『あの頃。』:2021、日本

2004年、大阪。大学生の劔樹人は仲間とバンドを組み、ベースを担当していた。ボーカル&ギターのメンバーは劔がバイトばかりで練習が足りないことを指摘し、「やる気あんのか」と激怒した。落ち込んだ劔がアパートで閉じ篭もっていると、友人の佐伯が遊びに来た。劔はパチンコに誘われるが、背中を向けたまま返事もしなかった。その夜、劔がコンビニへ買い物に行って帰宅すると、郵便受けに「パチンコめっちゃ勝ったで これ見て元気だしや」と書かれた佐伯のメッセージと松浦亜弥のミュージックビデオのDVDが入っていた。
部屋でコンビニ弁当を食べながらDVDを観賞した劔は、『桃色片想い』を歌う松浦亜弥に感涙した。彼はCDショップへ行き、松浦亜弥のCDを手に取った。すると様子を見ていた店員のナカウチが、「良かったら、これどうぞ」とハロプロのイベントを宣伝するチラシを差し出す。そのイベントは「ハロプロあべの支部」というグループがライブホール『白鯨』で開催するトークライブで、ナカウチも出演者の1人だった。トークライブの出演者は、他にコズミン、ロビ、西野、イトウというメンバーだった。
劔がイベントに行くと、コズミンたちは自分が好きなハロプロのメンバーについて楽しそうに語っていた。イベント終了後、劔はナカウチに「今日、すごい楽しかったです」と礼を述べた。劔は打ち上げに誘われ、喜んで参加することにした。コズミンは劔と2人になると、高慢な態度を取った。しかしロビたちが合流した途端に低姿勢な態度へ豹変し、、「弁慶はネットだけにしとけや」と注意された。打ち上げをするはずだった居酒屋が満席だったので、一行はイトウが住むアパートへ移動した。
ロビたちはイトウにイタズラを仕掛け、劔に「欲しいモンがあったら持って帰ってええんやで」と告げて室内にあった物を勝手に渡した。イトウは慌てて止めに入るが、松浦亜弥のポスターは「同じ物が2枚あるから」と劔にプレゼントした。ハロプロあべの支部のメンバーになった劔は、大学の後輩である靖子と友人をトークイベントに招いた。彼はロビたちに、靖子が学園祭でハロプロのイベントをやるので支部のメンバーに出てほしいと相談されたことを話した。
ロビたちは「啓蒙活動になる」と喜び、学園祭に参加した。コズミンは「無職のオッサンたちを女子大生の中に入れるのは危険」と冷淡に批評していたが、いざ当日になるとロビたちに負けないぐらいの熱で藤本美貴について語った。イベントには大勢のハロプロオタクたちも参加し、オタ芸で盛り上がった。靖子の友人たちは軽蔑の眼差しを向け、その場を離れた。劔が追い掛けようとすると、佐伯が現れた。劔は「こんなアイドルにハマるなんて思わんかったわ」と言われ、佐伯に感謝の言葉を述べた。
劔は靖子に「なんかゴメンね。思ってたのと違ったよね」と謝罪した。「あややのコンサートも、今日みたいに盛り上がる?」と訊かれた彼は、「来週あるんだけど」と口にした。靖子は「行きたいなあ」と言い、劔は彼女とコンサートに行く約束を交わした。コズミンは劔から話を聞き、悔しさを露骨に示した。劔とコズミンが愛田もなみというセクシー女優の握手会イベントに参加すると、ロビも来ていた。ハロプロあべの支部の6人は集まって銭湯へ出掛け、楽しい時間を過ごした。入浴を終えた劔は、「お腹が痛いので明日行けません」という靖子からメールが届いたのでショックを受けた。コズモンは馬鹿にして笑い、「たぶん仮病やで」と告げた。
翌日、劔が仕方なく1人でコンサート会場に行くと、空席のはずの隣に白髪だらけの男性が腰を下ろした。劔が困惑していると、男性は「残念だったなあ。せっかく2枚取ったのになあ」と呟いた。劔が声を掛けると、男性は「なんですか劔くん」と口にした。「おじさん、誰なんですか?」と問われた彼は、「僕はねえ、20年後の君だよ」と答えた。劔が固まっていると、男性は「迷っちゃダメだよ。君は今のままでいいんだ。最高の仲間たちと、大好きなアイドルを追っ掛ける。彼女は要らないね。お金も全然欲しくないね。あややがいれば、何も要らないよ。僕は今、ものすごく楽しい。君の人生はずっと今のままだ。それが一番幸せなんだ」と語った。
