『惡の華』:2019、日本
春日高男は「この町は何も無い。ただ永遠と続く灰色だ」と感じている。チンピラ2人組にカツアゲされた彼は「教えてくれないか。どうやって恥ずかしげもなく生きていられるのか。クソ虫ども」と罵り、さらに暴力を振るわれた。彼は倒れ込みながら、「ここでは死ねない。だって、僕はあの時、死んだから」と心で口にする。
3年前。春日は周りを山に囲まれた町での暮らしに、「逃げ場なんてどこにも無い」と感じていた。彼はボードレールを理解できる人間も、自分を理解できる人間も、この町にはいないだろうと思っていた。担任教師がテストの答案を返す時、春日は隠れてボードレールの『惡の華』を呼んでいたので名前を呼ばれても最初は気付かなかった。次に呼ばれた佐伯奈々子は成績優秀で、そのテストも98点でクラスのトップだった。
春日の後ろの席に座っている仲村佐和は、白紙で答案を出していた。「そんな舐めた態度で社会に出てやっていけると思ってるのか」と教師に叱責された彼女は、「うっせえ、クソムシが」と罵った。憤慨した教師が怒鳴って拳を振り上げても、彼女は臆せずに睨み付けた。放課後、春日は友人の山田&小島と帰路に就いた。小島が仲村について「怖くね?あんな女とは絶対付き合いたくねえな」と言うと、春日は「なんで上から目線なんだよ。お前となんて誰も付き合ってくれねえよ」と告げる。「お前も同じようなもんだろ」と反論された彼は、「違うね。俺は本を読んでる」と主張した。
山田が「付き合うなら佐伯さんがいいなあ」と口にしたので、佐伯に好意を寄せている春日は動揺する。山田と小島から「好きな人って、もしかして佐伯?」と茶化された彼は、慌てて「違うよ」と否定した。『惡の華』を学校に忘れたと気付いた春日は、急いで取りに戻った。無人の教室に入った彼は、佐伯の体操袋が落ちているのを発見した。一度は放置して立ち去ろうとした春日だが、袋を開けてブルマの匂いを嗅いだ。物音を聞いた彼は、咄嗟に体操袋を持ったまま家に逃げ帰ってしまった。
翌朝、春日が登校すると担任が教室に現れ、「佐伯の体操服が無くなってた」と告げる。春日は体操服を返せなくなり、罪を背負っていくと決意した。すると下校途中に仲村が待ち受けており、あの山の向こうまで乗せて行くよう要求する。春日が困惑すると、彼女は含んだ笑みで「私、見てたんだよ。春日くんが佐伯さんの体操着、盗んだところ」と言う。狼狽した春日が自転車を捨てて逃走すると、仲村が追い掛けて来た。春日が坂道を転がり落ちると、仲村は彼の鞄から佐伯の体操袋を取り出して「逃げ野郎。クズネズミ」と罵倒した。春日が釈明しようとすると、仲村は「バラさなくてもいいよ。その代わり、私と契約しよ」と笑顔で提案した。
春日は彼女から、変態としての気持ちを作文に書くよう指示した。次の日、春日が登校すると、1人の女子生徒が「給食費が盗まれた」と騒ぎ出した。山田と小島は仲村が怪しいと言い出し、ある女子生徒が「昨日の放課後、仲村さんが教室に入って行くのを見た」と語った。春日は「何の証拠も無いのに、そういうこと言うなよ」と反論し、騒いでいた女子は鞄の中にあった給食費の袋を発見した。佐伯は春日に好印象を抱き、「カッコ良かったよ」と褒めた。嬉しくなった春日は彼女に話し掛け、一緒に古本屋へ行く約束を交わした。
