『悪の教典』:2012、日本

蓮実聖司が14歳の頃、彼の父親である芳夫は息子が殺人犯だと気付いた。芳夫は妻の佳子に事実を明かし、「生まれつき共感能力が低いことは気になっていた」と言う。芳夫は佳子に、「息子を社会から隔離する必要がある」と告げる。だが、その会話を盗み聞きしていた蓮実は、両親を殺害した。そんな蓮実は現在、町田高校で2年4組の担任を受け持つ英語教師になっている。明るく元気に振る舞う彼は、生徒からの信頼も厚い人気者となっていた。
職員会議ではカンニング対策が話し合われ、蓮実はアマチュア無線部顧問である釣井正信の協力を得て妨害電波を発声させる方法を考えたと話す。酒井教頭が賛同の意志を示すと、蓮実は電波法に違反してしまう可能性があることに触れた上で、「敷地外には影響を及ぼさず、時間もテスト実施時のみに限定する」と説明する。灘森校長が法律違反に懸念を示したため、蓮実は他の方法を考えると告げた。授業に赴いた蓮実は、夏越雄一郎が隠れて漫画を読んでいても厳しく叱責するのではなく、ユーモアを交えて対処した。
片桐怜花と夏越は、友人である1組の早水圭介と会う。早水は暇潰しの一環として集団カンニングを画策しているが、怜花と夏越は加担していない。清田梨奈の父親である勝史は、「娘がイジメられている」と学校に怒鳴り込んでくる。蓮実は聞き取り調査でイジメの事実が確認できなかったことを説明するが、勝史は納得しない。4組の安原美彌が体育教師の柴原徹朗に命じられて体育倉庫へ入って行く様子を片桐たちが目撃する。美術教師の久米剛毅は、同性愛の関係にある4組の前島雅彦と屋上で密会する。同僚からも生徒からも嫌われている釣井は、サイコパスの研究に没頭する。
蓮実は片桐たちから、目撃した出来事を聞かされる。蓮実と2人きりで質問を受けた安原は、柴原に万引きを見つかって体を要求されたと告白する。蓮実は安原に、「淫行条例になる」といった文面をメールで柴原宛てに送るよう指示する。テストの際、蓮実は「会議で決定したことだ」と携帯電話を回収する。蓼沼将大は「忘れた」と嘘をつき、携帯電話を使ってカンニングを試みる。しかし圏外になったため、その目論見は失敗した。蓼沼だけでなく、早水や釣井の携帯も圏外になっていた。
早水は夏越と片桐に、釣井が学校には内緒で妨害電波を出していたんだろうと話す。だが、その話を聞いていた釣井は、自分が犯人ではないことを告げて立ち去った。学校では避難訓練が行われ、養護教諭の田浦潤子はAEDを使っている時の音声が録音されていることを生徒たちに話す。再び学校へ乗り込んで来た勝史は4組の女子生徒が作っている裏掲示板の存在を指摘し、学校を非難する。蓮実は冷静な態度で、ネット掲示板の書き込みはストレスの発散に過ぎないと告げる。
安原は蓮実を屋上へ呼び出し、思い詰めた表情でキスをする。蓮実は彼女を抱き寄せ、改めてキスをする。安原を立ち去らせた後、蓮実は蓼沼の存在を察知して呼び掛ける。「見てたのか」と問われた蓼沼は、「何を?」と口にした。ジョギングを日課とする蓮実は、清田家に猫よけのペットボトルが置いてあること、勝史が煙草の吸殻を外へ投げ捨てることを知っていた。蓮実はペットボトルの中身を水から灯油に入れ替えた。
勝史が捨てたタバコの火が燃え移り、清田家は全焼した。勝史は死んだが、帰宅の遅かった娘は無事だった。生活安全課の下鶴刑事が学校を訪れた際、釣井は蓮実が以前は都立北原高校にいたことを教える。しかし下鶴は、釣井の意図を全く理解しなかった。釣井は早水から警察と何を話していたのか問われ、蓮実が北原高校にいたことだと答えた。蓮実は久米を呼び出し、前島との関係を指摘した。蓮実は久米が金持ちの息子だと知っており、内緒にする代わりに豪邸や高級車を提供することを要求した。蓮実は安原を高級車に乗せて豪邸へ連れて行き、そこで肉体関係を持った。
早水は北原高校で生徒が4人も続けて自殺する出来事があったこと、それは蓮実の在任中だったことを突き止め、片桐と夏越に教えた。片桐は不安を抱き、これ以上は調べないよう早水に告げた。蓮実は裏掲示板に「蓼沼が清田家に放火した」というデマを書き込み、蓼沼と山口卓馬の喧嘩を誘発した。仲裁に入った蓮実は、内緒で飲みに行こうと蓼沼を誘った。彼は蓼沼を始末し、死体を埋めた。死体が発見されないため、蓼沼は家出したということになった。
早水は釣井から、蓮実に疑念を抱いて調査した内容を聞かされる。蓮実は中学3年の1学期に転校し、京都大学法学部に入学した。しかし1ヶ月で中退し、ハーバード大学へ入学している。その後、モルゲンシュテルンという投資銀行に就職したが、2年で辞めて畑違いの教師という仕事に就いた。あまりにも不自然な経歴だと、釣井は考えていた。そんな釣井と早水の会話を、蓮実は学校に仕掛けた盗聴器で全て聴いていた。釣井は電車で帰宅する釣井を殺害し、首吊り自殺に見せ掛けて立ち去った。
全校集会で釣井の死を聞かされた早水は無人の教室を捜索し、盗聴器を発見した。そこへ蓮実が現れ、早水を拘束した。蓮実は早水を脅し、「釣井に言われたことを誰かに話したか」と尋問した。蓮実は尋問を終えると早水を片付け、死体を処理した。安原は豪邸で蓮実と密会した時、彼が蓼沼の携帯電話を持っていることを知った。蓮実は「一緒に飲んだ時に蓼沼が酔い潰れて忘れていった」と嘘をつくが、安原の疑念を見抜き、始末しようと決めて彼女の遺書を作成した…。