劔はアパートで考え込んでいると、ファンクラブ限定の松浦亜弥の握手会に当選した通知が届いた。激しく狼狽する劔に、コズミンは目を見て松浦亜弥に礼を言うよう促した。握手会に参加した劔は、緊張しながら松浦亜弥に歩み寄った。彼は握手してもらい、「いつも応援してます。これからも頑張ってください」と告げた。劔は徹夜続きで家にもろくに帰れない日々を過ごしながら、週末には仲間と集まってハロプロの話に花を咲かせた。そんな中、ハロプロあべの支部にアールという新メンバーが加わった。
心のどこかに物足りなさを感じていた劔は、アールがギターを持っているのを見て「好きな音楽で生きて行く」という夢を思い出した。夢に向き合わずに逃げていたことに気付いた彼は、バンドをやろうと仲間に持ち掛けた。劔が「恋愛研究会」というバンド名を提案すると、仲間は前向きな態度を示した。彼らはライブを開き、ハロプロのカバー曲を演奏した。劔はライブに来た靖子と話し、佐伯と交際していることを知った。
アールは恋人の奈緒をメンバーに紹介し、一緒に打ち上げへ行こうとする。奈緒からストーカーの存在を知らされたコズミンやロビたちは、何かあれば力になると約束する。近くに車が停まっていることを知らされたロビたちが近付こうとすると、、奈緒は「刺激せんといて」と慌てて止める。しかし西野が車に物を投げ付けたためにストーカー怒りを買い、クラクションを鳴らされた。コズミンは逃げる時に奈緒の手を握り、アールに怒られると逆ギレした。
次の日からネットには「恋愛研究会。」を中傷するコメントが書き込まれるようになり、劔たちは相談して「面倒なので適当に謝罪して終わらせよう」と決めた。しかしコズミンだけは強硬に反対し、ストーカーを刺激するような反論を書き込む。話がこじれたため、劔たちは仕方なく対面して謝罪することにした。ストーカーの正体は女性で、コズミンを威嚇して土下座を要求した。コズミンは土下座し、大声で謝罪した。ナカウチは劔に、年が明けたら東京へ引っ越し、知り合いの代わりにライブハウスで働くかもしれないと告げた。それから少しして、ナカウチは東京へ旅立った。
コズミンは自分が招いた結果で土下座したにも関わらず、劔たちに激しい苛立ちを見せた。彼は「アールは俺を根性を叩き直したる。奈緒ちゃんも、あんなんと一緒におったら破滅するだけや」と言い出した。コズミンは奈緒の相談に乗ると見せ掛けて口説き、アールの悪口を吹き込んで別れさせようと目論んだ。劔はコズミンを巧みに誘導し、アールへの勝利を高らかに宣言する彼の言葉を携帯電話で録音した。石川梨華が卒業する2005年のモーニング娘。のコンサートツアーに出掛けた劔は、会場の前で久々にナカウチと再会した。彼はチケットが余ったという人物からネットでチケットを買っており、ハロプロあべの支部のメンバーとは別行動を取っていた。劔は馬場という高校教師の女性からチケットを受け取り、一緒にコンサートを観賞した。
コズミンはハロプロあべの支部のイベントで、調子に乗っている劔を裁くコーナーを仕切った。それは劔たちがコズミンに罰を与えるために用意した罠であり、アールがステージに上がって彼を糾弾した。「俺に言うことあるやろ」とアールが泣きそうになって詰め寄ると、コズミンは無言で固まった。劔は録音しておいた音声を再生し、客の前で謝罪するよう要求した。コズミンは土下座し、大声でアールに謝罪した。アールは彼を抱き締め、泣きながらキスをした。劔は東京へ引っ越して、ナカウチと同じライブハウスで働き始めた。そんな中、コズミンのブログを見た劔とナカウチは、彼が肺癌でステージ2の診断を受けたことを知る…。

