『アマルフィ 女神の報酬』:2009、日本

2009年12月22日、黒田康作と矢上紗江子はローマ市内のホテルに戻った。2人は夫婦としてチェックインしているが、夫婦ではない。 向かいの建物には、部屋に入った2人を張り込んでいる刑事たちがいる。黒田がテレビを付けると、2日後に迫ったG8外相会合に関する ニュースが映し出された。明後日には日本の川越亘外相が到着すること、G8開催中にイタリアと共同でバルカニア共和国への追加援助を 発表する予定があることが報じられている。
その前日。日本大使館では外相の到着に備えて、会議が開かれていた。特命全権大使・菊原清文、参事官・西野道生、大使館員の羽場良美 や谷本幹安、研修生の安達香苗といった面々が集合し、業務についての確認作業が行われた。会議の後、安達は新しい書記官の到着に ついて訊かれ、慌ててフィウミチーノ空港へ向かった。彼女は新任の書記官・黒田を迎えに行く役目だった。
空港に到着した安達は男にぶつかられて財布を掏られるが、全く気付かない。既に空港の外に出ていた黒田は、電話で安達にスリのことを 指摘した。彼は財布を取り返していた。2人が去った直後、日本から観光旅行に来た紗江子と8歳の娘・まどかが空港から出て来た。 紗江子はホテルを手配してくれた知り合いの商社マン・藤井昌樹に電話を掛けて礼を述べた。
12月22日、黒田は日本大使館に着任し、会議に出席した。意見を求められた彼は、「大使館主催のレセプションパーティーで、マスコミや 来賓客の数を制限できませんか。来賓のケアに充分な人数が掛けられない」と告げた。ランチに出掛けた黒田は、外務事務次官の片岡博嗣 に電話を入れた。クリスマスに大使館でテロを起こすという予告があったため、黒田は大使館内部の情報提供者を探るためにイタリアへ やって来たのだ。黒田は親しくしているフリーライターの佐伯章悟と遭遇し、会話を交わした。
大使館には、カピトリーニ美術館で日本人の迷子が出たという情報が入った。どの部署も忙しく、安達は西野の指示で現場へ向かうことに なった。しかし安達はイタリア語が堪能ではないため、西野は黒田に同行を指示した。美術館に到着すると、まどかが行方不明になった ことで紗江子が取り乱していた。そんな彼女に、黒田は「そんなに心配なら、なぜ目を離したんです」「迷子じゃ警察は動かない」などと 冷たい言葉を発した。
黒田は美術館員に頼み、監視カメラを見せてもらった。「娘がトイレへ行くと言って。友人から電話が掛かって来たんです」と紗江子は 説明した。まどかがトイレに入る様子は撮影されていた。だが、トイレに紗江子が捜しに来るまでに、怪しい人物の姿は無かった。その時 、携帯にまどかの携帯から電話が入った。相手がイタリア語で話したため、黒田が応対した。
「お前は誰だ、警察か」と訊かれ、黒田は「父親だ」と答えた。相手の男は「娘を預かった。身代金10万ユーロ用意しろ。警察には絶対に 連絡するな」と告げ、電話を切った。イタリアでは犯人と直接の取引が法律で禁じられているため、黒田は警察に連絡した。黒田の冷たい 態度に、紗江子は激怒した。西野はローマ市警のバルトリーニ警部を連れて美術館にやって来た。
紗江子はロンドンにいる藤井に電話を掛け、事情を説明した。藤井は「もしものため、お金は用意しよう」と述べた。西野は警察の通訳を 担当し、犯人に渡すバッグを紗江子に差し出した。警察は、GPS機能の付いた発信器の役割を果たすブローチも用意した。バルトリーニ は紗江子に、犯人が夫だと思っている黒田をホテルの部屋で宿泊させるよう指示した。こうして2人は、ホテルの同じ部屋に宿泊すること となったのだ。黒田は片岡に電話を入れ、「大使館の中に内通者がいる可能性は低い」と報告した。
23日、黒田と紗江子は、電話で「10分後にテルミニ駅へ来い」と指示された。ホームへ行くと、今度は「15分後にサンタンジェロ城の 展望台」というメールでの指示が届いた。展望台に到着すると、次は「20分後、スペイン広場のトリニタ・ディ・モンティ教会」という 指示だった。広場にいた男が紗江子のバッグを奪って逃走するが、張り込んでいた刑事たちが捕まえた。直後、紗江子の携帯に連絡が 入った。男は「取引は中止だ」と言って電話を切った。捕まった男は「カバンを奪えと言われたんだよ」と口にした。
