『明烏 あけがらす』:2015、日本

品川の片隅にある小さなホストクラブ『明烏』のナンバー1であるヒロが、新宿の有名なホストクラブ『バラ男爵』へ移ることになった。店長のアキラは「去る者は追わず」と口では言ったものの、実際は未練に満ちた態度を示した。ヒロが呆れて去り、これまで2番手だったアオイが店のナンバーワンになった。繰り上がる形でノリオがナンバー2、遅れて店に来たナオキがナンバー3になった。ただしホストは3人しかいないので、ナオキがビリという状況は変わらない。
遅れて店に駆け込んだナオキは、興奮した様子を見せていた。彼は「明日までに借金を返さないと東京湾に沈める」と脅されていたのだが、野球賭博で大金を手に入れたのだ。1千万の借金を返済しても余るので、彼はアキラたちとドンペリを空けて盛り上がることにした。翌日、ナオキが事務所で目を覚ますと、もう夕方の6時になっていた。食べ残しの寿司桶や何本も並んだドンペリのボトルを前に、彼は浮かれた様子で借金取りと会った時の行動をリハーサルした。
アキラが事務所に来たので、ナオキは「開店前に借金の返済へ行きたい」と申し入れた。アキラが「返済できるようになったの?」と口にしたので、ナオキはトボけているのだと感じて笑い飛ばす。しかし金庫を開けた彼は、金が無くなっていることに気付いた。彼はアキラに金のことを尋ねるが、まるで知らない様子だった。そこへアオイとノリオが来たので、ナオキは金のことを尋ねる。しかしアオイたちもアキラと同様で、ナオキが野球賭博で大金を稼いだことなど全く知らない様子を見せた。
ナオキが「パーティーの残骸が」と言うと、ノリオは「ヒロさんお別れパーティーで、店長がヤケになってドンペリを空けた」と説明する。3人が山分けしたのではないかとナオキは疑うが、アキラが真面目な様子で否定した。アオイは「ナオキさんが外で飲んでフラフラになって店へ来た」と証言した。アキラは「今日の店終わり、明朝6時に新しいオーナーが来るからサプライズ・パーティーを開く」と言い、ナオキたちに準備を指示した。アキラもアオイもノリオも、ナオキが危機的状況にあることを全く心配しなかった。
ナオキは借金取りに電話を掛け、返済期限を延長してもらおうとする。明朝6時までの返済を通告されたナオキだが、指名客はゼロであり、貢いでくれる当ては無かった。アオイは明子という若い女を連れて事務所に戻り、昨晩に飲み食いして一銭も持っていなかった客だと説明する。戻って来たので金を払うのかと思いきや、1200円しか持っていなかったのだと彼は話す。
アオイは「準備があるので、彼女を絞っといて下さい」とナオキに頼み、事務所を出て行った。明子は謝罪し、「1度だけホストと遊んでみたくて」と弁明した。ナオキは自分も借金を返済できない状況にあるため、彼女を厳しく叱責できなかった。明子はナオキに質問され、青森から家出してきた17歳であることを話す。ノリオはパーティーの飾り付け道具を買うため、激安店『ジャンヌ・ダルク』へ出掛ける。あっという間に明子が立ち直ったので、ナオキは誰か来たら泣くフリをするよう指示した。
事務所にアオイが入って来ると、明子は「体で返します。抱きますか」と告げた。アオイは拒絶し、出せない金を使うなんて、人間として最低だからな」と怒鳴り付けた。アオイが事務所を出て行くと、また明子が能天気な様子を見せたのでナオキは疲労感に見舞われる。彼が溜息をつくと、明子は「困ったことでもあるんですか。何でも相談して下さいよ」と軽く言う。ナオキは「なんで金返せない奴に相談しなきゃいけないんだよ。金返せないんなら死んじまえよ」と怒鳴り付けた。
借金取りの山崎が店に来たので、ナオキは明子に「いないって言って」と頼んで隠れる。事務所に山崎が来ると、明子は「ナオキさんならいませんよ。ものすごく遠いコンビニに行ってます。山形に1時間だけ開いてるコンビニがあって」と適当な嘘をつく。山崎は彼女の質問を受け、ナオキが多額の借金を返済していない事実を説明する。山崎は「この辺りの集金したら戻って来るから、山崎が来たってナオキに伝えろ」と言い、店を立ち去った。