放課後、仲村は誰もいない図書室へ春日を連れて行き、早く作文を見せるよう要求した。春日が『惡の華』を差し出して「この本には闇の感情が渦巻いている。これが俺の作文だよ」と言うと、仲村は叩き落として「黙れ、クソ虫」と罵る。彼女は春日を押し倒して腹にパンチを入れ、上着を脱がせて「私は春日くんのグチャグチャな作文が読みたかったの」と声を荒らげた。春日は佐伯の体操着を着せられ、仲村は「ズブズブのド変態が」と言い放った。仲村は興奮した様子で、「どんな気持ち?私ね、もうずっと前からムズムズしてるの。この世界全部、私のモヤモヤの中でクソムシになればいいって思う。春日くんとおんなじ。私もきっと変態なの」と語った。
日曜日、春日は佐伯と会い、古本屋の猫町堂へ行く。春日は『惡の華』を勧め、中学1年生の時に出会って自分の世界が変わったと熱く語った。彼は屈んだ佐伯の胸元から見える谷間に気付き、慌てて目を逸らした。春日は佐伯に『惡の華』をプレゼントし、書店の外で仲村が密かに張り込んでいるのを確認する。公園のベンチに座った時、春日は仲村から「デートが終わるまでに、佐伯さんとキスしな」と命令されたことを思い出す。彼は仲村の命令で、デートの間も上着の下に佐伯の体操着を着せられていた。
「自分がド変態野郎だって認めな」という仲村の言葉を回想し、春日は「違う。俺は変態じゃない」と心で否定した。彼は監視している仲村の命令に従わず、「私と純粋にプラトニックなお付き合いをしてください」と佐伯に告げる。「はい。私で良かったら」と言われて、春日は喜んだ。すると腹を立てた仲村は春日に歩み寄り、ジュースをシャツに浴びせて走り去った。体操着が透けて見えたので、春日は慌てて「用事を思い出したので」と逃亡した。
待ち伏せていた仲村に「裏切り野郎」と非難された春日は、「最初からキスするつもりなんて無かったもん」と言う。「本当はしたかったくせに。ドロドロのクソド変態。ウンチ人間のくせに」と仲村は告げ、「そんなんじゃない」と春日が反発すると平手打ちを浴びせた。彼女は佐伯との交際を許可し、「特別に応援してやるよ」と述べた。仲村は佐伯に友達になろうと持ち掛け、それを知った春日は動揺した。「どういうつもりなんだよ」と春日が焦りを見せると、仲村は「春日君には話さない、佐伯くんのグチャグチャの中身、私が引きずり出して全部教えてあげる」と嬉しそうに言う。彼女は佐伯の前で、「春日君がセックスしたいって」と唐突に叫んだ。
翌日、佐伯が学校を休んだので、春日はプリントを届ける名目で彼女の家を訪れた。佐伯は春日の手を握り、「隠してることがあるなら、全部ここで言って。春日くんは真っ直ぐ気持ちを伝えてくれて、それが本当に嬉しくて。知りたいの、春日くんの本当のこと」と見つめた。春日が「何も隠してなんかないよ」と嘘をつくと、彼女は笑顔で「春日君を信じる」と口にした。佐伯は『惡の華』を途中まで読んだと明かし、「難しい本だね。春日くんは凄いんだね」と告げた。
夜、春日が公園で佇んでいると、仲村が来て「セックスに行ったんでしょ?一皮剥けて来た?」と笑う。春日は泣きそうな声で、「『惡の華』を読んでいてくれたんだ。佐伯さんは、どこまでも清らかな人なんだ。それなのに、俺は裏切り続けてる」と漏らす。「俺はクソ虫なんだ」と彼が吐露すると、彼女は「うん、そうだね」と言う。春日が「俺が体操着を盗んだことを伝えてくれよ」と頼むと、仲村は馬鹿にしたように笑って「いい顔してるよ」と告げる。彼女は「分かった。いいよ」と答え、春日を連れて学校へ向かった。
仲村は教室に侵入し、黒板に真実を書くよう春日に命じた。「この体操着を置いておけば、佐伯さんに見てもらえるよ」と言われた春日は、「それじゃ他の奴にもバレるじゃないか」と反論する。仲村が「当たり前じゃん。早く書けよ」と体操袋で殴り付けると、彼は「そんなこと望んでなんか」と口にする。仲村が「虫が良すぎるよ。佐伯さんにだけ、いい感じに懺悔してサッパリしたいなんて何様?おまけに、私に伝えろだ?思い上がんのも、いい加減にしろよ。全身皮かむり野郎」と罵倒すると、春日は「俺はただ、佐伯さんにふさわしい人間になりたいんだ。普通になりたいんだよ」と話す。