監督は三池崇史、原作は貴志祐介『悪の教典』(文春文庫刊)、脚本は三池崇史、製作は市川南&服部洋&平尾隆弘&奥野敏聡&小笠原明男&吉川英作、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘、プロデューサーは東幸司&坂美佐子&森徹、プロダクション統括は金澤清美、撮影は北信康、美術は林田裕至&佐久嶋依里、録音は中村淳、照明は渡部嘉&佐藤宗史、編集は山下健治、脚本協力は森下桂子、音楽は遠藤浩二。
主題歌はTHE SECOND from EXILE「THINK 'BOUT IT!」Words:michiko、Music:T.Kura, michiko。
出演は伊藤英明、二階堂ふみ、染谷将太、林遣都、吹越満、山田孝之、平岳大、浅香航大、水野絵梨奈、KENTA、岩松了、篠井英介、小島聖、滝藤賢一、矢島健一、磯村洋祐、宮里駿、武田一馬、荒井敦史、中島広稀、鈴木龍之介、横山涼、竹内寿、西井幸人、藤原薫、堀越光貴、米本来輝、永瀬匡、工藤阿須加、岸田タツヤ、秋山遊楽、尾関陸、宇治清高、小島藤子、林さくら、神崎れな、夏居瑠奈、秋月成美、藤井武美、山本愛莉、綾乃美花、松岡茉優、塚田帆南、菅野莉央、山崎紘菜、伊藤沙莉、藤本七海、岸井ゆきの、山谷花純、三浦透子、兼尾瑞穂、貴志祐介ら。


貴志祐介の同名小説を基にした作品。
監督は『逆転裁判』『愛と誠』の三池崇史。脚本も手掛けるのは2007年の『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』以来となる。
蓮実を伊藤英明、片桐を二階堂ふみ、早水を染谷将太、前島を林遣都、釣井を吹越満、柴原を山田孝之、久米を平岳大、夏越を浅香航大、安原を水野絵梨奈、蓼沼をKENTA、灘森を岩松了、酒井を篠井英介、田浦を小島聖、清田を滝藤賢一、下鶴を矢島健一が演じている。
序盤の職員会議で蓮実に「頑張って下さい」と声を掛ける教師は、原作者の貴志祐介。

冒頭シーンで、その少年が誰なのかを明かしているわけではないし、殺人が明確に描かれるわけではない。しかし、よっぽど鈍い人間でなければ、少年時代の蓮実が両親を殺害したこと(その前にも殺人を犯している)は分かるだろう。
つまり、蓮実が共感能力の極端に低いサイコパスであることを、最初から明かしているわけだ。
そりゃあ公開前の予告や宣伝などで、蓮実が生徒たちを殺しまくるキチガイ野郎であることはバレバレになっている。
ただ、そうであっても、やはり映画の構成としては、最初は蓮実の正体を隠したまま進めた方がいいと思うんだよなあ。

ただし、しばらくは正体を隠したまま進めた方がいいが、「何となくヒントは出ている」という状態にした方がいい。
蓮実が現在のシーンで最初の殺人を遂行するまで、彼の異常性が全くと言っていいほど見えて来ないってのは上手くない。
サイコパスってのは本人が普通に振る舞っているつもりでも、どうしてもヤバい性質がチラホラと見えてしまうものだと思うのよ。
だから「明るく元気で、生徒思いで人気がある教師」という表面的な部分を描く一方で、「でも何となく変じゃないか?」と感じさせた方がいいんじゃないかと。

中学時代の蓮実が登場するプロローグを経て、現在のシーンが始まって間もなく、「かなり慌ただしいなあ」という印象を受ける。
最初だけかと思ったら、慌ただしい印象が消えないまま、どんどん話が先へ進んでいく。
ちょこちょことシーンを飛ばしながら進めているんじゃないか、そのせいで説明不足じゃないかと感じる。
まるでTVの連続ドラマの総集編を見せられているかのような印象なのだ。