監督は今泉力哉、原作は劔樹人『あの頃。男子かしまし物語』(イースト・プレス刊)、脚本は冨永昌敬、製作は鳥羽乾二郎&小西啓介&藤本款&吉田尚子&鈴木仁行&光岡太郎&嶺脇育夫、企画プロデュースは紀高久、プロデューサーは杉本雄介&高根順次&田坂公章、ラインプロデューサーは和田大輔、撮影監督は岩永洋、美術は禪洲幸久、照明は加藤大輝、録音・整音は根本飛鳥、編集は佐藤崇、音楽は長谷川白紙、音楽ディレクターは山崎ごう。
出演は松坂桃李、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、コカドケンタロウ(ロッチ)、西田尚美、山ア夢羽(BEYOOOOONDS)、大下ヒロト、木口健太、中田青渚、片山友希、未羽(現・海沼未羽)、増澤璃凜子、中田クルミ、MONO NO AWARE、ニーネ、いまおかしんじ、増子直純(怒髪天)、五頭岳夫、山科圭太、泉拓磨、遠藤雄斗、ぱいぱいでか美(現・でか美ちゃん)、松尾渉平、橘美緒、吉田カルロス、天野ジョージ、鎌田順也、小竹原晋、緒方ちか、どんぐり(現・竹原芳子)、泉光典、片桐美穂、キキ花香、佐々木詩音、ハルカ、永井ちひろ、萩谷まきお他。


劔樹人の自伝的コミックエッセイ『あの頃。男子かしまし物語』を基にした作品。
監督は『愛がなんだ』『街の上で』の今泉力哉。
脚本は『南瓜とマヨネーズ』『素敵なダイナマイトスキャンダル』の冨永昌敬。
劔を松坂桃李、コズミンを仲野太賀、ロビを山中崇、西野を若葉竜也、ナカウチを芹澤興人、イトウをコカドケンタロウ(ロッチ)、馬場を西田尚美、松浦亜弥を山ア夢羽(BEYOOOOONDS)、アールを大下ヒロト、佐伯を木口健太、靖子を中田青渚、奈緒を片山友希が演じている。

ミュージックビデオやポスターでは本物の松浦亜弥が登場しているのに、劔たちが見に行くシーンで登場するのは山ア夢羽なので、「それは違うんじゃないか」と思ってしまう。
もちろん松浦亜弥に本人役で出演してもらうわけにはいかないが、だったらミュージックビデオやポスターも山ア夢羽で新たに作るべきだったんじゃないかと思うのよ。そこまでの手間を掛ける程度の熱さえ無いのなら、こういう映画は作らない方がいいんじゃないかとさえ思うのよ。
ちなみに石川梨華の卒業コンサートでは、当時の本物の映像が使われている。
そんな中で握手会の松浦亜弥だけが偽者ってのが、ものすごく目立つのよね。

そういう実話だし、そういう原作だから仕方がないんだろうけど、ハロプロオタクとしての活動から離れたエピソードがかなり多いのよね。
そして、それらは全て、まるで興味をそそられないエピソードばかりだ。
劔たちがバンド活動を始めても、ストーカーに恨みを買って嫌がらせを受ける羽目になっても、どうでもいい出来事でしかない。
コズミンとアールの和解とか、ただの安っぽい茶番でしかないし。
劔が馬場からチケットを買うシーンなんかも、どういう意図で持ち込んでいるのかサッパリ分からないし。

ストーカーの件に関しては、「そのエピソード自体が要らない」という問題をひとまず脇に置いておくとしても、中身がコレジャナイ感に満ちているし。
そもそもトラブルを解決する方法を肯定的に描いているけど、どう考えてもダメでしょ。相手を調子に乗らせているだけでしょ。
それなのにコズミンの謝罪を仲間が楽しそうに見守って、それで終わりって、なんだよ、それ。
卑劣なストーカー行為や誹謗中傷に対する完全なる敗北なのに、そんなのを「楽しかった思い出」として描かれても、その感覚は全く共有できないよ。
それってストーカー行為を容認することになってないか。そんで、それでストーカー行為が無くなった理由もサッパリ分からないし。

