『愛・旅立ち』:1985、日本

定時制高校2年生の小泉ユキは、アパートで一人暮らしをしながらレスランでアルバイトをしている。その日、アルバイトを終えて学校へ 向かう途中、彼女は胸を押さえて倒れた。緑ヶ丘病院に駆け付けた店長に、主治医の小田俊介は「心室中核欠陥という先天性心疾患の一つ を患っていて、悪化したまま放っておくと心臓が破裂する。もう手術は不可能な状態になっている」と説明した。
「これまでも何度か発作が起きていたはずです。どうして、こんなになるまで放っておいたんですか」と言う小田に、店長は「彼女の 私生活は良く分からないんです。両親がおらず、市役所のケースワーカーが面倒を見ているという話を聞いたことがあります」と告げる。 ユキは、看護婦たちが「手術は無理で手遅れだ」と自分の病状について話している会話を耳にした。夜に病室から外を眺めていると、空に 様々な色の光球が現れた。「死ぬのなんて怖い、助けて」と言っていると、その光が病室に飛び込んで来た。
深夜の高速道路で五代誠はスポーツ・カーを走らせていた。隣で親友の北野武志も自分の車を走らせている。武州陸運の大型トラックが 強引に追い越してきたため、腹を立てた誠と武志は前に出た。すると運転手は仲間に無線で連絡し、トラックで前方を塞がせた。慌てて ハンドルを切った誠と武志だが、車が激しく横転して投げ出された。現場には救急車が駆け付け、誠と武志を乗せて病院へ向かう。2台の 救急車を、青い光球が追い掛けた。途中で一方は空に消えて、もう一方は救急車の中へと入った。
病院では、ユキが「自分で死んでやるから」と荒れて看護婦に物を投げていた。小田は彼女を個室へ移すことを決めた。急患として誠が 運ばれてくる。小田は「タフなもんだ、これだけ打って骨折も出血も見当たらない」と口にした。誠は夢の中で、青い光に吸い込まれて いった。過去の映像が幾つも飛び込んできた。意識を取り戻した誠は、武志が死んだことを聞かされた。
廊下に出た誠は、眠ったまま個室へ運ばれるユキに見とれた。彼が警察署の遺体安置室へ行くと、武志の母・君代がいた。彼女は「誰が 悪いわけでもない、この子の前世からの定めだったと思わなきゃね。武志が短かった分、生きてやってね」と告げた。小田は荒れるユキの ことで、女医の柏木悠子に「せめて精神的な苦痛だけでも取り除いてやりたいんだ、何か良い方法は無いだろうか」と相談を持ち掛けた。 柏木から末期ガンでも明るい老婆・上原しげのことを聞いた小田は、ユキを彼女と相部屋にすることにした。
その夜、しげがお化けの話が好きだと言うと、ユキは愛読書であるラフカディオ・ハーンの『怪談』を見せて「私のはねえ、耳無し芳一 っていうの。ホントにいたのよ。芳一はねえ、丸っこくてジャガイモみたいな顔してたんだけど、目は生まれ付き見えなくて耳が無いの」 などと、物語の内容を詳しく語った。話し終わると、しげは静かに目を閉じていた。彼女は息を引き取ったのだ。
誠は武州陸運に乗り込み、武志を死に追いやった運転手たちに殴り掛かった。そこへ大勢のトラック仲間が現れ、誠は激しい暴行を受けた 。そこにゴミ集めの仕事をしている老人・奈良が現れ、近くに火を放って誠を助けた。誠が「放っておいてくれたら良かったんだよ。 どうせ俺は死に損ないだ」と吐き捨てると、奈良は「バカ、命は一つっきりしか無いんだ」と叱った。
