『相棒-劇場版- 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン』:2008、日本

昨年までセントラルTVの番組「ニュース・エクスプレス」のキャスターだった仲島孝臣が、遺体となって発見された。首を絞められ、 滑車を使ってTV塔に吊り下げられていた。警視庁刑事部捜査第一課員の伊丹憲一、三浦信輔、芹沢慶二、鑑識課員の米沢守が、現場に 赴いた。衆議院議員・片山雛子の元には小包爆弾が送られ、秘書が軽傷を負った。
警視庁特命係の杉下右京と亀山薫は、刑事部部長・内村完爾に呼び出しを受けた。2人が出向くと、警察庁警備局参事官・棟田土岐男が いた。棟田は右京たちに、雛子の事務所で起きた事件を説明した。火薬の量は少なく、警告目的と思われた。ここ数日、雛子の周辺には 左翼過激派の組織“赤いカナリア”から脅迫状が送り付けられていた。内村や棟田は、雛子が所属する平成未来派が提出した改定傍受法案 の成立を阻止するため、赤いカナリアが行動に出たと考えていた。
雛子はエコロジー博に出席するため、空路でクアラルンプールへ向かうことになっている。右京と薫は増援として、空港までの道中で警護 の任務に当たるよう命じられた。実質的には警護と言うより、囮である。空港へ向かう途中、停車していたトラックの荷台が開き、大量の 鉄パイプが道路に落ちた。雛子達の車が停車したところへ、発砲音が聞こえた。右京は、それが爆竹だと察知した。その直後、彼は爆弾を 積んだラジコンカーの接近に気付いた。薫がラジコンカーを投げ捨て、爆弾は空中で爆発した。右京は、トラックの荷台にd4という文字 が殴り書きされているのを発見した。
右京は米沢に依頼し、小包爆弾の成分を調査してもらっていた。その結果、使われた火薬の成分は、これまで赤いカナリアが使用した物と 全く違うことが判明した。仲島の殺害現場の写真を調べた右京は、そこにf6という落書きがあるのを発見した。右京は、仲島の事件と 雛子の襲撃が関連しており、最初の一つがどこかにあるはずだと推測した。
薫は美和子から、東京ビッグシティマラソンに参加することを告げられた。右京も小料理屋「花の里」の女将をしている元妻・宮部たまき から、同じことを聞かされた。薫の調べにより、仲島に「大事な話があるから会わせて欲しい」という若い女性からの電話が何度も 掛かっていたことが判明した。右京と薫の元に特命係・第三の男である陣川公平が訪れ、「仲島の事件は予告殺人だった」と告げた。彼は パソコンを開き、SNSの「ピープルズ・コート」という掲示板を右京達に見せた。
ピープルズ・コートは、気に入らない著名人の名前を挙げ、その罪状によって処刑が宣告されるというサイトだ。仲島も処刑リストに掲載 されており、その方法は「テレビアンテナで絞首刑」と記されていた。処刑リストには雛子の名前もあり、「自らの爆弾発言で誤爆死」と 記されていた。右京と薫はサイトの所有者を突き止め、その男の元に乗り込んだ。すると男は、当初は単なる法廷ウォッチのサイトだった こと、しかし匿名の会員の一人が乗っ取って現在の形に変えてしまったことを打ち明けた。
処刑リストを再確認した右京は、来生憲昭という東京高裁の判事に着目した。来生は2週間前、信号無視の車にはねられて死亡している。 現場検証の写真を調べた右京は、e4の文字を発見した。聞き込みの結果、今月の初めに来生を訪ねた20歳前後の女性がいたことが判明 した。右京は薫に、3つの事件現場に残された文字が、チェスの棋譜を示していることを教えた。
右京は処刑リストの中で、安永聡子という人物に注目した。彼女は医師で、テレビのコメンテーターもやっている。右京と薫が安永の病院 に行くと彼女は殺害されており、g5という落書きがあった。病院の職員によると、安永への面会を希望して訪れた20歳前後の女性がいた という。記録を見ると、「守村やよい」という名前とビジネスホテルの住所が記されていた。
捜査第一課の伊丹たちがビジネスホテルに行くと、やよいの姿があった。取り調べに対し、やよいは黙秘を貫いた。内村は右京と薫に、余計 な手出しをしないよう釘を刺した。弁護士の武藤かおりが警視庁を訪れ、「任意の取り調べには拒否する権利がある」と告げて、やよいを 連れて去った。かおりは弁護士会を通じ、正式に警視庁への抗議を申し入れた。
右京はQh5#と書いたメールを、ピープルズ・コートを乗っ取った男のアドレスに送信した。それは3つの事件現場に残された棋譜の 続きであり、チェックメイトとなる一手だ。すると、すぐに返信が届いた。メールには「さあ、次の“対局”を始めよう。持ち時間は60分。 あなたの白番でどうぞ」と書かれていた。警視庁警務部人事第一課主任監察官・大河内春樹は警察庁長官官房室長・小野田公顕と会い、 かおりに対し、やよいの素性と保護している理由を明らかにする情報開示請求を求めて欲しいと依頼した。
