『悪霊島』:1981、日本
1980年冬。ラジオ局で働く三津木五郎は、テレビのニュースでジョン・レノンの暗殺事件を知った。五郎はビートルズが日本に入って来た1960年代、青春の真っ只中にいた。彼はニュース映像を見つめながら、刑部島で過ごした10日間の出来事を回想する。1969年、ある断崖から男が転落し、海に浮かんだ。本州の竹田と刑部島を結ぶフェリーに乗っていた乗客たちは、漂流する男を発見した。船員たちが引き上げると、瀕死の男は「あの島には悪霊が。あの島には恐ろしい悪霊が」と漏らして息を引き取った。
ヒッピーとして日本中を旅していた五郎は、ローカル線の車両で私立探偵の金田一耕助と遭遇した。切符を無くして困っている金田一に、五郎は「僕に付いて来ませんか」と持ち掛けた。。その頃の五郎は、乗り物には必ず無賃乗車することをゲームとしてやっていた。金田一と五郎は駅で降りると、走って逃げ出した。竹田のフェリー乗り場には、磯川警部がやって来た。磯川が死体の背広を調べると、青木という苗字が刺繍されていた。磯川は旧知の間柄である金田一に気付き、声を掛けた。磯川は違う事件で来ていたのだが、たまたまフェリーに変死体が上がり、付き合わされたのだという。2人が話している間に、五郎は姿を消した。
磯川は金田一を車に乗せ、自分が調べている事件の現場である古い民家へ連れて行く。家に入った磯川は、地元警察の広瀬警部補に金田一を紹介した。そこでは、住人である老女の浅井はるが絞殺されていた。はるの商売は、表向きは薬屋だが、他にも口寄せの市子(イタコのような霊媒)やモグリの産婆をやっていた。10日ほど前、磯川の元に彼女からの手紙が届いた。その手紙には、はるが24年前の暗い秘密に深く関わっていたこと、相手の人物を強請っていたこと、最近になって命の危険を感じていることが記されていた。そして彼女は、「全ての罪を告白するから身を守ってほしい」と磯川に依頼して来たのだ。だが、手紙が届いた時に磯川は大阪に出張しており、開封したのは1週間後だった。地元警察に連絡すると、はるは既に殺されていた。
部屋を調べた広瀬は、薬箱の引き出しに入っていた刑部神社のおみくじを発見した。しかし刑部神社は戦後、おみくじを出していない。つまり、それは20年以上も前の物ということになる。金田一は刑部神社が刑部島にあると知り、「実は私の依頼された仕事も、刑部島に関係があるんですよ。この5月に、ある人物が刑部島に渡ったきり、ぷっつり消息を絶ってしまったんですね。青木って人なんですがね」と語る。磯川は先程の死体の刺繍を思い出し、そのことを彼に告げる。
青木の調査を依頼した人間について磯川が訊くと、金田一は「越智竜平って言うんですよ」と答えた。すると広瀬は、刑部島には刑部家の他に越智という古い家系があること、竜平が跡取りだったことを話す。金田一は死体を確認するが、顔が判別できないぐらい酷く変形していた。磯川は広瀬から、目撃者が現れたことを聞かされる。犯行時間の頃、はるの家からヒゲだらけでヒッピー風の若者が飛び出して来たという。金田一と磯川は、フェリーに乗っていた巡礼の録音した青木の音声を確認した。すると青木は、「あいつは腰のところで、骨と骨がくっ付いた双子なんだ。あの島には恐ろしい悪霊が。いいか、鵺の鳴く夜は気を付けろ」と言っていた。
金田一が刑部島へ向かうためにフェリー乗り場へ赴くと、五郎がいて「こっちですよ」と声を掛けて来た。五郎は有名な祭りがあると聞き、島へ渡るのだという。五郎によると、乗り場にいる人たちは祭礼目当てで、島の人間が祭礼に戻ると日当が出るのだという。その日当を出すのは役場ではなく、島出身の越智という大実業家だと彼は語る。若い頃にアメリカへ渡り、あくどいことをやって故郷へ帰って来たという、その男こそ、金田一の依頼人である越智竜平だった。