西野は大使館のスタッフに、「黒田さんが関わっていることが分かると、我々の監督責任も問われるのは間違いありません」と述べた。 紗江子が心労で倒れ、黒田は彼女を部屋で休ませた。そこへ藤井がやって来た。彼は黒田に、4年前に胃を悪くして日本の病院に入院し、 その時の担当看護師が紗江子だったことを語った。「彼女、気が強いでしょ。他人に頼ることが出来ないんですよ。よほど、ご主人が 亡くなられた時に困り果てたんでしょう。まどかちゃんの手術もあるっていうのに」と彼は口にした。紗江子が目を覚ました後、藤井は 黒田に「彼女の力になってやって下さい」と告げて去った。
24日の朝、紗江子がブローチを外して出掛けようとするのを、黒田は目撃した。「警察に知られたら何と言うつもりですか」と訊くと、 紗江子は「ここでじっとしていても、まどかは助かりませんから」と反発する姿勢を見せた。黒田は彼女を追い掛け、「付き合って もらいたい所があるんです」と告げた。黒田は安達に電話を掛けた。安達が「外相を招いての晩餐会が先方の都合でキャンセルになり、 プランの組み直しで大変です」と言うので、黒田は「スケジュールの変更プランが見たい」と要求した。さらに黒田は、「調べてほしい ことがある」と一方的に指示を出した。
黒田は事件に関連する場所全てに監視カメラがあったことに着目し、「スリの証言が本当なら、犯人は教会前でスリと接触している」と 紗江子に告げた。黒田は紗江子を連れて教会へ行き、監視映像を見せてもらった。黒田は、柱の下のロウソクの火が揺れたのに気付いた。 片方は人が通って揺れているのに、もう片方は誰もいないのに揺れている。黒田は映像が細工されたと推測した。
黒田は安達に調べてもらい、事件に関わった全ての場所の警備はミネルヴァ警備保障だと知った。宿泊しているホテルの警備も同様だ。 監視カメラのオリジナルデータは、中央コンピュータに10年間保存されるという。そこへ西野が現れ、黒田を外に呼び出した。西野は 内務省からクレームが入ったことを告げ、「外交官に捜査権限が無いことはご存知のはずです」と批判した。
その時、紗江子の携帯が鳴った。黒田が電話を取ると、男は「取引再開だ。金を持ってA1ナポリ線に乗れ。母親も連れて来い。母親一人 と取引する」と告げた。黒田は「娘の声を聞かせろ」と要求するが、犯人は応じなかった。黒田は不審を抱いた。直後、今日の日付の新聞 を持った、まどかの写真がメールで送付されてきた。警察は通話を逆探知し、発信地をアマルフィと特定した。
車でアマルフィへ向かう途中、紗江子は「あの子、重度の網膜症なんです。日本に帰ったら手術する予定です。ちょっと難しい手術で。 イタリアは、あの子が産まれる前に唯一、夫と旅行した場所なんです。私たちの見た景色を、あの子の目にも焼き付けてあげたかった」と 語った。アマルフィに到着すると、黒田は彼女に金の入ったバッグを渡した。彼は独自で身代金を用意していたのだ。
紗江子はドゥオモ広場で犯人の接触を待ち、黒田と刑事たちは近くの建物で張り込んだ。夕暮れになり、2人組の男が紗江子に接触したが 、それは単なるナンパだった。その直後、「ナポリ警察が犯人のアジトを特定した」との連絡が入った。黒田たちが現場へ向かうと、 まどかの所持品はあったが、彼女も犯人もいなかった。バルトリーニは黒田に、「ここの住人はミネルヴァの契約社員だった」と教えた。 ホテルに戻った紗江子は、バルコニーに出て涙に暮れた。黒田は後ろから、そっと上着を掛けた。紗江子が体を預けて号泣するので、黒田 は彼女を強く抱き締めた。
