『アントキノイノチ』:2011、日本

高校時代、永島杏平は二度、親友を殺した。そして彼の心は壊れた。3年後、杏平は心配する父・信介の紹介によって、遺品整理業の“クーパーズ”で働くことになった。出勤初日、社長の古田は「遺品整理ってのはな、荷物を片付けるだけじゃない。遺族が心に区切りを付けるのを手伝う仕事だ」と語る。杏平は仕事を覚えるため、先輩社員の佐相に付くことになった。佐相は彼に入社2年目の久保田ゆきを紹介し、3人でトラックに乗り込んだ。
マンションに到着して荷物を運ぶ際、ゆきは小さく笑って杏平に「返事した方がいいよ」と言う。うろたえながら「はい」と返事するまで、杏平は一言も喋っていなかった。佐相は遺族の大沢稔に挨拶するが、「適当に片付けてもらえばいいです。仕事が立て込んでて立ち合いも無理。そう言ったはずですよね」と冷たく告げられる。大沢は佐相に代金を渡して自治会長に後を任せ、車で仕事に出掛けた。
散らかった部屋に入ると、まず佐相たちは合掌した。死んだのは大沢秀治、76歳。心筋梗塞で死亡し、死後1ヶ月後に発見された。大沢は彼の息子だ。ゆきと佐相は早速、遺品の整理を始めた。杏平が染みの付着したベッドを眺めているのに気付いた佐相は、「寝たまんま亡くなったんだろうな」と告げる。杏平はどもりながら、「僕は、何をすればいいですか」と尋ねる。彼は子供の頃から軽い吃音があって、緊張すると咄嗟に言葉が出ない癖があった。
高校時代、同級生の松井新太郎と仲間たちは、杏平の吃音をバカにした。しかし杏平は波風を立てるのが嫌で、からかわれても静かにしていた。松井は杏平に、「菊田の母親、コンドーム1個を万引きで捕まったんだよ。しかも菊田は彼女を妊娠させて、堕ろさせるのに苦労したらしいんだ」と語る。杏平は彼らの話に合わせ、微笑を浮かべた。菊田は杏平や松井と同じ、山岳部の部員だった。松井は山岳部の練習の際、菊田の前で噂について「有り得ないよな」と杏平に話し掛ける。杏平は「うん」と調子を合わせた。
杏平はゆきから仕事を教えてもらっている時、彼女の左手首にリストカットの跡を見て動揺する。ゆきは淡々と「そんなに珍しい?永島君だって病気だったんだよね」と言う。杏平は高校時代のことを思い出す。ある日、杏平は熱帯魚好きの親友・山木信夫から、ネット掲示板で嫌がらせの書き込みを繰り返していた相手について「全部、松井君だったんだ」と言われる。杏平が「証拠は?」と言うと、山木は「永島君だって分かってるだろ。知ってのに気付いてないフリをしてるだけなんだ」と声を荒げた。「いいの?僕たち、それでいいの?」と問い詰められた杏平は、「帰るよ」と逃げ出してしまった。
杏平とゆきは「ご供養品」を選別し、ダンボール箱に詰めて帰社する。ゆきから「永島君って、何考えてるか分からない人?ここ、入って一日で辞めちゃう人が多いの。永島君は、どうして一生懸命やるの?」と訊かれ、杏平は「綺麗に、なるから。この仕事、跡が、無くなる。今日、そう思いました」とたどたどしく語る。すると、ゆきは「勘違いしてる。跡は消えないよ」と強張った表情で告げた。
帰宅した杏平は、信介と2人で夕食を取った。信介から「今日もまた電話があったよ」と言われ、杏平は「僕は、いいから。父さん、会いたかったら会えば」と告げる。「母さんが会いたいのは杏平だぞ」という父の言葉に、「今さら、親だって言われても無理だよ」と杏平は告げる。信介が「父さんも浮気したことはある。だから母さんを責めることは出来ない」と述べると、杏平は「やめてよ。そんな話、聞きたくないんだよ」と激しい苛立ちを示した。
翌日、杏平はクーパーズの先輩社員たちと共に、一軒家の仕事へ赴いた。玄関先で死んでいた虫を踏み潰した杏平は、高校時代の出来事を回想する。教室で山木が松井にナイフを構え、凄んだ日のことだ。教室の外に避難した生徒たちは、その様子を眺めていた。松井は山木に「偽善者、お前なんか死んじゃえよ」と追い詰められ、泣いて「助けて。お願いします」と土下座する。しかし山木は、「何、今さら言ってんだよ。これがお前の正体なんだよ」と冷たく告げた。
山木が松井をナイフで突き刺そうとした時、杏平は「やめろ」と叫んで教室に足を踏み入れた。山木が気を取られている隙に、教師たちが彼を取り押さえた。教師たちに連行される際、山木は杏平に冷たい目を向けて「君は味方だって思ってたんだけどな」と告げた。そして「いいんだよ。しょうがないよ」と口にして、いきなり駆け出した。山木は杏平たちが見守る中、校舎から飛び降りて死んだ。
杏平はクーパーズの先輩たちと共に、民家へ入った。死んだのは板前の北島俊博、58歳。肝臓を患い突然死していた。みんなが片付ける中、杏平は意識が別の場所へ行ってしまい、その場に立ち尽くす。佐相たちから声を掛けられて我に返った杏平は、外へ飛び出した。ゆきが佐相に指示され、後を追う。「大丈夫?」と問われた杏平は、過去を回想する。山木が死んでから、松井の悪意は杏平へ向かうようになった。松井は菊田に「永島、まだ菊田の彼女の妊娠がどうとか言ってる」と嘘を吹き込み、杏平は菊田に暴力を振るわれた。