フェリーに乗船した金田一は、乗客たちの面々の会話を耳にして、越智が若い頃に刑部神社の娘・巴御寮人と恋仲だったことを知る。2人は20年ほど前に駆け落ち騒ぎを起こしたが、越智は身分違いとして刑部一族から猛反対され、島を追い出されていた。その集団から離れて座っていた乗客の吉太郎が「鵺の鳴く夜か」と呟いたので、金田一は気になった。島に上陸した金田一と五郎は、旅館の錨屋で宿泊することにした。女中・とめがテレビ番組に夢中になっている間に、金田一は宿泊人名簿を調べ、青木修三という名前を見つけた。
島を巡っていた金田一は、猟銃を撃つ吉太郎を目撃する。しかし彼は金田一に気付くと、逃げるように走り去った。吉太郎を追い掛けて廃墟となった集落に入り込んだ金田一は、野犬の群れに襲われた。慌てて逃げ出した彼は、祭礼の準備が進められている刑部神社に辿り着いた。そこには五郎がおり、神社の娘である双子姉妹、真帆と片帆の写真を撮影しようとしていた。そこへ姉妹の母である巴が現れ、その美しさに金田一は目を奪われた。
金田一は錨屋へ戻り、主人である刑部大膳と面会した。大膳は彼に、東京から戻った村長たちが越智に会って金田一への伝言を頼まれたことを話す。越智は、明後日に島へ来るので、それまで金田一には島でゆっくりしてもらいたいとのことだった。金田一が青木のことを話すと、大膳は死体について「ここに泊まった青木修三とは別人でしょう」と言う。大膳は金田一に、村長をやっている従弟の刑部辰馬と、刑部神社の太夫である刑部守衛を紹介した。守衛は、大膳の姪である巴の夫に当たる。
辰馬は金田一に、越智が刑部神社のために寄進した黄金の矢を見せて自慢した。金田一は五郎から、本土の神事が忙しくて守衛がほとんど島にいないこと、親子が普段は一緒に暮らしていないことを知らされる。五郎は真帆と片帆から、そのことを聞いたのだという。真帆と片帆は、普段は尾道と広島に別々に預けられているという。金田一が「やぶからぼうですが、鵺って知ってます?」と問い掛けると、五郎は「この辺で言うトラツグミのことじゃないですか。昼間も訊かれたなあ」と言う。それを尋ねて来たのは、昆虫採集が目的で島にやって来た荒木定吉という青年だった。
翌日、金田一は矢を神社に納める神事を見物した。由緒正しい強弓を使って目玉の標的を射抜くのが本来の神事だが、辰馬によれば、戦後は引ける者がいないため、弦を引くだけにしているのだという。戦前、その強弓を引くことが出来たのは越智で、良い勝負だったのは従弟の吉太郎だという。それ以前は、大膳しか強弓を引けなかったらしい。神事の場を離れて神社を調べていた金田一は、離れから聞こえる女の声が気になった。近付こうとすると、吉太郎が現れて「何か御用ですか」と立ちはだかった。離れのことを尋ねると、吉太郎は巴の双子の姉・ふぶきが使っていることを告げた。そこへ巴が現れ、ふぶきが脳を患っていることを語る。
錨屋に戻った金田一は荒木と話し、彼の父が薬売りをやっていたこと、10年前に島で行方不明になったことを知る。鵺と失踪事件の関係について金田一が訊くと、荒木は父から届いた最後の手紙に「どうも恐ろしいことに引きずり込まれそうだ。鵺の鳴く晩は怖い」と、まるで酒に酔ったような文字で綴られていたことを語った。次の朝、越智が秘書の松本克子を伴って島に到着した。辰馬と村会議員の面々は、彼を丁重に迎えた。守衛が「明日の宵宮には、御神殿の方へお越し願えますか」と言うと、越智は「はい、貴方とは特別なお話がありますから」と述べた。越智が車に乗り込むと、五郎が窓を叩いた。越智は一瞥しただけで、運転手に車を発進させた。
とめは錨屋で準備をしている神楽太夫社長の妹尾四郎兵衛に、彼の孫である誠と勇のことを尋ねる。「お兄ちゃんらのお父さん、まだ行方不明なん?」という彼女の質問に、四郎兵衛は「もう5年にもなるかなあ」と言う。誠と勇は、片帆と遭遇した。神楽太夫は祭礼で毎年必ず島を訪れているので、真帆は2人のことを知っていた。もう一人を捜しているというので、勇は「一緒に探してあげましょうか」と告げた。林へ行った勇は、真帆と遭遇した。その間に、誠と片帆は唇を重ねていた。2人の関係は、誰にも内緒だった。片帆は彼に、「この島はね、恐ろしい秘密がある場所なんよ。ほいじゃけん、早く出てしまいたいんよ」と告げた。