26日、藤井がロンドンからアマルフィまでやって来た。藤井に頼まれ、黒田は紗江子と彼を2人きりにした。ホテルの外へ出た黒田は、 ロンドンから来た他の車が汚れているのに、藤井の車は全く汚れていないことに不審を抱いた。昨晩は、ローマに20年ぶりの雪が降った はずなのだ。黒田は安達に電話を掛け、藤井を調べるよう指示した。藤井は紗江子に「凡人は悲しみを背負って生きるしか無い」と言い、 あることを語った。
藤井が外に出てきたので、黒田はGPS付きブローチを彼のポケットに忍ばせた。黒田はバルトリーニに電話を入れ、GPSの追跡を依頼 した。黒田は紗江子を連れて、ミネルヴァ警備保障の本社へ向かった。待っていた安達は、藤井が先月から一度もイタリアを出ていない ことを黒田に報告した。勤務先も半年前に辞めているという。紗江子は黒田を待たず、一人で建物へ入っていった。
まどかを拉致した犯人グループのリーダーは藤井だった。そして美術館職員のアルマ、ホテルのベルボーイをしていたイスマイル、教会の 修道士ファトスが藤井の仲間だった。黒田、紗江子、バルトリーニは、ミネルヴァ警備保障の中央コンピュータがあるサーバールームへ 案内してもらう。その前に黒田は、安達に近付いて「G8の記者リストに佐伯っていうフリーライターがいる。奴に藤井を調べるよう 言ってほしい」と指示した。
黒田たちを案内する担当者は、「ここはテロ対策のために設立され、主要官庁の管理や国家の重要機密の保全を手掛けている。この中枢部 には例え社員でも入れない」と説明した。黒田たちが監視映像をチェックした結果、美術館の映像がすり替えられていることが判明した。 オリジナルの映像には、清掃夫に化けた犯人がまどかを連れ去る様子が写されていた。
紗江子が非常ロックのボタンを押してサーバールームを封鎖し、拳銃を取り出した。外にいる刑事や職員が中に入るためにはシステム解除 が必要だが、そうすると全セキュリティー機能が一時的に停止する。紗江子は職員にメモを渡し、コンピュータを操作させた。黒田は 「藤井にやらされてるんですね。藤井の本当の狙いは、貴方をここへ連れて来ることだった」と口にした。職員がコンサートホールの 警備システムを解除しているので、バルトリーニは「犯人はイタリア大統領の命を狙っているのか」と考えた。
外にいたシステムを解除した。30秒後にサーバーが再起動すると、システムがジャックされていた。藤井たちは警備システムを乗っ取り、 イタリア全土のセキュリティー・システムをストップさせた。突入した警備員たちは、紗江子に銃を向けた。黒田は撃たないよう叫び、 紗江子から銃を奪った。紗江子は取り押さえられた。黒田はバルトリーニに銃を渡さず、彼を人質にして紗江子の解放を要求した。黒田は 紗江子、安達と共に建物の外へ出ると、車で逃走した。同じ頃、藤井たちは正装に着替え、ある建物に潜入していた。
コンサートホールではサラ・ブライトマンのコンサートが開催され、イタリア大統領も鑑賞していた。警察の指示を受けて、会場にいる シークレット・サービスがGPSを追跡していた。だが、黒田が藤井のポケットに忍ばせたブローチは、少女の胸に付けられていた。 そこに藤井はいなかった。交通システムは麻痺しており、黒田たちの乗った車は大渋滞に巻き込まれた。
黒田から「何でもいいから、藤井のことを思い出してください」と告げられた紗江子は、「クリスマスに間に合わなくて済まなかった。 藤井はそう言ったんです」と口にした。黒田は、藤井がクリスマス前にまどかを解放するつもりだったが、予定が狂ったのだと推測した。 急にアマルフィへ行かされたのは、藤井の時間稼ぎだった。ターゲットの予定が変わり、時間稼ぎが必要となったのだ。
黒田は川越がターゲットではないかと睨み、佐伯に電話を入れた。佐伯は「川越が外務官僚だった7年前に行った、バルカニア共和国への 政府開発援助。あの金は、実際には軍事政権には全て流れ、それに異を唱える大勢の人々が殺された。犠牲者の中にボランティアをして いた日本人がいたが、それが明るみに出ると手柄が帳消しになるため、川越は揉み消した」と語った。藤井の仲間は、軍事政権によって 家族を奪われた面々だった。藤井たちは日本大使館のパーティー会場を占拠し、川越に悪事を吐くよう要求した…。