仲村は「ガッカリ。結局、春日君も他の奴らとおんなじなんだ。。ゲロみたいな話でゲロみたいに笑って、クソみたいに固まって群れて、死んだ方がマシのカスどもと」と苛立って掴み掛かり、「つまんない」と何度も繰り返した。仲村が「もう契約は終わり、二度と私に口利かないで」と冷たく教室を出て行こうとするので、春日は慌てて命令に従った。「それだけ。全部ぶちまけろよ。この教室をクソ虫の海にしてよ」と要求された彼は、さらに自分を罵倒する言葉を書き加える。
それでも足りないと言われた春日は、床にも言葉を書き始めた。すると仲村は筆と墨汁を持ち出し、「もっと」と要求した。春日が筆で窓や壁に落書きすると、仲村も加わった。2人は笑顔で教室を自由気ままに汚し、疲れ切って終わりにした。仲村は満足そうな表情で、春日に「やっぱり春日君は、本物の変態だよ」と告げた。翌朝、着替えのために帰宅した春日が再び学校に戻ると、知らない内に仲村が彼の名前を消していた。そのため、春日の所業は誰にも知られずに済んだ。
しかし春日は帰宅した時に墨汁で汚れた服を洗濯機に放り込んでいたため、両親から問い詰められた。焦った春日は家を飛び出し、「俺のいる場所はどこにもない」と心で呟く。すると仲村が待っており、「行こうか、向こう側に」と遠くの山を指差した。春日は自転車の後ろに仲村を乗せ、雨が降り出す夜中になって、ひかり児童遊園地に辿り着いた。2人が雨宿りしていると、佐伯が自転車でやって来た。彼女は『惡の華』を持参しており、「ずっと読んでた。でも良く分からない」と口にする。彼女は泣きながら、「春日くんの心の中は、どうなってるの?私たち、付き合ってるのに、どうして仲村のとこへ行くの?」と問い掛けた。
仲村は「だったら教えてやるよ」と言って春日の服を脱がせ、告白する時もデートした時も佐伯の体操着を着て興奮していたと暴露する。佐伯は全裸にされた春日の胸に触れ、「どんなことだって、春日くんが私を思ってしてくれたことだったら、私は嬉しい。変態だなんて思わない」と告げる。仲村が「もういいよ、春日くん。つまんない。一生そうやって、この町でクソムシとしてのたれ生きてろ」と自転車で去ろうとすると、春日は慌てて呼び止めた。
春日は大声で絶叫してから、「僕は他のくだらない奴らとは違うって思ってた。でも、ホントは良く分かんないだ。ボードレールなんて、『惡の華』なんて。ただ、それを読んでる自分に酔ってただけ。生身の佐伯さんと向き合うのは怖かった普通にはなれない。でも僕は変態ですらない。仲村さんが期待するような中身なんて何も無い。僕は空っぽなんだよ」と吐露する。佐伯は彼の前に『惡の華』を投げ捨て、「分かった。もういい」と冷たく告げて去った。仲村は『惡の華』を踏み付けて破り捨て、泣きながら「これ以上、私の魂をグズグズにしないで」と言い残して去った。
3年後。春日は埼玉県立みぎわ高等学校に通っていた。学校には常磐文という人気の女子生徒がいて、春日のクラスの男子たちは「年上の彼氏がいるらしい」と噂していた。放課後、古書店『みやま書店』の前を通り掛かった春日は、常磐が『惡の華』を立ち読みしている姿を目撃した。驚いた彼は、常磐に駆け寄って「それ、知ってるの?」と話し掛ける。常磐が「誰だっけ?」と怪訝な表情を浮かべると、彼は慌てて「あ、いや」と逃げるように去った。
