『青くて痛くて脆い』:2020、日本

大学1年生の田端楓は、「あらゆる自分の行動には、相手を不快にさせてしまう可能性がある」と考えている。彼は「不用意に人に近付き過ぎないこと」「人の意見を否定しないこと」を大事にして、日々を過ごしている。そうすれば人を傷付けることも無いし、傷付けた誰かから自分が傷付けられずに済む。結果的に自分を守ることになる。それが楓の生きる上でのテーマだ。大学では数多くのサークルが新入生を勧誘するビラを配っており、楓は拒否せずに全て受け取った。彼は見えない場所に移動し、疎ましそうにゴミ箱へ捨てた。
楓は初めて秋好寿乃を見た時、心の底から馬鹿にした。秋好は大学の講義で「質問いいですか」と手を挙げ、「後で出来ますよ」と教授が言っても手を下げなかった。教授が「今でもいいですけど」と告げると、彼女は「この世界に暴力は要らないと思います」と言う。教授が「えっ?」と困惑すると、秋好は「暴力が何かを解決することなんてあるんでしょうか?」と口にした。「人間が生存する以上、争い事は必ず起きる。平和の裏側には暴力が隠されている」と教授が語ると、彼女は「そんなのおかしいと思います。平和の裏に平和があったっていいと思います。平和を望まない人なんていません。みんなが本当に望めば戦争は終わると思います」と述べた。
秋好が理想論を熱く語るので、楓は自信過剰で鈍い人間だと感じる。授業時間が終わり、楓は馬鹿な発言をした奴が否定された時の不機嫌な顔を見て面白がろうとする。しかし秋好を見ると傷付いた表情だったので、彼は意外に感じた。秋好と視線が合ったので、すぐに彼は教室を去った。楓が食堂で昼食を取っていると、秋好が隣に来て声を掛ける。楓が穏やかな態度で適当に会話の相手をすると、秋好は入るサークルに迷っていることを話した。
秋好が「模擬国連には興味がある」などと饒舌に喋っていると、楓は早々に理由を付けて食堂を去った。彼が教室にいると、秋好が来て隣に座った。また彼女は授業中に「質問いいですか」と挙手し、「全員が一斉に武器を下ろせば、戦争は終わると思うんです」と主張した。教授が「それは理想論で現実的ではない」と指摘すると、彼女は「理想なら、そこを一番に目指すべきではないでしょうか」と言う。楓は関わってはいけないヤバい奴だと感じ、授業が終わると逃げ出した。しかし秋好に大声で声を掛けられ、捕まってしまった。
そんな感じで突き放すことも出来ずに1ヶ月が経過し、楓は周囲から秋好と同じように陰口を叩かれる存在になってしまった。秋好が見学を重ねても雰囲気が合わずにサークルを決めかねていると聞き、彼は「どんなのがやりたいの?」と尋ねる。「世界を今より良くしたい」と秋好が答えると、楓は「どうしてもやりたいなら自分で作ってみれば?」と軽く言う。すると秋好は、一緒にやろうと持ち掛ける。楓が「目立つことはしたくない」と断ると、彼女は「秘密結社みたいな感じでもいいし。お互いに野望とか出し合ってさ」と述べた。
秋好は「なりたい自分になる」という自分の野望を明かし、楓に質問する。楓が無いと答えると、「生きる上でのテーマはあるでしょ?」と彼女は告げる。楓が「人に近付き過ぎないことと、人の意見を否定しないこと」と言うと、「超優しいじゃん。それって誰も傷付けたくないってことでしょ。そんな風に考えられるの、凄いと思う」と秋好は称賛する。彼女は楓のTシャツのイラストを見て、秘密結社の名前を「モアイ」に決めた。勧誘のビラを配り始めた彼女は全く相手にされなくても諦めずに続け、楓の前で笑顔を浮かべた。
三年後。楓は就職の内定が決まり、就職支援課に報告した。夜、彼は友人の前川菫介と居酒屋に出掛け、酒を飲んだ。店では巨大サークルに成長したモアイのメンバーが集まっており、前川は強い不快感を示す。モアイは就活サークルになっており、前川は「なりたい自分とか言っちゃってさ、いい会社に入るためのコネ作りだろ。意識高い系は大嫌いだ」と扱き下ろした。楓は「じゃあ、僕たちでぶっ潰そうか」と提案し、「モアイは僕ともう1人、もういない友達と2人で作った」と話す。「もういないって?」と訊かれ、「死んだんだ」と彼は答える。楓が「悔しくてさ。一緒に作ったそいつのために、なんか出来ること無いかなって。今のモアイをぶっ潰して、本来のモアイに作り直す」と語ると、前川は「俺も手伝う」と賛同した。
モアイを結成した直後、秋好は使われていない小さな体育館を秘密基地にした。彼女は結成記念に、楓とのツーショット写真を撮影した。秋好は「モアイの野望」として「世界平和」「格差解消」「人種差別撤廃」など幾つもの目標を掲げ、まずは浜辺のゴミ拾いから始めた。彼女と一緒に行動する間に、楓は青臭い理想を掲げることも悪くないと思うようになる。2人はこども食堂で、平和をテーマにした人形劇を上演した。秋好が「小さなボランティアとかでもさ、身の回りの出来ることを頑張ってれば、私や楓にも世界を変えることは出来るかもしれない」と話すと、楓は「僕には無理だよ」と言う。すると秋好は、「そんなことないよ。だから、もし私に何かあったら、ちゃんとモアイの意思を楓が引き継いでね」と頼んだ。