ナオキは明子から「自分で借金してて、私のこと、最低だと言ってたな。おめえも金返してねえじゃねえかよ」と凄まれ、ひたすら謝る。明子は高飛車な態度に変貌し、ナオキに肩を揉ませる。ナオキが競馬で1千万円の借金を背負ったと聞き、彼女は驚いた。ノリオが買い物から戻ったので、ナオキと明子は芝居に戻った。ナオキはノリオが飾り付けの手伝いを求められて嫌がり、明子が協力を申し出た。そこへアキラに呼ばれた新入りホストのレイが現れた。レイは新宿の人気店でナンバー1だった男で、アキラは「起死回生の策」として呼んでいた。かつてレイはアキラの世話になっていたので、頼みを引き受けたのだと語った。
事務所に戻ったアオイはレイと顔を合わせ、強烈な対抗心を燃やした。既に営業は始まっており、レイは様子を見に店へ赴く。アオイはノリオに、厄介な客が来ているので何とかしてほしいと頼む。それは指名客の中年セレブだが、添い寝してくれたら1千万円払うと言っているのだと彼は語る。ナオキは「添い寝してくれ」と金目当てで頼むが、アオイは「添い寝が添い寝で済んだ試しは無い」と拒絶した。彼は明子に、急病で入院したと言って来るよう依頼した。
明子は店へ行き、セレブ婦人にアオイが入院していると告げた。すると婦人は、見舞いに行きたいので病院を教えてほしいと求める。明子は事務所へ戻り、婦人の言葉をアオイに伝える。困ったアオイは、「CIAにいるから面会謝絶と伝えろ」と指示した。明子は店へ行き、すぐに事務所へ戻って婦人が「スパイなのか」と追及して来たことを話す。ノリオの指摘で、アオイと明子はICUとCIAを間違えていたことに気付いた。
アオイは明子に、自分が数日前に死んだと伝えるよう指示した。明子か伝えると、婦人は「墓参りに行きたいから墓を教えてくれ」と頼む。それを聞かされたアオイはウンザリした様子で、「好きなの選んで勝手に拝めって言え」と明子に告げる。店から事務所に戻って来た明子は、婦人が泣いて帰ったことを伝える。アオイはせいせいした様子を見せるが、ナオキは「俺の金蔓が」と嘆く。アオイとノリオがナオキに冷たい態度を見せるので、明子は「酷いです」と非難する。しかしナオキは明子を疎ましく思い、「こいつ邪魔だから」とノリオに彼女の借金である5万円を渡した。
ナオキは明子に、「帰れよ。もう借りは無いだろ」と苛立った様子で告げる。しかし明子は、「帰る家が無いんですよ」と留まった。彼女が「ナオキさん、私に惚れたんだ」と言い出したので、ナオキは「女に惚れてる余裕なんかねえよ」と声を荒らげる。「私だけは味方よ。何でも協力する」と明子が口にすると、彼は「じゃあ一緒に死ぬか」と持ち掛ける。明子が「いいよ、別に」と軽く言ったので、ナオキは手首を切るための剃刀2本を見つけるよう指示した。
ナオキが明子と共に剃刀を捜していると、父の五郎が事務所に現れた。ナオキが驚くと、五郎は「昨晩、いいことがあるから出て来いと電話を掛けて来た」と説明する。ナオキは全く記憶に無かったが、五郎は「いいこと」の内容を知りたがる。ナオキが困っていると、明子が「私たち、結婚させて頂きます。お腹に子供が」と言い出す。『北の国から』の大ファンである五郎が蛍への改名を求めたので、明子は断固として拒否した。
山崎が事務所に戻って来たのでナオキは身を隠し、明子は五郎に適当な嘘をついて店へ連れ出した。山崎は「ナオキが戻るまで待つ」と言い、事務所に居座った。ナオキはノリオを密かに呼び寄せ、「山崎に酒を飲ませて、睡眠薬を混入して眠らせろ」と指示する。ノリオが作戦を全て山崎に話してしまったため、ナオキと明子は呆れ果てた。ノリオはナオキが隠れている場所まで教えるが、山崎は全く気付かず、ノリオが言った悪口に腹を立てただけだった。
アオイ、ノリオ、山崎が事務所を出て行った後、ナオキは心中のための剃刀を買いに出掛ける。しばらくしてナオキが戻って来ると、明子は「事務所に血が飛び散ると迷惑が掛かる」と剃刀での心中に反対した。そこでナオキは、非常口から外へ出て海に飛び込むことを提案した。明子は嫌がるが、ナオキは彼女を海に突き落とした。ナオキが飛び込もうとすると五郎が現れて制止し、「1千万円をくれる人がいた」と教える。アオイの客だった婦人と話している内に、彼女と添い寝して金を貰う話になったのだという。ナオキは事務所へ戻り、借金を返す目処が付いたことに安堵する…。