翌日、春日が登校すると、常磐が呼び止めた。彼女は『惡の華』を掲げ、「良く分かんなかった」と告げる。常磐は『惡の華』を読んだ理由について、好きな本に謎解きの鍵としてボードレールの詩が出て来たからだと説明した。「君、本が好きなの?」と訊かれた春日は、「中学生の頃、たくさん読んだ」と答えた。すると常磐は「『惡の華』みたいなのは無しで」という条件を付けて、面白そうな本を貸してほしいと持ち掛けた。「こっちに来る時に捨てたから、1冊も持ってないんだ」と春日が言うと、彼女は「じゃあ、読んでみる?そのボードレールが出て来る本」と提案する。常磐は春日を自宅に招き、大量の本が並んでいる書棚を見せた。
本の量に圧倒された春日は「プロットノート」と表紙に書いているノートに気付き、常磐が小説を書こうとしていることを知った。常磐は恥ずかしがって誤魔化そうとするが、春日が「見せて」と頼むと渋々ながら承諾した。彼女は『幽霊殺人事件(仮)』という題名の小説を構想しており、それは山あいの平和な田舎町が舞台になっていた。主人公の男子高校生が「町から出られない」「この村は死んでいる」と感じている設定を見た春日は、「これ、僕だ」と呟いた。
春日が「この感じ、知ってるよ。凄いよ」と興奮すると、常磐は「ありがとう。私、書いてみる」と喜んだ。春日が常磐の話を聞きながら夜の町を歩いていると、佐伯が恋人と一緒に通り掛かった。佐伯は春日に気付いて笑顔で挨拶し、「そちらは、彼女?」と質問する。常磐が「違う違う、ただの友達」と軽く笑って否定すると、佐伯は「そっか。知り合いに似てるから」と言う。彼女は連絡先を交換する名目で春日に歩み寄り、小声で「あの子も不幸にするの?」と告げた。
3年前、遊園地の一件があって以来、春日は仲村とも佐伯とも話せず、学校でも距離を置くようになった。別れ際の仲村の泣き顔が脳裏に焼き付いて離れない春日は、放課後に彼女の家を訪れた。すると仲村の父が出て来て「何か用?」と訊くので、クラスメイトだと説明した。仲村の父に誘われ、春日は家に上がり込んだ。仲村は父と祖母の3人で暮らしており、母は彼女が5歳の時に離婚して家を出ていた。仲村の父は娘について、「汚い言葉ばかりで、何を尋ねても教えてくれない」と語る。春日は彼に、仲村が何を考えているのか分からないが、分かりたいのだと話した。
トイレを借りようとした春日は、「入るなクソムシ」と殴り書きされている扉を見つけて驚いた。扉を開けると仲村の部屋で、少し開いた机の引き出しにはノートが入っていた。春日がノートをめくると、「くだらない」「私は変態だ。」といった文字が記されていた。さらにページをめくると春日の名前が大きく書かれており、「いた!私以外にも変態はいた!楽しみ。これからどうしてやろう」と綴ってあった。教室を汚した一件については、「やっぱり私がみとめただけある!」と記してあった。だが、それ以降は白紙が続き、最後のページには「向こう側へ行けなかった。」という文字があった。
そこへ仲村が帰宅し、「早く出てけ、ウンチ」と春日に怒鳴って家を飛び出した。春日は追い掛けて彼女を捕まえ、「一緒に、この町の中で、向こう側を見つけよう」と呼び掛けた。仲村が睨み付けて罵声を浴びせると、彼は「今度は僕と契約しよう。このクソムシの海から這い出す契約を」と持ち掛けた。次の日、春日は学校を休み、水泳の授業中に佐伯以外のクラスの女子の下着を盗んだ。彼は仲村を川辺にある小屋に案内し、「ここだけは、この町の中の向こう側なんだ」と言う。
