P子の野菜畑やマリアの牧場を見せた。他にも、シロは空き缶を集めてビールに交換し、ラストサムライは床屋を開いていた。鉄人兄弟は風呂を沸かし、ステラは薪を割り、ジャクリーンは凝りをほぐし、ビリーは定期的に米俵を持って来るのだという。
村長はリクが河川敷へ来た目的を見抜いており、「この世には金じゃ買えない物がある。ここの連中は誰一人、金じゃ動かねえよ」と口にした。リクはゴールデン・ウィークに一時帰宅し、再び河川敷へ戻った。ニノは久しぶりの再会を喜んで飛び付くが、「臭い」と言って鉄人兄弟に風呂を借りる。ニノはリクを入浴させ、頭を洗った。借りを作りたくないリクが遠慮しようとすると、ニノは「これは借りじゃない。私が洗いたいから洗ってるんだ」と述べた。ニノからデートに誘われたリクは、「来週なら」と告げた。
水切りをしていたリクは通り掛かった鉄郎に声を掛け、風呂を使わせてもらった借りを返そうとする。鉄郎が遠慮するので、リクは「俺がしてあげられること、何かあるかな」と尋ねた。すると鉄郎は、逆上がりを教えて欲しいと頼んだ。翌週、リクはニノとデートに行くが、ずっと歩いているだけだった。川を眺めたニノは、木に引っ掛かって動かなくなっている笹船を見つけて「私と同じだな。一人ぼっちで、どこへも行けない」と呟いた。リクが笹船を川に流すと、彼女は「リクはあいつの命の恩人だな」と告げた。
リクは村長に、「どうしたら、ここから立ち退いてもらえますか。何故みんな、ここで暮らすことにこだわるんですか」と尋ねる。すると村長は、「人間は弱い。だから一人じゃ生きられない。だからこそ助け合う。そういうシンプルな話だよ。みんな、ここにいたいから、ここにいる。それを阻む権利なんて、誰にも無い」と語った。リクが「でも、ここは国の所有地です。工事の許可も下りています。七夕には着工も決まってるんだ」と言うと、村長は「常識は神様が作ったルールじゃないんだぜ。それでも踊るなら踊れ。だが、二度とニノに近付くな」と警告した。
リクは鉄郎の元へ行き、逆上がりを教えてやることにした。ステラと鉄雄も教えてもらたいたと頼み、ニノとP子も興味を示したので、リクは全員に逆上がりを教えた。その様子を、島崎が密かに撮影していた。村長は島崎の動きに気付くが、放っておくことにした。島崎は積のスパイであり、漢方薬と称して盗聴器も飲ませていた。島崎の報告を受けた積は、リクが河川敷の住人たちと仲良くなっていると知り、「もう充分だ。国土交通大臣にアポを取ってくれ。着工を早める」と命じた。島崎が去った後、積は報告書にあったニノの写真に目をやる。それから彼は、ペンダント・トップを開いて死んだ妻の写真を見つめた。積の妻は、ニノと瓜二つだった。
河川敷村で住人たちに天体観測をさせていたリクは、高井からの電話で強制退去が明後日に決まったことを知った。七夕までは2週間もあるので、リクは激しく動揺した。村長から「お前はここを潰したいのか、守りたいのか、どっちだ。逃げるのか、挑むのか」と問われたリクは、父に立ち向かうことを決意した。彼は高井に、国土交通大臣の高屋敷とアポを取るよう指示した。工事の許可を取り消してもらうのが目的だが、ただしリクは父と違って金を使わずに問題を解決したいと考えていた。
後日、リクは高井を伴い、ファストフード店で高屋敷と会った。高屋敷は積の大学時代の仲間だった。リクは不法占拠住人たちに関する膨大な資料を用意し、それを読んで許可を取り消すよう高屋敷に申し入れた。高屋敷は「君の目は、君の母親にそっくりだ」と言い、リクの母が大学時代に全員の憧れだったことを話す。彼は「彼女は自分の命と引き換えに君を産んだんだ」と語った後、開発行為許可通知書をリクの目の前で破いた。リクと高井が去った後、高屋敷は後ろの席にキグルミを脱いだ村長がいることに気付いた。一部始終を聞かれていたと知り、高屋敷は「もし許可を取り消さなかったら、どうなっていたか」と怖くなった。
リクは高屋敷から、母が交通事故に遭ったこと、それでもリクを産んだこと、スーパーボールが彼女の形見であることを聞かされていた。何も知らなかったリクは、ショックを受けて涙を流した。それを見たニノが「羨ましい」と口にしたので、リクは「金星人だからですか」と言う。ニノが「そうだ。そういう機能が無いからな」と告げると、リクは苛立って「冗談もしつこすぎると笑えませんよ」と言う。ニノが「今まで私が冗談を言っていると思ったのか」と訊くと、リクは「金星人なんているわけないじゃないですか」と声を荒らげると、ニノは「私は金星人だ」と強い口調で告げ、2人は言い争いになった…。