監督は西谷弘、原作は真保裕一、制作統括は豊田皓、製作は堀口壽一&島谷能成&高田佳夫&尾越浩文&杉田成道&永田芳男、 エグゼクティブプロデューサーは亀山千広、企画・プロデュースは大多亮、プロデューサーは臼井裕詞&和田倉和利、撮影は山本英夫、 編集は山本正明、録音は藤丸和徳、照明は小野晃、プロダクションデザイナーは種田陽平、アートディレクターは赤塚佳仁、 音楽は菅野祐悟、主題歌はサラ・ブライトマン「タイム・トゥ・セイ・グッバイ(ソロ・ヴァージョン)」。
出演は織田裕二、天海祐希、佐藤浩市、戸田恵梨香、福山雅治、中井貴一(声の出演)、サラ・ブライトマン、大塚寧々、伊藤淳史、 佐野史郎、小野寺昭、平田満、大森絢音、荻野清子、ロッコ・パパレオ、ウーゴ・デ・チェーザレ、アリーチェ・パラッツィー、 アンドレア・ゲルペッリ、ダヴィド・ロリーノ、イアコポ・ボンヴィチーニ他。


フジテレビ開局50周年記念として製作された大作映画。
具体的な金額は発表されていないが、フジテレビが製作した映画史上で最も高額の製作費が投じられたそうだ。
黒田を織田裕二、紗江子を天海祐希、藤井を佐藤浩市、安達を戸田恵梨香、佐伯を福山雅治、羽場を大塚寧々 、谷本を伊藤淳史、西野を佐野史郎、菊原を小野寺昭、川越を平田満が演じている。また、片岡の声は中井貴一が担当している。
監督は『県庁の星』『容疑者Xの献身』の西谷弘。

亀山千広と大多亮はフジテレビ開局50周年記念作品を製作するに当たり、まず「織田裕二が主演」「海外の観光地でロケ」ということを 決めた。
その後、真保裕一が参加して脚本作りが開始されている。
だが、この映画には脚本家の表記が無い。
実際に脚本を担当したのは真保と西谷監督だが、真保が「これが自分の脚本だとは思われたくない」ということで辞退し、表記無しという 異例の事態になった。
ようするに、それぐらい真保が考えたシナリオとは大きく異なる仕上がりになっているわけだ。

前述のように、まず「織田裕二が主演」ということから企画が始まっている。
つまり、完全にスター映画として作られているわけだ。
織田裕二は芝居の幅が狭いし、お世辞にも演技派と呼べる俳優ではないが、石原裕次郎だって芝居が上手いわけではなかった。
スターに必要なのは、スターとしてのオーラや観客を呼び込む人気であって、演技力ではない。
重要なのは、織田裕二は「映画スター」としてのパワーをどれぐらい持っているのかということだ。

織田裕二は、『踊る大捜査線』シリーズは大ヒットしたが、それ以外の主演映画は正直、パッとしない。
それに、彼は「映画館に行かないと見ることが出来ない」という俳優ではない。
彼の映画スターとしてのパワーに、そこまで多くを委ねるのは、危険な賭けではないか。
というか、そもそも「その人を見るために、大勢の観客が映画館へ足を運ぶ」という強いパワーを持つような映画スターは、日本の映画界 には存在しない。
スター映画が活況だった時代は、1960年代に終焉を迎えているのだ。