脚本・監督は福田雄一、製作は高橋善之&百武弘二&鈴木仁行、ゼネラルプロデューサーは藤岡修、エグゼクティブプロデューサーは永田芳弘&村上比呂夫、プロデューサーは小林智浩&久保田博紀、撮影監督は工藤哲也、撮影は佐藤康祐、美術は尾関龍生、照明は藤田貴路、録音は高島良、編集は栗谷川純、音楽は瀬川英史。
主題歌『ワタリドリ』〔Alexandros〕 作詞:川上洋平、作曲:川上洋平。
出演は菅田将暉、佐藤二朗、ムロツヨシ、新井浩文、城田優、若葉竜也、吉岡里帆、柿澤勇人、松下優也、伊藤昌子、橘さおり、中瑛里、後藤ひろみ、岸村ひろみ、林あゆみ、栗谷川純、森本由美子ら。


『薔薇色のブー子』『女子ーズ』の福田雄一が、自ら手掛けた舞台劇を映画化した作品。
古典落語がモチーフとなっており、タイトルも有名な演目の1つだ。
ナオキを菅田将暉、五郎を佐藤二朗、アキラをムロツヨシ、山崎を新井浩文、アオイを城田優、ノリオを若葉竜也、明子を吉岡里帆、レイを柿澤勇人、ヒロを松下優也、アオイの客を伊藤昌子が演じている。
福田雄一によると、1957年に川島雄三監督が手掛けた『幕末太陽傳』がモチーフになっているそうだ。冒頭、ナオキが「旧東海道」と書かれた橋を渡ったり、「品川宿」の石碑を通過したりする様子が描かれるのは、『幕末太陽傳』を意識しているからだろう。

この映画で「最初に失敗しているなあ」と感じるのは、タイトルの付け方だ。
前述したように本作品は古典落語がモチーフとなっているが、だったらタイトルになっている『明烏』がベースだと思うのは当然のことだろう。
ところが実際には『芝浜』がベースとなっており、そこに『品川心中』も少し盛り込まれているという感じなのだ。一方で、『明烏』の要素ってのは全く見られない。
そりゃあホストクラブの名前が『明烏』だから、それをタイトルにしたのだと言われたら「そうですか」と答えるしかない。だけど、やっぱり『明烏』なのに古典落語の『明烏』がベースじゃないってのは、どうかと思うのよね。

落語をネタに使うのも、『幕末太陽傳』がモチーフにするのも、一向に構わない。
しかし、この映画は『幕末太陽傳』と違って、落語をネタにしたことが大きなマイナスに繋がっている。
ナオキが事務所で目を覚まし、金が無いことに気付いた時点で、「タイトルは『明烏』だけど、『芝浜』が元ネタなんだな」ってことが分かる。そして、それが分かってしまうと、「周囲の人間が芝居をしてナオキを騙している」ってことも見えてしまうのだ。
そういう意味でも『芝浜』をベースにしたのは失敗だったんじゃないかと。
タイトルと同じ『明烏』をベースにしておけば、こっちはオチが分かっていても楽しめる話になったと思うんだよね。

