『愛唄 -約束のナクヒト-』:2019、日本

サラリーマンの野宮透は、会社で受けた健康診断の結果を受け取って困惑した。彼がベンチで冊子を読んでいる時、少女が近くで子供たちとボール遊びをしていた。転がって来たボールを拾った透だが、手が震えて落としてしまった。透は冊子を手に取り、その場から去った。夜、ビルの屋上から飛び降りようとした透は、医師からステージ4と宣告された時のことを振り返った。透が天然水の巨大な看板広告を見つめていると、近くの歩道橋から「おい」と男の叫ぶ声がした。透が驚いていると、その男は「えっ、マジで行く気だった?」と煙草を吸いながら笑う。男は透の顔を確認すると、自分は寺の息子の坂本龍也だと告げた。
透の高校時代の同級生である龍也は、「こっち来い」と誘う。彼は仲間とカラオケをしていた場所へ透を連れて行き、歌うよう促す。龍也が「幸せが見えないぞ」と言うと、透は「どうせ俺はもう死ぬから」と口にする。彼が余命3ヶ月だと話すと、龍也は戸惑う遊び仲間たちに「実はそうなんだ。だから元気付けようとして呼んだ」と告げた。彼が「これからお前がやり残したこと、一個ずつやろうぜ」と提案すると、透は「そういうの1つも無いから。今さら何やったって無駄だし」と返した。
龍也は透のスマホのカウントダウンアプリを起動して3ヶ月にセットし、「これが0になったら、お前の命も終わりってことだ」と言う。「人の命、馬鹿にすんなよ」と透が腹を立てると、彼は「馬鹿にしてんのはお前だよ。これって、そんなに無駄な数字か」と告げる。「今も目の前にチャンスがあったんだぞ」と彼が女の子を口説かなかったことを指摘すると、透は「誰かを好きに気になったりとか、元々そういう気持ち分かんないから」と口にした。
龍也が「傷付くのが怖いだけだろ、そんなの」と笑うと、透は「誰だってそうだろ」と返す。龍也は「人生に愛が足りないな」と呆れて、近くを通り掛かった女性たちのナンパに向かう。その間に立ち去った透は、道路に落ちていた本を拾う。ページを開くと詩集で、透は気になって読み始める。透が感涙していると、持ち主の相川比呂乃が戻って来た。透は慌てて返そうとするが、泣いている様子を見た比呂乃は「いいんです。どうぞ」と走り去った。
透は急いで後を追い、「大事な本だと思うから」と比呂乃に詩集を差し出した。比呂乃は初めて読んだ時に泣いたことを明かし、「同じ人がいると思って嬉しかったから、いいんです」と告げた。詩集は『K』という題名で、著者は伊藤凪という14歳の少女だった。比呂乃は透に、凪が病院で闘病中に書いた4年前の詩集だと教えた。彼女は辛かった18歳の時に交通事故に遭ったこと、見舞いで貰った詩集を読んで救われたことを話した。
比呂乃の空腹を知った透は、一緒に近くのバーへ入った。比呂乃は「相川比呂乃だよね」と興奮する店長に、人違いだと否定した。比呂乃は子役女優として大活躍していたが、今は引退して普通の学生として暮らしていた。病院の化学治療室に入った透はベッドでも詩集を読み、看護師の小池妙子から「何読んでるんですか?」と訊かれて「薬よりも効く本です」と答えた。彼は笹山の商店街で食堂を営んでいる母の美智子を訪ね、病気のことを話そうとする。透の父は癌で亡くなっており、彼は母の苦労を間近に見て来た。元気に働く美智子の様子を見た透は、病気のことを明かせなくなった。
急に龍也が訪ねて来て「ウチ来る?」と誘うと、透は「バンドは?」と訊く。龍也は高校時代からバンド活動で注目を浴び、プロデビューを果たしていた。龍也は2枚のアルバムを出したが、喧嘩して解散したと話す。彼が「伊藤凪の詩に止めを刺された。死ぬ間際なのに言葉が溢れ出してるんだ。俺には真似できねえよ。だから俺は俺なりの人生を楽しく暮らしていこうと思った」と話すと、透は詩集を見せた。彼は比呂乃と出会ったことも話し、スマホで画像を検索する。龍也は比呂乃について、引退の原因は出演ドラマで受けた陰湿なイジメだという噂、撮影現場を飛び出して事故に遭ったという噂を教えた。
龍也が勝手に比呂乃宛てのメールを送ろうとすると、透は慌てて「自分でやるから」と告げた。透がメールで食事に誘うと、比呂乃からOKの返事が来た。病院を訪れた時、透はボール遊びの少女が子供たちと楽しく話す様子を目撃した。龍也は透に、デートの時の振る舞いを助言した。透は待ち合わせ場所で比呂乃と合流し、楽しい時間を過ごした。夜、2人はTVドラマの撮影現場を通り掛かり、大物女優の橋野冴子が比呂乃に気付いた。冴子は久しぶりの再会を喜び、役者復帰を勧めた。比呂乃は冴子に誘われ、一緒に写真を撮った。透も復帰を促すが、比呂乃は「出来ないよ。たぶん、もう耐えられない」と告げた。
透は主治医と会い、抗癌剤治療から緩和ケアに切り替えるよう提案された。病院へ来た龍也から音楽イベントのツアーで比呂乃と距離を詰めるよう持ち掛けられた彼は、「あと3ヶ月でどうしろって言うんだよ」と怒鳴った。龍也が「好きだって言えば可能性も広がるぜ」と告げると、透は「これから死ぬ奴に言われても、迷惑しか無い」と漏らす。龍也が「今生きてんじゃん」と軽く言うと、彼は「結局、俺を面白がってんだろ。なんで死ぬってのに、こんな気持ちにならなきゃいけないんだよ」と吐露した。
