『ALWAYS 三丁目の夕日'64』:2012、日本

昭和39年(1964年)。オリンピック開催を控えた東京では競技施設の建設が進められ、ラジオでは関連ニュースが毎日のように報じられている。夕日町三丁目の鈴木オートにはケンジという新しい従業員が加わり、古行淳之介と鈴木一平は高校生になった。茶川竜之介と結婚したヒロミは妊娠中だ。竜之介の家には購入した白黒テレビが届き、ヒロミと淳之介で拍手をする。「これでオリンピックが見られる」と喜ぶ竜之介だが、近所の子供たちは「白黒テレビか。ウチにだってあらあ」と冷たく言う。
一方、鈴木オート社長の則文がカラーテレビを購入したため、近所の人々が集まった。初めて目にするカラーの映像に、彼らは興奮を隠せない。則文に「カラーで見たかったら、来てもいいよ」とバカにされた竜之介は、「オリンピックなんて興味ないね。日本人は騒ぎすぎ」と強がって偏屈な態度を取る。鈴木オートの住み込み従業員・六子は、朝からおめかしして外出する。それは、凡天堂病院に勤務する医者・菊池孝太郎に通勤途中で声を掛け、挨拶を交わすためだった。
六子はすっかり鈴木オートの仕事も板に付き、ケンジだけでなく則文にも苦言を呈するほどになった。則文が「おっかねえなあ。ありゃ嫁の貰い手無いな」と顔をしかめて言うと、トモエは「そんなことないわよ。最近とってもオシャレになったわ」と微笑する。彼女は六子が朝からおめかしして出掛けていることを則文に教え、「誰かいい人と早朝デートしてるんじゃないかしら」と柔和な表情で告げた。
夜になると、茶川商店の一角を改装した居酒「やまふじ」の営業が始まる。ヒロミは身重でありながら、その店で女将として働いていた。竜之介は『冒険少年ブック』の看板作家として連載を続けているが、売れていたのは短い期間だ。しかし調子に乗って2階を増築し、その支払いがまだ残っている。竜之介は『銀河少年ミノル』を連載中だが、新人小説家・緑沼アキラの作品『ヴィールズ』が人気を博している。そのせいで彼は「もっと新しい雰囲気でお願いします」と書き直しを要求され、苛立っていた。
竜之介は東大を目指して勉強中の淳之介から「おじちゃんが気にするような相手じゃないですよ」と言われ、「まあな」と得意げになる。彼は『ヴィールズ』について、「勢い任せなんだよ。文章は稚拙で、地に足が着いていない。その内、息切れするだろうな」と扱き下ろす。一平は電気ギターにハマり、夜中に大きな音で演奏する。腹を立てた竜之介は、店に来ていた則文に「淳之介はエリートコースに乗ろうとしてるんだよ。足引っ張るようなことはやめてもらいたいもんだね」と嫌味っぽく告げた。
ある日、タバコ屋の大田キンは、六子が隠れて菊池を待ち受け、朝の挨拶を交わして嬉しそうにしている様子を目撃した。キンは勤務中の六子に声を掛け、ニヤニヤしながら「ありゃあ、イカすねえ」と言う。六子は慌てて「菊池先生とは、何でもないんですから」と告げ、かつて仕事中に腕を火傷した時に診察してもらっただけだと言い訳する。彼女はキンから「思い切ってモーション掛けてみたら」と言われ、「バカ言わないでください。私は挨拶するだけでいいんです。人には身の程ってものがありますよ。私とじゃ、釣り合いが取れません」と告げる。それから「社長さんや奥さんに、余計なこと言わないで下さいよ」と釘を刺した。
菊池が鈴木オートに「車がエンコしちやって」とやって来た。汚い作業服姿の六子は、バレないように顔を隠しながら修理へ出向く。だが、すぐに菊池は、朝の挨拶を交わす相手だと気付く。カッコ悪い姿を見られた六子は修理を終え、気落ちして立ち去ろうとした。すると菊池が「お礼にお茶でもおごらせてくれないかな」と日曜のデートに誘ってきた。「後で電話する」と言われた六子は、鈴木オートに戻ってドキドキしながら電話を待つ。ところが則文が電話を取ってしまい、すぐに切ってしまった。六子は公衆電話から病院に書け直して謝罪し、改めて菊池とデートの約束を交わした。
竜之介は電報を受け取り、それを読んで顔を強張らせた。しかし学校から戻った淳之介に「どうかしたんですか」と問われると、「何でもねえ。くだらねえ用事だ」と言う。六子は菊池とフルーツパーラーへ行き、それから一緒に銀座の街を歩く。夜、テレビを見ていると、たまたま繁華街でみゆき族を撮影していた映像の中に2人の姿が写る。慌てて六子は隠そうとする。ケンジが気付くが、六子は「銀座なんか行ってねえよ」と誤魔化した。
則文はギターを演奏する一平に、「役に立たねえ電気ギターなんかやめろ。そんな暇があったら少しは仕事覚えろ」と注意する。一平から「ナンセンス。こんなクソ修理屋なんか継がねえよ」と生意気に言い返された彼は激怒して殴ろうとするが、軽くかわされる。一平は学校では友人の三浦雄一郎らとベンチャーズのコピーバンドを組んでおり、クラスメイトの前で特別公開練習をする。しかし実力はサッパリで、すぐに女子たちは教室から出て行ってしまった。
一平は雄一郎から、「もうバンドやめようかなあ。だからギター、返してくれない?」と言われる。「今日はみんな調子が悪かっただけなんだって」と一平が口にすると、彼は「リードギターが一平じゃあさ。お前は加山雄三にはなれないんだよ。それより勿体無いのは淳之介だよ。どうして小説書くの、やめちゃったんだよ」と淳之介に問い掛ける。淳之介は「小説家は不安定だし、売れるか分からないし、もっと堅実に行けって言われてるんだ。僕は育ててくれた2人に恩返しがしたいんだ」と述べた。