春日は『惡の華』を燃やし、炎で小屋に吊るして飾った下着を照らす。彼は「いつでもここに来て。僕はいつでもここにいる。仲村さんを退屈にさせない。仲村さんはここに座ってて。それが僕の契約だよ」と語り、パイプ椅子を差し出した。佐伯の下着だけ盗まなかった理由を問われた春日は、「それが一番酷いことだからだよ」と答えた。仲村が「契約させてやるのは私だろうが、このド変態野郎が」と言うと、春日は悦楽を感じた。
春日は学校の胸像に盗んだ下着を被せて喜び、仲村は犯人に気付いた佐伯を見て勝ち誇った笑みを浮かべた。春日が小屋で仲村に罵られて喜んでいる時、佐伯が外で凝視していた。ある日、春日が小屋に行くと佐伯が待ち受けており、「春日くんの行き先は行き止まりだよ。向こう側なんて、あるわけない」と言う。彼女が服を脱いでセックスを求めると、春日は動揺しながらも拒否して「この町の中に、向こう側を作るんだ。仲村さんのために」と告げる。佐伯は春日にキスして押し倒し、「ずっと一緒にしよう」と口にする。春日は彼女を突き飛ばして立ち上がり、「僕は仲村さんが好きだ」と走り去った。
小屋が燃えているのに気付いた彼は慌てて戻るが、もう消すのは無理だと諦めて離れた。周囲に野次馬が集まる中、春日は仲村から「何、これ?」と質問される。そこへ佐伯が現れ、「春日くんとしちゃった」と仲村に告げる。仲村が「だから何?やりたきゃやれよ」と冷淡に言うと、彼女は「春日くんを取られて、どんな気分?」と問い掛けた。仲村が「くだらない」と突き放すと、佐伯は平手打ちを浴びせた。彼女が「私のこと、そうやって見下して」と声を荒らげると、仲村は無言で強く抱き締めた。佐伯が「悔しいって言ってよ。どうして私は仲村さんじゃないの?」と泣き出すと、彼女は「やっと吐き出したね。でも、お前の中身はハエよりただれてるよ。お前なんかに死んでも分かってたまるか」と軽蔑の眼差しで言い放った…。監督は井口昇、原作は押見修造『惡の華』(講談社『別冊少年マガジン』所載)、脚本は岡田麿里、製作は松井智&板東浩二&小西啓介&小畑良治&新井重人、プロデューサーは永田芳弘&涌田秀幸、共同プロデューサーは関口周平、アソシエイトプロデューサーは山野邊雅祥&冨松俊雄、撮影は早坂伸、照明は田島慎、録音は柳屋文彦、美術は鈴木隆之、編集は山本彩加、音楽は福田裕彦、主題歌『ハナヒカリ』はリーガルリリー。
伊藤健太郎、玉城ティナ、秋田汐梨、飯豊まりえ、鶴見辰吾、佐々木すみ江、坂井真紀、高橋和也、村杉蝉之介、松本若菜、黒沢あすか、北川美穂、佐久本宝、田中偉登、栗田桃花、柏木りの、朝倉ふゆな、神門実里、野田真実、鈴原ゆりあ、松城凛、高橋洋、平田雄也、神南里奈、山本愛莉、福田愛依、西谷星彩、白石優愛、大地伸永、深澤悠斗、伊藤セナ、秋谷柊弥、岡田佳大、真田大誠、伊藤公一、神威祐太、西蒼竜、上埜すみれ、柳杏奈、草野伸介、藍田将太、齊藤謙也ら。
押見修造の同名漫画を基にした作品。
監督は『ゴーストスクワッド』『覚悟はいいかそこの女子。』の井口昇。
脚本は『暗黒女子』『先生!、、、好きになってもいいですか?』の岡田麿里。
春日を伊藤健太郎、仲村を玉城ティナ、佐伯を秋田汐梨、常磐を飯豊まりえ、春日の父を鶴見辰吾、仲村の祖母を佐々木すみ江、春日の母を坂井真紀、仲村の父を高橋和也、担任教師を村杉蝉之介、佐伯の母を松本若菜、仲村の母を黒沢あすかが演じている。最初に「この映画を、今、思春期に苛まれているすべての少年少女、かつて思春期に苛まれたすべてのかつての少年少女に捧げます。」というメッセージが表示される。だが、見終わってから改めて振り返った時に、「捧げるような作品じゃねえよ」と言いたくなる。
そういうメッセージも含めて、すんげえ嫌悪感が湧くぞ。