『芝浜』が元ネタになっていると分かった時点で、「野球賭博で儲けたことなんて知らない」というアキラとアオイとノリオの言葉が嘘であることはバレバレになる。そして、彼らが金を盗んで山分けしたわけではなく、むしろナオキのためを思って芝居を打っていることまでバレバレになる。
明子が「飲み食いしたのに金を払わなかった客」として登場するが、これまた芝居の一環であることもバレバレになっている。
最終的に「全て芝居だった」と明らかになることが効果的なオチとして機能しなきゃいけない構成なのに、序盤で全てバレバレになっているわけだから、そりゃあ厳しいったらありゃしないわけでね。
この話って、ほぼ「オチが全て」みたいなモンであり、あらかじめオチが分かっていても充分に楽しめるなんてことは、お世辞にも言えないわけでね。

明子が「飲み食いしたのに金を払わなかった、そもそも金を持っていなかった客」として登場するのは、もちろんナオキの置かれている状況と重ね合わせて、彼が反省の気持ちを抱くように仕向けるための芝居ってことはバレバレだ。
ただ、そこを重ねたいのは分かるけど、明子が「ついつい出来心で。返す当ても無かったんですけど」と釈明するのは変だろ。
彼女は店で無銭飲食したわけだから、そこで「返す当ても無かった」という表現になるのは無理があるぞ。金を借りたわけじゃないのに、何をどう返すんだよ。
おまけに、やたらと「金を返せないのは最低で」みたいなアピールを繰り返すもんだから、それが芝居の一環ってのが余計に伝わってきちゃうわ。

「困ったことでもあるんですか。何でも相談して下さいよ」という明子の言葉に対して、ナオキが「なんで金返せない奴に相談しなきゃいけないんだよ。金返せないんなら死んじまえよ」と怒鳴り付ける会話なんかも、「明子を非難するナオキの言葉が自分に向けられるモノになっている」というのを見せたいのは明らかだ。
で、分かりやすいっちゃあ分かりやすいんだけど、あまりにもネタ振りが親切すぎて、しかも執拗に繰り返されるもんだから、逆に伏線として邪魔なモノと化しているんだよね。
伏線ってのは、オチが訪れた時に振り返って「あの時のアレは、そういうことだったのか」と気付かされる形になっていると、効果的に作用していると言えるわけで。この映画の場合、もう伏線を張っている段階で「これはオチに向けた伏線だな」ってのが確信を持って感じられる状態になっているだけでなく、もはや「どんなオチなのか」ってことまで何となく見えてしまうわけで。
それって、もはや伏線としての意味を失っているんじゃないかと。伏線っていうか、ただのネタバレじゃないかと。

アオイが明子を通じて婦人に「急病で入院している」と告げ、見舞いに行くから病院を教えてほしいと頼まれ、「数日前に知んだ」と嘘を伝えさせるエピソードは、『幕末太陽傳』の終盤の展開を意識したモノだ。
『幕末太陽傳』の終盤にあるエピソードは「お見立て」という古典落語がモチーフなのだが、この映画は明らかに「お見立て」ではなく『幕末太陽傳』の方を意識している。
で、どっちがモチーフであろうと別にいいんだけど、もはやアオイが「CIAにいるから面会謝絶だと言え」と告げた時点でICUとCIAの間違いが明白なのよ。
だから後になってノリオが「間違えている」と指摘しても、タイミングがズレていて笑いにならない。

福田雄一の笑いのセンスって、少なくとも本作品に限れば、「たぶん舞台劇、それも小劇場だったら受けるんだろうなあ」と感じさせるモノがある。だから、まるで笑いのセンスが無いってわけじゃないけど、映画となると、なかなか厳しいかなと。
それと、かなり演者のセンスに頼る部分が大きくて、だからクセ者である佐藤二朗やムロツヨシなんかは、それなりに面白さを醸し出すことが出来ている。特に佐藤二朗は、たぶん普通のことを言っても面白くなる人だしね。
ただ、「それって脚本や演出の貢献度は皆無に等しくて、ほぼ俳優の持つ“喜劇力”だけで何とかなっているんじゃないのか」と考えた時に、それを否定できないんだよな。
実際、菅田将暉や新井浩文、城田優といった面々は、同じようなテイストの喜劇を演じているんだけど、そこから発信される笑いってのは乏しいわけで。もっとハッキリ言っちゃうと、もはや笑いなんて砂漠に落としたダイヤのような状態なわけで(ちっともハッキリ言ってねえな)。