竜之介は創進画報社を訪れ、担当編集者の富岡に『銀河少年ミノル』の評判を尋ねる。富岡は「確かに、新しい雰囲気にはなりましたが、肝心の物が抜け落ちたような気がして」と告げる。『ヴィールズ』の感想を問われた竜之介は不愉快そうに、「あれはダメですな。品が無い」と酷評した。すると富岡は「しかし人気はある」と言い、『ヴィールズ』宛てに届いた大量のファンレターを見せる。
『冒険少年ブック』ブックは漫画中心に方針を変えてから、部数を急速に伸ばしていた。そんな中、編集部では全て漫画にしてしまえという意見さえ出ているという。富岡は「僕はそれには反対です。しかし読み物は1本でいいんじゃないかというのが編集部の総意でして」と言い、いずれかを打ち切る方針であることを明かした。帰宅した竜之介は、ヒロミと淳之介に『銀河少年ミノル』のファンレターを書くよう依頼する。「捏造するんですか?」と困惑する淳之介に、彼は「ミノルの連載が終わっちまうかもしれないんだ。そしたらお前の学費、誰が出すんだよ」と告げる。しかし淳之介が動かなかったので、竜之介は「分かったよ。もう部屋に戻れ。その代わり、東大落ちたら許さないからな」と述べた。
便箋を文箱から出そうとしたヒロミは、「チチキトク スグ カエレ」という電報を発見した。「どういうこと?一昨日の日付じゃない。すぐ行かなきゃ」と彼女に言われた竜之介は、「俺は勘当されたんだって。親父なんかいないの」と無感情で言う。しかしヒロミから「行ってあげて」と悲しそうな目で訴えられ、竜之介は列車に乗って帰郷する。彼が家に着くと、茶川家の分家の叔母・奈津子が出て来た。父の林太郎は布団の中で眠っている。竜之介が奈津子に具合を尋ねると、「お医者さんが覚悟してくれ言うもんだから、慌てて電報を打った。けど持ち直してな」という答えが返って来た。
目を覚ました林太郎は、「ワシに息子はおらん」と竜之介を拒絶する態度を見せた。竜之介は感情的になり、「分かりました、帰ります」と立ち上がる。竜之介が嫌味っぽく「一つだけ言っておきます。僕は小説家になりましたよ。アンタが絶対になれないと保証してくれた小説家に」と告げると、林太郎は「くだらん。子供騙しの雑文だ。あんなモン、小説とは言わん」と罵った。竜之介が「アンタに小説の何が分かるっていうんだ」と掴み掛かろうとすると、奈津子が止める。竜之介は「ここに来たのが間違いだった」と家を後にした。
10月10日、夕日町三丁目に人通りは全く無い。鈴木家ではカラーテレビで東京オリンピックの開会式を見ていた。竜之介はヒロミに「意地張るの、やめてさ」と促されるが、「ウチはウチのテレビで見ればいいんだよ。カラーテレビは想像力を奪う」と言う。しかし淳之介の言葉もあり、結局は鈴木オートへ行こうとする。その時、空を見上げた彼は「鈴木オート、早く出て来い。カラーテレビより凄いぞ」と叫ぶ。鈴木家の面々が外へ出ると、上空には航空機が作った五輪の雲が出ていた。則文は「この辺、全部焼け野原だったんだよ。それが、ビルジングが出来て、世界一の東京タワーが出来て、とうとうオリンピックだぞ」と感動した。
凡天堂病院へ診察に行ったキンは、菊池のことを看護婦に尋ねる。「実はね、知り合いのお嬢さんと、いい具合でねえ」と彼女が言うと、看護婦は顔を曇らせて「こんなこと、本来は言うべきじゃないんですけど」と言う。菊池のことを聞かされたキンは、不安になった。六子は菊池とデートに出掛けた帰り、「今度、2人でバカンスに行かない?海に一泊ぐらいで。考えといて」と誘われた。彼と別れてから歩いていると、キンが待っていた。
翌日、六子は菊池を尾行した。前夜、彼女はキンから「悪い噂しか聞かないんだわ。前の病院も、その前の病院も辞めさせられたんだって。実家が大病院のドラ息子らしくて、女の問題でクビになったって。今もあちこちに女がいるだの、ヤクザと繋がってるなんて話もある。遊ばれてるんだよ」と聞かされていた。タクシーを降りた菊池はヤクザっぽい男と会い、水商売の女たちに迎えられていた。それを目撃した六子は、噂が本当だと確信して涙ぐむ。
創進画報社には『銀河少年ミノル』のファンレターが何通も届いていたが、富岡は竜之介の捏造だと見抜いて呆れる。実は、既に連載の打ち切りは決定していた。竜之介は富岡から打ち切りを通告され、「人気は回復したでしょ。ファンレターだってうんと来たでしょ」と反論する。富岡は捏造を指摘し、「先生、こういうことしちゃいけない」と諌められる。竜之介は帰宅してヒロミに連載終了を明かし、「結局、緑沼アキラに負けた。畜生、何だってんだよ」と荒れる。その様子を目にした淳之介は、いたたれなくなって自室に戻る。実は、緑沼アキラの正体は彼だった。
六子は菊池からの電話で「考えてくれた、バカンスのこと?」と訊かれ、「休みが取れるかどうか」と誤魔化した。彼女はヒロミに相談し、遊ばれていると分かっても菊池への恋心が消えないということを吐露する。ヒロミは「そういうものよ、恋をするって。貴方の目には、どのように見えるの」と問い掛けた。六子は菊池に診察してもらった時のことを回想し、「私には、やっぱし素敵な人に思えます」と言う。ヒロミは「自分で決めること。そうすれば、どんな結果になっても後悔はしないものよ」と告げた。