こんな映画を作っておいて、良くもいけしゃあしゃあと「我々はマイノリティーの味方ですよ。弱者に寄り添う映画の作り手ですよ」みたいな顔が出来たもんだな。厚顔無恥とは、このことだわ。
この映画は、むしろ思春期に苛まれている少年少女を、余計に傷付ける恐れさえあるんじゃないかと思うような内容だぞ。序盤のモノローグで、春日は「この町は何も無い。ただ永遠と続く灰色だ」「逃げ場なんてどこにも無い」と語る。
現在のシーンだけのモノローグであれば、「今までの経験を経て、そんな感情になった」と受け取れる。
しかし3年前から彼は「逃げ場なんてどこにも無い」とか「どうして全ての看板が錆びてるんだ」と言っているので、仲村や佐伯との関係で変化する前からの意識ってことだ。
だが、「寂れて閉鎖的な町」ってことを序盤でアピールしておきながら、その舞台設定が物語の中で活用されることは皆無と言っていい。この映画は、「活気の無い田舎町だからこそ、春日は強烈な閉塞感を抱き、そこから逃げ出したがっている」みたいな話ではない。そこがどんな場所であろうと、田舎だろうと都会だろうと、町に寂れていようと活気があろうと、春日の閉塞感は変わらないはずなのだ。
なぜなら、彼が抱いている不満は、周囲の環境ではなく本人の性格や資質から来ているからだ。
なので、最初にアピールしている内容と、その後に描かれる物語が合致していない。
「俺のいる場所はどこにもない」「ここにいたら、俺はダメになる」と言うけど、そういう状況になったのは全て自分のせいだし。冒頭シーンは陰気で重苦しいテイストだが、回想シーンに入って最初の内は、コメディーになる可能性も少しは感じさせる。
春日の反応は喜劇的だし、「変態行為を見られた男が女から理不尽な契約を強要される」という設定だけなら喜劇になる余地は充分にある。
しかし原作がコメディーではないので、当然のことながらシリアス一辺倒へと突き進んでいくことになる。
しかし困ったことに、シリアスに落ちて行けば行くほど、つまらなくなっていくのである。1人の女子生徒が「給食費が盗まれた」と騒ぎ出した時、小島が「仲村じゃね?」と言い、山田が「一番有り得る」と同調する。そして女子生徒たちも、仲村が犯人だと決め付ける。
だが、そんなことを言い出すのは不可解だ。
仲村は教師に対して生意気な態度を取っており、そのせいで山田たちは怖がっていた。だが、「怖い女」という印象と、「盗みを働く女」という印象は、まるで別物だろう。
そこまでのシーンで、「仲村がクラスメイトから嫌われている」とか「イジメの対象になっている」という描写は何も無かった。なので、そこで仲村がクラスの攻撃対象になるのは、唐突さが強い。あと、この映画って変態性を追及する内容なのに、映像に変態性が全く感じられないんだよね。
例えば春日が仲村に服を脱がされて佐伯の体操着(ブルマも)着せられるシーンなんて、かなりハッキリとした形で変態性が出ていると言ってもいいだろう。しかし、そこが粛々と処理されてしまうので、ちっとも変態チックではないのだ。
もっと粘着質に、舐めるように、体操着姿の春日や馬乗りになっている仲村を捉えてもいいだろうに。極端なことを言っちゃうと、そこはポルノ映画みたいな雰囲気で撮っちゃってもいいぐらいなのよ。
あと、本気で抵抗したら、春日は絶対に体操着を着せられることは阻止できたはずなのだ。なので着替えさせられた時点で、「自分は変態なのかも」と感じるべきなのだ(激しく揺らいだり、すぐに否定したりするのはOK)。