そこへボール遊びの少女が来て、「生きるって、夢中になることだと思う」と声を掛ける。透が「そういうの、簡単に言うなよ」と反発すると、彼女は癌治療で頭髪が全て無くなっていることを明かす。しかし彼女は全く沈んでいる様子が無く、元気で明るかった。看護師が名前を呼んだので、透は彼女が凪という名前だと知った。ほとんど学校に行っていない凪に、彼は「それで楽しいの?もっと、したいこととかさ」と尋ねた。凪がボール遊びを始めて「そういうんじゃなくて?」と訊くと、透は「俺も分かんないんだ」と口にした。
比呂乃は透とデート中、冴子から電話で呼ばれた。彼女が透を伴って会いに行くと、冴子はマネージャーの副島浩一を同席させ、改めて比呂乃に仕事復帰を持ち掛けた。比呂乃は消極的な態度を示すが、透は「ホントの気持ちを隠してる。伊藤凪の詩は慰めじゃないよ」と告げる。比呂乃が「もう嫌なんです。自分が何か表現することで、傷付いたり傷付けたりすることが。あの時、死んでいれば良かったって、未だに思うくらいです」と語ると、透は「そういうのを誤魔化してるって言ってんだよ。まだまだこの先、時間があるじゃん。何だって出来るよね」と言う。彼は「相川さんと一緒にいると、自分が嫌になる」と泣き出し、副島が呆れた様子で連れ出した。
病院へ赴いた透は、凪から「私、朝日見たこと無い」と告げられる。凪が「言われて考えた、してないこととか、やってみたいこと。朝日が水平線から昇って来るの、見たことないなって」と話すと、透は「そう言えば、俺も見たことも無い」と述べた。彼は「同じ名前の詩人がいるんだけど、読んだことある?」と尋ねるが、凪が心配する母親の佐和に呼ばれたため、答えは聞けないままだった。しかし凪の様子を見ていた透は、詩集を書いた本人だと悟った。
透は妙子から、凪が幼少期から血液の病気であること、ずっと病院暮らしであることを教えてもらった。凪は病室の窓を開け、赤い風船を空に飛ばした。透が凪を見つけて病院の屋上に行くと、彼女は飛行機雲を追い掛けて泣き出した。透に気付いた凪は、涙を拭いて屋上を去った。透は書店でパズルの本を購入し、凪にプレゼントした。凪の母の佐和は、あまり娘に無理をさせないでほしいと透に頼んだ。佐和が買い物に出掛けた後、透は伊藤凪が死んだことになっていると話す。凪は「死んだことにした方が、本がたくさん売れるって言われた」と軽く笑い、父が出した本より売れたと話した。
「それだけ?」と透が言うと、彼女は「大事なことだよ。みんなに言葉を伝えたかったから」と口にする。「新しい詩は書かないの?」と透が質問すると、凪は「今は数字の方が楽しい。ハッキリと答えが出るから。言葉はザワザワしちゃう」と答えた。透は龍也がアプリで設定した自分の余命を見せ、「大切な数字。そいつがさ、言うんだ。これがゼロになるまで好きにしろって」と述べた。彼は手に入れた制服を見せて凪を着替えさせ、自分も学生に化けて高校へ連れて行く。2人はサッカー部の練習を見学したり、無人の教室で授業ごっこに興じたりする。透が詩集の『K』の意味を尋ねると、凪は気持ちの「K」だと教えた。さらに彼女はKを求める独自の公式を黒板に書き、「透くんと出会ってから気付いた」と告げた。
透が病院に戻ろうとすると、凪は「やっぱり朝日が見たい。それに、お腹空いた」と言う。彼女が「料理してみたい。それに呼んでほしい人がいる」と言うので透は食堂へ連れて行き、母に料理を教えてもらう。透に呼び出された龍也は店に現れ、そこにいるのが伊藤凪だと知って驚いた。4人で夕食を取っている時、透は母から「病院に通ってるんだって?保険会社から電話があった」と言われる。透が「心配しなくていいよ。大体、死ぬ時なんて、みんな1人なんだし。ヤバいってなったら猫みたいに姿消すよ」と軽く告げると、凪が「それって間違ってる。そんなのは優しさじゃない。透くんは1人なんかじゃない」と説教した。龍也は透と凪から音楽を再び始めるよう勧められ、「まあ、伊藤凪が詞を書いてくれるなら、曲を作ってもいいけど」と冗談めかして語った。
透と凪は夜の海へ行き、日が昇るのを待つことにした。2人は影踏みをしたり、お喋りをしたりして時間を潰した。凪は透に、死んだことにしてもらったのは詩が書けなくなったのも理由の1つだと打ち明けた。2人が眠り込んでいると、いつの間にか夜明けが近付いていた。先に目を覚ました透は凪を起こそうとするが、病状が悪化しているのに気付いて焦る。彼は慌てて電話を掛け、病院に搬送してもらう。凪の両親が病院に駆け付けると、透は頭を下げた。凪の父は彼に、「君には私たちが凪を病院に縛り付けているように見えたかもしれない。でもね、1日でも長く生きていてほしい。そう願う私たちの気持ちも分かってほしい」と述べた。「でも俺」と透が反論しようとすると、父は「お願いだから、娘にもう近付くな」と声を荒らげた。
透は龍也を訪ね、「凪が無事で良かったと思う。でも、それ以上に、朝日を見せてやれなかったことが悔しいんだ。おかしいよな」と話す。すると龍也は、「おかしくない。気付いてないみたいだから教えてやる。お前はな、凪ちゃんのことが好きなんだよ」と言う。透は両親が席を外した隙に凪の病室へ行き、「次はどこに行く?どこにだって行けるよ、俺たち」と告げた。凪は彼に、「特別な日は、1日あればいい。みんな、私がいなくなったら悲しんでくれると思う。だから、それまではもう、悲しくなんかさせない」と語った…。