島が雷雨に見舞われる中、金田一は磯川からの電話を受け、青木が墜落する前に首を絞められた形跡があることを聞かされた。次の日、彼は越智のクルーザーに乗り、青木が言い残した「鵺の鳴く夜は気を付けろ」という言葉に触れる。すると越智は、何か知っているような表情を浮かべた。埠頭に立っている女性に気付いた越智は、そちらをじっと見つめた。金田一が「あれは巴さんですか、それとも姉の、ふぶきさん?」と訊くと、越智は「分かりません。何しろ私には、20年の空白がある」と口にした。
宵宮の夜、真帆は広島の御寮人・玉江に電話を掛ける。昨夜から片帆の姿が見えないので、広島へ戻ったかと思ったのだが、まだ戻っていなかった。転寝をしていた金田一は、「火事だ」と騒ぐ声で目を覚ました。神社の神楽殿が火事になったのだ。神社へ赴いた金田一は、吉太郎たちが消火活動に当たる様子を目にした。ようやく鎮火した後、越智が拝殿から出て来た。彼は金田一や辰馬たちの前に現れ、無言で拝殿を指差した。金田一たちが拝殿へ行くと、黄金の矢に胸を射抜かれた守衛の死体があり、強弓が無くなっていた。
金田一の知らせを受けて、磯川と地元警察の面々が島にやって来た。公民館に特別捜査本部が設置され、辰馬は越智に疑いの目を向けて「油断するな、もしかしたら、この島に復讐しようと思っとる」と島民たちに語り掛ける。そこへ越智の叔母・多年子が来て、「酒を召し上がって頭がおかしゅうなっとんじゃありませんか」と辰馬を鋭く見据えた。「ほいじゃあ、大夫さんを殺すっちゅうのが、どういう復讐なんかいね」と言われた辰馬が喚き散らすと、大膳の指示を受けた者が彼をつまみ出した。
翌朝、七人塚の近くに突き刺さっている強弓を、老漁夫が発見した。越智は磯川たちから拝殿に行った理由を問われ、「人影を見ました」 と証言する。しかし顔は分からないという。「白っぽい着物を着て、黒っぽい羽織を着ていました」という言葉で、金田一は「その格好は神楽太夫だ」と言う。磯川たちは神楽太夫を尋問しようとするが、全員が黙秘を貫いた。人間の手首をくわえた野犬を発見した磯川たちは、その後を追う。吉太郎が「みんな、あれを見い」と叫んだので、磯川たちは谷に目をやった。谷の上空にはカラスの群れが飛んでいた。金田一たちが谷へ行くと、野犬に食い散らかされた片帆の死体があった。だが、彼女の死因は絞殺だった。
検死の結果、守衛を殺した犯人は、心臓まで矢が到達して絶命させたにも関わらず、さらに押し込んで貫通させていたことが判明した。つまり、強弓で射抜いたものではないということだ。また、片帆の死亡推定時刻は一昨日の夕方5時頃から10時頃までの間ということも分かった。「話したいことがある」ということで、五郎と勇が捜査本部にやって来た。五郎の姿を見た磯川と広瀬は、はる殺しの容疑者に格好が似ていると考えた。五郎は磯川たちに、片帆の死んだ日、いつもは神社の社務所に掛かっている菅笠と蓑を被った男と遭遇したことを語る。それを聞いた金田一は、消火活動の際に吉太郎が同じ格好をしていたことを思い出す。
次の日、守衛と片帆の葬列には、双子姉妹を別々に預かっていた尾道の御寮人・澄江と広島の御寮人・玉江も出席した。磯川は金田一に、娘たちを第二夫人に預けたのは大膳の指示だろうと話す。金田一は多年子の元を訪れ、刑部家と越智家が反目する中で巴と越智の仲を取り持っていた人物がいたのではないかと指摘する。多年子は、最初は自分が逢引きの連絡係を務めていたこと、七人塚の近くの森の中が2人の密会場所だったことを話す。多年子は2人に、呼び出す合図を決めるよう促した。そこで巴と越智は、鵺の鳴き声を真似て合図にするようになったのだという。
しかし2人の逢瀬は長く続かず、それを知った大膳は越智に怒り狂った。その様子を目にした多年子は、巴が妊娠したのではないかと推測した。確かなことは分からないが、島を出て広島のどこかで産んだのではないか、あるいはモグリ産婆に頼んで堕胎したのではないかという噂があったという。浅井はるという名前について金田一は尋ねるが、多年子は知らなかった。そこへ越智が来たので、金田一はふぶきが病気になった時期について質問する。越智は「良く分かりませんが、しかし昔から良く言うでしょう、双子は畜生腹だって。産まれてすぐに、島の外へ里子に出されたんじゃありませんかね」と述べた。