眠れないユキは、夜中なのにラジオを付けた。すぐに看護婦が来て、「消灯後はラジオはダメよ」と消す。ユキが「誰か来て、怖くて 眠れないの」と口にすると、勝手にラジオが付いた。翌朝、誠は奈良のゴミ集めを手伝った。ユキは婦長から「夜中もラジオを付けっ放し だった」と注意され、「看護婦さんが消してからは付けてないわ。知らないわよ」と怒鳴ってラジオを窓から投げ捨てた。
看護婦3人が「ラジオが無くなったから代わりにプレゼント」と、ユキの部屋に子犬を連れて来た。ユキは子犬を可愛がり、芳一と名前を 付けた。夜中になって、子犬は壁に向かって激しく吠えた。ユキが困っていると、看護婦たちが駆け付けて「どうしよう、みんな起きるし 、婦長さんに知れたら」と口にする。ユキは何とか泣き止ませようとするが、子犬は延々と吠え続けた。
誠は奈良に、事故に会った時の臨死体験を語った。「とても温かくて安らかで、一つも怖くなんかないんです。ダチの武志がその中から俺 を呼んでいる。でも俺は進めずに引き戻されたんです。死なんて怖くない。もう一度、あの世界に行ってみたいと思う時があるんです」と 言う彼に、奈良は「いかんなあ。そうだ、ワシの話をしてやろう。前の戦争の時に関東軍にいたんだ」と語り出した。
終戦を向かえ、奈良はソ連の捕虜になって収容所に入れられた。次から次と仲間が死んでいった2年目の晩、彼は決心して脱出した。 猛吹雪に見舞われて時間も方角も分からなくなり、寒さや飢えの感覚も無くなった。倒れ込んだ時、どこからか「眠ってはいけない、 立つんだ」という母親の声が聞こえた。空を見ると球体の光が出現していた。それが奈良に近付いて、彼を導いた。
奈良は誠に「お袋さんに助けられて元の収容所に辿り着いた。その時間に、お袋は息を引き取っていた。自分の命と引き換えにワシを 救ってくれたんだ」と語った。「いいなあ、そんな人は俺にはいない」と誠は言う。彼は幼い頃、両親を交通事故で亡くしていた。奈良は 「誰でもいい、一人でいいから愛するんだ。愛することによって生きる力が湧き出てくるんだよ」と告げた。誠はハーモニカを取り出し、 吹き始めた。空から青い光球が飛んで来て、そこにユキの顔が浮かんだ。
病室のユキは、「お星様が見たい。神様、カーテンを開けて下さい」と口にする。すると一瞬だけ腕が現れてカーテンを開けた。翌朝、 奈良は「もうツバメが来たか。ワシも腰を上げるか」と旅に出ることを口にして、誠と別れた。ユキは小田に「明日から集中治療室に入る ことになるからね」と告げられた。誠は工事現場で働き始めるが、現場監督に叱られて、すぐに投げ出した。彼は久しぶりに、馴染みの女 がいるディスコへ赴いた。女に誘われて踊っていると、彼はユキの幻影を見た。
ユキが集中治療室に入ることを嫌がってドアを封鎖していると、部屋に小坊主が現われた。急患が来て集中治療室に運ばれ、これでユキは 入らずに済んだ。ユキは、それが小坊主の力だと気付いた。ラジオを付けたのも、カーテンを開けたのも、彼の仕業だった。「誰なの」と ユキが訊くと、彼は「耳無し芳一」とテレパシーで答えた。「どうして私を助けに来てくれたの」と尋ねると、芳一は「お前の念力が私を 呼んだのだ」と告げた。
「私は芳一が好きよ。何でも頼んでいい?」と訊くユキに、芳一は「いいとも」と答える。ユキが「最初は、いっぱい歩いてみたいの」と 頼むと、芳一は彼女を病室から連れ出した。ユキは屋上へ行って夜空を眺め、「私はやっぱり死ぬの?」と訊く。芳一は「死は私にも 止められない」と言う。ユキが「私は何もしてこなかった。色んなことしたかったけど、どんな男の子でもいいから、私のこと好きだって 言ってくれる人に会いたかったわ」と口にすると、彼は「私が会わせてあげよう。明日、外に出よう」と述べた。