右京はメールで男と棋譜をやり取りし、チェスの勝負をした。勝利した右京は棋譜を確認し、その形が東京ビッグシティマラソンのコース になっていると気付いた。右京は、犯人が東京ビッグシティマラソンでの犯行を計画していると確信した。棟田はマラソンの発起人である 雛子、法務大臣の瀬戸内米蔵、元・総理大臣の御厨紀實彦と会い、大会の中止を求めた。しかし御厨は拒否する姿勢を示した。既に 狙われている雛子が出席を辞退すると申し出て、大会は決行されることとなった。
かおりはやよいを連れて右京と薫の元を訪れ、特例として情報開示を承諾した。依頼人が許可したからだ。依頼人はやよいではなく、彼女 の父・木佐原芳信だった。木佐原の息子・渡は5年前、南米エルドビア共和国でNPOの一員として難民保護活動に従事していた際、 ゲリラに拉致された。ゲリラは日本政府に多額の身代金を要求した。在留邦人には退去勧告が出ていたため、「留まったのは自業自得」と いう意見が激しいバッシングが起きた。拉致から7日後、渡はゲリラによって殺害された。
やよいの苗字が違うのは、家族にも浴びせられたバッシングから逃れるためだった。やよいは右京と薫に、「塩谷先輩を助けてください」 と告げた。塩谷和範は渡をNPOに誘った友人だった。怖気付いてエルドビアへ行くことを敬遠し、代わりに赴いた渡が拉致された。塩谷 が兄の復讐をしようとしているのだと、やよいは語った。殺された3人は、テレビ番組で渡をバッシングしていた。
陣川が右京と薫の元を訪れ、ピープルズ・コートの管理者用ページを発見したことを告げた。右京はパスワードを簡単に突き止め、その ページを開いた。そこには、「Sファイルは本当に存在するのだろうか。存在するとしても、伏魔殿の奥深くに封印されたものに、どう やれば光を当てることが出来るんだろうか」と書かれていた。右京は、Sファイルが外務省の機密文書だろうと推測した。さらに管理者用 ページには、チェスの棋譜も記されていた。
同じページには、英語で「3万人のランナーと15万人の観客」という文字が記されていた。右京は、塩谷が渡を見殺しにした全国民を 標的にしていると確信した。内村達は、マラソンのスタートまでに塩谷を逮捕しようとする。右京と薫は瀬戸内に会い、Sファイルのこと を尋ねた。「知らない」と答えた瀬戸内だが、右京達が去った後、雛子に「彼らはSファイルの存在まで辿り着いた」と教えた。ただし 瀬戸内はSファイルの正体を知らず、雛子も「幽霊のようなもの」としか把握していない。
スタートまで1時間を切る中、右京は管理者用ページの棋譜を調べた。すると、実際には成立しない棋譜が2つ見つかった。マラソンの コースと照らし合わせると、その1つは第一給水所で、駒はナイト(馬)だ。右京は薫に、第一給水所へ向かい、馬に関する物を探すよう 指示した。薫は馬のマークが描かれた幟の下に、箱を発見した。箱に挟まれたカードには、「Nc6??」と記されている。それは役に 立たないという意味だ。箱を開けるとチェスの駒が入っていた。それはダミーだったのだ。
右京は薫に、芝公園へ行き、ビショップ(僧侶)に関する物を探すよう指示した。右京の元に米沢が現れ、塩谷が見つかったことを告げた。 右京は米沢に、参加ランナーの登録会場での模様を録画してもらっていた。米沢は顔認証システムを使い、塩谷を発見した。ゼッケン番号 は11851だ。伊丹達はスタート地点へ急行して塩谷を拘束しようとするが、号砲が鳴ってしまった。
伊丹達はランナーに配られたGPS付きチップを使い、塩谷を捕まえようとする。だが、11851のチップを持っていたのは別人だった。 塩谷はスタートする際、別のランナーにチップを付け替えたのだ。薫は芝公園で箱を発見するが、またもダミーだった。米沢が何気無く口 にした言葉から、右京は棋譜の中で一度も駒が通過していない場所が怪しいと睨む。それは臨海大橋だ。
右京は薫を臨海大橋に向かわせ、自らも急行する。付近を捜索した薫は、爆弾を積んで橋へ向かう無人のボートを発見した。薫はボートに 飛び移り、爆弾を捨てた。右京は、薫の到着を待つようにボートが発進したことを不審に思う。犯人がランナーと観客を標的に指名して おきながら、観客が入れない橋の爆破を狙うのも不可解だ。右京は、ボートもダミーではないかと推理する。
やよいから右京に電話が入った。やよいは「塩谷先輩はヨツバ電器の倉庫にいるかもしれません。兄と初めて会った場所です。自分も、 そこへ行ってみます」と告げ、電話を切った。右京はヨツバ電器の倉庫に急行した。倉庫に入ると、ドアがロックされた。奥へ進むと塩谷 が青酸を飲んで瀕死の状態となっており、やよいが傍らで泣いていた。刹那、時限式の爆破装置が作動した。装置は爆発するが、右京と やよいは難を逃れた。右京は塩谷の背後に糸を引く人物がいると確信し、薫と共に表彰式の会場へ向かう…。