でも、それを感じさせるようなモノローグも無ければ、余韻としての映像も無いのだ。ものすごく淡白に、次のシーンへ切り割ってしまうのだ。仲村は深夜の教室に侵入するシーンで、「綺麗事ばかり着やがって、どいつもこいつも腹ん中はセックスセックス。結局、クソセックスがしたいだけ」と春日を罵る。
だが、それは突飛な発言にしか感じない。
もちろん春日ぐらいの年代の男子だったら、性的なことが頭の中の大半を占めている可能性はあるだろうよ。ただ、そこまでの話の流れで、「結局、クソセックスがしたいだけ」と言い出すのは、「なんでそうなるの?」と困惑させられる。
そりゃあ春日はエロいことも考えているけど、ものすごく幼稚なエロであり、セックスという直接的な行為を連想させるようなことは皆無なのよね。春日と仲村が教室に落書きを始めると、ノリのいい歌が流れて「解放感に溢れた青春模様」というイメージで描かれる。
しかし、そういう演出は、この映画の内容と合致していないように感じる。
そこで「2人が初めてシンパシーで結ばれる」ってのを表現するのは別にいいんだけど、ごく普通の解放感は違うんじゃないかと。
変態としてのマイノリティーは、ちゃんと表現した方が良くないか。「閉じられた狭いコミュニティーでの同志になったけど」って感じで描いた方が良くないか。ひかり児童遊園地に辿り着いた。春日と仲村が雨宿りしていると、佐伯が自転車でやって来る。
いや、なんで場所が分かるんだよ。「なぜ分かったのか」と、春日も気にしていないし。
そこの御都合主義は、あまりにも不細工で見過ごせない。
そこは3年後に飛ぶ直前のシーンであり、自分は空っぽだと吐露した春日が佐伯と仲村に冷たく突き放されるシーンだ。つまり、ものすごく重要なシーンのはずなのだ。
でも、それとは全く関係ない問題が引っ掛かって、邪魔をしている。そのシーンで春日は、「普通にはなれない。でも僕は変態ですらない。仲村さんが期待するような中身なんて何も無い。僕は空っぽなんだよと絶叫する。
だけど、「そこまで精神的に追い込まれるようなことかね」と言いたくなる。
いや、もちろん色々とあったけどさ、体験に対して、追い込まれ方が合ってないんじゃないかと。割に合わないんじゃないかと。
それこそ、自分で苦痛に満ちた悲劇を演出して、「空っぽで哀れな自分」に酔っているだけなんじゃないかと。実際のところ、春日は決してクソ虫なんかじゃなくて、孤独感を抱えていた仲村が自分を守るために周囲をクソ虫呼ばわりしていただけだ。そして仲間として春日を迎えたくて、自分の望み通りに動いてくれない春日に苛立ってクソ虫呼ばわりしただけなのだ。
ところが厄介なことに、この映画の描き方だと「仲村の指示に従わず、変態として生きようとしない春日はクソ虫」ということになってしまう。
そりゃあ変態をカミングアウトして生きるのも1つの道だが、それを隠して生きるのも決して否定されるようなことではない。
佐伯にふさわしい男になりたいと願うのも、自分の本性を隠して生きるのも、決して悪いことではないでしょ。後半、春日は仲村のノートを読み、「自分よりも遥かに生き辛くて、ずっと孤独だったのだ」と痛感する。
でも、仲村がどういう類の変態なのか、なぜ周囲を罵ってクソムシ扱いしているのか、なぜ「この町はクソムシ」と感じているのか、なぜ生き辛さを感じているのか、具体的なことがサッパリ分からないんだよね。
春日にしろ、仲村にしろ、抱えている「変態としての苦悩」が曖昧模糊としているせいで、共感の余地が見えないのよ。仲村は何をもって、「自分は変態」と認識しているのか。そういうのが鮮明に見えないから、春日にしろ仲村にしろ、ただの中二病にしか思えないのよ。