翌日、ユキは芳一と共にホコ天へ出掛けた。他の人間には、芳一の姿は見えない。彼は「人にはみんな先祖代々通り抜けてきた過去がある 。私の体に触ってごらん」と告げる。ユキが芳一に触れると、彼女が気になった男たちの過去が見えた。続いて動物園へ行くが、動物が 怖い芳一は逃げ回った。「結局、誰にも会えなかったじゃない」とユキが言うと、芳一は「済まない、私の修行が足りなかった」と詫びる 。ユキは、それも自分の運命なのだと諦めた。
その時、ユキはデパートの屋上に立つ誠の姿に気付いた。慌ててユキは屋上へ行き、「コーヒー1杯分だけのお金持ってるの。良かったら 一緒に飲まない」と誘った。誠はユキが緑ヶ丘病院で見た顔だと気付き、「不思議だなあ。俺、デパートの上で、もういっぺん会いたいと 思ってたんだ」と告げた。彼はユキに「俺が見たキレイな夕陽、追い掛けようか」と持ち掛けた。
誠がバイクを取りに行っている間に、芳一は「あの子なら私も合格だ」と告げる。「でも私、バイクなんて乗れるかしら」と心配するユキ に、芳一は「一つだけ方法がある。だが、お前の命は燃え尽きてしまうかもしれない」と言う。「もう少し、あの人と一緒にいたいの」と ユキが言うので、芳一は「私がお前の体に入る。そうすればお前は不思議な力が持てる」と述べ、彼女の体に入った。
バイクで海辺へ出掛けた2人は、デュエットした。誠はキレイな貝殻を見つけてユキにプレゼントした。彼は友達が事故死したことを語り 、「俺も天国の入り口ぐらいまで行った感じだった。懐かしくて、もう一度行ってみたい」と言う。ユキが「私は天国なんて信じない。私 は生きたい」と泣き出したので、誠は「ごめん」と抱き締める。彼は「ユキは俺を助けてくれた。今度は俺が引っ張って行く。君と俺との 心がある限り、ずっと」と告げる。「ありがとう」とユキは口にした。
帰り道、バイクがガス欠になった。誠がガソリンスタンドを探しに行っている間に、ユキの中から芳一の霊魂が抜け出した。「私の力は これまでだ。もう眠りに就く時が来たのだよ」と芳一が去った直後、ユキは倒れて気を失った。そこへ車が通り掛かり、ユキを病院へと 運んだ。小田たちが必死に処置を施すが、ユキの心臓は停止した。病院に駆け付けた誠は、ユキにすがり付いて泣いた。その様子を、肉体 から抜け出して霊魂となったユキが眺めていた。
小田が「彼女を病理解剖に回す。同じ病気を持っている人のために役立てる」と言うと、誠は「他の人のことよりユキを生き返らせて ください」と怒鳴った。ユキは誰かの声に呼ばれ、天国の入り口へと吸い込まれた。ユキは死んだ人々によって、天国へと招かれた。芳一 が現れて「恐れてはいけない。これからは私がお前を案内してやる」と告げた。誠は「これから2人きりになれる所に行こう」と言い、 ユキの体をICUから運び出した。「君は俺のモンだから誰にも渡さないよ」と、彼は口にした。
天国の番人に、ユキは「貴方は死ぬ覚悟は出来ていますか。死に対する心の用意がありますね」と問われた。「私は満足に生きられました 。もう何も思い起こすことはありません」とユキは答える。誠はユキの体を動物実験治療室へ運び込み、心臓マッサージやマウス・トゥー ・マウスを行った。「殺すんなら俺を殺せ」と叫ぶと、大地震が起きた。それは関東南部を襲ったマグニチュード5.6の地震だった。 瓦礫の中から救助された誠は、ユキの心臓が動き出したことを嬉しそうに告げた…。