多年子によると、ふぶきは広島の中の郷という場所へ里子に出されていたらしい。島に戻ったのは越智が渡米して数年後のことで、離れに閉じ込められ、ほとんど姿を見せなかったという。金田一は越智に、五郎が車のドアを叩いた時に何を言ったのか質問した。すると越智は、「たった一言、お父さんと」と答える。越智は金田一に、「あの五郎という青年は、巴が産んだ子供かもしれない」と告げる。
翌日、金田一は詳しく調査するため、広島へ向かう。ふぶきの暮らしていた家の隣人によれば、彼女は頭がおかしい様子など無く、明るい娘だったという。磯川たちは五郎を捜査本部へ呼び、宵宮の夜の行動について尋問する。五郎が拝殿にいたことを、勇が証言したのだ。はるの殺害について追及された五郎は、家を訪れたことを認めた上で、その目的は自分の両親を知りたかったからだと述べた。そして越智と巴が自分の両親である可能性が出て来たことで、五郎の中に「巴が母であってほしい」という気持ちが芽生えた。
宵宮の夜、守衛の絶叫を耳にした五郎が拝殿へ行くと、自分を無視してフラフラと立ち去る巴の姿があった。守衛の死体を見た五郎は、巴が犯人に疑われないための工作をしなければならないと考え、矢を押し込んだ。だが、その後で巴の姿を見た時に、それが巴ではなく、ふぶきだと感じたのだという。磯川たちは刑部の本家へ赴き、応対に出た巴に「ふぶきさんを連行しに参りました」と告げる。磯川から立ち会いを求められた巴は屋内を見回った後、「姉がおらんのです」と言う。慌てた磯川たちは、ふぶきらしき人物が竹林を逃げて行く姿を目撃する。磯川たちが後を追って断崖へ行くと、そこには大膳が立っていた。彼は「ふぶきは死んだ。何とか捕まえようとしたが、一瞬、遅かった」と口にした。次の日、島へ戻った金田一は、ふぶきが犯人とする磯川たちの見立てに疑問を示す…。監督は篠田正浩、原作は横溝正史(角川文庫版)、脚本は清水邦夫、製作は角川春樹、プロデューサーは橋本新一&飯泉征吉、撮影は宮川一夫、美術は朝倉摂、照明は佐野武治、録音は西崎英雄、編集は浦岡敬一、音楽監督は湯浅譲二、音楽製作プロデューサーは高桑忠男、挿入歌「レット・イット・ビー」「ゲット・バック」作詞・作曲はジョン・レノン/ポール・マッカートニー。
出演は鹿賀丈史、岩下志麻、岸本加世子、古尾谷雅人、石橋蓮司、室田日出男、伊丹十三、佐分利信、宮下順子、中島ゆたか、多々良純、中尾彬、大塚道子、二宮さよ子、根岸季衣、嵯峨善兵、浜村純、武内亨、原泉、氏家修、中田博久、草間正吾、きくち英一、鷹瀬出、河合絃司、相馬剛三、福原秀雄、安永憲司、山中康二、大原穣子、岡崎夏子、暁津純、雪江由記、和甲拓、高田尚子、堀真一、中島菊枝、疋田泰盛、波多野博、有島淳平、大城泰、畑中怜一、淡路康、村居京之輔、藤川弘、千代田進一、加茂雅幹、藤田高広、松田勲、北村明男、曲龍伍、三崎貴博、高橋弘志、山田博行、山川弘乃、沖田喜一、七曜会。
横溝正史の同名小説を基にした作品。
脚本は『竜馬暗殺』の清水邦夫、監督は『桜の森の満開の下』『はなれ瞽女おりん』の篠田正浩。
製作会社は角川春樹事務所。
金田一を鹿賀丈史、巴を岩下志麻、真帆&片帆を岸本加世子、五郎を古尾谷雅人、吉太郎を石橋蓮司、磯川を室田日出男、越智を伊丹十三、大膳を佐分利信、澄江を宮下順子、克子を中島ゆたか、辰馬を多々良純、守衛を中尾彬、多年子を大塚道子、玉江を二宮さよ子、とめを根岸季衣が演じている。角川春樹事務所が製作した金田一映画と言えば、1976年の『犬神家の一族』から5作品が作られた東宝のシリーズが最も有名だろう。そのシリーズは、全て市川崑が監督を務め、石坂浩二が金田一を演じていた。