翌朝の朝食で、六子はバカンスへ行きたいことを鈴木家の面々に告げる。ただし、上京仲間と一緒に行くのだと嘘をついた。則文は「お前がいないと回らないぞ」と渋い顔をするが、妻のトモエは「行ってらっしゃい。たまには羽根を伸ばさないと」と優しく告げた。竜之介は淳之介が小説を書いていると知り、「どういう時期だか分かってるのか。必死にやらなけりゃ、東大なんて絶対に入れないんだぞ」と叱責して「俺を見てみろ。小説にしがみ付いて、このザマだよ。ハッキリ言ってヒモだよ。お前はこんな風になりたいのか」と説いた。
淳之介は竜之介に、自分が緑沼アキラであることを明かす。竜之介は「お前のために必死で頑張って来た俺が、よりによってお前のせいで冒険少年ブックから追い出されたっていうのか」と漏らす。淳之介が「ほんの運試しのつもりで投稿したら、こんなことになって。でも、おじちゃんが困ってるなら、連載やめてもいいんです」と口にすると、竜之介は「馬鹿にするな。同情してんのか」と怒鳴った。
竜之介は「大体、なんで小説続けてるんだよ。勉強してるフリして、こんなモン書いてやがったのか。どうして俺の言っていることを分かってくれないんだ。俺のこと見て来ただろ。どんな惨めな思いをしてきたか知ってるだろ。確かに、『ヴィールズ』は人気だよ。今はちやほやされているかもしれない。けどな。あいつら売れなくなったらポイだぞ。俺はお前に同じような苦労をしてほしくないんだよ。とにかく、小説書くのは禁止だ。編集部には俺から連絡しておく」と、淳之介の言葉も聞かず、一方的に決めた。
竜之介の元に「チチシス」の電報が届いた。葬儀のため、彼はヒロミを伴って帰郷した。奈津子は竜之介に、林太郎が『冒険少年ブック』を毎月買っていたこと、ずっと応援していたことを明かす。竜之介はその説明を信じようとせず、「だって、俺は勘当されたんだよ」とぶっきらぼうに告げる。すると奈津子は「お芝居だったんよ。よう言ってたもん。小説家なんて厳しい世界だ、背水の陣で臨まなければならないって。勘当するフリしたんだよ」と語った。
父の本棚にブックが並んでいるのを見た竜之介は、「今さら何だよ。俺はどうすればいいんだ」と泣いた。竜之介は帰りの電車の中で、ヒロミに「親父のおかげで小説家を続けて来られてのかもしれない。小説家なんてやめてしまおうと思ったことが何度もある。でもその度に親父の顔が浮かんでさ。何くそって」と漏らした。淳之介は富岡から連載再開を頼まれるが、「僕はもう小説家になる気は無いんです。諦めて下さい」と断った。
精肉店の丸山と自転車屋の吉田は、六子が菊池の車に乗り込むのを目撃した。則文は六子が男の車に乗ったと聞かされ、激しく動揺する。菊池は車を運転しながら、六子に「白状するとね、あの時、偶然に故障したんじゃないんだ。病院のカルテで君の住所を調べて、エンジンのコードを細工してね」と明かした。翌日、六子が戻ると、一平とケンジが現れた。一平は「バレちゃってるぜ。アンタも一緒に連れて来いってさ」と言う。菊池は「僕は逃げも隠れもしないよ」と会いに行くが、いきなり則文に殴り飛ばされた。
則文を止めに入ったヒロミが、腹を押さえて苦しみ始めた。菊池が診察し、ヒロミの容態は安定した。一平が町医者の宅間史郎を呼んで戻って来たので、トモエが「大丈夫でした。心配ないみたいで」と告げる。宅間は菊池が幼い頃からの知り合いだった。彼の父親が、医大の先輩なのだという。宅間が「どうして、ここに?」と尋ねると、一平が「六子の彼氏なんだよ」と冷やかした。則文は「この男はね、嫁入り前の娘をたぶらかして、旅行に連れ出したんですよ」と怒りを露わにした。
則文が「どこで何をしていやがった」と声を荒げると、菊池は「実は、千葉の実家の方に」と口にした。彼は六子を父親に紹介するため、千葉へ赴いたのだ。菊池の父親は、潮之浦という小さな村で診療所をやっていた。菊池は将来、その診療所を継ぎたいと考えていた。彼は則文たちに、「六子さんにプロポーズさせていただいたんです」と告げる。則文が「騙されないぞ。女たらしで、何度も病院をクビになってて」と言うと、六子は「それは違うんです」と否定した。
宅間は「孝太郎君は、無料診療を行っているんですよ。お金や保険が無かったり、様々な理由で治療を受けられない人を、無料で診察するんです。多くの病院ではこれを禁じていて、有志の意思のみで、密かに活動しています。私もその一人でしたね」と語る。水商売の女たちも、その診察対象だったのだ。これで菊池に対する則文たちの誤解は解けたが、六子は彼のプロポーズを断っていた。
六子はプロポーズを断った理由を問われ、「私は鈴木オートの従業員です。高校さ入る時、社長さんに言われました。鈴木オートを世界に打って出る会社にするんだって。そのために力になってくれって。私、まんだその約束、果たしてねえ。恩返しもしてねえのに、結婚なんて出来ねえ」と語る。菊池が帰った後、則文とトモエは宅間から、菊池に対する人物評価を聞かされる。その夜、則文とトモエは六子のことを語り合い、彼女の結婚について答えを決めた…。