監督は舛田利雄、脚本は笠原和夫&舛田利雄、製作は山本又一朗&小倉斉、プロデューサーは神野智、撮影は山田健一、編集は黒岩義民、 録音は宮内一男、照明は粟木原毅、美術は育野重一、視覚効果は宮西武史、スーパーイラストは島倉二千六、助監督は原隆仁、 特技監督は川北紘一、音楽は若草恵。
出演は近藤真彦、中森明菜、丹波哲郎、勝野洋、萩尾みどり、北林谷栄、吉行和子、なべおさみ、山本昇平、浅利香津代、レオナルド熊、 近江敏郎、高樹沙耶(現・益戸育江)、峰竜太、松本誠一、香川三千、竹井みどり、志方亜紀子、苅谷俊介、林美雄、菊池恵子、清水良英、 根岸一正、津田延代、浅見小四郎、好井ひとみ、大前田武、川口節子、飯島大介、記平佳枝、伊達弘、宇野喜代子、中屋敷鉄也、平垣達也 、阿久松公代、杉山考司、筑波みどり、神尾博之、森山啓子、浜本健志、金丸万砂子、土井敏行、コロッケ、舛田紀子ら。


当時のトップアイドルだった近藤真彦と中森明菜が共演した作品。
この映画をきっかけにして、2人の交際が始まったらしい。
名前の序列は同時表記ではなく、先にマッチ、次が明菜という順番。
誠を近藤、ユキを明菜、小田を勝野洋、柏木を萩尾みどり、奈良を丹波哲郎、しげを北林谷栄、君代を吉行和子、レストランの店長を なべおさみ、看護婦長を浅利香津代が演じている。

「アイドル映画でシリアスなテイストや悲劇の物語を持ち込むと、大抵はロクなことにならない」というのが私の持論である。
アイドル映画は、アイドルの魅力を引き出すことが最大の、いや唯一の目的と言ってもいいジャンルである。
しかし、ほとんどのアイドルは演技力が稚拙なので、シリアスな芝居をさせようとしてもボロが出る。
それを避けるためには、出来る限り、普段の「アイドルとしてのイメージ」のまんまでこなせるような作品・役柄にしておくことが 望ましいと私は考える。

それに、アイドルの魅力を引き出すのであれば、やはり笑顔がたくさん見られる作品の方がいいはずだ。
アイドルというのは通常、明るく元気なイメージで売り出しているものだからだ。
ただし、中森明菜は「明るく元気なイメージ」で売り出していたわけではないので、ちょっと同年代にデビューした他のアイドルとは タイプが違う。
とは言え、やはり演技力には問題があるので、「シリアスな演技をさせるべきではない」ということに変わりは無い。

しかし、アイドルにシリアスな芝居をさせようとする映画は少なくない。
それはアイドルを抱えている事務所の方針なのかもしれないが、あまりにも愚かしいと言わざるを得ない。
自分の事務所が抱えているアイドルの本質やレベルをキッチリと理解していないのだろうか。
「ウチのアイドルに一皮剥けさせよう」「新しい一面を見せてアピールしよう」という考えによるものなのだろうか。

ただし、この映画は「マッチと明菜の演技が云々」とか、そういうレベルで批評すべき作品ではないのだ。
なんと本作品、霊界を扱ったトンデモ系の映画だったのだ。
舛田利雄は既に『ハイティーン・ブギ』『エル・オー・ヴイ・愛・N・G』というマッチと田原俊彦のアイドル映画を撮っていたので、 ジャニーズ事務所も研音も安心して任せたのだろう。
ところが本作品の舛田利雄は、『人間革命』『ノストラダムスの大予言』の監督としての顔になっていたのだ。
あるいは、丹波哲郎の持つ霊界パワーに乗っ取られてしまったのかもしれない。
表記は無いが、映画原案は丹波哲郎なんじゃないか。