監督・脚本・編集は飯塚健、原作は中村光 掲載『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス刊)、製作は田口浩司&大月俊倫&村松俊亮&辰巳隆一、プロデューサーは宿利剛&杉山剛&丸山博雄&石田雄治&宇田川寧、共同プロデューサーは倉重宣之&松本整、制作プロデューサーは柴原祐一、ラインプロデューサーは本島章雄、撮影は相馬大輔、美術監督は相馬直樹、照明は佐藤浩太、録音は田中博信、美術デザイナーは佐久嶋依里、装飾は野村哲也、VFXスーパーバイザーは小坂一順、特殊造形は百武朋、編集は木村悦子、音楽は海田庄吾。
主題歌はザ50回転ズ『涙のスターダスト・トレイン』作詞・作曲:ダニー。
出演は林遣都、桐谷美玲、小栗旬、山田孝之、上川隆也、高嶋政宏、浅野和之、井上和香、城田優、片瀬那奈、安倍なつみ、徳永えり、有坂来瞳、駿河太郎、平沼紀久、末岡拓人、益子雷翔、手塚とおる、小林且弥、小柳友、小柳心、大橋律、小林三起、ぎたろー、高木正晃、田口智也、助友智哉、稲垣成弥、植松愛、蔵田ちひろ、櫻木亮、南優、東千尋、原雅、水城陽、久保浩一、瓜生和成、橋爪利博、小手山雅、杉浦正剛、増山功、桶谷隆史、飯泉章、英賀郁代、大岩明、太田優香、菊地達也、小菅理菜、佐藤大樹、廿野大、吉田明哉ら。


中村光の漫画『荒川アンダー ザ ブリッジ』を基にして毎日放送が制作した深夜ドラマの劇場版。
監督・脚本・編集は『彩恋 SAI-REN』の飯塚健。
リクを林遣都、ニノを桐谷美玲、村長を小栗旬、星を山田孝之、積を上川隆也、高屋敷交通大臣を高嶋政宏、高井を浅野和之、島崎を井上和香、シスターを城田優、マリアを片瀬那奈、P子を安倍なつみ、ステラを徳永えり、ジャクリーンを有坂来瞳、ラストサムライを駿河太郎、ビリーを平沼紀久、鉄雄を末岡拓人、鉄郎を益子雷翔、シロを手塚とおるが演じている。

これって、映画向きのコンテンツではないと思う。
「明確な結末は設定せず、河川敷村に暮らす人々の生活風景を描く連作」として企画し、ロング・シリーズを目指すのであれば有りかもしれないが、この話で長期に渡るシリーズ作品ってのは現実的に不可能だろう。
だからTVドラマとして製作したのは正解で、そこで終わっていれば良かったのだ。
劇場版にしちゃったことが、そもそもの間違いだ。

私はテレビ版を見ていないのだが、どうやら映画の前半部分はTVシリーズと同じ内容になっているらしい。
TVドラマの劇場版では、キャラクター紹介や世界観の説明を省略し、いきなり本編に突入するのが定番だが、これは一見さんにも分かりやすい親切設計を目指しているようだ。
だから一見さんが置いてけぼりにされるってことは無いけど、テレビ版を見ていた人からすると「同じ内容を繰り返される」ってことになるわけで、上映時間の半分ぐらいは損しているような気になるかもしれない。
たぶん主な観客層はテレビ版を見ていた人だと思われるので、そっちよりも一見さんへの気配りを優先しすぎているってのは、どうなのかなあ。そこの天秤は難しいところだが。

「一見さんにも分かりやすく」というのは、私のようにテレビ版を見ていない者にとっては有り難い。
ただし、一見さんを入り込ませるには、時間が足りていない。
どういう物語なのか、どういうキャラクターなのか、どういう世界観なのかってのは理解できるけど、「理解できる」ってのと「引き付けられる」「入り込める」ってのは、また別問題だからね。そこは別のハードルを越える必要がある。
そこを越えさせるには、時間が不足している。