監督は川村泰祐、脚本はGReeeeN&清水匡、 製作は松井智&村松秀信&三橋悟郎&町田晋&宮崎伸夫&楮本昌裕&勝股英夫&有馬一昭、プロデューサーは小池賢太郎、共同プロデューサーは丸山文成&柳迫成彦&JIN、アソシエイトプロデューサーは平石明弘&千木良卓也&飯田雅裕、音楽プロデューサーはJIN、撮影は向後光徳、美術は福澤勝広、照明は北岡孝文、録音は鈴木健太郎、編集は森下博昭、音楽はGReeeeN、劇伴はGReeeeN&Amar Morriconen、主題歌「約束×No title」はGReeeeN。
出演は横浜流星、清原果耶、飯島寛騎(男劇団 青山表参道X)、中山美穂、富田靖子、財前直見、野間口徹、成海璃子、中村ゆり、清水葉月、二階堂智、渡部秀、西銘駿(男劇団 青山表参道X)、奥野瑛太、松岡未紗、久保耐吉、喜多道枝、大津尋葵、呉城久美、久田莉子、齋賀正和、池田良、北嶋哲也、吉田カルロス、阿由葉さら紗、竹野谷咲工藤美桜、荒井レイラ、浦まゆ、八鍬有紗、坂本くるみ、小原唯和、渕上ひかる、濱田よりか、真崎かれん、永井理子、谷岸玲那、八木ひなた、醍醐虎汰朗、石川雷蔵、清田みくり、野本ほたる、早咲心結、岬杏、高橋菜々美、渡辺優奈、岸茉莉、イマハシミハル、後藤温子、堰沢結愛、Fu-ka、Mizuki、Shu他。


2017年の『キセキ -あの日のソビト-』に続く、GReeeeNの映画プロジェクト第2作。
監督は『ガールズ・ステップ』『きょうのキラ君』の川村泰祐。
脚本はGReeeeNのメンバーと『アリーキャット』『生きる街』の清水匡による共同。
透を横浜流星、凪を清原果耶、龍也を飯島寛騎、冴子を中山美穂、佐和を富田靖子、美智子を財前直見、副島を野間口徹、比呂乃を成海璃子、妙子を中村ゆりが演じている。
俳優の沖田役で渡部秀、龍也の元バンド仲間役で西銘駿が1シーンだけ出演している。