『踊る大捜査線』の青嶋との差別化を図るため、黒田を意図的に寡黙で無表情なキャラにしたのだろうが、ハードボイルドではなく、単に 個性に乏しい仏頂面の男になってしまっている。
これは織田の演技力に問題があるというよりも、キャラ造形と描写に問題がある。
まず、そういうキャラしたことも失敗だし、ハードボイルドなキャラを魅力的なものにするためのバックグラウンドの描写が全く無い。
とにかく、黒田という男には全く魅力が感じられない。

天海祐希は一応、「娘を誘拐されて取り乱している母親」を演じているんだろうけど、そこに弱々しさは乏しい。
焦燥や不安といったものを表現しようとする芝居の大半が「強気な態度、攻撃的な姿勢」になっているのだ。
ただ、そもそもミスキャストだろう。
大塚と配役を入れ換えれば良かったのに。
あと、看護師の設定も似合わないし。女医でいいじゃねえか。

ホテルのロビーで倒れた紗江子は目を覚ました激しく取り乱して携帯を探したり、「犯人からの電話は」と言ったりするが、その「娘を 拉致されて正気じゃいられない」という芝居が、すげえわざとらしくて、三文芝居になっている。
あと、タバコを吸うシーンが何度かあって、それは気持ちを落ち着けるためなんだけど、看護師なのにヘビースモーカーなのかよ。
それと、織田と天海は後半に入るとロマンスまでやるようになるが、この2人のロマンスも、まるで馴染んでいない。

「海外の観光地でロケ」というのも企画のポイントなので、全編のロケがイタリアで行われた(ただしフィルムの現像ミスのため、日本で 追加撮影したシーンが一部分だけ使われている)。
しかし、今時、観光映画に多くの訴求力など期待できない。
昔と違って、日本人は簡単にパックツアーでイタリアへ観光旅行に出掛けることが出来る。イタリアの美しい風景や伝統的な建築物を 見たいと思ったら、そうするだろう。
「観光地の景色を見たい」という目的だけで、映画を観賞する観客は、決して多くないはずだ。
しかも、黒田が運転する車がアマルフィの町を走る空撮シーンでは、ピンボケしたカットが使用されているのだ。
観光映画じゃなかったのかよ。
いや、観光映画じゃなくても、ピンボケのカットを使うメリットなんて何も無いでしょ。

冒頭、黒田がテレビを付けると、G8のために明後日には川越亘外相が到着することが報じられている。
イタリアでテレビを付けた途端、日本の外相が到着するニュースを報じているというのは見事な偶然だが、それを陳腐な御都合主義だと 扱き下ろすつもりは無い。その程度のことは、ハリウッドの大作映画でも良くやっていることだ。
ただ、そのシーンで引っ掛かるのは、「果たして時系列をいじって22日から始めた意味はあったのか。別に前日から始めても良かったん じゃないのか。むしろ、その方がスッキリしていたんじゃないのか」ということだ。
時系列をいじった効果が全く見えないのだ。

安達の車に黒田が乗り込み、やがてコロッセオが見えてくる。
そこで突然、画面が真っ暗になり、『アマルフィ 女神の報酬』というタイトルが表示される。
タイトルを出すために、わざわざ画面を真っ暗に来て、ブツ切り状態にしてしまうセンスには脱帽だ。
イタリアの街の景色、コロッセオの映像を見せたまま、そこにタイトルの文字を重ねる形にしなかった狙いは全く分からない。

黒田が片岡に電話をするシーンで、彼が大使館のテロ予告に関連し、大使館内部の情報提供者を探るためにやって来たことが明らかになる 。
しかし、その伏線がどう絡んでくるのかというと、投げっ放しのままで終わる。
ホテルからの電話で「大使館の中に内通者がいる可能性は低い」と説明し、それでオシマイ。
テロの件がどうなったのかも、フォローが無いままで映画は終わっている。
だったら最初から、そんな設定は排除すればいいのに。