まず冒頭、宇宙空間に光り輝く母親と赤ん坊が現れて会話を始める(実際は赤ん坊なので話せるはずがないのだが、テレパシーという設定 なのだろう)。
「ママ、僕はどっから来たの?」「神様がママに下さったのよ」「神様はどこにいるの」「このお空にいらっしゃるのよ」という会話が あって、「じゃあ僕も神様なの」と赤ん坊が尋ねると、母親は「そうよ」と即答する。
「いや、違うだろ」とツッコミを入れたくなるが、母親は平然と言葉を続ける。
「ほら、見てごらんなさい。お空にはね、何百億、何千億っていうお星様があるの。数え切れないほどたくさんの銀河系って呼ばれる宇宙 があって、その小さな一部分が太陽系で、地球は、その中のほんの砂粒でしかないのよ。だから宇宙全体がどんなものなのか、どうやって 作られたのか誰にも分からないの。不思議でしょ。でも、こんな不思議な世界が、私たちの目の前にあるのよ。それでね、昔の人は、この 宇宙を神様って呼ぶことにしたの」と語る。
たぶん、この母親はオツムが狂っているんだと思われる。
で、その母親は「地球もその一部だから、そこに住む生き物はみんな神様なのよ。ママも、貴方もね。だからね、人はみんな神様みたいに 不思議なものなの」と説明する。すげえ理屈だ。赤ん坊に「宇宙は神様で、貴方も私も神様」と語るんだから、この母親、かなり ヤバい。
この導入部からして、既に「これはトンデモ系の映画なんじゃないか」という匂いがプンプンと漂ってくる。少なくとも、アイドル映画と しての始まりとは思えない。まだSF映画であれば分からないではないが、そうではないのだし。

アパートに戻ったユキは、ハーンの『怪談』をニッコリしてカバンに入れる。アパートを出た彼女は、ゴミとして捨てられていた ヌイグルミを拾い、そのまま持って行く。電話ボックスに入って10円玉を投入し、「パパママ、行って来ます」と言うが、どこにも電話は 掛かっていない。ダイヤルを押してないし、お金も返却されている。
この時点で「何かが狂っている」と感じさせられる。
ユキは道路で胸を押さえて倒れ、次のシーンでは小田が店長に病状を説明している。誰がユキを見つけてくれたのかは全く分からないし、 救急車で運ばれるシーンも無い。
その省略はダメでしょ。
で、ボンクラな看護婦どもが「もう手遅れ」と無神経に話しているのを耳にしたユキは、トイレの鏡で紫がかった唇をこする。すると BGMではストリングスが不安を煽るように盛り上がり、画面中央で爆発が起きて宇宙空間が広がるという演出。
なんじゃ、そりゃ。

ユキが夜空を眺めていると、ピンク、青、オレンジなどの丸い光が飛んでいる。
それを見ながらユキは祈りのポーズで「怖い」と言うが、病気が怖いのか、その現象が怖いのか良く分からない。
で、その光が病室に飛び込んで来て悲鳴を上げるのだが、次に彼女が写ると、看護婦に向かって荒れている。
光については何のフォローも無い。
悲鳴を上げたけど、その後はどうなったのよ。

誠と武志は武州陸運のトラックの強引な追い越しを受け、別のトラックに前を塞がれて事故を起こす。
そもそも、そのトラックは、なぜ無茶な追い越しをしたのか。
そして、そんなことをすれば相手が死ぬ危険性も高いのに(2人だけでなく他の車だって巻き込まれる可能性がある)、なぜトラックを 停車させて行く手を遮るようなことまでしたのか。
その運転手の行動はメチャクチャだ。