冒頭、透は健康診断の結果を受け取り、それを見て「えっ?」と困惑する。カットが切り替わると、彼は広場か公園のような場所でベンチに座って何かの冊子を見ている。
この時点では場所が判然としないが、凪が子供たちと遊んでいるし、診察を受けた病院の敷地なんだろう。
そこから夜によると透がビルから飛び降りようとする様子が描かれ、ステージ4と宣告された回想シーンが挿入される。ここで初めて、透が健康診断の結果を見て困惑した理由、ボールを持つ手が震えた理由が明らかになる。
でも、そこの時系列を入れ替えているメリットが何も無いんだよね。
普通に「透が病院で宣告を受けた」という様子を描いて、その上で「ボールを持つ手が震えて」という手順に移ればいいでしょ。

あと、会社で健康診断の結果を受け取るシーンは無駄だし。いきなり病院で宣告されるシーンでいいし。
それと、ボールを持つ手が震えるシーン、わざとらしくて陳腐にしか見えないぞ。まるで「大根役者を演じてくれ」という注文で演じた典型例みたいになっちゃってるぞ。
仮にオーディションで「病気の宣告で動揺している人を演じてください」と言われて、あんな芝居をやったら間違いなく不合格だろ。
これは横浜流星の演技力に問題があるっていうより、それでOKにしちゃう監督に問題があるわ。

もう1つ、回想シーンにも問題があって、医師は透に「ステージ4」と言うけど、何のステージ4かは教えてくれないんだよね。
たぶん癌なんだろうけど、それを言わない理由がサッパリ分からん。
あと、「このまま進むと余命は」で回想が終わるので余命がどれぐらいなのかも判然としないが、ここも隠している意味がサッパリ分からんわ。
どうせカラオケのシーンで「早くて3ヶ月」と言うんだし、だったら回想シーンで言えばいいでしょ。

龍也が命について色々と説教するけど、「何も知らない他人が適当なこと言ってんじゃねえよ」と言いたくなるわ。
こいつが「(人の命を)馬鹿にしてんのはお前だよ」と怒鳴るけど、彼が余命宣告された当事者じゃないし、余命宣告を受けた人間を見てきた経験から諭しているわけでもないし。
後から「実はこんな経験に基づいて説教していた」みたいな事情が明らかにされるわけでもないのよ。
彼は単純に、凪の詩集に感化されて偉そうなことを言っていただけなのよ。

透と龍也を使って、しつこいぐらい命についてのやり取りをさせているのだが、それだけでは終わらない。ここに「透は人を愛する気持ちが分からない」という要素が新たに加えられる。
でも、それを付け加えるのは、明らかに欲張り過ぎ。
愛する気持ちが分からないってのは、「余命宣告を受けて云々」ってのと全く別の問題でしょ。でも、その2つを関連付けて描こうとしているんだよね。
上手く表現できれば、もちろん何の問題も無い。でもやっぱり一括りで処理しようとするのは無理があって、失敗に終わっている。

龍也は透に説教し、反発する彼に対して熱い言葉を投げ掛ける。ところが、途中で通り掛かった女性たちのナンパに行くと、透が去っても追わない。
それは変だろ。その直前まで透を呼び止めて説教臭いことをクドクドと言っていたのに、なんで急に興味を無くしているんだよ。ナンパしている間に見失うほど、透が急いで逃げ出したわけでもないし。
で、その直後に歩いていた透が本を拾うのだが、これがもう。
「ちょうど透が歩いている直線上、道のど真ん中に1冊の本だけが落ちている」と状況が、あまりに不細工で苦笑させられる。

あと、その詩集に透が引き込まれる展開にも、まるで説得力が無いんだよね。
実際に詩がモノローグで流れるような作業も無いから画面に写る断片だけの情報になるけど、生きる気力を完全に失っている余命わずかの透が、「毎日に夢中だから息してることさえ忘れてるんだ」という文章を見ただけで引き込まれるかね。
それどころか読んで感涙してるけど、「なんでだよ」と言いたくなるわ。
そんなに簡単な奴なら、きっと龍也の説教も素直に聞き入れていると思うぞ。