黒田が佐伯と話しながら歩いていると、後ろの建物から若い女性たちが出てくる。その途端、黒田と佐伯は振り返り、じっと女性たちを 見つめる。
佐伯はプレイボーイという設定のようだが、黒田も同じぐらい女性に興味があることを示したかったのだろうか。
だけど劇中、黒田が女を口説いたり、ベッドを共にしたりするようなシーンは全く無い。むしろ彼は、女に対してストイックな態度を 取る。
なので、プレイボーイであるかのような描写は、キャラ設定と矛盾している。

まどかは美術館の清掃夫に化けた男にトイレで拉致されるが、もし紗江子が美術館に行かなかったら、どうするつもりだったのか。まどか がトイレに行かなかったら、どうするつもりだったのか。
それに、紗江子が電話を受けている間に娘が一人でトイレへ行っているが、その時に紗江子も一緒に行ったり、電話が終わるまで 待たせたりしていたら、やはり犯人の計画は失敗していただろう。
それと、いつの間にアルマは監視映像に細工したのか。
そんな時間の余裕は無かったはずだが。

紗江子の携帯に連絡を入れた犯人は、イタリア語で話す。
しかし紗江子はイタリア語が話せないのだから、近くにイタリア語の話せる人物がいないと要求を理解させることは無理だ。
犯人は、っていうか藤井は、電話を入れた時点で、紗江子の近くにイタリア語の堪能な人間がいると分かっていたのか。それとも黒田が 居合わせたのは、ラッキーな偶然だったのか。
イタリア語に堪能な人間が近くにいなかったら、どうするつもりだったのか。

まどかはトイレで消えたのに、黒田はトイレを調べようとしない。
もちろん、既にトイレにいないことは分かっているが、何か手掛かりが掴めるかもしれないんだから、とりあえず調べるべきだろう。
警察から紗江子の部屋に宿泊するよう言われると、黒田は「そんな時間はありません」と言うが、だったら最初から夫だと名乗って首を 突っ込むなよ。夫だと名乗った時点で、協力せざるを得ないと諦めろ。
そこはクールに振舞っても、すげえカッコ悪いぞ。

その後、ホテルで黒田がテレビを付けたシーンに戻り、川越がイタリアへ来るニュースが報じられるシーンを、また映し出している。
丹念に伏線を張っておこうということかもしれないが、ただダルいだけだ。
そんなことをしなくても、どのシーンに戻ったのかは分かる。
っていうか、繰り返しになるけど、やっぱり時系列を入れ換えた意味が全く無いと思うんだけどな。

犯人の要求で観光地を移動させられた黒田は、「なぜ犯人は観光地ばかり指定してくるんだ。警察に『どうぞ観光客に紛れてください』と 言っているようなものだ」と疑問を口にする。
観光地ばかり指定する理由は簡単で、それは犯人の都合じゃなくて製作サイドの都合だ。
犯人は、納得できる理由など持ち合わせていない。
それと、もはや展望台の時点で、それが単に黒田たちを走り回らせるだけで、犯人がまどかを引き渡すつもりが無いことはバレバレだ。
観光地を巡っていることもあって、緊張感はまるで無い。

スリが紗江子のバッグを奪って逃げるが、黒田は全く追い付けず、待機していた警官が捕まえる。
終盤に至るまで、黒田の仕事量は少ない。
っていうか、警察が用意したバッグの中身が全て紙幣の大きさに切ったチラシってのはどうなのよ。
もしも犯人に「バッグを開けろ」と指示され、どこか遠くから望遠鏡か何かで札束が入っているかどうか確かめられたら、完全にアウト じゃねえか。

教会の監視映像を見た黒田は、人が通っていない通路のロウソクの火が揺れたのに気付く。
だけど、普通に人が通過しただけで、そんなにハッキリと分かるぐらいユラユラとロウソクの火は揺れないと思う。
黒田は映像が細工されたと推測するが、だったら、その監視映像を見せた教会の中に一味がいる可能性が濃厚だと考えるのが普通だろう。
だが、なぜか黒田は、そこには全く着目しない。