ゆきは佐相に言われたため、杏平を飲みに誘う。杏平は、かつて医者から重度の躁鬱だと診断され、薬を飲んでいたことを語る。翌日、昨日と同じ民家で杏平たちが作業をしていると、北島の妹・美智子が前橋からやって来た。杏平は彼女の目の前で、佐相から処分を指示されていた北島のアダルトビデオを落としてしまう。美智子が困惑する中、佐相は遺品の伊万里焼を渡して取り繕う。美智子が去った後、佐相は「永島君。生きるってことは、すっごく恥ずかしいことだ。その人のいい物だけを残して、亡くなった人のメンツを守ってやるってことが、俺たちの仕事だ」と語った。
会社に戻った杏平たちが倉庫で仕事をしていると、大沢がやって来た。父が買った土地の書類があるはずだというのだ。ダンボール箱にまとめてある遺品を調べた彼は、ゆきが拾い上げた封筒に気付き、「それ何だ」と彼女の腕を掴む。その途端、ゆきは大きな悲鳴を上げて怖がった。終業後、杏平が「どうしたのかと思って。手、取られて、ものすごく嫌がってて」と訊くと、ゆきは「高校の時、一度殺された。無理矢理。だから、男の人から触られるの、怖いの」と告げた。
杏平は彼女を遊びに誘い、2人は観覧車に乗った。「さっき言ってたこと。殺されたって?」と尋ねると、ゆきは同級生にレイプされて高校も中退したことを語る。「永島君は、どうして病気になったの?」と彼女に問われ、杏平は言葉に詰まる。ゆきが「いいよ、今度、また教えて」と言うと、杏平は観覧車から大声で叫び、高校時代の登山合宿を回想する。松井は自分が落石させたのに、杏平のせいにして「お前、落石させたろ」と他の部員たちの前で非難した。
観覧車から降りた後、ゆきは杏平をラブホテルへ連れて行く。「なんで?」と戸惑う杏平に、彼女は「永島君とだったら大丈夫だって思えたから」と言う。杏平が帰ろうとすると、ゆきは彼を捕まえて抱き付き、泣きながら唇を重ねてきた。しかし杏平は彼女から体を離し、「やめよう」と告げる。すると、ゆきは「レイプされて、妊娠したの。お母さんと向こうの家に行ったらね、お前が誘ったんだろって怒鳴られた。悲しくて、お母さんの手を握ろうとしたら、どうしてあんな男に近付いたんだって」と述べた。
さらに彼女は、「それから、全部自分が悪いって、そんな風にしか考えられなくなって。死のうと思った。何回も、何回も。今度こそ深く切ろうって思って、そんな時に、赤ちゃんが。自分で堕りちゃった。私のために自殺したんだって。きっと、私の人生を考えてくれたんだって。そう思わないと、生きられなかった。あの時の命が、私を救ってくれたの。でも、今でも毎日考えるよ。この命は、何だったんだろうって。その代わりに生きてる私は何なんだろうって」と語った。
杏平は「俺も、自分がどうして生きてるのか分からない。けど、生きてる」と泣き、また登山合宿を回想する。松井と2人だけで「蟻の門渡り」と呼ばれる場所へ挑んだ際、杏平は足がすくんでしまった彼を崖から突き落とそうとした。しかし結局は思い留まり、滑落しそうになった彼を救った。杏平やゆきたちは、風俗店で働く母親が男友達と遊びたいために3歳と1歳の娘を閉じ込め、餓死させた部屋の遺品整理に赴いた。箪笥の子供服を見つけたゆきは、泣き出してしまった。「大丈夫?」と杏平が声を掛けると、ゆきは「やっぱり跡なんか消えない。私は忘れられない」と漏らし、「私は、ちゃんと生きたい」と泣いた。翌日から、ゆきは仕事に来なくなった。
2ヶ月後、クーパーズでの仕事を続けていた杏平は、64歳で死んだ岸本希美子の部屋へ遺品整理に赴いた。癌で入院中に死去した彼女は、36歳の時に家庭を捨てていた。遺品を整理していると、岡島あかねという女性宛ての手紙が何通もあった。それを見た佐相は「出そうと出そうと思っていたが、出せなかったんだな」と杏平に告げ、「何も要らないから、処分してくれって言われた」と述べた。
杏平が「これ、届けてもいいですか」と言うと、佐相は「俺も最初な、そういうお節介、何度もしたんだ。だけど、その都度、先方から怒られた」と告げる。しかし「余計なことするな」と言われたにも関わらず、杏平は勝手に手紙や写真を届けに行く。すると、あかねは「必要ありません。帰って下さい。母親のことは忘れてました。死んだって聞いて思い出したぐらいです。だから、もう関係ありません」と冷たい態度で告げた。
杏平が「関係なくないんです。貴方に出そうと思って出せなかった手紙です」と手紙と写真の入った箱を差し出すと、あかねは「貴方に何が分かるっていうの。もう思い出したくもないのよ」と声を荒げる。彼女は家に入り、扉を施錠して杏平を追い払おうとする。杏平は「関係ないじゃあ、俺たちみたいになるんです。関係ないじゃあ、俺たちみたいに壊れるんです」と大声で呼び掛け、激しくドアをノックした。あかねが出て来なかったので、彼は箱を玄関先に置いて立ち去り、入院している母の元へ出向いた…。