激しいクラッシュだったのに、誠は全く外傷が見られず、血も出ておらず、髪型もバッチリ決まったままで、着衣の乱れも無い。
現場には救急車が駆け付けるが、パトカーは来ない。トラック運転手がどうしているのかも描かれない。
病院に運ばれた誠を見た小田は「タフなもんだ、これだけ打って骨折も出血も見当たらない」と言う。
で、誠はベッドで頭に包帯を巻いているけど、運ばれた時には頭に何の怪我も負っていなかったはずだが。
意識を取り戻した誠は、「もう一台の救急車は途中で警察へ行き先を変えたそうだ。死体置き場へ」と聞かされるが、幾ら搬送途中で武志 が死んだとしても、そのまま警察署へ直行するのは変だろ。
その後、誠が警察署の死体安置室へ行くと、武志の母は「誰が悪いわけでもない、この子の前世からの定めだったと思わなきゃね」と、 不自然に「前世」という言葉を口にする。

誠はユキを病院の廊下で見た後、死体安置室へ行くのだが、そこは手順を逆にした方がいい。
まず武志の死にショックを受けて、遺体を見て悲しんで、そういう作業を一段落させてから、「ユキと出会って一目で心を奪われる」と いう展開に入っていくべきだ。
武志の死を知らされた直後にユキに見とれているのは、誠が不誠実な奴に見えるし、構成として無神経でしょ。

小田からユキのことで相談を受けた柏木は、「土壇場になると人の心って自由に羽ばたいて底知れないエネルギーを生み出すものなのよ」 と、何の答えにもならないことを笑顔で言う。
それから「神様って、きっとこんな人たちなのかしらって思うぐらい」と、唐突に神様のことを口にする。
彼女はリハビリルームの老婆しげを指差し、「ガンの転移で、もうダメなのよ。自分でも知っているんだけど、あの明るい顔。それに毎日 、お店を開いて遊んでいるの。末期症状でなお、明るく遊んでいられる。すごい精神力だと思うわ」と言うが、それは単なる痴呆症じゃ ないのか。
存在しない子供たちに話し掛けているし、牛乳瓶の蓋を売り物にしたりしているし。

ユキは相部屋になったしげに、耳無し芳一の話を語り始める。イラストまで用意して詳しく怪談が説明されるので、「これって何の話 だっけ?」と思ってしまう。
っていうか、ユキが何度も「芳一は」と言うのがバカバカしくて、笑ってしまうわ。
ユキの愛読書が『怪談』という時点でトンデモなんだが、さらに耳無し芳一を友達のように感じているという設定には唖然とさせられる。
話し終わると、しげが死んでいるという展開も、ギャグにしか見えない。

誠が運送会社に乗り込むと、運転手たちは「足の一本ぐらい折れたかと思ったぜ」と軽く笑っている。
ってことは、運転手は事故のことも全く知らず、普通に現場から去っていたのかよ。しかも警察も動いてないのかよ。
どんな設定だよ。
そんで誠は「お前たちにも死んでもらうぜ」と殴りまくっているが、それで気が済む問題じゃないだろ。本気で殺そうとするなら、殴る だけじゃダメでしょ。ちゃんと凶器を用意しろよ。
そんで運転手と仲間たちに反撃を食らっているが、こいつら、人を殺した罪悪感とか全く無いんだな。
っていうか、なぜ警察沙汰にならないんだよ。最後まで警察は動かず、運転手たちが逮捕されることは無いんだよな。

夜中にユキが「誰か来て、怖くて眠れないの」と不安になっていると、勝手にラジオが付く。ラジオの周囲が青く光り、開かれた『怪談』 の「耳なし芳一」という題名がアップになる。
もう芳一が絡む度に失笑してしまうわ。その場違い感がハンパじゃないのよ。
そこまで芳一の存在を執拗にアピールしているが、その芳一はユキの前にしか現れず、誠は存在も知らないまま終わるのよね。
しかも、芳一は途中で退場し、肝心な時には天国だ。
中途半端な扱いだこと。