監督・VFXは山崎貴、原作は西岸良平「三丁目の夕日」小学館ビッグコミックオジナル連載中、脚本は古沢良太&山崎貴、エグゼクティブプロデューサーは阿部秀司&奥田誠治、プロデューサーは安藤親広&高橋望&飯沼伸之、アソシエイトプロデューサーは小出真佐樹&沢辺伸政、Co.プロデューサーは守屋圭一郎&大村信、協力プロデューサーは山際新平、ラインプロデューサーは竹内勝一、撮影は柴崎幸三、照明は水野研一、録音は鶴巻仁、美術は上條安里、編集は宮島竜治、VFXディレクターは渋谷紀世子、音楽は佐藤直紀。
主題歌『グッドラック』:BUMP OF CHICKEN 作詞・作曲:藤原基英。
出演は吉岡秀隆、堤真一、小雪、堀北真希、薬師丸ひろ子、三浦友和、大森南朋、森山未來、須賀健太、小清水一揮、もたいまさこ、高畑淳子、米倉斉加年、マギー、温水洋一、神戸浩、飯田基祐、蛭子能収、ピエール瀧、染谷将太、正司照枝、浅利陽介、持丸加賀、森林恵理奈、中浜奈美子、佐々木一平、山野海、菅大輝、塩野魁土、小杉勇二、クリス・ドゥモンタルト、ダーシャ、窪田吾朗、勝倉けい子、加藤裕月、中川美樹、西川浩介、日向丈、天蝶二、水上潤、河村舞子、福島翔子、正木佐和、関口茉弥、朝見朱伽、佐藤風花、枡太一、立田恭三、伊藤久朗、本多小百合、児玉勝司ら。