監督は瀬々敬久、原作は さだまさし『アントキノイノチ』(幻冬舎文庫)、脚本は田中幸子&瀬々敬久、企画・プロデュースは平野隆&下田淳行、エグゼクティブプロデューサーは田代秀樹&関根真吾、プロデューサーは上田有史&辻本珠子、共同プロデューサーは幾野明子、協力プロデューサーは石黒研三、ラインプロデューサーは及川義幸、撮影は鍋島淳裕、照明は三重野聖一郎、美術は磯見俊裕、録音は白取貢、編集は菊池純一、VFXスーパーバイザーは立石勝、音楽は村松崇継、音楽プロデューサーは溝口大悟。
主題歌「恋文〜ラブレター〜」GReeeeN 作詞・作曲:GReeeeN、編曲:JIN。
出演は岡田将生、榮倉奈々、原田泰造、檀れい、柄本明、松坂桃李、鶴見辰吾、吹越満、津田寛治、堀部圭亮、宮崎美子、宮下順子、洞口依子、斎藤洋介、渡辺真起子、諏訪太朗、江口のりこ、染谷将太、太賀、荒井敦史、吉岡睦雄、八巻正明、川瀬陽太、吉川裕朋、長屋猛、池口十兵衛、緒口幸信、日下部千太郎、荒木誠、今本洋子、石垣光代、松林慎司、望月章男、三谷翔太、武藤冬華、厚木拓郎、間嶋柳介、梶原翔、今川智将、河野友保、渡邊智、江上晶真、高橋里央、石崎直、田上真里奈、山本圭祐、齋藤絵里奈、田中沙季ら。