車でアマルフィへ向かう途中、紗江子は「あの子、重度の網膜症なんです。日本に帰ったら手術する予定です。ちょっと難しい手術で。 イタリアは、あの子が産まれる前に唯一、夫と旅行した場所なんです。私たちの見た景色をあの子の目にも焼き付けてあげたかった」と 語る。
だが、この伏線も全く後に繋がらない。
っていうか、難しい手術なら費用も高額だろうに、その前にイタリア旅行なのね。
随分と金持ちなんだろうな。
ただの看護師で、夫も亡くなっているんだから、実家が金持ちなのかな。

ようやく舞台がアマルフィに移るが、そこでのシーンは、わずか20分程度だ。
そこで起きるのは、「紗江子が強引にナンパされる」という出来事だけ。犯人は何がしたかったのか。
っていうか、アマルフィで何も起きないシナリオを作って、監督は何がしたかったのか。
終盤に入って、犯人が黒田たちをアマルフィへ行かせたのは単なる時間稼ぎだと判明するが、なんだ、そりゃ。
ただの時間稼ぎに使われる場所をタイトルに入れるってのは、すげえセンスだな。
何に対するチャレンジ精神なんだろうか。

事件に関わった全ての場所の警備は、とても都合のいいことに全てミネルヴァ警備保障が担当している。そして黒田たちはオリジナルの 監視映像を見るため、ミネルヴァのサーバールームに案内してもらう。
案内係は「ここはテロ対策のために設立され、主要官庁の管理や国家の重要機密の保全を手掛けている。この中枢部には例え社員でも 入れない」と厳重な警備であることを説明するが、だったら、なんで外部の人間である黒田たちを簡単にサーバールームへ入れているん だよ。
しかも、身体検査も全くしていないんだぜ。
だから簡単に銃を持ち込まれているんだよ。

紗江子は非常ロックのボタンを押す。
中に入るためにはシステム解除が必要だが、そうすると全セキュリティー機能が一時的に停止するらしい。
なんだよ、その脆弱すぎるシステムは。
で、警備員がシステムを解除したので、再起動に30秒が必要になる。
その間に藤井たちは、システムをジャックする。
だけど、起動していないサーバーを、どうやってハッキングしたんだろうか。

藤井たちの目的は、紗江子をミネルヴァのサーバールームに潜入させ、そこで非常ロックのボタンを押させ、システム解除で再起動に なった間にシステムをジャックすることだった。そのために、ホテルや美術館や教会に潜入し、まどかを拉致し、監視映像に細工し、 わざわざ不審を抱かれる手掛かりを残したのだ。
すげえ手間の掛かった、そしてギャンブル性の高い計画だよな。
だけどさ、監視カメラの手掛かりは黒田が気付かなかったら、誰も気付いていないんだよね。誰も気付かなかったら、その時点でアウト だろ。
っていうか、普通なら警備会社がオリジナルのテープを警察にでも渡してサーバールームの外でチェックさせるはずなので、絶対に 成立しない。もし中に入らせるにしても身体検査をするはずだし、荷物なんて持ち込ませないだろうから、やっぱり成立しない。
あと、幾ら娘が拉致されているという事情があるにせよ、そこで積極的に犯罪に加担する母親には同情できない。

紗江子が取り押さえられた後、黒田は銃を警察に渡さず、バルトリーニを人質に取るんだが、ここのアクションのモタつき具合といったら 。
なんで、もっとシャープに描かないかねえ。
バルトリーニを捕まえたのに肘打ちを食らわされ、また捕まえるという手間を掛ける意味が、どこにあるんだ。
で、彼は紗江子を解放させて建物から脱出する。
警備システムは死んでいるのかもしれないが、車で走り出すまで、建物の外に誰一人として警備員や刑事が出てこないってのは、あまり にも不自然だ。

その頃、イタリア大統領はサラ・ブライトマンのコンサートを鑑賞している。車で向かう黒田たちの様子や、シークレット・サービスの 様子も挟みつつ、延々とサラ・ブライトマンの歌唱シーンと歌が流れる。
なんでイタリアなのにサラ・ブライトマンなんだよ。
っていうか、サラ・ブライトマンって、カゼルタ王宮でコンサートをやるようなタイプの歌手じゃないと思うんだが。サラ・ブライトマン ってポップス系の歌手であって、バリバリのオペラ歌手ではないんだよね。それに、イタリアなのに英語の歌ってのも違和感があるし。
どうしても歌手を起用したいのなら、そこはアンドレア・ボチェッリじゃないのか。
っていうか、そもそもコンサートは事件に何の関係も無いのである。ただ単にサラ・ブライトマンの歌唱シーンを入れたかっただけなのだ。