現在。楓は前川に、「モアイの交流会には参加企業との癒着や私利私欲渦巻く集まりなど、悪い噂が蔓延している。手っ取り早い攻撃方法は、噂の証拠を掴んで炎上させることだ」と話した。彼が「交流会に潜入できないか」と言うと、前川はゼミの後輩にモアイの幽霊部員がいるから誘うと告げる。相手が女子だと聞いた楓が「狙ってるんだ?」と言うと、彼は慌てて「狙ってねえよ」と否定した。楓のバイト先の1年生である川原理沙が秘密基地から現れ、気付いて声を掛けて来た。「前川の狙っている女子がモアイにいるので様子を見に来た」と楓が話すと、彼女は勧誘されて説明を聞いてきたと告げる。「モアイって、変な宗教とかじゃないですよね?」と質問された楓は、「良く分からないですけど、就活とかには役立つらしいですよ」と返した。
後日、前川は就活目的だと嘘をつき、後輩の本田朝美に頼んでモアイの交流会に参加した。幹事長の天野巧がスピーチして、交流会が開始された。楓はカフェで待機し、前川からメールで報告を受ける。女子たちが「奴にとって交流会はナンパの場。交流会で目を付けた女子をバーベキューに呼んでやりたい放題」と話すのを耳にした彼は、それが天野だと確信して前川に情報を知らせる。前川はスマホで動画を撮影し、楓に送りながら天野を尾行した。
前川は関係者控室に潜入し、モアイのメンバーに天野のことを尋ねる。奥で打ち合わせ中だと言われた彼は待たせてもらおうとするが、関係者の控室だと拒まれる。彼が「どうしてもテンさんに話したいことがある」と食い下がっていると、本田がやって来た。「テンさんに相談したいことがある」と前川は説明し、本田が関係者ということで一緒に待たせてもらう。彼は控室を歩き回りながら次々に資料を盗撮し、楓に送信した。奥から天野が出て来たので、前川は慌てて取り繕った。楓にカフェにいた脇坂という男に声を掛けられると、「この後、ちょっと用事あるんで」と逃げるように去った
まだモアイにいた頃、楓は秋好と共にフリースクールでボランティア活動を行った。そこで彼は、ベースを演奏する西山瑞希という高校生に勉強を教え始めた。彼女は楓が描いたパラパラ漫画を見て、「めっちゃ暇だね。役立たずだと言われちゃうよ。世の中の役に立たないと生きてはいけないんだってさ。中学の担任が言ってた。このままだとお前は何の役にも立たない人間になるって」と話した。楓は瑞希に、「そんなこと言ったら、世の中の大学生はみんな暇人の役立たずだよ」と語った。楓は瑞希からモアイは何をする所なのか問われ、「世界を変える所かな」と答える。「私に勉強を教えても世界は変わらないよ」と瑞希が言うと、そこへ秋好が来て「変わるよ。世界はきっと変えられる」と語った。
後日、フリースクールから育てた野菜や寄せ書きが秘密基地に送られて来て、楓と秋好は喜んだ。そこへ大学院生の脇坂が現れ、社会福祉の研究をしているが行き詰まっていると話す。彼はモアイの活動を見て興味を抱き、こういう場所に変化は起きると思ったのだと告げる。「本気で世界を変えたいなら、もっと大きな組織を目指すしかない。自分たちの存在を外にアピールするべきだ」と彼が説くと、秋好は力を貸してもらうことにした。
脇坂が関わってからモアイの知名度は高まり、メンバーは一気に増えた。モアイはフリースクールでイベントを開催し、秋好はメンバーと楽しそうに作業をするが、楓は輪に加わらずに距離を取った。すると秋好が声を掛け、「どう思う、モアイ?脇坂さんが来てから、色々変わって来た」と話す。「僕には秋好が楽しそうに見えるけど」と楓が評すると、「モアイはちゃんと楓が望む物になってるのかなって」と彼女は言う。「違うと思ったらハッキリ言ってほしいの。今の感じが嫌なら、私は変えていこうって思ってるし」と秋好が話すと、楓は「嫌とか、そういうの無いよ。秋好がいいと思うなら、僕もいいから」と述べた。
同じ頃、瑞希が1人でベースを弾いていると、学校の担任だった大橋がやって来た。彼は「元気な姿が見られてホッとした」と告げ、学校に戻るよう諭す。瑞希が去ろうとすると、大橋は腕を掴んで「逃げてばかりじゃダメなんだ。西山さんのためを思って言ってるんだよ」と語る。彼が「自分を変えていかなきゃ」と詰め寄ると、瑞希は突き飛ばして逃亡する。大橋が追い掛けて捕まえ、揉み合いになった。それに気付いた楓は、瑞希が大橋に殴り掛かろうとするのを止めた。
瑞希は楓と2人になり、脇坂と楽しそうにしている秋好を見て「行かなくていいの?好きなんでしょ」と告げる。楓が「ただの友達だよ。友達っていうか、同志」と否定すると、彼女は「それで、世界は変わった?」と質問する。「メンバーは増えたし、着実にモアイは世界を変えてます」と楓が答えると、瑞希は「やっぱ、いつまでもここにいちゃいけないよね」と呟く。楓は彼女に、「焦んなくていいと思うよ。僕なんか、まだなんも見つかってないし」と語った。後日、食堂に入ろうとした楓は、秋好が脇坂と2人で食べている姿を見た。彼が去ろうとすると、気付いた秋好が追って来た。「ちょっと相談したいことがあって」と言われた楓は、「付き合ってたんだね」と告げる。秋好が「知ってたか。ビックリした?」と言うと、彼は平静を装って「そういうこともあるんじゃないと」と口にした。