ユキがラジオを捨てた後、看護婦が「ラジオが無くなったから代わりにプレゼント」と子犬を連れて来るが、衛生面で大きな問題があると 思うぞ。医者や看護婦長に見つかったら、間違いなく怒られるぞ。それに犬は吠えるから、すぐ見つかるだろうし。
っていうか、なぜ「ラジオが無くなったから子犬」という考えになるのかと。
それより、新しいラジオでも買ってやれよ。
あと、この頃のラジオって、イヤホンとか無いのかしら。

子犬に「お前の名前は芳一。素敵な名前でしょ」と、イヤな名前を付けて嬉しそうにしているユキのセンスには脱帽だ。
「神様、私の声が聞こえるのならお願いを聞いてください。私がダメなら、死んだ後も、この芳一をお守りください。この子を幸せにして やってください」と、まだ出会ったばかりなのに、あっという間にユキは子犬への思い入れが強くなっている。
で、その子犬は夜中に吠えまくり、その後、どうなったのかは全く分からない。

奈良から「誰でもいい、一人でいいから愛するんだ。愛することによって生きる力が湧き出てくるんだよ」と言われた後、誠はハーモニカ を演奏する。
彼がハーモニカを持っていたことさえ知らなかったが、唐突に演奏する(もちろん吹き替えだ)。
で、空から青い光球が飛んで来て、そこにユキの顔が浮かぶ。
でも、その時点では、まだ誠とユキは知り合ってもいないからね。誠はユキの顔をチラッと見ただけだし、それ以降、彼女のことを気に するような素振りも一度も無かったし。

小田はユキに「明日から集中治療室に入ることになるからね」と言うが、もう手の施しようが無いはずなのにICUに入れる理由は 不明。
っていうか、ユキは天涯孤独なのに、病院の費用は誰が出しているんだろうか。
で、ユキが部屋を封鎖していると、部屋に芳一が登場。
でも、思い切りガキなんだけど。しかも耳があるぞ。
そんで、こいつがちっとも可愛くないんだよな。髪形も変だし。

翌日、ユキは芳一と共に街へ繰り出す。
ただ、歩くことが出来るのはいいとしても、勝手に病院を抜け出すのは難しいと思うんだけど。先生や婦長に見つかるだろうに。それを どうやってクリアするのかは、全く教えてくれないのね。
医者を盗んで外を歩くだけなら、別に芳一がいなくても、ユキだけでも出来ることだろ。
その部分において、芳一が何をしたのかを描いてくれよ。

ホコ天に到着すると、芳一は「人にはみんな先祖代々通り抜けてきた過去がある。私の体に触ってごらん」と言い、ユキに男たちの過去を 見せる。さらに銃殺された軍隊の自縛霊も現われる。
なぜ芳一は、わざわざ幽霊を見せるのか。「好きになってくれる男と合わせてやる」と言っておきながら、何もしてねえじゃねえか。
むしろ邪魔をしている。自縛霊を見せるなんて、嫌がらせじゃねえか。
その後、動物園で芳一がビビって逃げまくる様子をコメディーとして描いているが、別の意味で笑うよ。
苦笑だけどね。

早い段階で誠が眠っているユキをチラッと見た後、2人がちゃんと出会うシーンがなかなか訪れない。
ようやく後半に入ってから、誠とユキがマトモに顔を合わせるシーンが登場する。
そこまでに、互いに相手のことを思うシーンが多く用意されているわけでもない。まだ誠には何度かあったが、ユキは彼の存在さえ、その 場面までは知らないのだ。そして、あと1時間ぐらいで強く結ばれた恋愛関係を構築しなきゃいけないのだ。
それは時間配分を明らかに間違えているでしょ。

ユキはデパートの屋上に立つ誠の姿に気付くが、なぜ誠は急に自殺志願者みたいになってるんだよ。
奈良に「命は一つ」と諭されたのに、もう忘れてしまったのか。工事現場で叱られたぐらいで、自殺する気になったのか。武志の母親に 「武志の分も生きて」と言われたのに、それも全く心に届いていないのか。精神的に弱すぎるだろ。
そんな風に思っていたら、彼は「夕焼けの中に富士山がシルエットで浮かんで、だんだん幸せな気分になっちゃって、そしたら君の顔を 思い出して、体から羽根が生えて飛んでいけそうな気にになっちゃった」と、ワケの分からない説明をする。
ヤクでもやってんのか。