劔はコズミンを魅力的な人物として捉えているのだが、こっちからすると自分勝手で迷惑な奴にしか思えない。
粗筋に書いた言動だけでも彼の疎ましさは伝わるかもしれないが、とにかく不快感や嫌悪感を喚起する力が凄いのだ。
奈緒を巡る問題にしても、劇中ではアールが簡単に和解しているけど、仲間の恋人を卑怯な手段で奪おうとしているだけでも充分すぎるぐらいのクズでしょ。
そこに限らず、こいつの女性を性欲の対象としか見ていない感覚がハッキリと感じられるのよね。そこには愛が全く無いのよ。

セクシー女優のイベントのシーンとか、何のために用意されているのかサッパリ分からない。
もっと「ハロプロだけに夢中」ってことにしておいた方がいいよ。性欲の絡む話って、邪魔なだけなのよ。
それは「ハロプロに対しても性欲剥き出しの感情があったんじゃないか」と思わせてしまうし。
いや実際にあったのかもしれないが、だとしたら正直に書くか、そこを隠すなら女性への性欲も隠した方がいいよ。
そこは綺麗事でも全く構わないよ。そういう形でのファンタジー化は、オタクの愛や情熱を描く映画としては余裕でOK。

ただ、実は「オタクとしての愛や情熱を描く物語」として、まるで成立していないんだよね。本物のオタクっぽさやアイドルへの情熱が、あまり感じられないんだよね。
どことなく、「あくまでも芝居としてやっています」という雰囲気、染まれ切れない雰囲気が漂っている。最初から、空虚さが見えるしね。
なんかさ、そこまでハロプロへの愛や情熱が強いわけじゃなくて、仲間で集まって楽しく過ごすための口実に使っているだけじゃないかと思えるのよ。
ハロプロあべの支部のイベントでも、ハロプロと関係の無いことばっかりで盛り上がっている印象が強いし。

劔は「恋愛研究会。」で活動を開始したらファンが付いてサインまで求められるようになったらしいんだけど、そういうのは全く描かれていない。イベントで「劔がファンからサインを求められた」と台詞で少し触れるだけなんだよね。
モテない冴えないオタクなボーイズたちだったのが、バンド活動でモテる奴も出て来たという変化は、ものすごく大きいはず。だけど、そこを不自然なまでに隠しているんだよね。
でもね、そこを描かないのなら、もはや劔たちがバンド活動を始める手順からして要らないのよ。
何しろバンド活動のシーンなんて、たった1シーンだけで終わっているんだし。そこが邪魔なだけなのよ。

劔が「20年後の君だよ」と名乗る男から、「迷っちゃダメだよ。君は今のままでいいんだ。最高の仲間たちと、大好きなアイドルを追っ掛ける。僕は今、ものすごく楽しい。君の人生はずっと今のままだ。それが一番幸せなんだ」と言われるシーンがある。
その言葉に、劔は不安を抱く。
つまり、「このままハロプロのファンを続けて本当にいいのか」と思うわけだ。
その後も、しばらくはハロプロのファンを続けるものの、どうやら上京した時点では、すっかり熱が冷めていたようた。

高校教師の馬場が石川梨華の卒業コンサートで感動しているシーンなんかは、年を取ってもアイドルを追い掛けていいじゃないと思わせるシーンのはずだ。
でも実際は、「卒業」という要素の方が遥かに強く伝わるようになっている。
そして始まってから1時間20分ぐらいでは、「時間は着実に流れて行く。それぞれがハロプロと同じぐらい大切な物を見つけたことで、楽しい日々は区切りを迎えようとしていた」というナレーションが入っている。

結局、終わってみると「ハロプロのファン」という設定は、ほとんど意味が無いんだよね。
しかも、「かつてはファンだった時期もあるけど、今はファンじゃない。だけど今の方が楽しい」ってことになってるし。
なんか年を重ねてもアイドルのファンを続けることが全否定されているかのように思えるし、ちっともアイドルやアイドルファンに対する愛が無いよね、この映画。
ハロプロへの熱が少しずつ冷めて行く経緯、他の場所に人生の目標や生き甲斐を見出す過程を丁寧に描いてくれればともかく、そこは雑に片付けているし。

(観賞日:2022年6月29日)

 

*ポンコツ映画愛護協会