現在。前川は楓に、天野の主催するバーベキューに誘われたことを報告した。モアイと無関係なイベントだと聞いた楓は、前川から一緒に行こうと誘われてOKした。楓は前川に、天野がバーベキューに女子を誘って次々に手を出しているらしいと告げた。彼は証拠を押さえる計画を前川に話している時、本田が密かに聞いていることに全く気付いていなかった。バーベキュー当日、楓が前川と共に天野を観察していると、理沙が来てモアイに入ったことを話した。楓は天野に挨拶されて連絡先を交換し、コミュ力の高さに驚いた。
天野がユカという女性と2人で仲間から離れたので、楓と前川は後を追う。理沙と話していた本田は、そんな2人の行動に気付いた。天野が建物の裏でユカを口説き始めると、楓と前川が物陰からスマホで撮影する。すると本田が天野たちの前に現れ、楓たちが隠れている場所に視線をやってから立ち去った。改めてユカを口説こうとした天野だが、逃げられてしまった。楓と前川に気付いた天野は、「好きになると、どうしていいか分からなくなって、つい暴走して。最低だな、俺」と漏らした。
天野が「遊び人だと思われてるけど、好きな人じゃないと付き合いたくない。だけど、好きな人には好きになってもらえない」と漏らすと、前川は好感を抱いた。3人が皆の元に戻ろうとすると、モアイ代表の秋好が遅れて現れた来た。楓は気付かれないように、その場から逃げ出した。彼は秋好が自分に嘘をついたと感じ、ずっとモアイを潰す機会を狙っていたのだ。楓はモアイを中傷するビラを作り、深夜の内に大学のあちこちに撒いたり貼ったりする。その様子を、前川が密かに見ていた。
翌朝、天野はビラを見て怒るが、秋好は「書かれてることは嘘でしょ。だったら何も怖くないよ」と意に介さなかった。フリースクールの活動に出掛けた秋好は、瑞希からバンドでライブを開くことを知らされた。楓は来ていないのかと問われ、今は一緒に活動していないと彼女は答える。瑞希は秋好に、高卒認定を得て大学へ行こうと考えていることを話した。楓は前川、本田、理沙の4人で、家に集まって飲み会を開いた。理沙は楓の前で、秋好に対する尊敬の念を語った。楓は秋好から携帯に着信が入るが、無視を決め込んだ。本田は前川が天野と仲良くしていると楓に教え、理沙は天野もチャラ男に見えるが熱い人だと語った。
理沙は先に帰ろうとする時、ずっと敬語で話す楓に対して「敬語は私に対して田端先輩が掴んでる距離感じゃないですか。人との距離感、ちゃんと計って生きるの、悪くないと思う」と言う。本田が「私だってそうだし」と口にすると、「でも先輩、無理してないですか」と理沙は告げる。すると本田は、「無理してないよ。みんなの知らないところでキャラ違ったりするし。でも全部、本当の私」と語る。理沙が出ていくと、楓は追い掛けた。理沙は本田への発言を反省しており、色んな自分を肯定できるのが羨ましいと述べた。
楓は理沙と別れた後、留守電に秋好からのメッセージが入っていることに気付いた。メッセージを再生すると、秋好は「話したいことがあるので連絡が欲しい」と語っていた。楓は家に戻る。前川から迷惑メールが増えたと聞かされた彼は、交流会で天野と連絡先を交換してからではないかと尋ねる。自分も同じ時期から、迷惑メールが増えていたからだ。彼は天野が企業に個人情報を流しているのだと確信し、、証拠を掴めばモアイを潰せると告げた。
楓は迷惑メールを送信して来た相手に天野の名前を出し、「ハードディスクが壊れてデータが飛んだ」と嘘をついて名簿を手に入れようとす。前川は「そんな手で騙される相手はいない」と言うが、まんまと騙される相手がいて名簿が送られて来た。楓は興奮した様子で前川に知らせ、彼と合流して名簿を見せる。しかし肉体関係を持った本田から「先輩たち、馬鹿ですよね」と見下すように言われていた前川は、もう終わりにしないかと持ち掛けた。
前川は楓に「テンは悪いことだって思ってないよ。ネットに投下とか、やり方がさ」と言い、本田が全て知っていたことを教える。さらに彼は、「テンはいい奴だよ。理想を語る奴らとか痛いと思ってたけど、外から見て笑ってた俺の方がよっぽど痛い奴じゃないかって」と語る。「何言ってんだよ」と楓が反発すると、前川は「モアイを奪われたって言うけど、秋好は楓たちに何をしたの?」と質問する。楓は返答できず、「お前に何が分かるんだよ」と苛立った様子で立ち去った。彼が入手したモアイの情報をネットで暴露すると、あっという間に拡散される。モアイへの批判コメントが次々に書き込まれる様子を見て、楓は喜んだ…。