藤井たちの標的は川越で、その理由は「7年前に川越が行ったパルカニア共和国への政府開発援助が軍事政権には全て流れ、それに異を 唱える大勢の人々が殺された。その中に藤井の妻もいたが、川越は事件を揉み消した」というものだ。
だけど、藤井はともかく、協力するメンバーが恨むべきは川越じゃなくて軍事政権でしょ。
いや、藤井が復讐すべき相手も、まずは軍事政権だよな。

川越に7年前の悪事を喋らせて、それを大々的に報道させるのが藤井たちの目的だ。
そのために彼らは、ホテルや美術館に潜入し、まどかを拉致し、身代金目的の誘拐に見せ掛けて黒田たちを走り回らせ、監視映像に細工し 、警備システムをハッキングし、イタリア大統領の暗殺に見せ掛け、交通システムを麻痺させ、大使館に潜入する。
どうやって潜入するかというと、ハシゴを使って塀を登るのだ。
そのためだけに、彼らは壮大な計画を実行したのだ。
バカバカしいの一言に尽きる。

大体さ、藤井は日本人なんだから、日本大使館には普通に入れるだろ。
っていうか藤井は、紗江子がイタリアに来る日程と、川越がイタリアを訪問する日程が偶然に一致するまで、ずっと待っていたのか。
一応、ホテルは藤井が手配したらしいが、紗江子が旅行する日程まで指定することは不可能なはずだ。
あとさ、川越を標的にするのなら、日本でやれよ。
イタリアでやる必要性はゼロだぞ。

真保裕一は小説版を執筆しており、そこでは犯人が外国人で、チェチェンを弾圧した国の外相を標的にしているらしい。
終盤の舞台も、日本大使館ではなくヴァチカンになっている。
ようするに、それが本来は映画化されるはずだった内容なのだろう。
しかし、西谷監督や亀山千広や大多亮は、それを全く異なる内容にした。「日本人が日本人を誘拐し、日本人を標的にする」という話に した。
その結果、舞台がイタリアである必然性はゼロになった。
そりゃあ真保裕一もクレジットを拒否するわな。

まず「織田裕二が主演」「海外の観光地でロケ」という決め事が最初にあって、そこから脚本を作っているので、そもそも企画の順番に 大きな問題はあるんだが、それでもキッチリと練り上げれば、それなりに目鼻の整った形に仕上げることは可能だったはずだ。
ところが、この映画の脚本は、「とにかく観光地の風景さえ撮れば、他はどうでもいい」という手抜き感覚だったのかと疑いたくなるほど (いや、疑いというレベルじゃなくて、もはや確信に近いものがあるのだが)、ヒドい出来映えだ。
このシナリオで、なぜ大作映画としての製作にゴーサインが出たのだろうか。
亀山千広と大多亮はクルクルパーなのか、あるいはヤクでも打って正気を失っていたのか、あるいは全くシナリオを見ないでゴーサインを 出したのか。
シナリオのレベルだけなら、ヌー・イメージの映画と大して変わらないぞ。
ヌー・イメージなら「低予算映画だし」という言い訳も出来るが、こっちはフジテレビ史上で最大の製作費を費やした50周年記念作品 なんでしょ。
目も当てられないとは、まさにこのことだ。
で、何が女神の報酬だったのかねえ。

(観賞日:2010年6月17日)


第3回(2009年度)HIHOはくさい映画賞

・最低主演男優賞:織田裕二
・最低脚本賞(ただし脚本家が無記名のため、「受賞者なし」という扱い)
・特別功労賞:亀山千広
<*『アマルフィ 女神の報酬』『サイドウェイズ』『曲がれ!スプーン』『TOKYO JOE マフィアを売った男』の4作での受賞>

 

*ポンコツ映画愛護協会