さだまさしの同名小説を基にした作品。監督は『感染列島』『ヘヴンズ ストーリー』の瀬々敬久。
クーパーズは実在する遺品整理業者「キーパーズ」をモデルにしている。
杏平を岡田将生、ゆきを榮倉奈々、佐相を原田泰造、あかねを檀れい、老人ホームで死んだ女性の夫・井上を柄本明、松井を松坂桃李、古田を鶴見辰吾、信介を吹越満、山岳部顧問の萩原を津田寛治、大沢を堀部圭亮、美智子を宮崎美子、井上の妻を宮下順子、杏平の母・逸美を洞口依子、山木を染谷将太が演じている。

『アントキノイノチ』ってのは「アントニオ猪木」のダジャレであり、だからコメディー映画なんだろうと思っていたら、感動を狙った真面目な作品だった。
感動的な展開があるにしても、『アントキノイノチ』なんだから、ハートフル・コメディーであり、「基本的にはコミカルなテイストだけど、ここぞという場面でホロッとさせる」とか、そういうレベルなのかというと、そうじゃない。全体を通して、ものすごくシリアスで重い映画だった。
もうね、その段階で、間違ってる気がするよ。
そういう作品だったら、こういうタイトルは使わない方がいいでしょ。
このタイトルに、「シリアスな感動劇」としての訴求力は無いでしょ。
原作小説の訴求力に期待したのかもしれんけど、そこまで圧倒的な力は無いと思うし。

冒頭シーン、全裸で屋根の上に座っている杏平が写り、「僕は二度、親友を殺した。そして僕の心は壊れた」というモノローグが被さるが、この時点で、既に違和感を覚えてしまった。
ホントに心が壊れて精神を病んでしまった人間は、自分で「僕の心は壊れた」なんて言わないと思う。ヘラヘラしながら「僕、壊れちゃったんだよねえ」とかいう形なら、まだ可能性を感じなくもないが。
一人称の小説だったら主人公に「僕の心は壊れた」と言わせてもいいかもしれないが、映画の場合、そういう形は取らない方が良かったんじゃないかな。
っていうか、そもそも、彼が普通じゃないことは、全裸で屋根の上に座っている時点で分かるわけで。
それは、いちいち言葉で言わなくても分かる。「二度、親友を殺した」というのは、そこで言わなくてもいいことだ。
だから、そこのモノローグって、不要なんだよな。

杏平が遺品整理業の仕事を始める際、その職業に関する説明が何も無いまま話が進んでいくのは気になる。
遺品整理業ってのは、そりゃあ読んで字の如く「遺品を整理する仕事」ってのは分かるけど、まだ決してメジャーな職業とは言えないはず。だったら、観客に対して、どういう仕事なのか最初に軽く説明した方がいいんじゃないかな。
「荷物を片付けるだけじゃない。遺族が心に区切りを付けるのを手伝う仕事だ」っていう古田の言葉は、仕事内容の説明じゃないしね。
杏平が無口なキャラなので、「社長や先輩に質問を投げ掛ける」ということをさせられないという事情はあるんだけど、世話好きな佐相が自分から喋る形にするとか、どうとでも出来たと思うし。
そもそも、どういうことをするのか全く説明せずに、いきなり現場へ連れて行き、しかも何の指示もせずに先輩たちがさっさと仕事に取り掛かるってのは、変だと思うんだよなあ。
映画のモデルになったキーパーズも、そういう風にしているんだろうか。