生徒たちの名前も、その大半は分からない。当然のことながら、顔と名前を一致させる作業も困難だ。そもそも、大半の生徒の中身はペラッペラである。
原作のボリュームを考えると、その全てを盛り込むことは不可能だ。その一方で、後半の展開を考えると、2組の生徒全員に触れておいた方が望ましい。だが、生徒全員をキッチリと紹介するような時間的余裕は無い。
ただし、「ボリュームを考えるとTVの連続ドラマで作った方がいい」とも言えない。内容からして、TVドラマ化は不可能だ。
つまり色々と難しい問題があるわけだが、映画化した以上、そんなのは何の言い訳にもならないわけで。

蓮実が両親を殺した時、隠蔽工作によって強盗の仕業だと見せ掛けているが、その細工が警察に見抜かれなかったというのは、かなり無理がある。
ってことは、たぶん「そういうのを“有り”とする荒唐無稽な話」として受け入れてくれということなんだろう。
釣井を首吊りに見せ掛けて殺すシーンも、「そんな発見されるリスクのある場所で、わざわざ殺す意味が無い」とか、「状況の異常さからして警察が簡単に自殺と判断することは考えにくい」とか色々と無理を感じが、それも「そういうノリだから」と受け入れるべきなんだろう。
私は無理だったけどね。

「これまで慎重に殺人を遂行し、巧みに隠蔽して来たはずの蓮実にしてはボンクラな行動が目立つ」ってのは、大いに気になるところだ。
そして蓮実の行動には、もう1つ引っ掛かることがある。
それは、早水を捕まえて尋問するシーン。蓮実が早水を甚振る行為を楽しんでいるように見えるのだ。
しかし蓮実は、「邪魔な奴を始末する」という目的のためだけに行動しているはずで。それにしては、そこの態度は、ちょっと違和感を覚える。

蓮実はアメリカにいた頃、クレイという同級生の殺人愛好家と知り合うが、「殺人は快楽か?俺は違う」と言って始末している。
そこでハッキリと「自分にとっての殺人は快楽ではない」と言っているわけだから、早水を尋問する時も楽しんでいるように見えてはマズい。
っていうか、そのアメリカの回想シーンって要るかね。クレイと組んだとか、そいつを殺したとか、銀行のボスに正体を見抜かれて国外追放にされたとか、そういうのって要るかね。
ただでさえ時間が足りないんだから、そこは真っ先に削っていいでしょ。
そこは全て、釣井の疑問に対する答えを出すための段取りでしか無い。だったら釣井が話す「蓮実の経歴」からして全て排除すればいい。

屋上に呼び出した安原を飛び降り自殺に見せ掛けて始末した蓮実は、そこへ現れた永井あゆみも殺害し、この事件を隠蔽するための策略として「そうだ、全員を殺害して久米に罪を被せちゃえ」と考える。
でも、「全員を殺すことで事件を隠蔽する」ってのが、ボンクラな作戦にしか思えない。
それを「だってキチガイの考えることだし」と納得することは無理だ。「計画が狂ったことで冷静な判断力を失った」ということならともかく、冷静な判断の結果として、そういう計画を実行したように描かれているし。
ほぼ間違いなく「担任教師が生徒全員を殺す」という展開からの逆算で物語が作られていると思うんだけど、そこの計算に無理があるんじゃないかと。
たぶん原作では上手く処理されていて、映画化の際に無理が出たってことだろうけど。

前述したように、予告編や公開前の宣伝によって、「蓮実が生徒たちを次々に殺していく」という後半の展開は、多くの人が観賞する前から知っている状態にある。
だから、その「全員抹殺計画」が遂行されるまでの時間帯は、「いかに流れを作り、盛り上げていくか」ということが重要になる(っていうか、あらかじめ全員抹殺計画が明らかになっていなくても、それは重要なことだけど)。
しかし残念ながら、そこに向けての観客の気持ちを高めていく作業は、あまり上手く行っているとは言えない。

もっと問題なのは、いざ全員抹殺計画が開始されても、ちっとも盛り上がらないってことだ。
生徒の大半は中身がペラペラだから誰が誰なのか良く分からない状態だし、抵抗や反撃も乏しいので、「蓮実が粛々と殺していく」というのを見せられるだけなのだ。
「若者たちが次々に殺されていく」というスプラッター映画と、大して変わらない。
しかも、殺す方法は散弾銃による射殺ばかりだから変化が無いし、殺人ショーとしてのケレン味は薄い。残虐描写に力が入っているわけでもない。
つまりスプラッター描写のヌルいスプラッター映画ってことになってしまうわけで、そりゃあクライマックスに力が無いのも当然だろう。

この映画が一般公開される前、AKB48特別上映会で大島優子が途中退場し、「私はこの映画が嫌いです。命が簡単に奪われていくたびに、涙が止まりませんでした」とコメントを出した。
宣伝のための策略であることは濃厚だが、この映画は「命が簡単に奪われる」ことに問題があるわけではない。
皮肉なことに、観客に不快感を与えるほど強い力を発していない。単純に、つまらないってのが問題なのだ。
いっそのこと、もっと徹底的に不快感を与えるぐらい突き抜けた方が、まだ幾らかマシだっただろう。
それでも、あくまでも「マシ」というだけであって、そこを突き抜けるだけで傑作になる可能性は無いだろうけど。

(観賞日:2015年12月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会