監督は狩山俊輔、原作は住野よる『青くて痛くて脆い』(角川文庫/KADOKAWA刊)、脚本は杉原憲明、製作は沢桂一&菊川雄士&弓矢政法&下田淳行&郡司聡、エグゼクティブプロデューサーは伊藤響、プロデューサーは河野英裕&原公男、撮影は花村也寸志、照明は志村昭裕、美術は金勝浩一、録音は冨田和彦、編集は木村悦子、音楽は坂本秀一、主題歌『ユメミグサ』はBLUE ENCOUNT。
出演は吉沢亮、杉咲花、柄本佑、光石研、岡山天音、松本穂香、清水尋也、森七菜、茅島みずき、片山友希、鈴木常吉、遊佐春菜、塩谷文都、浅野雅博、鈴木晋介、金谷真由美、中尾萌那、植田紗々、澤田怜央、兼次要那、久保優二、青山夕夏、木下美優、平井珠生、鈴木浩文、八頭司悠友、田辺歩、國友久志、藤原麗、井上翔太、梶愛海、角田梨沙、堀本光、四柳智惟、栗田ばね、直木ひでくに、古賀真由香、替地桃子、高柳寿樹斗、鳥越壮真、保榮茂愛、河村瑠象ら。


住野よるの同名小説を基にした作品。
監督は『映画 妖怪人間ベム』の狩山俊輔。基本的にはTVドラマの演出家で、映画を監督するのは、これが2本目。
脚本は『ニセコイ』『貞子』の杉原憲明。
楓を吉沢亮、秋好を杉咲花、脇坂を柄本佑、大橋を光石研、前川を岡山天音、本田を松本穂香、天野を清水尋也、西山を森七菜、川原を茅島みずきが演じている。