誠とユキがコーヒーを飲んで話していると、遊園地でデートする映像がモノローグのバックで映し出される。
それだけで「2人は恋に落ちました」という表現になっているようだ。
しかも、実際に遊園地でデートしたわけではなく、そこから再びコーヒーショップの映像に戻るので、それはイメージ映像、もしくは両名 の妄想という設定のようだ。
すげえキテる演出だな。

誠のバイクに乗れるかどうか心配するユキに、芳一は「一つだけ方法がある。だが、お前の命は燃え尽きてしまうかもしれない」と言うが 、そんなにエネルギーを使うのかよ。バイクの後ろに乗るぐらい、そんなに難しいことじゃないと思うんだが。
で、芳一が体に入ると、ユキは壁の向こうでバイクに乗っている誠の姿が透けて見える。
でも、そんな力を持っても、バイクに乗ることには何の関係も無いでしょ。
それって何の意味がある演出なんだよ。

ユキの心臓が停止した後、誠はICUから彼女を運び出す。
警備がユルユルなんだな。ユキを担いで廊下を歩いていても、見つからずに済んでいる。
で、誠は「君は俺のモンだから誰にも渡さないよ」と言い出すが、もはや美しい恋愛劇として見ることが出来ない。誠がトチ狂った男に しか見えない。
ユキは天国の入り口で「私は満足に生きられました。もう何も思い起こすことはありません」と死を受け入れているのに、誠が強引に呼び 戻そうとするのだ。

ユキの体を動物実験治療室へ運び込んだ誠は、まるで出来ていない心臓マッサージを始める。
むしろ肋骨が折れて肺に突き刺さるぞ。
で、そんなに汗をかくような重労働でもないはずだが、汗ダラダラになった誠は、服を脱いで上半身裸になる。
その後にキスをするのだが、人工呼吸という設定らしい。
いやいや、仮に彼女が生きていたとしても、そこでマウス・トゥー・マウスはちっとも正しい処置じゃないと思うぞ。しかも、やり方が 間違ってるし。
気道を確保していないので、息が中に入っていかないよ。

誠が「殺すんなら俺を殺せ」といきなり叫ぶと、なぜか大地震が起こる。
「地震のショックで心臓が動き出す」という展開がトンデモだ。
で、それでユキは助かったかもしれないが、そのせいで大勢が犠牲になっている。
もしも誠の愛の力で地震が起きて、その影響でユキの心臓が動き出したということなら、その代わりに多くの犠牲が出ているんだから、誠 は重罪人だよな。

終盤、ユキが「月も星も宇宙もみんな生きてるのね。大きな一つの命になって。私たちもその中の小さな光の一つなのね」と言い、それに 対して誠は「だから、この世界に死なんて無いんだ。永久にどこかで燃え続けていく。大きな一つの命のために」と告げる。
その会話は、「その大きな一つの命って分かるかい」という問いに「愛」と答えるという、トンデモ理論になっていく。
バカな私には、このカップルが何を言っているのかサッパリ分からない。

ユキが死んだ直後、誠は「2人で宇宙の旅を続けよう。太陽みたいに燃えながらね」と語り掛けるが、それはオシャレなのか何かサッパリ だ。
クロージング・クレジットの映像は宇宙から見た地球だし、やたらと「宇宙」という壮大なスケール感をアピールするが、そのセンス に付いていけない。
そんで結局、プロローグの母親と赤ん坊の会話は、悲恋の物語とどういう風に繋がっていたのか全く理解できなかった 。
あと、耳無し芳一は何だったのかと。

(観賞日:2010年7月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会