そんな中で、ヒロインの吉岡里帆が健闘していたのは意外だった。『幕が上がる』で演劇部員の1人を演じていた時は全く目立たない役で、正直に言って全く記憶に残っていない。
だから、この映画で初めて「吉岡里帆」という女優を意識したのだが、この人が演じる明子というキャラが、本作品を強引に引っ張っている。
明子は能天気でウザいぐらい饒舌に喋りまくるキャラであり、一つ間違えばホントに「ただ不愉快で騒がしい女」になる恐れもあるのだが、ちゃんと「喜劇のヒロイン」として成立している。
それは間違いなく演出や脚本ではなく、吉岡里帆の持つ「喜劇力」によるものだ。
ほぼ孤軍奮闘と言ってもいいぐらい、吉岡里帆だけは素晴らしい。

しかし残念なことに、そんな明子というキャラさえも、この映画は上手く活用できていない。
例えば彼女は山崎からナオキの借金について聞かされて驚き、ナオキを責めている。競馬で一千万の負債を抱えたことをナオキから聞き、驚いている。レイが来た時には、「ヤバい、超かっこいいじゃん」と漏らしている。
しかし、そういう態度や言動は、筋が通らないのだ。
なぜなら完全ネタバレだが、彼女は最初から全て知っているからだ。

もちろん、「全て知っているけど、知らないフリで芝居をしている」ということは分かる。しかし、それにしても不自然さが強いのだ。
例えばナオキの借金を知って態度を変貌させ、急に高飛車になるという芝居は、本当に必要なのか。
それは笑いを作ることには繋がるかもしれないが、「目的を果たすための行動」としての必要性は見えない。
ナオキの借金について「山崎から聞かされて初めて知った」という体裁にしてあるが、そこはアオイやノリオが明子に喋る形にしておいてもいい。また、レイを見てウットリする態度を見せるのは、ナオキに何の影響も与えないのだから全く意味が無い。

後半に入ると、事務所で明子とノリオが2人きりになるシーンがある。
ところが、ここでも2人は、それまでのような「無銭飲食の客」と「その日に初めて会ったホスト」という関係での芝居を続けているのだ。実際には、この2人は既に知り合いであり、ナオキを騙すために芝居をしているだけなのだ。
だったら、ナオキが不在の状態でも芝居を続けるのは筋が通らないでしょ。
真相が明かされた時に、そこから振り返って「あれは変だろ」とツッコミを入れられるような箇所を残しちゃダメよ。

品川の町をナオキが走る冒頭シーンを除けば、序盤は「ホストクラブの事務所」という場所に限定して話を進めている。いかにも舞台劇といった雰囲気が感じられる状態になっているわけだ。
それが面白味を感じさせることに繋がっているかどうかってのは、ひとまず置いておこう。ともかく、事務所に登場人物を全て集め、外へ出て行く連中の様子をカメラが追わずに進行するのなら、そこは徹底すべきだろう。
ところが、明子がセレブにアオイの言葉を伝えるシーンに入ると、あっさりと店の様子を写し出すのだ。
そうやって簡単に別の場所へ視点を移動させると、それまで事務所だけで話を進めていた仕掛けが死ぬ。
だったら逆に、舞台劇ではなく映画であることの強みを活かすためにも、積極的に場所を切り替えた方がいいわけで。

それを考えると、『幕末太陽傳』を意識しているのは分かるが、品川の町をナオキが走る冒頭シーンも邪魔なんだよね。
そこをカットして、「最初から最後まで事務所」というぐらいに徹底した方がいい。
冒頭から外の様子を見せることで、その後で「事務所としいう閉鎖&限定された空間」を作っても、その効果が弱まってしまう。
『幕末太陽傳』を意識するのなら、ずっと舞台を事務所に限定しておいて、最後の最後で外へ飛び出すという演出にするなら、それはそれで有りだったかもしれないが。

後半、ナオキが剃刀を買うためにマスクで顔を隠し、店を通って町へ飛び出すシーンがある。
わざわざ変なマスクを被ったり、店の中を通過したりしているわけだから、何か起きるのかと思いきや、何も無いままで「しばらくするとナオキが事務所へ戻ってくる」という展開に至る。
だったら、わざわざナオキが町を走っていく様子を挿入した意味はどこにあるのかと。
事務所以外の場所を写す他のシーンも全てカットした方が「舞台劇チック」としての統一感は得られると思うが、そこが最も無意味に感じるわ。