秋好は大学の講義で「質問いいですか」と手を挙げた後、「この世界に暴力は要らないと思います」と言う。
だけど、それは質問になってないでしょ。それは単なる意見であって、教授に対して何の質問も投げ掛けていないでしょ。
その時点で、このヒロインがただのボンクラに見えちゃうのよ。マトモに会話も出来ない、言葉の意味も分かっていない女なのかと。
それは「イタい奴」ってのとは全く別の意味になっちゃうでしょ。そこは、ちゃんと「質問」を投げ掛けないとダメでしょ。
あと、そもそも、どういう講義に対する質問なのかも全く分からないのよ。そこまでの教授の言葉が、ナレーションにかき消されて全く聞こえない状態なので。

食堂のシーンの後、また別の授業でも秋好は挙手し、「全員が一斉に武器を下ろせば戦争は終わると思うんです」と言い出す。前回と同様、また争いに関する質問なのね。
ってことは、その大学って、そういう質問が出るような講義ばかりやってんのかよ。随分と偏った大学なんだね。
ただ、楓が評するように、確かに秋好の主張が呆れる理想論なのは事実である。残念ながら、平和を望まない人間も世の中にはたくさんいるわけでね。
っていうか、そんな当たり前の現実も知らないってのは、もはや理想論とさえ言えないんだよね。ただの無知でしかないのよ。

楓は馬鹿な発言をした奴が否定された時の不機嫌な顔を見て面白がろうとした時、秋好に視線を向けて「でも意外だった。彼女は傷付いた顔をしていた」とモノローグを語る。
だけど、何が意外なのかサッパリ分からない。
秋好は教授に対して、真剣な態度で熱く語っていたんでしょ。だったら、それを軽い感じで否定されて傷付くのって、何の意外性も無い反応じゃないのか。
むしろ、それを意外だと感じる感覚の方が意外だわ。

楓がモアイを潰すと言い出した時、「秋好がついた嘘を、本当にしたかった。実現しなかった秋好の理想を、本当のことに」とモノローグが入る。
でも、それは真っ赤な嘘で、ただの嫉妬心から来る仕返しなんだよね。そのことは脇坂が登場してからの反応で、つまり前半の内に何となく分かるようになっている。
なのに、モノローグで堂々と嘘をついちゃってるので、そのアンフェアは受け入れ難いわ。
「本人が気付いていない」という設定なんだろうとは思うけど、それも含めてアンフェアじゃないのか。だって気付いていないはずねえじゃん、と言いたくなるのよ。
もしホントに気付いていないとしたら、彼は立派なストーカーだし。

物語が「三年後」に飛んだ後、楓は秋好について「もういない」「死んだ」と語る。そして何度も回想シーンを挿入するので、当然のことながら「既に秋好は亡くなっている」と騙される人も少なくないだろう。
しばらく話が進むと、秋好は生きていることが判明する。
たぶん住野よるの『君の膵臓をたべたい』で広まったイメージを利用して、「もうヒロインは死んでいる」というミスリードからのドンデン返しを大ネタとして持ち込んでいるってことなんだろう。
ただ、「そんなことよりも楓がクソ野郎」ってのが気になって、仕掛けなんてどうでも良くなるぞ。そこでのサプライズなんて、何も感じないぐらい麻痺させるほどの強烈な負のパワーを放っている。