西岸良平によるビッグコミックオリジナル連載の漫画『夕焼けの詩−三丁目の夕日』(『三丁目の夕日』と呼ばれることもある)を基にしたシリーズ第3作。
監督・VFXの山崎貴、脚本の古沢良太&山崎貴、撮影の柴崎幸三、美術の上條安里など、主要スタッフは1作目から変わっていない。
竜之介役の吉岡秀隆、則文役の堤真一、ヒロミ役の小雪、六子役の堀北真希、トモエ役の薬師丸ひろ子、宅間役の三浦友和、キン役のもたいまさこなど、1作目からのレギュラー陣が揃って続投。
新たな出演者は、菊池役の森山未來、富岡役の大森南朋、奈津子役の高畑淳子、林太郎役の米倉斉加年など。

相変わらず、当時の世相・風俗がストーリー展開に深く関わってくることは無い。
五輪に備えてテレビを購入したり、子供たちがイヤミの「シェー」のポーズをトモエに見せたり、自動販売機で瓶のコーラを一平たちが買ったり、子供たちが『ひょっこりひょうたん島』の歌を歌ったりというのはある。
ただし、東京オリンピックによって、登場人物の物語がそれほど大きく影響を受けることは無い。オリンピックをテレビで見ているシーンもあるが、「とりあえず触れてみました」という程度の淡白な処理で終わらせている。
オリンピックに向けて人々がワクワクしているとか、急に何かやり始めるとか、そういうオリンピック開会までの動きは、ほとんど描かれない。テレビを買うシーンぐらいだろう。
あくまでも、背景のように扱われている程度だ。

緑沼アキラの正体が淳之介だということは、勘のいい人なら、もう最初の段階で分かるだろう。
このシリーズって、基本的にはベタな展開で全て構築されているので、それ以外に答えは無いんだよな。
ベタだから、菊池が噂通りの人間ではなく、ちゃんとした男であることもバレバレだ。そして、最終的には六子とくっついて幸せになることもバレバレ。全てのエピソードは、「こうなるだろう」という予定調和の中で進められていく。
別に予定調和がダメだというわけではない。
ただ、「予定調和に満ちた物語を、いかに魅力的なモノとして提示するか」という部分で、この映画はやり方が下手だったり雑だったりする。

竜之介はヒロミが「自分は父親の死に立ち会えなかった。絶対に後悔するから」と悲しそうな目で説得したので、帰郷を決める。
だったら、偏屈な親父と言い争いになったとしても、それで腹を立てて田舎を去る、というところでシーンを終わらせてしまったらいけない。そこは、その場で解決してしまうべきだ。
あと、東京へ戻った彼がヒロミからどうだったのか問われたり、「やっぱり戻るべきじゃなかった」と苛立ったように吐き捨てたり、そういう描写は絶対に必要でしょ。竜之介はヒロミの説得で帰郷を決めたんだからさ。
そこはちゃんと2人の会話を入れないと、シーンが閉じてないでしょ。

林太郎が竜之介を否定しておらず、内緒で応援していたことは、もう最初からバレバレだ。ベタにやるなら、それ以外に無いからね。
ただ、竜之介が帰郷した時も林太郎が罵るのなら、彼が生きている間に「実は応援していた」ってことを竜之介が知る形にしておくべきだよ。
帰郷した時に罵って追い帰しているもんだから、死んでから竜之介が真実を知っても、そこに感動は無いんだよね。
だってさ、竜之介が帰郷した時は、もはや罵る必要性は全く無いんだから。
それは単に、ひねくれているだけになってしまう。