「大沢秀治76歳。心筋梗塞で死亡、死後1ヶ月後に発見」という風に、遺品整理に赴いた先で暮らしていた死者についてテロップで説明を済ませている。
それって、なんか淡々としていて温かみに欠けるんだよなあ。
ものすごく事務的に処理している、という印象を受ける。
そこは、誰かが死者についての資料を読み上げるとか、杏平に説明してやるとか、そういう形にした方が良かったんじゃないかと思うぞ。

「シリアスな感動劇」と前述したけど、私は全く感動しなかった。
「感動させよう」という意識が強かったのか、それとも「深刻な物語にしよう」「重苦しいテイストにしよう」ということなのか、狙いは良く分からないが、杏平&ゆきのトラウマ設定がクドすぎるし。
あと、遺品整理で遺族と触れ合う筋書きで、そこには感動ドラマがある。だから、「何も知らない新人社員が、遺品整理業を続ける中で様々な遺族のドラマに触れ、人間的に成長する」とか、そういうことで充分だったんじゃないかと。
「杏平とゆきが心の傷を抱えている」という要素を持ち込んだことによって、そっちの描写に重点が置かれていて、「遺族が心に区切りを付けるのを手伝う仕事」という部分が、彼らのトラウマに関する部分を描くために利用されているだけに過ぎないって感じが強いのよ。
この話の主人公って、そんなに深いトラウマとか難しい背景なんかは不要で、「やる気は無いけど仕方なくクーパーズに入社した」とか、その程度の軽い設定でいいと思うんだよなあ。

遺品整理に赴いた先の死者や遺族は、ただ杏平とゆきの横をサラッと通り過ぎて行くだけなのだ。そこを全く掘り下げていない。そこにあるはずの家族ドラマは、まるで無視されている。
だから、死者の人となりであったり、死者と遺族の関係性であったり、そういう部分に杏平とゆきが触れることで何かを感じるとか、気持ちが変化するとか、そういうドラマも生じない。
そこで何かを見つけて過去を思い出す、という風に、杏平とゆきが自分の抱えている心の傷について回想するためのきっかけとして使われるだけだ。
あのねえ、遺品整理会社ってのは、心を病んだ人々のセラピー施設でもなければ、救いを求めて集まる駆け込み寺でもないでしょうに。

杏平って高校時代の事件によるショックで心を閉ざしているんだけど、それ以外にも、まず軽い吃音があって、その時点で、既に「人との関わりを避けたくなる」「コンプレックスを抱えている」という原因として使うことの出来る要素があるわけだ。
さらに、「浮気して家を出た母が入院していて会いたがっているが、杏平は憎しみがあるので会いたくない」という要素もある。
もう彼のキャラ設定の時点で、色々とありすぎるでしょ。

で、その後、杏平が親友だった山木から「君は味方だって思ってたんだけどな」と冷たく告げられ、目の前で自殺される事件が回想され、それが原因で彼の心が壊れたのかと思いきや、その後も普通に登校している。
で、イジメていた奴が自殺したのに、松井は全く反省していないどころか、ますますクソ野郎になっていて、杏平が彼から陰湿なイジメを受けるようになる。
で、じゃあ松井からのイジメで心が壊れたのかと思ったら、それは我慢できている。

その後、登山合宿で杏平は松井を突き落とそうとするのだが、結局は助ける。
で、「一度は殺そうとした」ということが心の傷になっているのかと思いきや、それも違う。
松井は「滑落した杏平を自分が助けた」と周囲に吹聴するが、文化祭の日、杏平は顧問の萩原が事実を知っていながら黙っていたことを知る。
でも、それも心が壊れた原因じゃない。
松井からナイフで襲われた杏平は、反撃してナイフを突き付けるが、他の生徒たちが黙って見ているので「俺は今から松井を殺すよ。なんで黙ってるんだよ。関係なくないだろ」と喚く。