そのシリーズが続いている最中に、角川春樹事務所は東映と手を組んで、『悪魔が来りて笛を吹く』を製作している。そこでは西田敏行が金田一を演じ、斎藤光正が監督を務めた。そして、『悪魔が来りて笛を吹く』と東宝シリーズの最終作『病院坂の首縊りの家』から2年後、角川春樹事務所は東映&日本ヘラルド映画と手を組んで、また金田一映画を製作したわけだ。
商売根性がたくましいというか、節操が無いというか。金田一シリーズと言えば、「戦後間もない時代」「閉鎖的な村や島」「古いしきたりや因習が渦巻くおどろおどろしい場所」というイメージが強い。
しかし本作品では、時代設定が1969年だ。ビートルズの曲が流れ、ヒッピーが登場し、コント55号の出演するテレビ番組が放送されている。
そんな中で、金田一耕助というキャラクターが、どうも浮き上がって見える。
原作がそういう時代設定であっても、映画化の際、昭和20年代に変更した方が良かったのではないかと思う。ただし、時代設定を簡単に変更できない事情もあって、それは「ジョン・レノンの暗殺事件を物語に取り込み、ビートルズの楽曲を使う」ということで映画化の企画が進められたからだ。
しかし、わざわざジョン・レノンの暗殺事件を取り込んだのはいいが、「だから何?」という結果に終わっている。
それって、まるで必要性が感じられないのよね。
「必要だから盛り込んだ」とか、「物語の内容と上手くマッチするから盛り込んだ」というわけじゃなくて、マッチングなんて完全に無視して、とにかく「まずジョン・レノンの暗殺事件ありき」ということで企画を進めたんだろう。それでも、物語にジョン・レノンの暗殺事件を上手く馴染ませるための作業をやっていれば文句は無いが、まあ見事なぐらい、融合のユの字もありゃしない。
ビートルズの楽曲にしても同様で、むしろ金田一の世界観とはミスマッチで、邪魔にさえ感じる。
あと、ジョン・レノン暗殺と関連させてビートルズの曲を使うのなら、なんで『ゲット・バック』と『レット・イット・ビー』なのよ。作者のクレジットは「レノン=マッカートニー」でも、実質的にはどっちもポール・マッカートニーの楽曲でしょうに。そこはジョン・レノンの作った曲を使わないとダメでしょ。
あと、ちなみにビデオやDVDだと権利上の問題でビートルズのオリジナル音源が使えず、『ゲット・バック』はビリー・プレストン、『レット・イット・ビー』はレオ・セイヤーによるカバー・バージョンになっている。そのジョン・レノン暗殺を知った五郎が、刑部島での事件を回想するという形式で物語は幕を開ける。
だったら、そこからは五郎の視点で物語が描かれるのかと思いきや、そうではない。
「今思うに、あの島での10日の日々こそ云々」というモノローグが入るってから画面が切り替わると、まず誰かが崖から海へ墜落する様子が写し出される。
それを五郎が目撃したのかというと、そうではない。それを五郎は見ていない。フェリーにも彼の姿は無い。その後、五郎が登場してモノローグを語るものの、金田一が登場すると、そこからは金田一が中心に配置され、五郎は「事件の目撃者」や「物語の語り手」としての役割を失う。
実際、五郎が関わっていない出来事、彼が現場に同席していないシーンが、次から次へと登場する。
もはや、回想形式にした意味も、五郎を登場させた意味も、どちらも無くなってしまう。
そもそも、ジョン・レノン暗殺で島の出来事を思い出すって、すげえ無理を感じるし。島の事件とジョン・レノンやビートルズは、何の関係も無いわけだし。五郎は目撃者や語り手としての役割を担っていないだけでなく、事件に深く関与しているわけでもないし、金田一の助手役を務めるわけでもない。
一応、容疑者の中には入っているけど、彼が犯人じゃないことはバレバレだし、別にいなくても支障は無い。
五郎は両親捜しを目的として島を訪れたのだが、それは分からないままで話は終わっているし。
原作だと五郎の父親は磯川警部であり、そこでドラマが描かれるのだが、その部分を削除したことで、五郎の存在意義は皆無に等しいモノになってしまっている。登場人物の紹介やら、相関関係の説明やら、伏線を張る作業やらで、かなりの時間を費やしている。