監督は和泉聖治、脚本は戸田山雅司、脚本作成協力は須藤泰司、製作総指揮は君和田正夫、製作統括は早河洋&坂上順、製作は上松道夫&鈴木武幸&水谷晴夫& 畠中達郎&亀井修&水野文英&吉田鏡、企画は梅澤道彦&中曽根千治、プロデューサーは松本基弘&上田めぐみ&香月純一&西平敦郎、 アソシエイトプロデューサーは伊東仁&遠藤英明、エグゼクティブプロデューサーは亀山慶二、撮影は会田正裕、編集は只野信也、録音は 舛森強、照明は大久保武志、美術は伊藤茂&近藤成之、音楽は池頼広、音楽プロデューサーは津島玄一。
出演は水谷豊、寺脇康文、鈴木砂羽、高樹沙耶(現・益戸育江)、西田敏行、平幹二朗、岸部一徳、津川雅彦、木村佳乃、西村雅彦、 原田龍二、松下由樹、本仮屋ユイカ、柏原崇、川原和久、大谷亮介、山中崇史、山西惇、六角精児、志水正義、久保田龍吉、片桐竜次、 小野了、神保悟志、二階堂智、細山田隆人、小野寺昭、山田明郷、崎山凛、深沢敦、有森裕子、岸谷五朗、 日高迅、桜田聖子、金井茂、小鹿敬司、仙波和之、江幡英久、渕野俊太、なかみつせいじ、長谷部香苗、松永京子、鈴木祐二、大橋てつじ、はるな愛、アンナ、斉藤あかね、青木淳、畑中愛音、 坂田直貴、石田哲也、佐藤智美、八巻博史、竹内和彦、江藤大我、赤池高行、屋敷紘子、吉澄謙、岩本能史、岡部真由美ら。