ようするに、杏平は「そこで事件が起きているのに、周囲の連中が見て見ぬフリをしている、無関係を装っていることに耐えられない」と強く感じたことで、文化祭の日に暴れたり喚いたりしており、それが彼の心が壊れた原因なのだ。
なんかねえ、すげえクドいよ。
そこまでに、杏平が精神を病むに至っても納得できるような出来事が幾つもあったでしょ。
どうして、そこで病んだことにせず、さらに幾つも事件を重ねたのか。
山木が自殺した出来事だけを使っても、「みんな見て見ぬフリをしている」ということに耐え切れず、杏平の心が壊れる展開にすることも出来たでしょ。

ゆきにしても、強姦されたのなら、その時点で心を病んでリストカットを繰り返すようになっても、充分に納得できる。
だけど、それが彼女の心の傷になっているわけじゃなくて、その後に向こうの家族から「お前が誘ったんだろ」と言われ、母親からは非難され、子供が産まれる前に腹の中で死んで、それに罪悪感を抱く。それが心の傷になっている。
いやいや、だからさ、杏平の時と同じで、なんで悲しみを1つで済ませず、重ねなきゃならんのか。
なんかね、種類は違うけど、スキャンダラスな要素を幾つも盛り込んで話を派手にしようとするケータイ小説と通じるモノを感じるぞ。

しかも、ゆきは終盤になって「一人じゃない。初めてそう思えた」ということで、ようやく心が解放された直後、車にひかれそうになった少女を助けて死んでしまうのだ。
いやいや、なんじゃ、その唖然とさせられる展開は。
それこそケータイ小説じゃあるまいし、なんで彼女を死なせなきゃならんのよ。
あと、ゆきって杏平と出会ってから間もないのに、自分がレイプされた過去を喋っちゃうんだね。
失礼だけど、かなり変な女に思えるぞ。

ちなみに山木の自殺って、屋上じゃなくて、校舎の2階部分からの飛び降りなんだよね。それで死ぬって、そんなに簡単じゃないと思うぞ。
ワシが学生だった頃、やんちゃな同級生が2階から飛び降りる遊びをやったりしていたけど、つまり遊びで飛び降りることの出来る程度の高さなんだよね、2階って。
山木は着地するつもりが無いから腹から地面に叩き付けられているけど、それでも死ぬかなあ。
しかも、腹から落ちたはずなのに、なぜか彼は仰向けになって、後頭部から出血しているんだよな。ってことは、地面に叩き付けられた時点では即死しておらず、体の向きを変えているってことだよな。
なんか色々と描写が変だぞ。

杏平が岡島あかねの家に母親の手紙を届けるのは、ものすごく不愉快。
それは彼女のことを思っての行動じゃなくて、「自分はそれで壊れちゃったから、そういうのは嫌だから」という、一片の曇りも無いエゴイズムによる行動だ。
テメエのトラウマを刺激されたからって、他人に自分の価値観や考えを押し付けてるんじゃねえよ。
他人への思いやりに欠ける行動を取られたせいで、テメエは壊れてしまったんでしょうに。テメエが岡島あかねに対してやっていることは、そういうことだぞ。
相手のことを思いやる気持ちがあれば、そんな余計なお節介は出来ないはずだ。
なんで遺品整理を頼んだ遺族が、その業者から迷惑を掛けられないといけないのか。

杏平は明らかに遺品整理人として失格だし、繰り返しになるけど、ホントに不愉快な野郎だ。
そんな奴には、これっぽっちも共感できないし、同情心も沸かないよ。
手紙を読んだあかねが泣き出すシーンを挿入することで「杏平は良いことをした」という形にしているつもりかもしれないけど、そんなことで腑に落ちると思うなよ。
そんなのは、たまたまだ。
杏平の中に「あかねは手紙を読んだら絶対に喜ぶ」という確信があったわけでもないんだし。

(観賞日:2012年9月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会