「竜之介は死んでから初めて父の思いを知って悔やむ」というところで感動させたいんだろうけど、「死ぬ前に気付くのは不可能だよな」という考えが浮かんでしまうのでね。
「チチキトク」の電報が来ても会いに行かなかったのであれば、その展開で感動へ、という流れは理解できるんだけど。
しかも、林太郎の思いを知った後で、竜之介の作家生活に何か変化があるのか、これまで以上に頑張って執筆しようと決意したりするのかというと、何も影響を与えていないのだ。
っていうかさ、せっかくその前に、連載を打ち切られて腐っているという展開があったんだから、「執筆に対して全く身が入らずに、もうヒモでいいやとやさぐれていたが、父の真意を知り、やっぱり小説家として頑張っていこうと決意する」という流れにでもすれば良かったんじゃないの。

菊池が六子を誘った「泊りがけのバカンス」は、実は父親に会わせるための旅行だったわけだが、菊池は「バカンスへ」という風に誘っており、六子はそういうことだと思い込んでOKしている。
つまり、結婚前の男女が泊まりがけの旅行に行っているわけで、それは菊池にしろ、六子にしろ、「真面目で誠実な男」「うぶで純粋な娘」というキャラクターをブレさせることに繋がっているんじゃないか。
例えば、菊池は最初から父親に紹介するつもりであり、騙すつもりは無かったが言葉の説明が足りなかっただけということにしておく。一方の六子は、知識が無かったり勘違いしていたりで、泊りがけだと知らずに承諾して、後から泊りがけだと知って動揺する。
そういう形にでもしておけば、2人のキャラクターを軽薄にしてしまうことは避けられたのではないかと。
その辺りは、もうちょっと繊細な気遣いで考えてほしかったところだ。

六子の結婚式が終わった後、竜之介が訪ねてきた富岡の前で淳之介の真意を確認するシーンがある。「小説家になりたい」と言い出した淳之介に対し、竜之介は「お前には愛想が尽きた」と激怒して追い出す。
だけど、どう考えたって、六子の結婚式をラストに配置すべきでしょ。
いや、その順番で構成しているのも、分からないではないんだよ。そっちを先にやると、竜之介が淳之介を追い出しているから、結婚式に淳之介が出席するのは難しくなってしまうのでね。
ただ、それでも、やはり結婚式をラストにすべきじゃないかと。

それと、そもそも「竜之介が父のように芝居をして淳之介を追い出す」ということに対して疑問があるんだよね。
それが淳之介のためになっているとは、到底思えないのよ。
だってさ、竜之介の場合と違い、淳之介はその家で暮らしている間に、既にデビューして人気作家になっているんだからさ。
まだ実家にいる時はデビューしていなかった竜之介と違って、背水の陣を用意する必要性が無いのよ。

今回は3Dカメラで撮影されており、山崎監督は「飛び出す映像」を強く意識している。
序盤、玩具の飛行機が飛んでいく様子をカメラが追い掛け、最後は東京タワーを頂点から見下ろした映像になるが、これは明らかに「飛び出す映像」を見せるためのカメラワークだ。
他に、五輪の雲を描く航空機がこっちへ飛んでくるのも、菊池が食べていたご飯粒を吹き出すのも、則文に殴り飛ばされた菊池がガラス戸を突き破って吹き飛ばされるのも、飛び出す映像のために用意されたシーンだ。
しかし本来ならば、この映画を3Dで作る必要性は全く無い。東京タワーが飛び出して見えたからって、「だから何なのか」って話だ。
この映画は人情喜劇であり、当時の風景を再現したCGやミニチュアは、あくまでも当時の様子を描くためのモノ、人情喜劇を飾り付けるためのモノであるはずだからだ。
この映画を2Dで見たからと言って、ドラマに対する印象は何一つ影響を受けることが無いだろう。

ただし、私は「本来ならば」という注釈を付けた。
実は、この映画は人情喜劇を描くことがメインではない。
シリーズ1作目からそうなのだが、ストーリー部分は「映画としての体裁を整えるために付け加えられたモノ」に過ぎない。
これは「いかに昭和の風景を再現するか」という、CGやミニチュアを見せるための作品なのだ。
「こんな映像を作ることが出来ますよ」という、ある意味では山崎監督や彼の所属する白組のショーケースなわけだから、そう考えれば3Dにする意味があるのだ。

(観賞日:2012年10月17日)

 

*ポンコツ映画愛護協会