秋好はボランティア活動を繰り返して「世界は変えられる」と自信満々なんだけど、その活動が世界平和や戦争撲滅に繋がる具体的な理屈は何も教えてくれないんだよね。
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な流れを、何も説明してくれないんだよね。
なので、そういう深いトコまで全く考えないまま、フワッとした理想論だけで動いているようにしか思えない。
いや、もはや理想論とも言えないかな。ただの妄言と表現してもいいかもしれない。

秋好の生存が明らかにされると、楓が逃げ出すタイミングで今までのシーンが幾つか入る。そして、「あの時も実は秋好が近くにいた」という事実を観客に示す。
だけど、そんなのはミステリーの仕掛けとして何の効果も発揮していない。「秋好は死んでいなかった」とバラすだけで充分であり、それ以上の表現は余計な飾り付けだ。
その場所に彼女がいたからって、それで受け取り方が大きく変化するわけではないのよ。
楓が「彼女は死んだ」と言っていた居酒屋に秋好は来ていたんだけど、それで物語に大きな変化が生じることなんて無いでしょ。「だから何なのか」という感想しか出て来ないのよ。

大橋が瑞希に絡むシーンと、楓と秋好の会話シーンは、並行して描かれている。
「変化」をキーワードにして2つのパートを結び付けようという意図は良く分かるが、その構成が上手く機能しているとは言い難い。それどころか、楓と秋好のパートが持つ意味を薄めているとさえ感じる。
あと、瑞希がそのシーンのために用意されたキャラみたいになっているし。
ホントは楓にとって重要な人物じゃなきゃダメなはずなのに、別にいなくても構わないぐらいの存在と化しているんだよね。

秋好は楓から「理想を捨てた」と批判された時、「捨ててない。世界を変えたい。みんなが幸せになればいい。戦争も差別も貧困も、全部無くなればいいって、今でもちゃんと思ってる」と反論する。
「じゃあ就活サークルごっこやってる場合かよ」と楓が言うと、「願ってるだけじゃ無理なの。叶えたい物に辿り着くためには、手段と方法が必要なの」と主張する。
でも楓が「それで何が出来た?適当に就活の世話をして世界の何が変わったよ?」指摘するのは、その通りだと思うのよね。
就活を斡旋するサークルを作って、それで世界平和や戦争撲滅に繋がるという理屈が全く分からないのよ。

ただ、秋好が楓に言い放つ「私のことが好きだったの?それでこんなことしたの?気持ち悪っ」という指摘も、その通りではあるんだよね。
なので楓と秋好って、「どっちもどっち」でしかないのよね。秋好が痛い奴なのは間違いないし、楓が気持ち悪い奴なのも紛れも無い事実なのだ。
残り時間が少なくなってから、秋好は「全ては自己満足だったかもしれない」と感じ、楓は自分が馬鹿で幼稚だったと悔やむ。
ようやく冷静に自分を見つめ直すことが出来ているのだが、それで同情するような感情を誘われることは皆無。

映画の最後は、モアイ解散から一年後のシーンになる。
楓は理沙から連絡を受け、元モアイの有志が新たなサークルを立ち上げたと知ったことを知る。秋好を見つけた彼は、声を掛けようと走り出す。そして彼女の前に立ち、「無視されてもいい、拒絶されてもいい。その時、もう一度、ちゃんと傷付け」というモノローグが入る。
つまり村上春樹の『ドライブ・マイ・カー』じゃないけど、楓は「傷付くべき時に、充分に傷付かなかった」と思っているわけだ。
だけど「気持ち悪っ」と言われたのに、ちゃんと傷付いていなかったのかよ。
で、1年も経過してから「ちゃんと傷付きたい」と思ったにしても、そのために秋好に接触するのは迷惑なだけだろ。彼女の側に立ってみると、もう二度と関わり合いになりたくない面倒な奴だろうに。
傷付きたいなら、テメエで勝手に傷付けよ。

(観賞日:2022年4月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会