そして中二病だとしたら、「そこまで深刻に悩むような問題じゃねえよ」と言いたくなるのよ。生き辛さを感じて孤独を抱えるようになったのは、全て自業自得じゃないのかと言いたくなるのよ。終盤、春日と仲村が祭りの日に屋台を占拠して心中を図り、集まった人々に「この町は地獄だ」「誰も聞かない。遠くの山の向こうに響く、花の咲く音を誰も聞かない」「私もクソムシだ。クソムシの泥の中で、他の奴らと違う方を向いてるだけの」「向こうが無い。永遠に」などとスピーチするのも、バカバカしさと寒々しさしか感じない。
それは決して、私が年を取って若者の感覚が理解できなくなったからではないと断言できる。
もちろん、作品によっては、「これは私の年齢が大きな原因だ。若い頃なら感じ方が大きく違っていただろう」と感じることもある。だが、これは絶対に違う。
単純に、春日と仲村が「イタい奴ら」でしかないからだ。
わざわざ大勢の人が集まる祭りの屋台を占拠して大勢の人々に訴え掛けてから心中しようと目論むのも、ただの承認欲求に過ぎない。心中未遂の回想シーンの後、春日は常盤に事情を明かし、仲村に会うことを告げる。彼は「過去をちゃんと見つめたい。それは常盤さんと出会えたから」と言い、「仲村さんに会って、どうしたらいいか分からない。抱き締められたいのか、殺されたいのか。でも、もう一度会いたい。常盤さんと生きる」と吐露する。
でも、そんなことを常盤に喋って、彼女にまで重荷を背負わせるなよ。
「常盤と生きたいから過去を見つめる」と決意したのなら、さっさと仲村の元へ行けよ。
常盤に過去を明かして「今から仲村と会う」と話すのは、誠実な行動でも何でもなくて、ただ彼女の気持ちを利用して共犯者を増やそうとしているだけだぞ。春日から話を聞いた常盤は、自分も仲村の元へ行くと申し出る。
春日は驚いた様子を見せるが、彼が真相を話して自分の気持ちを吐露した時点で、簡単に予想できた展開だ。
そして2人は母の食堂を手伝っている仲村の元へ行くが、春日は座っているだけで黙っている。そこで常盤が仲村に声を掛ける。
つまり、春日は自分から「過去を見つめるために仲村と会う」と偉そうなことを言っておきながら、ビビっているだけで、常盤に助けてもらっているわけだ。仲村は春日を罵ったりせず、汚い言葉も使わない。
そして春日の質問には答えず、常盤と惚れ合っていると知って「じゃあね」と去ろうとする。
春日は彼女を捕まえて突き倒し、絶叫してから「僕はなんにも捕まえられない。必死で手を伸ばしても、触れたと思ったら離れてく。だから、それでも嬉しい。仲村さんが消えないでいてくれて嬉しい」と言う。
いや「仲村さんが消えないでいてくれて嬉しい」ってことを言いたいなら、普通に言えよ。なんで投げ飛ばしているんだよ。春日は仲村に蹴り飛ばされると反撃し、常盤が制止に入ると海に投げ飛ばす。仲村も彼女を投げ飛ばす。
いや、何してんの。3人が笑って投げ合うのを青春の一ページみたいに描いているけど、キテレツなだけだぞ。
で、仲村は「春日君。二度と来んなよ、普通人間」と言い、春日は常盤に交際を申し込んでOKを貰う。これで爽やかなハッピーエンドみたいにしているけど、仲村は春日という仲間を失って気が抜けたようになっているだけに思えるし、佐伯は春日のせいで闇堕ちしたままだ。
それなのに、その罪滅ぼしは何もしないまま「春日だけは新しい彼女が出来て幸せになりました」って、何だよ、それ。
「虫が良すぎるよ。佐伯さんにだけ、いい感じに懺悔してサッパリしたいなんて何様?」という台詞が前半にあるけど、まさに本作品の結末が、そんな感じなんだよね。(観賞日:2022年2月4日)