明子はナオキが借金を返していないと知って非難していたのに、アオイやノリオの冷淡な態度を見て「酷すぎる」と言い出す。
アオイやノリオが冷淡な態度を取っているのはナオキの優しさを際立たせるためであり、そんな彼らを明子が非難することで、さらに「ナオキが他のホストとは違う」ってことを強調することには繋がるかもしれない。
ただし、それが意図的かどうかはともかく充分な効果は得られていないし、「作為」が露骨すぎてネタバレに近付くというマイナスの方が遥かに大きい。
しかも、明子はアオイとノリオの冷淡な態度を非難していたのに、山崎が事務所に居座った時にナオキが「酒を飲ませて酔っ払わせて、睡眠薬を使って眠らせてくれ」と頼むと、ノリオは快諾するのだ。だから、ちっとも冷たくない奴になってしまう。
「作戦を全て正直に話してしまうが、なぜか山崎は全く気付かない」というネタをやりたかったんだろうけど、そのために登場人物の性格設定がコロコロと変化しちゃったらダメでしょ。

ナオキが心中を持ち掛け、明子が軽く「いいよ、別に」と承諾するのは、『幕末太陽傳』でも盛り込まれた古典落語『品川心中』のネタに繋げるための段取りだ。
そのことがバレバレになっているのは、別に構わない。
しかし、あまりにも持ち込み方が強引すぎて、まるで乗り切れない。
そこで唐突にナオキが心中しようと言い出すのも、明子が軽くOKするのも、あらかじめ定められた段取りに登場人物が振り回されているとしか感じない。

ナオキは「邪魔だから」という理由ではあるものの、明子の背負った借金を代わりに支払っている。
そこはナオキの優しさを示す唯一のシーンであり、つまりクズ野郎でしかない彼が好感度を観客に与えられる唯一のシーンと言ってもいい。
完全ネタバレだが、明子は新しいオーナーなので、それは「新オーナーがナオキをプラス査定できるポイント」でもある。
ところが、ナオキは親切心を見せた明子を巻き込んで心中しようとしただけでなく、嫌がる彼女を海に突き落としている。

しかも、父から「1千万が貰える」と聞くと知るや、安堵したり喜んだりするだけで、慌てて明子を救助しようともしない。それどころか、彼女のことなんか完全に忘れ去っており、罪悪感も皆無なのだ。
なので、ナオキは単なるサイテーのクズ野郎になっている。
だから、そういう形で『品川心中』を持ち込んだことは、大失敗だと言わざるを得ない。
せっかく「明子の借金を払ってやる」というトコでナオキが優しさを見せたのに、その行動も完全に死んでしまう。
後で「1千万を払う時に5万円だけ足りない」というトコに繋げているので、話としては意味を持っているけど、それだけじゃマズいのよね。

返済期限が迫った途端、ナオキは急に反省の弁を述べているけど、それじゃあ遅すぎるのよ。
「死んで詫びます迷惑を掛けた」とナオキは言うけど、それだと「こいつはすぐに今回の体験を忘れて、また同じようなことを繰り返すだろうな」と思っちゃうのよ。
明子は「死んだ気になったら何でも出来るでしょ」と言うけど、ナオキが死んだ気になって頑張るとは思えない。
しばらくは反省しているかもしれんけど、すぐに元の木阿弥だろうと感じるのよね。

それと、明子はナオキの借金が競馬ではなく、車を買ったり高いマンションを借りたりするためのモノであることを知っており、それを指摘した上で「ホストとして大切よ」と評価するんだけど、そりゃ違うでしょ。
ホストとしての稼ぎが充分にあるのなら、それを高級車やマンションに使うってのは、ホストとして大切かもしれないよ。
でもナオキの場合、稼ぎが乏しいのに、多額の借金をして車やマンションに注ぎ込んでいるわけだから、それはホストとして失格じゃないかと。
むしろクズじゃないかと。

(観賞日:2016年5月28日)

 

*ポンコツ映画愛護協会