長めのダイジェストのような状態になっており、各キャラクターの魅力を引き出したり、それぞれの中身を掘り下げたりというところまでは至っていない。
これって、そんなにストーりーが厚いわけではないし、用意されている様々なエピソードで盛り上げていくという構成でもないんだよね。
だから、河川敷に暮らす風変わりな面々のキャラクターや、「非日常の日常」とでも言うべき河川敷の人々の日常風景を綴るドラマで引っ張っていくべきじゃないかと思うのよ。
しかし残念ながら、そういう部分が薄っぺらくなっているのよね。

この作品には、序盤で「リクが河川敷を占拠する奇妙な連中と出会う」という展開がある。
「ケ(日常)」から「ハレ(非日常)」への突入なので、そこは落差を付けるべきだ。
ただ、リクは「大財閥の御曹司で会社を任されており、父親からは借りを作るなという家訓を叩き込まれている」というキャラ設定で、それは我々からすると充分に「非日常」だ。そこを「日常」として馴染ませるには、リクの普段の生活を描写するための時間が欲しい。
だが、そこをスッ飛ばして、さっさと「河川敷村の住人に出会う」という手順へ移行してしまう。
それもやはり、時間が足りないからなのだろうか。

せっかく風変わりな連中を何人も用意しているのに、まるで活用されていない。
リクが河川敷村を訪れた際、「変な連中ばかりが暮らしている場所」という状況設定をアピールするために登場するが、それ以降は、ほぼ背景に近い状態に成り下がっている。各キャラクターをフィーチャーするようなエピソードは用意されていないし、リクと河川敷住人たちが交流するドラマもほとんど描かれないのだ。
ビリーやジャクリーンなんて、何のために登場したのかサッパリ分からん。
各キャラクターの扱いや交流のドラマが薄い分、リクとニノの恋愛劇が充実しているのかというと、そこも薄っぺらい。
ザックリと言えば本作品には「開発計画に向けて不法滞在者を排除しようとする動き」「リクと河川敷村の人々の触れ合い」「リクとニノの恋愛劇」という3つの柱があるのだが、どれもまんべんなく薄っぺらい。
リクとニノの恋愛劇には全く引き付けられないが、それは根本的に魅力の無い恋愛劇だからってわけじゃなくて、描写が薄いから魅力を感じないってことだ。

リクがニノや鉄人兄弟たちに逆上がりを教えるのは、河川敷村の住人との交流を描く数少ないエピソードだ。そして、そこが本作品ではダントツで魅力的なんだよね。
だから、そういうのをもっと増やせばいいのに、と思ってしまう。
「全員で洗濯をする」とか「全員で天体観測をする」というシーンはあるんだけど、リクに対して河川敷村の面々が「全員」という形で登場すると、集団としての位置付けになってしまい、個人としての印象がボンヤリしてしまう。
「リクvs誰か」という1人ずつの関係性が絆で結ばれるというのが、ほとんど描かれていないのだ。

ぶっちゃけ、「積が立ち退きを早めて工事を着工しようとする」とか、そんな展開、どうでもいいわ。
そんなストーリーを先に進めるより、もっと長く「河川敷の生活風景」を描いてくれた方が、よっぽど面白くなりそうなんだよな。
後半に入ると、リクとニノの恋愛劇をマジに描き、母の過去を知ったりニノが本当に金星人だと知ったりしたリクが父親に真正面から立ち向かうドラマをマジに描き、シリアスまっしぐらになっているが、「つまんねえなあ」と思ってしまう。

借りを作らないことをモットーにしてビジネスライクに生きて来たリクは、後半入って「お金では買えない物があると気付いた」と口にする。
それは段取りとしては理解できるけど、「リクが河川敷村の人々と交流し、様々な体験を経て、そのような考えに至った」というドラマが描かれていないので、腑に落ちない。
「深く潜ってようやく分かったんです。僕にとっての宝物が何かってことに」と言うのも、「愛する人や仲間の大切さに気付いた」ってのをアピールしたいのは分かるけど、表面的だなあと感じる。

リクがニノに頭を洗ってもらって「私が洗いたいから洗ってるんだ」と告げられた時に涙をこぼすのも、母のことを高屋敷に聞かされて泣くのも、それと同様で、段取りとして泣いているとしか感じない。
その涙に心を動かされることは無い。
用意されている芝居に対して、リクの心情や河川敷村の人々との心の絆を描くドラマが不足している。
主に村長が口にする「含蓄のある言葉」の数々が、ただキザなだけで薄っぺらく感じられてしまうのも、「とりあえずセリフを言わせているだけ」になっているからだろう。

(観賞日:2014年1月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会