最初の殺人シーンが訪れるのは、開始から約50分後。
それはスローペースが過ぎるでしょ。
幾ら前述のような作業が必要だからって、ホントに何も起きないし、今すぐに殺人が起きるような気配さえ薄いので、さすがに退屈なムードが漂ってくる。
それに、「必要な作業をやっているだけだから、仕方が無い」とは言えないのよ。要らない要素や要らない登場人物も、色々と盛り込まれているんだから。例えば、誠&勇の兄弟とか、荒木とか、まるで必要性を感じない。どちらも父親が失踪しているんだけど、それも含めて、どうでもいいわ。
一応、兄弟の父親や荒木の父親の失踪は一連の事件と関連性があるんだけど、兄弟と荒木の存在意義は、ほとんど感じられない。
誠の方は片帆との恋愛関係が用意されているけど、片帆が死んでも全く感情に出ないぐらい薄い処理だし。
あと、片帆は「この島はね、恐ろしい秘密がある場所なんよ。ほいじゃけん、早く出てしまいたいんよ」と告げ、怯えた様子で誠に抱き付いているけど、アンタ、普段は島におらず、広島に預けられているんでしょうに。島を出たいも何も、たまたま祭礼で島に来ただけじゃねえか。荒木は、中盤以降は存在そのものが完全に消えちゃっている。
そもそも彼については、金田一が五郎に「鵺って知ってます?」と尋ねるシーンで、「荒木君。ほら、あの昆虫採集の」というセリフがあるけど、「昆虫採集って何のことだ?」と思ってしまったぐらいだ。
五郎が神社で真帆&片帆の写真を撮影している時に荒木がいることは分かったが、その時点では何者なのか良く分からなかった。改めて映像を確認すると、金田一と五郎がフェリーから刑部島を眺める時に、荒木はその近くにいる。
また、上陸した金田一たちが歩いている時、虫取り網を持った荒木の姿がチラッと写っている。
金田一たちが錨屋に泊まる時、五郎が荒木と喋っているシーンもあり、そこで昆虫採集のことも話していた。
でも、かなり集中して見ていなかったら、こいつの存在なんて眼中に入らないんだよな。それぐらい、キャラとして薄いのよね。
他に、克子や澄江、玉江といった面々も、容疑者になるわけでもないし、金田一に情報をくれるわけでもないし、存在意義は乏しい。終盤、巴は真帆にオナニーを目撃され、追い掛けて首を絞める。しかし越智が真似た鵺の鳴き声を耳にして、真帆を放置して彼の元へ行く。
ただ、なぜ越智が急に鵺の声を真似たのか、それは全く分からない。
一方、金田一は磯川に事件の真相を語るが、それは全て根拠に乏しい推測でしかない。
例えば、「ふぶきは広島の原爆で死んだ」というのも、その根拠は「終戦の1年前に移転し、そこから先の消息が切れているから」というだけだ。さらに金田一は、巴の別人格がふぶきであり、彼女が守衛を殺害したことについて語る。
そして「この神社は代々、女性の血によって守られていく。そういった誇りや、営々と続いて来た血が、激しい怒りとなってたぎった。それが宵宮の太鼓の響きと呼応し合って、不意に巴の中のふぶきが現れた」と述べる。
だけど、それってホントに何の状況証拠も物的証拠も無い状態での推理なんだよな。金田一は巴の片帆殺しについて、「七人塚という、かつての思い出の場所。しかも、そこで若き日の自分たちと見まごうばかりの姿を見て、巴は次第に冷静さを失い、やがて激しい嫉妬の念に苛まれ、その黒い嫉妬の炎から、己の中に巣食うふぶきを呼び起こした」と語るが、これも全く根拠が無い。
彼は片帆の死体を運んで野犬に食わせた人物が大膳だと語った後、そんな行動を取った理由について「大膳もまた、巴を愛していたんでしょう。しかし彼は不能だと思うんですが」と言うが、これまた根拠はゼロ。
でも、その推理は全て的中している。
ただ、事件に関する大半のことは金田一や大膳の語りによって説明されるが、はるを絞殺した犯人については分からないままだ。
もし大膳が殺したとすると、20年前から脅されていたんだから、なぜ今になって始末したのかという疑問が生じるし。(観賞日:2013年6月8日)