テレビ朝日系列で放送されている人気の刑事ドラマ『相棒』の劇場版。
TV版は最初、2000年から土曜ワイド劇場の枠で3作品が放送された。その視聴率が良かったことを受けて、水曜21時からの連続ドラマと して放送されることになった。連続ドラマのシーズン1までは『相棒・警視庁ふたりだけの特命係』というタイトルで、シーズン2から 『相棒』になった。
「相棒」というタイトルだが、右京と薫は、実際には対等の関係ではない。右京が主導する立場で事件を推理し、薫は彼の手足となって 肉体労働に励む。
右京役の水谷豊、薫役の寺脇康文、美和子役の鈴木砂羽、たまき役の高樹沙耶(現・益戸育江)、小野田役の岸部一徳、伊丹役の川原和久、 三浦役の大谷亮介、芹沢役の山中崇史、組織犯罪対策5課課長・角田六郎役の山西惇、米沢役の六角精児、大河内役の神保悟志、内村役の 片桐竜次、警視庁刑事部参事官・中園照生役の小野了といった面々は、TVシリーズからのレギュラー。
TVシリーズでは、ある回に出演したゲストが、別の回に再登場するケースも少なくない。そういった、いわば「“相棒”ワールドの住人」 として、この映画版では雛子役の木村佳乃、院内紙記者・鹿手袋啓介役の西村雅彦、陣川役の原田龍二、かおり役の松下由樹、瀬戸内役の 津川雅彦が登場している。他に、木佐原を西田敏行、御厨を平幹二朗、やよいを本仮屋ユイカ、塩谷を柏原崇が演じている。
また、伊丹たちに誤って取り押さえられるランナー役で、岸谷五朗が友情出演している。

右京は、和製ホームズとでも言うべき「超推理」を披露する。
アルファベットの落書きを見ただけで、それがチェスの棋譜だと気付く。
そこには、彼の趣味がチェスだという偶然もラッキーに作用している。
さらに右京は棋譜を見ただけで、それがマラソンのコースになっていると気付く。
管理者用のパスワードも、何の苦労も無く一発で的中させる。

右京も薫も、マラソン大会が犯人に狙われていると分かっているのに、美和子とたまきの参加を止めようともしない。
というか、そもそも美和子とたまきの参加自体、かなり御都合主義を感じる(たまきのキャラ的に、マラソンに参加するのは合わない ような気もするんだが)。
で、参加させるからには、美和子たちの身に危険が及ぶとか、それによって右京と薫が焦るとか、そういう展開があるのかと思ったら、 美和子たちはスタート直後にフェイドアウトしている。

ピープルズ・コートに掲載された雛子の処刑方法は「自らの爆弾発言で誤爆死」という、現実的には不可能なものだ。
仮にラジコンカーが狙い通りに車の下で爆発していたとしても、その処刑方法とは合わない。
犯人に殺害された3名は、いずれもテレビで渡をバッシングしていた人物だ。
ただし、他にもバッシングした人物は大勢いたはずで、なぜ彼らなのかという部分で疑問は残る。

塩谷は管理者用ページに「Sファイルは存在するのだろうか」などと書いているが、そんなことを管理者用ページに書くかね。
仮に書くとしても、それならSファイルが何なのかという具体的なことを記しそうなものだが。
「3万人のランナーと15万人の観客」という文字を見て、右京は「渡を見殺しにした全国民が標的だ」と言うが、なんか違う気がするぞ。
だって、全国民って、18万人じゃないからね。
東京で開催されるマラソン大会を狙うってことは、田舎でバッシングしていた連中は除外されているってことかい。

1つのサスペンス要素では間が持たないとでも思ったのか、それとも欲張ってしまったのか、マラソン大会が始まる中で、犯人の捜索と 爆弾の捜索、2つを並行して描いて行く。
だが、残念ながら、そこに相乗効果は無く、ただ緊張感を分散させているマイナスしか感じない。
そもそも爆弾を使うつもりなら、塩谷がマラソンに参加しているのは不可解だ。参加する必要性など全く無い。
現場に現れたのも撹乱作戦の一部だと解釈するにしても、わざわざ事前に登録したりする手間や、警察が張り込んでいる場所に姿をさらす リスクを考えると、理解に苦しむものがある。