それ以降も、その本に書いている詩を観客にハッキリとした形で教えるための作業って、何も用意されていないんだよね。
だから、「いかに『K』が多くの人々の心を打ったか、どれだけ多くの人々を救ったか」ということが、ずっとボンヤリした状態だし、充分に観客まで伝わって来ないのよ。
ただし、じゃあ詩の朗読を何度も挿入するような形を取れば問題は解消されるのかというと、そうとも限らないのが現実だけどね。
断片的に見えた文章からしか推測できないけど、たぶん大勢の人々を納得させられるほど優れた詩は用意できていないと思うのでね。

透と比呂乃との関係は、「初めて人を好きになる気持ちが分かった」という形で恋愛劇を描こうとしている。
でも、それだと「余命わずかな主人公が同じ詩集に救われた女性とシンパシーで繋がって」という話からブレちゃうのよ。
っていうか、そもそも透と比呂乃の恋愛劇が邪魔になってないか。これって透が凪と出会って交流する話を軸にした方がいいはずだし、そこに集中した方が良くないか。欲張って失敗しているだけになってないか。どうせ途中から、凪との関係が恋愛劇にシフトしていくんだし。
欲張ったせいで、透が「ついさっきまで比呂乃と付き合っていたのに、別れを決めた途端に凪に惚れる」という軽薄な奴になっちゃってるぞ。
そもそも、比呂乃との別れにしてもハッキリとした形で描いているわけではないので、そういうトコに透の不誠実さが感じられるし。

凪が病院の屋上で飛行機雲を追い掛けて泣き出すシーンは、BGMも使って「感動のシーンですよ」みたいに盛り上げている。
だけど、何が何やらサッパリ分からない。なぜ彼女が飛行機雲を追い掛けたのか、どこで何に感動すればいいのか。
その直前に飛ばした赤い風船との関連性も良く分からない。
いや、強引に推理すれば、それなりの答えが出ないわけではないのよ。でも、どんな答えを思い付いても、全く腑に落ちないんだよね。

透が凪を高校に連れて行く展開には、首をかしげてしまう。凪が高校に通いたいと一言でも言ったかね。言ってないよね。
いや、そりゃあ喜ぶんだから、「実は高校に行きたかった」ってことなんだろうとは思うのよ。
ただ、そこに向けた流れを全く作り出せていないので、透が制服を見せる展開が唐突極まりないのよ。
何しろ、そのシーンの直前、透は書店で「日本の朝日20選」を特集した雑誌を買おうかどうか迷っていたわけで。この時点では、凪を高校に連れて行く計画に向けた準備なんて、まるで見えていないわけで。

っていうかさ、後で父が腹を立てるけど、勝手に病院から連れ出して朝まで浜辺で過ごすって、メチャクチャでしょ。
お前は凪の病状を知っているのかと。いや知っているはずだよね。ちゃんと看護師から聞いていたよね。
もちろん朝日を見たいと言い出したのは凪だけど、そこで何の逡巡も無く簡単にOKしちゃうので、「軽薄で無責任な奴だなあ」と。
それでも病院に戻ってから両親に頭を下げるので反省しているのかと思いきや、父親に説教されると即座に「でも」と反論を始めようとするので、「こりゃダメだ」と呆れてしまうわ。
そこは素直に詫びるだけで済ませろよ。どのツラ下げて反論しようとしてるんだよ。

そんで、透は父親に叱責されて少しは行動を抑えるようになるのかと思いきや、「凪が無事で良かったと思う。でも、それ以上に、朝日を見せてやれなかったことが悔しいんだ」と言っている。
こいつは何も反省していないのだ。
前回の外出で体調が悪化したんだから、次に連れ出したら余計にリスクも高くなることは容易に想像できるはずで。
つまり、次に彼が凪を連れ出すのは、「朝日を見せる代償として命を落とす」というリスクもある行為なのよ。もはや未必の故意と言ってもいいぐらいなのよ。
透の行為は、「もうすぐ自分が死ぬから、その前に凪と朝日を見たい」という自分勝手な行為でしかないのよ。

龍也は序盤で透と再会し、凪の詩集について口にする。熱い言葉で、しつこいぐらい命の意味について語る。
なので透を導くメンター的な役目を果たすのかと思ったら、透にとって重要なのは比呂乃や凪との関係であり、龍也は「たまに出てくる、ただの友人」に過ぎなくなる。龍也は途中から、存在意義が皆無に等しくなる。
最後の最後になって、こいつを配置した理由が分かる。凪が残した詩に、龍也が透の頼みで曲を付けて、それが『愛唄』として発表されるという形になっているのだ。
でも、そういう着地を用意しているなら、龍也の使い方が下手すぎるだろ。
そのせいで『愛唄』が流れて来ても、これっぽっちも感動できないぞ。

(観賞日:2021年10月29日)

 

*ポンコツ映画愛護協会