臨海大橋が怪しいと睨んだ右京は、それまでの2ヶ所の捜索は薫だけに任せていたのに、その時は自分も現場に急行する。 もし臨海大橋もダミーで、他の場所に爆弾が仕掛けられていたら、どうするつもりだったんだろうか。
っていうか、もう確実にマラソン大会が狙われていることが分かっているんだから、今からでも中止にすることは出来なかったのかね。
右京は倉庫で爆弾を発見するが、それを解除できずに爆発してしまう。いいのか、そんな展開で。
しかも、その爆弾はそれほど破壊力が大きくないので、右京とやよいは倉庫内で少し移動しただけなのに、全く被害が無い。
その爆弾って、何の意味があるんだろうか。塩谷は青酸で死んでいるから爆弾を使う必要は無いし。
「倉庫に黒幕の存在を示す証拠が残っていて、それを消すため」と解釈するにしても、だったら時限式装置を使う必要は無い。さっさと 爆発させればいいだけだ。

何よりも驚いたのは、マラソン大会を狙うという予告が全てダミーで、本当の目的は御厨を狙うことだったという真相だ。
しかも狙うと言っても拳銃に弾丸は入っておらず、命を狙ったとして逮捕され、裁判でSファイルの存在について語るのが黒幕の目的だ。
「15万人が標的だ」と大風呂敷を広げておいて、その真相は「全て嘘でした」って、なんという脱力感だろうか。
黒幕の目的を考えると、その行動は、あまりにも効率が悪いし、何より無意味だ。そもそもSファイルの存在を明らかにして、渡の名誉を 回復することが目的であるならば、チェスに見立てた作戦で右京と勝負したり、マラソン大会を狙う作戦をダミーにしたりする必要性は、 全く無い。いきなり御厨を狙えば済むことだ。マラソン大会の警備に警察の目を向けさせておいて、手薄になった御厨を狙うということ でもないんだし。塩谷って、完全に「無駄死」だよな。そもそも塩谷と黒幕の関係性が不鮮明だし。
それに犯人は御厨を殺さずに逮捕され、裁判でSファイルの存在を明らかにするつもりだったんでしょ。御厨を殺さずに目的を達成しよう とする人間が、なぜ3人の命を奪わねばならなかったのか。それによって「処刑リストを使った連続殺人」を偽装する必要性など全く無い。
しかもマラソン大会に関しては処刑リストと無関係なのだから、ますます3人を殺した意味が無い。

黒幕が捕まって事件が解決しても、まだ映画は30分ほど残っている。その30分は、登場人物の口を使って、脚本家が社会的メッセージを 主張する時間だ。
だが、ゲリラに拉致されて殺された渡に同情することは出来ても、犯人に同情することは出来ない。3人の命を奪っているのだ。
彼らの言動は唾棄すべきものだったかもしれない。しかし、殺されるほどの罪だっただろうか。
劇中で右京が、まるで国民が渡を見殺しにしたかのようなセリフを口にしているが、それは論理の飛躍が過ぎる。
国民がバッシングを浴びせたせいで、渡がゲリラに殺されたわけではないのだ。犯人に殺された3人にしても、渡を死に追いやったわけ ではない。彼らの言動は、ゲリラによる渡の処刑に、何の影響も与えていないのだ。
この映画の内容が、2004年4月にイラクで邦人3名が武装勢力に拉致された事件、同年10月に香田証正さんが拉致されて殺害された事件 から着想を得ていることは、誰の目にも明らかだ。
おそらく脚本を担当した戸田山雅司は、その事件におけるマスコミや世論のバッシングに対して、強烈な義憤を感じたのだろう。その怒り が強すぎて、俯瞰で全体を見る感覚や、映画としてのバランスを取ろうとする感覚を、完全に見失ってしまったのだろう。

最終的にSファイルの存在が明らかにされ、「渡の名誉は回復されました」という展開になる。
それだと「渡には政府からの退去勧告が届いていなかったのだから、退去せずゲリラに捕まったことを批判すべきではない」ということに なる。
だが、その主張には同意しかねる。
仮に退去勧告が届いており、それでも退去せず、現地の難民のために慈善活動を続けていたとして、それで拉致された場合は、バッシング を浴びせていもいいのだろうか。
それは違うだろう。
退去勧告に従っているか否かに関わらず、慈善活動に従事していて拉致された人間にバッシングを浴びせること自体、批判されるべき行為 ではないのか。

(観賞日:2009年4月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会